New Album Review: Horsegirl 『Phonetics On and On』

Horsegirl 『Phonetics On and On』

 

Label: Matador

Release: 2025年2月14日

 

Review

 

シカゴの三人組ロックバンド、ホースガールは正真正銘のハイスクールバンドとして始まり、同時にシカゴのDIYコミュニティから台頭したバンドである。

 

ファーストアルバムで彼女たちは予想以上に大きな成功を掴み、そしてコーチェラなどの大規模なフェスティバルにも出演した。現時点ではバンドは大成功を収めたと言えるが、問題は、そういった大きなイベントに出演しても当初のローファイなギターロックサウンドを維持出来るのかがポイントであった。それはなぜかと言えば、他のバンドやアーティストの音楽に目移りしてしまい、ホースガールらしさのようなものが失われるのではないかという一抹の懸念があったのである。大きなフェスティバルに出演した後でもホースガールは自分たちの音楽に自負を維持出来るのか。まだ若いので色々やってみたくなることはありえる。しかし、結果的には、周囲に全く揺さぶられることがなかった。ホースガールは、周りに影響されるのではなく、自分たちのリアルな経験や手応えを信じた。ファースト・アルバムほどの鮮烈さはないかもしれないが、本作の全編にはホースガールらしさが満載となっている。荒削りなサウンド、温和なコーラス、ラモーンズからヨ・ラ・テンゴまで新旧のパンク/オルタナ性を吸収し、的確なサウンドが生み出された。そして、今回はシカゴ的な気鋭の雰囲気だけではなく、西海岸のバーバンク、ウェスト・コーストやヨットロックを通過した渋さのある2ndアルバムが誕生した。

 

特に、コーラスの側面ではデビュー当時よりも磨きがかけられており、これらはホースガールのチームワークの良さを伺わせるもので、同時に現在のバンドとしての大きなストロングポイントとなっていると思われる。それらがノンエフェクトなギターサウンドと合致し、 心地良いサウンドを生み出す。ローファイなロックサウンドはマタドールが得意とするところで、Yo La Tengoの最新作と地続きにある。しかし、同じようなロックスタイルを選んだとしても、実際のサウンドはまったく異なるものになる。もっと言えば、ホースガールの主要なサウンドは、ヨ・ラ・テンゴやダイナソー・Jr.の90年代のサウンドに近いテイストを放つ。カレッジロックやグランジ的なサウンドを通過した後のカラリとした乾いたギターロックで、簡素であるがゆえに胸に迫るものがある。そして、適度に力の抜けたサウンドというのは作り出すのが意外に難しいけれど、それを難なくやっているのも素晴らしい。「Where'd You Go?」はラモーンズの系譜にあるガレージロック性を踏襲し、ラモーンズの重要な音楽性を形成しているビーチ・ボーイズ的なコーラスを交え、ホースガールらしいバンドサウンドが組み上がる。特にドラムの細かいスネアの刻みがつづくと、サーフロックのようなサウンドに近づくこともある。これは例えば、ニューヨークのBeach Fossilsのデビュー当時のサウンドと呼応するものがある。

 

最近では、インディーポップ界隈でもアナログの録音の質感を押し出したサウンドが流行っていることは再三再四述べているが、ホースガールもこの流れに上手く乗っている。厳密に言えば、アナログ風のデジタルサウンドということになるが、そういった現代のアナログ・リヴァイヴァルの運動を象徴付けるのが続く「Rock City」である。イントロを聴けば分かると思うが、ざらざらとして乾いた質感を持つカッティングギターの音色を強調させ、ピックアップのコイルが直に録音用のマイクに繋がるようなサウンドを作り上げている。これが結果的には、ブライアン・イーノがプロデュースしたTalking Heads(トーキング・ヘッズ)の『Remain In Light』のオープニングトラック「Born Under The Punches」のようなコアでマニアックなサウンドを構築する要因となった。しかし、ホースガールの場合は、基本的には、ほとんどリバーブやディレイを使わない。拡張するサウンドではなく、収束するサウンドを強調し、これらが、聴いていて心地よいギターのカッティングの録音を作り出している。いわば、ガレージロックやそのリバイバルの系譜にあるストレートなロックソングとしてアウトプットされている。そしてトーキング・ヘッズと同様にベースラインをギターの反復的なサウンドに呼応させ、さらにコーラスワークを交えながら、音楽的な世界を徐々に押し広げていく。まさしく彼女たちがデビュー当時から志向していたDIYのロックサウンドの進化系を捉えられることが出来る。 


「In Twos」では、デビュー当時から培われた神秘的なメロディーセンスが依然として効力を失っていないことを印象付ける。ゆったりとしたリズムで繰り広げられるサウンドは、温和なメロディーとニューヨークパンクの原点であるパティ・スミスのようなフォークサウンドと絡み合い、個性的なサウンドが生み出される。この曲でも、トラック全体の印象を華やかにしたり、もしくは脚色を設けず、原始的なガレージロック風のサウンドが、それらの温和な雰囲気と絡み合い、独特なテイストを放つ。

 

弦楽器のスタッカートやピチカートのようなサウンドをアンサンブルの中に組み込もうとも、やはりそれはヴェルヴェッツやテレヴィジョンの最初期のニューヨークパンクの系譜に位置づけられるサウンドが維持され、Reed & Nicoのボーカルのようなアートロックの範疇に留まっている。これらは結局、パッケージ化されたサウンドに陥らず、商品としての音楽という現代の業界のテーゼに対して、演奏の欠点をそのまま活かしたリアリスティックなロックサウンドで反抗しているのである。言い換えれば、それは上手さとか巧みさ洗練性というものに対する拙さにおけるカウンターでもある。これは結局、実際のサウンドとしては「Marquee Moon(マーキー・ムーン)」のポエティックな表現下にあるアートロックという形に上手く収まる。改めて、商業的なロックとそうでないロックの相違点を確かめるのに最適な楽曲となっている。

 

「2468」も同様に、フィドルのようなフォークソングの楽器を取り入れて、アメリカーナの要素を強調しているが、依然としてハイスクールバンドらしさが失われることはない。この曲には、学生らしさ、そして何かレクリエーションのような楽しさと気やすさに満ちている。 これらのサウンドは超越性ではなく、親しみやすさ、リスナーとの目線が同じ位置にあるからこそなしえる業である。ホースガールのサウンドは、これなら出来るかもしれない、やってみようという思いを抱かせる。それは、パティ・スミス、テレヴィジョン、ラモーンズも同じであろう。

 

続く「Well I Know You're Shy」は、ポエティックなスポークンワードと原始的なロックの融合性がこの曲の持ち味となっている。アルバムの序盤の複数の収録曲と同様に、ニューヨークの原始的なパンクやロックのサウンドに依拠しており、それはヴェルヴェットの後期やルー・リードのソロ作のような古典的なロックサウンドの抽象的なイメージに縁取られている。意外とではあるが、自分が生きていない時代への興味を抱くのは、むしろ若い世代の場合が多い。それらは、同時に過去の人々に向けた憧憬や親しみのような感覚を通じて、音楽そのものにふいに現れ出ることがある。この曲までは、基本的にはデビューアルバムの延長線上にある内容だが、ホースガールの新しい音楽的な試みのようなものが垣間見えることもある。「Julie」は、その象徴となるハイライトで、外側に向けた若さの発露とは対象的に内省的な憂鬱を巧みに捉え、それらをアンニュイな感覚を持つギターロックに昇華させている。比較的音の数の多いガレージロックタイプの曲とは異なり、休符や間隔にポイントを当てたサウンドは、ホースガールの音楽的なストラクチャーや絵画に対する興味の表れでもある。ベースの演奏のほかは、ほとんどギターの演奏はまるでアクション・ペインティングのようでもあり、絵の具を全体的なサウンドというキャンバスに塗るというような表現性に似ている。これらはまた、ホースガールのアーティスティックな表現に対する興味を浮き彫りにしたようなトラックとして楽しめる。

 

ニューヨークの原始的なロックの向こうには、マタドールのレーベルメイトのヨ・ラ・テンゴがいるが、最もカプラン節のようなものが炸裂する瞬間が続く「Switch Over」である。ミニマルなギターの反復というのはまさしくヨ・ラ・テンゴの系譜にあり、ホースガールがポスト世代にあることを印象付ける。 同時にコーラスやボーカルも一貫して言葉遊びのような方法論を活かし、心地よいロックサウンドが組み上がる。ホースガールのメンバーは基本的に、歌詞そのものを言語的にするのではなく、音楽的な響きとして解釈する。結果、ボーカルの声は器楽的な音響に近づき、英語に馴染みのない人にも調和的な響きを形成するのである。そしてミニマリズムの構成を通じて、モチーフの演奏を続け、曲の終盤にはより多角的なサウンドや複合的なサウンドを作り上げる。これらは毛織物の編み込みのように手作りなサウンドの印象に縁取られ、聴いていて楽しい印象を抱くに違いない。最初は糸に過ぎなかったものが、ホースガールの手にかかると、最終的にはカラフルでおしゃれなセーターが作り上げられるという次第だ。

 

基本的にはこのアルバムはニューヨークの印象とシカゴのDIYの趣向性に縁取られている。しかし、稀に西海岸のサウンドが登場する。これらのサウンドは現代の北米のミュージックシーンの流れに沿ったもので、基本的にはホースガールは流行に敏感なのである。そして、それらはまだ完成したとは言えないが、次のバンドの音楽の暗示ともなっているように感じられる。「Information Sound」、「Frontrunner」はイギリスのフォークムーブメントと呼応するような形で発生したバーバンクサウンドや最初期のウェスト・コーストサウンドの系譜にあるノスタルジックなフォークサウンドである。これらは70年代初頭のカルフォルニアのファン・ダイク・パークスといったこのムーブメントの先駆的なミュージシャンと同じように、 フォークとロックの一体化というイディオムを通して、アメリカ的なロックの源流を辿ろうとしている。

 

アルバムの最後には、ホースガールらしいサウンドに回帰する。これらはニューヨーク、シカゴ、西海岸という複数の地域をまたいで行われる音楽の旅行のようで興味をひかれる部分がある。「Sports Meets Sound」では、ローファイなロックとコーラスワークの妙が光る。しかし、それはやはりハイスクールバンドの文化祭の演奏のようにロック本来の衝動的な魅力にあふれている。そして最もソングライティングの側面で真価が表れたのが、続く「I Can't Stand to See You」であり、サーフロックの系譜にあるサウンドを展開させ、海岸の向こうに昇る夕日のようなエンディングを演出する。本作を聴いた後に爽やかな余韻に浸ることが出来るはずである。

 

 

80/100 

 

 

「Julie」