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 Album Of The Year 2024  



 

Vol.1  音楽のクロスオーバーの多彩化 それぞれの年代からの影響

 

2024年も終わりに近づいてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年の素晴らしいアルバムが数多く発売されました。本サイトではオルタネイトなアルバムリストを年度末にご紹介しています。


2024年の音楽を聴いていて顕著だったのが、音楽のクロスオーバー、ハイブリッド化に拍車が掛かったという点でした。現在、かけ離れた地域の音楽を聴くことがたやすくなり、音楽に多彩なジャンルを盛り込むことが一般的になりつつある。そういった中、より鮮明となる点があるとすれば、シンガーソングライター、バンドの音楽的な背景が顕在化しつつあるということでしょう。人々が従来よりも多くの音楽を吸収する中、その人しか持ち得ないスペシャリティが浮かび上がってくる時、その音楽が最も輝かしい印象を放ち、聞き手を魅了するわけなのです。

 

もうひとつ印象深い点は、ミュージシャンが影響を受けたと思われる音楽の年代がかなり幅広くなったことでしょう。2010年代の直近の商業音楽を基本にしているものもあれば、60、70年代のクラシカルな音楽を参考に、それらを現代的な質感のある音楽へと昇華したのもある。さらに、未来を行く音楽もあれば、過去に戻る懐古的な音楽もある。いよいよ音楽文化は幅広さを増し、限定的な答えを出すことが困難になりつつある。こういった状況下において、輝かしい印象のある音楽は、各人が流行に左右されず、好きなものを徹底して追求した作品でした。

 

今回、50のセレクションを3つの記事に分割して公開します。いつもはリリース順に掲載しますが、今回はベストアルバムが上半期に集中しているため、分散的にアルバムをご紹介しています。大まかな選出の方向性といたしましては、30プラス20という感じでチョイスしています。ぜひ下記のベスト・アルバムのリストを参考にしながら、お楽しみいただけると幸いです。

 


 

1. Neilah Hunter  『Lovegaze』 


Label: Fat Possum

Release: 2024年1月12日



ロサンゼルスをベースに活動するマルチ奏者/ボーカリスト、Neilah Hunter(ネイラ・ハンター)。二作のEPのリリースに続いて、デビューアルバム『Lovegaze』をFat Possumからリリースしました。

 

多彩な才能を持つネイラ・ハンターの音楽的なキャリアは、教会の聖歌隊で歌い、ドラム、ギターを演奏し、その後、カルフォルニア芸術大学でギターを専攻したことから始まっています。さらに、ヴォーカルパフォーマンスを学んだ後、ハープのレッスンを受けました。本作は、イギリスのドーヴァー海峡に近い港湾都市に移り住み、借り受けたケルト・ハープを使用して制作を開始しました。その後、作曲にのめり込むようになりました。

 

マルチ奏者としての演奏力はもちろん、ボーカリストとしても抜群の才覚を感じてもらえるはずです。デビューアルバムは、録音場所の気風が色濃く反映されており、 ネオソウルやトリップ・ホップのテイストが全編に漂います。さらに、ミステリアスで妖艶な雰囲気が作品全体を取り巻いている。そのイメージをボーカルやハープの演奏が上手く引き立てています。

 

ネイラ・ハンターは、このアルバムについて次のように回想しています。 「Lovegazeを書いている間、私は人類が愛するものを破壊する性質について考えていた。古代の遺跡や、かつてはシェルターだったけれど、今はもうない建造物について考えていた。廃墟の中にも美しさがある」

 



Best Track 「Finding Mirrors」




2.Torres 『What An Enormous Room』


Label: Merge

Release: 2024年1月26日


マッケンジー・スコットは、現在、祖父の姓にちなんで”TORRES”としてレコーディングとパフォーマンスを行う。ジョージア州メーコンで育ち、現在はニューヨークのイースト・ヴィレッジ在住。

 

Merge Recordsから発売された『What an huge room』は、2022年9月と10月にノースカロライナ州ダーラムのスタジアム・ハイツ・サウンドでレコーディングされました。エンジニアはライアン・ピケット、プロデュースはマッケンジー・スコットとサラ・ジャッフェ、ミックスはイギリスのブリストルでTJ・アレン、マスタリングはニューヨークのヘバ・カドリーが担当しています。


元はロックギタリストとして活動していたトーレスだったが、この6作目において、ポピュラーシンガーへの転身を果たしています。AOR等の80年代のポップスから現代的なSt.Vincentの系譜に属するシンセ・ポップの系譜を的確に捉え、さらにボーカルとスポークンワードを融合しています。もちろん、従来のギタリストとしての演奏も組み込まれているのは周知の通り。最近、トーレスはジュリアン・ベイカーと一緒にテレビ出演し、共同でシングルを発表しました。

 

 

Best Track 「Jerk Into Joy」

 

 

 3. IDLES  『TANGK』-  Album of The Year




Label: Partisan 

Release: 2024年2月16日

 

ブリストルのポストパンクバンド、IDLESは英国内のロックシーンのトップに上り詰めようとしています。すでに今作で2025年度のグラミー賞にノミネートされています。音楽は日に日に進化している中で、アイルドルズは最も刺激的なアプローチを図っています。これはグラストンベリー・フェスティバル等の出演でお馴染みのアイドルズ。しかし、たしかに彼らのサウンドは、ダンスミュージック、ディスコサウンド、ドラムンベース等を吸収させ、進化し続けています。

 

しかし、音楽性こそ変われど、その核心となる主張に変わりはありません。2021年から暗い世に明るさと勇気をもたらしました。『Tangk』においては、普遍的な愛とはなにかを説いています。ポストパンクの鋭利的な側面を強調させた「Gift House」、「Hall & Oates」ではリスナーの魂を鼓舞したかと思えば、「POP POP POP」ではダンス・ミュージックを絡め、ギターロックの進化系を示唆しています。

 

しかし、彼らがより偉大なロックバンドとしての道を歩み始めたことは、「Grace」を聞けば明らかとなるかも。この曲のミュージックビデオではコールドプレイのMVを模している。ぜひ、伝説的なミュージックビデオのエンディングを見逃さないでくださいね。

 

 

Best Track- 「Grace」 (Music Video Of The Year)

 

 

 

 

4.Green Day 『Saviors』


Label: Reprise

Release: 2024年1月19日

 

近年、『Dookie』、『Nimrod』等のリイシューを中心に、再版が多かった印象なので、「しばらく新作は期待出来ないと思った矢先、リプライズからカルフォルニアパンクの大御所のリリースが発表されました。

 

ビリー・ジョーのカバーを中心としたソロ・アルバム『No Fun Mondays』はその限りではなかった思いますが、どうやらこのアルバムは、一部分ではフラストレーションを基に制作されたというのは、曲がりなりにも事実なのかも知れません。

 

しかし、そういった背景となる信条は、アルバムを聴くとどうでもよくなるかも知れません。グリーン・デイは、『Dookie』時代から培われたポップパンクというのは、どういうものだったのかを、本作のハイライト曲で明らかにしています。 また、全般的にはパンクロックというジャンルにこだわらず、ミュージカル的なロック、ロック・オペラのような音楽性も追求しています。

 

また、本作は、部分的にはグリーン・デイのルーツとなる80年代の西海岸のロックにも親和性があることを指摘しておきたい。少なくとも、90年代の全盛期に匹敵するアルバムとは言えないかもしれませんが、パンクバンドとしての威信は十分に示したのではないでしょうか。「Strange Days Are Here To Say」は「Basket Case」とほぼ同じコード進行で調性が異なるだけ。それでも、これほどシンプルなスリーコードで親しみやすい曲を書くパンクバンドは他の存在しない。思い出すというより、ポップパンクを次の世代へと引き継ぐようなアルバムとなっています。また、グリーン・デイらしいジョークやユニークも感じることもできるでしょう。


今年は、Sum 41、Offspringの新作も発売され、NOFXの解散もあり、パンクシーンは慌ただしい一年でした。本作の最初のレビューでも言ったように、米国のパンクシーンは一つの節目を迎えつつあるようですね。

 

 

 「Strange Days Are Here To Say」

 

 

 

5. The Smile 『Wall Of Eyes』

 



Label: XL Recordings

Release:  2024年1月26日


トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるザ・スマイルの二作目のアルバム『Wall Of Eyes』。全英チャート3位を記録。海外のメディアには一般的に好評だったというのですが、一部には辛辣な評価を与えたところも。恒例のコラボレーションとなっているロンドン・コンテンポラリーとの共同制作で、由緒あるアビーロード・スタジオで録音された作品です。


アルバム全体としては、タイトルに違わず、ジョン・スペクターの『ウォール・オブ・サウンド』を追求した作品となっています。少し凝りすぎている印象もありますが、「Friend of A Friend」、「Bending Hectic」といった名曲が揃っている。デビュー・アルバムでは、レディオヘッドの延長線上にあるプロジェクトではないかと考えていた人も多かったかもしれませんが、ザ・スマイルは、レディオ・ヘッドからどれだけ遠ざかれるのかという挑戦でもある。

 

このあたりは、前のバンドでやることは全部やったという感触が、三人のミュージシャンを次のステップへと進ませたといえるでしょう。全般的なソングライティングはヨーク/グリーンウッドが中心となっていますが、アンサンブルの鍵を握るのはサンズ・オブ・ケメットの活動なのアヴァンジャズシーンで活躍してきたドラムのトム・スキナー。彼らは、これまでの音楽体験では得られなかった未知の領域へと歩みを進み始めているのかも知れません。同じレコーディングから生み出された「Cut Out』は、ダンスミュージック寄りのXLらしいアルバムです。




Best Track- 「Friend of A Friend」

 

 

6.Adrianne Lenker 『Bright Future』

 



Label: 4AD

Release: 2024年3月22日


今年の4ADの最高傑作の一つ。ビック・シーフのボーカリストとしても知られるアドリアン・レンカーによる最新アルバム『Bright Future』はアメリカーナの純粋な響きに縁取られています。従来からソロアーティストとしてフォーク/カントリーの形式を洗練させてきたシンガー/ギタリストがこのような普遍的な音楽を制作したことは、それほど驚きではないかもしれません。


録音場所が作品に影響を与える場合がありますが、「Bright Future」は好例となるに違いありません。2022年の秋、ビック・シーフのツアースケジュールを縫い、森に隠されたダブル・インフィニティというアナログスタジオでメンバーは再会しました。その他、ハキム、デイヴィッドソン、ランスティールといったミュージシャンが共同制作に参加。この三人はそれまで面識を持たなかったという。

 

ゴスペル風のソング「Real House」、普遍的なフォーク/カントリーソング「Free Treature」など良曲に事欠きませんが、エレクトロニックとフォークの劇的な融合「Fool」にレンカーさんの良さが表れています。ミュージック・ビデオも80年代の4ADのカラーが押し出され、ほど良い雰囲気を醸し出しています。自然の魅力を忘れがちな現代人にとって、このアルバムは大きな癒やしをもたらすに違いありません。「Ruined」も素晴らしいバラード曲です。

 

 

Best Track-「Fool」

 

 

 

 7.Leyla McCalla 『Sun Without The Heat』




Label: Anti

Release:2024年4月12日

 

レイラ・マッカラは、南国の雰囲気を持つトロピカルなアルバムをAntiからリリースしました。アフロ・ビート、エチオピアン、ブラジルのトロピカル、ブルース、ジャズ等の範疇にある音楽が展開され、他にもラテン音楽のアグレッシヴなリズムを吸収し、ユニークな音楽性を確立しています。ワールド・ミュージックの多彩な魅力を体験するのに最適な作品となっています。

 

ニューヨーク出身のレイラ・マッカラは、チェロ、バンジョー、ギターの演奏者でもあり、また、マルチバイリンガルでもあるという。さらに、グラミー賞に輝いたブラック・ストリングス・バンド、Carloirina Chocolate Dropsに在籍していたこともある。


このアルバムでレイラ・マッカラは音楽的なジャーナリズムの精神を発揮している。『Sun Without The Heat』は、ダンス、演劇等を通して繰り広げられるコンパニオンアルバムです。命がけでハイチのクレヨル語のニュースを報道したあるジャーナリストの物語でもある。

 

世界各国で少数言語が増加傾向にある中で、ある地域の文化の魅力を受け継ぎ、それを何らかの形で伝えていくという行為は大いに称賛されて然るべき。ジャズ/ブルーステイストを持つ渋い曲が多いですが、オルタナティヴロックのギターをワールドミュージックと融合させた「So I'll Go」、海辺のフォークミュージックとして気持ちをやわらげる「Sun Without The Heat」、終曲を飾る「I Want To Believe」も素晴らしい。海を越えて響くような慈しみに溢れています。アルバムのアートワークもピカソのようにおしゃれ。部屋に飾っておきたいですね。

 


 「Sun Without The Heat」 -Golborne Road, London 

 

 

 

 8.Sainté 『Still Local』



Label: YSM Sound.

Release: 2024年3月29日


レスターのヒップホップアーティスト、サンテは今年三作目のアルバム『Still Local』をリリースした。UKヒップホップシーンの期待の若手シンガーである。どうやら、サンテは、Tyler The Creator、Jay-Zのヒップホップに薫陶を受けた。このアルバムでは、レスターのローカルな魅力にスポットライトを当てています。あらためて聴くと、良いアルバムで、ドラムンベースやフューチャーベースやUKドリルに触発を受けたポピュラーなヒップホップが展開されています。


アルバムではメロウなネオソウルの影響を絡めた良曲が目立つ。また、アルバムのアートワークに表れ出ているように、カーマニアとしての表情が音楽性には伺え、ドライブにも最適なヒップホップトラックが満載です。また、フューチャーベースを絡めた秀逸なトラックは、このジャンルの近未来を予見したものと言える。タイトル曲を筆頭に、サンテの地元愛に充ちたアルバム。

 

 

「Tea Like Henny」

 

 

 

9.Maggie Rogers  『Don’t Forget Me』


 


Label: Capital

Release: 2024年4月12日


 

グラミー賞にノミネート経験のあるマギー・ロジャースは最新作『Don' t Forget Me』でシンガーソングライターとしてより深みのあるポピュラーアルバムを制作していました。

 

「このアルバムの制作は、どの段階でもとても楽しかった。曲の中にそれが表れていると思う。それが、このアルバム制作を成功させるための重要な要素なんだ」「アルバムに収録されているストーリーのいくつかは私自身のもの。大学時代の思い出や、18歳、22歳、28歳(現在29歳)の頃の詳細が垣間見える。アルバムを順次書いていくうちに、ある時点でキャラクターが浮かび上がってきました」「アメリカ南部と西部をロード・トリップする女の子の姿をふと思い浮かべ始めました。若いテルマ&ルイーズのようなキャラクターで、家を出て人間関係から離れ、声を大にして処理し、友人たちや新しい街や風景の中に慰めを見出しています」

 

マジー・ロジャースはR&Bからの影響下にある渋い歌唱法で知られていますが、それをロックとポップスの中間にある親しみやすいポピュラーに置き換える。前作『Surrender』よりもロックやフォーク色が強まったのは、南部や西部のイメージを的確に表現するためでしょう。実際的にそれはアメリカン・ロックに象徴付けられる雄大な大地を彷彿とさせることがある。アルバムの収録曲「So Sick of Dreaming」、「Don't Forget Me」はアーティストの新たな代名詞的なアンセムとなりそうだ。今回のアルバムでは、R&Bやスポークンワード、そしてアメリカーナの要素が加わり、前作よりもアメリカンなテイストを漂わせる一作となっています。


 

Best Track- 「So Sick of Dreaming」

 

 

 

10. Fabiana Palladino 『Fabiana Palladino』 -Album Of The Year 


  

 

Label: Paul Institute

Release: 2024年4月25日


今年、デビューアルバムをリリースしたFabiana Palladino(ファビアーナ・パラディーノ)は、UKソウルの次世代を担うシンガーソングライターです。ジャネット・ジャクソンからクインシー・ジョーンズ、チャカ・カーンに至るまで、80年代を中心とするR&B、ディスコサウンドを巧みに吸収し、このレーベルらしいダンサンブルなトラックに仕上げる力量を備えています。

 

今年は別れをモチーフにした作品がいくつかありましたが、『Fabiana Palladino』も同様です。トラック全体の完成度はもちろん、ダンサンブルなソウルに傾倒してもなお叙情性と旋律的な美しさを失わないのは素晴らしい。合わせて、80年代を中心とする編集的なサウンド、そして幅広い音域を持つ歌唱力、さらに楽曲そのものの艶気等、ソウルミュージックとして申し分ない仕上がりです。今後、UKポピュラー界の新星として着実に人気を獲得することが予想されます。


ファビアーナ・パラディーノはアルバム全体を通じて、愛、人間関係、孤独など、複雑なテーマを織り交ぜ、哀愁に充ちたポピュラーソングを完成させています。例えば、「I Can't Dream Anymore」はそのシンボルとなる楽曲となるのではないでしょうか。

 

 


Best Track- 「Give Me A Sign」

 

 

 

 

11. The Lemon Twigs 『A Dream Is All We Know』

 


 

Label: Captured Tracks

Release: 2024年4月5日


ジョーイ・ラモーンの生まれ変わりか、ジョニー・サンダースの転生か。少なくとも、60,70年代の古典的なジャングルポップやパワーポップを書かせたら、ダダリオ兄弟の右に出るミュージシャンはいないでしょう。

 

レモン・ツイッグスのロックソングは、ビーチ・ボーイズ、ルビノーズ、サイモン&ガーファンクル、ビッグ・スター(Alex Chilton)、チープ・トリックまで普遍的な魅力を網羅しています。2016年頃から着実にファンベースを拡大させてきたダダリオ兄弟は、最新アルバムでバンドセクションを重視した作風に取り組んだ。


『A Dream Is All We Know』では、従来のジャングルポップのアプローチに加え、弦楽器や管楽器のアレンジが加わり、パワーアップしています。「My Golden Year」、「How Can I Love Her」、「If You And I Are Not Wise」等、パワーポップやフォークロックの珠玉の名曲が満載。バンドは今年の始め、ジミー・ファロン司会の番組で「My Golden Years」を披露しています。ぜひ、このアルバムを聴いて、古典的なロックの魅力を味わってみてはいかがでしょう? また、バンドは年明けに”ロッキン・オン・ソニック”で来日予定です。こちらも楽しみ。

 


Best Track 「If You And I Are Not Wise」


 

 

12.Charlotte Day Wilson 『Cyan Blue』



Label: XL Recordings

Release: 2024年5月3日

 

 

見事、グラミー賞にノミネートされたカナダのシンガーソングライター、 シャーロット・デイ・ウィルソンの最新アルバム『Cyan Blue』は、今年のオルタネイトなR&Bのベスト・アルバムの一つです。すでに、日本の単独公演、朝霧JAMへの出演を果たしています。録音としてハイレベルなことは明確で、レコーディング・アカデミーも太鼓判を押す。そして、もう一つ、実際に楽器を演奏していること、さらに、素晴らしい音域を持つ歌唱力にも注目しておきたい。

 

R&Bアルバムとしては、Samphaのネオソウルを女性シンガーとして、どのように昇華するのか、ある意味では、次のソウルミュージックへの道筋を示した劇的な作品である。そして実際のライブでの演奏力もあり、注目したい歌手と言えるでしょう。哀愁に溢れたネオソウル「My Way」、ジュディ・ガーランドのカバー「Over The Rainbow」、さらに恋愛を赤裸々に歌ったと思われる「I Don't Love You」はポピュラー・ソングとして、非常に切ない雰囲気がある。

 


 Best Track-「I Don't Love You」

 

 

 

 13. Wu-Lu 『Learning To Swim On Empty』- EP of The Year




Label: Warp

Release: 2024年5月7日

 

今回のEPを聴いてわかったのは、Wu-Luはいわゆる天才型のミュージシャンであるということ。彼は少なくとも秀才型ではないようです。前作『Loggerhead』ではアグレッシヴなエレクトロニックやヒップホップを展開させたが、続く「Learning To Swim On Empty」では、マイルドな作風に転じています。しかし、ウー・ルーのアグレッシヴで前のめりなラップは、現地のLevi'sとのコラボレーションイベントでも見受けられる通り、なりを潜めたわけではありません。

 

このEPでは、メロウなR&B、ローファイホップの楽曲「Young Swimmer」で始まり、アーティストによる「人生の一時期の回想」のような繋がりを描く。音楽的には、分散的といえるかもしれません。Rohan Ayinde、Caleb Femiという無名のラッパー/詩人を制作に招聘し、クールなラップのやりとりを収録しています。シングルの延長線上にある作風で、おそらくシングルの構想が少しずつ膨らんでいき、最終的にミニアルバムになったのではないかと思われます。

 

ロンドンのカリブ・コミュニティを象徴付けるレゲエ、ラバーズロック、それから、ラップ、オルタナティヴロック、ポストクラシカルを結びつけたトラック「Daylight Song」の素晴らしさはもちろん、「Mount Ash」のインディーロックから、ソウル、アートポップに至るトリップ感も尋常ではありません。

 

きわめつけは、EPのクローズに収録されている「Crow's Nest」で、アヴァンジャズとラップを融合させ、オルタネイト・ヒップホップの未来を示唆する。この終曲では、Wu-Luの音楽がマイルス・デイヴィスとオーネット・コールマンに肉薄した瞬間を捉えることができるはずです。

 

 

 Best Track 「Daylight Song」



14.Beth Gibbons 『Lives Outgrown』

 



Label: Domino

Release:  2024年5月17日

 


今年のベスト・アルバムの選出はオルタネイトな作品を網羅した上で、一般化するということにありました。結局、そういった意義に沿った作品をベスト30の最後に挙げるとするなら、ベス・ギボンズの『Lives Outgrown』が思い浮かぶ。ポーティスヘッドのボーカリストとして知られ、ケンドリック・ラマーの作品への参加、他にも現代音楽のボーカルにも挑戦しているギボンズがどんなアルバムを制作したのかに興味津々でしたが、結果は期待以上の出来栄えであったように感じられます。今年、ベス・ギボンズはフジロックフェスティバルにも出演しました。


多様な音楽的な手法を知っているということは必ずしも強みになるとは限らず、むしろ弊害になる場合もある。音楽の本質的な何かを知ってしまうと、知らなかったときよりも制作することへの抵抗のようなものが生じるのです。ベス・ギボンズは様々な音楽を吟味した上で、最終的にはアートポップやポピュラーという形式を重視することになった。おそらく90年代には最もマニアックであったトリップ・ホップの面影はこの作品には表向きには見られません。しかし、そういったアンダーグラウンドから出発したアーティストとしての性質はたしかに感じられます。一方で、それらのマニアック性をどのように一般化するのかに重点が置かれています。

 

とっつきやすいアルバムとは言えないかもしれませんが、 「Tell Me Who You Are Today」、「Lost Changes」、「Rewind」、「Reaching Out」などにアートポップの表現性の清華のようなものが宿っています。10年ぶりのアルバムということで感激したファンも多かったのでは??

 

 

 「Lost Changes」

 

 

 

15. Mui Zyu  『nothing of something to die for』




Label: Father/ Daughter

Release: 2024年5月24日

 

香港系イギリス人のエヴァ・リューによるソロ・プロジェクト、Mui Zyuの2ndアルバムは、前作のエレクトロニクスとポップネスの融合のアプローチにさらに磨きが掛けられています。今作では、オーケストラ・ストリングスを追加し、ダイナミックなアートポップの作品に仕上がった。ソングライターとしてのメロディセンスも洗練されました。

 

『nothing of something to die for』は、アーティストが組み上げた目くるめくワンダーランドの迷宮をさまようかのよう。特筆すべきは、ファースト・アルバムからの良質なメロディセンスに、複雑なレコーディングプロセスが加わったことでしょうか。

 

制作の側面で、より強い印象をもたらしたのが、ハイライト曲「please be ok」でミックス/マスターで参加しているニューヨークのプロデューサー/シンガーの”Miss Grit”です。この曲は、メタリックなハイパーポップ風のミックスを施し、驚くべき楽曲へと変貌させた。

 

さらに、もうひとつのハイライト曲「hopeful hopeful」ではオーケストラストリングスを追加し、ドラマの主題歌のような劇的なポップソングを書き上げた。来日公演を実現させ、今最も注目すべき歌手の一人でしょう。

 


Best Track「please be ok」



16.Vince Staples 『Dark Times』



Label: Def Jam/ UMG

Release: 2024年5月24日

 

カルフォルニア/ロングビーチ出身のヴィンス・ステープルズ(Vince Staples)は、デビューアルバム『Summertime 06'』で最初の成功を手にし、閉塞しかけた状況から抜け出した。しかし、唐突な名声の獲得は彼を惑わせた。彼はギャングスタの暴力や貧困といった現実に直面したのだった。その後、彼はアルバムごとに、現実的な側面を鋭く直視し、シリアスな作風を確立し、同時に、作品ごとに別の主題を据えてきた。ラモーナ・パークをテーマにした前作に続く最新作『Dark Times』は、トレンドのラップを追求するというよりも、ブラックミュージックの原点に立ち返り、ビンテージなR&B、ファンクを洗練させた渋いアルバムです。

 

個人的な解釈としては、Dr.Dre、De La Soul、Chicを始めとするヒップホップの基本に立ち返った作品と言える。 他方、「Etoufee」等、エレクトロニックとヒップホップの融合というモダンなテイストのヒップホップも収録されています。つまり、このアルバムでは、ヒップホップの数十年の系譜を追うかのようなクロニクルに近いソングライティングの試みが行われているように思えます。本作を聴くかぎり、現在のステープルズは、ブラック・ミュージックの一貫としてのヒップホップがどのようにあるべきかを追求したという印象です。これは旧来のギャングスタというイメージからヒップホップを開放するための試みでもある。ハイライト「Black&Blue」、「Shame On Devil」は言わずもがな、「Freeman」の見事なラップに注目です。

 


Best Track 「Freeman」

 

 

17.La Luz 『News Of The World』

 


 

Label: SUB POP

Release: 2024年5月24日

 

今年、シアトルのサブ・ポップは年始から恐ろしいペースでリリースを重ねてきた。Boeckner、Amen Dunes(2作のアルバムをリリース)、Naima Bock,最も話題となったところでは、コーチェラ・フェスティバルにも出演した歌手/モデルのSuki Waterhouseが挙げられる。しかし、最も印象的なアルバムは、La Luzの『News Of The World』となるでしょう。


バンドの現メンバーの最後のアルバムとなる本作では、ボーカリストの病に纏わる人生を基に、個性的なオルタナティヴロックを完成させた。女性のみのメンバーで構成されているため、スタジオでの遠慮がいらなかったという。アルバムは、クワイアのような合唱ではじまり、ラテンのムードを漂わせるロックソングが散りばめられています。その他にもサーフロック、ラバーズロックやバーバンクサウンドの影響を絡め、女性バンドとしての理想郷を今作で構築しようとしています。懐古的なサウンドの向こうから立ちのぼる牧歌的な空気感が魅力です。

 

 

 

Best Track「News Of The World」

 

 

・Vol.2に続く...

  

Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” 

 

 



Part.3 ーマイナスをプラスに変える力 海外の日本勢の台頭ー

 

2023年度のアルバムのプレスリリース情報やアーティストのコメントなどを見ていて、気になったことがあり、それは人生に降りかかる困難を音楽のクリエイティブな方面でプラスに変えるというアーティストやバンドが多かったという点です。


例えば、Slow Pulpのボーカリストのマッシーは、親の交通事故の後、病院で介抱をしながら劇的なアルバムの制作を行い、音楽に尽くせぬ苦悩をインディーロックという形に織りまぜていました。また、Polyvinyleに所属するSquirrel Flowerもツアーの合間に副業をしつつ、新作アルバムを発表している。すべてのアーティストがテイラー・スウィフトのような巨額の富を築き上げられるわけではないのは事実であり、商業的な側面と表現の一貫としての音楽の折り合いをどうつけるのかに苦心しているバンドやアーティストが数多く見られました。

 

一方、ラップ・シーンのアーティストでは、そのことが顕著に表れていた。たとえば、デトロイトの英雄、ダニー・ブラウンはThe Gurdianのインタビューで語ったように、断酒治療のリハビリに取り組みながら、その苦悩をJPEGMAFIAとのコラボ・アルバムや「Quaranta」の中に織り交ぜていました。特に、前者では、内的な悪魔的ななにかとの格闘を描いている。さらにジャズやソウルの織り交ぜたシカゴのオルタナティヴ・ヒップホップの最重要人物であるミック・ジェンキンスもまた、10年にわたって大きなビジョンを抱えつつも、ドイツのメジャーレーベル、BGMと契約を結ぶまでは、制作費の側面でなかなか思うように事態が好転しなかったと話しています。それが「Patience」というタイトルにも反映されている。ジェンキンスのフラストレーションの奔流は、凄まじいアジテーションを擁しており、リスナーの心を掻きむしる。

 

そしてもうひとつ、贔屓目抜きにしても、近年、海外で活躍する日本人アーティストが増えているのにも着目したいところです。特に、なぜか、ロンドンで活躍する女性アーティストが増加しており、昨年のSawayamaのブレイクに続いて、Hatis Noit、Hinako Omoriなど、ロンドンの実験音楽やエレクトロニックのフィールドで存在感を示している事例が増加しています。米国のChaiはもちろん、高校卒業後、心機一転、米国に向かったSen Morimotoにも注目で、現地のモダン・ジャズの影響を取り入れながら、CIty Slangのチームと協力し、シカゴに新しい風を呼び込もうとしています。つい十年くらい前までは、東南アジアを除けば、日本人が海外で活躍するというのは夢のような話でしたが、今やそれは単なる絵空事ではなくなったようです。


来年はどのようなアーティストやアルバムが登場するのでしょうか。結局、レーベルやメディア、商業誌に携わる人々のほとんどは、良い音楽やアーティスト、バンドが到来することを心から期待しており、それ以外の楽しみやプロモーションは副次的なものに過ぎないと思いたいです。


とりあえずメインのピックアップはこれで終了です。2024年の最初の注目作は、トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるSmileのセカンド・アルバム。彼らはきっと音楽の未知なる魅力を示してくれるでしょう。



Part.3  ーThe Power to Turn Minus into Positive:  The Rise of Overseas Japanese Artistsー


One thing that caught my attention when I looked at the press release information and artists' comments for the 2023 albums was that many of the artists and bands were turning the difficulties that befell their lives into something positive through the creative aspect of their music. For example, Slow Pulp vocalist Massey, who released a dramatic album while caring for his parents after their car accident, weaves his endless anguish into the form of indie rock. From other interviews I've read, the artist must have had a truly accomplished and emotionally exhausting year. Squirrel Flower, who is also a member of Polyvinyle, is also working on the sidelines between tours and releasing a new album. It is true that not all artists can amass such a huge fortune as Taylor Swift, and we saw many bands and artists struggling to come to terms with the commercial aspect and music as a consistent form of expression.



This, on the other hand, was evident among artists in the rap scene. For example, as Detroit hero Danny Brown told The Gurdian, he wove his struggles into his collaborative album with JPEGMAFIA and "Quaranta" while working on his sobriety rehab. The former, in particular, depicts a struggle with something demonic within. Mick Jenkins, another Chicago alternative hip-hop darling who also weaves jazz and soul into his work, says that while he had a big vision for a decade, things didn't turn out as well as he would have liked in terms of production costs until he signed with BGM, a major German label. He says the production cost side of things didn't turn out as well as he would have liked. This is reflected in the title "Patience''.  Jenkins' torrent of frustration holds tremendous agitation and scratches the listener's heart.



Another thing to note, even without any prejudice, is the increasing number of Japanese artists who have been active overseas in recent years. In particular, for some reason, there has been an increase in the number of female artists active in London. Following the breakthrough of Sawayama last year, we are seeing more and more examples such as Hatis Noit and Hinako Omori, who are making their presence felt in the experimental music and electronic fields in London. Look out for Chai in the U.S., of course, and Sen Morimoto, who headed to the U.S. for a fresh start after high school graduation, incorporating local modern jazz influences and working with the CIty Slang team to bring a new breeze to Chicago. Just a decade or so ago, it was a dream come true for a Japanese artist to be active overseas, except in Southeast Asia, but now it seems to be more than just a pipe dream.


What kind of artists and albums will we see in the coming year?  In the end, I'd like to think that most people involved with labels, media, and commercial magazines are really looking forward to the arrival of good music, artists, and bands, and that all other fun and promotion is just a side effect.


The best albums list will continue, but for now, this is the end of our main picks: the first notable album of 2024 is the second Smile album by Thom Yorke, Jonny Greenwood, and Tom Skinner. They will surely show us the unknown fascination of music. (MT-D)


 

 


Laurel Halo  『Atlas』   -Album Of The Year



Label: Awe

Release: 2023/9/22

Genre: Experimental Music/ Modern Classical/Ambient



ロサンゼルスを拠点に活動するLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)のインプリント”Awe”から発売された『Atlas』は、2023年の実験音楽/アンビエントの最高傑作である。アーティストからの告知によると、アルバムの発売後、NPRのインタビューが行われた他、Washington Postでレビューが掲載されました。米国の実験音楽の歴史を変える画期的な作品と見ても違和感がありません。

 

2018年頃の「Raw Silk Uncut Wood」の発表の時期には、モダンなエレクトロニックの作風を通じて実験的な音楽を追求してきたローレル・ヘイロー。彼女は、最新作でミュージック・コンクレートの技法を用い、ストリングス、ボーカル、ピアノの録音を通じて刺激的な作風を確立している。


『Atlas』の音楽的な構想には、イギリスの偉大なコントラバス奏者、Gavin Bryers(ギャヴィン・ブライヤーズ)の傑作『The Sinking Of The Titanic』があるかもしれないという印象を抱いた。

 

それは、音響工学の革新性の追求を意味し、モダン・アートの技法であるコラージュの手法を用い、ドローン・ミュージックの範疇にある稀有な音楽構造を生み出すということを意味する。元ある素材を別のものに組み替えるという、ミュージック・コンクレート等の難解な技法を差し置いたとしても、作品全体には、甘いロマンチシズムが魅惑的に漂う。制作時期を見ても、パンデミックの非現実な感覚を前衛音楽の技法を介して表現しようと試みたと考えられる。

 

アルバムの中では、「Last Night Drive」、「Sick Eros」の2曲の出来が際立っている。ドローン・ミュージックやエレクトロニックを始めとする現代音楽の手法を、グスタフ・マーラー、ウェーベルンといった新ウィーン学派の範疇にあるクラシックの管弦楽法に置き換えた手腕には最大限の敬意を表します。もちろん、アルバムの醍醐味は、「Belleville」に見受けられる通り、コクトー・ツインズやブライアン・イーノとのコラボレーションでお馴染みのHarold Budd(ハロルド・バッド)のソロ・ピアノを思わせる柔らかな響きを持つ曲にも求められる。

 

表向きに前衛性ばかりが際立つアルバムに思えますが、本作の魅力はそれだけにとどまりません。音楽全体に、優しげなエモーションと穏やかなサウンドが漂うのにも注目したい。

 

昨日(12月18日)、ローレル・ヘイローは来日公演を行い、ロンドンのイベンター「Mode」が開催する淀橋教会のレジデンスに出演した。ドローン・ミュージックの先駆者、Yoshi Wadaの息子で、彼の共同制作者でもある電子音楽家、Tashi Wadaと共演を果たした。

 


Best Track 「Last Night Drive」

 

 

 

 

Slow Pulp 『Yard』

 



 Label: ANTI

Release: 2023/9/29

Genre: Alternative Rock


ウィスコンシンにルーツを持ち、シカゴで活動するエミリー・マッシー(ヴォーカル/ギター)、ヘンリー・ストーア(ギター/プロデューサー)、テディ・マシューズ(ドラムス)、アレックス・リーズ(ベース)は、『Yard』で新しいサウンドの高みに到達し、劇的な化学反応を起こしている。

 

Slow Pulpの初期の曲に見られたフックとドリーミーなロックをベースにして、よりダイナミックなサウンドを作り上げた。落ち着いたギター、エモに近い泣きのアメリカーナ、骨太のピアノ・バラード、ポップ・パンクを通して、彼らは孤独というテーマと自分自身と心地よく付き合うことを学ぶ過程、そして他者を信頼し、愛し、寄り添うことを学ぶ重要性に向き合っている。


アルバムの制作時には、ボーカリストの病、両親の事故など不運に見舞われましたが、この作品を通じて、スロウパルプは昔から親しいバンドメンバーと協力しあい、それらの悲しみを乗り越えようとしています。

 

全体には、ポップパンク、アメリカーナ、そしてフィービー・ブリジャーズの作曲性に根ざした軽快なインディーロックソングが際立つ。最も聞きやすいのは「Doubt」。他方、アルバムの終盤に収録されている「Mud」にもバンドとしての前進や真骨頂が表れ出ているように思える。

 

 

Best Track 「Mud」




 

 

 Squirrel Flower 『Tommorow’s Fire』


 

Label: Polyvinyle

Release:2023/10/13

Genre: Indie Rock/Punk

 

 

Squirrel Flowerの最新作Tomorrow’s Fireの制作は、2015年に開始され、八年越しに完成へと導かれた。エラ・ウィリアムズは新作アルバムのいくつかの新曲をステージプレイしながら、曲をじっくり煮詰めていくことになった。「私の歴史と、現在の音楽的な自分と過去の音楽的な自分を肯定するために、曲は複雑に絡み合っていて、曲自体と対話を重ねることにした。それ以外の方法でこのアルバムを始めることは正当なこととは思えなかった」という。

 

アーティストはアイオワ大学でスタジオアートとジェンダー研究に取り組んだ後、ソロミュージシャンとして活動するようになった。もし自分の曲が多くの人にとどかなければ、他の仕事をしようという心づもりでやっていた。ツアーを終えた後、ウィリアムズは結婚式のケータリングの仕事に戻るケースもあるという。『Tommorow’s Fire』は、ソロアーティストでありながら、バンド形式で録音されたもので、エラ・ウィリアムズは、アッシュヴィルのドロップ・オブ・サン・スタジオで、著名なエンジニア、アレックス・ファーラー(『Wednesday』、『Indigo de Souza』、『Snail Mail』)と共に『Tomorrow's Fire』を指揮した。

 

このアルバムはスロウコア/サッドコアのような悲哀に充ちたメロディーが満載となっているが、一方でその中には強く心を揺らぶられるものがある。 

 

オープニング曲「i don't use a trash can」での綺羅びやかなギターラインとヒーリング音楽を思わせる透明なウィリアムズの歌声は本作の印象を掴むのに最適である。一方、インフレーションのため仕方なくフルタイムの仕事に就かなければならない思いをインディーロックという形に収めた「Full Time Job」は、一般的なものとは違った味がある。Snail Mail(スネイル・メイル)の作風にJ Mascisのヘヴィネスを加えた「Stick」もグラヴィティーがあり、耳の肥えたリスナーの心を捉えるものと思われる。その他にも、ポップ・パンクの影響を絡めた「intheslatepark」もハイライトになりえる。さらに「Finally Rain」では、シャロン・ヴァン・エッテンに匹敵するシンガーソングライターとしての圧倒的な存在感を見せる瞬間もある。

 

このアルバムは、Palehound、Ian Sweetといった魅力的なソングライターの作品を今年輩出したPolyvinyleの渾身の一作。オルタナティヴロック・ファンとしては、今作をスルーするのは出来かねる。「私が書く曲は必ずしも自伝的なものばかりではないけれど、常に真実なんだ」というウィリアムズ。その言葉に違わず、このアルバムにはリアルな音楽が凝縮されている。

 

 

 

Best Track 「intheskatepark」

 

 

 

Sampha 『Lahai』


 

Label: Young

Release: 2023/10/20

Genre: R&B/Hip Hop

 

 

アルバムの終盤部に収録されている「Time Piece」のフランス語のリリック、スポークンワードは、今作の持つ意味をよりグローバルな内容にし、映画のサウンドトラックのような意味合いを付与している。

 

2017年のマーキュリー賞受賞作「Process」から6年が経ち、サンファは、その活動の幅をさらに広げようとしている。ケンドリック・ラマー、ストームジー、ドレイク、ソランジュ、フランク・オーシャン、アリシア・キーズ、そしてアンダーグラウンドのトップ・アーティストたちとの共演している。ファッション・デザイナーのグレース・ウェールズ・ボナーや映画監督のカーリル・ジョセフらとクリエイティブなパートナーシップなどはほんの一例に過ぎない。

 

Lahaiは、ネオソウル、ラップ、エレクトロニックを網羅するアルバムとなっている。特に、ミニマル・ミュージックへの傾倒が伺える。それは「Dancing Circle」に現れ、ピアノの断片を反復し、ビート化し、その上にピアノの主旋律を交え、多重的な構造性を生み出す。しかし、やはりというべきか、その上に歌われるサンファのボーカルは、さらりとした質感を持つネオソウルとップホップの中間に位置する。サンファのボーカルとスポークンワードのスタイルを変幻自在に駆使する歌声は、大げさな抑揚のあるわけではないにも関わらず、ほんのりとしたペーソスや哀愁を誘う瞬間もある。アルバムの終盤に収録されている「Can't Go Back」に象徴されるように、聞いていると、ほんのりクリアで爽やかな気分になる一作である。

 

 

「Can't Go Back」

 

 


 

 

 

 

 Hinako Omori 「Stillness,  Softness...」-Album Of The Year

 




Label: Houndstooth

Release:2023/10/27

Genre:Experimental Pop/Electronic


 

横浜出身で、現在、ロンドンを拠点に活動するエレクトロニック・プロデューサー、Hinako Omori(大森日向子)は、ローランドのインタビューでも紹介され、ピッチフォーク・ロンドン・フェスティバルにも出演した。アーティストは自らの得意とするシンセサイザーとボーカルを駆使し、未曾有のエクスペリメンタル・ポップの領域を切り開いた。

 

Stillness,  Softness...のオープニング「both directions?」はシンセサイザーのインストゥルメンタルで始まるが、以後、コンセプト・アルバムのような連続的なストーリー性を生かしたインターバルなしの圧巻の12曲が続いている。

 

発売当初のレビューでは、「ゴシック的」とも記しましたが、これは正しくなかったかもしれない。どちらかといえば、その感覚は、ノクターンや夜想曲の神秘的な雰囲気に近いものがある。アーティストは、ポップ、エレクトロニック、ミニマリズム、ジャズ、ネオソウルに根ざした実験音楽を制作している。リリース元は、Houndstoothではあるものの、詳しいリスナーであれば、マンチェスターのレーベル、Modern Loversの所属アーティストに近い音の質感を感じとってもらえると思う。

 

アルバムは、インスト曲、ボーカル曲、シンセのオーケストラとも称すべき制作者の壮大な音楽観が反映されている。音楽的なアプローチは、東洋的なテイストに傾いたかと思えば、バッハの「インベンション」や「平均律」のようなクラシックに、さらに、ロンドンのモダンなポップスに向かう場合も。考え方によっては、ロンドンの多彩な文化性を反映したとも解釈出来る。そこにモノクロ写真への興味を始めとするゴシック的な感覚が散りばめられている。

 

アーティストは、「Stillness, Softness...」において、Terry Riley(テリー・ライリー)やFloating Points(フローティング・ポインツ)のミニマリズムを踏襲し、「エレクトロニックのミクロコスモス」とも称すべき作風を生み出した。ただ、基本的には実験的な作風ではありながら、アルバムには比較的聞きやすい曲も収録されている。「cyanotaype memories」、「foundation」は、モダンなエクスペリメンタル・ポップとして聴き込むことができる。その一方、エレクトロニック/ミニマルミュージックの名曲「in limbo」、「a structure」、さらにミニマリズムをモダン・ポップとして昇華した「in full bloom」等、アルバムの全体を通じて良曲に事欠くことはない。

 

アルバムの終盤に収録されている「epilogue」、タイトル曲「Stillness, Softness...」の流れは驚異的で、ポピュラー・ミュージックの未来形を示したとも言える。曲の構成力、そして、それを集中力を切らすことなく最初から最後まで繋げたこと、モチーフの変奏の巧みさ、ボーカリスト、シンセ奏者としての類まれな才覚……。どれをとってもほんとうに素晴らしい。メロディーの運びの美麗さはもちろん、ミステリアスで壮大な音楽観に圧倒されてしまった。(リリースの記事紹介時に、お礼を言っていただき本当に感動しました。ありがとうございました!!)

 


 Best Track 「Stillness,  Softness...」

 

 

 

 

Sen Morimoto 『Diagnosis』

 



Label: City Slang

Release: 2023/11/3


さて、今年は、贔屓目なしに見ても、日本人アーティストあるいは、日本にルーツを持つミュージシャンが数多く活躍した。2022年、City Slangと契約を交わし、レーベルから第一作を発表したセン・モリモトもそのひとり。京都出身のアーティストは、高校卒業後、アメリカに渡り、シカゴのジャズシーンと関わりを持ちながら、オリジナリティーの高い音楽を確立した。

 

Diagnosisでは、ジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウルをシームレスにクロスオーバーし、ブレイクビーツを主体に画期的な作風を生み出した。

 

もちろん、アンサンブルの方法論を抜きにしても、親しみやすく、そして何より、乗りやすい曲が満載となっている。音楽そのもののエンターテインメント性を追求したアルバム。もちろん、楽しさだけにとどまらず、ふと考えさせられるような曲も収録されている。特に、先行シングルとして公開された「Bad State」は、アーティストのことをよりよく知るためには最適。先行シングルでミュージック・ビデオを撮影した弟の裕也さんとともに頑張ってもらいたいです。

 

 

 Best Track 「Bad State」

 


 

 

 

PinkPantheress 『Heaven Knows』


Label: Warner

Release: 2023/11/10

Genre: Indie Pop/Dance Pop


ピンクパンサレスは元々、イギリスのエモ・カルチャーに親しみ、その後、TikTokで楽曲をアップロードし、人気を着実に獲得した。シンガーソングライターの表情を持つ傍ら、DJセットでのライブも行っている。ワーナーから発売されたHeaven Knowsはポップス、ダンス・ミュージック、R&B等をクロスオーバーし、UKの新たなトレンドミュージックのスタイルを示した。

 

 Pinkpanthressは、単なるポップ・シンガーと呼ぶには惜しいほど多彩な才能を擁している。DJセットでのライブパフォーマンスにも定評がある。ポップというくくりではありながら、ダンスミュージックを反映させたドライブ感のあるサウンドを特徴としている。ドラムンベースやガラージを主体としたリズムに、グリッチやブレイクビーツが刺激的に搭載される。これがトラック全般に独特なハネを与え、グルーヴィーなリズムを生み出す。ビートに散りばめられるキャッチーで乗りやすいフレーズは、Nilfur Yanyaのアルバム『PAINLESS』に近い印象を思わせる。

 

Tiktok発の圧縮されたモダンなポピュラー音楽は、それほど熱心ではない音楽ファンの入り口ともなりえるし、その後、じっくりと音楽に浸るためのきっかけとなるはず。ライトな層の要請に応えるべく、UKのシンガーソングライター、Pinkpanthressは、このデビュー作で数秒間で音楽の良さを把握することが出来るポップスを作り出した手腕には最大限の敬意を評しておきたい。

 

ポピュラーミュージックのトレンドが今後どのように推移していくかは誰にも分からないことではあるけれど、Pinkpanthressのデビュー作には、アーティストの未知の可能性や潜在的な音楽の布石が十分に示されていると思う。ベスト・アルバムでも良いと思うが、二作目も良い作品が出そうなので保留中。

 

 


Best Track 「Blue」

 

 

 

Danny Brown 『Quaranta』 -Album Of The Year

 


 

Label: Warp

Release: 2023/11/17

Genre: Abstract Hip-Hop

 


デトロイト出身、現在はテキサスに引っ越したというラッパー、ダニー・ブラウンほど今年のベストリストにふさわしい人物はいない。

 

2010年代は、人物的なユニークな性質ばかりをフィーチャーされるような印象もありました。しかしながら、このアルバムを聴くと分かる通り、そう考えるのは無粋というものだろう。JPEGMAFIAとのコラボレーションを経て、ブラウンは唯一無二のヒップホップの良盤を生み出した。

 

イタリア語で「40」を意味するアルバムQuarantaの制作の直前、断酒のリハビリ治療に取り組んでいたというブラウンですが、このアルバムには、彼の人生における苦悩、それをいかに乗り越えようとするのかを徹底的に模索した、「苦悩のヒップホップ」が収録されている。

 

確かに、ブラウンのヒップホップやトラック制作やコンテクストの中には、JPEGMAFIAと同様にアブストラクトな性質が含まれる。リリック、ライムに関しては、親しみやすいとはいいがたいものがある。しかし、その分、スパゲッティ・ウエスタン、ロック、ファンク、ジャズ、チル・ウェイヴ等、多彩な音楽性を飛び越えて、傑出したラップを披露し、素晴らしい作品を生み出した。結局、ブラウンの音楽の長所は、彼の短所を補って余りあるものだった。

 

アルバムの冒頭を飾る「Quaranta」のシネマティックなヒップホップも凄まじい気迫が感じられ、アブストラクト・ヒップホップの最新鋭を示した「Dark Sword Angel」も中盤のハイライトとなりえる。その他、前曲からインターバルなしで続く、ファンクの要素を押し出した「Y.B.P」もクール。さらに、同レーベルの新人、Kassa Overallがドラムで参加した「Jenn's Terrific Vacation」についてもリズムの革新性があり、哀愁溢れるヒップホップとして楽しめる。アルバムの序盤はエグい展開でありながら、終盤では和らいだトラックが収録されている。

 

「Hanami」は、従来までアーティストが表現しえなかったヒップホップの穏やかな魅力を示しており、これはキラー・マイクの音楽の方向性と足並みを揃えた結果とも称せるだろう。ダニー・ブラウンは、『Quaranta』の制作に関して、「コンセプチュアルなアルバムを好む」と説明しているが、まさしく彼の人生もそれと同様に、何らかのテーマに則っているのかもしれない。

 

 

Best Track 「Quaranta」

 

 

 

 

Cat Power 『Cat Power Sings Bob Dylan:The 1966 Royal Albert Hall Concert』

 



 

Label:Domino

Release: 2023/11/10

Genre: Rock/Folk

 

2022年にドミノから発売された「Covers」では、フランク・オーシャン、ザ・リプレイスメンツ、ザ・ポーグスのカバーを行っていることからも分かる通り、キャット・パワーは無類の音楽通としても知られている。エンジェル・オルセン、ラナ・デル・レイ等、彼女にリスペクトを捧げるミュージシャンは少なくない。

 

「ロイヤル・アルバートホール」でのキャット・パワーの公演を収録したCat Power Sings Bob Dylanは、ボブ・ディランの1966年5月17日の公演を再現した内容。このライブはディランのキャリアの変革期に当たり、マンチェスターのフリー・トレード・ホールで行われたディランのライブ公演を示す。

 

このライブ・アルバムは、これまで数多くのカバーをこなしてきたチャン・マーシャルのシンガーとしての最高の瞬間を捉えている。アルバムの序盤では、アーティストのただならぬ緊張感を象徴するかのように厳粛な雰囲気で始まりますが、中盤にかけてはフォーク・ロックやヴィンテージ・ロック風のエンターテインメント性の高い音楽へと転じていく。そして、圧巻の瞬間は、ライブアルバムの終盤に訪れ、ディランのオリジナルコンサートを忠実に再現させる「ユダ」「ジーザス」というキャット・パワーと観客とのやりとりにある。ライブアルバムの空気感のリアリティーはもちろん、音源としての完成度の素晴らしさをぜひ体験してもらいたいです。

 

Best Track 「Mr. Tambourine Man」

 


 

 

 

・+ 5 Album

 

 

Wilco 『Cousin』

 


Label: dBpm Records

Release: 2023/9/29

Genre: Indie Rock/Indie Folk

 

ジェフ・トゥイーディー率いるシカゴのロックバンド、Wilcoは前作『Cruel Country』では、クラシカルなアメリカーナ(フォーク/カントリー)に回帰し、米国の音楽の古典的なルーツに迫った。

 

ニューアルバム『Cousin』では、アメリカーナの音楽性を踏襲した上で、2000年代のアート・ロックを結びつけた作風を体現させている。ウィルコのジェフ・トゥイーディーは、「世界をいとこのように考える」という思いをこの最新アルバムの中に込めている。本作には、インディーフォークバンドとしての貫禄すら感じさせる「Ten Dead」、「Evicted」、及び、『Yankee Hotel  Foxtrot』の時代の作風へと回帰を果たした「Infinite Surprise」が収録されている。

 

また、今週の12月22日、小林克也さんが司会を務める「ベスト・ヒット USA」にジェフ・トゥイーディーがリモートで出演予定です。

 

 

Best Track 「Infinite Surprise」

 

 

 

 Nation Of Language 『Strange Disciple』

 



Label: [PIAS]

Release: 2023/9/15

Genre: Indie Pop/New Romantic

 

ニューヨークの新世代のインディーポップトリオ、Nation Of Language(ネイション・オブ・ランゲージ)は清涼感のあるボーカルに、Human League,Japan、Duran Duranといったニューロマンティックの性質を加えた音楽性を3rdアルバム『Strange Disciple』で確立している。

 

ライブは、ロック・バンド寄りのアグレッシヴな感覚を伴うが、少なくとも、このアルバムに関していうと、イアン・カーティスのようなボーカルの落ち着きとクールさに象徴づけられている。ラフ・トレードは、このアルバムをナンバー・ワンとして紹介していますが、それも納得の出来栄え。シンセ・ポップの次世代を行く「Weak In Your Light」、さらに、The Policeの主要曲のような精細感のあるポピュラー・ミュージック「Sightseer」も聞き逃すことが出来ません。



Best Track 「Sightseer」

 


 

 

Arlo Parks 『My Soft Machine』



 

Label: Transgressive

Release: 2023/5/26

Genre: Indie Pop

 

ロンドンからロサンゼルスに活動の拠点を移したArlo Parks(アーロ・パークス)。インディーポップにネオソウル、ヒップホップの雰囲気を加味した親しみやすい作風で知られている。

 

ニューアルバム『My Soft Machine』には、アーティストの様々な人生が反映されている。ロサンゼルスをぶらぶら散策したり、海を見に行く。そんな日常を送りながら、穏やかなインディーポップへと歩みを進めている。これまでの少し甘い感じのインディーポップソングを中心に、現地のローファイやチルウェイブの音楽性を新たに追加し、新鮮味溢れる作風を確立している。

 

とくに、フィービー・ブリジャーズが参加した「Pegasus」はエレクトロニックとインディーポップを融合し、新鮮なポピュラーミュージックのスタイルを確立させている。「Puppy」のキュートな感じもアーティストの新たな魅力が現れた瞬間と称せるか。

 

 

Best Track 「Puppy」

 

 

 

 

Antoine Loyer 『Talamanca』

 


 

Label: Le Saule

Release: 2023/6/16

Genre: Avan-Folk/Modern Classical

 

 

フランス/パリのレーベル、”Le Saule”のプロモーションによると、 以前、日本の音楽評論家の高橋健太郎氏が、ベルギーのギタリスト、Antoine Loyer(アントワーヌ・ロワイエ)を絶賛したという。レーベルの資料によると、ミュージック・マガジンでも過去にインタビューが掲載されたことがある。

 

ベルギーのアヴァン・フォークの鬼才、アントワーヌ・ロワイエは、今作では、Megalodons Maladesという名のオーケストラとともに、アヴァン・フォーク、ワールド・ミュージック、現代音楽をシームレスにクロスオーバーした作品を制作している。ソロの作品よりも音楽性に広がりが増し、聞きやすくなったという印象。アルバムのレコーディングは、スペインのカタルーニャ地方の「Talamanca」という村の教会と古民家で行われた。フルート、コントラファゴットを中心とする管楽器に加え、オーケストラ・グループのコーラスがおしゃれな雰囲気を生み出している。

 

「Talamanca」の収録曲の多くは、アントワーヌ・ロワイエのアコースティック・ギターの演奏とボーカルにMegalodons Maladesの複数の管楽器のパート、コーラスが加わるという形で制作された。ブリュッセルの小学生と一緒に作られた曲もある。パンデミックの時期にまったく無縁な生活を送っていたというロワイエですが、そういったおおらかで開放感に溢れた空気感が魅力。

 

「Nos Pieds(Un Animal)」、「Demi-Lune」、「Pierre-Yves Begue」、「Tomate De Mer」等、遊び心のあるアヴァン・フォークの秀作がずらりと並んでいる。アルバムの終盤に収録されている「Jeu de des pipes」では、オーケストレーションのアヴァンギヤルドな作風へと転じている。

 


Best Track 「Nos Pieds(Un Animal)」

 

 

 「Marceli」- Live Version

 

 

 

 

 Mick Jenkins 『The Patience』



Label: BMG

Release:2023/8/18

Genre : Alternative Hip-Hop/Jazz Hip-Hop

 


ラストを飾るのはこの人しかいない!! シカゴのヒップホップシーンの立役者、Mick Jenkins(ミック・ジェンキンス)。以前からジャズやソウルをクロスオーバーしたオルタナティヴ・ヒップホップを制作してきた。日本のラッパー、Daichi Yamamotoとコラボレーションしたこともある。

 

ミック・ジェンキンスは、アルバムの制作費という面でより多くの支援を受けるため、ドイツの大手レーベル、BMGとライセンス契約を結んだ。アルバムのタイトルは、制作期間を示したのではなく、この10年間、ミック・ジェンキンスが抱えてきた苛立ちのようなものを表しているという。彼はリリース当初、そのことに関してバスケットボールの比喩を用いて説明していた。

 

Patience」は旧来の『Elephant In Room』の時代のオルタネイトなヒップホップの方向性と大きな変化はありません。今作はじっくりと煮詰めていった末に完成されたという感じもある。しかし、シカゴのアンダーグランドのヒップホップシーンの性質が最も色濃く反映された作品であることは確かです。

 

ヒップホップ、モダン・ジャズとチル・ウェイブを掛け合せた「Michelin Star」、アトランタのラッパー、JIDがゲストボーカルで参加した「Smoke Break-Dance」の2曲は、アルバムの中で最も聞きやすさがある。


しかし、本作の真価は、中盤から終盤にかけて訪れる。「007」、「2004」といった痛撃なライム、リリックにある。ジェンキンスのラッパーとして最もドープと称するべき瞬間は、「Pasta」に表れる。この曲はおそらく、シカゴのDefceeに対するオマージュのような意味が込められているのかもしれない。さらにきわめつけは、スポークンワードというよりも、つぶやきの形で終わる「Mop」を聴いた時、深く心を揺らぶられるものがありました。

 

 

Best Track  「Michelin Star」



Part.1はこちらからお読み下さい。
 
Part.2はこちら

 Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” 

 

 



・Part 2 ーー移民がもたらす新しい音楽ーー


近年、ジャンルがどんどんと細分化し、さらに先鋭化していく中で、ミュージシャンの方も自分たちがどのジャンルの音楽をやるのかを決定するのはとても難しいことであると思われます。

 

あるグループは、20世紀はじめのブロードウェイのミュージカルやジャズのようなクラシックな音楽を吸収したかと思えば、それとは別に2000年代以降のユース・カルチャーの影響を取り入れる一派もいる。

 

およそ無数の選択肢が用意される中で、Bonoboのサイモン・グリーンも話すように、「どの音を選ぶのかに頭脳を使わなければならない」というのは事実のようです。多様性が深まる中で、移民という外的な存在が、その土地の音楽に新たな息吹やカルチャーをもたらすことがある。最初に紹介するカナダのドリームポップ/シューゲイズの新星、Bodywashのボーカルは実は日本人の血を引いており、彼はカナダでのビザが役所の誤った手続きにより許可されず、住民の権利が認可されなかったという苦悩にまつわる経験を、デビュー・アルバムの中で見事に活かしています。

 

さらに、Matadorから登場したロンドンのトリオ、Bar Italiaのメンバーも公にはしていないものの、同じように移民により構成されると思われ、三者三様のエキゾチズムがローファイなインディーロックの中に個性的に取り入れられています。さらに、ニューヨークのシンガー、Mitskiも日本出身の移民でもある。その土地の固有の音楽ではなく、様々な国の文化を取り入れた音楽、それは今後の世界的なミュージック・シーンの一角を担っていくものと思われます。

 

 

・Part 2  - New Music Brought by Immigrants-



As genres have become more and more fragmented and even more radical in recent years, it can be very difficult for musicians to decide which genre of music they are going to play.

One group may have absorbed classical music such as Broadway musicals and jazz from the early 20th century, while another faction has embraced the influences of youth culture from the 2000s onward.

With approximately countless options available, it seems true that, as Simon Green of Bonobo also speaks, "you have to use your brain to choose which sound to choose". As diversity deepens, the external presence of immigrants can bring new life and culture to local music. The vocalist of the first new Canadian dream-pop/shoegaze star, Bodywash, is actually of Japanese descent, and he makes excellent use of the experience of his anguish over a Canadian work visa whose residents' rights were not approved due to a mishandling by the authorities on his debut album. The album is a great example of the artist's ability to use his own experiences to his advantage.


In addition, the members of Bar Italia, a London trio that appeared on Matador, are also thought to be composed of immigrants as well, although they have not publicly announced it, and the exoticism of all three is uniquely incorporated into their lo-fi indie rock music. Furthermore, New York singer Mitski is also an immigrant from Japan. Music that is not indigenous to a particular region, but incorporates the cultures of various countries, is expected to become a part of the global music scene in the future.(MT- D)



 Bodywash 『I Held The Shape While I Could』



Label: Light Organ

Release: 2023/4/14

Genre: Dream Pop/ Shoegaze /Experimental Pop

 

 

今年、登場したドリーム・ポップ/シューゲイズバンドとして注目したいのが、カナダのデュオ、Bodywash。シンセサイザーと歪んだギター組みあわせ、独創的なアルバム『I Held The Shape While I Could』制作した。デュオは収録曲ごとに、メインボーカルを入れ替え、その役割ごとに作風を変化させている。

 

シューゲイズのアンセムとしては「Massif Central」がクールな雰囲気を擁する。その他にも、アンビエントやエクスペリメンタルポップが収録されている。アルバムの終盤では、「Ascents」や「No Repair」といったオルタナティヴロックの枠組みにとらわれない、新鮮なアプローチを図っている。 

 

 

 Best Track「Massif Central」



Best Track 「No Repair」




Hannah Jadagu 『Aperture』

 

 

Label: Sub Pop

Release: 2023/5/19

Genre: Indie Rock



Hannah Jadagu(ハンナ・ジャダグ)は、テキサス出身、現在はニューヨークに活動拠点を移している。

 

アーティストはパーカッション奏者として学生時代に音楽に没頭するようになった。以後、最初のEPをiphone7を中心にレコーディングしている。今作でレベルアップを図るため、Sub Popと契約を交わし、海外でのレコーディングに挑戦した。Hannha Jadaguは、彼女自身が敬愛するSnail Mail、Clairoを始めとする現行のインディーロックとベッドルームポップの中間にある、軽やかな音楽性をデビューアルバムで体現させている。

 

『Aperture』はマックス・ロベール・ベイビーをプロデューサーに招いて制作された。アルバムを通じてアーティストが表現しようとしたのは、教会というテーマ、そしてハンナ・ジャダグが尊敬する姉のことについてだった。

 

「Say It Now」、「Six Months」、「What You Did It」を中心とするインディーロック・バンガー、正反対にR&Bのメロウな音楽性を反映させた「Warning Sign」に体現されている。アルバムのリリース後、アメリカツアーを敢行した。インディー・ロックのニューライザーに目される。「Say It Now」では、「Ikiteru Shake Your Time」という日本語の歌詞が取り入れられている。

 

 

Best Track  「Say It Now」


 



Bar Italia  『Tracy Denim』

 

 

Label: Matador

Release: 2023/5/22

Genre: Indie Rock



当初、Bar Italiaは、ローファイ、ドリーム・ポップ、シューゲイザーを組み合わせた独特な音楽性で密かに音楽ファンの注目を集めてきた。Matadorから発表された『Tracy Denim』は、ロンドンのトリオの出世作であり、音楽性に関してもバリエーションを増すようになってきている。


現在は、その限りではないものの、当初、Bar Italiaは、「カルト的」とも「秘密主義」とも称されることがあった。『Tracy Denim』はトリオのミステリアスな音楽性の一端に触れることが出来る。最初期のローファイな作風を反映させた「Nurse」、トリオがメインボーカルを入れ替えて歌うパンキッシュな音楽性を押し出した「punkt」、Nirvanaのグランジ性を継承した「Friends」等、いかにもロンドンのカルチャーの多彩さを伺わせる音楽性を楽しむことができる。

 

アルバムのプロデューサーには、ビョークの作品等で知られるマルタ・サローニが抜擢。バンドは、Matadorからのデビュー作のリリース後、レーベルの第二作『The Twits』(Review)を立て続けに発表し、さらにエネルギッシュな作風へと転じている。今後の活躍が非常に楽しみなバンド。         

 

 Best Track 「punkt」





Gia Margaret 『Romantic Piano』

 


Label: jagujaguwar

Release: 2023/5/26

Genre: Modern Classical/ Post Calssical/ Pop

 

 

シカゴのピアニスト、マルチ奏者、ボーカリスト、Gia Margaret(ジア・マーガレット)の最新アルバム『Romantic Paino』は、静けさと祈りに充ちたアルバム。ピアノの記譜を元にして、閃きとインスピレーション溢れる12曲を収録。過去のツアーでの声が出なくなった経験を元にし、書かれた前作と異なり、単に治癒の過程を描いたアルバムとは決めつけられないものがある。

 

アルバムの冒頭を飾る「Hinoki Woods」を筆頭に、シンセサイザーとピアノを組みわせ、ミニマリズムに根ざした実験的な作風に挑んでいる。しかしピアノの小品を中心とするこのアルバムには、何らかの癒やしがあるのは事実で、同時に「Juno」に象徴されるように瞑想的な響きを持ち合わせている。

 

「Strech」は、現代のポスト・クラシカル/モダンクラシカルの名曲である。他にもギターの音響をアンビエント的に処理した「Guitar Piece」もロマンチックで、ヨーロピアンな響きを擁する。ボーカル・トラックに挑戦した「City Song」は果たしてシカゴをモチーフにしたものなのか。アンニュイな響きに加え、涙を誘うような哀感に満ちている。静けさと瞑想性、それがこのアルバムの最大の魅力であり、とりもなおさず現在のアーティストの魅力と言えるかもしれない。

 

 

Best Track 「City Song」

 

 


Killer Mike 『MICHAEL』

 

 


Label: Loma Vista

Release:2023/6/16

Genre: Hip Hop / R&B

 

ヒップホップのカルチャーの歴史、現在のこのジャンルの課題を良く知るキラー・マイクにとって、『MICHAEL』の制作に取り掛かることは、音楽を作る事以上の意味があったのかもしれない。つまり、近年、法廷沙汰となっているこのジャンルの芸術性を再確認しようという意図が込められていた。そしてヒップホップに纏わる悪評の世間的な誤解を解こうという切なる思いが込められていた。それはブラック・カルチャーの負の側面を解消しようという試みでもあったのです。

 

キラー・マイクは、結局、かつては友人であった人々が法廷に引っ張られていくのを見過ごすわけにはいかなかった。そこで彼は、ヒップホップそのものが悪であるという先入観をこの作品で取り払おうと努めている。また、キラー・マイクはブラックカルチャーの深層の領域にある音楽をラップに取り入れようとしている。このアルバムを通じて、マイクはゴスペル、R&Bへの弛まぬ敬愛を示しており、ブラック・カルチャーの肯定的な側面をフィーチャーしている。

 

取り分け、このアルバムがベストリストにふさわしいと思うのは、彼が亡くなった親族への哀悼の意を示していること。タイトル曲の録音で、レコーディングのブースに入ろうとするとき、キラー・マイクの目には涙が浮かんでいた。彼はブースに入る直前、様々な母の姿を思い浮かべ、それをラップとして表現しようとした。ヒップホップは必ずしも悪徳なのではなくて、それとは正反対に良い側面も擁している。キラー・マイクの最新作『MICHAEL』はあらためて、そういったことを教えてくれるはず。アーティスト自身が言うように、芸術形態ではないと見做されがちなこのジャンルが、立派なリベラルアーツの一つということもまた事実なのである。

 

 

Best Track  「Motherless」

 

 

 

 

McKinly Dixson 『Beloved!Paradise! Jazz!?』

 

 

Label: City Slang

Release: 2023/6/2

Genre:Hip Hop/ Jazz

 

 

City Slangから発売された『Beloved!Paradise! Jazz!?』の制作は、アトランタ/シカゴのラッパー、マッキンリー・ディクソンが、母の部屋で、トニ・モリスンの小説『Jazz』を発見し、それを読んだことに端を発する。

 

おそらく、トニ・モリスンの小説は、女性の人権、及び、黒人の社会的な地位が低い時代に書かれたため、現在同じことを書くよりも、はるかに勇気を必要とする文学であったのかもしれない。私自身は読んだことはありませんが、内容は過激な部分も含まれている。しかしマッキンリー・ディクソンは、必ずしも、モニスンの文学性から過激さだけを読み取るのではなく、その中に隠された愛を読み取った。もっと言えば、既に愛されていることに気がついたのだった。

 

マッキンリー・ディクソンの評論家顔負けの鋭く深い読みは、実際、このアルバムに重要な骨格を与え、精神的な核心を付加している。

 

音楽的には、ドリル、ジャズ、R&Bという3つの主要な音楽性を基調とし、晴れやかなラップを披露したかと思えば、それとは正反対に、エクストリームな感覚を擁するギャングスタ・ラップをアグレッシブかつエネルギッシュに披露する。アトランタという街の気風によるのでしょうか、ヒスパニック系の音楽文化も反映されており、これが南米的な空気感を付加している。

 

『Beloved!Paradise! Jazz!?』では、若いラップアーティストらしい才気煥発なエネルギーに満ち溢れたトラックが際立っています。新時代のラップのアンセム「Run Run Run」(bluをフィーチャーした別バージョンもあり)のドライブ感も心地よく、「Tylar, Forever」でのアクション映画を思わせるイントロから劇的なドリルへと移行していく瞬間もハイライトとなりえる。ジャズの影響を反映させた曲や、エグみのある曲も収録されているが、救いがあると思うのは、最後の曲で、ジャズやゴスペルの影響を反映させ、晴れやかな雰囲気でアルバムを締めくくっていること。もしかするとこれは、キラー・マイクに対する若いアーティストからの同時的な返答ともいえるのでは。

 

 

Best Track 「Run, Run, Run」

 

 

 

 M.Ward 『Supernatural Thing』 

 

Label: ANTI

Release:2023/6/23

Genre: Rock/Pop/Folk/Jazz

 


シンガーソングライターとして潤沢な経験を持つM.Ward。本作の発表後、ウォードはノラ・ジョーンズとのデュエット曲も発表した。

 

『Supernatural Thing』の制作は、M.Wardがふと疑問に思ったこと、ラジオの無線そのものが別世界に通じているのではないか、というミステリアスな発想に基づいている。実際、パンデミックの時期にM.Wardは、よくラジオを聴いていたそうですが、そういった目まぐるしく移ろう現代の時代背景の中で、人生の普遍的な宝物が何かを探求したアルバムと呼べるかもしれない。

 

アルバムには、アーティストのオリジナル曲とカバーソングが併録されている。音楽的には、Elvis Presleyの時代の古典的なロックンロール、パワー・ポップ、ジャングル・ポップ、コンテンポラリー・フォーク、ブルース・ロック、スタンダード・ジャズを始めとするノスタルジックなアプローチが図られている。しかし、それほど新しい音楽でないにも関わらず、このアルバムを良作たらしめているのは、ひとえにM.Wardのソングライティング能力の高さにあり、それがアーティストの人生を音楽という形を介してリアルに反映されているがゆえ。

 

本作のもう一つの魅力は、スウェーデンの双子のフォーク・デュオ、FIrst Aid Kitの参加にある。実際、アルバムに収録されているデュエット曲「Too Young To Die」、「engine 5」は、M. Wardのブルージーな音楽性に爽やかさや切なさという別の感覚を付与する。その他にも、アーティストが夢の中で、ロックの王様こと「エルヴィス」に出会い、「君はどこへだっていける」とお告げをもらう、ロックンロール・アンセム「Supernatural Thing」も珠玉のトラック。

 


Best Track 「Supernatural Thing」

 

 

Best Track 「engine 5」

   

 

 

 

 Oscar Lang  『Look Now』



Label: Dirty Hit

Release: 2023/7/2

Genre: Pop/Indie Rock/Alternative Rock

 


11歳で作曲を始めた(6歳くらいからピアノで曲を作っていたという説もある)マルチ・インストゥルメンタリストのオスカー・ラングは、2016年頃に楽曲を発表し始めた。高校在学中に、Pig名義で『TeenageHurt』や『Silk』のプロジェクトを発表し、実験的なポップと孤独の青春クロニクルで多数のファンを獲得した。2017年、ベッドルーム・ポップの新鋭、BeabadoobeeとのKaren Oの「The Moon Song」のカヴァーは、バイラル・ヒットとなり、数百万ストリーミングを記録し、2019年までに両アーティストはロンドンのレーベル、Dirty Hitと契約した。

 

『Look Now』は、オスカー・ラングが体験した幼馴染の恋人の別れの経験を元に書かれた。ギターロック色が強かったデビュー作とは対象的に、ビリー・ジョエル等の古典的なポップスから、リチャード・アッシュクロフトのVerveを始めとするブリット・ポップへの傾倒がうかがえる。

 

幼い頃に亡くなった母との記憶について歌われた「On God」の敬虔なるポップスの魅力も当然のことながら、バラードに対するアーティストの敬愛が全編に温かなアトモスフィアを形作り、ソングライターとしての着実な成長が感じられる快作となっている。「Leave Me Alone」、「Take Me Apart」、「One Foot First」等、聴かせるロックソングが多数収録されている。



Best Track「One Foot First」

 

 

 

 

Far Caspian   『The Last Remaining Light』-Album Of The Year 



 

 


 Label: Tiny Library

Release: 2023/7/28

Genre: Alternative Rock/Lo-Fi

 


リーズのJoseph Johnston(ダニエル・ジョンストン)は、デビューEPのリリース後、3年を掛けて最初のフルレングスの制作に取り掛かった。2021年にファースト・アルバム『Ways To Get Out」を発表後、ジョセフ・ジョンストンの持病が一時的に悪化した。このツアーの時期の困難な体験は、日本建築に対する興味を込めた「Pet Architect」に表れている。ジョンストンは、日本の狭い道に多くの建物が立て込んでいるイメージに強く触発を受けたと語る。

 

アルバムの制作中に、ジョセフ・ジョンストンはブライアン・イーノの『Discreet Music』を聴いていた。タイトルはTalking Headsの名作アルバム『Remain In Light』に因むと思われる。

 

『The Last Remaining Light』はオルタナティヴ・ロックの範疇にあるアルバムではありながら、ギターサウンド、ドラムのミックスに、ミュージック・コンクレートの影響が反映されている。本作は一時的な間借りのスタジオで録音され、音源を「タスカム244」の4トラックに送った後、それをテープ・サチュレーションで破壊し、最終的にLogicStudioに落としこんだという。

 

「デビュー・アルバムのミックスをレーベルに提出した翌日から、すぐ二作目のアルバムの制作に取り組んだ」とジョンストンは説明する。「ファースト・アルバムを完成させるのに精一杯で疲れきっていた。でも、アルバムが完成したとき、次の作品に取りかかり、失敗から学ぼうという気持ちになった。長いデビュー作を作った後、10曲40分のアルバムを書きたいとすぐに思った」

 

アルバム全体には荒削りなローファイの雰囲気が漂う。さらに、Rideへのオマージュを使用したり、American Footballのようなエモ的な質感を追加している。特にドラムの録音とギターの多重録音には、レコーディング技術の革新性が示唆される。本作の音楽性は、懐古的な空気感もあるが、他方、現代的なプロダクションが図られている。オルタナティヴ・ロックの隠れた名盤。

 

 

Best Track「Cyril」

 

 

 

 

 No Name 『Sundial』


Label: AWAL

Release; 2023/8/11

Genre: Hip Hop/R&B

 


シカゴのシンガー、No Nameは実際、良い歌手であることに変わりはないでしょうし、このアルバムも深みがあるかどうかは別としてなかなかの快作。

 

2021年にローリング・ストーン誌に対して解き明かされた新作アルバム『Sundial』の構想や計画をみると、過激なアルバムであるように感じるリスナーもいるかもしれないが、実際は、トロピカルの雰囲気を織り交ぜた取っ付きやすいヒップホップ・アルバムとなっている。多くの収録曲は、イタロのバレアリックで聴かれるリゾート地のパーティーで鳴り響くサマー・チルを基調にしたダンス・ミュージック、サザン・ヒップホップの系譜にあるトラップ、それから、ゴスペルのチョップ/サンプリングを交えた、センス抜群のラップ・ミュージックが展開されている。


少なくとも本作は、モダンなヒップホップを期待して聴くアルバムではないけれど、他方では、ヒップホップの普遍的なエンターテイメント性を提示しようとしているようにも感じられる。良い作品なので、アルバムジャケットを変更し、再発を希望します。

 

 

Best Track 「boomboom(feat. Ayoni」

 

 

 

 

Olivia Rodrigo 『GUTS』

 


Label: Geffen 

Release: 2023/9/15

Genre: Alternative Rock/Punk/Pop



米国の名門レーベル、ゲフィンから発売されたオリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は主要誌、Rolling Stone、NMEで五つ星を獲得したものの、独立サイト系は軒並み渋めの評価が下された。


しかし、それもまた一つの指標や価値観に過ぎないだろう。オルタナティヴ・ロックという観点から見ると、少なくとも標準以上のアルバムであることがわかる。オリヴィア・ロドリゴは、アルバムの制作時、ジャック・ホワイトにアドバイスを求め、若いアーティストとして珍しく真摯に自作の音楽に向き合った。「Snail Mail、Sleater-Kinney、Joni Mitchell、Beyoncé、No DoubtのReturn Of Saturn、Sweetなど、お気に入りの曲を記者に列挙しており、「今日は『Ballroom Blitz』を10回も聴いた。なぜかは全然わからない」とNew York Timesに話している。

 

『Guts』では、ベッドルームポップの要素に加え、インディーロック、グランジ、ポップ・パンクの要素を自在に散りばめて、ロックのニュートレンドを開拓している。特に、現在の米国のロックアーティストとしては珍しく、アメリカン・ロックを下地に置いており、ティーンネイジャー的な概念がシンプルに取り入れられていることも、本作の強みのひとつ。ときに商業映画のようにチープさもあるが、一方で、アーティストは、その年代でしかできないことをやっていることがほんとうに素晴らしい。これが本作に、全編に爽快味のようなものを付加している。

 

それほど洋楽ロックに詳しくない若いリスナーにとって、オリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は、入門編として最適であり、ロックの魅力の一端を掴むのに最上のアルバムとなるはずだ。このアルバムを聴いて、Green Dayの『Dookie』を聴いてみても良いだろうし、Nirvanaの『Nevermind』を聴いても良いかもしれない。その後には、素晴らしき無限の道のりが続いている!?

 

 

Best Track 「ballad of a homeshooled girl」

 

 

 

 

 Mitski 『The Land Is Inhospitable and So Are We』-Album Of The Year

 

 

Label: Dead Oceans

Release: 2023/9/15

Genre; Pop/Rock/Folk/Country

 

 

三重県出身、ニューヨークのシンガーソングライター、Mitski(ミツキ)の7作目のアルバム『The Land Is Inhospitable and So Are We』は、前作『Laurel Hell』のシンセ・ポップを主体としてアプローチとは対象的に、オーケストラの録音を導入し、シネマティックなポップ・ミュージックへと歩みを進めた。歌手としての成長を表し、たゆまぬ前進の過程を描いた珠玉のアルバム。


「最もアメリカ的なアルバム」とミツキが回想する本作は、フォーク/カントリーを始めとするアメリカーナの影響を取り入れ、それらを歌手のポピュラーセンスと見事に合致させた。オーケストラとの生のレコーディングという形に専念したことは、実際、アルバムにライブレコーディングのような精細感をもたらしている。それを最終的にミックスという形で支えるプロデューサーの手腕も称賛するよりほかなく、ミツキのソングライティングや歌に迫力をもたらしている。

 

現時点では、「My Love Mine All Mine」がストリーミング再生数として好調。この曲は、今は亡き”大瀧詠一(はっぴーえんど)”のソングライティングを想起させるものがある。クリスマスに聞きたくなるラブソングで、ミツキの新しいライブレパートリーの定番が加わった瞬間だ。

 

他にも、全般的にポピュラー・ミュージックとして聴き応えのある曲が目白押し。フォーク、ゴスペルの融合を試みた「Bug Like An Angel」、ミュージカル、映画のようなダイナミックなサウンドスケープを描く「Heaven」、歌手自身が敬愛する”中島みゆき”の切なさ、そして、歌手としての唯一無二の存在感が表れた「Star」等、アルバムの全編に泣ける甘〜いメロディーが満載である。このアルバムの発売後、Clairoが「My Love Mine All Mine」をカバーしていた。


 

Best Track 「My Love Mine All Mine」

 

 

 Best Track「Star」

 

 

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