Music Tribune: Album Of The Year 2024  Vol.3  独立化に向けたミュージックシーンの動き  

 Album Of The Year 2024  


 

Vol.3   独立化に向けたミュージックシーンの動き  

 

今年、もう一つの動向として顕著だったのが、それまで主要なレーベルから作品の発表をしていたミュージシャンやバンドによる独立化の動きです。その代表例が、ジャック・アントノフの新作のリリースでした。おそらく、大手レーベルからアルバムを出すことも可能であったと思いますが、ダーティ・ヒットの傘下に自主レーベルを設立し、デビュー作を発表しました。この事例は完全な独立形態とは言えませんが、アーティストがやりたいことを重視するというのが主たる理由でしょう。それはもしかすると、商業的な成功では得がたい資産なのかもしれませんね。


最も多い傾向が、相応に知名度のあるレーベルに所属し、何年かリリースを重ね、宣伝やマーケティング、録音のエンジニアリングなどのノウハウを学んだ後、独立的なレーベルや自主制作に移行するという形です。また、その動向のなかには、インディペンデントな形態での楽曲の配信も含まれています。


次のトレンドは、ミュージシャンの独立化に向けた動きであり、レーベルの起業やファウンドがトレンド的な流れとなりそうな予感もある。もしかすると、その中にはファッション・ブランド等、異なる業種の分野でのファウンドという可能性もあるかもしれません。少なくとも、独立化の動きは、商業的に左右されずに音楽を発表したいという、ミュージシャンの切望があらわれた形でしょう。実際的に、納期にまつわる制約が緩くなる場合があり、メリットもあるようです。こういった独立レーベルや自主制作を網羅するような媒体が増えると面白いかもしれません。

  

ただ、推奨したいのは、無計画に独立形態でやるのではなく、臨機応変に状況に対応し、戦略を展開させるべきでしょう。例えば、それ以前には、レーベルに所属し、プロモーターやA&Rなどのプロフェッショナルなノウハウを学習するというプロセスもどこかで必要になってきます。そしてそれが、最終的には社会的な還元や経済的な循環という形で寄与されるのが最も理想的でしょう。こういったインディペンデント化の一連の動きは、今後さらに活発になる可能性もあります。それこそが音楽業界の権利の均等化への道筋を作るための目印ともなりそうです。

 

音楽業界は確かに他の主要な産業に比べると小規模ではありますが、依然として大きな市場を誇っています。最近は、ライブツアーに関して、ヨーロッパ圏を中心に大きな市場が形作られつつあり、イギリスやアメリカのアーティストはこの地域に注力している。つまり、どこに可能性を見出すかによって、その結果はまったく変化してくるでしょう。僭越ではありますが、以上が今年数々のリリースやニュースを見てきた上での本サイトのシーズンのレビューとなります。

 

 

  

35. Bleachers 『Bleachers』



Label: Dirty Hit 

Release: 2024年3月8日

 

ニュージャージーが生んだ稀代のプロデューサー、テイラー・スウィフトの作品も手掛けるジャック・アントノフのバンド形式によるアルバム。プロ・ミュージシャンの頂点を知るミュージシャンは、むしろ若い時代のインディーロック・バンドのような新鮮さをこのデビュー作『Bleachers』で追求しています。ブリーチャーズのサウンドの礎となったのは、ヨットロック、AOR、ソフィスティ・ポップといった80年代のMTV全盛期の商業音楽である。そして、彼はブルース・スプリングスティーン以降のUSロックの魅力を誰よりも知り尽くしています。

 

誰しもときどき、何のために音楽をやり始めたのかを忘れてしまうときがある。アントノフはその初心を今作で取り戻した。シンセ・ポップ風のサウンドで始まるこのアルバムは、サックスの軽快な演奏を交えたロックソング「Modern Girl」へと繋がる。まるで音楽を最初に始めたときの初々しさ、楽しさ、音を奏でる純粋な喜び、そういった美しい感覚に満ちあふれています。

 

グラミーで頂点に立ったエンジニアとは異なる純粋な音楽ファン、そして演奏者としての姿を捉えたブリーチャーズのデビュー・アルバムは、米国の黄金時代のように輝かしさをどこかにとどめています。またDirty Hitらしいライトな質感を持つバラードソングも今作の最大の魅力です。

 

 「Modern Girl」

 

 

 

36.Sam Evian 『Plange』



 

Label: Flying Cloud/Thirty Tigers

Release: 2024年3月22日

 

今年、サム・エヴィアンは、新作アルバム『Plange』を発表した。本作はインディーロックの隠れた名盤と言えるでしょう。女性シンガーソングライターを中心にリバイバルサウンドが流行っているますが、エヴィアンのサウンドは、それらを男性的な視点から見据えています。アルバムはニューヨークの山間部であるキャッツキルで録音され、スフィアン・スティーヴンス、エイドリアン・エンカー、Palehoundのエル・ケンプナーなど、米国の象徴的なモダンフォーク/インディーロックミュージシャンが参加。サム・エヴィアンのビンテージロックに対する憧憬は、歌手自身の甘くマイルドなボーカルと相まって、うっとりとしたロックワールドを展開していく。

 

The Byrds、Beatlesの系譜にあるスタイリッシュなロックソングは、聞き手を懐かしきアメリカンロックの魅惑的な空間へと誘う。「Wild Days」、「Jacket」も秀逸なビンテージロックで渋くてかっこ良いが、「Runaway」のフォークサウンドも捨てがたい。最後に収録されている「Stay」は、今年のインディーロックソングの中ではベスト。ノスタルジックで牧歌的、そして、甘くて切ないアメリカーナのロックナンバー。Real Estateのファンにもおすすめしたい。



「Stay」

 

 

 

37.Real Estate 『Daniel』

 


Label: Domino

Release: 2024年2月23日



今年、Real Estateはニューヨークでイベントを開催し、「Daniel」という名前の入場者を集めたスペシャルライブを開催した。次いで来日公演を行い、いよいよ海外的にも人気を獲得していきそうです。

 

リアル・エステイトのロックサウンドは2010年代のニューヨークのベースメントのインディーロックシーンと呼応する形でビンテージロックをモダンなサウンドとして解釈するということにある。ドミノから発売された最新作『Daniel』でも五人組のコンセプトに変更はありません。心地よく爽やかなインディーロックサウンドは、時代を越えた普遍的な響きに縁取られています。

 

フォークサウンドとインディーロックを融合したスタイルは健在で、「Haunted World」、「Water underground」、「Flowers」、「Say No More」など聴かせる曲が多い。やはりさわやか。



「Say No More」

 

 

38. Middle Kids 『Faith Crisis Pt.1』

 


 Label: Lucky Number(Middle Kids)

Release: 2024年2月16日

 

オーストラリア国内では大きな支持を獲得している三人組のインディーロックバンド、Middle Kids。どうやら彼らの最大の魅力はライブにあるようで、スタジオ録音だけですべては語り切れないかもしれない。ライブはかなり盛り上がるらしい。

 

ミドル・キッズのサウンドには大きな期待値を感じさせる。ロック・バンドとは言えども、ダンス・ポップやオルトポップサウンドを絡めることもあり、色々な聴き方が出来る。最新作『Faith Crisis Pt.1』は個人的な危機について歌われており、また、今後、連作となる可能性もあるという。メルボルンやクライストチャーチのグループと連動するような形でベッドルームポップに触発されたオルトロック/オルトポップとして楽しむことが出来るかもしれません。

 

とくに感銘を受けたのが「The Blessing」という曲で、バンドにとっての象徴的なナンバーとも言えるかもしれない。他にも「Bootleg Firecracker」、「Highlands」など良曲がもりだくさん。ライブ盤『Triple J』も9月27日に発売されている。ぜひ大きな活躍をしてほしいです。

 


「The Blessing」

 



39.Demian Dorelli  『A Romance Of Many Dimentions』

 


 

Label: Ponderosa Music

Release: 2024年4月19日



イタリア人のファッション写真家、そして、英国人のバレエダンサーを両親に持つピアニスト、Demian Dorelli(デミアン・ドレッリ)は、ニック・ドレイクに触発を受けたアルバムを発表している。2023年のアルバム『My Window』に続く最新作『A Romance Of Many Dimentions』は、Max Richter(マックス・リヒター)の系譜にある美しく叙情的なピアノ・アルバムとなっている。表題の意味は”異なる次元にあるロマンス”です。


本作の表題は、1884年に発表されたエドウィン・A・アボットの小説『Flatland』にインスパイアされたという。アルバムに収録される完結で深みのある8つのトラックは、小説の副題である「多次元的な愛の物語 」によって喚起される感情さえも自由に探求する道筋を示している。

 

このアルバムは、心をかき乱されそうになったとき、ぜひとも手元においておきたい。近年のモダン・クラシカルやポスト・クラシカルは、プロデュース的に手の込んだ作品が目立つが、一方、ドレッリの新譜は、演奏者の演奏の流れを堰き止めたりせず、スムースな音楽性を楽しむことが出来る。基本的には、ピアノの演奏とチェロとの室内楽のようなアルバムになっている。デミアン・ドレッリの芸術的なセンスは、イタリアンバロックの時代から引き継がれたものだが、一方、フレンチ・ホルンを導入し、英国的な情緒に敬意を表することも忘れていない。

 

ひらめきのあるピアノのパッセージから繰り広げられる巧みな曲構成は、まさに演奏家/作曲家としてのイマジネーションを余すところなく凝縮させたと言えるだろう。「Houses」、「Universal Colour Bill」、「Thoughtland」といった楽曲は、まさしく彼が、同国のポスト・クラシカルシーンの名手であるマックス・リヒターの継承的な存在であることを伺わせる。”聴く度になにか新しい発見がある”という点では、制作者のコメント「1884年にエドウィン・A・アボットが小説『FLATLAND』を発表したように、さっきまであなたがいた次元とは違う次元を紹介できるよう頑張りたい」という言葉は、このアルバムの紹介にぴったりだと思う。



「Universal Colour Bill」

 

 

40.Lightning Bug 『No Paradise』

 


Label: Lightning Bug

Release: 2024年5月2日

 

前作までのインディーフォークをベースにしたアルバムが来るかと思っていたら、大きく予想を裏切られた。このアルバムでライトニング・バグは、旧来にない多彩な音楽的なアプローチを見せている。インディーフォークからポストロックに至るまで、従来にはない実験的な試みが取り入れられている。他の予測はほとんど外れたが、先行シングルを聴いたときに感じた映画的なサウンドというのは、どうやら当たっていたらしく、それがこの最新作の面白さともなっています。

 

アルバム全体における流れのようなものを強く意識しているらしく、特に、アルバムの中盤以降、「Lullaby For Love」から「I Feel」は連曲に近い構成となっています。一曲目「On Paradise」と最後のトラック「No Paradise」は対の楽曲であり、「Opus」、「December Songs」 も連曲の構成になっている。インスピレーションとソングライティングのセンスが素晴らしく、アルバムの序盤の収録曲「The Withering」を聞けば、そのことは一目瞭然かもしれない。話を聴いたかぎりでは、そういったインスピレーションを大切にしているということです。

 

当初、ライトニング・バグは静かで癒やし溢れるオルトフォークを主な特徴としていたが、「エッジの聴いたサウンド」、そして、「納期を気にせず制作に取り組めた」という制作者のコメントは、音楽全般の作り込みや洗練度の中に反映されている。弦楽器のアレンジなども入り、作風は豪華になっていることが分かる。制作の発端となったという「バイク旅」の話については、おそらく「Withering」、「I Feel」といった楽曲に反映されていると思われます。ソングライターは、ベス・ギボンズを敬愛しているらしく、アートポップを反映させた曲も少なくない。即効性のある曲も良いけれども、やはり「December Song」がベストトラックであると思います。


 

 「December Song」

 

 

 

41.  King Hannah  『Big Swimmer』



Label: City Slang

Release: 2024年5月31日


リバプールのインディーロックデュオ、King Hannah(キング・ハンナ)は今年、シティ・スラングから『Big Swimmer』を発表した。4ADのバンド、Dry Cleaningを彷彿をさせるスポークンワードのボーカルと、VU、Yo La Tengoの影響下にあるローファイなギターロック、アメリカーナに触発されたゆったりしたフォークロックが一つの特徴となっている。終盤の収録曲「This Wasn't International」にはシャロン・ヴァン・エッテンがボーカルで参加している。

 

今作は、デュオが制作の前年にアメリカツアーを行ったときの経験を基に制作された。アルバムの中にはキラリと光るセンスが偏在し、「New York Let's Do Nothing」等のハイライト曲に反映されています。また、実力派のバラードソング「Suddenly Your Hand」はじっくり聴かせる。ロックバンドとしてのきらめきは、アメリカツアーの思い出を綴った中盤の収録曲「Somewhere Near El Paso」に見いだせます。サイレントで冷ややかな展開から、中盤のギターソロ、ラウドで熱情的なハードロックへと移行する曲のクライマックスは圧巻とも言える。



「Suddenly Your Hand」


 

42.Bonnie Light Horseman 『Keep Me On Your Mind/ See You Free』




Label: jagujaguwar 

Release: 2024年6月7日


「これぞUSフォークサウンド!!」といいたくなるのが、Bonnie Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)の最新作『Keep Me On Your Mind/ See You Free』。本作は二枚組の構成となっていて、20曲が収録されています。バンドはすでにグラミー賞にノミネート経験があり彼らの熟練のサウンドは一聴の価値あり。フォーク・ミュージックが近年、他のジャンルと融合する中で真実味を失いかけている中、ボニー・ライトホースマンはソウル、ジャズの音楽性を取り巻くように、奥深いフォークミュージックの世界をリスナーに提供しています。

 

特に、「Keep On You Mind」では、オルガンをベースにゴスペル風の見事なコーラスワークで始まり、うっとりさせる。また、アコースティックギターをベースにした本格派のカントリーソング「I Know You Know」を始め、デュエット形式の本格的なアメリカーナを楽しむことが出来ます。また、ジャズ風のバラードも収録されており、「When I Was Younger」は彼らの代名詞とも言えるナンバーである。その他にも、バンジョーを使用した爽快なフォーク・カントリーソング「Hare And Hound」なども明るい雰囲気に充ちていて素晴らしい。また、アルバムの終盤に収録されている「Over The Pass」も気持ちが明るくなるような爽快感がある。


本作は、アメリカーナやフォーク/カントリーソングの魅力を掴むのに最適なアルバムと言えます。

 

 「I Know You Know」

 

 

43.Charli XCX 『brat』 


Label: Atlantic

Release: 2024年6月7日

 

サブリナ・カーペンターと並んで、2024年を象徴付けるアルバム『Brat』は前作『Crash』で見せたハイパーポップのアプローチから一転、チャーリーはコアなダンスミュージックへと基軸を進めたことに少し驚いた。実際的に聴き応えのあるダンス・ナンバーがずらりと並んでいます。

 

「360」、「365」、「Rewind」、「Apple」といったコアなダンスチューン、ソングライターとしての成長の過程を捉えられる収録曲もある。オートチューンを用いたハイパーポップとバラードの融合「I Might Say Something Stupid」、「Talk Talk」など話題のトラックが満載。商業性とその中でどういったスペシャリティを織り交ぜられるのか、チャーリーの探求は続く。

 


「365」

 

 

 

44.Cindy Lee 『Diamond Jubilee』- Album Of The Year

 



Label: Realistik

Release: 2024年3月29日10月23日にストリーミングが開始

 

 

今年はデジタル録音の中でアナログの質感を強調させる作風が目立った。その筆頭格ともいえるのが、トロントのCindy Lee(シンディ・リー)による通算七作目のアルバム『Diamond Jubilee』。フィジカル盤は現時点では発売されていません。(2025年2月に三枚組で発売予定)

 

『Diamond Jubilee』は、各方面で「2024年のベスト・アルバム」という呼び声が高い。少なくとも一度消費して終わりというアルバムではないことは痛感出来る。ずっと聴いていると、サイケデリアの深度に呆れ、クラクラと目眩がしてくるようなミステリアスな作品。まず、32曲というボリュームに驚かされるが、内容の濃密さにも同じく圧倒される。サイケロック、モータウンサウンド、70年代のファンクロックを吸収し、ローファイな粗削りのサウンドに仕上げ、最終的にヒプノティックなポップソングのゆらめきに変わる。例えば、下記に紹介する「Flesh and Blood」では、アナログレコードの回転数の変化をBPMに取り入れています。

 

レコーディングプロセスに関しては寡聞にして存じ上げないものの、レコード時代のアナログサウンドを全般的に意識したことは明瞭ではないでしょうか。部分的に生演奏がコラージュのように縦横無尽に散りばめられるという点では、このアルバムの本質は、「リサンプリングの極北」でもある。きわめてマニアックでカルト的な作品であることは事実でありながら、タイトルにもある通り、新旧のポップソングの不朽の魅力が”ダイアモンド”のように散りばめられています。

 

こういったカルト的なアルバムが異様なるほど称賛されるのは理由があり、メインストリームの音楽に対するメディア側の本音のようなものを体現しているのかもしれません。本作は、反消費、反商業的なポップ・アルバムとして、次世代にひっそりと語り継がれる可能性がありそう。

 

 

 

  


 45. Clairo 『Charm』



Label: Virgin

Release: 2024年7月12日


2019年のデビュー作『Immunity』でロスタム・バトマングリイ、続く『Sling』でジャック・アントノフと共同制作をした後、クレイロは、エル・ミッシェルズ・アフェアのレオン・ミッシェルズと『Charm』を共同プロデュースしました。彼女は、ニューヨークの2つのスタジオ、クイーンズのダイアモンド・マインとショーカンのアレア・スタジオでライブ・レコーディングを行いました。


当初、録音された音源は、ライヴ演奏からテープへトラックダウンされ、ファンクレジェンドのシャロン・ジョーンズやザ・ブラックキーズ等と仕事をしたことがあるプロデューサーのLeon Michelsが厳密なアナログ・レコーディング手法にこだわった形で作業が進められ、完成した。

 

今作『Charm』は、クレイロにとって日本盤CDにてリリースされる初のアルバムでもある。ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)やブロッサム・ディーリー(Blossom Dearie)などの、壮大で洗練された音楽に魅了されたクレイロは、20世紀のレコーディング技術を活かし、なるべくデジタル時代の陳腐化した音にならないよう最新の注意を払いながら制作に取り組んだという。2021年に発表した『Sling』では、初めて生の楽器のサウンドを導入しましたが、今作の同じ手法を取り入れています。ホルン、木管楽器、ヴィンテージのシンセサイザーが印象を強め、同時に、リズミカルな楽曲が多い。デビュー作『Immunity』を思い出させる内容となっています。

 

デ・ラ・ソウルやドレの時代から受け継がれるターンテーブルのチョップのような技法を交えながら、ソウル、チェンバーポップ等を融合させた画期的なアルバムです。このアルバムを聴く限り、クレイロはよりプロフェッショナルなシンガーソングライターのレベルに到達しています。最早、ベッドルームポップを卒業し、次世代のSSWの象徴的な存在となりつつあるようですね。

 

 「Juna」

 



46. JPEGMAFIA 『I Lay Down My Life For You』



Label: AWAL

Release: 2024年8月1日(アルバムジャケットの別バージョン有り)


Tyler The Creator、Kendrick Lamerがオーバーグラウンドの帝王だとすれば、こちらはアンダーグラウンドの帝王。NYのアブストラクトヒップホップの頭領、JPEGMAFIAが『I Lay Down My Life For You』を携えて帰還した。本作は、盟友であるダニー・ブラウンの昨年の最新作『Quaranta』に部分的に触発を受けたような作品です。序盤ではドラムのアコースティックの録音を織り交ぜ、予測不能で独創的なアブストラクト・ヒップホップが繰り広げられます。

 

「ドープ」と呼ばれるフロウの凄みは今作でも健在。さらに音楽的なバリエーションも非常に豊富になりました。たとえば、「i scream this in the mirror-」では、ノイズやロック、メタルを織り交ぜ、80年代から受け継がれるラップのクロスオーバーも進化し続けていることを感じさせます。メタル風のギターをサンプリングで打ち込んだりしながら、JPEGMAFIAは、明らかにスラッシュ・メタルのボーカルに触発されたようなハードコアなフロウを披露する。そして、断片的には本当にハードコアパンクのようなボーカルをニュアンスに置き換えていたりする。ここでは彼のラップがなぜ「Dope」であると称されるのか、その一端に触れることができる。

 

そして、ターンテーブルの音飛びから発生したヒップホップの古典であるブレイクビーツの技法も、JPEGの手にかかるや否や、単なる音飛びという範疇を軽々と越え、サイケデリックな領域に近づく。「SIN MIEDO」は音形に細かな処理を施し、音をぶつ切りにし、聞き手を面食らわせる。ただ、これらは、Yves Tumorが試作しているのと同じく、ブレイクビーツの次にある「ポスト・ブレイクビーツの誕生」と見ても違和感がない。普通のものでは満足しないJPEGMAFIAは、珍しいものや一般的に知られていないもの、刺激的なものを表現すべく試みる。そして、音楽的には80年代のエレクトロなどを参考にし、ラップからフロウに近づき、激しいエナジーを放出させる。これは彼のライブでもお馴染みのラップのスタイルであると思う。

 
今回、JPEGMAFIAは、ダブ的な技法をブレイクビーツと結びつけている。そして、比較的ポピュラーな曲も制作している。「I'll Be Right Time」では、 背後にはEarth Wind & Fireのようなディスコファンクのサンプリングを織り交ぜ、まったりしたラップを披露する。そして、ブラウンと同様に、JPEGMAFIAのボーカルのニュアンスの変化は、玄人好みと言えるでしょう。つまり、聴いていて、安心感があり、陶然とさせるものを持ち合わせています。これは、70、80年代のモータウンのようなブラックミュージックと共鳴するところがある。何より、「vulgar display of power」のギターの切れ味が半端ではない。迫力十分のフロウを体感しよう!!

 

 

「vulgar display of power」

 

 

 47.Fucked Up 『Another Day』


Label: Fucked Up

Release: 2024年8月9日


今年は、若手のパンクバンドの新譜は大人しめな印象でした。Green Dayのほか、Offspringの新譜もリリースされた。ということで、ベテラン勢がかなり奮闘した印象があった。ひとしなみにパンクといっても、他のポスト・パンクを始めとするジャンルに吸収されつつあるため、純粋なパンクバンドというのは、年々減少傾向にある感じは否めません。トロントのファックド・アップも、Jade Tree,Matador、Mergeというように、インディーズの名門レーベルを渡り歩くなかで、年代ごとに作風を変化させてきたバンドです。全般的には、エモーショナルハードコアの印象が強いですが、エレクトロニックを交えたり、クワイアのようなコーラスを交えたりと、様々な工夫を取り入れている。すでにライブの迫力については定評がある。

 

今年、バンドは二作のアルバムをリリースしたが、それぞれ作風が若干異なっています。『Another Day』はファックド・アップとして何が出来るのかを探求したもので、一方、『Someday』では、複数のボーカリストのコラボレーターを招き、共同制作の醍醐味を追求しています。どちらのアルバムも雰囲気が異なり、楽しめると思いますが、ファックド・アップとして考えると『Another Day』を推薦しておきたい。特に、歌詞という側面で、このバンドの真骨頂を垣間見ることが出来る。無駄な言葉を削ぎ落とし、伝えたいリリックのみを伝えるというシンプルな手法は、パンクロックの命題のようなものを受け継いでいるといえるでしょう。

 

 

 

 

 48. Contour  『Take Off From Mercy』



 

Label: Mexican Summer

Release: 2024年11月1日


Contourのニューアルバム『Take Off From Mercy』は端的に言えば、ブラック・ミュージックの未来系を意味します。

 

カーリ・ルーカスは、本作において、ブラジリアン・ソウル(トロピカリア)、ボサノバ、エレクトロニック、ジャズ、ラップの要素を融合させ、新しいジャンルを予見している。サウスカロライナ州チャールストンのアーティスト、Contour (Khari Lucas)は、ラジオ、映画、ジャーナリズムなど様々な分野で活躍するソングライター/コンポーザー/プロデューサーです。


彼の現在の音楽活動は、ジャズ、ソウル、サイケロックの中間に位置するが、彼は自分自身をあらゆる音楽分野の学生と考えており、芸術家人生の中で可能な限り多くの音とテーマの領域をカバーする。彼の作品は、「自己探求、自己決定、愛と反復、孤独、ブラック・カルチャー」といったテーマを探求しています。


コンツアーの最新作『Take Off From Mercy』は文学的な気風に満ち、過去と現在、夜と昼、否定、そして、おだやかな受容の旅の記録である。カリ・ルーカスと共同エグゼクティブ・プロデューサーのオマリ・ジャズは、このアルバムを複数の拠点でレコーディングしました。チャールストン、ポートランド、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ジョージア、ロサンゼルス、ヒューストンの様々なスタジオで、Mndsgn、サラミ・ローズ・ジョー・ルイスら才能ある楽器奏者やプロデューサーたちとセッションを重ねながらアルバムを完成へと導いています。

 

コンツアーは、他のブラック・ミュージックのアーティストのように、音楽自体をアイデンティティの探求と看過しているのは事実かもしれませんが、それにベッタリと寄りかかったりしない。彼自身の人生の泉から汲み出された複数の感情の層を取り巻くように、愛、孤独、寂しさ、悲しみといった感覚の出発から、遠心力をつけて、次なる表現にたどり着き、最終的に誰もいない領域へ向かっていく。ジム・オルークのように前衛的な領域にあるジャズのスケールを吸収したギターのアヴァンギャルドな演奏は、空間に放たれ、言葉という魔法に触れると、別の物質に変化する。ヒップホップを経過したエレクトロニックの急峰となる場合もある。

 

 

 「Theresa」

 

 

 

49. Laura Marling 『Patterns In Repeat』



Label: Partisan

Release: 2024年10月25日


今年、Partisanからは注目作が数多くリリースされた。その総仕上げとなったのが本作。イギリスのシンガーソングライター、ローラ・マーリングは、前作アルバムではまだ見ぬ子供のための空想的なアルバムを制作し、「Patterns In Repeat」では、私生活を基に美しく落ち着いたポピュラーアルバムを制作しています。聴いていると、心温まるようなアルバムとなっています。

 

アコースティックギターを元にした穏やかな曲が中心となっている。アンティークなピアノ曲「No One’s Gonna Love You Like I Can」。この曲は、冒頭の曲と合わせて彼女自身の子供に捧げられたものと推測される。クラシック音楽やUKフォークを基にし、ミッチェルの70年代を彷彿とさせるようなささやくようなウィスパーボイスを中心にして、子育ての時期を経てローラ・マーリングが獲得した無償の愛という感覚が巧みに表現される。それは友愛的な感覚を呼び起こすとともに、永遠のいつくしみが丹念につむがれる。この曲は、他の収録曲と同じように、チェロ、バイオリン、ビオラといった複数の弦楽器のハーモニクスにより、美麗な領域へと引き上げられる。細やかな慈しみの感覚を繊細な音楽性によって包み込もうとしています。

 

アルバムの八曲目に収録されている「Looking Back」は、アコースティックギターで始まり、コーラスを交えた後、ビートルズを彷彿とさせる普遍的なポピュラー・ソングへと変遷していく。数年間の思い出を凝縮させたがごとく、ソングライター自身の追憶がうっとりするような旋律の流れとともに移ろい変わる。ソングライターの我が子への愛が凝縮された美しいアルバムです。



 「Looking Back」

 

 

 

50.Hollie Kenniff 『For Forever』




Label: Nettwerk

Release: 2024年12月6日


当初、ホリー・ケニフは、ソロ活動を始めた頃、シューゲイザーとドリームポップの中間域にある音楽を制作し、インディーズミュージックのファンの注目を集めていた。2019年、最初のアルバム『The Gathering Dawn』をリリースし、以降、注目作を発表しています。基本的には、ギタリストのミュージシャンですが、制作者の作り出す神秘的なアンビエンスは、ギターを中心に作り出されたとは信じがたい。ようやくというべきか、もしくは満を持してというべきか、ホリー・ケニフがカナダのネットワークから最初のフルアルバムをリリース。実際的な音楽性や世界観などが丹念に磨き上げられ、夢想的で美麗なアンビエントアルバムが登場しました。
 

本作では、アンビエント、ポスト・クラシカル、ドリーム・ポップを融合させ、癒やしに満ち溢れたサウンドワールドを体験出来ます。音楽性に関しては、2021年のシングル集「Under The Lonquat Tree(feat. Goldmund)」の延長線上にある。アンビエントというのは、アウトプットされる音楽が画一的になりがちな側面もありますが、ホリー・ケニフの多彩なソングライティングは、叙情的な感性と季節感に充ちた見事なサウンドスケープを生み出す。また、雪解けの季節を思わせる雰囲気、初春の清涼感のある空気感が主な特徴となっています。

 

4作目のアルバムを語る上で不可欠なのは、従来培われたギターやシンセを中心とする簡素なアンビエントテクスチャー、曲全体に表情付けを施すピアノです。これらが色彩的なタペストリーのように見事に絡み合い、ホリー・ケニフの音楽はひとまず過渡期を迎えようとしています。


 




2024年度のアルバム・オブ・ザ・イヤーはひとまずこれで終了です。お読みいただきありがとうございました。読者の皆様、良いお年をお過ごしください!!


◾️Album of The Year 2024 Vol.1はこちらからお読みください。