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 Album Of The Year 2024  


 

Vol.3   独立化に向けたミュージックシーンの動き  

 

今年、もう一つの動向として顕著だったのが、それまで主要なレーベルから作品の発表をしていたミュージシャンやバンドによる独立化の動きです。その代表例が、ジャック・アントノフの新作のリリースでした。おそらく、大手レーベルからアルバムを出すことも可能であったと思いますが、ダーティ・ヒットの傘下に自主レーベルを設立し、デビュー作を発表しました。この事例は完全な独立形態とは言えませんが、アーティストがやりたいことを重視するというのが主たる理由でしょう。それはもしかすると、商業的な成功では得がたい資産なのかもしれませんね。


最も多い傾向が、相応に知名度のあるレーベルに所属し、何年かリリースを重ね、宣伝やマーケティング、録音のエンジニアリングなどのノウハウを学んだ後、独立的なレーベルや自主制作に移行するという形です。また、その動向のなかには、インディペンデントな形態での楽曲の配信も含まれています。


次のトレンドは、ミュージシャンの独立化に向けた動きであり、レーベルの起業やファウンドがトレンド的な流れとなりそうな予感もある。もしかすると、その中にはファッション・ブランド等、異なる業種の分野でのファウンドという可能性もあるかもしれません。少なくとも、独立化の動きは、商業的に左右されずに音楽を発表したいという、ミュージシャンの切望があらわれた形でしょう。実際的に、納期にまつわる制約が緩くなる場合があり、メリットもあるようです。こういった独立レーベルや自主制作を網羅するような媒体が増えると面白いかもしれません。

  

ただ、推奨したいのは、無計画に独立形態でやるのではなく、臨機応変に状況に対応し、戦略を展開させるべきでしょう。例えば、それ以前には、レーベルに所属し、プロモーターやA&Rなどのプロフェッショナルなノウハウを学習するというプロセスもどこかで必要になってきます。そしてそれが、最終的には社会的な還元や経済的な循環という形で寄与されるのが最も理想的でしょう。こういったインディペンデント化の一連の動きは、今後さらに活発になる可能性もあります。それこそが音楽業界の権利の均等化への道筋を作るための目印ともなりそうです。

 

音楽業界は確かに他の主要な産業に比べると小規模ではありますが、依然として大きな市場を誇っています。最近は、ライブツアーに関して、ヨーロッパ圏を中心に大きな市場が形作られつつあり、イギリスやアメリカのアーティストはこの地域に注力している。つまり、どこに可能性を見出すかによって、その結果はまったく変化してくるでしょう。僭越ではありますが、以上が今年数々のリリースやニュースを見てきた上での本サイトのシーズンのレビューとなります。

 

 

  

35. Bleachers 『Bleachers』



Label: Dirty Hit 

Release: 2024年3月8日

 

ニュージャージーが生んだ稀代のプロデューサー、テイラー・スウィフトの作品も手掛けるジャック・アントノフのバンド形式によるアルバム。プロ・ミュージシャンの頂点を知るミュージシャンは、むしろ若い時代のインディーロック・バンドのような新鮮さをこのデビュー作『Bleachers』で追求しています。ブリーチャーズのサウンドの礎となったのは、ヨットロック、AOR、ソフィスティ・ポップといった80年代のMTV全盛期の商業音楽である。そして、彼はブルース・スプリングスティーン以降のUSロックの魅力を誰よりも知り尽くしています。

 

誰しもときどき、何のために音楽をやり始めたのかを忘れてしまうときがある。アントノフはその初心を今作で取り戻した。シンセ・ポップ風のサウンドで始まるこのアルバムは、サックスの軽快な演奏を交えたロックソング「Modern Girl」へと繋がる。まるで音楽を最初に始めたときの初々しさ、楽しさ、音を奏でる純粋な喜び、そういった美しい感覚に満ちあふれています。

 

グラミーで頂点に立ったエンジニアとは異なる純粋な音楽ファン、そして演奏者としての姿を捉えたブリーチャーズのデビュー・アルバムは、米国の黄金時代のように輝かしさをどこかにとどめています。またDirty Hitらしいライトな質感を持つバラードソングも今作の最大の魅力です。

 

 「Modern Girl」

 

 

 

36.Sam Evian 『Plange』



 

Label: Flying Cloud/Thirty Tigers

Release: 2024年3月22日

 

今年、サム・エヴィアンは、新作アルバム『Plange』を発表した。本作はインディーロックの隠れた名盤と言えるでしょう。女性シンガーソングライターを中心にリバイバルサウンドが流行っているますが、エヴィアンのサウンドは、それらを男性的な視点から見据えています。アルバムはニューヨークの山間部であるキャッツキルで録音され、スフィアン・スティーヴンス、エイドリアン・エンカー、Palehoundのエル・ケンプナーなど、米国の象徴的なモダンフォーク/インディーロックミュージシャンが参加。サム・エヴィアンのビンテージロックに対する憧憬は、歌手自身の甘くマイルドなボーカルと相まって、うっとりとしたロックワールドを展開していく。

 

The Byrds、Beatlesの系譜にあるスタイリッシュなロックソングは、聞き手を懐かしきアメリカンロックの魅惑的な空間へと誘う。「Wild Days」、「Jacket」も秀逸なビンテージロックで渋くてかっこ良いが、「Runaway」のフォークサウンドも捨てがたい。最後に収録されている「Stay」は、今年のインディーロックソングの中ではベスト。ノスタルジックで牧歌的、そして、甘くて切ないアメリカーナのロックナンバー。Real Estateのファンにもおすすめしたい。



「Stay」

 

 

 

37.Real Estate 『Daniel』

 


Label: Domino

Release: 2024年2月23日



今年、Real Estateはニューヨークでイベントを開催し、「Daniel」という名前の入場者を集めたスペシャルライブを開催した。次いで来日公演を行い、いよいよ海外的にも人気を獲得していきそうです。

 

リアル・エステイトのロックサウンドは2010年代のニューヨークのベースメントのインディーロックシーンと呼応する形でビンテージロックをモダンなサウンドとして解釈するということにある。ドミノから発売された最新作『Daniel』でも五人組のコンセプトに変更はありません。心地よく爽やかなインディーロックサウンドは、時代を越えた普遍的な響きに縁取られています。

 

フォークサウンドとインディーロックを融合したスタイルは健在で、「Haunted World」、「Water underground」、「Flowers」、「Say No More」など聴かせる曲が多い。やはりさわやか。



「Say No More」

 

 

38. Middle Kids 『Faith Crisis Pt.1』

 


 Label: Lucky Number(Middle Kids)

Release: 2024年2月16日

 

オーストラリア国内では大きな支持を獲得している三人組のインディーロックバンド、Middle Kids。どうやら彼らの最大の魅力はライブにあるようで、スタジオ録音だけですべては語り切れないかもしれない。ライブはかなり盛り上がるらしい。

 

ミドル・キッズのサウンドには大きな期待値を感じさせる。ロック・バンドとは言えども、ダンス・ポップやオルトポップサウンドを絡めることもあり、色々な聴き方が出来る。最新作『Faith Crisis Pt.1』は個人的な危機について歌われており、また、今後、連作となる可能性もあるという。メルボルンやクライストチャーチのグループと連動するような形でベッドルームポップに触発されたオルトロック/オルトポップとして楽しむことが出来るかもしれません。

 

とくに感銘を受けたのが「The Blessing」という曲で、バンドにとっての象徴的なナンバーとも言えるかもしれない。他にも「Bootleg Firecracker」、「Highlands」など良曲がもりだくさん。ライブ盤『Triple J』も9月27日に発売されている。ぜひ大きな活躍をしてほしいです。

 


「The Blessing」

 



39.Demian Dorelli  『A Romance Of Many Dimentions』

 


 

Label: Ponderosa Music

Release: 2024年4月19日



イタリア人のファッション写真家、そして、英国人のバレエダンサーを両親に持つピアニスト、Demian Dorelli(デミアン・ドレッリ)は、ニック・ドレイクに触発を受けたアルバムを発表している。2023年のアルバム『My Window』に続く最新作『A Romance Of Many Dimentions』は、Max Richter(マックス・リヒター)の系譜にある美しく叙情的なピアノ・アルバムとなっている。表題の意味は”異なる次元にあるロマンス”です。


本作の表題は、1884年に発表されたエドウィン・A・アボットの小説『Flatland』にインスパイアされたという。アルバムに収録される完結で深みのある8つのトラックは、小説の副題である「多次元的な愛の物語 」によって喚起される感情さえも自由に探求する道筋を示している。

 

このアルバムは、心をかき乱されそうになったとき、ぜひとも手元においておきたい。近年のモダン・クラシカルやポスト・クラシカルは、プロデュース的に手の込んだ作品が目立つが、一方、ドレッリの新譜は、演奏者の演奏の流れを堰き止めたりせず、スムースな音楽性を楽しむことが出来る。基本的には、ピアノの演奏とチェロとの室内楽のようなアルバムになっている。デミアン・ドレッリの芸術的なセンスは、イタリアンバロックの時代から引き継がれたものだが、一方、フレンチ・ホルンを導入し、英国的な情緒に敬意を表することも忘れていない。

 

ひらめきのあるピアノのパッセージから繰り広げられる巧みな曲構成は、まさに演奏家/作曲家としてのイマジネーションを余すところなく凝縮させたと言えるだろう。「Houses」、「Universal Colour Bill」、「Thoughtland」といった楽曲は、まさしく彼が、同国のポスト・クラシカルシーンの名手であるマックス・リヒターの継承的な存在であることを伺わせる。”聴く度になにか新しい発見がある”という点では、制作者のコメント「1884年にエドウィン・A・アボットが小説『FLATLAND』を発表したように、さっきまであなたがいた次元とは違う次元を紹介できるよう頑張りたい」という言葉は、このアルバムの紹介にぴったりだと思う。



「Universal Colour Bill」

 

 

40.Lightning Bug 『No Paradise』

 


Label: Lightning Bug

Release: 2024年5月2日

 

前作までのインディーフォークをベースにしたアルバムが来るかと思っていたら、大きく予想を裏切られた。このアルバムでライトニング・バグは、旧来にない多彩な音楽的なアプローチを見せている。インディーフォークからポストロックに至るまで、従来にはない実験的な試みが取り入れられている。他の予測はほとんど外れたが、先行シングルを聴いたときに感じた映画的なサウンドというのは、どうやら当たっていたらしく、それがこの最新作の面白さともなっています。

 

アルバム全体における流れのようなものを強く意識しているらしく、特に、アルバムの中盤以降、「Lullaby For Love」から「I Feel」は連曲に近い構成となっています。一曲目「On Paradise」と最後のトラック「No Paradise」は対の楽曲であり、「Opus」、「December Songs」 も連曲の構成になっている。インスピレーションとソングライティングのセンスが素晴らしく、アルバムの序盤の収録曲「The Withering」を聞けば、そのことは一目瞭然かもしれない。話を聴いたかぎりでは、そういったインスピレーションを大切にしているということです。

 

当初、ライトニング・バグは静かで癒やし溢れるオルトフォークを主な特徴としていたが、「エッジの聴いたサウンド」、そして、「納期を気にせず制作に取り組めた」という制作者のコメントは、音楽全般の作り込みや洗練度の中に反映されている。弦楽器のアレンジなども入り、作風は豪華になっていることが分かる。制作の発端となったという「バイク旅」の話については、おそらく「Withering」、「I Feel」といった楽曲に反映されていると思われます。ソングライターは、ベス・ギボンズを敬愛しているらしく、アートポップを反映させた曲も少なくない。即効性のある曲も良いけれども、やはり「December Song」がベストトラックであると思います。


 

 「December Song」

 

 

 

41.  King Hannah  『Big Swimmer』



Label: City Slang

Release: 2024年5月31日


リバプールのインディーロックデュオ、King Hannah(キング・ハンナ)は今年、シティ・スラングから『Big Swimmer』を発表した。4ADのバンド、Dry Cleaningを彷彿をさせるスポークンワードのボーカルと、VU、Yo La Tengoの影響下にあるローファイなギターロック、アメリカーナに触発されたゆったりしたフォークロックが一つの特徴となっている。終盤の収録曲「This Wasn't International」にはシャロン・ヴァン・エッテンがボーカルで参加している。

 

今作は、デュオが制作の前年にアメリカツアーを行ったときの経験を基に制作された。アルバムの中にはキラリと光るセンスが偏在し、「New York Let's Do Nothing」等のハイライト曲に反映されています。また、実力派のバラードソング「Suddenly Your Hand」はじっくり聴かせる。ロックバンドとしてのきらめきは、アメリカツアーの思い出を綴った中盤の収録曲「Somewhere Near El Paso」に見いだせます。サイレントで冷ややかな展開から、中盤のギターソロ、ラウドで熱情的なハードロックへと移行する曲のクライマックスは圧巻とも言える。



「Suddenly Your Hand」


 

42.Bonnie Light Horseman 『Keep Me On Your Mind/ See You Free』




Label: jagujaguwar 

Release: 2024年6月7日


「これぞUSフォークサウンド!!」といいたくなるのが、Bonnie Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)の最新作『Keep Me On Your Mind/ See You Free』。本作は二枚組の構成となっていて、20曲が収録されています。バンドはすでにグラミー賞にノミネート経験があり彼らの熟練のサウンドは一聴の価値あり。フォーク・ミュージックが近年、他のジャンルと融合する中で真実味を失いかけている中、ボニー・ライトホースマンはソウル、ジャズの音楽性を取り巻くように、奥深いフォークミュージックの世界をリスナーに提供しています。

 

特に、「Keep On You Mind」では、オルガンをベースにゴスペル風の見事なコーラスワークで始まり、うっとりさせる。また、アコースティックギターをベースにした本格派のカントリーソング「I Know You Know」を始め、デュエット形式の本格的なアメリカーナを楽しむことが出来ます。また、ジャズ風のバラードも収録されており、「When I Was Younger」は彼らの代名詞とも言えるナンバーである。その他にも、バンジョーを使用した爽快なフォーク・カントリーソング「Hare And Hound」なども明るい雰囲気に充ちていて素晴らしい。また、アルバムの終盤に収録されている「Over The Pass」も気持ちが明るくなるような爽快感がある。


本作は、アメリカーナやフォーク/カントリーソングの魅力を掴むのに最適なアルバムと言えます。

 

 「I Know You Know」

 

 

43.Charli XCX 『brat』 


Label: Atlantic

Release: 2024年6月7日

 

サブリナ・カーペンターと並んで、2024年を象徴付けるアルバム『Brat』は前作『Crash』で見せたハイパーポップのアプローチから一転、チャーリーはコアなダンスミュージックへと基軸を進めたことに少し驚いた。実際的に聴き応えのあるダンス・ナンバーがずらりと並んでいます。

 

「360」、「365」、「Rewind」、「Apple」といったコアなダンスチューン、ソングライターとしての成長の過程を捉えられる収録曲もある。オートチューンを用いたハイパーポップとバラードの融合「I Might Say Something Stupid」、「Talk Talk」など話題のトラックが満載。商業性とその中でどういったスペシャリティを織り交ぜられるのか、チャーリーの探求は続く。

 


「365」

 

 

 

44.Cindy Lee 『Diamond Jubilee』- Album Of The Year

 



Label: Realistik

Release: 2024年3月29日10月23日にストリーミングが開始

 

 

今年はデジタル録音の中でアナログの質感を強調させる作風が目立った。その筆頭格ともいえるのが、トロントのCindy Lee(シンディ・リー)による通算七作目のアルバム『Diamond Jubilee』。フィジカル盤は現時点では発売されていません。(2025年2月に三枚組で発売予定)

 

『Diamond Jubilee』は、各方面で「2024年のベスト・アルバム」という呼び声が高い。少なくとも一度消費して終わりというアルバムではないことは痛感出来る。ずっと聴いていると、サイケデリアの深度に呆れ、クラクラと目眩がしてくるようなミステリアスな作品。まず、32曲というボリュームに驚かされるが、内容の濃密さにも同じく圧倒される。サイケロック、モータウンサウンド、70年代のファンクロックを吸収し、ローファイな粗削りのサウンドに仕上げ、最終的にヒプノティックなポップソングのゆらめきに変わる。例えば、下記に紹介する「Flesh and Blood」では、アナログレコードの回転数の変化をBPMに取り入れています。

 

レコーディングプロセスに関しては寡聞にして存じ上げないものの、レコード時代のアナログサウンドを全般的に意識したことは明瞭ではないでしょうか。部分的に生演奏がコラージュのように縦横無尽に散りばめられるという点では、このアルバムの本質は、「リサンプリングの極北」でもある。きわめてマニアックでカルト的な作品であることは事実でありながら、タイトルにもある通り、新旧のポップソングの不朽の魅力が”ダイアモンド”のように散りばめられています。

 

こういったカルト的なアルバムが異様なるほど称賛されるのは理由があり、メインストリームの音楽に対するメディア側の本音のようなものを体現しているのかもしれません。本作は、反消費、反商業的なポップ・アルバムとして、次世代にひっそりと語り継がれる可能性がありそう。

 

 

 

  


 45. Clairo 『Charm』



Label: Virgin

Release: 2024年7月12日


2019年のデビュー作『Immunity』でロスタム・バトマングリイ、続く『Sling』でジャック・アントノフと共同制作をした後、クレイロは、エル・ミッシェルズ・アフェアのレオン・ミッシェルズと『Charm』を共同プロデュースしました。彼女は、ニューヨークの2つのスタジオ、クイーンズのダイアモンド・マインとショーカンのアレア・スタジオでライブ・レコーディングを行いました。


当初、録音された音源は、ライヴ演奏からテープへトラックダウンされ、ファンクレジェンドのシャロン・ジョーンズやザ・ブラックキーズ等と仕事をしたことがあるプロデューサーのLeon Michelsが厳密なアナログ・レコーディング手法にこだわった形で作業が進められ、完成した。

 

今作『Charm』は、クレイロにとって日本盤CDにてリリースされる初のアルバムでもある。ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)やブロッサム・ディーリー(Blossom Dearie)などの、壮大で洗練された音楽に魅了されたクレイロは、20世紀のレコーディング技術を活かし、なるべくデジタル時代の陳腐化した音にならないよう最新の注意を払いながら制作に取り組んだという。2021年に発表した『Sling』では、初めて生の楽器のサウンドを導入しましたが、今作の同じ手法を取り入れています。ホルン、木管楽器、ヴィンテージのシンセサイザーが印象を強め、同時に、リズミカルな楽曲が多い。デビュー作『Immunity』を思い出させる内容となっています。

 

デ・ラ・ソウルやドレの時代から受け継がれるターンテーブルのチョップのような技法を交えながら、ソウル、チェンバーポップ等を融合させた画期的なアルバムです。このアルバムを聴く限り、クレイロはよりプロフェッショナルなシンガーソングライターのレベルに到達しています。最早、ベッドルームポップを卒業し、次世代のSSWの象徴的な存在となりつつあるようですね。

 

 「Juna」

 



46. JPEGMAFIA 『I Lay Down My Life For You』



Label: AWAL

Release: 2024年8月1日(アルバムジャケットの別バージョン有り)


Tyler The Creator、Kendrick Lamerがオーバーグラウンドの帝王だとすれば、こちらはアンダーグラウンドの帝王。NYのアブストラクトヒップホップの頭領、JPEGMAFIAが『I Lay Down My Life For You』を携えて帰還した。本作は、盟友であるダニー・ブラウンの昨年の最新作『Quaranta』に部分的に触発を受けたような作品です。序盤ではドラムのアコースティックの録音を織り交ぜ、予測不能で独創的なアブストラクト・ヒップホップが繰り広げられます。

 

「ドープ」と呼ばれるフロウの凄みは今作でも健在。さらに音楽的なバリエーションも非常に豊富になりました。たとえば、「i scream this in the mirror-」では、ノイズやロック、メタルを織り交ぜ、80年代から受け継がれるラップのクロスオーバーも進化し続けていることを感じさせます。メタル風のギターをサンプリングで打ち込んだりしながら、JPEGMAFIAは、明らかにスラッシュ・メタルのボーカルに触発されたようなハードコアなフロウを披露する。そして、断片的には本当にハードコアパンクのようなボーカルをニュアンスに置き換えていたりする。ここでは彼のラップがなぜ「Dope」であると称されるのか、その一端に触れることができる。

 

そして、ターンテーブルの音飛びから発生したヒップホップの古典であるブレイクビーツの技法も、JPEGの手にかかるや否や、単なる音飛びという範疇を軽々と越え、サイケデリックな領域に近づく。「SIN MIEDO」は音形に細かな処理を施し、音をぶつ切りにし、聞き手を面食らわせる。ただ、これらは、Yves Tumorが試作しているのと同じく、ブレイクビーツの次にある「ポスト・ブレイクビーツの誕生」と見ても違和感がない。普通のものでは満足しないJPEGMAFIAは、珍しいものや一般的に知られていないもの、刺激的なものを表現すべく試みる。そして、音楽的には80年代のエレクトロなどを参考にし、ラップからフロウに近づき、激しいエナジーを放出させる。これは彼のライブでもお馴染みのラップのスタイルであると思う。

 
今回、JPEGMAFIAは、ダブ的な技法をブレイクビーツと結びつけている。そして、比較的ポピュラーな曲も制作している。「I'll Be Right Time」では、 背後にはEarth Wind & Fireのようなディスコファンクのサンプリングを織り交ぜ、まったりしたラップを披露する。そして、ブラウンと同様に、JPEGMAFIAのボーカルのニュアンスの変化は、玄人好みと言えるでしょう。つまり、聴いていて、安心感があり、陶然とさせるものを持ち合わせています。これは、70、80年代のモータウンのようなブラックミュージックと共鳴するところがある。何より、「vulgar display of power」のギターの切れ味が半端ではない。迫力十分のフロウを体感しよう!!

 

 

「vulgar display of power」

 

 

 47.Fucked Up 『Another Day』


Label: Fucked Up

Release: 2024年8月9日


今年は、若手のパンクバンドの新譜は大人しめな印象でした。Green Dayのほか、Offspringの新譜もリリースされた。ということで、ベテラン勢がかなり奮闘した印象があった。ひとしなみにパンクといっても、他のポスト・パンクを始めとするジャンルに吸収されつつあるため、純粋なパンクバンドというのは、年々減少傾向にある感じは否めません。トロントのファックド・アップも、Jade Tree,Matador、Mergeというように、インディーズの名門レーベルを渡り歩くなかで、年代ごとに作風を変化させてきたバンドです。全般的には、エモーショナルハードコアの印象が強いですが、エレクトロニックを交えたり、クワイアのようなコーラスを交えたりと、様々な工夫を取り入れている。すでにライブの迫力については定評がある。

 

今年、バンドは二作のアルバムをリリースしたが、それぞれ作風が若干異なっています。『Another Day』はファックド・アップとして何が出来るのかを探求したもので、一方、『Someday』では、複数のボーカリストのコラボレーターを招き、共同制作の醍醐味を追求しています。どちらのアルバムも雰囲気が異なり、楽しめると思いますが、ファックド・アップとして考えると『Another Day』を推薦しておきたい。特に、歌詞という側面で、このバンドの真骨頂を垣間見ることが出来る。無駄な言葉を削ぎ落とし、伝えたいリリックのみを伝えるというシンプルな手法は、パンクロックの命題のようなものを受け継いでいるといえるでしょう。

 

 

 

 

 48. Contour  『Take Off From Mercy』



 

Label: Mexican Summer

Release: 2024年11月1日


Contourのニューアルバム『Take Off From Mercy』は端的に言えば、ブラック・ミュージックの未来系を意味します。

 

カーリ・ルーカスは、本作において、ブラジリアン・ソウル(トロピカリア)、ボサノバ、エレクトロニック、ジャズ、ラップの要素を融合させ、新しいジャンルを予見している。サウスカロライナ州チャールストンのアーティスト、Contour (Khari Lucas)は、ラジオ、映画、ジャーナリズムなど様々な分野で活躍するソングライター/コンポーザー/プロデューサーです。


彼の現在の音楽活動は、ジャズ、ソウル、サイケロックの中間に位置するが、彼は自分自身をあらゆる音楽分野の学生と考えており、芸術家人生の中で可能な限り多くの音とテーマの領域をカバーする。彼の作品は、「自己探求、自己決定、愛と反復、孤独、ブラック・カルチャー」といったテーマを探求しています。


コンツアーの最新作『Take Off From Mercy』は文学的な気風に満ち、過去と現在、夜と昼、否定、そして、おだやかな受容の旅の記録である。カリ・ルーカスと共同エグゼクティブ・プロデューサーのオマリ・ジャズは、このアルバムを複数の拠点でレコーディングしました。チャールストン、ポートランド、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ジョージア、ロサンゼルス、ヒューストンの様々なスタジオで、Mndsgn、サラミ・ローズ・ジョー・ルイスら才能ある楽器奏者やプロデューサーたちとセッションを重ねながらアルバムを完成へと導いています。

 

コンツアーは、他のブラック・ミュージックのアーティストのように、音楽自体をアイデンティティの探求と看過しているのは事実かもしれませんが、それにベッタリと寄りかかったりしない。彼自身の人生の泉から汲み出された複数の感情の層を取り巻くように、愛、孤独、寂しさ、悲しみといった感覚の出発から、遠心力をつけて、次なる表現にたどり着き、最終的に誰もいない領域へ向かっていく。ジム・オルークのように前衛的な領域にあるジャズのスケールを吸収したギターのアヴァンギャルドな演奏は、空間に放たれ、言葉という魔法に触れると、別の物質に変化する。ヒップホップを経過したエレクトロニックの急峰となる場合もある。

 

 

 「Theresa」

 

 

 

49. Laura Marling 『Patterns In Repeat』



Label: Partisan

Release: 2024年10月25日


今年、Partisanからは注目作が数多くリリースされた。その総仕上げとなったのが本作。イギリスのシンガーソングライター、ローラ・マーリングは、前作アルバムではまだ見ぬ子供のための空想的なアルバムを制作し、「Patterns In Repeat」では、私生活を基に美しく落ち着いたポピュラーアルバムを制作しています。聴いていると、心温まるようなアルバムとなっています。

 

アコースティックギターを元にした穏やかな曲が中心となっている。アンティークなピアノ曲「No One’s Gonna Love You Like I Can」。この曲は、冒頭の曲と合わせて彼女自身の子供に捧げられたものと推測される。クラシック音楽やUKフォークを基にし、ミッチェルの70年代を彷彿とさせるようなささやくようなウィスパーボイスを中心にして、子育ての時期を経てローラ・マーリングが獲得した無償の愛という感覚が巧みに表現される。それは友愛的な感覚を呼び起こすとともに、永遠のいつくしみが丹念につむがれる。この曲は、他の収録曲と同じように、チェロ、バイオリン、ビオラといった複数の弦楽器のハーモニクスにより、美麗な領域へと引き上げられる。細やかな慈しみの感覚を繊細な音楽性によって包み込もうとしています。

 

アルバムの八曲目に収録されている「Looking Back」は、アコースティックギターで始まり、コーラスを交えた後、ビートルズを彷彿とさせる普遍的なポピュラー・ソングへと変遷していく。数年間の思い出を凝縮させたがごとく、ソングライター自身の追憶がうっとりするような旋律の流れとともに移ろい変わる。ソングライターの我が子への愛が凝縮された美しいアルバムです。



 「Looking Back」

 

 

 

50.Hollie Kenniff 『For Forever』




Label: Nettwerk

Release: 2024年12月6日


当初、ホリー・ケニフは、ソロ活動を始めた頃、シューゲイザーとドリームポップの中間域にある音楽を制作し、インディーズミュージックのファンの注目を集めていた。2019年、最初のアルバム『The Gathering Dawn』をリリースし、以降、注目作を発表しています。基本的には、ギタリストのミュージシャンですが、制作者の作り出す神秘的なアンビエンスは、ギターを中心に作り出されたとは信じがたい。ようやくというべきか、もしくは満を持してというべきか、ホリー・ケニフがカナダのネットワークから最初のフルアルバムをリリース。実際的な音楽性や世界観などが丹念に磨き上げられ、夢想的で美麗なアンビエントアルバムが登場しました。
 

本作では、アンビエント、ポスト・クラシカル、ドリーム・ポップを融合させ、癒やしに満ち溢れたサウンドワールドを体験出来ます。音楽性に関しては、2021年のシングル集「Under The Lonquat Tree(feat. Goldmund)」の延長線上にある。アンビエントというのは、アウトプットされる音楽が画一的になりがちな側面もありますが、ホリー・ケニフの多彩なソングライティングは、叙情的な感性と季節感に充ちた見事なサウンドスケープを生み出す。また、雪解けの季節を思わせる雰囲気、初春の清涼感のある空気感が主な特徴となっています。

 

4作目のアルバムを語る上で不可欠なのは、従来培われたギターやシンセを中心とする簡素なアンビエントテクスチャー、曲全体に表情付けを施すピアノです。これらが色彩的なタペストリーのように見事に絡み合い、ホリー・ケニフの音楽はひとまず過渡期を迎えようとしています。


 




2024年度のアルバム・オブ・ザ・イヤーはひとまずこれで終了です。お読みいただきありがとうございました。読者の皆様、良いお年をお過ごしください!!


◾️Album of The Year 2024 Vol.1はこちらからお読みください。

Album Of The Year 2024  


 

Vol.2  発信地から中継地に変わる3つの文化拠点 〜ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス〜

 

従来、音楽のムーブメントの発信地は、ニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスでした。その後、周辺の地域もレコード会社が設立され、音楽産業のネットワークは全国的に広がっていった。これはとくに、この3つの土地とその周辺に主要な大手レコード会社の拠点が点在していたというのが理由です。そして、レコード会社のある地域を中心にムーヴメントが発生するというのが相場でした。

 

しかし、現在は、ネットワークの発展によって、上記の文化拠点が発信地という旧来の性質を保持しながら中継地へと変化しつつある。依然として、これらの地域が何らかのウェイブを発生させる主要地域であることに変わりないのですが、その中には別の地域ーー、オセアニアや北欧ーーのバンドやアーティストが主要地域のレコード企業を通して世界に音楽を発信するのが一般的になりつつある。これらの「文化の中継地」としてのレーベルの網羅的な発信能力は近年さらに強まり、アフリカ、アジア圏、アラビアなどの地域に裾野を広げつつあるのが現状です。


今年、スペインの主要メディアに対して語られたイギリスの世界的に有名なミュージシャンによる「以前に比べると、英国の音楽の影響力が低下しつつあることは否定できない」という言葉は頷けるものもあり、ビートルズやストーンズの時代と比べると、スターというのは生み出されづらくなった。これは、メディアの分散化、そしてなにより影響力の低下が要因でもある。同時に、SNSやソーシャルメディアが影響力を拡大するに従い、個人がメディアを参考にせず、自由に音楽を選ぼうという風潮が強まってきた。この流れは度外視できなくなっています。

 

しかし、一方で、ロンドンのような都市は、文化の中継地として依然として大きな影響力を保持している。これは、80、90年代から産業として確立された工業生産、ノウハウという二つの遺産が現代へと着実に受け継がれているのが理由です。かつて巨大なレーベルが点在していたロサンゼルス、ニューヨーク、ボストン等も同様であり、他地域の音楽を網羅して紹介する中継地となりつつある。旧来、工業生産という産業における任務を負っていたレコード会社は、「文化の集積」を世界に向けて発信するという次なる役割が出てきたというわけなのです。そして、その役割の中には傑作の再編集、未発表の音源のリリースなども含まれています。

 

 

 

18.Hiatus Kaiyote 『Love Heart Cheat Code』



Label: Brainfeeder

Release: 2024年6月28日


オーストラリアのHiatus Kaiyoteの最新作『Love Heart Cheat Code』は、フューチャー・ソウルの大名盤。フューチャー・ソウルというのは、ダンス/エレクトロニックとソウルのハイブリッドである。今作では明らかに近未来的なフューチャー・ソウルの作風がバンドのセクションで探求されています。

 

ただ、単なるソウルバンドとして聴いても、今作の真価は見えづらいかもしれません。同レーベルのLittle Dragonの音楽的なアプローチとも重なる部分があり、「Telescopes」はその代表例。そして、フューチャーソウルの名曲で、サイケソウルの名曲でもある「Love Heart Cheat Code」をしっかり用意した上で、Battlesのようなポスト・ロックスタイルを図ることもある。特に「Cinnamon Temple」は、今年聴いた中で最も衝撃的な一曲。音楽でトリップするという感覚は、ごく少数の作品を除いて、他のアルバムでは得難い体験になるかもしれません。



Best Track 「Love Heart Cheat Code」

 

 

19.Kiasmos 『Ⅱ』- Album Of The Year


 

Label:Erased Tapes

Release: 2024年6月28日

 

アイスランドのオラファー・アーノルズ、フェロー諸島のヤヌス・ラスムッセンによるエレクトロニック・ユニット、Kiasmosのアルバムは「エモーショナルなレイヴ・ミュージック」であるという。今作はそれぞれのアーティストのスケジュールの合間を縫い、東南アジアで録音されました。レビューでも書いた通り、プロフェッショナルなミュージシャンはプロジェクトから離れていたとしても、素晴らしい作品を制作します。『Ⅱ』はその好例となるに違いありません。

 

Kiasmosのエレクトロニックのアウトプットは、90年代や00年代のテクノをベースにしていて、新しいとは言いがたい。けれど、それは彼らが音楽の普遍性を尊重しているからでしょう。二人の白熱したエレクトロニックによる刺激的なセッションは、時々、デュオという形式を超越し、電子音楽のオーケストレーションのように壮大な印象がある。「泣けるエレクトロニック」とオラファーさんは話していましたが、電子音楽の制作に最も必要なのは、叙情性なのかもしれません。両者の秀逸なミュージシャンによる厚い友情をこの作品に捉えられる。もし、泣かせるものがあるとすれば、それは美談のようになるが、彼らの友情によるものでしょう。

 

言葉というものが最重視されず、音楽そのものが何らかの言葉を語るような数奇なアルバムです。「Burst」、本作の最後に収録されている「Square」はテクノの名曲といっても過言ではありません。

 

 

「Burst」 

 

 

 

20. Kassandra Jenkins 『My Light, My Destroyer』



 

Label: Dead Oceans

Release: 2024年7月12日

 

ニューヨークのシンガーソングライターは今年、デッド・オーシャンズと新契約を結び、新作アルバムをリリースしました。このアルバムの制作は、何度も作り替え、組み替えることで完成品へと近づいたという。


レーベルが理想とするビンテージな質感を持つ録音にジェンキンスの多彩な形式のボーカルが特徴です。『My Light, My Destroyer』はカーペンターズのような懐かしのポピュラーから、オルタナティヴ・ロック、実験的なアートポップ等をフィールドレコーディングを用いた短いセクションを織り交ぜる。


音楽的な基本としては、90年代から00年代ごろのロックをベースにしているものと推測されます。アルバムのオープニングを飾る「Devotion」は、今年度のポピュラー・ソングの中でも白眉の出来。さらに、オルト・ロック好きの一面を伺わせる「Petco」も聞き逃すことが出来ませんよ。



Best Track 「Petco」

 

 

 

21.Peel Dream Magazine 『Read Main Reading Room』



 Label: Topshelf

Release: 2024年9月24日

 

 ロサンゼルスを拠点に活動するPeel Dream Magazineのボーカリスト、また、主要なソングライティングを担当するジョセフ・スティーヴンスさんは、「これまでのミッドファイのスタイルを卒業し、プラスアルファを確立しようとした」と話していました。また、「ニューヨーク的な作風」であるとも話していました。

 

先行シングルのリリースの段階でこれまでのPDMとは何かが違うと私自身は感じていました。日本の熱心な音楽ファンから称賛されている『Read Main Reading Room』において、Peel Dream Magazineは、音楽の洗練性という側面で大きく成長し、オルタナティヴ・ポップの新しいカタチを示しています。

 

今回のアルバムは、「旧来の作品よりも、ライブ・レコーディングの性質が強まった。ドラムテイクはメンバーの自宅で録音されたものもあった」といいます。特に、このアルバムの制作で大活躍したのが、ボーカリストのオリヴィアでした。実際的に、ツインボーカルを中心に繰り広げられるこのアルバムのサウンドは、多彩なイメージに縁取られています。

 

PDMの音楽は、2020年代の社会の気風を色濃く映し出している。彼らは旧来のアメリカの遺産を見つめた上で、それらを尊重し、そして、現代人として何ができるのかを追求しています。その中には、一般的なオルトロックバンドらしからぬ、強固なメッセージ性も垣間見えます。

 

「Wish You Well」、「Lie In The Glitter」といった温和なフォークロックをベースにした曲はもちろん、「Oblast」が本当にすごい。アートポップの手法にヒップホップのビートが織り交ぜられ、刺激的な印象を決定付けています。そして、ウディ・ガスリー、ボブ・ディランの時代から受け継がれるミュージシャンとしての強い主張性を「I Wasn't Made For War- 私は戦争のために作られたわけではない」に読み取ることができるはずです。


 

 Best Track 「Lie In The Gutter」

 

 

 

22. Pom Poko 『Champion』


Label: Bella Union

Release: 2024年8月16日


北欧のロックバンドはHIVESだけではありません。他にも素晴らしいバンドは数多い。ノルウェーの四人組のオルタナティヴロックバンド、Pom Pokoの記念碑『Champion』では、ヴォーカル/作詞のラグンヒル・ファンゲル・ヤムトヴェイト、ベースのヨナス・クロヴェル、ギターのマーティン・ミゲル・アルマグロ・トンネ、ドラムのオラ・ジュプヴィークが、密閉されたタイトな4人組ロックという楽器編成という点でも、従来で最も親密な関係を築き上げています。

 

本作のタイトルのヒントともなった「トップではないけど、チャンピオンである」というグンヒルドの考えは成功主義とは異なる別の視点をもたらしてくれる。このアルバムは、Pom Pokoとしてしばらく一緒に演奏出来なかった時期があったからこそ生み出された作品です。久しぶりの演奏の機会はこのバンドでのスペシャルな経験であることを思い出させてくれたのでした。


このアルバムには、Deerhoofのようなテクニカルなインディーロックの演奏から、マスロックを基調とした変拍子を交えたロック、カーペンターズのような甘いポップスまでくまなく網羅しています。そして、クラシック音楽の作曲を踏まえ、対旋律的なバンドアンサンブルが構築されています。

 

アリ・チャント(PJ Harvey、Aldous Harding)のプロデュースは、この作品をコントロールするというより、バンドの音楽に艶と輝きを与える結果になりました。北欧のインディーロックの記念碑的な作品と称せるかもしれません。「Growing Story」、「Champion」、「Bell」を筆頭にオルタナティヴロックの良曲が並んでいる。きわめつけは、アルバムの終盤に収録されている「Big Life」。この曲では最高のバンドアンサンブルの清華を捉えることが出来ます。

 


Best Track 「Growing Story」

 

 

23. NIKI 『Buzz』 

 

Label: 88 Rising

Release: 2024年8月9日

 

88 RIsingは、ストリート系のファッションブランドの展開と同時にレーベルを手掛ける。近年、アジア系のシンガーを中心に発掘し、魅力的な音源をリリースしています。今年、新作アルバムをリリースしたNIKIは、インフルエンサー的な影響力を持ち、そして実際的に破格のストリーミング回数を記録。ソングライティングのスタイルはベッドルームポップの系譜にありますが、ラナ・デル・レイの系譜にある魅力的なポピュラー・ワールドを展開しています。

 

ロスのNIKIはストリートカルチャーと現代のポップカルチャーを見事な形で結びつけている。曲の聴きやすさを踏まえた上で本格派のソングライティングを行い、幅広いリスナー層に受けるポップスアルバムを完成させました。すでに「Buzz」、「Too Much Of A Good Thing」などはバイラルヒットを記録し、今後一躍世界的なポップシンガーになる可能性を秘めています。クレイロからラナ・デル・レイに至るまで現代のトレンドのポップソングの影響を踏まえた良作です。とりわけ、「Take Care」ではソングライターとして抜群のセンスが発揮されています。

 

 

「Take Care」

 

 

24.Beabadoobee 『This Is How Tomorrow Moves』



 

Label: Dirty Hit

Release: 2024年8月9日

 

Dirty Hitは傘下のレーベルを含めると、今年からダンス・ミュージックに力を入れ始めています。ケリー・リー・オーウェンズ、サヤ・グレイはその代表格。そんな中、レーベルの基本的なコンセプトを印象づける作品を挙げるとするなら、このアルバムになるでしょう。本作ロンドンのシンガーソングライター、Beabadoobee(ビーバドゥービー)もまた近年のアジア系シンガーソングライターの活躍を印象づけるような頼もしい存在です。Dirty Hitから発売された最新作『This Is How Tomorrow Moves』の制作では日本でミュージックビデオの撮影が行われ、アジアにルーツを持つシンガーを多く擁する同レーベルの活動を象徴付けていましたよね。

 

前作『Beatopia』でイギリス国内で大きな人気を獲得した後、一時的にビーバドゥービーは故郷インドネシアに帰ってリフレッシュを図っていた。このことがソングライターとして彼女を一回り成長させる契機ともなった。前作ではインディーロックとベッドルームポップの中間にある楽曲が多かったが、今作では様々な音楽的なアプローチが取り入れられ、アジアのポップスからフレンチポップス、フォーク、他にもジャズ風の楽曲まで幅広い音楽性を楽しむことが出来ます。以前よりもヨーロッパ的な音楽性が加えられ、これが音楽的な間口を広くしています。また、曲を丹念に制作したという印象で、意外にも適当に作ったような曲は見当たりません。

 

トレンドのポップソング、「Take A Bite」、「Real Man」、「Coming Home」などバイラルヒットを記録している曲を提供した上で、渾身の一曲が用意されています。終盤のハイライト曲「Beaches」を聞いたとき、こんなに凄いソングライターだったのかと驚かされました。特に、曲の最後のエモーショナルで心をかき乱すようなギターのアウトロは圧巻というよりほかなし。一作目と比べると、初々しさはなくなったかもしれませんが、聴き応え十分のアルバム。

 

 

「Beaches」

 

 

 

25. Sam Henshaw 『For Someone Somewhere Who Isn't Us』 EP



Label: AWAL

Release: 2024年8月2日


ロンドンのソウルミュージックは、日に日に多彩なジャンルに分岐している印象を受けます。しかし、サム・ヘンショーは新しいソウルではなく、古典的なビンテージソウルを今作で体現しています。原初的なブラックミュージックには普遍的なパワーがあり、それを受け継いだような作品となっています。この作品はミニアルバムの形式でありながら、粒ぞろいのR&Bが収録されています。オープニングを飾る「Troubled One」は現代のリスナーにも親しみやすいはず。


特に、モータウンサウンド(ノーザン・ソウル)を基調とした渋いタイプの曲が多いですが、レーベルの現代的なデジタルサウンドに縁取られているからか、それほど古典的な感じはないでしょう。ソウルミュージックの普遍的な輝きをEPの片々に発見したとしても不思議ではないでしょう。特に、いくつかの収録曲でのサム・ヘンショーの圧巻の歌唱に心をゆさぶられました。

 

 

 「Water」



 

26. Nilfur Yanya 『My Method Actor』

 


 

Label: Ninja Tune

Release: 2024年9月13日


2024年のNinja Tuneの話題作の一つ。ロンドンのニルファー・ヤーニャの新作アルバム『My Method Actor』は、イギリスのポピュラーシーンを象徴付けるような作品でした。オルタナティヴロックからフォーク、そしてネオソウル、さらにはエレクトロニックに至るまで隈なく吸収し、それを聴きやすいポップソングに落とし込んだ力量は素晴らしいというほかありません。


『Method Actor(メソッド・アクター)』について、ニルファーはどのように生まれたかについて、次のように語っています。「メソッド演技について調べていたんだけど、読んだところによると、メソッド演技は、人生を左右するような、人生を変えるような思い出を見つけることに基づいているんだ。メソッド演技がトラウマになったり、精神的に安全でないと感じる人がいるのは、常にその瞬間に立ち戻るからなんだ。良いことも悪いこともあるけれど、常にそのエネルギー、自分を定義づける何かを糧にしている。それはミュージシャンになるのと少し似ている。演奏しているときも、最初に書いたときのエネルギーや感情を、その瞬間に呼び起こそうとしている。その瞬間、その瞬間のエネルギーや感情を呼び起こそうとして試みた」という。

 

前作に比べるとロックギタリストとしての性質が色濃いアルバムでもある。特に、FADERが『衝撃的な復活』と称した「Like I Say(I Runaway)」は今年のベストトラックの一つでしょう。聞いていると非常に爽快感があります。ロックとして聴いてもダンスとして聴いても素晴らしい。それに旧来から培われたネオソウルに触発されたヤーニャのボーカルが際立っています。また、「Mutations」、「Faith's Late」、「Just A Western」など聴かせる曲が多いです。


 

 「Like I Say(I Runaway)」

 

 

 

27. Luna Li 『When A Thought Grows Wings』

 



Label: In Real Life Music

Release: 2024年8月23日



現在、トロントからロサンゼルスに活動拠点を移したシンガーソングライター、ルナ・リーはハープ、キーボード、ギターと多彩な楽器を演奏するマルチ奏者です。元々はバンドに所属していましたが、後にソロシンガーソングライターのキャリアを歩み始めた。ミュージシャンとしては、ジャパニーズ・ブレックファーストに引き立てにより、一般的な注目を集めるようになりました。


セカンド・アルバム「When a Thought Grows Wings」の制作は、「メタモルフォーゼ」というような驚くべき作品です。それは、八年間連れ添ったパートナーとの別離による悲しみを糧にして、音楽を喜びに変えることを意味している。彼女は、過去にきっぱりと別れを告げ、トロントの家族、そして、恋人との辛い別れの後、リーは夢のある都市ロサンゼルスを目指した。映画産業の街、ビーチの美しさと開放感は、彼女の感性に力強い火を灯しました。

 

ベッドルームポップ、ソウル、クラシックのフレイバーを吸収した新鮮なサウンドは、次世代のポップスの花形としてふさわしい。本作の冒頭を飾る「Confusion Song」の巧みなシークエンスの調性の転回、「Golden Hour」に代表されるチルアウト、ヨットロックに触発された心地よいバラードソング、それを的確に歌い上げる歌唱力、そして、クローズ「Bon Voyage」に象徴されるJapanese Breakfast(ミシェル・ザウナー)の系譜にある切ないインディーポップソングなど、アルバムの随所にスターシンガーの片鱗を見出すことが出来るはず。

 


「Golden Hour」

 

 

28.Fontaines D.C.  『Romance』 - Album Of The Year

 


Label: XL

Release: 2024年8月23日


 

グリアン・チャッテンのソロアルバムのリリース時には、しばらくフォンテインズD.C.の新作アルバムは期待出来ない……、と思っていたら、PartisanからXLに移籍して新譜を発表したのに驚きました。グラストンベリー・フェスティバルでのヘッドライナー級の出演を経て、着実にバンドは成長を続けています。『Skinty Fia』の時代に比べると、よりバンドアンサンブルに磨きが掛けられた。最早、彼らのことをポストパンクバンドと呼ぶ人は少ないのではないでしょうか。

 

ロックバンドのアルバムというのは、基本的に一曲か二曲、アンセムソングというか、大衆の心を捉えるヒットナンバーが収録されていれば、それで十分ではないかと個人的に思っています。どれほどの大作曲家であろうと、一年、二年で名曲をいくつも書くことは簡単ではありません。

 

そういった理由で、 アンセムソング「Starbuster」、「Favourite」を制作したことは大きな意味がある。もちろん、バンドにとっても、ファンにとっても。特に、アンサンブルは格段に成長しているため、こういった象徴的なアルバムが出たのも大いに納得。メロトロンの導入、アコースティックギターとエレクトロニックギターのユニゾンなど、レコーディングで苦心を重ねた痕跡が残されていますが、やはり基本的なロックバンドの演奏の迫力が最大の強みとなっているようです。「Favourite」の終盤のレフトサイド(L)のギターは圧巻です。神は細部に宿るといいますが、曲の最後まで一ミリも手を抜かない姿勢に感動を覚えてしまいました。

 

 

 「Favourite」

 

 

 

29. Spencer Zahn & Dawn Richard  『Quiet In A World Full of Noise』

 



 Label: Merge

Release: 2024年10月4日

 

勝手な先入観として、Merge RecordsはSuperchunkのイメージがあるので、インディーロックに強いレーベルだと思っていましたが、今年はポピュラーに特化したアルバムが多かった印象もありました。

 

ルイジアナの歌手、Dawn Richard(ドーン・リチャード)、ニューヨークのピアニスト、マルチ奏者、そしてプロデューサーでもあるSpencer Zahn(スペンサー・ザーン)によるコラボレーションアルバムは、シンプルに言いますと、大人のための渋いポピュラーアルバムです。これまでニューオリンズの"バウンス"というヒップホップ、ソウル、そしてモダン・クラシカルの作風で知られる両者の異なる才覚が見事に合わさり、見事なコラボアルバムが誕生しました。


このアルバムは、異なる調律のスペンサー・ザーンのピアノ、ドーン・リチャードのソウルフルな歌唱が主な特徴です。また、コラボレーションの最大の魅力とは、異なる文化的な背景や別の個性を持つ人々が互いにそれらの相違を尊重しあい、それらを一つの表現として昇華させることに尽きる。そういった点において、このアルバムは共同制作のお手本ともなりえるでしょう。

 

アルバムのモチーフとして機能する「世界の喧騒の中にある静けさ」という概念も曲に上手く昇華されています。「Diets」、「Ocean Past」 は新しいソウル・ミュージックの台頭を予感させます。

 

 

 「Diets」

 

 

30.Ezra Collective 『Dance, No One’s Watching』

  

 

Label: Partisan

Release: 2024年9月27日

 

イギリス国内で主要な音楽賞を獲得、ビルボードトーキョーでも来日公演を行っているエズラ・コレクティヴ。ジャズ・アンサンブルとしての演奏の卓越性は一般的に知られるところと思われます。が、彼らが凄いのは、それらを広義の「ポピュラーソング」として落とし込むことにある。彼らの伝えたいことは明確で、人目を気にしないで楽しいことをすべきということでしょう。

 

当初、アフロビートやアフロジャズの印象が強かったが、今作ではサンバのようなラテン音楽のテイストを取り入れ、音楽のバリエーションを広げています。アグレッシヴなリズム、陽気なエネルギーは、現在の世界が必要とするもので、音楽の本来の楽しみを伝えています。エズラ・コレクティヴのキーボード、金管楽器を中心とする演奏から醸し出される華やかな雰囲気は、まさしくジャズソウルのエンターテイメント性を余すところなく凝縮させたといえるかもしれません。


このアルバムに関して、エズラ・コレクティヴ(コルドソ)は奥深いメッセージを伝えています。「聖書には''ダビデが主の御前で踊る''という物語があって、それはいつも私にインスピレーションをもたらしてくれました。だから、『God Gave Me Feet For Dancing』はスピリチュアルな意味でダンスを見るためのもの。人生の嫌なことを振り払い、その代わりに踊ることができるのは、神から与えられた能力でもある」

 

タイトル曲、「Ajara」、ムーンチャイルド・サネリーが参加した「Street Is Calling」など注目曲は多い。今後どのような音楽を制作するのでしょうか。楽しみにしたいですね。

 

 

 「God Gave Me Feet For Dancing- Feat. Yazmin Lacey」

 

 

 

 

 

+20 Albums

 

上記のベスト30アルバムでは満足出来ないという方に、20アルバムを追加でご紹介していきます。個人的には以下の20アルバムの方が個性的で面白いものが多いかもしれません。ぜひこちらも参考にしてみてください。


 

 

31. Waxahatchee




Label: Anti

Release: 2024年3月22日

 

今年、ワクサハッチーのプロジェクト名で活動するケイティ・クラッチフィールドは、Antiに移籍し、ニューアルバム『Tigers Blood』を発表した。アラバマ出身のシンガーは南部を表現することに戸惑いを覚えつつも、アメリカーナを中心とするインディーロックアルバムを制作しました。

 

本作には、MJ・レンダーマン、スペンサー・トゥイーディー、フィル&ブラッド・クックが参加。レンダーマンは「Right Back to It」でギターとハーモニー・ボーカルを担当した。ケイティ・クラッチフィールドによれば、彼女が最初に書いた本物のラブソング。バンジョー/ギターの演奏とオーガニックな雰囲気を持つクラッチフィールドのボーカル、そして、メインボーカルとアメリカーナの空気感を尊重するMJ・レンダーマンのコーラスが絶妙にマッチしています。

 

カントリーを踏襲した渋いソングライティングが持ち前のポピュラー性と融合し、新たなフォーク・ロックの世界を確立している。アコースティックの合間に入るスティールギターが幻想的な雰囲気を生み出す。ワクサハッチーのボーカルは、心に染み入るような温かさに満ちている。アメリカーナをベースにしたインディーロックの真髄のようなアルバムとなっています。

 

 

「Much Ado About Nothing」

 

 

 

32. Yard Act 『Where’s My Utopia』





Label: Island/ Universal Music

Release: 2024年3月1日

 

セカンド・アルバムはようやく年末になってじっくり聴くことが出来た。1stアルバムほどの鮮烈さはないかもしれませんが、渋い作品であることは変わりなく、むしろアンセミックな曲よりもシングルのB面のような収録曲の方が良い感じがします。例えば、「An Illusion」 、「Grifter's Grief」などは、先行シングルの迫力の影に隠れているが、さりげない良曲かもしれません。

 

ライブツアー等の日程の合間に作られたとは思えない濃密なロック/ポスト・パンクサウンドで占められている。むしろ、11曲というのは少し多すぎたかもしれない。「We Make Hits」、「Dream Job」といったハイライト曲は、デビューアルバムの音楽性をさらに煮詰めたものである。

 

その一方で、現今のロンドンのミュージック・シーンの流れを汲み、ディスコサウンドを取り入れ、次世代のユーモラスなポストパンクサウンドを築き上げようという狙いも読み解くことが出来ます。現在、バンドは過渡期にあり、色々なサウンドを試している最中なのではないかと思われます。じっくり聴いてみると、やはりヤードアクトのサウンドはユニークで魅力的です。

 


「We Make Hits」


 

 

 

33. Packs 『Melt The Honey』



Label: Fire Talk

Release: 2024年1月19日


今年、カナダのFire Talkからはいくつか良質なオルトロックのアルバムがリリースされています。その筆頭格がトロントのPacksのニューアルバム『Melt The Honey』となるでしょう。2023年のアルバム『Crispy Crunchy Nothing』に比べると、信じがたい成長ぶりといえるかもしれません。ニューメキシコでレコーディングされたという本作は、米国南部やメキシカンな空気感を吸い込んだ、ぬるくまったりとしたオルタナティヴロックサウンドを楽しめます。

 

グランジやDinasour Jr.、Pixies等の90年代のオルタナティヴロックを踏襲し、それらを適度なルーズな感じで縁取っている。一応、ソロシンガーの延長線上にあるバンドであるものの、今年、Audio Treeに出演した際にも見事なアンサンブルを披露していた。ロックの新しさというより普遍性に焦点を当てたアルバム。サイケでローファイな感覚が滲み出ていて、かっこいい。レコーディングの雰囲気が反映され、メキシコの太陽のように幻想的な雰囲気に彩られています。

 

 

「Her Garden」

 

 

 

 

34.Royel Otis 『Pratts & Pain』 - Album Of The Year

 


 

Label: Owness PTY LTD.

Release: 2024年2月16日


オーストラリアのポストパンクデュオ、Royel Otisはセカンドアルバム『Pratts & Pain』で大きな飛躍を遂げました。Wet Legなどの作品を手掛けたダン・キャリーをプロデューサーに迎えた本作はイギリスで録音された。ダン・キャリーは制作作業の合間にふらりとパブに出かけ、お酒を召し上がったらしいです。そういった面白おかしいエピソードもまたこのアルバムに一興を添えています。

 

ダンスロックを吸収し、モダンなポストサウンドに組み替えている。ツインボーカルはむしろ中性的な印象があって面白い。それほどサウンド自体も鋭利にならず、程よく聴きやすい。また、このアルバム全体に満ち渡るルーズな感覚も、ロイエル・オーティスの最大の魅力と言えるでしょう。オーストラリアのバンドのサウンドは、イギリスともアメリカとも少し異なることがわかる。「Adore」、「Sonic Blue」、「Sofa King」などのハイライト曲の鮮烈さに注目しましょう。

 


「Sonic Blue」

 

 

 

 ・Vol.3はこちらからお読みください。

 Album Of The Year 2024  



 

Vol.1  音楽のクロスオーバーの多彩化 それぞれの年代からの影響

 

2024年も終わりに近づいてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年の素晴らしいアルバムが数多く発売されました。本サイトではオルタネイトなアルバムリストを年度末にご紹介しています。


2024年の音楽を聴いていて顕著だったのが、音楽のクロスオーバー、ハイブリッド化に拍車が掛かったという点でした。現在、かけ離れた地域の音楽を聴くことがたやすくなり、音楽に多彩なジャンルを盛り込むことが一般的になりつつある。そういった中、より鮮明となる点があるとすれば、シンガーソングライター、バンドの音楽的な背景が顕在化しつつあるということでしょう。人々が従来よりも多くの音楽を吸収する中、その人しか持ち得ないスペシャリティが浮かび上がってくる時、その音楽が最も輝かしい印象を放ち、聞き手を魅了するわけなのです。

 

もうひとつ印象深い点は、ミュージシャンが影響を受けたと思われる音楽の年代がかなり幅広くなったことでしょう。2010年代の直近の商業音楽を基本にしているものもあれば、60、70年代のクラシカルな音楽を参考に、それらを現代的な質感のある音楽へと昇華したのもある。さらに、未来を行く音楽もあれば、過去に戻る懐古的な音楽もある。いよいよ音楽文化は幅広さを増し、限定的な答えを出すことが困難になりつつある。こういった状況下において、輝かしい印象のある音楽は、各人が流行に左右されず、好きなものを徹底して追求した作品でした。

 

今回、50のセレクションを3つの記事に分割して公開します。いつもはリリース順に掲載しますが、今回はベストアルバムが上半期に集中しているため、分散的にアルバムをご紹介しています。大まかな選出の方向性といたしましては、30プラス20という感じでチョイスしています。ぜひ下記のベスト・アルバムのリストを参考にしながら、お楽しみいただけると幸いです。

 


 

1. Neilah Hunter  『Lovegaze』 


Label: Fat Possum

Release: 2024年1月12日



ロサンゼルスをベースに活動するマルチ奏者/ボーカリスト、Neilah Hunter(ネイラ・ハンター)。二作のEPのリリースに続いて、デビューアルバム『Lovegaze』をFat Possumからリリースしました。

 

多彩な才能を持つネイラ・ハンターの音楽的なキャリアは、教会の聖歌隊で歌い、ドラム、ギターを演奏し、その後、カルフォルニア芸術大学でギターを専攻したことから始まっています。さらに、ヴォーカルパフォーマンスを学んだ後、ハープのレッスンを受けました。本作は、イギリスのドーヴァー海峡に近い港湾都市に移り住み、借り受けたケルト・ハープを使用して制作を開始しました。その後、作曲にのめり込むようになりました。

 

マルチ奏者としての演奏力はもちろん、ボーカリストとしても抜群の才覚を感じてもらえるはずです。デビューアルバムは、録音場所の気風が色濃く反映されており、 ネオソウルやトリップ・ホップのテイストが全編に漂います。さらに、ミステリアスで妖艶な雰囲気が作品全体を取り巻いている。そのイメージをボーカルやハープの演奏が上手く引き立てています。

 

ネイラ・ハンターは、このアルバムについて次のように回想しています。 「Lovegazeを書いている間、私は人類が愛するものを破壊する性質について考えていた。古代の遺跡や、かつてはシェルターだったけれど、今はもうない建造物について考えていた。廃墟の中にも美しさがある」

 



Best Track 「Finding Mirrors」




2.Torres 『What An Enormous Room』


Label: Merge

Release: 2024年1月26日


マッケンジー・スコットは、現在、祖父の姓にちなんで”TORRES”としてレコーディングとパフォーマンスを行う。ジョージア州メーコンで育ち、現在はニューヨークのイースト・ヴィレッジ在住。

 

Merge Recordsから発売された『What an huge room』は、2022年9月と10月にノースカロライナ州ダーラムのスタジアム・ハイツ・サウンドでレコーディングされました。エンジニアはライアン・ピケット、プロデュースはマッケンジー・スコットとサラ・ジャッフェ、ミックスはイギリスのブリストルでTJ・アレン、マスタリングはニューヨークのヘバ・カドリーが担当しています。


元はロックギタリストとして活動していたトーレスだったが、この6作目において、ポピュラーシンガーへの転身を果たしています。AOR等の80年代のポップスから現代的なSt.Vincentの系譜に属するシンセ・ポップの系譜を的確に捉え、さらにボーカルとスポークンワードを融合しています。もちろん、従来のギタリストとしての演奏も組み込まれているのは周知の通り。最近、トーレスはジュリアン・ベイカーと一緒にテレビ出演し、共同でシングルを発表しました。

 

 

Best Track 「Jerk Into Joy」

 

 

 3. IDLES  『TANGK』-  Album of The Year




Label: Partisan 

Release: 2024年2月16日

 

ブリストルのポストパンクバンド、IDLESは英国内のロックシーンのトップに上り詰めようとしています。すでに今作で2025年度のグラミー賞にノミネートされています。音楽は日に日に進化している中で、アイルドルズは最も刺激的なアプローチを図っています。これはグラストンベリー・フェスティバル等の出演でお馴染みのアイドルズ。しかし、たしかに彼らのサウンドは、ダンスミュージック、ディスコサウンド、ドラムンベース等を吸収させ、進化し続けています。

 

しかし、音楽性こそ変われど、その核心となる主張に変わりはありません。2021年から暗い世に明るさと勇気をもたらしました。『Tangk』においては、普遍的な愛とはなにかを説いています。ポストパンクの鋭利的な側面を強調させた「Gift House」、「Hall & Oates」ではリスナーの魂を鼓舞したかと思えば、「POP POP POP」ではダンス・ミュージックを絡め、ギターロックの進化系を示唆しています。

 

しかし、彼らがより偉大なロックバンドとしての道を歩み始めたことは、「Grace」を聞けば明らかとなるかも。この曲のミュージックビデオではコールドプレイのMVを模している。ぜひ、伝説的なミュージックビデオのエンディングを見逃さないでくださいね。

 

 

Best Track- 「Grace」 (Music Video Of The Year)

 

 

 

 

4.Green Day 『Saviors』


Label: Reprise

Release: 2024年1月19日

 

近年、『Dookie』、『Nimrod』等のリイシューを中心に、再版が多かった印象なので、「しばらく新作は期待出来ないと思った矢先、リプライズからカルフォルニアパンクの大御所のリリースが発表されました。

 

ビリー・ジョーのカバーを中心としたソロ・アルバム『No Fun Mondays』はその限りではなかった思いますが、どうやらこのアルバムは、一部分ではフラストレーションを基に制作されたというのは、曲がりなりにも事実なのかも知れません。

 

しかし、そういった背景となる信条は、アルバムを聴くとどうでもよくなるかも知れません。グリーン・デイは、『Dookie』時代から培われたポップパンクというのは、どういうものだったのかを、本作のハイライト曲で明らかにしています。 また、全般的にはパンクロックというジャンルにこだわらず、ミュージカル的なロック、ロック・オペラのような音楽性も追求しています。

 

また、本作は、部分的にはグリーン・デイのルーツとなる80年代の西海岸のロックにも親和性があることを指摘しておきたい。少なくとも、90年代の全盛期に匹敵するアルバムとは言えないかもしれませんが、パンクバンドとしての威信は十分に示したのではないでしょうか。「Strange Days Are Here To Say」は「Basket Case」とほぼ同じコード進行で調性が異なるだけ。それでも、これほどシンプルなスリーコードで親しみやすい曲を書くパンクバンドは他の存在しない。思い出すというより、ポップパンクを次の世代へと引き継ぐようなアルバムとなっています。また、グリーン・デイらしいジョークやユニークも感じることもできるでしょう。


今年は、Sum 41、Offspringの新作も発売され、NOFXの解散もあり、パンクシーンは慌ただしい一年でした。本作の最初のレビューでも言ったように、米国のパンクシーンは一つの節目を迎えつつあるようですね。

 

 

 「Strange Days Are Here To Say」

 

 

 

5. The Smile 『Wall Of Eyes』

 



Label: XL Recordings

Release:  2024年1月26日


トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるザ・スマイルの二作目のアルバム『Wall Of Eyes』。全英チャート3位を記録。海外のメディアには一般的に好評だったというのですが、一部には辛辣な評価を与えたところも。恒例のコラボレーションとなっているロンドン・コンテンポラリーとの共同制作で、由緒あるアビーロード・スタジオで録音された作品です。


アルバム全体としては、タイトルに違わず、ジョン・スペクターの『ウォール・オブ・サウンド』を追求した作品となっています。少し凝りすぎている印象もありますが、「Friend of A Friend」、「Bending Hectic」といった名曲が揃っている。デビュー・アルバムでは、レディオヘッドの延長線上にあるプロジェクトではないかと考えていた人も多かったかもしれませんが、ザ・スマイルは、レディオ・ヘッドからどれだけ遠ざかれるのかという挑戦でもある。

 

このあたりは、前のバンドでやることは全部やったという感触が、三人のミュージシャンを次のステップへと進ませたといえるでしょう。全般的なソングライティングはヨーク/グリーンウッドが中心となっていますが、アンサンブルの鍵を握るのはサンズ・オブ・ケメットの活動なのアヴァンジャズシーンで活躍してきたドラムのトム・スキナー。彼らは、これまでの音楽体験では得られなかった未知の領域へと歩みを進み始めているのかも知れません。同じレコーディングから生み出された「Cut Out』は、ダンスミュージック寄りのXLらしいアルバムです。




Best Track- 「Friend of A Friend」

 

 

6.Adrianne Lenker 『Bright Future』

 



Label: 4AD

Release: 2024年3月22日


今年の4ADの最高傑作の一つ。ビック・シーフのボーカリストとしても知られるアドリアン・レンカーによる最新アルバム『Bright Future』はアメリカーナの純粋な響きに縁取られています。従来からソロアーティストとしてフォーク/カントリーの形式を洗練させてきたシンガー/ギタリストがこのような普遍的な音楽を制作したことは、それほど驚きではないかもしれません。


録音場所が作品に影響を与える場合がありますが、「Bright Future」は好例となるに違いありません。2022年の秋、ビック・シーフのツアースケジュールを縫い、森に隠されたダブル・インフィニティというアナログスタジオでメンバーは再会しました。その他、ハキム、デイヴィッドソン、ランスティールといったミュージシャンが共同制作に参加。この三人はそれまで面識を持たなかったという。

 

ゴスペル風のソング「Real House」、普遍的なフォーク/カントリーソング「Free Treature」など良曲に事欠きませんが、エレクトロニックとフォークの劇的な融合「Fool」にレンカーさんの良さが表れています。ミュージック・ビデオも80年代の4ADのカラーが押し出され、ほど良い雰囲気を醸し出しています。自然の魅力を忘れがちな現代人にとって、このアルバムは大きな癒やしをもたらすに違いありません。「Ruined」も素晴らしいバラード曲です。

 

 

Best Track-「Fool」

 

 

 

 7.Leyla McCalla 『Sun Without The Heat』




Label: Anti

Release:2024年4月12日

 

レイラ・マッカラは、南国の雰囲気を持つトロピカルなアルバムをAntiからリリースしました。アフロ・ビート、エチオピアン、ブラジルのトロピカル、ブルース、ジャズ等の範疇にある音楽が展開され、他にもラテン音楽のアグレッシヴなリズムを吸収し、ユニークな音楽性を確立しています。ワールド・ミュージックの多彩な魅力を体験するのに最適な作品となっています。

 

ニューヨーク出身のレイラ・マッカラは、チェロ、バンジョー、ギターの演奏者でもあり、また、マルチバイリンガルでもあるという。さらに、グラミー賞に輝いたブラック・ストリングス・バンド、Carloirina Chocolate Dropsに在籍していたこともある。


このアルバムでレイラ・マッカラは音楽的なジャーナリズムの精神を発揮している。『Sun Without The Heat』は、ダンス、演劇等を通して繰り広げられるコンパニオンアルバムです。命がけでハイチのクレヨル語のニュースを報道したあるジャーナリストの物語でもある。

 

世界各国で少数言語が増加傾向にある中で、ある地域の文化の魅力を受け継ぎ、それを何らかの形で伝えていくという行為は大いに称賛されて然るべき。ジャズ/ブルーステイストを持つ渋い曲が多いですが、オルタナティヴロックのギターをワールドミュージックと融合させた「So I'll Go」、海辺のフォークミュージックとして気持ちをやわらげる「Sun Without The Heat」、終曲を飾る「I Want To Believe」も素晴らしい。海を越えて響くような慈しみに溢れています。アルバムのアートワークもピカソのようにおしゃれ。部屋に飾っておきたいですね。

 


 「Sun Without The Heat」 -Golborne Road, London 

 

 

 

 8.Sainté 『Still Local』



Label: YSM Sound.

Release: 2024年3月29日


レスターのヒップホップアーティスト、サンテは今年三作目のアルバム『Still Local』をリリースした。UKヒップホップシーンの期待の若手シンガーである。どうやら、サンテは、Tyler The Creator、Jay-Zのヒップホップに薫陶を受けた。このアルバムでは、レスターのローカルな魅力にスポットライトを当てています。あらためて聴くと、良いアルバムで、ドラムンベースやフューチャーベースやUKドリルに触発を受けたポピュラーなヒップホップが展開されています。


アルバムではメロウなネオソウルの影響を絡めた良曲が目立つ。また、アルバムのアートワークに表れ出ているように、カーマニアとしての表情が音楽性には伺え、ドライブにも最適なヒップホップトラックが満載です。また、フューチャーベースを絡めた秀逸なトラックは、このジャンルの近未来を予見したものと言える。タイトル曲を筆頭に、サンテの地元愛に充ちたアルバム。

 

 

「Tea Like Henny」

 

 

 

9.Maggie Rogers  『Don’t Forget Me』


 


Label: Capital

Release: 2024年4月12日


 

グラミー賞にノミネート経験のあるマギー・ロジャースは最新作『Don' t Forget Me』でシンガーソングライターとしてより深みのあるポピュラーアルバムを制作していました。

 

「このアルバムの制作は、どの段階でもとても楽しかった。曲の中にそれが表れていると思う。それが、このアルバム制作を成功させるための重要な要素なんだ」「アルバムに収録されているストーリーのいくつかは私自身のもの。大学時代の思い出や、18歳、22歳、28歳(現在29歳)の頃の詳細が垣間見える。アルバムを順次書いていくうちに、ある時点でキャラクターが浮かび上がってきました」「アメリカ南部と西部をロード・トリップする女の子の姿をふと思い浮かべ始めました。若いテルマ&ルイーズのようなキャラクターで、家を出て人間関係から離れ、声を大にして処理し、友人たちや新しい街や風景の中に慰めを見出しています」

 

マジー・ロジャースはR&Bからの影響下にある渋い歌唱法で知られていますが、それをロックとポップスの中間にある親しみやすいポピュラーに置き換える。前作『Surrender』よりもロックやフォーク色が強まったのは、南部や西部のイメージを的確に表現するためでしょう。実際的にそれはアメリカン・ロックに象徴付けられる雄大な大地を彷彿とさせることがある。アルバムの収録曲「So Sick of Dreaming」、「Don't Forget Me」はアーティストの新たな代名詞的なアンセムとなりそうだ。今回のアルバムでは、R&Bやスポークンワード、そしてアメリカーナの要素が加わり、前作よりもアメリカンなテイストを漂わせる一作となっています。


 

Best Track- 「So Sick of Dreaming」

 

 

 

10. Fabiana Palladino 『Fabiana Palladino』 -Album Of The Year 


  

 

Label: Paul Institute

Release: 2024年4月25日


今年、デビューアルバムをリリースしたFabiana Palladino(ファビアーナ・パラディーノ)は、UKソウルの次世代を担うシンガーソングライターです。ジャネット・ジャクソンからクインシー・ジョーンズ、チャカ・カーンに至るまで、80年代を中心とするR&B、ディスコサウンドを巧みに吸収し、このレーベルらしいダンサンブルなトラックに仕上げる力量を備えています。

 

今年は別れをモチーフにした作品がいくつかありましたが、『Fabiana Palladino』も同様です。トラック全体の完成度はもちろん、ダンサンブルなソウルに傾倒してもなお叙情性と旋律的な美しさを失わないのは素晴らしい。合わせて、80年代を中心とする編集的なサウンド、そして幅広い音域を持つ歌唱力、さらに楽曲そのものの艶気等、ソウルミュージックとして申し分ない仕上がりです。今後、UKポピュラー界の新星として着実に人気を獲得することが予想されます。


ファビアーナ・パラディーノはアルバム全体を通じて、愛、人間関係、孤独など、複雑なテーマを織り交ぜ、哀愁に充ちたポピュラーソングを完成させています。例えば、「I Can't Dream Anymore」はそのシンボルとなる楽曲となるのではないでしょうか。

 

 


Best Track- 「Give Me A Sign」

 

 

 

 

11. The Lemon Twigs 『A Dream Is All We Know』

 


 

Label: Captured Tracks

Release: 2024年4月5日


ジョーイ・ラモーンの生まれ変わりか、ジョニー・サンダースの転生か。少なくとも、60,70年代の古典的なジャングルポップやパワーポップを書かせたら、ダダリオ兄弟の右に出るミュージシャンはいないでしょう。

 

レモン・ツイッグスのロックソングは、ビーチ・ボーイズ、ルビノーズ、サイモン&ガーファンクル、ビッグ・スター(Alex Chilton)、チープ・トリックまで普遍的な魅力を網羅しています。2016年頃から着実にファンベースを拡大させてきたダダリオ兄弟は、最新アルバムでバンドセクションを重視した作風に取り組んだ。


『A Dream Is All We Know』では、従来のジャングルポップのアプローチに加え、弦楽器や管楽器のアレンジが加わり、パワーアップしています。「My Golden Year」、「How Can I Love Her」、「If You And I Are Not Wise」等、パワーポップやフォークロックの珠玉の名曲が満載。バンドは今年の始め、ジミー・ファロン司会の番組で「My Golden Years」を披露しています。ぜひ、このアルバムを聴いて、古典的なロックの魅力を味わってみてはいかがでしょう? また、バンドは年明けに”ロッキン・オン・ソニック”で来日予定です。こちらも楽しみ。

 


Best Track 「If You And I Are Not Wise」


 

 

12.Charlotte Day Wilson 『Cyan Blue』



Label: XL Recordings

Release: 2024年5月3日

 

 

見事、グラミー賞にノミネートされたカナダのシンガーソングライター、 シャーロット・デイ・ウィルソンの最新アルバム『Cyan Blue』は、今年のオルタネイトなR&Bのベスト・アルバムの一つです。すでに、日本の単独公演、朝霧JAMへの出演を果たしています。録音としてハイレベルなことは明確で、レコーディング・アカデミーも太鼓判を押す。そして、もう一つ、実際に楽器を演奏していること、さらに、素晴らしい音域を持つ歌唱力にも注目しておきたい。

 

R&Bアルバムとしては、Samphaのネオソウルを女性シンガーとして、どのように昇華するのか、ある意味では、次のソウルミュージックへの道筋を示した劇的な作品である。そして実際のライブでの演奏力もあり、注目したい歌手と言えるでしょう。哀愁に溢れたネオソウル「My Way」、ジュディ・ガーランドのカバー「Over The Rainbow」、さらに恋愛を赤裸々に歌ったと思われる「I Don't Love You」はポピュラー・ソングとして、非常に切ない雰囲気がある。

 


 Best Track-「I Don't Love You」

 

 

 

 13. Wu-Lu 『Learning To Swim On Empty』- EP of The Year




Label: Warp

Release: 2024年5月7日

 

今回のEPを聴いてわかったのは、Wu-Luはいわゆる天才型のミュージシャンであるということ。彼は少なくとも秀才型ではないようです。前作『Loggerhead』ではアグレッシヴなエレクトロニックやヒップホップを展開させたが、続く「Learning To Swim On Empty」では、マイルドな作風に転じています。しかし、ウー・ルーのアグレッシヴで前のめりなラップは、現地のLevi'sとのコラボレーションイベントでも見受けられる通り、なりを潜めたわけではありません。

 

このEPでは、メロウなR&B、ローファイホップの楽曲「Young Swimmer」で始まり、アーティストによる「人生の一時期の回想」のような繋がりを描く。音楽的には、分散的といえるかもしれません。Rohan Ayinde、Caleb Femiという無名のラッパー/詩人を制作に招聘し、クールなラップのやりとりを収録しています。シングルの延長線上にある作風で、おそらくシングルの構想が少しずつ膨らんでいき、最終的にミニアルバムになったのではないかと思われます。

 

ロンドンのカリブ・コミュニティを象徴付けるレゲエ、ラバーズロック、それから、ラップ、オルタナティヴロック、ポストクラシカルを結びつけたトラック「Daylight Song」の素晴らしさはもちろん、「Mount Ash」のインディーロックから、ソウル、アートポップに至るトリップ感も尋常ではありません。

 

きわめつけは、EPのクローズに収録されている「Crow's Nest」で、アヴァンジャズとラップを融合させ、オルタネイト・ヒップホップの未来を示唆する。この終曲では、Wu-Luの音楽がマイルス・デイヴィスとオーネット・コールマンに肉薄した瞬間を捉えることができるはずです。

 

 

 Best Track 「Daylight Song」



14.Beth Gibbons 『Lives Outgrown』

 



Label: Domino

Release:  2024年5月17日

 


今年のベスト・アルバムの選出はオルタネイトな作品を網羅した上で、一般化するということにありました。結局、そういった意義に沿った作品をベスト30の最後に挙げるとするなら、ベス・ギボンズの『Lives Outgrown』が思い浮かぶ。ポーティスヘッドのボーカリストとして知られ、ケンドリック・ラマーの作品への参加、他にも現代音楽のボーカルにも挑戦しているギボンズがどんなアルバムを制作したのかに興味津々でしたが、結果は期待以上の出来栄えであったように感じられます。今年、ベス・ギボンズはフジロックフェスティバルにも出演しました。


多様な音楽的な手法を知っているということは必ずしも強みになるとは限らず、むしろ弊害になる場合もある。音楽の本質的な何かを知ってしまうと、知らなかったときよりも制作することへの抵抗のようなものが生じるのです。ベス・ギボンズは様々な音楽を吟味した上で、最終的にはアートポップやポピュラーという形式を重視することになった。おそらく90年代には最もマニアックであったトリップ・ホップの面影はこの作品には表向きには見られません。しかし、そういったアンダーグラウンドから出発したアーティストとしての性質はたしかに感じられます。一方で、それらのマニアック性をどのように一般化するのかに重点が置かれています。

 

とっつきやすいアルバムとは言えないかもしれませんが、 「Tell Me Who You Are Today」、「Lost Changes」、「Rewind」、「Reaching Out」などにアートポップの表現性の清華のようなものが宿っています。10年ぶりのアルバムということで感激したファンも多かったのでは??

 

 

 「Lost Changes」

 

 

 

15. Mui Zyu  『nothing of something to die for』




Label: Father/ Daughter

Release: 2024年5月24日

 

香港系イギリス人のエヴァ・リューによるソロ・プロジェクト、Mui Zyuの2ndアルバムは、前作のエレクトロニクスとポップネスの融合のアプローチにさらに磨きが掛けられています。今作では、オーケストラ・ストリングスを追加し、ダイナミックなアートポップの作品に仕上がった。ソングライターとしてのメロディセンスも洗練されました。

 

『nothing of something to die for』は、アーティストが組み上げた目くるめくワンダーランドの迷宮をさまようかのよう。特筆すべきは、ファースト・アルバムからの良質なメロディセンスに、複雑なレコーディングプロセスが加わったことでしょうか。

 

制作の側面で、より強い印象をもたらしたのが、ハイライト曲「please be ok」でミックス/マスターで参加しているニューヨークのプロデューサー/シンガーの”Miss Grit”です。この曲は、メタリックなハイパーポップ風のミックスを施し、驚くべき楽曲へと変貌させた。

 

さらに、もうひとつのハイライト曲「hopeful hopeful」ではオーケストラストリングスを追加し、ドラマの主題歌のような劇的なポップソングを書き上げた。来日公演を実現させ、今最も注目すべき歌手の一人でしょう。

 


Best Track「please be ok」



16.Vince Staples 『Dark Times』



Label: Def Jam/ UMG

Release: 2024年5月24日

 

カルフォルニア/ロングビーチ出身のヴィンス・ステープルズ(Vince Staples)は、デビューアルバム『Summertime 06'』で最初の成功を手にし、閉塞しかけた状況から抜け出した。しかし、唐突な名声の獲得は彼を惑わせた。彼はギャングスタの暴力や貧困といった現実に直面したのだった。その後、彼はアルバムごとに、現実的な側面を鋭く直視し、シリアスな作風を確立し、同時に、作品ごとに別の主題を据えてきた。ラモーナ・パークをテーマにした前作に続く最新作『Dark Times』は、トレンドのラップを追求するというよりも、ブラックミュージックの原点に立ち返り、ビンテージなR&B、ファンクを洗練させた渋いアルバムです。

 

個人的な解釈としては、Dr.Dre、De La Soul、Chicを始めとするヒップホップの基本に立ち返った作品と言える。 他方、「Etoufee」等、エレクトロニックとヒップホップの融合というモダンなテイストのヒップホップも収録されています。つまり、このアルバムでは、ヒップホップの数十年の系譜を追うかのようなクロニクルに近いソングライティングの試みが行われているように思えます。本作を聴くかぎり、現在のステープルズは、ブラック・ミュージックの一貫としてのヒップホップがどのようにあるべきかを追求したという印象です。これは旧来のギャングスタというイメージからヒップホップを開放するための試みでもある。ハイライト「Black&Blue」、「Shame On Devil」は言わずもがな、「Freeman」の見事なラップに注目です。

 


Best Track 「Freeman」

 

 

17.La Luz 『News Of The World』

 


 

Label: SUB POP

Release: 2024年5月24日

 

今年、シアトルのサブ・ポップは年始から恐ろしいペースでリリースを重ねてきた。Boeckner、Amen Dunes(2作のアルバムをリリース)、Naima Bock,最も話題となったところでは、コーチェラ・フェスティバルにも出演した歌手/モデルのSuki Waterhouseが挙げられる。しかし、最も印象的なアルバムは、La Luzの『News Of The World』となるでしょう。


バンドの現メンバーの最後のアルバムとなる本作では、ボーカリストの病に纏わる人生を基に、個性的なオルタナティヴロックを完成させた。女性のみのメンバーで構成されているため、スタジオでの遠慮がいらなかったという。アルバムは、クワイアのような合唱ではじまり、ラテンのムードを漂わせるロックソングが散りばめられています。その他にもサーフロック、ラバーズロックやバーバンクサウンドの影響を絡め、女性バンドとしての理想郷を今作で構築しようとしています。懐古的なサウンドの向こうから立ちのぼる牧歌的な空気感が魅力です。

 

 

 

Best Track「News Of The World」

 

 

Vol.2はこちらからお読みください。