Mogwai 『The Bad Fire』
Label: Rock Action
Release: 2025年1月24日
Review モグワイの復活の狼煙
この数年間、スコットランドのモグワイは、2020年のEP『Take Side』を除いては、その仕事の多くがリミックスや映像作品のサウンドトラックに限定されていた。見方によっては、バンドではなくスタジオミュージシャンに近い形で活動を行っていた。(ライブパフォーマンスを除いては)『The Bad Fire』は、四人組にとって久しぶりの復帰作となる。以前はポストロックの代表的な存在として活躍したばかりではない。モグワイは音響派の称号を得て、オリジナリティの高いサウンドを構築してきた。
『The Bad Fire』は、”労働者階級の地獄”という意味であるらしい。これらは従来のモグワイの作品よりも社会的な意味があり、世相を反映した内容となっている。モグワイのサウンドは、シューゲイズのような轟音サウンド、そして反復構造を用いたミニマリズム、それから70年代のハードロックの血脈を受け継ぎ、それらを新しい世代のロックへと組み替えることにあった。ミニマリズムをベースにしたロックは、現代の多くのバンドの一つのテーマともいえるが、モグワイのサウンドは単なる反復ではなく、渦巻くようなグルーブ感と恍惚とした音の雰囲気にあり、アンビエントのように、その音像をどこまで拡張していけるのかという実験でもあった。それらは彼らの代表的な90年代のカタログで聴くことができる。そして、この最新作に関して言えば、モグワイのサウンドはレディオヘッドの2000年代始めの作品と同様に、イギリスの二つの時代の音楽を組み合わせ、新しいハイブリッドの音楽を生み出すことにあった。エレクトロニックとハードロック。これらは、彼らがイギリスのミュージック・シーンに台頭した90年代より以前のおよそ二十年の音楽シーンを俯瞰して解釈したものであったというわけなのだ。
おそらくモグワイは、何らかの作品をもう少し早くリリースすることも出来たかもしれないが、じっくりと時間をかけてバンドサウンドを熟成させ、一流プロデューサー、ジョン・コングルトンとともに制作に取り組んだ。このことは、アルバム全体のイメージ、そしてタイトルにも只ならぬ迫力をもたらし、様々な観点から音楽を聴くことを可能にしている。そして、モグワイの代名詞的な音響派/ポストロックのサウンドとともに、復活の狼煙を上げることになったのだ。彼らのサウンドは、決して時代に先行しているわけではない、いや、新しさや新奇性という側面では、同レーベルに所属する彼らの弟分であるbdrmm、もしくは、Squidの方がはるかに上手だろう。しかしながら、新しい作品をリリースせずにはいられないなにかがあったにちがいない。
モグワイの新作アルバムは奇妙な作品である。上記で述べたような、以前の世界、そして以後の世界を繋ぐようなロックミュージックが展開され、それは新しいとも古いともつかない奇異な印象を与える。また、彼らのロックソングは、90/00年代のエレクトロニックに寄りかかっているようでいて、2020年代の雰囲気を持ち合わせている。むしろ、『The Bad Fire』は、時間の感覚が薄れ、聞き手が所在する時代の感覚を希薄にするような魅力が随所に散りばめられている。モグワイの王道のマーチングのような勇壮なリズムが現代的なコングルトンのデジタルサウンドの中に見つかったかと思えば、それは必ずしも90年代のループサウンドやミニマリズムのように持続せず、夢想的、幻想的な雰囲気に留まることなく、痛烈なリアリズムが出現する。
例えば、オープニングトラック「God Gets You Back」では、従来のモグワイの幻想的なサウンドの向こうから、なにかリアリティのあるバンドセッションが浮かび上がってくる。二つの世界を組み込んだメタフィクションの音楽は、明らかに従来のモグワイのものではない。そして、モグワイはインストゥルメンタル中心の音楽性で知られているが、この曲は珍しくボーカル付きである。浮遊感のあるボーカルトラックはキュアーの最盛期、ブリットポップの最盛期の90年代前半に聞き手を誘う。しかし、一貫して恍惚としたサウンドは維持されている。お馴染みの巧緻なミニマリズムを基調にしたサウンドの向こうに浮遊感のある夢想的なボーカルが登場する。これらは、単なる轟音性や映像的な質感を持ち合わせていた、かつてのモグワイのサウンドとは明らかに一線を画していることに、勘の鋭いリスナーはお気づきになられるに違いない。
そういった中で、2曲目「Hi Chaos」は、対象的にポストロックや音響派の象徴的なサウンドとなっている。しかし、最初から音像を闇雲に拡大するのではなく、バンドセクションや録音スタジオの空気感やテンションを重視しているという点においては、従来のモグワイのサウンドとは異なる。しかし、イントロから中盤までは、対比的なロックソングーーディストーションとクリーントーンーーという彼らの独自のサウンドスタイルは維持されている。これがドラマや映画のサウンドトラックとは異なる''バンドの録音作品''という性質が色濃く立ち上ってくる。中盤以降は、そのなかで、70年代のUKハードロックサウンドをベースにした白熱したバンドセッションが展開される。アルバムの冒頭から、このアルバムが必ずしもプロデュース的な作品に属さず、バンドサウンドのリアリズムを濃縮させたものであるということがはっきりと伝わってくる。さらにループサウンドを用いながら、バンドの音楽の熱量を少しずつ引き上げていき、最終的には4分以降は、GY!BEを彷彿とさせる、うねるような轟音のロックミュージックが展開される。
「What Kind Of Mix This Is」は、ポストロックの原初的なサウンドに回帰している。例えば、オーストラリアのDirty Three、米国のRed Stars Theory、Mineralなどに代表されるエモ/スロウコアのニュアンスを含んだアルペジオがイントロに配され、叙情的なサウンドが広がりを増していく。その中で、レディオヘッドの系譜にあるエレクトロニックを吸収したロックは、モグワイの手にかかると、ゆったりとしていながらも勇壮なイメージを持つ楽曲へと変化していく。そして、やはり、彼らの特徴的なリズムがベースとなり、それらを反復的に続けながら、徐々にバンドサウンドとして白熱する瞬間を探求していこうとする。つまり、バンドセッションを辛抱強く続けながら、心地よい沸点を迎える瞬間を探しあてていくのである。しかし、すでにこのバンドのファンはご存知の通り、モグワイのサウンドの一番の迫力は、内的に静かに燃え上がるような激しさにある。これらは、以降、むしろ単なるポストロックやスロウコアというよりも、プログレッシヴロックに近い曲調へと変遷を辿る。YES、Pink FloydのようなUKミュージックの元祖に近くなる。
アルバムは、少しマニアックに傾きかけるが、どうやらモグワイの新作に見いだせるのは、ニッチさだけではない。彼らは『 The Bad Fire』においてロックソングの核心のようなものを提示することもある。例えば、続く「Fanzine Made of Flesh」ではシンプルな8ビートをもとにダフト・パンク的なロックを展開させる。ボーカルトラックにはボコーダー/オートチューンをかけ、近未来的なサウンドを突き出す。また、そこにはAIテクノロジー優勢の時代の感覚が反映されている。かと思えば、続く「Pale Vegan Hip Pain」においては、フロイドの『Dark Side Of The Moon』の作風を下地にしたペーソスのある静かで瞑想的なギターロックソングで聞き手を魅了する。しかし、その中で、オムニコードのようなチープでレトロなシンセが最初期のモグワイの感覚をありありと蘇らせる。さらに続く、「If You Find This World Bad,You Should See Some of The Others」は、静謐なロックソングから轟音へと移行していく。いかにもモグワイらしい一曲となっている。
モグワイとしての新機軸を示したのが、続く「18 Volcanoes」である。背景となるシューゲイズ的なフィードバックの轟音を活かしているが、ボーカルそのものはポピュラーに根ざしており、コントラストを活かしたロックソングを組み上げている。ここには、モグワイのMBV的な性質が出現する瞬間を捉えられる。終盤の三曲は、いずれも実験的なロックバンドとして、未知なるサウンドの追求を意味する。ただ、それはモグワイとしての唯一無二の境地に辿りついたかはまだわからない。「Hammer Room」では、The Smileを彷彿とさせるエレクトロニックたダンスミュージックを反映させたロックソング、「Lion Rumpus」では、ハードロックとエレクトロニックの融合、そして、クローズ「Fact Boy」では、クレスタを用いて、オーケストラ楽器がロックバンドのアンサンブルの中でどのように響くのかを探求している。アウトロでは、近年のドラマなどの映像作品へのサウンドトラックの提供という貴重な経験を活かし、映像的なエンディングを構築する。この点においては、Explosions In The Skyとの共通点も発見できるかもしれない。
78/100
「What Kind Of Mix This Is」