Lilies On Mars(リリーズ・オン・マーズ)、Stefano Guzzetti(ステファーノ・グッツェッティ)という、イタリアで結成されたロックトリオは、最も個性的なシューゲイズ・アルバムを制作することになった。インディーロックデュオ、映画のサウンドトラックで人気を誇る作曲家。実際、異色のコラボレーションと言えますが、完成されたアルバムは、Stereolab、Pales Saints、Cocteau Twinsを彷彿とさせるエレクトロニックやダンスを通過したシューゲイズ、ドリームポップです。かなりマニアックな音楽であることは明らかで、2024年のCindy Lee、Sonic Boom、Dean & Brittaの系譜にある独自色の強いアルバムです。
リリーズ・オン・マーズは、リサ、マリーナによるインディーロックデュオで、2009年頃からイタリアで活動を行っています。当初は、メタルバンドとして活動していた二人でしたが、実験音楽の制作を通じて、より深い音楽へとアクセスすることに。ステファーノ・グッツェッティとのコラボレーションは、新しい冒険のためのパートナーであると述べています。三者は似ているようで異なる音楽的な背景を持つ。リサは、子供の頃、カリアリの円形劇場でジャコモ・プッチーニの歌劇を観て感動し、音楽に傾倒しはじめた。一方のマリーナは、Holeを中心とするMTV全盛期のポピュラーミュージックにのめり込むようになった。もし、このアルバムのどこかに懐かしく普遍的なポップスの匂いを嗅ぎ取るとしたら、それはあながち思い違いではないのでしょう。
他方、ステファーノ・ グッツェッティは、イタリアの作曲家であり、映画音楽やドラマなどのサウンドトラックを制作している。ピアニストとしても活動し、気品溢れる彼の作品は多くのリスナーを魅了してやまない。しかし、今回、明らかになったのは、ステファーノ・グッツェッティは、エンニオ・モリコーネの次世代に位置づけられる作曲家、そして、ピアニストやエレクトロニックプロデューサーという表向きの顔は別に、ステファーノは、もう一つの意外な表情を持つということです。以前、彼はインディーロックバンドとして活動し、”Antennah”というグループに参加していた。彼の最初の音楽的な体験は、ドイツ/デュッセルドルフの電子音楽シーンであり、Kraftwerk(クラフトヴェルク)を13歳の頃にテレビで見たときにはじまった。それから、退屈な国内の音楽の反動により、The Cureのような海外のニューウェイブが彼の若い時代の感性には通底していた。
一般的には知られていませんが、 ステファーノ・グッツェッティはベーシストとしても活動し、ニューウェイブに深い造詣を持つ。十代の後半からポスト・パンク、インディーロックに夢中になり、コクトー・ツインズの音楽に深い共鳴を見出すことになった。ダンサンブルなリズム、アップビートなリズムを聴くのが好きだとか……。さらに、彼は意外なことに、”シューゲイズのマスタークラス”でもあり、ピクシーズ、ラッシュ、MBV,ライド、ニューオーダー、ジーザス & メリー・チェインズ、シュガー(ボブ・モールド)、ペール・セインツ、ブロンド・レッドヘッドなど、4ADや世界のコアなインディーロックバンドのサウンドに感銘を受けている。上記のリストを見るだけで、彼のオルタナティヴロックに対する愛情がどれほど大きいのか分かるでしょう。
2020年頃からプロジェクト、LOMSは立ち上げられ、ライブステージを共有することで、徐々に音楽的な共通点を探っていくことになった。 当初、ギタリストのシルビア・クリストファロが参加し、四人組のグループとして活動を始めた。作曲はベースから始まり、メインのボーカルを書き、そして、イントロ、歌詞やコーラスを追加し、曲の肉付けをおこなっていく。残りの多くはコンピューターの前での作曲を行い、大まかな曲の構想を固めていくという。
リリーズ・オン・マーズと作曲家/音楽家のステファノ・グッツェッティとのコラボレーションによるニューアルバム『シャイン』は本日発売されます。 エレクトロニクス、ミニマリズム、実験、メロディーによる絶妙な均衡の中で、人間の魂の奥深い次元を探求するユニークで包み込むような音の旅を企てる。このプロジェクトは、ステファーノ・グッツェッティのアンビエント・サウンドとメロディックな感性、それから、エレクトロニック・ミュージックへの革新的なアプローチに磨きをかけてきたリリーズ・オン・マーズのドリーミーでコズミックなタッチとの出会いから始まった。 その結果、従来の音楽の枠組みを超越した浮遊感のあるメロディーと強固な雰囲気の狭間で、エモーショナルな宇宙へと誘うサウンドが生み出された。「Shine」は実験的な作品で、幽玄なシューゲイザー、アンビエントなテクスチャー、ポップな感覚を融合させ、「愛」、「自己発見」、「孤独な世界での光」というテーマを探求しています。
Lilies On Mars & Stefano Guzzetti 『Shine』 - Mint 400/Shore Dive
2024年から断続的にシングルのリリースを続けていた、Lilies On Mars & Stefano Guzzettiでしたが、ようやくデビューアルバムという成果になった。今作は、1980年代のインディーズのニューウェイブサウンドを通過し、それらをコクトー・ツインズやエリザベス・フレイザーの系譜にある甘美なドリームポップに昇華した作品です。基本的には、ビートボックスを用いたダンスミュージックの範疇にあるポップスで、エレクトロポップに傾倒した作風となっています。
しかし、アルバムの主要曲は、インディーズのポップソングを意識して作られていますが、それらがローファイの範疇にあるサウンドで縁取られる。結果として出力されるサウンドは、デモソングの延長線上に位置づけられ、この数年流行っているスラッカー・ロックの範疇に属するラフなマスタリングの流れを汲むアルバムと言えるでしょう。基本的には、マニアックなドリームポップ/エレクトロポップソングが多いが、ステファーノ・グッツェッティのメリハリのあるエレクトロ・サウンド、ポピュラーな曲風から、うねるようにして炸裂するフィードバックノイズが、甘美的なコクトー・ツインズのような美しいアンビエンスやアトモスフィアの合間に登場します。しかし、それらのノイズは、ほんの束の間のものに過ぎず、再び心地よいメロディアスでドリーミーなエレクトロポップが繰り広げられていきます。このアルバムで、最近のラフな質感を強調したサウンドが決定的になるだろうと思われる。現在は、デジタルの粒の精細なサウンドではなく、アナログのザラザラした質感を生かしたサウンドが流行していますが、『Shine』も同様に、8トラックのマルチトラックレコーダーで録音したような、アナログサウンドの風味が、28分という簡潔な長さを持つフルアルバム全体に漂い、心地良い感覚をもたらす。
アルバムの序盤は、古典的なダンスミュージックを踏まえ、それらにドリーミーなメロディー付与するというコクトー・ツインズやペール・セインツ、あるいは米国では、アリソンズ・ヘイローのソングライティングのスタイルが踏襲されています。これらの最初期のゴシックロックとニューロマンティックというジャンルを融合させて生み出されたのが''ドリームポップ''というジャンルでした。ブライアン・イーノのコラボレーターで、ピアニストのハロルド・バッドがこのジャンルの先駆者でもある。彼は鍵盤奏者でしたが、同時にアートポップの最初の流れを呼び込み、ポピュラーシーンでも強い影響を後のミュージック・シーンに及ぼすことになった。
とくに、コクトー・ツインズやペール・セインツのようなグループが、なぜ革新的だったかといえば、90年代以降に流行するシューゲイズの基本的なモデルを作り上げたことにある。また、最初期のボストン時代のピクシーズもシューゲイズのようなサウンドを強調していた時期があり、デモテープ時代の「River Euphrates」、「I Bleed」といったサウンドの正体は、オルタネイトなシューゲイズ、グランジ、そしてドリーム・ポップを融合させたものだったということでしょう。
オープナー「Wax」は、ザ・キュアーやコクトー・ツインズの全盛期のポピュラーソングを彷彿とさせる。現代のチルウェイブの範疇にあるゆったりしたマシンビートを背景に、シンプルであるが叙情的なサウンドが切ない空気感を生み出す。 そして二つのギターが折り重なり、マスロックやポストロックのような巧みなアンサンブルを形成し、背景となるビートやリズムと関わり合います。そしてボーカルの節回しやフレージングこそ、80年代のMTVサウンドのようなポピュラー性が重視されていますが、それだけでは物足りないという贅沢な音楽ファンの要求に答えるべく、聞き応えのあるシューゲイズ/ドリーム・ポップが心地よく展開されていきます。
アルバムの序盤の音楽には、アートポップの先駆的なグループがそうであったように、Japan、カルチャー・クラブをはじめとするUKのダンスミュージックやディスコの流れを汲んだポップが基礎になっていて、これが聴きやすく、懐かしい音楽性のベースともなっています。表向きには懐古的な感覚がありますが、よく聴くと、普遍的な音楽性が内包されているのがわかるはず。
「Wax」
「Cosmic」もまた、1980年代のニューウェイブサウンドに依拠している。シンプルなマシンビートをビートボックスで作り出し、6/8の規則的なリズムを付与し、その中でシンプルなポップソングが展開される。二つのコードをベースにしたシューゲイズのギターを配し、ブリーダーズやスローイング・ミュージーズの2000年代初頭の作品を彷彿とさせる、ふんわりとした柔らかい雰囲気のロックソングを構築していく。特筆すべきは、メジャースケールの解決として半音上のマイナースケールを例外的に使用していることでしょう。明確なカデンツァ(終止形)を限界まで後ろに引き伸ばし、シンコペーションを繰り返しながら、心地よいグルーブ感覚を作る。さらに、ミニマルな構造を強調したサウンドが心地よい雰囲気を放ち、浮遊感のある柔らかいヴォーカルが夢想的な雰囲気を生み出す。ドリームポップやシューゲイズの本質とは、''西洋音階の抽象化や希薄化''にある。つまり、半音階の微妙なピッチの揺れを、ギター、ボーカル、そしてシンセサイザーなどを駆使して体現させるということです。曲の後半では、よりダンサンブルなリズムが強調され、ディスコ風の華やかなサウンドに傾倒しています。
「superlove」は、おそらく、The Mars Volta(マーズ・ヴォルタ)がデビューアルバムで用いた手法で、90年代のRHCPのミクスチャーの次世代のヘヴィロック/メタルの象徴的なサウンドでもあった。ギターとシンセを同期させたケヴィン・シールズの系譜にあるコアなロックサウンドは、Led Zeppelin、Black Sabbathのような英国の古典的なハードロックを彷彿とさせる。しかし、イントロの後、リスナーの予想を裏切る形で涼し気なエレクトロポップが続く。激しい轟音を用いた、GY!BE、MBVのようなサウンドが続くのかと思いきや、あっけないほどの軽やかなポップソングで、聴き手側の予測を覆す。しかし、この数年間、ライブステージを重ね、手応えを確かめながら、サウンドチェックを行ってきたLOMSの曲は、ことさら洗練された印象がある。そして彼らは、「静と動の対比」という、90年代から受け継がれるロックアンセムに共通する商業音楽の美学を共有しつつ、サビにおいて強烈なフィードバックを用いたシューゲイズサウンドで驚きを与える。もちろん、これらの倍音を強調するギターサウンドが重層的に絡み合い、コスモ・ポップ(宇宙的なポップソング)を生み出し、独特なハーモニクスを形成する。
これらのサウンドは、男性、女性の混合トリオという編成がもたらしたと言えるでしょう。また、つづく「Flow」では、リリーズ・オン・マーズの性質がフィーチャーされ、それらはブリーダーズ、ピクシーズの系譜にあるオルトロックサウンドという形であらわれることになる。 ボーカル自体はエリザベス・フレイザーを彷彿とさせるという面では、コクトー・ツインズとのハイブリッドのようでもある。これらは結果として、90年代の4ADの象徴的なサウンドという形で表出します。また、それらを司令塔のように取りまとめているのが、ディスコに依拠したビートボックスです。これらは打ち込みのシューゲイズとして楽しむことが出来ます。続く「Phoenix」もまた、同じ傾倒にある楽曲で、ダンサンブルなリズムを巧みに活かしながら、ドリーミーなメロディーを配して、インディーロックソングの核心にある要素を提示しています。
「Marina」は、このアルバムを聴くリスナーにとってひそかな楽しみとなりそうです。ファンシーなサウンドと、リリーズ・オンマーズのブリーダーズの系譜にある夢想的なボーカルを上手く融合させています。アルバムの終盤にも素晴らしい曲が収録されていて、聞き逃すことが出来ません。「Merged」では、マシンビートと巧みなエレクトロニックのセンスが駆使され、ダンサンブルなエレクトロ・ポップを楽しむことが出来ます。とくに、アルバムの制作や録音を心から楽しむ感覚は聞き手にも伝わって来る。そして、それこそが''インディーロックの真髄''でもある。エレクトロニクスに組み合わされるギターラインも巧みでエモーショナルな感覚を生み出す。
本作のクローズに収録されているタイトル曲は、ローファイなシューゲイズソングで、このジャンルのリバイバルの流れを決定づけています。フィードバックを用いた抽象的なギターの音像とシンセのテクスチャーが複雑に絡みあいながら、このトリオしか生み出せない独特なサウンドを創り出す。心地よいフィードバックサウンドの中で、コーラスを交えてアルバムはクライマックスに向かっていく。温和で心地よいシューゲイズサウンドは明るい余韻を残します。
80/100
「Merged」