Weekly Music Feature: Joni 『Things I Left Behind』 




ジョニが「痛みとは、誰かを愛するために支払う代償」と言うのは、彼女自身の深い経験に依るものだ。 このシンガー・ソングライターは、長年のパートナーであり、最も親しい音楽的コラボレーターとともにLAからロンドンに移り住んだが、しかし、突然、深く不安にさせるような別れに直面した。


彼女の印象的なニュー・アルバム『Things I Left Behind』は、その前と後の旅の記録であり、そのスナップショットが示唆するように、深く個人的で力強い感動を与えてくれる。 10曲の新曲で構成されたこのアルバムは、ファイスト、スパークルホース、ダニエル・ジョンストンなどの影響を受けながら、その不完全さを受け入れている。


ニューヨークとロサンゼルスの両方で、20代の大半を他のアーティストのためのソングライティングに費やしてきたジョニは、パンデミックによって共作セッションが不可能になったとき、自分の音楽に焦点を戻した。 ロンドンでは、ローラ・ヴィアーズ、アクアラング、オールド・シー・ブリゲード、ダン・クロールなどのツアーに参加し、成功の片鱗を見せた。


ルーク・シタル=シンとのツアー中、ついに事態は収束に向かった。 「以前の交際中、レコーディングのプロセスはとても不健康なものだった」


「私の音楽が良いのは、元彼のプロダクションと彼の極端な仕事のやり方によるものだと信じていた。 レコーディング・セッションのほとんどは涙で終わった。 影から抜け出すには時間がかかった。 ある晩、ルークと一緒にツアーをしていたとき、心が折れてしまって、自分がどれほど迷っているかを彼に話してみた。彼は、一緒にレコーディングしてみないかと言ってくれた」


彼らが最初に取り組んだ曲は「Still Young」で、アルバムの最後を飾る曲であり、後にLP『Things I Left Behind』となる作品のキッカケとなった瞬間だった。 この4分間の "Still Young "は、ジョニが放つ魅力、告白的な歌詞、疲れた心を、愛らしく説得力のあるポップ・ハートで昇華させたことを示している。


皮肉なことに、ルーク・シタル=シンと新しいレコーディングで一緒に仕事をし続けることを誓ったジョニは、ルークが住んでいたLAに戻って次の章を始めることになった。 「元カレと住んでいた場所に戻るのはシュールだった。 昔の生活について書いていたら、突然そこに戻ってきたの」


潜水艦乗りの娘であるジョニの幼少期は、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを転々とした。 そして今、失恋と喪失の新鮮な鋭さを胸に、彼女はその感情を自由かつ鋭く、心の底から書き始めた。


アルバムのファーストシングルである「Avalanches」は、アルバムのトーンや感触を音で表現するのに適した入り口であると同時に、その鼓動の中心をテーマ的に要約している。 「この曲は、人間関係の終わりという痛みと傷心について歌っている。 "痛みとは、誰かを愛するために支払う代償"。 光り輝く3分弱の珠玉のこの曲は、夢のような空間を切り開く彼女のコツを象徴しており、常に何か半分埋もれたもの、水面下の暗い陰謀の波紋をほのめかしているようだ。


これはタイトル・トラック「Things I Left Behind」で前面に出てくるもので、成長することの多くがいかに人や場所やものを失うことに集中しているか、前進するにつれていかに自分自身の断片を置き去りにしてしまうかを魅惑的に語っている。 シャッフルするようなドラム・ビートに支えられながら、曲は永遠に前進を続け、ジョニの歌声は、微妙に渦巻くギターと様々な音色の変化に対して適切に魅力的に感じられ、この曲に妖艶なエッジを与えている。


他にも、「ストロベリー・レーン」では、明らかに痛ましいスライドドアのような瞬間が詳細に描かれている。 この曲は、ジョニが当初想像していたように彼女の関係が続き、2人が一緒に年をとり、すべてがうまくいく理想的な場所をフィクションとして垣間見せている。


しかし、ご存知の通り、人生にはそれなりの計画があることが多く、全体として見れば、『Things I Left Behind』は、そのようなものへの痛烈で喚起的な頌歌である。 揺れ動く始まりから、ジョニは片足を前に出し、自分自身に戻るだけでなく、アーティストとしても個人としても成長できる新しい道を見つける方法を見つけたのだ。


アルバムのエンディングを飾る "PS "は、このアルバムのために書かれた最後の曲でもあり、ジョニがある種の解決、ある種の勝利に辿り着けたと確信した瞬間でもあった。 「なぜか、物語が一区切りしたような気がして、私はふいにそこに安らぎのような感覚を見出したのです」とジョニは言う。 「もしあの日、すべてが変わるとわかっていたら、私はレコードを聴かせていただろうに。 私は戦わず、あなたを手放し、あなたを愛したことを喜んだだろうに」



Joni  『Things I Left Behind』- Keeled Scales


 

ニューヨーク、ロサンゼルス、アジア、そして現在はロンドンというように、音楽の主要な文化都市を渡り歩いてきたシンガーソングライター、Joniはデビューアルバム『Things I Left Behind』をテキサスのインディペンデントレーベル、キールド・スケールズからリリースした。

 

このレーベルはソロシンガーの発掘に特化しており、Why Bonnie、Meerna,Will Johnsonなど良質な才能を見出してきた。ポピュラー、ロック、フォークなど、音楽的には幅広く、それほど画一的ではないものの、ポピュラーシンガーの才能を上手く引き出すようなレコーディングを幾つも残している。Joniに関しても、ロックシンガーというよりもポピュラーシンガーの性質が色濃い。デビュー・アルバムということで、溌剌とした印象を持つインディーポップソングがオープニングを飾るが、その後は意外な音楽の変遷を辿る。まるでそれは、何らかの音楽的な壁に突き当たるごとに、少しずつその音楽性を変貌させてきたことを暗示するかのようである。

 

Joniの音楽活動は最近始まったというわけではなくて、2015年から断続的にシングルのみをリリースしてきた。デビュー・アルバムをリリースするまでに実に10年もの歳月を費やした。

 

アルバムは表向きには、ルーシー・ローズのようなインディーポップソングの印象が強い。しかし、同時に10年の月日が録音作品全体に音楽的な奥深さをもたらしている。このアルバムでロンドンのシンガーソングライターは、過去の自分を振り返り、回想するが、そこには深い憂いが漂う。旅の記憶というモチーフで制作された本作は、ジョニの人生の流れを反映させている。聞き手は映画さながらにシンガーの人生の転変のトランジションを垣間見ることになるだろう。

 

このアルバムは映画やアニメのシナリオなどにもよくあるように、 転変の多い人生を表している。映画などでは、そのなかで主人公は何らかの経過を通して、その停滞を打開しようとする。首尾よく行けば、ハッピーエンドとなるが、ところが、実際の人生はそのようにいかない場合もある。映画のエンディングのようにスカっとはせず、何らかの気持ちの落とし所がつかず、もやもやすることがある。それは心の中の凝りのようなものとしてわだかまりつづける。このアルバムは実際的に、その心残りのようなものを解消するための”魂の内在的な旅路”である。

 

楽しい思い出、悲しい思い出といった、いくつかの出来事を回想しながら、それらにさりげない別れを告げる。アルバムの音楽は一見すると、後ろ向きのように思える。しかしながら、いくつかの音楽を経て、それらがまったく最初のモチーフやテーマから印象が転化する瞬間がある。それを何らかの形で感じとれるかどうかが、アルバムの評価を分け隔てる。悲観的な考えを出発点とし、その出発点からどれだけ遠ざかることができるのか。そしてあるとき、後ろを振り返ったとき、まったく違う地点にいることに気がつく。それが人間の成長であり、同時に音楽の進化でもある。自分でも信じられない存在に生まれかわることも出来る。それがソロのシンガーソングライターの魅力なのであり、歌や音楽というのはそのための媒体の意味を持つ。

 

音楽が徐々に変遷を経ながら、曲がりくねったり、まっすぐになったり、伸びていったり、しぼんだり、一筋縄ではいかないのが、ジョニのポップソング。しかし、それが音楽性に説得力を付与し、派手ではないが、音楽に一貫性と聴きごたえをもたらす。そして全般的には過去の自分をオルゴールの子守唄のような音楽で包み込む。それは過去の自己や恋人の関係との決別を意味するが、同時に、悲しい経験や痛み、それらを容認したり許容する音楽でもある。これが同じような状況にある人々の心にシンパシーをもたらし、癒やされるような瞬間を生み出す。


このアルバムはスターへの憧れを示すというような一般的なポピュラーアルバムで取り上げられるようなものではなく、名も無いシンガーソングライターのささやかな日記のような内容である。にもかかわらず、その音楽は、一般性があり、そして普遍的な感覚に満ちている。もちろん、言語圏をえらばず、広く聞かれるべき要素をもたずにはいられないのである。

 

 

ジョニは、例えば、デル・レイ、ミツキやザウナーのように圧倒的なスター性に恵まれたシンガーではないかもしれない。 ところが、等身大のソングライティングとも称すべき彼女の作曲は、個人的な趣旨と内容に縁取られ、普遍的な魅力に満ちあふれている。アートワークに連動するように、歌手は孤独というレンズを通し、もちろんそれを恐れず、自己に向き合い、それらを幻想的な眼差しで捉えようとする。そして、ぼんやりとした霧の向こうに憧れと容認を見い出す。しかし、その核心は音楽の彼方に存在し、非常にかすかに鳴り響くにとどまっている。音楽的な方向性がロック、インディーポップにいたろうとも、その中には淡い静けさがある。

 

 

シンガーソングライターの音楽が最も輝かしい瞬間を得るのは、個人的な出来事を歌っているのに、それが一般的な意味を持つような場合である。個人性と一般性の並立は、矛盾しているように思えるが、音楽としては併存することが可能である。そして個人的な営みに思える音楽も、聞き手側との共感というルートを通して何らかの通じあうような瞬間がある。これがポップソングの最大の強みである。


そして意外なことに、それが一般的ではないように思える歌の方が共感性をもたらすことがある。これは例えば、旧来の日本の歌謡曲のヒット・ソングなどを聴けば痛感出来る。聞き手に対して、共感性を及ぼすのは、一般的なシチュエーションではないような出来事が歌われ、それが音楽というある種の装置を通して濾過され、普遍性を獲得する瞬間なのである。そしてこれが形骸化していく音楽とそうでない音楽の別れ目ともなりえる。

 

 

 『The Things I Left Behind』を制作するために、ジョニは数年を費やして音楽性に磨きをかけてきた。本作の冒頭を飾る「Your Girl」で、その成果ははっきりと見えている。現在の洋楽のトレンドでもあるドリームポップに属する甘美なメロディーを元にし、プロデューサーの魔法のようなサウンド処理を通じて心地よい音楽性を作り出す。


この曲は、リングモジュラーのシンセサイザーで作り出したオルゴールのようなアルペジオで始まり、ファンシーな歌声で甘いメロディーを歌い、独自のポピュラー・ワールドを構築していく。


ルーク・シタル=シンのプロデュースは、この曲にダンス・ポップ/シンセ・ポップの要素をもたらし、The Japanese Houseを彷彿とさせるようなモダンなポップソングの印象へと変遷していく。アルバムの中では、最近のイギリスのミュージックシーンの影響を感じさせる。続く「Strawberry Lane」は、ベッドルームポップのソングライティグをベースにして、ファンシーな風味のポップソングを書いている。

 

「Your Girl」

 

 

 

アルバムの序盤ではポップソングの”軽さ”という側面を強調し、それらが現代のミュージックシーンとどのように連動するのかを探る。その中で、ニューヨークのPorchesやロサンゼルスのローファイなどの影響を上手く活かし、「Avalanches」が作り出された。これらは現代のレコーディングシステムから見て、チープな感覚のある音質を強調させ、ローファイなポップソングを作り出す。全体的には、ドリーム・ポップの範疇にあるサウンドアプローチもギターの演奏が入ると、ロックの印象に様変わりし、ソングライターの動きの多い人生を上手く反映している。全てを語らずとも、その人間性の一端を感じさせる。それがこのポップソングの魅力なのだ。そしてスペーシーなシンセを導入し、この曲の持つ世界観はだんだんと広がりを増していく。

 

本作の音楽は、ジョニが暮らしてきたロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスをクロスオーバーするかのように進んでいく。ロンドン風の音楽が登場したかと思えば、ニューヨーク風の音楽が出てくる。タイトル曲はニューヨークの2010年代のベースメントのロックの影響を感じさせ、DIIV、Beach Fossilsの系譜にあるスタイリッシュなロックソングとしてたのしめる。こういった2010年代のインディーロックはストリートの雰囲気を吸収し、ロックソングをヒップホップの音楽と劇的に融合させて登場したが、それを改めておさらいするような内容である。新しい要素としては、これらを男性的な観点ではなく女性的な観点から再考していることだ。軽快なドラミングに支えられるようにしてジョニのボーカルが最も溌剌とした印象を持つ瞬間。

 

アルバムの前半部では一貫してインディーポップシンガーとしてのイメージを打ち出しているが、後半になると印象が一変する。また、プレスリリースでも示されるように音楽の旅というモチーフが明らかになる。明確には、場所や地域などはタイトルに付けられていないが、それらの体験のようなものを、人生の出来事を通して音楽的なジャンルに制限されずに体現させていく。


「Castle」では音楽の印象が一変し、アンティークなピアノの演奏を通したピアノバラードが登場する。伴奏となるピアノのシンプルなアルペジオをオルゴールのように見立て、ジョニは癒やしのポップソングを提供する。ポスト・クラシカルのような音楽とも連動しているが、ジョニの曲の場合はジャズボーカルの音楽の気配が強い。''ファーザー・ジョン・ミスティの女性版''とも言えるジャズの古典的なボーカルの雰囲気を受け継いで、それらをディズニー的な雰囲気を持つバラードに仕上げている。さらに、シンセサイザーによって作り出されたコントラバスのピチカートを伴奏に配することにより、この曲を現代的なジャズ・ボーカルへと接近させる。この瞬間、部分的にデル・レイ、ミツキのようなシンガーの持つ夢想的な領域へと近づく。

 

 

ジョニは次の曲でアコースティックギターを用いた、ささやかなフォークソングを披露している。「Birthday」は過去の誕生日を思い起こさせ、ケーキのろうそくを吹き消すというシーンをレコーディングにより実際に表現している。二曲目の「Strawberry Lane」のようなローファイな録音性を活かし、どこまでもパーソナルでささやかなフォークバラードを書いている。この曲はビートルズのデモソングのような気楽な雰囲気を生み出し、アルバムの癒やしの瞬間をもたらす。

 

こういった遊び心のある音楽性はシンガーソングライターのアルバムを聴くときに、近づきやすさをもたらすに違いない。フラットな感覚を持つ「Bucket List」が終盤の収録曲とのつなぎ目や連結のような役割を担う。エレアコの心地よいギターが、ジョニの持つ幻想的な音楽性と結びついて、アートワークに表されるような、牧歌的な音楽性が生み出されている。この曲では、歌手の浮き立つような気持ちが軽やかなアルペジオを配したギターソングにより表現される。

 

 

アルバムの終盤では、リバプールの同名の川の流域で流行った懐かしき「マージー・ビート」を登場させる。「The Tide」では、彼女のルーツともいえる港の舟歌のような音楽性に挑戦し、ブルースやパブロック、The La's、オアシスはもちろん、ビートルズの最初期の音楽性でもあるマージービートをゆったりとしたテンポで縁取っている。アルバムの序盤では、キュートなポップソングのイメージを打ち出しているが、シンガーの持つ渋い一面がこの曲以降で明らかに。


「The Tide」は、波の雄大さを港から見守るようなかっこよさを体現させている。このアルバムはロンドンに始まり、そして、ロサンゼルス、ニューヨークを経て、その後、リバプール経由でマンチェスターにたどり着く。遠い船旅を試みるようなこのアルバムは、インディーポップという音楽性を塗り替えるような意味合いが込められている。「Still Young」は、オアシス、リアム・ギャラガーのソロ、ビートルズの直系の一曲である。こういった曲は、今、女性のシンガーが積極的に歌う時代に到来しているのだろうか。ある意味、お約束ともいえる音楽も、ジョニのファンシーかつドリーミーな感覚に包まれると、優しげなキャラクターを持つようになる。

 

 

クローズを飾る「PS」は、ジョニがみずからに当てた手紙なのか。ギターのローファイなレコーディングを活かし、デモソングの延長線上にある、ささやかなバラードで本作は終わる。音楽の持つ世界を去るのが名残惜しいが、さっぱりとしている奇妙なアルバム。しかし、その音楽の余韻はとても心地良く、子守歌のような慈しみと温かいエモーションに満ち溢れている。

 

 

84/100 

 

 

「Still Young」

 

 

 

▪Joniのニューアルバム『The Things I Left Behind』はKeeled Scalesから本日より発売中です。ストリーミングはこちらから。