Album Of The Year 2024
Vol.2 発信地から中継地に変わる3つの文化拠点 〜ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス〜
従来、音楽のムーブメントの発信地は、ニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスでした。その後、周辺の地域もレコード会社が設立され、音楽産業のネットワークは全国的に広がっていった。これはとくに、この3つの土地とその周辺に主要な大手レコード会社の拠点が点在していたというのが理由です。そして、レコード会社のある地域を中心にムーヴメントが発生するというのが相場でした。
しかし、現在は、ネットワークの発展によって、上記の文化拠点が発信地という旧来の性質を保持しながら中継地へと変化しつつある。依然として、これらの地域が何らかのウェイブを発生させる主要地域であることに変わりないのですが、その中には別の地域ーー、オセアニアや北欧ーーのバンドやアーティストが主要地域のレコード企業を通して世界に音楽を発信するのが一般的になりつつある。これらの「文化の中継地」としてのレーベルの網羅的な発信能力は近年さらに強まり、アフリカ、アジア圏、アラビアなどの地域に裾野を広げつつあるのが現状です。
今年、スペインの主要メディアに対して語られたイギリスの世界的に有名なミュージシャンによる「以前に比べると、英国の音楽の影響力が低下しつつあることは否定できない」という言葉は頷けるものもあり、ビートルズやストーンズの時代と比べると、スターというのは生み出されづらくなった。これは、メディアの分散化、そしてなにより影響力の低下が要因でもある。同時に、SNSやソーシャルメディアが影響力を拡大するに従い、個人がメディアを参考にせず、自由に音楽を選ぼうという風潮が強まってきた。この流れは度外視できなくなっています。
しかし、一方で、ロンドンのような都市は、文化の中継地として依然として大きな影響力を保持している。これは、80、90年代から産業として確立された工業生産、ノウハウという二つの遺産が現代へと着実に受け継がれているのが理由です。かつて巨大なレーベルが点在していたロサンゼルス、ニューヨーク、ボストン等も同様であり、他地域の音楽を網羅して紹介する中継地となりつつある。旧来、工業生産という産業における任務を負っていたレコード会社は、「文化の集積」を世界に向けて発信するという次なる役割が出てきたというわけなのです。そして、その役割の中には傑作の再編集、未発表の音源のリリースなども含まれています。
18.Hiatus Kaiyote 『Love Heart Cheat Code』
Label: Brainfeeder
Release: 2024年6月28日
オーストラリアのHiatus Kaiyoteの最新作『Love Heart Cheat Code』は、フューチャー・ソウルの大名盤。フューチャー・ソウルというのは、ダンス/エレクトロニックとソウルのハイブリッドである。今作では明らかに近未来的なフューチャー・ソウルの作風がバンドのセクションで探求されています。
ただ、単なるソウルバンドとして聴いても、今作の真価は見えづらいかもしれません。同レーベルのLittle Dragonの音楽的なアプローチとも重なる部分があり、「Telescopes」はその代表例。そして、フューチャーソウルの名曲で、サイケソウルの名曲でもある「Love Heart Cheat Code」をしっかり用意した上で、Battlesのようなポスト・ロックスタイルを図ることもある。特に「Cinnamon Temple」は、今年聴いた中で最も衝撃的な一曲。音楽でトリップするという感覚は、ごく少数の作品を除いて、他のアルバムでは得難い体験になるかもしれません。
Best Track 「Love Heart Cheat Code」
19.Kiasmos 『Ⅱ』- Album Of The Year
Label:Erased Tapes
Release: 2024年6月28日
アイスランドのオラファー・アーノルズ、フェロー諸島のヤヌス・ラスムッセンによるエレクトロニック・ユニット、Kiasmosのアルバムは「エモーショナルなレイヴ・ミュージック」であるという。今作はそれぞれのアーティストのスケジュールの合間を縫い、東南アジアで録音されました。レビューでも書いた通り、プロフェッショナルなミュージシャンはプロジェクトから離れていたとしても、素晴らしい作品を制作します。『Ⅱ』はその好例となるに違いありません。
Kiasmosのエレクトロニックのアウトプットは、90年代や00年代のテクノをベースにしていて、新しいとは言いがたい。けれど、それは彼らが音楽の普遍性を尊重しているからでしょう。二人の白熱したエレクトロニックによる刺激的なセッションは、時々、デュオという形式を超越し、電子音楽のオーケストレーションのように壮大な印象がある。「泣けるエレクトロニック」とオラファーさんは話していましたが、電子音楽の制作に最も必要なのは、叙情性なのかもしれません。両者の秀逸なミュージシャンによる厚い友情をこの作品に捉えられる。もし、泣かせるものがあるとすれば、それは美談のようになるが、彼らの友情によるものでしょう。
言葉というものが最重視されず、音楽そのものが何らかの言葉を語るような数奇なアルバムです。「Burst」、本作の最後に収録されている「Square」はテクノの名曲といっても過言ではありません。
「Burst」
20. Kassandra Jenkins 『My Light, My Destroyer』
Label: Dead Oceans
Release: 2024年7月12日
ニューヨークのシンガーソングライターは今年、デッド・オーシャンズと新契約を結び、新作アルバムをリリースしました。このアルバムの制作は、何度も作り替え、組み替えることで完成品へと近づいたという。
レーベルが理想とするビンテージな質感を持つ録音にジェンキンスの多彩な形式のボーカルが特徴です。『My Light, My Destroyer』はカーペンターズのような懐かしのポピュラーから、オルタナティヴ・ロック、実験的なアートポップ等をフィールドレコーディングを用いた短いセクションを織り交ぜる。
音楽的な基本としては、90年代から00年代ごろのロックをベースにしているものと推測されます。アルバムのオープニングを飾る「Devotion」は、今年度のポピュラー・ソングの中でも白眉の出来。さらに、オルト・ロック好きの一面を伺わせる「Petco」も聞き逃すことが出来ませんよ。
Best Track 「Petco」
21.Peel Dream Magazine 『Read Main Reading Room』
Label: Topshelf
Release: 2024年9月24日
ロサンゼルスを拠点に活動するPeel Dream Magazineのボーカリスト、また、主要なソングライティングを担当するジョセフ・スティーヴンスさんは、「これまでのミッドファイのスタイルを卒業し、プラスアルファを確立しようとした」と話していました。また、「ニューヨーク的な作風」であるとも話していました。
先行シングルのリリースの段階でこれまでのPDMとは何かが違うと私自身は感じていました。日本の熱心な音楽ファンから称賛されている『Read Main Reading Room』において、Peel Dream Magazineは、音楽の洗練性という側面で大きく成長し、オルタナティヴ・ポップの新しいカタチを示しています。
今回のアルバムは、「旧来の作品よりも、ライブ・レコーディングの性質が強まった。ドラムテイクはメンバーの自宅で録音されたものもあった」といいます。特に、このアルバムの制作で大活躍したのが、ボーカリストのオリヴィアでした。実際的に、ツインボーカルを中心に繰り広げられるこのアルバムのサウンドは、多彩なイメージに縁取られています。
PDMの音楽は、2020年代の社会の気風を色濃く映し出している。彼らは旧来のアメリカの遺産を見つめた上で、それらを尊重し、そして、現代人として何ができるのかを追求しています。その中には、一般的なオルトロックバンドらしからぬ、強固なメッセージ性も垣間見えます。
「Wish You Well」、「Lie In The Glitter」といった温和なフォークロックをベースにした曲はもちろん、「Oblast」が本当にすごい。アートポップの手法にヒップホップのビートが織り交ぜられ、刺激的な印象を決定付けています。そして、ウディ・ガスリー、ボブ・ディランの時代から受け継がれるミュージシャンとしての強い主張性を「I Wasn't Made For War- 私は戦争のために作られたわけではない」に読み取ることができるはずです。
Best Track 「Lie In The Gutter」
22. Pom Poko 『Champion』
Label: Bella Union
Release: 2024年8月16日
北欧のロックバンドはHIVESだけではありません。他にも素晴らしいバンドは数多い。ノルウェーの四人組のオルタナティヴロックバンド、Pom Pokoの記念碑『Champion』では、ヴォーカル/作詞のラグンヒル・ファンゲル・ヤムトヴェイト、ベースのヨナス・クロヴェル、ギターのマーティン・ミゲル・アルマグロ・トンネ、ドラムのオラ・ジュプヴィークが、密閉されたタイトな4人組ロックという楽器編成という点でも、従来で最も親密な関係を築き上げています。
本作のタイトルのヒントともなった「トップではないけど、チャンピオンである」というグンヒルドの考えは成功主義とは異なる別の視点をもたらしてくれる。このアルバムは、Pom Pokoとしてしばらく一緒に演奏出来なかった時期があったからこそ生み出された作品です。久しぶりの演奏の機会はこのバンドでのスペシャルな経験であることを思い出させてくれたのでした。
このアルバムには、Deerhoofのようなテクニカルなインディーロックの演奏から、マスロックを基調とした変拍子を交えたロック、カーペンターズのような甘いポップスまでくまなく網羅しています。そして、クラシック音楽の作曲を踏まえ、対旋律的なバンドアンサンブルが構築されています。
アリ・チャント(PJ Harvey、Aldous Harding)のプロデュースは、この作品をコントロールするというより、バンドの音楽に艶と輝きを与える結果になりました。北欧のインディーロックの記念碑的な作品と称せるかもしれません。「Growing Story」、「Champion」、「Bell」を筆頭にオルタナティヴロックの良曲が並んでいる。きわめつけは、アルバムの終盤に収録されている「Big Life」。この曲では最高のバンドアンサンブルの清華を捉えることが出来ます。
Best Track 「Growing Story」
23. NIKI 『Buzz』
Label: 88 Rising
Release: 2024年8月9日
88 RIsingは、ストリート系のファッションブランドの展開と同時にレーベルを手掛ける。近年、アジア系のシンガーを中心に発掘し、魅力的な音源をリリースしています。今年、新作アルバムをリリースしたNIKIは、インフルエンサー的な影響力を持ち、そして実際的に破格のストリーミング回数を記録。ソングライティングのスタイルはベッドルームポップの系譜にありますが、ラナ・デル・レイの系譜にある魅力的なポピュラー・ワールドを展開しています。
ロスのNIKIはストリートカルチャーと現代のポップカルチャーを見事な形で結びつけている。曲の聴きやすさを踏まえた上で本格派のソングライティングを行い、幅広いリスナー層に受けるポップスアルバムを完成させました。すでに「Buzz」、「Too Much Of A Good Thing」などはバイラルヒットを記録し、今後一躍世界的なポップシンガーになる可能性を秘めています。クレイロからラナ・デル・レイに至るまで現代のトレンドのポップソングの影響を踏まえた良作です。とりわけ、「Take Care」ではソングライターとして抜群のセンスが発揮されています。
「Take Care」
24.Beabadoobee 『This Is How Tomorrow Moves』
Label: Dirty Hit
Release: 2024年8月9日
Dirty Hitは傘下のレーベルを含めると、今年からダンス・ミュージックに力を入れ始めています。ケリー・リー・オーウェンズ、サヤ・グレイはその代表格。そんな中、レーベルの基本的なコンセプトを印象づける作品を挙げるとするなら、このアルバムになるでしょう。本作ロンドンのシンガーソングライター、Beabadoobee(ビーバドゥービー)もまた近年のアジア系シンガーソングライターの活躍を印象づけるような頼もしい存在です。Dirty Hitから発売された最新作『This Is How Tomorrow Moves』の制作では日本でミュージックビデオの撮影が行われ、アジアにルーツを持つシンガーを多く擁する同レーベルの活動を象徴付けていましたよね。
前作『Beatopia』でイギリス国内で大きな人気を獲得した後、一時的にビーバドゥービーは故郷インドネシアに帰ってリフレッシュを図っていた。このことがソングライターとして彼女を一回り成長させる契機ともなった。前作ではインディーロックとベッドルームポップの中間にある楽曲が多かったが、今作では様々な音楽的なアプローチが取り入れられ、アジアのポップスからフレンチポップス、フォーク、他にもジャズ風の楽曲まで幅広い音楽性を楽しむことが出来ます。以前よりもヨーロッパ的な音楽性が加えられ、これが音楽的な間口を広くしています。また、曲を丹念に制作したという印象で、意外にも適当に作ったような曲は見当たりません。
トレンドのポップソング、「Take A Bite」、「Real Man」、「Coming Home」などバイラルヒットを記録している曲を提供した上で、渾身の一曲が用意されています。終盤のハイライト曲「Beaches」を聞いたとき、こんなに凄いソングライターだったのかと驚かされました。特に、曲の最後のエモーショナルで心をかき乱すようなギターのアウトロは圧巻というよりほかなし。一作目と比べると、初々しさはなくなったかもしれませんが、聴き応え十分のアルバム。
「Beaches」
25. Sam Henshaw 『For Someone Somewhere Who Isn't Us』 EP
Label: AWAL
Release: 2024年8月2日
ロンドンのソウルミュージックは、日に日に多彩なジャンルに分岐している印象を受けます。しかし、サム・ヘンショーは新しいソウルではなく、古典的なビンテージソウルを今作で体現しています。原初的なブラックミュージックには普遍的なパワーがあり、それを受け継いだような作品となっています。この作品はミニアルバムの形式でありながら、粒ぞろいのR&Bが収録されています。オープニングを飾る「Troubled One」は現代のリスナーにも親しみやすいはず。
特に、モータウンサウンド(ノーザン・ソウル)を基調とした渋いタイプの曲が多いですが、レーベルの現代的なデジタルサウンドに縁取られているからか、それほど古典的な感じはないでしょう。ソウルミュージックの普遍的な輝きをEPの片々に発見したとしても不思議ではないでしょう。特に、いくつかの収録曲でのサム・ヘンショーの圧巻の歌唱に心をゆさぶられました。
「Water」
26. Nilfur Yanya 『My Method Actor』
Label: Ninja Tune
Release: 2024年9月13日
2024年のNinja Tuneの話題作の一つ。ロンドンのニルファー・ヤーニャの新作アルバム『My Method Actor』は、イギリスのポピュラーシーンを象徴付けるような作品でした。オルタナティヴロックからフォーク、そしてネオソウル、さらにはエレクトロニックに至るまで隈なく吸収し、それを聴きやすいポップソングに落とし込んだ力量は素晴らしいというほかありません。
『Method Actor(メソッド・アクター)』について、ニルファーはどのように生まれたかについて、次のように語っています。「メソッド演技について調べていたんだけど、読んだところによると、メソッド演技は、人生を左右するような、人生を変えるような思い出を見つけることに基づいているんだ。メソッド演技がトラウマになったり、精神的に安全でないと感じる人がいるのは、常にその瞬間に立ち戻るからなんだ。良いことも悪いこともあるけれど、常にそのエネルギー、自分を定義づける何かを糧にしている。それはミュージシャンになるのと少し似ている。演奏しているときも、最初に書いたときのエネルギーや感情を、その瞬間に呼び起こそうとしている。その瞬間、その瞬間のエネルギーや感情を呼び起こそうとして試みた」という。
前作に比べるとロックギタリストとしての性質が色濃いアルバムでもある。特に、FADERが『衝撃的な復活』と称した「Like I Say(I Runaway)」は今年のベストトラックの一つでしょう。聞いていると非常に爽快感があります。ロックとして聴いてもダンスとして聴いても素晴らしい。それに旧来から培われたネオソウルに触発されたヤーニャのボーカルが際立っています。また、「Mutations」、「Faith's Late」、「Just A Western」など聴かせる曲が多いです。
「Like I Say(I Runaway)」
27. Luna Li 『When A Thought Grows Wings』
Label: In Real Life Music
Release: 2024年8月23日
現在、トロントからロサンゼルスに活動拠点を移したシンガーソングライター、ルナ・リーはハープ、キーボード、ギターと多彩な楽器を演奏するマルチ奏者です。元々はバンドに所属していましたが、後にソロシンガーソングライターのキャリアを歩み始めた。ミュージシャンとしては、ジャパニーズ・ブレックファーストに引き立てにより、一般的な注目を集めるようになりました。
セカンド・アルバム「When a Thought Grows Wings」の制作は、「メタモルフォーゼ」というような驚くべき作品です。それは、八年間連れ添ったパートナーとの別離による悲しみを糧にして、音楽を喜びに変えることを意味している。彼女は、過去にきっぱりと別れを告げ、トロントの家族、そして、恋人との辛い別れの後、リーは夢のある都市ロサンゼルスを目指した。映画産業の街、ビーチの美しさと開放感は、彼女の感性に力強い火を灯しました。
ベッドルームポップ、ソウル、クラシックのフレイバーを吸収した新鮮なサウンドは、次世代のポップスの花形としてふさわしい。本作の冒頭を飾る「Confusion Song」の巧みなシークエンスの調性の転回、「Golden Hour」に代表されるチルアウト、ヨットロックに触発された心地よいバラードソング、それを的確に歌い上げる歌唱力、そして、クローズ「Bon Voyage」に象徴されるJapanese Breakfast(ミシェル・ザウナー)の系譜にある切ないインディーポップソングなど、アルバムの随所にスターシンガーの片鱗を見出すことが出来るはず。
「Golden Hour」
28.Fontaines D.C. 『Romance』 - Album Of The Year
Label: XL
Release: 2024年8月23日
グリアン・チャッテンのソロアルバムのリリース時には、しばらくフォンテインズD.C.の新作アルバムは期待出来ない……、と思っていたら、PartisanからXLに移籍して新譜を発表したのに驚きました。グラストンベリー・フェスティバルでのヘッドライナー級の出演を経て、着実にバンドは成長を続けています。『Skinty Fia』の時代に比べると、よりバンドアンサンブルに磨きが掛けられた。最早、彼らのことをポストパンクバンドと呼ぶ人は少ないのではないでしょうか。
ロックバンドのアルバムというのは、基本的に一曲か二曲、アンセムソングというか、大衆の心を捉えるヒットナンバーが収録されていれば、それで十分ではないかと個人的に思っています。どれほどの大作曲家であろうと、一年、二年で名曲をいくつも書くことは簡単ではありません。
そういった理由で、 アンセムソング「Starbuster」、「Favourite」を制作したことは大きな意味がある。もちろん、バンドにとっても、ファンにとっても。特に、アンサンブルは格段に成長しているため、こういった象徴的なアルバムが出たのも大いに納得。メロトロンの導入、アコースティックギターとエレクトロニックギターのユニゾンなど、レコーディングで苦心を重ねた痕跡が残されていますが、やはり基本的なロックバンドの演奏の迫力が最大の強みとなっているようです。「Favourite」の終盤のレフトサイド(L)のギターは圧巻です。神は細部に宿るといいますが、曲の最後まで一ミリも手を抜かない姿勢に感動を覚えてしまいました。
「Favourite」
29. Spencer Zahn & Dawn Richard 『Quiet In A World Full of Noise』
Label: Merge
Release: 2024年10月4日
勝手な先入観として、Merge RecordsはSuperchunkのイメージがあるので、インディーロックに強いレーベルだと思っていましたが、今年はポピュラーに特化したアルバムが多かった印象もありました。
ルイジアナの歌手、Dawn Richard(ドーン・リチャード)、ニューヨークのピアニスト、マルチ奏者、そしてプロデューサーでもあるSpencer Zahn(スペンサー・ザーン)によるコラボレーションアルバムは、シンプルに言いますと、大人のための渋いポピュラーアルバムです。これまでニューオリンズの"バウンス"というヒップホップ、ソウル、そしてモダン・クラシカルの作風で知られる両者の異なる才覚が見事に合わさり、見事なコラボアルバムが誕生しました。
このアルバムは、異なる調律のスペンサー・ザーンのピアノ、ドーン・リチャードのソウルフルな歌唱が主な特徴です。また、コラボレーションの最大の魅力とは、異なる文化的な背景や別の個性を持つ人々が互いにそれらの相違を尊重しあい、それらを一つの表現として昇華させることに尽きる。そういった点において、このアルバムは共同制作のお手本ともなりえるでしょう。
アルバムのモチーフとして機能する「世界の喧騒の中にある静けさ」という概念も曲に上手く昇華されています。「Diets」、「Ocean Past」 は新しいソウル・ミュージックの台頭を予感させます。
「Diets」
30.Ezra Collective 『Dance, No One’s Watching』
Label: Partisan
Release: 2024年9月27日
イギリス国内で主要な音楽賞を獲得、ビルボードトーキョーでも来日公演を行っているエズラ・コレクティヴ。ジャズ・アンサンブルとしての演奏の卓越性は一般的に知られるところと思われます。が、彼らが凄いのは、それらを広義の「ポピュラーソング」として落とし込むことにある。彼らの伝えたいことは明確で、人目を気にしないで楽しいことをすべきということでしょう。
当初、アフロビートやアフロジャズの印象が強かったが、今作ではサンバのようなラテン音楽のテイストを取り入れ、音楽のバリエーションを広げています。アグレッシヴなリズム、陽気なエネルギーは、現在の世界が必要とするもので、音楽の本来の楽しみを伝えています。エズラ・コレクティヴのキーボード、金管楽器を中心とする演奏から醸し出される華やかな雰囲気は、まさしくジャズソウルのエンターテイメント性を余すところなく凝縮させたといえるかもしれません。
このアルバムに関して、エズラ・コレクティヴ(コルドソ)は奥深いメッセージを伝えています。「聖書には''ダビデが主の御前で踊る''という物語があって、それはいつも私にインスピレーションをもたらしてくれました。だから、『God Gave Me Feet For Dancing』はスピリチュアルな意味でダンスを見るためのもの。人生の嫌なことを振り払い、その代わりに踊ることができるのは、神から与えられた能力でもある」
タイトル曲、「Ajara」、ムーンチャイルド・サネリーが参加した「Street Is Calling」など注目曲は多い。今後どのような音楽を制作するのでしょうか。楽しみにしたいですね。
「God Gave Me Feet For Dancing- Feat. Yazmin Lacey」
+20 Albums
上記のベスト30アルバムでは満足出来ないという方に、20アルバムを追加でご紹介していきます。個人的には以下の20アルバムの方が個性的で面白いものが多いかもしれません。ぜひこちらも参考にしてみてください。
31. Waxahatchee
Label: Anti
Release: 2024年3月22日
今年、ワクサハッチーのプロジェクト名で活動するケイティ・クラッチフィールドは、Antiに移籍し、ニューアルバム『Tigers Blood』を発表した。アラバマ出身のシンガーは南部を表現することに戸惑いを覚えつつも、アメリカーナを中心とするインディーロックアルバムを制作しました。
本作には、MJ・レンダーマン、スペンサー・トゥイーディー、フィル&ブラッド・クックが参加。レンダーマンは「Right Back to It」でギターとハーモニー・ボーカルを担当した。ケイティ・クラッチフィールドによれば、彼女が最初に書いた本物のラブソング。バンジョー/ギターの演奏とオーガニックな雰囲気を持つクラッチフィールドのボーカル、そして、メインボーカルとアメリカーナの空気感を尊重するMJ・レンダーマンのコーラスが絶妙にマッチしています。
カントリーを踏襲した渋いソングライティングが持ち前のポピュラー性と融合し、新たなフォーク・ロックの世界を確立している。アコースティックの合間に入るスティールギターが幻想的な雰囲気を生み出す。ワクサハッチーのボーカルは、心に染み入るような温かさに満ちている。アメリカーナをベースにしたインディーロックの真髄のようなアルバムとなっています。
「Much Ado About Nothing」
32. Yard Act 『Where’s My Utopia』
Label: Island/ Universal Music
Release: 2024年3月1日
セカンド・アルバムはようやく年末になってじっくり聴くことが出来た。1stアルバムほどの鮮烈さはないかもしれませんが、渋い作品であることは変わりなく、むしろアンセミックな曲よりもシングルのB面のような収録曲の方が良い感じがします。例えば、「An Illusion」 、「Grifter's Grief」などは、先行シングルの迫力の影に隠れているが、さりげない良曲かもしれません。
ライブツアー等の日程の合間に作られたとは思えない濃密なロック/ポスト・パンクサウンドで占められている。むしろ、11曲というのは少し多すぎたかもしれない。「We Make Hits」、「Dream Job」といったハイライト曲は、デビューアルバムの音楽性をさらに煮詰めたものである。
その一方で、現今のロンドンのミュージック・シーンの流れを汲み、ディスコサウンドを取り入れ、次世代のユーモラスなポストパンクサウンドを築き上げようという狙いも読み解くことが出来ます。現在、バンドは過渡期にあり、色々なサウンドを試している最中なのではないかと思われます。じっくり聴いてみると、やはりヤードアクトのサウンドはユニークで魅力的です。
「We Make Hits」
33. Packs 『Melt The Honey』
Label: Fire Talk
Release: 2024年1月19日
今年、カナダのFire Talkからはいくつか良質なオルトロックのアルバムがリリースされています。その筆頭格がトロントのPacksのニューアルバム『Melt The Honey』となるでしょう。2023年のアルバム『Crispy Crunchy Nothing』に比べると、信じがたい成長ぶりといえるかもしれません。ニューメキシコでレコーディングされたという本作は、米国南部やメキシカンな空気感を吸い込んだ、ぬるくまったりとしたオルタナティヴロックサウンドを楽しめます。
グランジやDinasour Jr.、Pixies等の90年代のオルタナティヴロックを踏襲し、それらを適度なルーズな感じで縁取っている。一応、ソロシンガーの延長線上にあるバンドであるものの、今年、Audio Treeに出演した際にも見事なアンサンブルを披露していた。ロックの新しさというより普遍性に焦点を当てたアルバム。サイケでローファイな感覚が滲み出ていて、かっこいい。レコーディングの雰囲気が反映され、メキシコの太陽のように幻想的な雰囲気に彩られています。
「Her Garden」
34.Royel Otis 『Pratts & Pain』 - Album Of The Year
Label: Owness PTY LTD.
Release: 2024年2月16日
オーストラリアのポストパンクデュオ、Royel Otisはセカンドアルバム『Pratts & Pain』で大きな飛躍を遂げました。Wet Legなどの作品を手掛けたダン・キャリーをプロデューサーに迎えた本作はイギリスで録音された。ダン・キャリーは制作作業の合間にふらりとパブに出かけ、お酒を召し上がったらしいです。そういった面白おかしいエピソードもまたこのアルバムに一興を添えています。
ダンスロックを吸収し、モダンなポストサウンドに組み替えている。ツインボーカルはむしろ中性的な印象があって面白い。それほどサウンド自体も鋭利にならず、程よく聴きやすい。また、このアルバム全体に満ち渡るルーズな感覚も、ロイエル・オーティスの最大の魅力と言えるでしょう。オーストラリアのバンドのサウンドは、イギリスともアメリカとも少し異なることがわかる。「Adore」、「Sonic Blue」、「Sofa King」などのハイライト曲の鮮烈さに注目しましょう。
「Sonic Blue」
・Vol.3はこちらからお読みください。