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Yoshika Colwell・The Varnon Spring  『This Weather(E.P)』

 

Label: Blue Flowers Music

Release: 2024年12月6日



Review  エクペリメンタルポップのもう一つの可能性 

 

ロンドンをベースに活動するYoshika Colwell(ヨシカ・コールウェル)の新作『This Weather』はThe Vernon Spring(ヴァーノン・スプリング)が参加していることからも分かる通り、ピアノやエレクトロニクスを含めたコラージュ・サウンドが最大の魅力である。単発のシングルの延長線上にある全4曲というコンパクトな構成でありながら、センス抜群のポップソングを聴くことが出来る。

 

ヨシカ・コールウェルは、イギリスの伝統的なフォークサウンドから影響を受けており、同時にジョニ・ミッチェルに対するリスペクトを捧げている。例えば、ミッチェルの1971年の名作『Blue』のようなコンテンポラリーフォークの風味を今作に求めるのはお角違いと言える。しかしながら1970年代の西海岸の象徴的な音楽性、ジャズシーンでも高い評価を受けた名歌手の影響をコールウェルのボーカルに見出したとしても、それは気のせいではない(と思う)。


それに加えて、ポスト・クラシカルともエレクトロニックとも異なるヴァーノン・スプリングの制作への参加は、このささやかなミニアルバムにコラージュサウンドの妙味を与えている。Bon Iver以降の編集的なポップスであるが、その基底には北欧のフォークトロニカからのフィードバックも捉えられるに違いあるまい。また、感の鋭いリスナーはLaura  Marling(ローラ・マーリング)のソングライティング、最新作『Patterns In Repeat』との共通点も発見するかもしれない。


EPの収録曲に顕著なのは、エレクトロニカとフォークトロニカのハイブリッドであるフォークトロニカをポップネスとして落とし込むという点である。オープニングを飾る「No Ideology」を聴くと分かる通り、グロッケンシュピール等のオーケストラの打楽器をサンプリング的に配し、ジャズ的な遊び心のあるピアノの短い録音をいくつも重ね合わせ、コラージュサウンドを組み上げていく。聴いているだけで心が和みそうなサウンドの融和は、コンテンポラリーフォークを吸収したヨシカ・コールウェルのボーカルと巧みに折り合っている。現代的な「ポップスの抽象化」(旋律や和音、そして全般的な楽曲の構成の側面に共通している)という観点を踏まえ、自然味に溢れ、和らいだポピュラーワールドが構築されていく。そして、ピアノの演奏の複数の録音やグロッケンシュピールの音色が、アンビバレント(抽象的)なボーカルと重なりあうとき、曲のイントロからは想像だにしないような神秘的なサウンドが生み出される。ここには構築美というべきか、音を丹念に積み上げることによって、アンビエント風のポップスが完成していく。この曲は近年の実験的なポップスの一つの完成形でもあるだろう。



ヴァーノン・スプリングのエレクトロニカ風のサウンドは次の曲に力強く反映されている。「Give Me Something」は前の曲に比べると、ダンサンブルなビートが強調されている。つまり、チャーチズのようなサウンドとIDMを融合させたポピュラー・ミュージックである。この曲ではイギリスのフォーク・ミュージックからの影響を基にして、エレクトロニカとしてのコラージュ・サウンドに挑んでいる。Rolandなどの機材から抽出したような分厚いビートが表面的なフォークサウンドと鋭い対比を描きながら、一曲目と同じように、グロッケンシュピール、ボーカルの断片が所狭しと曲の中を動き回るという、かなり遊び心に富んだサウンドを楽しめる。また、サウンドには民族音楽からのフィードバックもあり、電子機器で出力されるタブラの癒やしに満ちた音色がアンビバレントなサウンドからぼんやり立ち上ってくる。色彩的なサウンドというのは語弊があるかもしれないが、多彩なジャンルを内包させたサウンドは新鮮味にあふれている。ボーカルも魅力的であり、主張性を控えた和らいだ印象を付与している。

 

「Your Mother’s Birthday」はローラ・マーリングとの共通点が見いだせる。クラシックを基にしたピアノ、そしてエレクトロニカを踏襲したシンセ、そしてボーカルが見事に融合し、上品さにあふれる美しい音像が組み上げられていく。結局のところ、この曲を聞くかぎり、2020年代の音楽においては、北欧のエレクトロニカもポスト・クラシカルも旧来のフォークやポップスと影響を互いに及ぼしながら、新しいポップスの形として組み込まれつつあるのを実感せざるを得ない。こういったサウンドは、今後、主流のポピュラーの重要な基盤を担う可能性もありそうだ。そして楽曲は、旋律の側面においても、構成的な側面においても、緩やかな波を描きながら、曲の後半では、ドラマティックな瞬間を迎え、そしてアウトロにかけてクールダウンしていく。この曲には、即効性や瞬間性とは異なるオルトポップの醍醐味が提示されている。

 

EPのクローズも個性的なサウンドを楽しめる。この曲は、EDMとネオソウルのハイブリッドサウンドをイントロで強調した後、意外な展開を辿る。エレクトリック・ピアノを背景の伴奏として、ドラマティックなポピュラーミュージックへ転変していく。一曲目と同じように、最初のモチーフは長い時間を反映しているかのように少しずつ形を変え、植物がすくすくと葉を伸ばし成長していくように、ダイナミックでドラマティックな変遷を辿る。いわば最初のモチーフから曲が成長したり、膨らんでいくようなイメージがある。つまり、制作者のイマジネーションによって、民族音楽の打楽器をボーカルの背景に配し、エキゾチックなサウンドを強調させるのである。最終的には種にすぎないモチーフが花開くような神秘的な瞬間は圧巻と言える。


エクスペリメンタルポップは、近年においては、電子音楽やメタルのような音楽を吸収し、次世代のサウンドへ成長していったが、いまだクロスオーバーの余地が残されていることに意外性を覚える。もしかすると、クラシック/民族音楽/ジャズというのが今後の重要なファクターとなりそうだ。

 

 

82/100

 

 


©Michael Schmelling


デイモン・マクマホンは、自身のプロジェクト「Amen Dunes」の活動終了を発表した。この彼は今年リリースされた『Death Jokes』から曲を削ぎ落としたリミックス・アルバム『Death Jokes II』をプロデューサーのクレイグ・シルヴェイと共にリリースする。ストリーミングは以下から。


「これは最終巻の最終章だ」とマクマホンはプレスリリースで説明している。「さようなら、ほとんど一言も話していないけど、パーティーではいつもそう。私たちが死んだら、もっとうまくいくことを祈りましょう」


アーメン・デューンズは2006年、ニューヨーク州北部のトレーラーで8トラック・レコーダーで録音したアルバム『D.I.A.』で設立された。そこから成長し、マクマホンは過去18年間に6枚のフルアルバムと2枚のEPをリリースした。今日、彼は7作目にして最後のアルバム『Death Jokes II』をリリースする。これは、2024年5月のサブ・ポップ・デビュー作『Death Jokes』の再編集版である。

 

「Ian (Goodbye)」

 

 

NPR Musicに「異なる方向への大胆な転換」、Stereogumに「マクマホンの芸術的な才能の証」、GQに「しばしば、その素晴らしさと同じくらい困惑させられる音楽作品群」と評された『Death Jokes』は、アーメン・デューンズのこれまでの作品とは大きく異なるもので、マクマホンが幼少期から親しんできたエレクトロニック・ミュージックに没頭する野心的なアルバムだ。



デス・ジョークス』は、完成までに4年近くを要した複雑なプロジェクトで、2021年6月にロサンゼルスの有名なイースト・ウェスト・スタジオ(「ペット・サウンズ」とお化け屋敷のような「ホイットニー・ヒューストン」の部屋)で、マネー・マーク(ビースティ・ボーイズ)をキーボードに、ジム・ケルトナー(ボブ・ディラン他)とカーラ・アザー(オートラックス)をドラムに迎えて録音された別バージョンを含む、様々な反復が行われた。



このアルバムを『Death Jokes II』として再構築するにあたり、マクマホンはクレイグ・シルヴィーによる楽曲のストリップダウン・リミックスのために、すべての素材を再検討した。

 

これらの新しいミックスには、『Death Jokes』の著名な貢献者であるパノラム、クウェイク・ベース(ディーン・ブラント、MF DOOM)、クリストファー・バーグ(フィーバー・レイ)、ロビー・リーの未発表曲も含まれている。

 



Amen Dunes 『Death Jokes II』

 


Tracklist

1. Ian (Sunriser)

2. What I Want (Night Driver)

3. Exodus (Do It)

4. Rugby Child (300 Miles Per Hour)

5. Purple Land (In The Springs)

6. Mary Anne (Senigallia)

7. Italy Pop Punk

8. I Don’t Mind (Q Loop)

9. Round the World (Down South)

10. Ian (Goodbye)


Listen/ Streaming: https://music.subpop.com/amendunes_deathjokesii


Casino Heartsがニューシングル「Ice In Mouth」を発表した。リノで結成され、LAを拠点に活動するこのプロジェクトは、歪んだデジタリズムとポップ・メロディーの分断されたテイストを融合させ、熱狂的にユニークなアプローチで世界を構築している。(ストリーミングはこちら

 

デビューEP「Lose Your Halo」は今年の八月にリリースされ、その後リミックスもリリースされた。2024年を華々しく締めくくるカジノ・ハーツは、あざやかなニュー・シングルを公開した。

 

「Ice In Mouth」は、トリオが気温の急降下を受け入れているのがわかる。セイラムを彷彿とさせるこの曲には、ゴシックな雰囲気が漂い、傷ついたロマンチシズムが黒く染め上げられている。

 

このシングルについて、フォレストはこう語っている。 「Ice In Mouthは、去年の冬の吹雪の中で恋に落ちた後に書いた」


「Ice In Mouth」

 

©Jason Thomas Geering


ブルックリンの三人組、Bambara(バンバラ)は、ニューアルバム『Birthmarks』を2025年3月12日に北米ではWharf Cat Recordsから、その他の地域ではBella Unionからリリースすることを発表しました。

 

2020年の『Stray』、2022年の『Love on My Mind EP』に続くこのアルバムは、共同プロデューサーのグラハム・サットンと共同で制作されました。

 

本日、ブルックリンの3人組は、リード・シングル「Pray to Me」のウィリアム・ハート監督によるビデオを公開した。また、アルバムのジャケットとトラックリストは以下を参照のこと。


新曲について、バンドのリード・バテは次のように語っています。

 

「片目の男が、ポケットにナイフを忍ばせ、妄想の対象であるエレナを射止める計画を立てて、田舎のカラオケ・ナイトにやってくる。エレナがバーで見知らぬ男とキスしているのを見たとき、彼の妄想はもろくも崩れ去る。音楽は、殺人的なクライマックスに向かって渦巻き始める片目の男の精神を映し出しながら、騒々しいマニアックさとともに樽の中に入っていく」


『Birthmarks』には、サックス、トランペット、ヴィブラフォン、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラなどの楽器が加わっている。MidwifeのMadeline JohnstonとCrack CloudのEmma Acsもゲストボーカルとして参加している。


リードの双子の弟でドラマーのブレイズ・バテは次のように説明しています。「グラハムは、僕らを古い習慣から遠ざけ、曲の中の同じ瞬間を全く違う照明や違うカメラアングルで考えさせるのがうまかった。セードやポーティスヘッドのような、映画のような空間にいるような音楽についてたくさん話し合った。ある瞬間が息づくようにしたかったんだ」



Bambara 『Birthmarks』

Label: Wharf Cat/ Bella Union

Release: 2025年3月12日


Tracklist:


1. Hiss

2. Letters From Sing Sing

3. Face Of Love

4. Pray To Me

5. Holy Bones

6. Elena’s Dream

7. Because You Asked

8. Dive Shrine

9. Smoke

10. Loretta

 

 「Pray to Me」

 

Saya Gray

Saya Gray(サヤ・グレイ)がデビュー・アルバム『SAYA』の最新プレビューとしてダイナミックなスケールを持つポップソング「H.W.B」を公開した。

 

今年始めにリリースされた『Qwenty Ⅱ』でも見受けられたようなカットアップのサウンドは健在で、フォークサウンドをコラージュ的に配し、ボン・イヴェール的な手法のインディーポップソングを制作している。精妙に作り込まれたサウンドであるものの、そういった難しさを感じさせないのがお見事。

 

この曲は、2022年の『19 MASTERS』、2023年の『QWERTY I』、2024年の『QWERTY II』という3枚のEPに続くデビューアルバムに収録される。


サヤ・グレイは日本に縁を持つ。2023年秋に日本への航空券を予約し、まるで映画の主人公のように、国をまたいだロードトリップで一人旅をすることで、精神的なしがらみから解放された。


Saya Grayによるデビュー・アルバム『SAYA』は2025年2月21日にDirty Hitよりリリースされる。


「H.W.B」

 

©Brendan George Ko

カナダのタマラ・リンデマンを中心とするベテラン・フォークバンド、The Weather Station(ザ・ウェザー・ステーション)は、近日発売予定のアルバム『Humanhood』からのセカンド・シングル「Window」を発表した。

 

この曲は、リード・シングル「Neon Signs」に続き、フィリップ・レオナールが監督したビデオとともにリリースされた。バンドリーダーのタマラ・リンデマンによれば、このミュージックビデオは「ケベック州ノートルダム・デ・セプト・ドゥルール島で、ある夜遅く、バッテリー駆動のプロジェクターを使って撮影された。フィリップのメモには "君が窓だ "と書いてあった」


The Weather Stationの新作アルバム『Humanhood』は1月17日にFat Possumからリリースされる。2021年の『Ignorance』と2022年の『How Is It That I Should Look at the Stars』に続く作品である。

 


「Window」

©Tatjana Rüegsegger 

 

Sofie Jamieson(ソフィー・ジェイミーソン)は新曲「How do you want to be loved?」をリリースした。この曲は「I don't know what to save」と「Camera」に続く三作目のシングル。この曲のビデオを以下でチェックしよう。


「この曲は、親しい家族とのケンカの後に書いた。彼らを許し、理解する助けになるような曲を書きたかった。でも、自分の怒りとフラストレーションを曲の中に閉じ込めることができなかった。それは、彼らの人間性や複雑さを受け入れようとする私の試みを通して湧き上がり続けた」

 

「結局、この曲は私たち2人の中の傷ついた子供たちの戦いになってしまった。彼らの声と痛みは、私の心を打ち砕くような形で、どうにか伝わってきた。この歌は、私の傷の深さと彼らの傷の深さをひとつにまとめなければならなかった」


Sofie Jamieson(ソフィー・ジェイミーソン)はオルタナティヴフォークを基調とするポップソングで来年初頭の英国の音楽業界に小さいながらも波紋を与えようとしている。

 

ソフィー・ジェイミーソンのニューアルバム『I Still Want To Share』はベラ・ユニオン経由で来年1月17日に到着する。



「How do you want to be loved?」

 Fazerdaze 『Soft Power』


Label: section1

Release: 2024年11月15日

 

 

Review

 

オーストラリアのメルボルンに続いて、ニュージーランドはクライストチャーチを中心として良質なベッドルームポップシーンが築かれようとしている。Fazerdazeという存在が出てきたのもその一環の流れを象徴付けている。アンセミックなフレーズ、ダンサンブルなビート、そしてドリーム・ポップの範疇にある陶酔的でヒプノティックな質感を持つフェイザーデイズの楽曲は、トレンドのインディーポップを渇望するリスナーの琴線に触れるものがあるに違いない。

 

シンガーソングライターというのは、人生にまつわる人間的な成長と並行し、作曲の形式を変化させるのが常である。何より大切なのは、自分自身にストレートに向き合うということである。その例に違わず、フェイザーデイズの2ndアルバムは、 献身、激しい自己憐憫、成熟した自己認識といったテーマを探求しながら、アーティスト自身が「ベッドルームポップ・スタジアム」と呼びならわす広大なサウンドスケープを築き上げる。繊細でありながら、同時に広大な音像を持つ楽曲がライヴシーンでどのように映えるのか、すごく楽しみになるようなアルバムである。

 

本作の収録曲はエレクトロニック寄りのドリーム・ポップが大半を占める。オープナー「Soft Power」に見いだせるように、アンセミックなフレーズが散りばめられ、EDMに近いムードを漂わせている。ベッドルームから始まった制作がスタジアムのような大規模な会場で響く瞬間を夢見るようないわばドリーミーな雰囲気が漂う。そういった感覚が切ないようなエモい雰囲気を作り出す。しかし、繊細さは決して脆弱性に傾くことなく、張りがあり、溌剌としたエネルギーを放っている。現代のオルトポップファンが渇望してやまぬポップスの形がアルバムの最初で提示される。ときどき、オルタネイトなスケールを散りばめながら、フェイザーデイズは端的で的確なソングライティングを行う。「So Easy」はその代表例であり、口ずさみやすく、親しみやすい、そしてどことなくラフな感覚を織り交ぜたインディーロックソングを書いている。


オルタナティヴロックとしてのナイーブな感覚は続く「Bigger」に立ち現れる。ローファイなギターがリバーブによって音像が拡大され、アンビエント風の抽象性を帯びる。そして全体的な構造に乗せられるフェイザーデイズのボーカルは、夢想的で幻想的な感覚を帯びている。荒削りながらファジーなギターはメロとサビの対比を形成し、ポップソングのわかりやすさを強調する。続く「Dancing Year」ではベッドルームポップに強く傾倒している。TikTokのポピュラーの流れを汲みながらも、端的なオルト性を失わぬソングライティングの質の高さを実感できる。ダンサンブルなビートやリミターを引き上げたギターが、スタジアム・バンガーに比するアンセミックな響きを帯びる。その反面、フェイザーデイズのボーカルは、ベッドルームポップの範疇にあり、内省的な雰囲気を擁する。これらのアンビバレントな感覚は、従来のロックミュージックの「静と動の対比」という主題とは異なる「感覚的な対比」が示されていると言える。

 

80年代の商業的なポップス、とくにMTVの全盛期のダンス・ポップをベースにした楽曲も収録されている。「In Blue」では、ディスコサウンドを参照しつつ、それにコクトー・ツインズのようなアートポップ、あるいはチャーチズの要素を追加している。エリザベス・フレイザーが描いたゴシック的なテイストが散りばめられているが、それほど暗鬱にはならず、からりとした質感が漂うのは、ニュージーランドという土地の気風が反映されていると言えるかもしれない。

 

 

テクノとポップの融合に関しては、現代的なロック・バンドの重要な主題である。それをギターロックとして再構成しようという動向は、モグワイ周辺のレーベル”Rock Acction"、あるいはイギリスのロックバンドに見出されるが、フェイザーデイズもこの流れに上手く乗っている。「A Thousand Years」は、テクノやエレクトロニック全般をギターロックとしてどのように組み替えるのかという実験であり、それは2000年代のテクノロジーとロックの融合というテーマの継承している。 しかし、野心的な試みは、前衛的にはなり過ぎず、一貫してベッドルームポップを下地にしたバランスの取れたソングライティングが重視されている。これがそれほど音楽そのものを難解にせず、一般的に開けた感覚を持つポピュラーソングになる理由なのである。

 

このアルバムは、ポピュラー性を意識した序盤に比べると、中盤から終盤にかけて、通好みのコアな音楽性が際立つ。通しで聴いていると、アルバムの音楽が成長し、徐々に深化していくような不思議な感覚を覚える。オルタナティヴロックの荒削りなローファイ性に焦点を当てた「Purple 02」は、女性のギターヒーローの時代を予感させるし、「Distorted Dreams」では、ネオシューゲイズで止まりかけていた時計の針を未来へと進める。それは大きな時間の流れではなく、小さな進歩であるかもしれないが、遠い場所には一瞬ではたどり着けないことを考えると、自然の摂理とも言えるだろう。特に、現時点のフェイザーデイズのソングライティングの最大の武器は、チャーチズの系譜にあるエレクトロポップ、そしてシューゲイズの融合に求められる。

 

アルバムのハイライト曲の一つである「Chery Pie」は、上記の音楽的なアプローチが開花した瞬間で、ソングライターとして暗いトンネルを抜け、開けた場所に歩み出たことを象徴付けている。清涼感のあるポップスという、このジャンルの核心を捉えたソングライティングが、アーティストの個人的な趣向でもあるドリーム・ポップの形と劇的に融合した瞬間を捉えられる。

 

アルバムの最後にも良曲が収録されている。「Sleeper」では、Grouperのようなフォークアンビエントを抽出し、アルバムのクローズでも同じような音楽性が選ばれている。ハルのbdrmmがアンビエントとシューゲイズの融合という新しい手法を言語的に確立しているが、すでにフェイザーデイズは、その未来派のロックの潮流を巧緻に捉えている。これはセンスの良さとも言うべきか。幻想的なドリームポップのムードは、アルバムのクライマックスで最高潮に達する。

 

 

 

78/100

 

 

「Cherry Pie」

 

Saint Etienne(セイント・エティエンヌ)が12月12日にヘブンリー・レコーディングスからリリースする12枚目のアルバム『The Night』を発表した。

 

バンドは1990年に結成され、サラ・クラックネル、ボブ・スタンリー、ビート・ウィッグスからなる。バンド名はフランスのサッカークラブ、ASサンテティエンヌに由来する。



日本では、1993年にNOKKOのアルバム『CALL ME NIGHTLIFE』『I Will Catch U.』に楽曲を提供している。NOKKOとのレコーディングではロンドンにある自宅スタジオに招いており、これは当時界隈で増えてきていたベッドルーム・レコーディングという手法だが、その点で先をいっていたアーティストだったとNOKKOがインタビューで振り返っている。

 

2021年に発表された『Great I've Been Trying to Tell You』は、YouTubeにアップされている90年代の曲をスロー再生して作られたリミナル・ミュージックからヒントを得ているが、『The Night』は夜明け前の静謐な世界をイメージしている。サラ・クラックネル、ボブ・スタンリー、ピート・ウィッグスは、2024年前半に作曲家兼プロデューサーのオーガスティン・ブスフィールドとこのアルバムを制作した。


「ブラッドフォードにあるガスのスタジオで、カーペットの上に寝転がって、コーヒーのマグカップを片手に、歌詞のシートやタイトルのアイデアを半分ずつ出しながら、そんなことをするのは数年ぶりだった。「前作のメロウでスペイシーなムードを引き継ぎたかったし、おそらくそれをさらに倍増させたかった。

歌、ムード、話し言葉の断片が、雨が降りしきる外を漂ったり消えたりする。暗闇の中で、あるいは目を閉じて聴きたいレコードだ。Half Light』は、夜の果て、木々の枝の間からちらつく太陽の最後の光、自然との交感、そしてそこにないかもしれないものを見ることについて歌っている。


「私たちは、起きているときと眠っているときの間にある状態を見つけようとしていたんだ」とボブは言う。「夢の空間には、半分忘れてしまったような考えや、テレビの台詞の断片、地名、通り、行ったこともないサッカー場などが漂ってくる。そのような状態にあるときは、音や半分覆い隠された記憶に対してとても受容的に感じる。レインノイズはその中を通り抜ける。夜中の2時に眠れないような頭の中のものを優しく洗い流してくれるように設計されている。『ザ・ナイト』のサウンドは実に立体的だと思う。その多くは、ギターを弾き、素晴らしいプロデュースをしてくれたガス・バスフィールドのおかげだ。彼のスタジオでレコーディングしたことで、とても明るく広々とした空間が生まれ、それがこの作品を形作っている。私たち3人はそれぞれの曲を持ち寄ったけど、まず音符を交換することなく、叙情的な曲はお互いに調和していた」



「Half Light」

 

 

Saint Etienne 『The Night』


Label: Hevenly Recordings

Release: 2024年12月12日 


Tracklist:

1. Settle In

2. Half Light

3. Through The Glass

4. Nightingale

5. Northern Counties East

6. Ellar Carr

7. When You Were Young

8. No Rush

9. Gold

10. Celestial

11. Preflyte

12. Wonderlight

13. Hear My Heart

14. Alone Together

 

Prima Queen


ロンドンのPrima Queen(ルイーズ・マクファイルとクリスティン・マクファーデンアナウンスによるデュオ)が、デビューアルバム『The Prize』を発表しました。サブマリン・キャット・レコーズから4月25日にリリースされます。同時に彼らはリードシングル「Ugly」を発表しました。

 
「Uglyは、現実世界でお祭りのロマンスを維持しようとすることについて歌っています。この曲は、力関係が不安定なシチュエーションでの恋愛が終わり、何度も失望させられた後、自分が望んでいたようなものには決してならないと痛切に受け入れるようになった後に書かれた」 とバンドは声明で説明しています。

 
「私たちは、ついにアルバムを世に送り出すことができることに興奮しています!"と彼らは付け加えた。「私たちは長い間このアルバムに取り組んできたし、別々に、そして一緒に、私たちの成長の本当の声明のように感じている。このアルバムは、ここしばらくの間、私たちの小さな秘密だった」

「Ugly」



Prima Queen 『The Prize』

Label: Submarine Cat 

Release: 2025年4月25日


 


元ネイキッド・アイとして知られるフランス系イギリス人のシンガーソングライター、Frenchie(フレンチー)はセルフタイトルのデビューアルバムの制作を発表した。

 

ジャズ・ギタリストのフェミ・テモウォ(SAULT、エイミー・ワインハウス)がプロデュースしたこのアルバムは3月28日に自主制作盤としてリリースされる。この発表を記念して、アーティストはフリーダ・トゥーレイがヴォーカルをとるトラック「Love Reservoir」を公開した。


「"Love Reservoir "は、関係の感情的な貯水池に燃料を補給し、活性化させることを求めるというテーマを叙情的に探求しており、困難を克服し、愛とつながりを育むという願望を象徴している」とフレンチーは声明で述べている。

 

「フェミと私は一緒に曲を書き、才能ある友人のフリーダ・トゥーレイにこの曲に参加してもらいたいと思った。彼女がヴォーカルを録音しに来てくれた時、この曲は全く新しいレベルに昇華された」


Frenchieには、鍵盤奏者のルーク・スミス、KOKOROKOのドラマー、アヨ・サラウ、ホーネン・フォードとフライデー・トゥーレイのバッキング・ヴォーカル、そしてアーロン・テイラー、アレックス・メイデュー、クリス・ハイソン、ジャス・カイザーが楽器とプロデュースで参加している。

 

 

「Love Reservoir」



Frenchie 『Frenchie』

Label: Frenchie

Release; 2025年3月28日


Tracklist:


1. Can I Lean On You?

2. Searching

3. Love Reservoir [feat. Frida Touray]

4. Werewolf

5. Almost There

6. Distance

7. Shower Argument

8. It’s Not Funny

9. Que Je T’aime

10. Sapphires & Butterflies

シェフィールド出身のオルタナティヴポップアーティスト、Gia Ford(ジア・フォード)が、9月にリリースしたデビューアルバム『Transparent Things』以来となる新曲「Earth Return」を携えて帰ってきた。


このシングルは、『Transparent Things』と同じセッションでレコーディングされたもので、場所、帰属、そして時の流れという概念を、優しさと深みをもって探求している。この新曲についてジアは、"自分が死ぬときに最も愛する場所にいたいという願望から生まれた "と語っている。


続けて彼女はこう説明する。「私の場合、それは祖父母が住んでいたダービーシャーのホープ・ヴァレーのあたりで、そこにいるときはいつも、すべてに安らぎを感じるの。あたかもそこで死んだら、それが正しいことで、私の魂は家族の中にいて、子供の頃の私の魂もそのあたりを走り回っているような気がするの」


「Earth Return」



ロンドンのSSW,Wallice(ウォリス)がニューシングル「I Want You Yesterday」を発表した。この曲はドリーミーで遊び心にあふれたきらめくカットで、間もなくリリースされるデビューアルバム『The Jester』(11月15日にDirty Hitからリリース予定)のティーザーとなる。


この曲は、最近のアルバム・プレビュー「The Opener」、「Heaven Has To Happen」、「Gut Punch Love」、「Deadbeat」に続くもので、ウォリスのスマートで自意識過剰なリリシズムの新たな一面を披露している。

 

最終的にアルバムで共演することになるマイキー・フリーダム・ハートとマリネッリとのトリオで書かれた最初のトラックで、彼女は「I Want You Yesterday」を "本当に素晴らしいものの始まり "と表現している。


この曲の構想について、ウォリスはこう語っている。「最初に書いたとき、詩の最初のバージョンはうまくいったとは思わなかったけど、サビのシンプルさが好きで、それを引き立てるものが欲しかったんだ。結局、"どんなアーティストならこのヴァースを書くか "という練習をすることになったんだけど、本当に楽しい曲に仕上がったよ」


Walliceのデビューアルバム『The Jester』は11月15日にDirty Hitからリリース予定。


「I Want You Yesterday」

 

©Dana Trippe


シカゴのシンガー・ソングライターでマルチ・インストゥルメンタリストのヘイリー・フォアによるインディーポッププロジェクト、Circuit des Yeuxが、「GOD DICK」という身も蓋もないタイトルのニューシングルをリリースした。

 

このシングルは、Circuit des Yeuxの前作『-io』と、来年Matadorからリリースされるその続編の間の "音的な繋ぎ "とされている。

 

「汗臭く、指数関数的で、不協和音で、成長し、シンフォニックで、容赦がない。この曲は、深い欲求に煽られた変化の状態を具現化するための努力として書いた。音的にも(そして視覚的にも)、巨大な何かが小さすぎる皮膚の中に隠れているような、ある種の愛のバンシーが磁器の皮膚から髪の毛一本ずつ破裂し、最後には内なる野獣が完全に姿を現すような、そんなイメージで書いた」


「GOD DICK」


yeule

ロンドンのインディーポップの先導者であるyeule(イェール)は、頻繁にコラボレートしているChris Greattiと共にyeuleがプロデュースしたニューシングル「eko」を公開した。ロンドンで作曲され、ロサンゼルスでレコーディングされたこのシングルは、頻繁にコラボレートしているChris Greatti(Willow, Yves Tumor, The Dare)と共にyeuleがプロデュースした。


「eko」は、ダンサンブルなトラックで、K-POPに近いテイストがある。この曲では、執着と愛、そしてyeuleの頭の中に響く声について歌っている。この曲は、よりポップなアプローチを取り入れており、エレクトロニックなプロダクションの上で、yeuleの澄んだ明るいボーカルがトラックをリードしている。この最新作は、今後リリースされるプロジェクトの第一弾となる。


「eko」は、歪んだギターとオルタナティヴなプロダクションを取り入れた有名なアルバム『softscars』に続く作品。このアルバムでは、yeuleが長年抱えてきた感情的な傷の解剖学的構造を綿密に検証しており、従来で最も突き抜けた大胆な作品となっている。

 

softscarsの登場は、Pitchforkから2度目の「Best New Music」スタンプを獲得したほか、The FADER、The Guardian、DIY、Line of Best Fitから喝采を浴びるなど、絶大な批評家の称賛を浴びた。このアルバムは、絶賛された2022年リリースの『Glitch Princess』に続く作品で、同じくPitchforkの「Best New Music」スタンプを獲得し、圧倒的な批評家からの賞賛を浴びた。


学際的な倫理観に導かれたカメレオン的な作家であるyeuleは、クラシックの正典、ハイパーモダンのインターネット・カルチャー、アカデミックな理論、秘教的なもの、そして彼ら自身の肉欲など、様々な主題を織り交ぜ、音楽を通して世界全体とペルソナを作り上げる。また、シンガポール出身のyeuleは日本のサブカルチャーにも親しみを示している。

 

「eko」


Cindy Lee

カナダのシンガーソングライター、Cindy Lee(シンディ・リー)の『Diamond Jubilee』は、''今年最高のアルバムのひとつ''と言われている。音楽に詳しくない人が聴いてもあまりピンとこないかも知れないが、カルト的なポップ/ロックアルバムとして、そのうち伝説として語られてもおかしくない。


これまでは、アーティストのウェブサイトからダウンロードしたアルバムのWAVファイル、または、そのWAVファイルから切り刻んだファン作成のリッピングファイル)でしか聴くことができなかった。この幻の音源はすでに伝説化し、YouTubeなどでかろうじて聴くことが出来ただけだった。


このアルバムにはG&Bをはじめ各メディアからの賛辞が送られている。ピッチフォークのアンディ・クッシュさんは、アルバムに9.1/10の評価を与え、「音楽の本質的な宝庫」であり、「各々の曲は、愛すべきヒット曲の幽霊のようなカノンを持つ、ロックンロールの冥界からの霧のような伝送のようだ」と評した。


さらに、『Paste』誌のエリス・サウターさんは、シンディ・リーの「ほろ苦い大作」とした上で、「彼らがこれまでにリリースした作品の中で最も濃密であり、最も聴き応えのある作品群である!」と評している。というように、シンプルでありながら理論的なレビューをしている。


カナダの『exclaim!』は、このアルバムを「スタッフ・ピック」に選び、レビュアーのカエレン・ベルさんは、「50年代のガールズ・グループ・ポップ、60年代のみずみずしいサイケデリア、70年代のかゆいところに手が届くラジオ・ロック、90年代のローファイできらびやかなプロダクション、どこかの異世界から移植されたような選曲の系統で構築された『Diamond Jubilee』は、アーティストとしても器としても、シンディ・リーの決定的な肖像画のように感じられる」と書いている。と、国内アーティストの期待作とあって、かなり的確なレビューをしている。


SpotifyやTIDALのようなストリーミングでは公開されていませんが、Bandcampで聴くことができるようになり、一般的なリスナーにも音源が解放される。シンディ・リーの『Diamond Jubilee』は、2月21日にW.25TH / Superior ViaductからトリプルヴァイナルとダブルCDのセットでリリース。



 


今年初め、マンチェスターのミュージシャン、jasmine.4.t(ジャスミン・クルックシャンク)は、フィービー・ブリジャースのレーベル、サデスト・ファクトリーと契約した最初のイギリス人アーティストとなった。

 

jasmine.4.tが今年初めにリリースしたシングル「Skin On Skin」をプロデュースしたのは、彼女のboygeniusのバンドメイトであるジュリアン・ベイカーとルーシー・デイカスだ。この曲は、来年初頭にリリースされるjasmine.4.tのデビューアルバム『Year Are The Morning』の初期テイストであり、全曲をboygeniusがプロデュースした。

 

『You Are The Morning』を制作するため、jasmine.4.tと、メンバー全員がトランスである彼女のバックバンドはロサンゼルスに飛んだ。

 

有名なサウンド・シティ・スタジオで12日間かけてレコードを制作した。boygeniusのメンバーは、Trans Chorus Of Los Angelesと同様にバックアップ・ボーカルとして参加している。

 

このアルバムの発表と同時にニューシングル「Elephant」を発表した。この曲には、Trans Chorus Of Los Angelesのバック・ヴォーカルとJulien Bakerのギターが参加している。



「”Elephant "は、私がT4Tに移行した初期の頃に書いた曲で、私の最初のT4Tの恋について歌っている。友達になろうとしているのに傷ついたり、もっと仲良くなりたいと思ったり。ブリストルでの生活はカミングアウトしたときに崩壊し、安全な住まいもなく、マンチェスターの同性愛者のソファに泊まっていた」

 

「LAでフィービー、ルーシー、ジュリアン、マンチェスターのドールであるイーデン、フェニックス、そして地元のトランス・ミュージシャンであるヴィクセン、ボビー、アディ、そしてもちろんロサンゼルスの素晴らしいトランス・コーラスと一緒にこの曲をレコーディングしたのは、癒し以上のものだった」

 

 

 jasmine.4.t    『You Are The Morning』



Label: Saddest Factory

Reelase: 2025年1月17日



Tracklist:

1 Kitchen

2.Skin On Skin

3.Highfield

4.Breaking In Reverse

5.You Are The Morning

6.Best Friend’s House

7. Guy Fawkes Tesco Dissociation

8 Tall Girl

9. New Shoes

10  Roan

11 Elephant

12 Transition

13 Woman


 

Jordana 『Lively Promotion』

 

Label: Grand Dury

Release: 2024年10月18日

 

Stream



Review


Jay Som、Clairo、Faye Websterを始めとするベッドルームポップシーンの注目アーティストとして登場したジョーダナの最新作『Lively Promotion』は、プレスリリースで示されている通り、ドナルド・フェイゲン、キャロル・キング、ママス&ザ・パパス等、70、80年代のポピュラーソングを思い起こさせる。"ベッドルームポップ"と称される一連の歌手の多くの場合と同じように、このジャンルの可能性を敷衍する。もちろん、「カメレオン」と自らの音楽性について述べるジョーダナのソングライターとしてステップアップしたことをを示唆しているのではないか。要は、普遍的なポピュラー性が今作において追求されていて、この点が音楽そのものに聞きやすさをもたらし、幅広い年代に支持されるような作品に仕上がった理由なのだろうか。

 

また、80年代のディスコサウンドからの影響も含まれていて、アースウインド&ファイアの系譜にあるR&B性も反映されている。もちろん、フォーク・ミュージックをモダンな印象で縁取ったバイオリンの演奏もその一環と言える。これらの音楽的な広がりは、曲の中で断片的に示唆されるというより、ソングライティングの全般的に滲出しており、作曲全般の形式そのものが変容したことを表す。ケイト・ボリンジャーのデビュー作と同様、若い年代のシンガーの音楽観には、世代を越えた音楽を追求していこうという姿勢やポピュラー音楽の醍醐味を抽出しようという考えが垣間見えるような気がした。もちろん、ジョーダナの場合はどことなく穏やかで開けたポピュラーサウンドを通して。このことは、ベッドルームポップというZ世代の象徴的なサウンドが2020年代中盤に入り、形質を変化させつつある傾向を見出すことが出来る。そしてこのアルバムでは、演奏や作曲を問わず、音楽自体の楽しさを追求しているらしい。


オープニングを飾る「We Get By」には、心を絆すようなギターサウンドが登場する。ディスコファンクを反映させたベース、そして遊び心のあるヴァイオリンのパッセージが音楽全体の楽しさを引き立てる。その中で開放的な感覚のあるコーラスやサクソフォンの音色が音楽全般にバリエーションを付与している。おそらく、単一の音楽にこだわらないスタンスが開放的な感覚のあるポピュラーソングを生み出す契機になったのだろう。さらに、アルバムのハイライト曲「Like A Dog」は、チェンバーポップの規則的なリズムを反映させて、口当たりの良いポップソングを提供している。しかし、曲全般の構成や旋律進行は結構凝っていて、ファンクやR&Bのバンドスタイルを受け継いでいるため、多角的なサウンドが敷き詰められている。これが曲そのものに説得力を与えるし、表面的なサウンドに渋さを付与している。また、音感が素晴らしくて、サビの前のブリッジの移調を含め、ソングライティングの質はきわめて高い。シンガーソングライターのカラフルな印象を持つポップソングを心ゆくまで楽しむことができるはずだ。

 

以降、本作はカントリー/フォークやバラードに依拠したサウンドに舵を取る。「Heart You Gold」は三拍子のワルツのリズムを取り入れて、ビートルズの系譜にあるナンバーを書いている。しかし、曲の途中ではその印象が大きく覆り、ビリー・ジョエル風の落ち着いたピアノバラードへと変化する。このあたりには音楽的な知識の蓄積が感じ取られるが、全般的には、インディーポップという現代的なソングライティングのスタイルに縁取られていることが分かる。

 

続く「This Is How I Know」は、キャロル・キングを彷彿とさせる穏やかな一曲。そして前の曲と同じように、カントリーを反映させた作曲と巧みなバンドアンサンブルの魅力が光る。これらのポピュラーソングには、ダンスミュージック、ファンク、R&Bなどの要素を散りばめ、Wham!の代表的なヒットソングのような掴みがある。決めを意識したアコースティックギター、コーラスワークが、80年代のMTVの全盛期のポピュラー時代の温和な音楽性を呼び起こす。

 

その後も、音楽性を選ばず、多彩なジャンルが展開される。「Multitude of Mystery」では、スポークンワードの対話をサンプリングしている。そして、ヒップホップというよりも、ジャネット、ベンソン、ワンダーの時代のファンクサウンドを参考にし、80年代のAORに近い音楽性を選んでいる。しかし、これらが単にリバイバルなのかといえば、そうとも言いがたい。表面的には、テンプルマンやパラディーノに近いモダンなポピュラーサウンドが際立つが、アーバン・コンテンポラリーのリバイバルを越えた未知の可能性が示唆されている。

 

イギリスではディスコリバイバルやその未来形のサウンドが盛んなようだが、ジョーダナはこれらのミラーボールディスコの要素を巧みに自らの得意とするフィールドにたぐり寄せる。「Raver Girl」では、70年代から80年代のファンクソウルを反映させ、それをフェイ・ウェブスターと同様にベッドルームポップと組み合わせている。

 

ただ、レコーディングでは、すでにスタジオのバンドサウンドが完成されているので、これをベッドルームポップと呼ぶのは適切ではないかもしれない。寝室のポップは、背後に過ぎ去りつつあるようだ。そして、同時に、ファンクとポップをクロスオーバした形は、アナクロニズムに堕することなく、新鮮な印象を携えて聴覚を捉える。続く「Wrong Love」でも、基本的にはベッドルームポップが下地になっていると思われるが、アースウインド&ファイアの系譜にあるディスコファンクが織り込まれていることが音楽に快活味をもたらす。

 

このアルバムは、カントリー/フォーク、ディスコファンク、ポピュラーという三つの入り口を通して広がりを増してゆく。そしてアルバムのクライマックスでは、幾つもの要素を融合させたような音楽性が展開される。「Anything For You」ではセンチメンタルな印象を持つオルタナティヴフォーク、続いて、「The One I Know」では南部のカントリーの性質が強まる。上記の二曲にはイメージの換気力があり、ミュージックビデオに見出せるような草原の風景を呼び覚ます。そして、この作品の全般的な印象に、癒やしのような穏やかな情感をもたらすことがある。

 

アルバムの曲は一つずつ丹念に組み上げられてゆくような感覚がある。そして複数のジャンルや年代を越えたポピュラーが重なり合うようにして、本作『Lively Promotion』の音楽は成立している。このアルバムは表向きに聴こえるよりも奥深い音楽性が含まれ、それはアーティストの文化観が力強く反映されているともいえる。アルバムのクローズ「Your Story’s End」 は、キャロル・キングを彷彿とさせる美しくもはかないバラードソングである。音楽というものは、数十年では著しく変化しない。形こそ違えど、その本質はいつも同じなのもしれない。また、もしかすると、「カメレオン」というのは”ジョーダナ”としての音楽性の幅広さを言うだけにとどまらず、自分の憧れの姿になりきれるということを暗に示しているのではないだろうか。

 

 

 

84/100

 

 

 

「Like A Dog」

 

©Ax


Sorryがニューシングル「Waxwing」をドミノ・レコーディングから発表した。多彩なルースターを誇るドミノのオルタナティヴポップ・バンド。

 

ロンドンを拠点とするこのグループにとって、2022年10月にアルバム『Anywhere But Here』をリリースして以来の新曲。FLASHAが監督とプロデュースを手がけたこの新曲は、以下のビデオでチェックできる。


「Waxwing」は、ティーン・ポップ・センセーション、トニ・バジルの「Hey Mickey」を補間している。バンドのアーシャ・ロレンツはこう語っている。

 

「ミッキーは欲望?ミッキーは爆弾?ミッキーは私をお金にする? ミッキーが私の歌を作る?ミッキーが詩を作ってくれる?ミッキーは麻薬? ミッキーが嘘つき? ミッキーは愛?  ミッキーは欲望?」

 

 

 「Waxwing」

Letting Up Despite Great Faults  『Reveries』 

 

Label: P-VINE

Release: 2024年10月11日

 

Review

 

テキサス/オースティンを拠点に活動するLetting Up Despite Great Faultsは、5回の来日公演を実現させているドリーム・ポップ/シューゲイズバンド。タヌキチャンがバンドを組んだら、と思わせるようなグループである。すでに音楽ファンが指摘している通り、エレクトロニックとドリーム・ポップの融合を図るバンドである。彼らは、近年、さらにK-POPの音楽性を組み合わせて、ポップとロックの中間にあるアンビバレントな作風に取り組んでいるところだ。

 

『Reveries』は、ドリームポップ・ファンとしてはぜひともチェックしておきたい佳作である。ミックスにベッドルームポップの象徴的な存在で、カナダのLiving Hourの最新作にも参加しているJay Som、マスタリングには、Slowdiveのドラマー、Simon Scottを迎えて制作された。コラボレーターにも注目で、3曲目の収録曲「Color Filter」では、LAで注目を集めるシューゲイズ・バンド、”Soft Blue Shimmer”からMeredith Ramondをゲストヴォーカルに迎えた。インディーポップやシューゲイズ・リスナーにはたまらないメンバーが参加した作品。

 

夢想的で甘口のメロディーを武器に、チルウェイブ、ヨットロックのような気安さが漂うのはテキサスのバンドならではといえる。フェーダー、ディレイを掛けたスタンダードなシューゲイズサウンドを聴くことが出来るが、基本的には苛烈な轟音になることはない。ギターサウンドはライトなポップの範疇にあり、それがバンドの音楽に近づきやすい印象をもたらす。アルバムの冒頭「Powder」では、テクノとドリーム・ポップの融合に取り組んでいる。特に、ゲーム音楽から発展したチップチューン、ポップのクロスオーバーは、フレッシュな感覚をもたらす。

 

Letting Up Despite Great Faultsは『Reveries』において、メロディーやハーモニーの側面でバンドとして素晴らしい連携を示し、各々のセンスを上手く発揮している。「Dress」は、抽象的なギター、ベースがボーカルの夢想的な感覚と重なりながら、DIIV、Slowdiveの系譜にある艷やかなハーモニーを形成する。この曲はアルバムの序盤のハイライトとして楽しめるはず。アルバムの序盤から中盤に掛けて、このアルバムはより深い幽玄なドリームポップの領域に入り込む。「Emboidered」ではニューロマンティックの系譜にあるサウンドへと近づいていく。

 

また、バンドの音楽は2010年代のキャプチャードトラック周辺のサウンドの影響を感じさせ、それはサーフロックやヨットロックのような旧来のサウンドとパンクの系譜にあるドライブ感のあるロックとの融合という音楽性に結び付けられる。「Past Romantic」では、90年代のエレクトロをベースにドライブ感に充ちたシューゲイズサウンドに舵を取る。シンセサイザーをフィードバックギターに見立て、ボーカルを対比させ、心地よいアンビエンスを作り出す。構成的にはギターロックだけれど、表面的にはアンセミックなポップとして聞き入ることが出来る。彼らのサウンドのアグレッシヴな一面が体現され、ライブで映えそうなナンバーだ。

 

基本的には、このアルバムではSlowdiveの系譜にあるサウンドが強調されている。ただ、よりアートポップバンドのような一面が立ち現れる場合もある。「Collapsing」ではコクトー・ツインズのようなゴシックやニューロマンティックの系譜にあるアートポップの要素を読み取れる。ボーカルはエリザベス・フレイザーのように艷やかであり、甘美な感覚に縁取られている。この要素がより洗練されていくと、何かオリジナル性のあるサウンドが出てきそうな予感もある。また、バンドの音楽には4ADのThrowing Musesのようなオルト性を読み取ることが出来、それが部分的に牧歌的、あるいは温和な音楽性という側面を併せ持つことの証左でもある。

 

バンドの音楽はチップチューンのようなゲーム音楽に近いテクノサウンド、そしてダンサンブルなエレクトロ、オルトフォーク、ニューロマンティックを中心に形成されている。序盤では都会的というか、アーバンなイメージに縁取られているが、終盤になると、古典的な音楽性が強調され、それが淡いノスタルジアを漂わせる。現代的なリスナーにとって、過去の音楽の一端に触れることは郷愁的な感覚をもたらすが、テキサスのバンドが最もこのアルバムの制作で最も意識したのはノスタルジアーー過去の時代への沈潜ーーだったかもしれない。それは実際的に抽象的な感覚に縁取られると、聞き手に心地よさという美点を提供する。 また、ノスタルジアに対するイメージがぼんやりとしたものであればあるほど、実際にアウトプットされる音楽には陶酔感が漂う。それはつまり、言語では表しえない非言語性を内包しているからなのだ。


アルバムの終盤は、Slowdive、Cocteu Twinsのアルバムに最初に触れた時のような感覚に溢れ、あっという間に過ぎ去っていく。ぼんやりした午後、背後に過ぎ去る季節、そして次にやってくる夢。彼らは複数の観点から、センチメンタルで、心をくすぐるような切ないラブソングに近いポップソングを書く。そのシューゲイズ的な音楽に耳を澄ませてみると、ぼんやりした意識の向こうから美麗なハーモニーが夜のライトのようにちらつく。抽象的な時間、さほど意味がないように思える穏やかなひとときが、『Reveries』の最大の魅力とも言える。「Swirl」、「Self-Destruct」のような曲のスタイルが、たとえすでに使い古されていたとしても、このアルバムの音楽には確かに人をうっとりさせるものがある。お世辞にも傑作とは言えないかもしれないが、インディーポップファンとしては一聴の価値がある良作となっている。


 

 

76/100

 

 

 

Best Track- 「Dress」

 

 

 

Letting Up Despite Great Faultsの新作アルバム『Reveries』はP-VINEより発売中です。アルバムのストリーミングはこちら

 

 

■Letting Up Despite Great Faults

 

LAで結成され、現在は音楽の街、テキサス・オースティンで活動中のLetting Up Despite Great Faultsが5枚目のオリジナルアルバム『Reveries』を10月11日にリリースする。

 

Letting Up Despite Great Faultsはデビューアルバムで完成させたエレクトロなシンセサウンドをシューゲイズやドリームポップというジャンルに落とし込むという発明で、日本でも5回の来日公演を成功させるなど人気を集めるバンドだ。

 

『Reveries』はミックスにJay Som、マスタリングにSlowdiveのドラマーであるSimon Scottを迎えて制作された作品で、3曲目に収録されている「Color Filter」ではLAで注目を集めるシューゲイズ・バンド、Soft Blue ShimmerからMeredith Ramondをゲストヴォーカルに迎えるなど、インディーポップやシューゲイズ・リスナーにはたまらないメンバーが参加した作品。

 

本作でもLetting Up Despite Great Faultsの特徴であるエレクトロ+シューゲイズ/ドリームポップにキャッチーなメロディーラインを加えるという彼らのオリジナリティーを武器にした作品に仕上がっているが、その上で冒頭を飾る「Powder」や6曲目「Past Romantic」のように実験的なリズムを取り入れた楽曲も収録。

 

K-POPからHyper Popまで様々なポップスを聞くようになったというフロントマンのMike Lee(マイク・リー)がLetting Up Despite Great Faultsのインディーポップな良さに様々なジャンルをポップセンスを加えた楽曲たちもアルバムの中で存在感を放っている。

 

2曲目「Dress」はインディーポップのルーツが存分に感じ取れる心地良い楽曲であり、7曲目に収録されている「Collapsing」のコード感やメロディーセンスも90sのインディーポップやギターポップが好きな人たちにはたまらないであろう。シングル曲として公開された「Swirl」は2010年代の〈Captured Tracks〉が好きな人にはオススメな楽曲であり、国内盤CDに収録されている2曲も間違いない。Letting Up Despite Great Faultsが感じ取れる楽曲が収録!!