New Album Review:  Jakob Bro  『Taking Turns』

  Jakob Bro  『Taking Turns』



Label: ECM

Release:2024年11月29日

 

Review

 

ジェイコブ・ブロはデンマーク出身のギタリスト。同国の王立アカデミーで学習した後、アメリカにわたり、ボストンのバークリースクール、ニューヨークのニュースクールで学習を重ねた。元々、ブロはポール・モチアン、トーマス・スタンコのバンドメンバーとして、ECMに加入した。ジャズマンとしてソロリーダーとしてデビューしたのは2015年のことだった。以降、ジャズアンサンブルの王道であるトリオ編成を始め、ジャズ・ギターの良作を発表してきた。

 

先日、同レーベルから発売された『Taking Turns』は、10年前にニューヨークで録音され、長い月日を経てリリースされた。ブロの作品としては珍しくセクステット(6人組)の編成が組まれている。作品に参加したのは、リー・コニッツ、アンドリュー・シリル、ビル・フリセル、そしてジェイソン・モラン、トーマス・モーガン。ジェイコブ・ブロはこの作品に関して、感情を垣間見て、それをつぶさにスケッチし、記録しながら展開することにあった」と説明する。内省的なソングライティングをベースに制作されたジャズアルバムという見方が妥当かもしれない。

 

基本的なソロアルバムとは異なり、「オールスター編成」が組まれたこのアルバムでは、ソロリーダーというより、ジャズアンサンブルの妙が重視されている。よって彼の演奏だけが魅力のアルバムではない。金管楽器(サクスフォン)がソロ的な位置にある場合も多く、ブロのギターは基本的にはムードづけというか、補佐的な役割を果たすケースが多い。演奏の中には、サックス、ピアノ、ドラム、ウッドベース、そしてギターといった複数の楽器の音楽的な要素が縦横無尽に散りばめられ、カウンターポイントの範疇にある多声部の重なりが強調される。収録曲の大半は、ポリフォニーではなく、音楽的基礎をなすモノフォニーが重視されるが、ピアノ、ギターを中心とする即興的な演奏から、ロマンティックでムードたっぷりの和音が立ち上がる。

 

アルバムの冒頭曲「Black Is All Colors At Once」で聞けるギターの巧みな演奏は空間的な音楽性を押し広げ、そしてピアノの微細な装飾的な分散和音が加わると、明らかに他のセクステットではなしえない美麗で重厚感のある感覚的なハーモニーがぼんやりと立ち上ってくる。二曲目「Haiti」では、ドラムの演奏がフィーチャーされ、民族音楽のリズムが心地よいムードを作り出す。同じように構成的な演奏が順次加わり、金管楽器、ギター、ベースが強固なアンサンブルを構築していく。当初はリズムの単一的な要素だったものが、複数の秀逸な楽器の演奏が加わることにより、音楽全体の持つイメージはより華やかになり、豪奢にもなりえる。そういった音の構成的な組み上げを楽しむことが出来る。リズムの構成はエスニック(民族音楽)の響きが強調されているが、対してジェイコブ・ブロのギターはスタンダードなフュージョンジャズの領域に属する。これがそれほど奇をてらうことのない標準的で心地よいジャズの響きを生み出す。

 

三曲目「Milford Sound」ではウッドベース(ベース)やドラムの演奏がイントロでフィーチャーされている。例えば、トーマス・スタンコなどの録音ではお馴染みの少し明るい曲調をベースにしている点では、ECMジャズの王道の一曲と言えるかもしれない。しかし、そういったスタンダードなジャズを意識しながらも、多彩な編成からどのような美しい調和が生み出されるのか。ジェイコブ・ブロを始めとする”オールスター”は、実際の即興的な演奏を通じて探求していきます。これはジャズそのものの楽しさが味わえるとともに、どんなふうに美しいハーモニーが形作られていくのか。結果というよりも過程をじっくり楽しむことが出来るはずです。

 

特にアルバムの全体では、リーダーのジェイコブ・ブロの演奏の他に、リー・コニッツによるサクスフォンの演奏の凄さが際立つ。「Aarhus」ではピアノとベースの伴奏的な音の構成に対して、素晴らしいソロを披露している。彼のサクスフォンは、ジャズのムードを的確に作り出すにとどまらず、実際的に他の楽器をリードする統率力のようなものを持っている。だが、それは独善的にはならず、十分に休符と他のパートの演奏を生かした協調的なプレイが重視されている。これが最終的には、ジャズの穏やかでくつろげるような音楽的なイメージを呼びおこす。

 

「Pearl River」はおそらくアルバムの中では最も即興的な要素が色濃い楽曲となっている。ドラムのシンバルを始めとする広がりのあるアンビエンスの中から、ギター、ベース、ピアノのインプロバイゼーションが立ち上るとき、ぼんやりした煙の向こうから本質的な核心が登場するようなイメージを覚える。そしてアルバムの序盤から作曲的に重視されている抽象的なイメージは同レーベルの録音の特性ともいえ、このアルバムの場合では感情的な表現を重視していると言える。そういったジャズの新しい要素が暗示された上で、古典的なジャズの語法も併立する。楽曲の二分後半にはマイルス&エヴァンスが重視したアンサンブルとしての和音的な要素が強調される。また、それらに華やかな効果を及ぼすのが、金属的な響きが重視されたドラムのシンバル、もしくはタム等の緩やかなロールである。これはジャズドラムの持つ演出的な要素が、他のパートと重なり合う瞬間、アンサンブルの最高の魅力を堪能することが出来るでしょう。

 

 

ジャズというと、旧来はマイナー調のスケールが重視されることが多く、また、それがある種の先入観ともなっていたのだったが、ECMは2000年頃からこういった旧来のイメージを払拭するべく新鮮な風味を持つ作品をリリースしてきた。それがメジャー調のスケールを強調づける、爽やかで高級感のあるサウンドであった。このアルバムは、ジェイコブ・ブロの移行期に当たる作品であるとともに、ドイツのジャズレーベルの主要なコンセプトに準じており、アンサンブルとしての音の組み立ての素晴らしさのほか、BGM的な響きを持つアルバムとしても楽しめるかもしれません。つまり、それほど詳しくなくとも、聴きこめる要素が含まれています。


「Peninsula」は同レーベルのエスニックジャズを洗練させた曲で、ピアノの演奏がミュート技法を用いたギター、ベースに対して見事なカウンターポイントを構成し、曲の後半ではまったりした落ち着いたハーモニーを形成する。クローズ「Mar Del Plata」は、アルバムではジェイコブ・ブロのギタープレイがフィーチャーされる。ラルフ・タウナーのギターほど難解ではなく、フュージョン・ジャズを下地にした心地よいギターの調べに耳を傾けることが出来るでしょう。



84/100

 


「Black Is All Colors At Once」