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 Metallica  『72 Seasons』

 

 

Label :  Blackened Recording Inc.

Release: 2023/4/14


 


Review

 

昨年、メタリカは『ライド・ザ・ライトニング』にちなんだ特製ウイスキーを"Blackened"という会社から販売したが、このとき、おそらくメタリカも他の多くのメタルバンドと同じように、過去のアーカイブの中や人々の記憶の中のみで生きるバンドになっていくのだとばかりと考えていた。ところが、実際はそうはならなかった。これはプロレスの壮大な前フリのようなもので、今年になって待望の11作目のアルバム『72 Seasons』をちゃっかり録音し、発売を控えていたことが判明したのである。つまり、メタリカは伝説の中で生きることを良しとせず、現在を生きる屈強なメタルバンドであることを選択したということである。タイトルの72の季節というのは、ラーズ・ウィリッヒとジェイムズ・ヘッドフィールドのメタリカはメタルシーンの最前線を疾走するバンドであるということを対外的に告げ知らせようとしているのである。

 

思い返せば、80年代のNWOHMの一角としてシーンに名乗りを挙げたメタリカだったが、その後には、スレイヤー、アンスラックス、メガデスを始めとするスラッシュ・メタルの先駆者として80年代から、『Master Of Puppets』、『Ride The Lightning』といったスラッシュメタルの傑作を残し、その後の90年代、グランジやオルタナ、ヘヴィ・ロックが優勢になろうとも、表面的な音楽性の変更は行ったものの、他のどのバンドよりもメタルであることにこだわったのがメタリカだった。そして、近年は以前に比べ、その勢いやパワフルさが若干鳴りを潜めていたのだが、2023年の最新作『72 Seasons』は彼らが未だ最盛期の渇望を失っていないことをはっきりと表しているように思える。

 

すでに、イギリスのメタル系の雑誌、Kerrang!とMetal Hammerのデジタル版では、レビューが掲載されているので、その結果をお伝えしておく。イギリスで最も売れるマガジン、ケラング!は4/5、一方のメタルハマーは3.5/5のスコアを記録している。他にもNMEにもレビューが掲載されており、星4つを獲得している。メタル・ハマーは辛めの評価であるが、近年ではパンク/ハードコアを中心に取り上げているケラング!の方が評価が高いというのは少し意外である。


『72 Seasons』は改めて聴くと、基本的にはメタリカの原点回帰を図った作品であることが分かる。意外なのは、アルバムの中盤か終盤に収録されていた叙情的なメタルバラードが収録されていないことである。おそらくバンドの念頭にはダークなメタルバラードを収録することもあったかもしれないのに、あえてそれをしなかった、ということに大きな意義があるように思える。

 

スラッシュ・メタルの代名詞であるザクザクとした歯切れのよいギターリフ、そして、基本的には8ビートであるにもかかわらず、ウルリッヒのもたらすプログレッシヴ・メタルのような変則的な構成が、80年代よりも前面に突き出された作品というのが、『72 Seasons』の個人的な解釈である。つまり、メタリカは80年代に自分たちが何をやっていたのかを思い出し、それを現代的なレコーディングの俎上で何が出来るのか、ということを試したのである。そして結果的には、バラードなしのメタリカらしい屈強なメタルで最後までグイグイ突き通すのである。

 

メタリカは、特にフロントマンのジェイムズ・ヘッフィールドが謙遜して述べているように、「ならず者が集まってできた」のである。そして、現代のメタルシーンの音楽とは関係なしにならず者としてのメタルの集大成をこの作品で示そうとしている。それはタイトル曲「72 Seasons」に目に見えるような形で現れている。ハーレーで突っ走るようなスピード感、そして、アウトサイダー的な雰囲気、そして、今なお衰えないヘッドフィールドのパワフルなボーカル、そして、屈強さと叙情性を兼ね備えるツインリード・ギター、これらのメタリカを構成する主要なマテリアルが渾然一体となって掛け合わさり、唯一無二のサウンドが出来上がったのだ。

 

これまでの個人的な印象としては、メタリカは強者やマッチョイズムに象徴されるようなバンドだった。しかし、今回、彼らは、近年、所属団体がトルコへの義援金を寄付したりと慈善的な活動を行っている。そして、それはバンドの埒外で行われていることではなく、アルバムの収録曲にも反映されており、「Screaming Suicide」では、自殺の危険に瀕した人々へもしっかりと目を向けている。相変わらずの屈強なサウンドではあるのだが、それは同時に単なるヒロイックなマッチョイズムではなく、弱者の心を奮い立たせるべく、彼らはこの曲で奮闘している。メタル・ヒーローのあるべき姿である。

 

はじめにスラッシュ・メタルの原点に回帰する意図があったのではないかと述べたが、一方で、90年代のグランジやヘヴィ・ロックに触発された音楽性も加味されている。一般的には、バンドとして苦難の時期でもあった90年代の『Load』のサウンドメイクを彷彿とさせるワウを噛ませたアメリカン・ロックが、タイトル曲、「Lux Æterna」、そして、さり気なく凝ったメタルサウンドに取り組んでいる二曲目の「Shadow Follow」あたりに乗り移っているのである。乗り移っているというのは、彼らが意図してそうしようとしているのではなく、レコーディングやセッションで自然な形でそうなっていっただけ、という感じもするのである。

 

『72 Seasons』は一貫して、ヘヴィロックやパンクロックに触発されたスラッシュ・メタルという形で展開されていく。この潔さについては作品全体に重みとパワフルさという利点をもたらしている。一方で、アルバムの終盤、そのパワフルさが鳴りを潜めているのが少し惜しまれる点か。しかし、近年のアルバムの中では白眉の出来である。80年代の名作群や、90年代の二部作にも引けを取らない内容となっている。

 

この歴史の浅いサイトの評価軸の一例として、もし仮にヘヴィ・メタルとしての100点が出るとするなら、オジー・オズボーンの「Blizzard Of Ozz』、スレイヤーの『Reign In Blood』、メタリカの『Master of Puppets』、『S&M』、ハロウィンの『Keeper of the Seven Keys Pt.1&2』、アイアン・メイデンの『Number Of The Beast』、もしくは、アーチ・エネミーの『Burning Bridges』、セパルトゥアの『Roots』、スリップノットの『IOWA』といった名盤を挙げておく。

 

『72 Seasons』は、そこまでの超弩級の作品ではないにしても、少なくとも、メタリカの復活、スラッシュ・メタルの復権を高らかに告げるような意味が込められており、佳作以上の意味を持つ聴き応え十分のアルバムである。ひとつ補足するならば、他のバンドがだんだんとメタルではなくなっていき、ロック/ポピュラー化していく中で、メタリカだけは現在も他のどのバンドよりも”メタルバンド”であることにこだわり続けている。そして、それこそが、結成40年を経た2023年になっても、彼らが世界中から大きな支持を集める理由なのではないだろうか??

 

 

86/100 

 

 

Featured Track 「72 Seasons」

 

Owen

 

 

オーウェンは、シカゴ出身のインディー・ロックシーンの大御所、マイク・キンセラのソロ・プロジェクト。マイク・キンセラの音楽活動の原点は1980年代後半、Cap ’N Jazz、American Football、Jane Of Ark、Owls、Their/They're/There、といったシカゴの伝説的なインディーロックバンドで研鑽を積んだ後、キンセラが辿り着いたアコースティック・プロジェクトです。

 

オーウェンは、2002年にセルフタイトル「Owen」をPolyvinyl Recordsからリリース。マイク・キンセラは、自身のメインプロジェクト、アメリカン・フットボールの活動が休止されている間、このソロ・プロジェクトの活動をしぶとく続け、2021年までに九作のスタジオ・アルバムを発表しています。


オーウェンは、ソングライティング、レコーディング、総合的なアート・ディレクションをまとめ上げるのを目的としており、音楽性については、基本的に、アコースティックギターを介し、コンテンポラリー・フォークに近い叙情的なアプローチが採られています。

 

楽曲中において、マイク・キンセラは、自分の家族との人間関係、個人的な体験について焦点を絞り、歌詞を生み出しています。

 

オーウェンでのマイク・キンセラのアプローチは、表面上においては、穏やか、和やか、ゆったりとしているものの、又、時に、知的で、機知に富み、生々しく、真理を抉るような鋭さを併せ持っているのが特徴です。




「Live At The Lexington(Complete Collection)」 Polyvinyl 

 



 

Scoring 





Tracklisting 

 

1.Lovers Come and Go

2.Where Do I Begin?

3.Oh Evelyn

4.Nobody's Nothing

5.Love Is Not Enough

6.Saltwater

7.The Ghost of What Should've Been

8.The Sad Waltzes of Pietro Crespi

9.The Desperate Act

10.Playing Possum for a Peek

11.Too Many Moons 

12.Lost

13.An Island


 

「Live At The Lexington (Complete Collection)は昨年12月21日にリリースされたライブアルバム。


このアコースティックライブ音源は、2019年のイギリス、ロンドン、ペントンヴィルにあるレキシントンというパブで録音された作品となります。アルバムとして収録されているのは、オーウェンの既存の発表曲のレパートリーで占められ、ファンにとってはお馴染み「The Ghost of What Should've Been」「The Sad Waltzes of Pietro Crespi」といった楽曲も演奏されています。この録音が行われたのは、パンデミックが発生する以前で、人との距離を獲るとか、マスクをするとか、そういった社会的な驚愕するべき出来事が起こる以前に録音された作品です。 

  

 

 

サブスクリプション配信においても再生数がガンガン上がっているわけではないので、さほど話題になっている作品とは言い難いですけれど、エモというジャンルを考えてみれば当然かもしれません。皆が聞く音楽に飽きて、さらに奥深い音楽を探す人のための音楽が、エモというジャンルの醍醐味です。

 

もちろん、この作品には、そういったエモファンの期待に添うような素晴らしい楽曲が並んでいます。


「Live At The Lexington」で聴くことが出来るのは、マイク・キンセラの演奏の生々しさ、スタジオ・ライブのような演奏の近さ。アコースティックギターのみのライブでありながら、いかにもライブだという感じの迫力が宿っているのが、このアルバムの魅力でもある。

 

何と言っても、今考えてみれば、観客とアーティストの距離の近いライブというのは、現在、希少価値があり、平然とした時代の温和さを懐かしんでみるのもありです。


ライブは、マイク・キンセラとイギリスの観客の間に、別け隔てのない温和な空気が流れ、時に、アーティストと観客の些細な会話のやりとりにより、観客と空気感を大切にして楽曲が穏やかに進行していきます。

 

特に、そのハイライトと呼べるのが「The Ghost of What Should've Been」でのキンセラとイギリスの観客のやり取り。

 

曲のイントロが始まると、ある観客が「プレミアリーグのお気に入りのチームを聞かせてくれ!!」とキンセラに呼びかけるあたりが謎めいていて最高に笑える。はっきり言って、なんでいきなり、プレミアリーグの話を持ちかけたのか謎めいてますよね。他の観客も、その謎めいた野次に対して、おっかなびっくりというべきか、「おい、やめとけよ、やめとけよ!!」というニュアンスの苦笑を漏らしています。


この観客の問いかけに対して、マイク・キンセラはマイク越しに苦笑しつつ、何と答えようかと迷ったあげく、最後に「フットボール!!」と投げやりに叫ぶだけなのが微笑ましいです。

 

こういったライブパフォーマンスは、他のライブパフォーマンスではなかなか味わえないものでしょうし、即効性とか刺激性とかインスタントな音楽とはかけ離れた観客との心の距離を何より大切にした貴重なライブアルバムと言えるはずです。


他の主要な音楽メディアでは取り上げられていない作品ではありますが、長く、ゆっくり聴ける、渋い作品として、ご紹介しておきます。

 

 

 

・Apple Music Link

 

 

 Posture & The Grizzly


 

Posture & The Drizzlyは、アメリカ、コネチカット州にて、2008年にJ Nasty(Jodan chmielowsli)を中心に結成されたメロディックパンク/エモーショナル・ハードコアバンド。

 

現在、コアなファンの間でひっそり親しまれているバンドではあるものの、おそらく、今後、何らかのきっかけさえあれば、2020年代のアメリカのパンクシーンを牽引していくようなbigな存在になっても全然おかしくない話である。このバンド、PTGは、現在スリーピースとして活動中で、最初はJ Nastyのソロ・プロジェクトの一貫としてバンドが立ち上げられている。


2002年頃、フロントマン”J Nasty”は、Blink 182の楽曲に触発を受け、彼は最初のギターを手に入れ、ソングライティングを同時に始めている。コネチカット生まれのJ Nastyは「Take Off Your Pants And Jackets」2001の原盤を友だちから借り、Blink182のアルバム、そして、テム・デロングをを一つの目標として若い時代から自らのパンクロックスタイルを追究してきた。

 

1990年代から2000年代にかけて隆盛をきわめたポップパンク/エモコアのムーブメントは、以前の勢いこそなくなり、一部のしぶといポップパンク勢だけが息の長い活動を続けていく中、J Nastyは、このポップパンク/エモコアの新たな可能性を探り続けた。その後、J Nastyは、2008年、Posture &The Grzzlyをコネチカットのハートフォードで結成し、2014年にデビュー・アルバム「Nusch Hymns」をBroken World Mediaからリリースする。

 

そして、J Nastyの上記のジャンルを流行に関係なく突き詰めていった成果が、二作目のアルバム「I Am Satan」で顕著に見られた。Fall Out Boyを彷彿とさせる痛快なポップパンクチューンがずらりと並んでいるこの珠玉のアルバム作品は、熱心なパンクファンの間で好意的に受け入れられ、ホットな話題を呼び、2010年代のポップ・パンクの代表的名盤とも言われている。ぜひ、このあたりのジャンルのクールな音楽をお探しの人にチェックしてもらいたい作品だ。

 

また、2021年末、全米7箇所を回るツアーを予定していたポスチャー&ザ・グリズリーは、一般的な人々の健康のため、ツアーを自主キャンセルして、パンク・ロックバンドらしい勇気のいる決断を行っている。2022年、又、機会を改めて行われる次のツアーに期待したいところである。

 

また、日本のツアーもそのうち実現してくれたらな、とファンは心待ちにしているに違いない。

 

 

 

Posture & The Grizzly 「Posture & The Grizzly」

Near Mint

 

 


Posture & The Grizzly 「Posture & The Grizzly」




 

ポップパンク/エモコアの名盤の呼び声高い前作「I Am Satan」に続き、この2021年12月にNear Mintからリリースされた「Posture & The Grizzly」も同じように名盤のひとつに挙げてもよい作品で、ポスチャー&ザ・グリズリーがFall Out Boyに比する実力を持っていると証明してみせている。

 

前作の「I Am Satan」に続いて、今作「Posture & The Grizzly」はポップパンクとエモコアの中間を行く王道サウンドに挑む。

 

アルバムの前半部は、「Creepshow」「Black Eyed Susan」を始め、秀逸なポップパンクがずらりと並び、迫力のあるサウンドを全面展開している。疾走感があり、勢いの感じられる往年のBlink182やNew Found Gloryを彷彿とさせる快活サウンドでメロコアキッズの心を鷲掴みにするはずだ。

 

そして、アルバムの後半部では、前半部とは雰囲気が一転し、「Melt」「Secrets」といった、Further Seems Foever,The Appleseed cast、又は、Cap 'n Jazzを彷彿とさせるコアなエモサウンドに転換を果たしている。

 

特に、エモーショナル・ハードコアとしての歴代の名曲にも入っても不思議ではないのが#13「Secrets」。

 

この極端に様変わりする外向性と内向性の両側面を併せ持つ、タフでありながらエモーショナルなサウンドが、J Nastyのソングライティングの強みであり、ポスチャー&ザ・グリズリーの最大な魅力といえる。

 

ポスチャー&ザ・グリズリーはこの表題作において、今や、過去の音楽というような見方もされる向きもあるポップパンクやエモコアといったサウンドが未だに現代において魅力的なジャンルであることを証明してみせている。

 

これは、フロントマンのJ Nastyが、ポップパンク/エモコアというジャンルを、流行とは関係なく追究してきたからこそ顕れた大きな成果である。

 

 一般的な知名度という面で恵まれていないポスチャー&ザ・グリズリーであるものの、この作品において力強いサウンドを提示している。それは、きっと、多くのパンクファンの心をグッと捉えるであろうに違いない。 


haruka nakamura


 

ハルカ・ナカムラは1982年生まれ、青森県出身のアーティスト。幼い時代から母親の影響によってピアノの演奏をはじめ、その他にもギターを独学で学んでいます。2006年からミュージシャンとしての活動を開始し、2007年、2つのコンピレーション作品に参加、多様な音楽性を持った演奏を集め、「nica」を立ち上げる。2008年に小瀬村晶の主催するスコールから「Grace」でソロデビューを飾る。

 

その後、ソロアーティストとしての作品発表、Nujabesとのコラボ作品のリリースで日本のミュージックシーンで話題を呼ぶ。また、東京カテドラル聖マリア大聖堂、広島、世界平和記念聖堂、野崎島、野首天主堂等をはじめとする多くの重要文化財にて演奏会を開催しています。


近年の仕事で著名なところでは、杉本博司「江之浦観測所」のオープニング特別映像、国立新美術館「カルティエ 時の結晶」、安藤忠雄「次世代へ次ぐ」、NHKの土曜ドラマ「ひきこもり先生」の音楽を担当。

 

その他、京都・清水寺成就院よりピアノ演奏をライブ配信、東京スカイツリー、池袋サンシャインなどのプラネタリウム音楽も担当し、画期的なライブ活動を行っています。  早稲田大学交響楽団と大隈記念講堂にて、自作曲のオーケストラ共演も行っています。





 

「新しい光」EP KITCHEN LABEL 2021 

 


 

 

 

 11月5日にKITCHEN LABELからリリース「新しき光」は、2010年にリリースされた「twilight」の表題曲を新たに収録しています。今作のレコーディングには、ゲストミュージシャンとして、Vocal/April Lee,Violin/Rie Nemoto、Ayako Sato、Cello・Yuakari Haraが参加しています。 また、ハルカ・ナカムラというアーティストの代名詞といえる名曲「光」の新しいヴァージョンも併録。

 

今作には、2011年の東京早稲田のスコットホールで初演を行った際のストリングスの録音を取り入れた「未来」「新しき光」という未発表ヴァージョンも収録されています。さらに、ピアノ・ソロ曲「ひとつ」が「光」と「twilight」のオリジナルヴァージョンと併録されています。

 

今作「新しき光」は、これまでのハルカ・ナカムラの作風と同様に、アンビエント、オーケストラ、そして電子音楽という主要な要素を踏襲した、ハルカ・ナカムラらしい清涼感に彩られた作品。

 

ゲストボーカルとして参加したApril Leeのヴォーカルの麗しさとともに、ハルカ・ナカムラの繊細で、心あたたまるようなアコースティックギターの演奏が合わさり、美麗なハーモニクスが生み出されています。再録の楽曲も収録されてはいるものの、アコースティックギターの繊細性、おおらかな奥行きのある新鮮味あふれる楽曲を堪能出来る作品です。

 

2010年の通算二作目「twilight」をリリースした後、盟友Nujabesの死によって心を痛めていたハルカ・ナカムラさん。

 

今回、「新しい光」のリリースに際して、「光」という彼の代名詞ともいうべき楽曲が誕生した際の印象深いエピソードについて御本人はあらためてこのように記しています。

 

 

 "

トワイライトを発表してから程なくしてその頃、共に音楽制作していた友人であり師であるアーティスト・Nujabesが亡くなった。それからしばらくの間、僕は自己を大きく損なった生活を送った。


部屋にひきこもり、痩せて、とても音楽を作れるような精神ではなかった。

 

出口のない真夜中に棲んでいた。

 

そんな時、 シンガポールから手紙のようなメールをくれたのが、twilightで歌ってくれているASPRIDISTRAFLYのAprilだった。(彼女とパートナーのRicksは、トワイライトをリリースしてくれたKITCHENLABELを運営している。僕らは長い間の友である。)

 

彼女は友人として心配して、遠い海から励ましてくれた。 その温かな優しさに気力を貰い、僕は久しぶりに音楽に触れることが出来た。

 

まず、なんとなくtwailightを逆再生してみた。日が暮れる情景の音楽を逆再生することで、夜明けのきっかけが掴めるのではないか、そんな想いがあったのかもしれない。とにかく、未だそれくらいのことしか出来なかったのだ。

 

ところが逆再生した音には、思いもよらない新たな輝きが溢れていた。あの時の感動は忘れられない。音楽の道がまた開けたような気がした。一度は閉ざされた扉が開いた。そう思った。今度は一人で進まなければならない。

 

そうして光は生まれた。"

  

 harukanakamura.com

 

 

 

ハルカ・ナカムラが記しているとおり、自分自身がひとりで進むために生み出された楽曲が「光」であり、この新しく収録された「新しき光」、「光」、それに加えて、いくつかのアンビエントやネオクラシカル、聞きやすく、それでいて美しさと力に満ち溢れた5つの楽曲群は、かつてのハルカ・ナカムラがそうであったように、落胆している人、傷ついている人に立ち直るきっかけや励ましを与え、そして、なにより大切なのは、一人で歩き出すための力、新しき光を与えてくれるミニアルバムとなるでしょう。

 

日本の今年のミュージックシーンのリリースの中でも、本当の音楽として重要な意味合いを持つ作品です。

 

盛岡夕美子

 

盛岡夕美子さんは、1978年から1987年にかけて作詞家、ピアニスト、作曲家として活動していた音楽家です。

 

1975年に、サンフランシスコ音楽学院を主席で卒業した後、"宮下智"を名乗り、日本の音楽業界でコンポーザーを務める。1980年代にかけて、男性アイドルグループへの楽曲提供を行い、中には、驚くべき男性アイドルの名が見られ、1980年代にかけて、田原俊彦、少年隊といったアイドルのヒット曲のソングライティングを手掛けていた名音楽家です。

 

盛岡さんは、元は、クラシック畑のピアニストでありながら、J-POPの裏方としての仕事を多く受け持ち、1980年発表の田原俊彦のシングル「哀愁でいと」B面曲「ハッとして!Good」で、第22回日本レコード大賞で最優秀新人賞に輝く。その後、ジャニーズ事務所と専属契約を結び、少年隊の1980年代の楽曲を多数手掛ける。1980年代の日本ポップスシーンにおける重要な貢献者と言えるでしょう。

 

ジャニーズ事務所に所属するアイドルグループへの楽曲提供の他に、1980年代にソロ名義「盛岡夕美子」としての作品を二作発表。これらの作品は商業主義やエンターテインメント業界とは無縁のニューエイジ、アンビエント、世界的に見ても秀でたヒーリング音楽をリリースしています。


この盛岡夕美子としてのソロ名義での作品発表後、アメリカに移住。 その後は、サンフランシスコのエコール・ド・ショコラ、フランスのエコール・ヴァローナで学んだ後、音楽家からチョコラティエに華麗なる転身。その後、自身の会社「Pandra Chocolatier」を設立し、ワイントリュフの開発に取り組み、ビジネス事業も軌道に乗り始める。


しかし、2017年に北カルフォルニアで起こった山火事によってワインの輸送供給が滞ったのを機に日本に帰国。2019年には日本の世田谷にワイントリュフの専門店を立ち上げていらっしゃいます。

 

その後、一度だけ作曲家の仕事を行っており、2018年に、King&Princeに楽曲提供を行っています。

 

 

 

 

 

「余韻(Resonance)」2020  Metron Records  
 
*原盤は1987年リリース



 

 


1.Komorebi

2.Moon Road

3.Rainbow Gate

4.Ever Green

5.潮風

6.おだやかな海

7. Round And Round

8.La Sylphide/空気の精

9.Moon Ring

10.銀の船




 

この作品「余韻」は、1987年、盛岡夕美子名義で発表されたニューエイジ作品のVinyl再発盤として昨年発売された作品。表向きの田原俊彦、少年隊といった仕事、謂わば表舞台の喧騒からまったく遠く離れたアルバムを、この1987年に盛岡夕美子さんは発表していらっしゃいます。いわば、年代的には、まだ、おそらくニューエイジミュージックがそこまで日本でも浸透していなかったと思われる時代、日本のもっとも早い年代に活躍した環境音楽家、吉村弘と同じようなヒーリング的な指向性のある音楽を、盛岡さんはこの作品において追求していらっしゃいます。

 

この作品において盛岡さんの生み出す音楽は、終始穏やかであり、これ以上はないというくらいの癒やしをもたらしてくれ、聞き手の内面を見つめる機会を与えてくれる瞑想的な音楽ともなりえるはず。この「余韻」はクラシックピアニストとしての素地のようなものが遺憾なく発揮された作品で、波の音といったサンプリングが挿入されている点で、ニューエイジ音楽を想定して製作された音源だろうかと思われますけれども、クラシックピアノを体系的に学習した音楽家のバッグクラウンドを持つためか、サティやドビューシー、ラヴェルをはじめ、一般に「フランスの6」と呼ばれる全音音階を使用する傾向のある近代フランス和声の影響が色濃く感じられる作風です。

 

それほど大きな展開を要さないという点では、イーノ、バッドの音楽性に近いものが感じられます。ミニマル・ミュージックとしての指向性を持ち、それが淡々と奏でられる上品なピアノ音楽。しかし、この単調さがむしろ反面に聞き手に何かを想像する余地を与えてくれる、本来、あまりに情報量が多すぎる刺激的な音楽というのは一見すると心惹かれるものがあるように思えますけれども、そこには聞き手の存在する余地がなくなるという弊害もまたあると思うのです。しかし、盛岡さんのこの作品では、それとは対局にある「家具の音楽」、あるいは、調和という概念に焦点を絞った音楽が提示されており、また、ここでもアンビエントの重要な概念、聞き手のいる空間、聞き手の考え、何より、聞き手の存在が尊重されているという気がします。

 

それは、軽やかなピアノ演奏、情感あふれる鍵盤のタッチ、そして、ピアノの余韻、レゾナンス、ピアノのハンマーが振り下ろされた後、音の消えていく際の余白の部分を楽しむ音楽といえ、ジョン・ケージの最初期のアプローチにも比する音楽と称することが出来る。そして、この音楽は端的に言えば、わたしたちの心に、ひとしずくの潤いをもたらしてくれる癒やしの効果をもたらしてくれる音楽でもある。

 

1987年の最初のリリースから実に三十三年という長年月を経て、今回、Metron Recordsからリマスター盤として再発された「余韻(Resonanse)」の再発盤で感じられるのは、メロディやリズム、それ以上の空間性としての秀逸な純性音楽の数々。この作品には、一時代性とは乖離した多時代における普遍性が込められていて、人や時代を選ばないような音楽。また、久石譲をはじめとするジブリ音楽にも似た安らぎを感じていただけるかもしれません。

 

何か、じっと、目をつぶっていても、音楽自体が生み出すサウンドスケープがおのずと思い浮かんでくる貴重な音楽です。

 

サウンドトラックのようだと喩えるのは安直といえ、深い精神性に支えられた瞑想的で穏やかな作品です。日本のアンビエント、ニューエイジの隠れた名盤としてご紹介させていただきます。

 

 

「余韻(Resonance)」

Listen on Bandcamp:

 

https://metronrecords.bandcamp.com/album/resonance


 

 

盛岡夕美子「余韻(Resonance)リリース情報の詳細につきましては、Metron Records公式サイトを御覧下さい。

 

 

https://metronrecords.com/ 

 


 


 Grouper

 

グルーパーは、リズ・ハリスのソロ・プロジェクト。米ポートランドを拠点に活動していたアーティスト。現在は、ベイエリア、ノースコーストと、太平洋岸の海沿いで音楽活動を行っているようです。


リズ・ハリスは、コーカサス出身の宗教家ゲオルギイ・グルジエフの神秘思想に影響を受けたアーティスト。


そのあたりはリズ・ハリスの幼少期の生い立ちのコミューンでの経験に深い関係があるようです。


幼少期のコミューンでの経験は、彼女の精神の最も深い内奥にある核心部分に影を落としており、音楽といういわば精神を反映した概念にも影響を及ぼし、内的な暗鬱さの中で何かを掴み取ろうとするような雰囲気も感じられます。


リズ・ハリスの音楽は暗鬱である一方で、こころを包み込むような温かいエモーションを持った独特な雰囲気を漂わせています。それは彼女の生活に結びついた「海」という存在にも似たものがあるかもしれません。


海というのも、画家、ウィリアム・ターナーが描き出した息を飲むような圧倒されるような自然の崇高性が存在するかと思えば、その一方で、ほんわかと包み込むような癒やしや温かさをもたらしてくれる。だからこそ、長い間、リズ・ハリスは海沿いの土地に深い関わりをもってきたのでしょう。


リズ・ハリスの生み出す精神的概念を映し出したもの、それは、決して、一度聴いてハッとさせられる派手な音楽ではないですけれども、「アンビエント・フォーク」とも喩えられる落ち着いた音楽性が醍醐味であり、聴けば、聴くほど、深みがにじみ出てくる不思議な魅力を持っています。


2010年からRoom 40,Yellowelectricと、インディーレーベルでのみ作品をリリースしてきており、アンビエント、ドローンの中間を彷徨う抽象性の高い音楽に取りくんでいるアーティスト。これまでに、グルーパーこと、リズ・ハリスは「Ruins」を始めとするスタジオ・アルバムで、暗鬱なアンビエントドローンの極地を見出しているソロミュージシャンですが、その後の作品「Grid Of Points」では「Paradise Valley」時代のインディー・フォーク寄りのアプローチを図るようになってきています。


アメリカ国内では、アンビエント・アーティストとして知名度が高いリズ・ハリスのようですが、カテゴライズするのが難しい音楽家であることは確かでしょう。アンビエントアーティストとして、ティム・ヘッカーのようなノイズ性の色濃いアンビエントのアプローチを図ったかと思えば、アコースティックギターで穏やかで秀逸なインディー・フォークを奏でることもしばしばです。


特に、リズ・ハリスの生み出すフォーク音楽は、精神的な目に見えない形象を音という見える形に変え、それが「グルーパー」という彼女の今一つの映し身ともいえる音楽に奥深さを生み出しています。

 

ほのかな暗鬱さがありながら、それに束の間ながら触れたときにそれとは対極にある温みが感じられるという点では、エリオット・スミスとの共通点も少なからず見いだせるはずです。

 

 

「Shade」 2021 Kranky

 

 



 
1.Followed the ocean
2.Unclean mind
3.Ode to the blue
4Pale Interior
5Disoredered Minds
6.The way her hair falls
7.Promise 
8.Basement Mix
9.Kelso(Blue Sky)
 

Listen on:

bandcamp

https://grouper.bandcamp.com/album/shade 

 


この作品は「休息」と「海岸」をテーマに制作されたアルバムで、「記憶」と「場所」を中心点とし、その2つの概念を手がかりに、アンビエント、ノイズ、フォーク音楽という多角的なアプローチを図ることにより完成へ導かれています。 ときに、アンビエント、ときに、ノイズ、また、時には、フォーク音楽として各々の楽曲が組み上げられた作品です。


ある楽曲は、数年前にハリス自身が制作したタマルパイス山のレジデンスで、またある楽曲は、以前活動拠点を置いていたポートランドで、その他、アストリアでのセッションを録音した作品も収録。録音された時間も、レコーディングされた場所もそれぞれ異なる奇妙な雰囲気の漂う作風に仕上がっているのはグルーパーらしいと言えるでしょう。


そして、一つの完成されたアルバムとして聴いたときに、奇妙なほど一貫した概念が流れていることに気が付きます。今回も、前作と同じく、ハリス自身の弾き語りというスタイルをとったヴォーカルトラックが数曲収録されています。


そこでは、喪失感、欠陥、隠れ場所(Shade)、愛という、一見なんら繋がりのない概念が歌詞の中に込められていますが、関連性を見出しがたい幾つかの概念を今作品において、リズ・ハリスはノイズ、フォークというこれまた関連性が見出し難い音楽によってひとつにまとめ上げているのです。

 

アンビエントとして聴くと物足りなさを感じる作品ですが、インディー・フォークとして聴くとこれが名作に様変わりを果たす妙な作品。


特に、ヴォーカルトラックとして秀逸な楽曲が、#2「Unclean Mind」#6「the way Her Hair Falls」#7「Promise」#9「Kelso(Blue Sky)です。ここでは、女性版エリオット・スミス、シド・バレットとも喩えるべき内省的で落ち着いたインディー・フォークが紡がれています。

 

これらの楽曲は、ゴシックというよりサイケデリアの世界に踏み入れる場合もあり、これをニッチ趣味ととるか、それとも隠れたインディーフォークの名盤ととるかは聞き手を選ぶ部分もなくはないかもしれません。しかし、少なからず、このグルーパーというアーティストは、意外にSSWとして並外れた才覚が秘められているように思えます。


近年までその資質をリズ・ハリス自身はアンビエントという流行りの音楽性によって覆い隠していたわけですが、いよいよ内面世界を音という生々しい表現法によって見せることにためらいがなくなり、それが作品単位として妖艶で霊的な雰囲気を醸し出しています。

 

その他にも、いかにも、近年、バルトークのように、東欧ルーマニアの民族音楽にルーツを持つ異質な音楽家として再評価を受けつつあるグルジエフに影響を受けたリズ・ハリスらしい、スピリチュアル的な世界観を映し出した不思議な魅力を持つ楽曲も幾つか収録されているのにも注目しておきたいところです。


リズ・ハリスの奥深い精神世界が糸巻きのように紡ぎ出す音楽に耳を傾ければ、いくら歩けど、ほの暗い迷い森の彷徨うかのように、終点の見えない、際限のない異質で妖しげな世界にいざなわれていくことでしょう。