Album Of The Year 2024
Vol.1 音楽のクロスオーバーの多彩化 それぞれの年代からの影響
2024年も終わりに近づいてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年の素晴らしいアルバムが数多く発売されました。本サイトではオルタネイトなアルバムリストを年度末にご紹介しています。
2024年の音楽を聴いていて顕著だったのが、音楽のクロスオーバー、ハイブリッド化に拍車が掛かったという点でした。現在、かけ離れた地域の音楽を聴くことがたやすくなり、音楽に多彩なジャンルを盛り込むことが一般的になりつつある。そういった中、より鮮明となる点があるとすれば、シンガーソングライター、バンドの音楽的な背景が顕在化しつつあるということでしょう。人々が従来よりも多くの音楽を吸収する中、その人しか持ち得ないスペシャリティが浮かび上がってくる時、その音楽が最も輝かしい印象を放ち、聞き手を魅了するわけなのです。
もうひとつ印象深い点は、ミュージシャンが影響を受けたと思われる音楽の年代がかなり幅広くなったことでしょう。2010年代の直近の商業音楽を基本にしているものもあれば、60、70年代のクラシカルな音楽を参考に、それらを現代的な質感のある音楽へと昇華したのもある。さらに、未来を行く音楽もあれば、過去に戻る懐古的な音楽もある。いよいよ音楽文化は幅広さを増し、限定的な答えを出すことが困難になりつつある。こういった状況下において、輝かしい印象のある音楽は、各人が流行に左右されず、好きなものを徹底して追求した作品でした。
今回、50のセレクションを3つの記事に分割して公開します。いつもはリリース順に掲載しますが、今回はベストアルバムが上半期に集中しているため、分散的にアルバムをご紹介しています。大まかな選出の方向性といたしましては、30プラス20という感じでチョイスしています。ぜひ下記のベスト・アルバムのリストを参考にしながら、お楽しみいただけると幸いです。
1. Neilah Hunter 『Lovegaze』
Label: Fat Possum
Release: 2024年1月12日
ロサンゼルスをベースに活動するマルチ奏者/ボーカリスト、Neilah Hunter(ネイラ・ハンター)。二作のEPのリリースに続いて、デビューアルバム『Lovegaze』をFat Possumからリリースしました。
多彩な才能を持つネイラ・ハンターの音楽的なキャリアは、教会の聖歌隊で歌い、ドラム、ギターを演奏し、その後、カルフォルニア芸術大学でギターを専攻したことから始まっています。さらに、ヴォーカルパフォーマンスを学んだ後、ハープのレッスンを受けました。本作は、イギリスのドーヴァー海峡に近い港湾都市に移り住み、借り受けたケルト・ハープを使用して制作を開始しました。その後、作曲にのめり込むようになりました。
マルチ奏者としての演奏力はもちろん、ボーカリストとしても抜群の才覚を感じてもらえるはずです。デビューアルバムは、録音場所の気風が色濃く反映されており、 ネオソウルやトリップ・ホップのテイストが全編に漂います。さらに、ミステリアスで妖艶な雰囲気が作品全体を取り巻いている。そのイメージをボーカルやハープの演奏が上手く引き立てています。
ネイラ・ハンターは、このアルバムについて次のように回想しています。 「Lovegazeを書いている間、私は人類が愛するものを破壊する性質について考えていた。古代の遺跡や、かつてはシェルターだったけれど、今はもうない建造物について考えていた。廃墟の中にも美しさがある」
Best Track 「Finding Mirrors」
2.Torres 『What An Enormous Room』
Label: Merge
Release: 2024年1月26日
マッケンジー・スコットは、現在、祖父の姓にちなんで”TORRES”としてレコーディングとパフォーマンスを行う。ジョージア州メーコンで育ち、現在はニューヨークのイースト・ヴィレッジ在住。
Merge Recordsから発売された『What an huge room』は、2022年9月と10月にノースカロライナ州ダーラムのスタジアム・ハイツ・サウンドでレコーディングされました。エンジニアはライアン・ピケット、プロデュースはマッケンジー・スコットとサラ・ジャッフェ、ミックスはイギリスのブリストルでTJ・アレン、マスタリングはニューヨークのヘバ・カドリーが担当しています。
元はロックギタリストとして活動していたトーレスだったが、この6作目において、ポピュラーシンガーへの転身を果たしています。AOR等の80年代のポップスから現代的なSt.Vincentの系譜に属するシンセ・ポップの系譜を的確に捉え、さらにボーカルとスポークンワードを融合しています。もちろん、従来のギタリストとしての演奏も組み込まれているのは周知の通り。最近、トーレスはジュリアン・ベイカーと一緒にテレビ出演し、共同でシングルを発表しました。
Best Track 「Jerk Into Joy」
3. IDLES 『TANGK』- Album of The Year
Label: Partisan
Release: 2024年2月16日
ブリストルのポストパンクバンド、IDLESは英国内のロックシーンのトップに上り詰めようとしています。すでに今作で2025年度のグラミー賞にノミネートされています。音楽は日に日に進化している中で、アイルドルズは最も刺激的なアプローチを図っています。これはグラストンベリー・フェスティバル等の出演でお馴染みのアイドルズ。しかし、たしかに彼らのサウンドは、ダンスミュージック、ディスコサウンド、ドラムンベース等を吸収させ、進化し続けています。
しかし、音楽性こそ変われど、その核心となる主張に変わりはありません。2021年から暗い世に明るさと勇気をもたらしました。『Tangk』においては、普遍的な愛とはなにかを説いています。ポストパンクの鋭利的な側面を強調させた「Gift House」、「Hall & Oates」ではリスナーの魂を鼓舞したかと思えば、「POP POP POP」ではダンス・ミュージックを絡め、ギターロックの進化系を示唆しています。
しかし、彼らがより偉大なロックバンドとしての道を歩み始めたことは、「Grace」を聞けば明らかとなるかも。この曲のミュージックビデオではコールドプレイのMVを模している。ぜひ、伝説的なミュージックビデオのエンディングを見逃さないでくださいね。
Best Track- 「Grace」 (Music Video Of The Year)
4.Green Day 『Saviors』
Release: 2024年1月19日
近年、『Dookie』、『Nimrod』等のリイシューを中心に、再版が多かった印象なので、「しばらく新作は期待出来ないと思った矢先、リプライズからカルフォルニアパンクの大御所のリリースが発表されました。
ビリー・ジョーのカバーを中心としたソロ・アルバム『No Fun Mondays』はその限りではなかった思いますが、どうやらこのアルバムは、一部分ではフラストレーションを基に制作されたというのは、曲がりなりにも事実なのかも知れません。
しかし、そういった背景となる信条は、アルバムを聴くとどうでもよくなるかも知れません。グリーン・デイは、『Dookie』時代から培われたポップパンクというのは、どういうものだったのかを、本作のハイライト曲で明らかにしています。 また、全般的にはパンクロックというジャンルにこだわらず、ミュージカル的なロック、ロック・オペラのような音楽性も追求しています。
また、本作は、部分的にはグリーン・デイのルーツとなる80年代の西海岸のロックにも親和性があることを指摘しておきたい。少なくとも、90年代の全盛期に匹敵するアルバムとは言えないかもしれませんが、パンクバンドとしての威信は十分に示したのではないでしょうか。「Strange Days Are Here To Say」は「Basket Case」とほぼ同じコード進行で調性が異なるだけ。それでも、これほどシンプルなスリーコードで親しみやすい曲を書くパンクバンドは他の存在しない。思い出すというより、ポップパンクを次の世代へと引き継ぐようなアルバムとなっています。また、グリーン・デイらしいジョークやユニークも感じることもできるでしょう。
今年は、Sum 41、Offspringの新作も発売され、NOFXの解散もあり、パンクシーンは慌ただしい一年でした。本作の最初のレビューでも言ったように、米国のパンクシーンは一つの節目を迎えつつあるようですね。
「Strange Days Are Here To Say」
5. The Smile 『Wall Of Eyes』
Label: XL Recordings
Release: 2024年1月26日
トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるザ・スマイルの二作目のアルバム『Wall Of Eyes』。全英チャート3位を記録。海外のメディアには一般的に好評だったというのですが、一部には辛辣な評価を与えたところも。恒例のコラボレーションとなっているロンドン・コンテンポラリーとの共同制作で、由緒あるアビーロード・スタジオで録音された作品です。
アルバム全体としては、タイトルに違わず、ジョン・スペクターの『ウォール・オブ・サウンド』を追求した作品となっています。少し凝りすぎている印象もありますが、「Friend of A Friend」、「Bending Hectic」といった名曲が揃っている。デビュー・アルバムでは、レディオヘッドの延長線上にあるプロジェクトではないかと考えていた人も多かったかもしれませんが、ザ・スマイルは、レディオ・ヘッドからどれだけ遠ざかれるのかという挑戦でもある。
このあたりは、前のバンドでやることは全部やったという感触が、三人のミュージシャンを次のステップへと進ませたといえるでしょう。全般的なソングライティングはヨーク/グリーンウッドが中心となっていますが、アンサンブルの鍵を握るのはサンズ・オブ・ケメットの活動なのアヴァンジャズシーンで活躍してきたドラムのトム・スキナー。彼らは、これまでの音楽体験では得られなかった未知の領域へと歩みを進み始めているのかも知れません。同じレコーディングから生み出された「Cut Out』は、ダンスミュージック寄りのXLらしいアルバムです。
Best Track- 「Friend of A Friend」
6.Adrianne Lenker 『Bright Future』
Label: 4AD
Release: 2024年3月22日
今年の4ADの最高傑作の一つ。ビック・シーフのボーカリストとしても知られるアドリアン・レンカーによる最新アルバム『Bright Future』はアメリカーナの純粋な響きに縁取られています。従来からソロアーティストとしてフォーク/カントリーの形式を洗練させてきたシンガー/ギタリストがこのような普遍的な音楽を制作したことは、それほど驚きではないかもしれません。
録音場所が作品に影響を与える場合がありますが、「Bright Future」は好例となるに違いありません。2022年の秋、ビック・シーフのツアースケジュールを縫い、森に隠されたダブル・インフィニティというアナログスタジオでメンバーは再会しました。その他、ハキム、デイヴィッドソン、ランスティールといったミュージシャンが共同制作に参加。この三人はそれまで面識を持たなかったという。
ゴスペル風のソング「Real House」、普遍的なフォーク/カントリーソング「Free Treature」など良曲に事欠きませんが、エレクトロニックとフォークの劇的な融合「Fool」にレンカーさんの良さが表れています。ミュージック・ビデオも80年代の4ADのカラーが押し出され、ほど良い雰囲気を醸し出しています。自然の魅力を忘れがちな現代人にとって、このアルバムは大きな癒やしをもたらすに違いありません。「Ruined」も素晴らしいバラード曲です。
Best Track-「Fool」
7.Leyla McCalla 『Sun Without The Heat』
Label: Anti
Release:2024年4月12日
レイラ・マッカラは、南国の雰囲気を持つトロピカルなアルバムをAntiからリリースしました。アフロ・ビート、エチオピアン、ブラジルのトロピカル、ブルース、ジャズ等の範疇にある音楽が展開され、他にもラテン音楽のアグレッシヴなリズムを吸収し、ユニークな音楽性を確立しています。ワールド・ミュージックの多彩な魅力を体験するのに最適な作品となっています。
ニューヨーク出身のレイラ・マッカラは、チェロ、バンジョー、ギターの演奏者でもあり、また、マルチバイリンガルでもあるという。さらに、グラミー賞に輝いたブラック・ストリングス・バンド、Carloirina Chocolate Dropsに在籍していたこともある。
このアルバムでレイラ・マッカラは音楽的なジャーナリズムの精神を発揮している。『Sun Without The Heat』は、ダンス、演劇等を通して繰り広げられるコンパニオンアルバムです。命がけでハイチのクレヨル語のニュースを報道したあるジャーナリストの物語でもある。
世界各国で少数言語が増加傾向にある中で、ある地域の文化の魅力を受け継ぎ、それを何らかの形で伝えていくという行為は大いに称賛されて然るべき。ジャズ/ブルーステイストを持つ渋い曲が多いですが、オルタナティヴロックのギターをワールドミュージックと融合させた「So I'll Go」、海辺のフォークミュージックとして気持ちをやわらげる「Sun Without The Heat」、終曲を飾る「I Want To Believe」も素晴らしい。海を越えて響くような慈しみに溢れています。アルバムのアートワークもピカソのようにおしゃれ。部屋に飾っておきたいですね。
「Sun Without The Heat」 -Golborne Road, London
8.Sainté 『Still Local』
Label: YSM Sound.
Release: 2024年3月29日
レスターのヒップホップアーティスト、サンテは今年三作目のアルバム『Still Local』をリリースした。UKヒップホップシーンの期待の若手シンガーである。どうやら、サンテは、Tyler The Creator、Jay-Zのヒップホップに薫陶を受けた。このアルバムでは、レスターのローカルな魅力にスポットライトを当てています。あらためて聴くと、良いアルバムで、ドラムンベースやフューチャーベースやUKドリルに触発を受けたポピュラーなヒップホップが展開されています。
アルバムではメロウなネオソウルの影響を絡めた良曲が目立つ。また、アルバムのアートワークに表れ出ているように、カーマニアとしての表情が音楽性には伺え、ドライブにも最適なヒップホップトラックが満載です。また、フューチャーベースを絡めた秀逸なトラックは、このジャンルの近未来を予見したものと言える。タイトル曲を筆頭に、サンテの地元愛に充ちたアルバム。
「Tea Like Henny」
9.Maggie Rogers 『Don’t Forget Me』
Label: Capital
Release: 2024年4月12日
グラミー賞にノミネート経験のあるマギー・ロジャースは最新作『Don' t Forget Me』でシンガーソングライターとしてより深みのあるポピュラーアルバムを制作していました。
「このアルバムの制作は、どの段階でもとても楽しかった。曲の中にそれが表れていると思う。それが、このアルバム制作を成功させるための重要な要素なんだ」「アルバムに収録されているストーリーのいくつかは私自身のもの。大学時代の思い出や、18歳、22歳、28歳(現在29歳)の頃の詳細が垣間見える。アルバムを順次書いていくうちに、ある時点でキャラクターが浮かび上がってきました」「アメリカ南部と西部をロード・トリップする女の子の姿をふと思い浮かべ始めました。若いテルマ&ルイーズのようなキャラクターで、家を出て人間関係から離れ、声を大にして処理し、友人たちや新しい街や風景の中に慰めを見出しています」
マジー・ロジャースはR&Bからの影響下にある渋い歌唱法で知られていますが、それをロックとポップスの中間にある親しみやすいポピュラーに置き換える。前作『Surrender』よりもロックやフォーク色が強まったのは、南部や西部のイメージを的確に表現するためでしょう。実際的にそれはアメリカン・ロックに象徴付けられる雄大な大地を彷彿とさせることがある。アルバムの収録曲「So Sick of Dreaming」、「Don't Forget Me」はアーティストの新たな代名詞的なアンセムとなりそうだ。今回のアルバムでは、R&Bやスポークンワード、そしてアメリカーナの要素が加わり、前作よりもアメリカンなテイストを漂わせる一作となっています。
Best Track- 「So Sick of Dreaming」
10. Fabiana Palladino 『Fabiana Palladino』 -Album Of The Year
Label: Paul Institute
Release: 2024年4月25日
今年、デビューアルバムをリリースしたFabiana Palladino(ファビアーナ・パラディーノ)は、UKソウルの次世代を担うシンガーソングライターです。ジャネット・ジャクソンからクインシー・ジョーンズ、チャカ・カーンに至るまで、80年代を中心とするR&B、ディスコサウンドを巧みに吸収し、このレーベルらしいダンサンブルなトラックに仕上げる力量を備えています。
今年は別れをモチーフにした作品がいくつかありましたが、『Fabiana Palladino』も同様です。トラック全体の完成度はもちろん、ダンサンブルなソウルに傾倒してもなお叙情性と旋律的な美しさを失わないのは素晴らしい。合わせて、80年代を中心とする編集的なサウンド、そして幅広い音域を持つ歌唱力、さらに楽曲そのものの艶気等、ソウルミュージックとして申し分ない仕上がりです。今後、UKポピュラー界の新星として着実に人気を獲得することが予想されます。
ファビアーナ・パラディーノはアルバム全体を通じて、愛、人間関係、孤独など、複雑なテーマを織り交ぜ、哀愁に充ちたポピュラーソングを完成させています。例えば、「I Can't Dream Anymore」はそのシンボルとなる楽曲となるのではないでしょうか。
Best Track- 「Give Me A Sign」
11. The Lemon Twigs 『A Dream Is All We Know』
Label: Captured Tracks
Release: 2024年4月5日
ジョーイ・ラモーンの生まれ変わりか、ジョニー・サンダースの転生か。少なくとも、60,70年代の古典的なジャングルポップやパワーポップを書かせたら、ダダリオ兄弟の右に出るミュージシャンはいないでしょう。
レモン・ツイッグスのロックソングは、ビーチ・ボーイズ、ルビノーズ、サイモン&ガーファンクル、ビッグ・スター(Alex Chilton)、チープ・トリックまで普遍的な魅力を網羅しています。2016年頃から着実にファンベースを拡大させてきたダダリオ兄弟は、最新アルバムでバンドセクションを重視した作風に取り組んだ。
『A Dream Is All We Know』では、従来のジャングルポップのアプローチに加え、弦楽器や管楽器のアレンジが加わり、パワーアップしています。「My Golden Year」、「How Can I Love Her」、「If You And I Are Not Wise」等、パワーポップやフォークロックの珠玉の名曲が満載。バンドは今年の始め、ジミー・ファロン司会の番組で「My Golden Years」を披露しています。ぜひ、このアルバムを聴いて、古典的なロックの魅力を味わってみてはいかがでしょう? また、バンドは年明けに”ロッキン・オン・ソニック”で来日予定です。こちらも楽しみ。
Best Track 「If You And I Are Not Wise」
12.Charlotte Day Wilson 『Cyan Blue』
Label: XL Recordings
Release: 2024年5月3日
見事、グラミー賞にノミネートされたカナダのシンガーソングライター、 シャーロット・デイ・ウィルソンの最新アルバム『Cyan Blue』は、今年のオルタネイトなR&Bのベスト・アルバムの一つです。すでに、日本の単独公演、朝霧JAMへの出演を果たしています。録音としてハイレベルなことは明確で、レコーディング・アカデミーも太鼓判を押す。そして、もう一つ、実際に楽器を演奏していること、さらに、素晴らしい音域を持つ歌唱力にも注目しておきたい。
R&Bアルバムとしては、Samphaのネオソウルを女性シンガーとして、どのように昇華するのか、ある意味では、次のソウルミュージックへの道筋を示した劇的な作品である。そして実際のライブでの演奏力もあり、注目したい歌手と言えるでしょう。哀愁に溢れたネオソウル「My Way」、ジュディ・ガーランドのカバー「Over The Rainbow」、さらに恋愛を赤裸々に歌ったと思われる「I Don't Love You」はポピュラー・ソングとして、非常に切ない雰囲気がある。
Best Track-「I Don't Love You」
13. Wu-Lu 『Learning To Swim On Empty』- EP of The Year
Label: Warp
Release: 2024年5月7日
今回のEPを聴いてわかったのは、Wu-Luはいわゆる天才型のミュージシャンであるということ。彼は少なくとも秀才型ではないようです。前作『Loggerhead』ではアグレッシヴなエレクトロニックやヒップホップを展開させたが、続く「Learning To Swim On Empty」では、マイルドな作風に転じています。しかし、ウー・ルーのアグレッシヴで前のめりなラップは、現地のLevi'sとのコラボレーションイベントでも見受けられる通り、なりを潜めたわけではありません。
このEPでは、メロウなR&B、ローファイホップの楽曲「Young Swimmer」で始まり、アーティストによる「人生の一時期の回想」のような繋がりを描く。音楽的には、分散的といえるかもしれません。Rohan Ayinde、Caleb Femiという無名のラッパー/詩人を制作に招聘し、クールなラップのやりとりを収録しています。シングルの延長線上にある作風で、おそらくシングルの構想が少しずつ膨らんでいき、最終的にミニアルバムになったのではないかと思われます。
ロンドンのカリブ・コミュニティを象徴付けるレゲエ、ラバーズロック、それから、ラップ、オルタナティヴロック、ポストクラシカルを結びつけたトラック「Daylight Song」の素晴らしさはもちろん、「Mount Ash」のインディーロックから、ソウル、アートポップに至るトリップ感も尋常ではありません。
きわめつけは、EPのクローズに収録されている「Crow's Nest」で、アヴァンジャズとラップを融合させ、オルタネイト・ヒップホップの未来を示唆する。この終曲では、Wu-Luの音楽がマイルス・デイヴィスとオーネット・コールマンに肉薄した瞬間を捉えることができるはずです。
Best Track 「Daylight Song」
14.Beth Gibbons 『Lives Outgrown』
Label: Domino
Release: 2024年5月17日
今年のベスト・アルバムの選出はオルタネイトな作品を網羅した上で、一般化するということにありました。結局、そういった意義に沿った作品をベスト30の最後に挙げるとするなら、ベス・ギボンズの『Lives Outgrown』が思い浮かぶ。ポーティスヘッドのボーカリストとして知られ、ケンドリック・ラマーの作品への参加、他にも現代音楽のボーカルにも挑戦しているギボンズがどんなアルバムを制作したのかに興味津々でしたが、結果は期待以上の出来栄えであったように感じられます。今年、ベス・ギボンズはフジロックフェスティバルにも出演しました。
多様な音楽的な手法を知っているということは必ずしも強みになるとは限らず、むしろ弊害になる場合もある。音楽の本質的な何かを知ってしまうと、知らなかったときよりも制作することへの抵抗のようなものが生じるのです。ベス・ギボンズは様々な音楽を吟味した上で、最終的にはアートポップやポピュラーという形式を重視することになった。おそらく90年代には最もマニアックであったトリップ・ホップの面影はこの作品には表向きには見られません。しかし、そういったアンダーグラウンドから出発したアーティストとしての性質はたしかに感じられます。一方で、それらのマニアック性をどのように一般化するのかに重点が置かれています。
とっつきやすいアルバムとは言えないかもしれませんが、 「Tell Me Who You Are Today」、「Lost Changes」、「Rewind」、「Reaching Out」などにアートポップの表現性の清華のようなものが宿っています。10年ぶりのアルバムということで感激したファンも多かったのでは??
「Lost Changes」
15. Mui Zyu 『nothing of something to die for』
Label: Father/ Daughter
Release: 2024年5月24日
香港系イギリス人のエヴァ・リューによるソロ・プロジェクト、Mui Zyuの2ndアルバムは、前作のエレクトロニクスとポップネスの融合のアプローチにさらに磨きが掛けられています。今作では、オーケストラ・ストリングスを追加し、ダイナミックなアートポップの作品に仕上がった。ソングライターとしてのメロディセンスも洗練されました。
『nothing of something to die for』は、アーティストが組み上げた目くるめくワンダーランドの迷宮をさまようかのよう。特筆すべきは、ファースト・アルバムからの良質なメロディセンスに、複雑なレコーディングプロセスが加わったことでしょうか。
制作の側面で、より強い印象をもたらしたのが、ハイライト曲「please be ok」でミックス/マスターで参加しているニューヨークのプロデューサー/シンガーの”Miss Grit”です。この曲は、メタリックなハイパーポップ風のミックスを施し、驚くべき楽曲へと変貌させた。
さらに、もうひとつのハイライト曲「hopeful hopeful」ではオーケストラストリングスを追加し、ドラマの主題歌のような劇的なポップソングを書き上げた。来日公演を実現させ、今最も注目すべき歌手の一人でしょう。
Best Track「please be ok」
16.Vince Staples 『Dark Times』
Label: Def Jam/ UMG
Release: 2024年5月24日
カルフォルニア/ロングビーチ出身のヴィンス・ステープルズ(Vince Staples)は、デビューアルバム『Summertime 06'』で最初の成功を手にし、閉塞しかけた状況から抜け出した。しかし、唐突な名声の獲得は彼を惑わせた。彼はギャングスタの暴力や貧困といった現実に直面したのだった。その後、彼はアルバムごとに、現実的な側面を鋭く直視し、シリアスな作風を確立し、同時に、作品ごとに別の主題を据えてきた。ラモーナ・パークをテーマにした前作に続く最新作『Dark Times』は、トレンドのラップを追求するというよりも、ブラックミュージックの原点に立ち返り、ビンテージなR&B、ファンクを洗練させた渋いアルバムです。
個人的な解釈としては、Dr.Dre、De La Soul、Chicを始めとするヒップホップの基本に立ち返った作品と言える。 他方、「Etoufee」等、エレクトロニックとヒップホップの融合というモダンなテイストのヒップホップも収録されています。つまり、このアルバムでは、ヒップホップの数十年の系譜を追うかのようなクロニクルに近いソングライティングの試みが行われているように思えます。本作を聴くかぎり、現在のステープルズは、ブラック・ミュージックの一貫としてのヒップホップがどのようにあるべきかを追求したという印象です。これは旧来のギャングスタというイメージからヒップホップを開放するための試みでもある。ハイライト「Black&Blue」、「Shame On Devil」は言わずもがな、「Freeman」の見事なラップに注目です。
Best Track 「Freeman」
17.La Luz 『News Of The World』
Label: SUB POP
Release: 2024年5月24日
今年、シアトルのサブ・ポップは年始から恐ろしいペースでリリースを重ねてきた。Boeckner、Amen Dunes(2作のアルバムをリリース)、Naima Bock,最も話題となったところでは、コーチェラ・フェスティバルにも出演した歌手/モデルのSuki Waterhouseが挙げられる。しかし、最も印象的なアルバムは、La Luzの『News Of The World』となるでしょう。
バンドの現メンバーの最後のアルバムとなる本作では、ボーカリストの病に纏わる人生を基に、個性的なオルタナティヴロックを完成させた。女性のみのメンバーで構成されているため、スタジオでの遠慮がいらなかったという。アルバムは、クワイアのような合唱ではじまり、ラテンのムードを漂わせるロックソングが散りばめられています。その他にもサーフロック、ラバーズロックやバーバンクサウンドの影響を絡め、女性バンドとしての理想郷を今作で構築しようとしています。懐古的なサウンドの向こうから立ちのぼる牧歌的な空気感が魅力です。
Best Track「News Of The World」
・Vol.2に続く...