ラベル Jazz の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Jazz の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

■ベルリンから彗星の如く現れたジャズ・コレクティヴ、モーゼズ・ユーフィー・トリオ。待望のデビュー作『MYT』が日本先行リリース。



北ヨーロッパ特有の洗練された空気、流れるような優美なメロディーと人力ドラムンベース、熱狂と静謐さを携えた記念すべきフルアルバムが初上陸。

 

濃密なシンセと躍動するリズムが絡み合う「グリーン・ライト」では、ロンドンの人気ラッパーENNYをフィーチャー、同郷のサックス奏者ヴァンヤ・スラヴィンと共演するジャズ・パンクな「ディープ」での白熱の即興演奏も要注目。

 

2025年のジャズ・シーンの台風の目になること必至の大型新人の登場だ。全オリジナル13曲収録。日本限定CD盤で発売予定。

 

 

 

Moses Yoofee Trio「MYT」 [モーゼズ・ユーフィー・トリオ/エムワイティー]



発売日 : 2025年1月24日
   レーベル : 森の響(インパートメント)
フォーマット : 国内盤CD
品番 : MHIP-3794
店頭価格 : 3,080円(税込)/2,800円(税抜)
バーコード : 4532813837949 


*ライナーノーツ収録(落合真理)
*日本のみCDリリース + 先行販売(LPと配信は2/7発売)

 

■プロフィール : モーゼズ・ユーフィー・トリオ

 
ベルリン拠点のピアニスト/プロデューサーのモーゼズ・ユーフィー、ベーシストのロマン・クロベ=バランガ、ドラマーのノア・フュルブリンガー擁する気鋭トリオ。「エモーションズ、モーメンツ、バンガーズ」を掲げ、2020年に結成。ヒップホップからアフロビーツ、アートロックを自在に取り込んだ圧巻のライヴパフォーマンスには定評があり、2024年度ドイツ・ジャズ・プライズではライヴ・アクト・オブ・ザ・イヤーを受賞。


・モーゼズ・ユーフィー・ヴェスター(ピアノ/キーボード)


2013年にわずか14歳でターゲスシュピーゲル紙に「若き天才ジャズアーティスト」と絶賛される。その才能はとどまることを知らず、ロマンと共にレゲエ界のスター、ペーター・フォックスの大規模ツアーにも参加。



・ロマン・クロベ=バランガ(ベース)


モーゼズとはベルリンのジャズ・インスティテュートで出会い、以来コンビを組んで活動を展開する。緻密で揺るぎない演奏力を武器に、バンドの複雑かつ普遍性を兼ね備えたサウンドを支える。

・ノア・フュルブリンガー(ドラム)

 
アメリカの人気ラッパーキャスパー、スウェーデンの名ベーシストのペッター・エルド、ドイツのコメディアン/俳優/ミュージシャンのテディ・テクレブランらと共演し、確かな評価を築き上げる新鋭ドラマー。

  Jakob Bro  『Taking Turns』



Label: ECM

Release:2024年11月29日

 

Review

 

ジェイコブ・ブロはデンマーク出身のギタリスト。同国の王立アカデミーで学習した後、アメリカにわたり、ボストンのバークリースクール、ニューヨークのニュースクールで学習を重ねた。元々、ブロはポール・モチアン、トーマス・スタンコのバンドメンバーとして、ECMに加入した。ジャズマンとしてソロリーダーとしてデビューしたのは2015年のことだった。以降、ジャズアンサンブルの王道であるトリオ編成を始め、ジャズ・ギターの良作を発表してきた。

 

先日、同レーベルから発売された『Taking Turns』は、10年前にニューヨークで録音され、長い月日を経てリリースされた。ブロの作品としては珍しくセクステット(6人組)の編成が組まれている。作品に参加したのは、リー・コニッツ、アンドリュー・シリル、ビル・フリセル、そしてジェイソン・モラン、トーマス・モーガン。ジェイコブ・ブロはこの作品に関して、感情を垣間見て、それをつぶさにスケッチし、記録しながら展開することにあった」と説明する。内省的なソングライティングをベースに制作されたジャズアルバムという見方が妥当かもしれない。

 

基本的なソロアルバムとは異なり、「オールスター編成」が組まれたこのアルバムでは、ソロリーダーというより、ジャズアンサンブルの妙が重視されている。よって彼の演奏だけが魅力のアルバムではない。金管楽器(サクスフォン)がソロ的な位置にある場合も多く、ブロのギターは基本的にはムードづけというか、補佐的な役割を果たすケースが多い。演奏の中には、サックス、ピアノ、ドラム、ウッドベース、そしてギターといった複数の楽器の音楽的な要素が縦横無尽に散りばめられ、カウンターポイントの範疇にある多声部の重なりが強調される。収録曲の大半は、ポリフォニーではなく、音楽的基礎をなすモノフォニーが重視されるが、ピアノ、ギターを中心とする即興的な演奏から、ロマンティックでムードたっぷりの和音が立ち上がる。

 

アルバムの冒頭曲「Black Is All Colors At Once」で聞けるギターの巧みな演奏は空間的な音楽性を押し広げ、そしてピアノの微細な装飾的な分散和音が加わると、明らかに他のセクステットではなしえない美麗で重厚感のある感覚的なハーモニーがぼんやりと立ち上ってくる。二曲目「Haiti」では、ドラムの演奏がフィーチャーされ、民族音楽のリズムが心地よいムードを作り出す。同じように構成的な演奏が順次加わり、金管楽器、ギター、ベースが強固なアンサンブルを構築していく。当初はリズムの単一的な要素だったものが、複数の秀逸な楽器の演奏が加わることにより、音楽全体の持つイメージはより華やかになり、豪奢にもなりえる。そういった音の構成的な組み上げを楽しむことが出来る。リズムの構成はエスニック(民族音楽)の響きが強調されているが、対してジェイコブ・ブロのギターはスタンダードなフュージョンジャズの領域に属する。これがそれほど奇をてらうことのない標準的で心地よいジャズの響きを生み出す。

 

三曲目「Milford Sound」ではウッドベース(ベース)やドラムの演奏がイントロでフィーチャーされている。例えば、トーマス・スタンコなどの録音ではお馴染みの少し明るい曲調をベースにしている点では、ECMジャズの王道の一曲と言えるかもしれない。しかし、そういったスタンダードなジャズを意識しながらも、多彩な編成からどのような美しい調和が生み出されるのか。ジェイコブ・ブロを始めとする”オールスター”は、実際の即興的な演奏を通じて探求していきます。これはジャズそのものの楽しさが味わえるとともに、どんなふうに美しいハーモニーが形作られていくのか。結果というよりも過程をじっくり楽しむことが出来るはずです。

 

特にアルバムの全体では、リーダーのジェイコブ・ブロの演奏の他に、リー・コニッツによるサクスフォンの演奏の凄さが際立つ。「Aarhus」ではピアノとベースの伴奏的な音の構成に対して、素晴らしいソロを披露している。彼のサクスフォンは、ジャズのムードを的確に作り出すにとどまらず、実際的に他の楽器をリードする統率力のようなものを持っている。だが、それは独善的にはならず、十分に休符と他のパートの演奏を生かした協調的なプレイが重視されている。これが最終的には、ジャズの穏やかでくつろげるような音楽的なイメージを呼びおこす。

 

「Pearl River」はおそらくアルバムの中では最も即興的な要素が色濃い楽曲となっている。ドラムのシンバルを始めとする広がりのあるアンビエンスの中から、ギター、ベース、ピアノのインプロバイゼーションが立ち上るとき、ぼんやりした煙の向こうから本質的な核心が登場するようなイメージを覚える。そしてアルバムの序盤から作曲的に重視されている抽象的なイメージは同レーベルの録音の特性ともいえ、このアルバムの場合では感情的な表現を重視していると言える。そういったジャズの新しい要素が暗示された上で、古典的なジャズの語法も併立する。楽曲の二分後半にはマイルス&エヴァンスが重視したアンサンブルとしての和音的な要素が強調される。また、それらに華やかな効果を及ぼすのが、金属的な響きが重視されたドラムのシンバル、もしくはタム等の緩やかなロールである。これはジャズドラムの持つ演出的な要素が、他のパートと重なり合う瞬間、アンサンブルの最高の魅力を堪能することが出来るでしょう。

 

 

ジャズというと、旧来はマイナー調のスケールが重視されることが多く、また、それがある種の先入観ともなっていたのだったが、ECMは2000年頃からこういった旧来のイメージを払拭するべく新鮮な風味を持つ作品をリリースしてきた。それがメジャー調のスケールを強調づける、爽やかで高級感のあるサウンドであった。このアルバムは、ジェイコブ・ブロの移行期に当たる作品であるとともに、ドイツのジャズレーベルの主要なコンセプトに準じており、アンサンブルとしての音の組み立ての素晴らしさのほか、BGM的な響きを持つアルバムとしても楽しめるかもしれません。つまり、それほど詳しくなくとも、聴きこめる要素が含まれています。


「Peninsula」は同レーベルのエスニックジャズを洗練させた曲で、ピアノの演奏がミュート技法を用いたギター、ベースに対して見事なカウンターポイントを構成し、曲の後半ではまったりした落ち着いたハーモニーを形成する。クローズ「Mar Del Plata」は、アルバムではジェイコブ・ブロのギタープレイがフィーチャーされる。ラルフ・タウナーのギターほど難解ではなく、フュージョン・ジャズを下地にした心地よいギターの調べに耳を傾けることが出来るでしょう。



84/100

 


「Black Is All Colors At Once」



本日、ニューカッスル/アポン・タインの5人組、ナッツ(Knats)が新曲「Tortuga (For Me Mam)」を発表。UK気鋭のモダンジャズグループとして今後の活躍に大いに期待したい。今作は、彼らにとってギアボックス・レコードからの初リリースとなる。(各種ストリーミングはこちら)


2024年はナッツにとって、ジョーディー・グリープ(ブラック・ミディ)のUKツアーでのサポートや、ソールドアウトした“ジャズリフレッシュド”のヘッドライナー、同じくソールドアウトしたジャズ・カフェでのStr4ta(ストラータ)のサポート、BBCプロムスでの演奏など、灼熱の1年となった。そんな彼らは現在R&B界のレジェンド、エディ・チャコンのバック・バンドとして英国ツアーの真っ最中。


ニューカッスル出身の2人の親友、スタン・ウッドワード(ベース)とキング・デイヴィッド=アイク・エレキ(ドラム)を中心とするナッツは、洗練されたアレンジ力で、力強いメロディ、ダンサブルなグルーヴを持つジョーディー(ニューカッスル生まれの)・ジャズを制作している。その熱狂的なエネルギーは、Spotifyのプレイリストに特集されたり、The GuardianやJazzwiseなどのメディアから賞賛されるなど、羨望の的となっている。


新曲「Tortuga (For Me Mam) 」では、シネマティックなストリングスに、彼らのダンスとエレクトロニックな感性から生まれたファンクなベースラインとブレイクビートのドラミングが組み合わされている。筋肉質なアップテンポのリズムが、鮮やかなトランペット・ワークと器用な鍵盤をフィーチャーした複雑なアレンジで踊っている。


楽曲のテーマは、ウッドワードが母親へのトリビュートとして、また全てのシングルマザーに敬意を表して書いており、非常にパーソナルな作品である。同楽曲についてバンドは、「スタンとキングは共に影響力のあるたくましい女性に育てられ、この曲にはシングルマザーの強さと犠牲に対する賞賛と感謝の気持ちが込められている 」と語っている。

 

ライブ動画のスニペットの試聴はこちら:  https://m.youtube.com/shorts/GlhKUA3WB_A


そして「Tortuga (For Me Mam) 」は、すでに今月初旬に発表された〈Beams Plus〉とロンドン発のスケートブランド〈PALACE SKATEBOARDS〉との初コラボレーション・ラインの広告に使用されており、CMではナッツが生演奏で楽曲を披露している。ナッツのトランペット、ピアノ、ストリングス、ドラム、ベースの絶妙なジャズアンサンブルに注目したい。


現在、ツアーに大忙しのナッツだが、11月17日(日)には”ロンドン・ジャズ・フェスティバル”に、ベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフ率いるヴィレッジ・オブ・ザ・サンと出演することが決定している。

 

 

 「Tortuga (For Me Mam) 」

 

 


Knats Biography:

 

ニューカッスル・アポン・タイン出身の2人の生涯の親友、スタン・ウッドワード(ベース)とキング・デイヴィッド・アイク・エレキ(ドラムス)が率いるクインテットで、それぞれのルーツであるジャズ、ドラムンベース、ハウス、ゴスペルから派生したダンス・ミュージックを作っている。  

 

シーンに登場して間もない彼らは、すでにSoho Radio、BBC Newcastle、WDR3によって認知され、Spotifyの ‘All New Jazz’プレイリストに選曲された他、‘JazzFresh Finds’のカヴァーも飾っている。

 

さらに、「BBC Introducing North East」からも絶大な支持を受けている。  今月初旬に発表された〈Beams Plus〉とロンドン発のスケートブランド〈PALACE SKATEBOARDS〉との初コラボレーション・ラインの広告に楽曲「Tortuga (For Me Ma)」が使用された。

・河瀨直美監督映画の音楽も担当したベイルート出身の世界唯一の"微分音トランペッター"、イブラヒム・マーロフ、今月末、最新アルバムを提げての来日公演を実施!

Ibrahim Maarouf


トランペット奏者の父、ナシム・マーロフが開発した4分音が出せる”微分音トランペット”を操る世界唯一のアーティスト、Ibrahim Maalouf(イブラヒム・マーロフ)。7歳の頃からトランペットでクラシック音楽やアラブ音楽を学んだ彼の音楽は、西洋的なポップ感覚、高度なジャズの即興、そしてアラブ音楽を武器としている。


これまで19枚のアルバムを発表し、グラミー賞に2度ノミネート。さらにはフランスのグラミー賞といわれる”ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュージック”で史上初の全編インスト・アルバムでの受賞という快挙を果たしている。


スティング、エルヴィス・コステロ、デ・ラ・ソウル、アンジェリーク・キジョーや、シャロン・ストーンといったビッグネームと共演経験のある、まさに世界的スター・プレイヤーである。2017年にはカンヌ国際映画祭「コンペティション部⾨」に選出され、エキュメニカル審査員賞を受賞した、河瀨直美監督がオリジナル脚本で挑んだラブストーリー『光』の映画音楽を担当。河瀨直美監督、主演の永瀬正敏、⽔崎綾⼥、神野三鈴、藤⻯也とともにカンヌのレッドカーペットにも登場した。


そんなイブラヒムは今年9月に最新アルバム『ミケランジェロのトランペット』をリリースする。ヒップホップ/エレクトロ/ポップ/ジャズ/ロックを網羅するそのユニークな音楽性が特徴の彼らしく、今作にはニュー・オーリンズのスター、トロンボーン・ショーティにデトロイトのダブルベース奏者エンデア・オーウェンズ、今年7月に逝去した伝説的コラ奏者のトゥマニ・ジャバテ、その息子シディキ・ジャバテなど、多くのゲストが参加。ジャケット写真は1925年の故郷レバノンに実在したファンファーレ・バンドで、その中にはイブラヒム自身の祖父も含まれているのだとか。そしてアルバムのサウンドはまさに「ファンファーレ」という表現がピッタリの、聴けば踊り出さずにはいられない、お祭りや式典で大盛り上がりしそうな楽曲ばかり。

 


「Love Anthem 」 MV  *新作アルバム『Trumpets of Michel-Ange』に収録

 


これを聞いて気になった方に朗報だ! 最新アルバムを引っさげてのイブラヒムの来日公演が今月末に行なわれる。

 

11月22日(金)・23日(土)・24日(日)の3日間に渡って ブルーノート東京で行なわれる今回の公演では、現在展開中のツアー同様、5人のトランペッ ターと2人のギター、サックス、ドラムスのユニークな編成で圧巻のパフォーマンスが期待出来る。

 

イブラヒムにとって約10年ぶりとなる来日公演。本人曰く、「観客のみんなには立ち上がって一緒に歌ったり踊ったりして欲しい」とのこと。ぜひ、国境や世代を超越した、自由で鮮やかな祝祭空間を存分に楽しんでいただきたい。



【リリース情報】



 

アーティスト名:Ibrahim Maalouf(イブラヒム・マーロフ)

タイトル名:Trumpets of Michel-Ange(ミケランジェロのトランペット)

レーベル:Mister Ibé


<トラックリスト>

1.The Proposal

2. Love Anthem

3. Fly With Me - feat. Endea Owens

4. Zajal

5. Stranger

6. The Smile of Rita

7. Au Revoir - feat. Golshifteh Farahani

8. Capitals - featuring Trombone Shorty

9. Timeless (Bonus track)



【来日情報】 イブラヒム・マーロフ & THE TRUMPETS OF MICHEL-ANGE

日程:

11/22(金)[1st]Open5:00pm Start6:00pm / [2nd]Open7:45pm Start8:30pm

11/23(土)、11/24(日)[1st]Open3:30pm Start4:30pm / [2nd]Open6:30pm Start7:30pm

会場:ブルーノート東京

公演サイト: https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/ibrahim-maalouf/



【バイオグラフィー】

 

ベイルート出身で現在はフランスで活躍するトランペッター。両親ともに音楽家という家庭に育った彼はレバノン内戦中に家族でパリに移住し、7歳の頃からトランペットでクラシック音楽やアラブ音楽を学んだ。

 

イブラヒムが用いるトランペットは父ナシム・マーロフが開発した4本のピストン・バルブを持つ特殊な楽器で、アラブ音楽で使われる微分音を表現することができる。

 

これまで19枚のアルバムを発表し、グラミー賞に2度ノミネート。スティングやエルヴィス・コステロといった多数のトップ・アーティストと共演、ルーツであるアラブ音楽やヒップホップ、エレクトロなど、さまざまな要素が溶け合った音楽性で世界を魅了する。2024年9月、最新アルバム『ミケランジェロのトランペット』をリリース。11月には、早くも来日公演が決定した。




昨年5月にビルボード・ライヴ東京にて初来日公演を実施したヴィレッジ・オブ・ザ・サンが、本日『Village Of The Sun, Live In Tokyo』と題された新しいライヴEPをサプライズ・リリースした。早耳のリスナーはぜひチェックしよう。


英国の伝説的デュオ、ベースメント・ジャックスでの活動でも知られるサイモン・ラトクリフによる注目のジャズ/ダンス・クロスオーバー・ユニット、ヴィレッジ・オブ・ザ・サン。


英国ジャズ・シーン新世代の旗手でサックス奏者ビンカー・ゴールディングとドラマーのモーゼス・ボイドがサイモンとタッグを組み、即興で作るインストゥルメンタル・ミュージックに対する情熱から誕生した同プロジェクトは、それぞれが持つ感受性を武器に、ダンサブルで独特の雰囲気を持った作品作りを心がけている。


2022年11月には待望のファースト・アルバム『ファースト・ライト』をリリースし、音楽の新境地を開いた彼ら。今回リリースされたEPは、ビルボード・ライヴでの公演の中から3曲のファン人気曲、「Ted」「Village Of The Sun」「The Spanish Master」を収録。


来日公演を振り返ってメンバーのサイモンは、次のように話している。「エレガントなビルボード東京でのライヴはとても楽しかったよ。オーディエンスはとても僕たちを歓迎してくれたから、すごくエキサイティングだった。東京にはジャズに対する深い知識と愛情があるよね」


13分におよぶライヴ・バージョンの「The Spanish Master」は、サイモンの流れるようなシンセサイザーがモーゼスの熱のこもった複雑なドラム・ライン上で踊り、ビンカーの表現力豊かなサックスがどんどん入り混じってきて、ドラム・ソロへと展開していく。このパフォーマンスは、ライヴのエネルギーを完璧に凝縮したもので、メンバー全員がアドレナリン全開の最高の状態であることがわかる。




【リリース情報】



アーティスト名: Village of the Sun (ヴィレッジ・オブ・ザ・サン)

タイトル名: First Light (ファースト・ライト)

レーベル: Gearbox Records

品番:GB1580CDOBI (CD) / GB1580OBI (LP)


<トラックリスト>

1. Cesca

2. First Light

3. Village Of The Sun

4. The Spanish Master

5. Tigris

6. Ted


※アルバム『First Light』配信リンク:

https://orcd.co/firstlight


Credits: 

All tracks written by Simon Ratcliffe, Binker Golding and Moses Boyd

Apart from ‘Ted' - written by Ted Moses, Simon Ratcliffe, Binker Golding and Moses Boyd

Binker Golding: tenor saxophone

Moses Boyd: drums

Produced and mixed by Simon Ratcliffe and all other instrumentation by Simon Ratcliffe

 


Village of the Sun:

 

イギリスのダンス・ユニット、ベースメント・ジャックスの活動でも知られるサイモン・ラトクリフと、サックス奏者ビンカー・ゴールディングとドラマーのモーゼス・ボイドによって結成されたプロジェクト。

 

即興で作るインストゥルメンタル・ミュージックに対する情熱から誕生した同プロジェクトでは、それぞれが持つ感受性を武器に、ダンサブルで独特の雰囲気を持った作品作りを心がけている。2020年1月、デビュー・シングル「Village Of The Sun」を、4月にはセカンド・シングル「Ted」を配信リリース。

 

その後、2022年9月に2年半ぶりとなる新曲「Tigris」をリリース。10月には更なる新曲「The Spanish Master」を、そして11月にはファースト・アルバム『ファースト・ライト』を発売。2023年5月、ビルボードライブ東京にて初来日公演を実施。2024年10月、同公演からのライヴ音源を収録したデジタルEP『Village Of The Sun, Live in Tokyo』を配信リリース。

 

©︎Arepo

 

本日、受賞歴もある作曲家で、シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)のピアニストとしても知られる即興演奏家のエリオット・ガルビン(Elliot Galvin)が、本日ニューシングル「From Beneath」を発表した。(ストリーミングはこちら)


エリオット・ガルビンは、英国ジャズ界のスーパーグループ、ダイナソーのメンバーで、これまで4枚のソロ・アルバムでDownbeat 誌やJazzwise誌の”アルバム・オブ・ザ・イヤー”に輝いたほか、マーキュリー賞にもノミネート経験をもつ。

 

また、シャバカ・ハッチングス、エマ=ジーン・サックレイ、ノーマ・ウィンストン、マリウス・ネセット、マーク・ロックハートらとのコラボレーションなど、英国ジャズ界の先駆者として長年活躍している。


他にも、マーク・サンダースや現在のレーベルメイトであるビンカー・ゴールディングらとレコードをリリースし、ボーダレスな即興演奏家としても高い評価を得ている。


彼の最新ソロ・アルバムは、全曲即興のピアノ・アルバムで、Guardian誌の「アルバム・オブ・ザ・マンス」とBBCミュージックの「アルバム・オブ・ザ・イヤー」に選出。また、シンフォニエッタから委嘱された作曲家でもあり、ターナー・コンテンポラリー・ギャラリーなどで作品を展示するオーディオ・アーティストでもある。


グラミー賞、マーキュリー賞、MOBOにノミネートされたレコーディング&ミキシング・エンジニアのソニー・ジョンズ(トニー・アレン、アリ・ファルカ・トゥーレ、ローラ・ジャード)とレコーディングした最新シングル「From Beneath」には、著名なベーシスト兼ヴォーカリストのルース・ゴラーと、ポーラー・ベアのドラマーでパティ・スミス/デーモン・アルバーンのコラボレーターでもあるセバスチャン・ロックフォードが参加している。


グリッチなドラム・マシーンに支えられたうねるようなピアノ・ラインと、心を揺さぶるヴォーカルから曲は展開し、緊張が解けると、熱烈なパーカッション・ワークと、ガルビンのスタッカートなエレクトロニック・マニュピュレーションを切り刻み、飛び回るようなベースラインが始まる。

 


このシングルについてガルビンは、次のように語っています。

 

「ルースとセブを何年も尊敬してきたし、特にセブのバンド、ポーラー・ベアには大きな影響を受けてきました。この曲は、前作から5年の間に僕の音楽的な声が進化してきたことを象徴している。ロックダウンの間、そして、その後の数年間、僕は自分の音楽をリリースするのをやめ、世の中の方向性に対する不穏な感覚の高まりと僕自身の人生の変化に影響された新しいアプローチを構築していきました。その結果、人生経験に富んだダークな音の世界が生まれたんだ」


「セバスチャンの象徴的なドラミング、ルースの心に響くヴォーカル、エレクトリック・ベースの即興演奏に加え、モジュラー・シンセ、ドラム・マシン、サンプラーを取り入れ、ユニークなピアノ・インプロヴァイザーとしてのアイデンティティを保ちながら、荒涼とした美しさと重く壊れたグルーヴのトラックを作り上げました。これは親友との会話の後に書かれた1曲です」

 

 

 

 

 

Elliot Galvin Biography:

 

受賞歴のある作曲家、ピアニスト、即興演奏家。作品は主に、即興演奏の取り入れと、様々な環境と文脈における音の折衷的な並置の使用で知られている。Downbeat誌とJazzwise誌の両方で2018年の年間最優秀アルバムに選ばれ、2014年には栄誉ある"ヨーロピアン・ヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤー"を受賞した。

 

これまでシャバカ・ハッチングス、ノーマ・ウィンストン、マリウス・ネセット、マーク・ロックハート、エマ・ジーン・サックレイ、マーキュリー賞ノミネート・バンドのダイナソーなどとのレコーディングや国際的なツアーを数多くこなしてきた。

 

即興演奏家としては、マーク・サンダース、ビンカー・ゴールディングとのアルバムや、パリのルイ・ヴュイトン財団でのコンサートで録音された全曲即興のソロ・ピアノ・アルバムをリリースしており、Guardian誌の"アルバム・オブ・ザ・マンス"やBBCミュージック誌の"アルバム・オブ・ザ・イヤー"に選ばれている。

 

作曲家としては、ロンドン・シンフォニエッタ、リゲティ弦楽四重奏団、アルデバーグ・フェスティバル、ジョンズ・スミス・スクエア、ロンドン・ジャズ・フェスティバルなど、一流のアンサンブルやフェスティバルから委嘱を受けている。また、オーディオ・アーティストとしても活動し、ターナー・コンテンポラリー・ギャラリーや、最近ではオックスフォード・アイデア・フェスティバル等でインスタレーションを展示している。2024年10月、Gearbox Recordsからの初リリースとなるシングル「From Beneath」を発表した。

 Aaron Parks(アーロン・パークス)   Litte Big Ⅲ


Label: Blue Note/UMG

Release: 2024年10月18日

 

 

 

Review

 

 

ニューヨークのジャズ・ピアニスト、Aaron Parks(アーロン・パークス)は、ECM(ドイツ)のリリースなどで有名な音楽家。今回、彼は13年振りに名門ブルーノートに復帰している。『Little Big Ⅲ』は、2018年の『Little Big』、2020年の『Ⅱ』に続く連作の三作目で、三部作の完成と見ても良いだろう。今作は彼の代表作『Arborescence』と並び、代表作と見ても違和感がない。軽快なシャッフルのドラムとアーロン・パークスの静謐な印象を持つピアノが合致した快作。


アーロン・パークスのピアノの演奏は旋律とリズムの双方の側面において絶妙な均衡を併せ持ち、今作にかぎってはバンドアンサンブル(カルテット)の醍醐味を強調している。エレクトリックジャズをバンドとして追求したように感じられた。例えば、オープニング「Flyways」はピアノとドラムを中心に組み上げられるが、軽快さと心地よさのバランスが絶妙だ。パークスのLyle Mays(ライル・メイズ)を彷彿とさせるフュージョンジャズに依拠したピアノのスケール進行がエレクトリック・ギター、エレクトロニックの系譜にあるシンセサイザー、しなやかなドラムと組み合わされ、聞いて楽しく、ビートに体を委ねられる素晴らしい一曲が登場する。ギター、ピアノの組み合わせについては、ロック的な響きが込められているように感じられた。

 

「Locked Down」は、パークスの主要な作風とは異なり、シリアスな響きが強調されているように思える。この曲では、ドラムの演奏が主体となり、ピアノは補佐的な役割を果たしている。ドラムのタム、スネア等のエフェクトもクロスオーバ・ジャズの性質を印象付ける。そして都会的な地下のムードを漂わせるゆったりとしたイントロから、中盤にかけて瞑想的なセッションへと移行していく。特に、2分20秒付近からパークスの見事な即興的な演奏に注目したい。またジャズのコンポジションの基本形を踏襲し、エレクトロニックの文脈が曲の最後に登場するが、パークスは華麗なグリッサンドを披露し、前衛的なエレクトロとドラムの演奏に応えている。

 

三曲目に収録されている「Heart Stories」はアーロン・パークスらしいジャズ・ピアノを中心とした曲で、彼の代名詞的なナンバーと言えるかもしれない。この曲でも、ライル・メイズの70年代の作品のようなフュージョン性が重視されている。ライブセッションとして繰り広げられる心地よいリズム、心地よい''間''を楽しむことが出来る。表情付けやアンビエント的な効果を持つドラムのプレイと組み合わされるパークスの演奏は、落ち着いていて、ほのかな上品さに溢れている。曲の序盤では、ピアノからギター・ソロが始まるが、音楽的な心地よさはもちろん、無限なる領域に導かれるかのようである。特に、二分半頃からフュージョンジャズのギター・ソロは瞑想的な空気感を漂わせる。基本的に、この曲ではブラシは使用されないが、リバーブなどのエフェクトでダイナミクスを抑えつつ、スネアの響きに空間的な音響処理を施している。4分付近からはピアノソロが再登場し、以前のギターとの対話を試みるかのよう。また、作曲の側面から言及すると、「複数の楽器によるモチーフの対比」と解釈出来るかもしれない。曲の最後ではブルーノートのジャズライブで聞けるような寛いだセッションを録音している。

 

「Sports」は、エレクトリック・ベースで始まり、ライブのような精細感に溢れている。イントロではファンクの要素を押し出している。しかし、その後に入るドラムが見事で、断片的にアフロ・ビート等のアフリカの民族音楽のリズムを活かし、スムースなジャズセッションに移行していく。ピアノの旋法に関しても、アフリカ、地中海等の音楽のスケールを使用し、エキゾな雰囲気を醸成する。分けても、ピアノとギターがユニゾンを描く瞬間が秀逸で、ジャズの楽しさが見事に体現されている。この曲は、演奏者の息遣い等を演奏に挟み、痛快なイメージで進行していく。更に、曲の中盤では、ギターソロが入り、ロック/プログレジャズのような要素が強まる。以後、カリブの舞踏音楽「クンビア」のような民族的なリズムを活かし、闊達なジャズを作り上げる。4分頃からはベース・ソロが始まり、三つの音域での自由な即興が披露される。この曲でも、それぞれの楽器の持つ音響性や特性を生かしたジャズの形式を発見出来る。ロンドンのジャズバンド、エズラ・コレクティヴをよりスマートに洗練させたような一曲。

 

「Little Beginnings」は規則的な和音をアコースティックピアノで演奏し、それをモチーフにして曲を展開させる。イントロのミニマリズムの構成を基にして、このアルバムのアンサブルの三つの楽器、ギター、ベース、ドラムの演奏が複雑に折り重なるようにして、淡いグルーヴを組み上げていく。しかし、それらのリズムの土台や礎石のような役割を担うのが、アーロン・パークスのピアノである。この曲の中盤からはフュージョン・ジャズの領域に入り込み、それぞれの楽器の演奏の役割を変化させながら、絶妙な音のウェイブを描いている。曲の後半ではローズ・ピアノの華麗なソロが入り、イントロの画一的な音楽要素は多彩的な印象へと一変する。アウトロでのローズ・ピアノの刺激的なソロは、このプレイヤーの意外な側面を示唆している。

 

また、今作にはニューヨーク・ジャズとしての要素も含まれているが、同時にロンドンのアヴァンジャズに触発された曲も収録されている。この辺りのプログレッシヴ・ジャズの要素がリスニングに強いアクセントをもたらす。「The Machines Says No」は、繊細かつ叙情性のあるギター・ソロで始まり、落ち着いたバラードかと思わせておいて、意外な変遷を繰り広げる。その後、Kassa Overallのような刺激的で多角的なリズムの要素を用い、絶妙な対比性を生み出す。旋律の要素は叙情的であるが、相対するリズムは、未知の可能性に満ちあふれている。この曲もまた従来のアーロン・パークスの作曲性を覆すような前衛的なジャズのアプローチである。


その後、アルバムの音楽性は、序盤のフュージョンジャズの形式に回帰している。「ジャズのソナタ形式」といえば語弊があるが、つまり、中盤の刺激的なアヴァンジャズの要素がフュージョンと組み合わされている。「Willamia」は、フォーク/カントリーとジャズとの交差性というメセニーが最初期に掲げていた主題を発見することが出来る。実際的にジャズの大らかな一面を体感するのに最適だろう。「Delusion」は、閃きのあるピアノ・ソロで始まり、スネアやタムが心地よい響きに縁取られている。音楽的な形式とは異なるライブセッションの要素を重視した聞き応え十分の一曲。アルバムは続く「Ashe」で終了する。そして、この最後の曲では、アーロン・パークスらしい落ち着いたピアノの演奏を楽しめる。ポピュラーとジャズの中間にあるこのバラード曲には、ジャレットのライブのように、パークスの唸り声を聞き取る事もできよう。

 

アーロン・パークスの13年ぶりのブルーノートへの復帰作『Little Big Ⅲ』では、ジャズという単一の領域にとらわれぬ、自由で幅広い音楽性を楽しむことが出来る。2024年の良作のひとつ。

 

 

 

86/100

 

 

 

「Ashe」

 Ezra Collective 『Dance, No One’s Watching』


 

Label: Partisan 

Release: 2024年9月27日

 

 

Review

 

ロンドンのジャズ・コレクティヴは、前作アルバムで一躍脚光を浴びるようになり、マーキュリー賞を受賞、もちろん、海外でのライブも行い、ビルボードトーキョーでも公演をおこなった。このアルバムは、彼らのスターダムに上り詰める瞬間、そして、最も輝かしい瞬間の楽しい雰囲気を彼らの得意とするジャズ、アフロソウル、そしてダンスミュージックでかたどっている。エズラ・コレクティヴの最高の魅力は、アグレッシヴな演奏力にあり、それはすでにライブ等を見れば明らかではないだろうか。巧みなドラム、金管楽器のユニゾン、そして旧来のソウルグループのような巧みなバンドアンサンブル、これらを持ち合わせている実力派のグループ。


もちろん、コルドソという演奏者の影響も見逃せない。彼がもたらすアフロソウル、あるいはファンク、ジャズ、ヒップホップの要素は、このコレクティヴの最大の長所であり、そしてイギリスの音楽は、スペシャルズの時代からずっと人種を越えたものであることを示してみせた。最近では、実は週末になると、プレミアリーグに夢中になるというコルドソであるが、この2ndアルバムで追求したのは、ジャズやソウル、ファンク、スカといった要素を取り巻くようにして繰り広げられるサーカスのように楽しいダンスミュージック。ただ、最もファースト・アルバムと厳密に異なる点は、ライブ向けの音楽であること、そして、シンプルさや単純さにポイントが置かれているということだろう。このアルバムではあえて、彼らのテクニカルな演奏の側面を抑えめにして、聞き手にビートとグルーヴをもたらし、どうやって自分たちのダンスの感覚と受けての感覚を共有させるのかという箇所に録音の重点が置かれているように思える。

 

前作に比べると、ビルボード贔屓のアルバムになったことは彼らの感謝代わりで目を瞑るしかない。しかし、このアルバムが、前作の音楽を薄めたポピュラーアルバムと考えるのは早計に過ぎるかもしれない。例えば、アルバムの冒頭の「Intro」を聴くと分かる通り、ダンスフロアのむっとした熱気を録音で伝え、そこからジャズのストーリーが始まる。スカのリズムはその前身であるカリプソのようなエキゾチックな空気感を持ち、やはりレコーディングにはブラックミュージックの雰囲気が漂っている。そして彼らは前作のアフロジャズの要素に加えて、キューバや南米の音楽性を今回付け加えている。そしてクンビアのようなアグレッシヴなリズムは音楽そのものに精細感と生きた感覚を付与している。続く「The Herald」でも、南米の情熱的なビート、そしてダンスの音楽性をベースにやはりリアルな感覚に充ちたジャズソングを作り上げていく。これは実は他のグループには出来ないエズラコレクティヴのお家芸なのである。


そしてジャズバンドとしてのセッションの面白さや楽しさを追求したような曲も見出される。「Palm Wine」はファンクバンドとしての性質が強く、ブラック・ミュージックの70年代のコアな魅力を再訪している。もちろん、ジャズの要素がそれらの音楽性にスタイリッシュな感覚を添えているのは言うまでもない。

 

また、今回のアルバムでは、アグレッシヴな側面のみならず、しっとりとしたメロウさが組み込まれている。「cloakroom link up」こそジャズバンドとしての進化を証だて、オーケストラストリングスの導入等、彼らが新しいステップへ歩みを進めたのが分かる。序盤で最も注目すべきは、UKのレゲエ・シーンの新星、Yazmin Lacey(ヤズミン・レイシー」が参加した「God Gave Me Feet For The Dancing」である。この曲では、「ダンスー踊り」という行為が神様から与えられたことに彼らが感謝し、そして、それらを彼らが得意とするアフロジャズによって報恩しようとする。自分たちに与えられた最善の能力を駆使して、感謝を伝えることほど素晴らしいものはない。実質的なタイトル曲は、エズラ・コレクティヴらしさが満載で、それはダンスの楽しさを、ドラム、ベース、ホーンを中心に全身全霊を使って表現しようとしているのである。

 

「Ajala」「The Traveller」「in the dance」、「N29」は連曲となっていて、彼らがクラシック音楽の知識を兼ね備えていることを象徴付けている。この曲では、アフロジャズというよりも、クンビアのような南米音楽をベースにし、自由闊達で流動的なセッションを繰り広げる。ライブ・バンドとしての凄さが体感出来、それらを艷やかなホーンセクションで縁取ってみせている。バンドアンサンブルとしては、ファンクのノリを意識し、演奏のブレイクの決めの部分、音が消える瞬間やシンコペーションの強調等、豊富な音楽知識を活かし、グルーヴの持つ楽しさやリズムの革新性を探求している。連曲である「The Traveller」は同じモチーフを用いて、バンドの演奏においてリミックスのような技法を披露している。アグレッシヴな感覚を持つ前曲と同じ主題を用いながら、エレクトロニクス、ファンクのリズム、そしてレゲエやスカのリズムを総動員して、ダンスミュージックの未来を彼らは自分たちの演奏を通して見通そうとする。


続く「in the dance」は流麗なオーケストラストリングスを主体として、ストーリー性のある音楽に取り組んでいる。バイオリン(ビオラ)、チェロのパッセージは美麗な対旋律を描き、オーケストラジャズとも呼ぶべき、ガーシュウィンの作風をモダンに置き換えたかのようである。「N29」はドラムとベースのファンクのリズムを中心として、Pファンクに近いリズムを作り上げる。ブーツィーコリンズのようなしぶといベースに迫力味があり、ドラムと合わせてこの曲をリードしていく。彼らは演奏を続けるなかで、最も心地よい瞬間、そして最も踊れる瞬間の金脈を探し当て、それらのグルーヴをかなり奥深い領域まで掘り下げていこうとするのである。これはエズラ・コレクティヴの作曲が、あらかじめ楽譜ですべて決まっているわけではなく、インプロヴァイゼーションに近いものではないかと推測させるものがある。そしてそれは実際的に音楽の持つ自由な雰囲気、そしてもちろん開放的な音を呼び覚ます力を持ち合わせている。



ボーカルを主体にしたポピュラージャズというのは前作でも一つの重要なテーマだったが、今作でもそれは引き継がれている。オリヴィア・ディーンが参加したもう一つのタイトル曲「No One's Watching Me」では、ソウルやR&Bに傾倒し、彼らがバックバンドのような役割を果たす。オリヴィア・ディーンのメロウで真夜中の雰囲気を持つ艷やかなボーカルにも注目だが、エレクトリック・ピアノ(ローズ・ピアノ)、エネルギッシュなトロンボーン、トランペット、そして、それと入れ替わるようにして加わるディーンのボーカル、これらは時代こそ違えど、ビックバンドの現代版のような趣を持ち、カウント・ベイシーのように巧みだ。音楽的には南米音楽の色合いが強く、キューバ、カリブ海周辺の熱情的な音楽の気風が反映されている。一曲の間奏曲を挟み、「Hear Me Cry」ではサンバのリズムを用い、ドラムのロールを中心にどのような即興的な演奏が行えるのかを実験している。それは背後の掛け声の録音と合わせて一つの流れを形作り、最終的にはキューバン・ジャズのようなエキゾチックな音楽へと繋がっていく。同じく、異なる地域のリズムや音楽のミックスというのが、アルバムのもうひとつの副題であるらしく、これはエズラ・コレクティブの今後の重要なテーマともなるだろう。「Shaking Body」ではスカやレゲエ、そしてサンバのリズムを組み合わせ、独特なビートを作り上げている。これらは旧時代のフリージャズのリズムの革新性の探求の時代を思わせ、それらを現代のバンドとして取り組もうというのである。しかしこの曲もまたポピュラー性にポイントが置かれている。アルバムの最もエキサイティングな瞬間は続く「Expensive」で到来する。エズラ・コレクティヴは実際に何かを体験してみることの大切さを音楽によって純粋に伝えようとしている。



アルバムの終盤に差し掛かると、かなり渋めの曲が出てくる。「Street Is Calling」はクラッシュに因んだものなのか、レゲエやスカの音楽がストリートのものであることを体現している。もちろん、それらの70年代の音楽をベースにして、ヒップホップの要素を付け加えている。スカ・ラップ/レゲエ・ラップとも呼ぶべきこの音楽は、たしかに英国の音楽を俯瞰してみないと作り得ないもので、古典的なものと現代的なものを組み合わせ、新しい表現性を生み出そうという狙いも読み取ることが出来る。本作のなかでは最もブラックミュージックのテイストが漂う。最後の間奏曲を挟んだあと、このアルバムは驚くほどリスニングの印象を一変させる。つまり、アルバムの最初の地点とゴールは音楽的にかなり距離が離れていることに思い至るのだ。

 

「Why I Smile」は本作の冒頭の収録曲と同じく、ジャジーな雰囲気のナンバーであるが、その一方でニュアンスは少し異なる。古典的なジャズやソウルの演奏を元にした序盤とは異なり、アンサンブル自体は、エレクトロジャズ/ニュージャズ、つまり北欧のジャズに近づく。この点に、エズラコレクティヴの狙いが読み取ることが出来る。それは、古典的なものから現代的なものまでを渉猟するという意図である。これはまるで、時代もなく、地図もない、無限のジャズのフィールドを歩くような個性的なアルバムということが分かる。そしてまた、ライブの空気感をかたどった曲もある。「Have Patience」は、ブルーノートのライブのような雰囲気が漂い、テーブル席の向こうにエズラ・コレクティヴのライブを眺めるかのようである。そしてアルバムのクローズではさらに渋く、深みのあるジャズの領域に差し掛かる。この曲のイントロは、ジャレットのライブのような雰囲気を持ち、ホーンセクションのアンビエントに近いシークエンスにより、うっとりとした甘美さが最高潮に達する。この曲はアグレッシヴな側面を特徴としていた前作にはなかったもので、エズラ・コレクティヴの新しい代名詞とも言えるだろう。

 

『Dance, No One’s Watching』は人目を気にせず純粋に楽しむことの素晴らしさを伝え、そしてジャズの新しい表現を追求しようとし、さらには、ストーリー的な意味合いを持っている。この3つの点において革新的な趣向がある。前作より深い領域に差し掛かったのは事実だろう。現時点では、南米的な哀愁がエズラ・コレクティヴの音楽の最大の持ち味ではないかと思われる。すべて傑作にする必要はないのだけれども、今後も凄いアルバムが出てきそうな予感がする。

 

 

 

88/100 

 

 

 

Best New Track- 「Everybody」




©Francois Bisi

現代ジャズシーンに新たな風を吹き込むハンマード・ダルシマー奏者マックスZTと日本人ベーシストMoto Fukushimaによるハウス・オブ・ウォーターズ。グラミー賞ノミネート作品の前作に続く初のインプロヴィゼーション・アルバムから先行シングル「Improv9」が公開。試聴は配信リンクと合わせて下記より。

 

前作『On Becoming』は、第66回グラミー賞ベスト・コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム部門にノミネート。ハウス・オブ・ウォーターズ初の即興演奏アルバム『On Becoming - The Improv Sessions』は、同セッションからの録音を基に構成され、8曲のインプロヴィゼーションと日本限定ボーナス・トラック2曲を収録している。世界屈指のドラマー、アントニオ・サンチェスが前作に引き続き参加し、心地よいグルーヴとリズム感を生んでいる。誰もがこれまでに聴いたことのない独創的で鮮やかな音世界が、今ここに提示される。

 

 

 

 

 

House Of Waters 「Improv 9」- New Single

 


収録曲:

1.Improv 9

配信リンク: https://morinohibiki.lnk.to/QOHhFx

 

 

『On Becoming - The Improv Sessions』- New Album

 



アーティスト:House of Waters(ハウス・オブ・ウォーターズ)
タイトル:On Becoming - The Improv Sessions
ジャンル: JAZZ
レーベル:森の響/インパートメント
発売日 : 2024年10月11日
フォーマット : 国内盤CD/デジタル配信


■ライナーノーツ収録(落合真理)
■ボーナストラック2曲収録
■日本のみCDリリース



◾️HOUSE OF WATERS(ハウス・オブ・ウォーターズ)   初の即興演奏アルバム『ON BECOMING - THE IMPROV SESSIONS』の発売が決定 10月11日に発売  アントニオ・サンチェスがドラムで参加

 【Jazz Age】Vol. 3  Sonny Rollins  ハード・バップ、ビバップの飽くなき開拓者 カリプソとジャズのクロスオーバー


  モダンジャズの開拓者、ソニー・ロリンズは、当初、マイルス・デイヴィスの人脈から登場したプレイヤーという側面では、先に紹介したビル・エヴァンス、そしてジョン・コルトレーンに近い人物である。

 

  そして、ドラッグ関連での私生活の悪辣っぷりは、この当時のジャズ・プレイヤーの象徴的なエピソードと言えるだろう。もうひとつ現実的な側面では、駆け出しのミュージシャンにはそういったものは高価で彼の給料ではまかないきれなかったのだろう。しかし、必ずしもソニー・ロリンズは生涯にかけて品行方正であったなどとは言えないが、やはり音楽家、演奏家としては傑出していたといわざるをえない。


  ソニー・ロリンズの最も優れた点を挙げるとするなら、ジャズの文脈でいえば、ハードバップ、そして、ビバップを生涯に渡って探求しつづけたこと、さらにリズムやビートに核心をもたらしたこと、次いで、彼のルーツであるカリプソやボサノヴァをはじめとするラテン音楽をジャズの文脈に引き入れたことだろう。


  これはソニー・ロリンズが現代のヒップホップミュージシャンのようにビートの革新性に夢中になっていたことを裏付ける。また、ロリンズはいっとき、クラシカルなニューオリンズ・ジャズに傾倒したこともあったが、基本的には、ハード・バップ、そして時々気まぐれに、モード奏法をベースにしたジャズをレコーディングしたのだった。そしてまた、ソニー・ロリンズの作品を語る上で最重要なのは、アーカイブやコンピレーションは例外として、彼が作品として冗長なものをほとんど残さなかった。ライブ録音を含めて基本的には、現在のミニアルバムやEPのような小規模の構成を持つ作品がきわめて多いことに気がつく。ここにロリンズの作曲家としての流儀が込められている。簡潔さを重視し、退屈なものはいらないということだ。

 

  そういった他人には譲れないプライドにも似た感覚、わが道を行くというような矜持にも似た思いは、流動的なリズムを持ち、そして絶えず調性や旋法が移り変わるバップ/ハードバップのジャズの形式に、彼の心を惹きつけた主な要因でもあったのだろう。もちろん、作曲家の音楽と人生が無関係であることはないことを見ると分かる通り、実際的に、そういった冒険心やアバンチュール好きの精神は、彼の転変多き人生に色濃く反映されていると見ても違和感がない。


  ロリンズは音楽の英才教育を受けた。9歳のとき、ピアノを習い始め、11歳の頃には、アルト・サックスを演奏しはじめ、ハイスクールではテナー・サックスを演奏しはじめた。派手さ、そしてなにより華美な感覚を愛する心は、ソニー・ロリンズのサックス・プレイヤーとしての基礎や素地を形成することになる。19歳になろうというとき、ソニー・ロリンズは最初のレコーディングを行い、自作曲「Audobon」を制作した。すでにこの頃にはバド・パウエルと共演を果たしている。若い頃、ロリンズは英雄にあこがれていた。彼の若い頃のメンターは、チャーリー・パーカー。その後、マイルス・デイヴィスのバンドに参加し、バンドリーダーとして録音を行う。1951年。デイヴィスと出会って一年後のことだった。最初の年代では、憧れのチャーリー・パーカーと共演を果たす。ようやく念願がかなったのは、二年後のことである。これもやはりマイルス・デイヴィスとの共演から発生した偶発的な出来事であった。


  ビル・エヴァンスの私生活のスキャンダラスな薬物問題とおなじように、最も流れに乗っていたロリンズの人生に暗雲が差し込んだことがあった。それがすなわち、「音楽家としての生命の危機」である。マイルス・デイヴィスのバンドでジャズプレイヤーとして活躍後、彼はヘロインの依存治療に追われる。実際的には、薬物依存を克服するまで、音楽家としてのキャリアを中断させる。その頃のロリンズにとって、ニューヨークはあまりに巨大で手に負えない都市だったのか。ニューヨークからシカゴに移んだソニー・ロリンズは、ほどなくタイプライター修理工場で勤務した。肉体労働者に混じり汗水を流すロリンズの目の端を幻影がかすめる。数年前、彼は音楽家であったが、その頃は何者でもなくなっていた。ジャズ・プレイヤーとして最も注目を浴びていた数年前のことが、まるで幻や夢のように背後に遠ざかっていく。


  しかし、そういった実際的な暮らしから汲み出されたきたもの、泥臭い感覚や地に足が付いた感覚、何かの完成させるためには近道はありえず、一歩ずつ足取りを進めていく意外の道はひとつも存在しないこと。こういった工場勤務時代のロリンズの経験は間違いなく、その後のジャズ・プレイヤーとしての大成への布石となったと言える。


  彼は、この時代、着実に何かを積み重ね、成功を掴むためには小さな体験を繰り返すことを学んでいたのだろう。1956年、初のリーダーとして録音したアルバム「サキソフォン・コロックス」で最初の成功を掴み、ジャズプレイヤーとしてようやく日の目を見ることになる。ブルーノート、コンテンポラリー、そしてリバーサイドなど名門のレーベルにカタログを残し、そしてカーネギーホールでのコンサートを成功させた。ロリンズの最初の黄金時代である。

 

 

  その後、ロリンズはしばらく表舞台から姿を消した。一般的な理由は「自分の演奏を見つめなおす」という他の人々から見ると、解せないようなものだった。1950年代後半には、まったくライブや録音から遠ざかり、数年間、みずから練習に精励していたという。以後、再び、1960年代に入り、RCAと契約を結び、ジム・ホールなどを招聘し、彼の代表作の一つである『The Bridge』に制作に取り掛かる。同年、『What’s New』を発表し、量産体制に入った。この頃、ちょうどアヴァンギャルド・ジャズの最初のウェイブが沸き起こったが、新し物好きのロリンズはもちろん、その流れに無関心ではいられなかった。ドン・チェリーとの共同作業は、『Our Man In Jazz」という目に見える形になり、以降のフリージャズ運動の先駆けとなった。


◾️「フリージャズ」の開拓者たち オーネット・コールマンからジョン・コルトレーンまで


  以降は、ライブ活動もより旺盛になった。カナダのニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演後、日本に来日し、モヒカン・ヘアの斬新さで人気を獲得する。当時、ロリンズがこういったモヒカンの髪型にしたのは、明確な理由があるらしく、当時マイノリティであったアフリカ系アメリカ人としての誇りを示すと共に、ネイティヴアメリカンの苦悩に無関係ではいられなかったという理由による。以降、インパルス!、マイルストーンなど、名門ジャズレーベルを渡り歩く中、映画音楽やコラボレーターとしての才覚を遺憾なく発揮するようになる。ローリング・ストーンズの『Tattoo』にも参加し、ミック・ジャガーをして「ロリンズこそ最高のサックス奏者」と言わしめた。彼の全盛期の音楽的な貢献には、ジャズを他のジャンルと融合させ、単一の表現から解放するという趣旨があった。もちろん、ストーンズの代表的なカタログへの参加により、ロックとジャズを架橋しただけではなく、クラシックとジャズのクロスオーバーにも取り組んだ。1986年、読売交響楽団とコラボし、「テナー・サックスとオーケストラのための協奏曲」でジャズとクラシック音楽の垣根を取り払うことに一役買ったのである。

 

  WW2の以前から大きな世界の政変の流れを見てきたソニー・ロリンズにとって、時代の変遷と音楽は常に連動しており、無関係ではありえなかったように思える。もちろん、2024年現在もまた、ソニー・ロリンズにとって、これは未来に引き継がれるテーマなのかもしれない。特に、21世紀初頭の同時多発テロは、演奏家に大きな衝撃をもたらした。数ブロック先で事件を目撃したというロリンズ。音楽家は、20世紀の資本主義の象徴であるワールドトレードセンタービルの崩壊をどのように見ていたのだろう。噴煙が上がり、一帯が封鎖され、無数のパトカー、警官、崩落するビルから命からがら逃れる人々。濛々たる噴煙がニューヨークのブロック全体に立ち込める中、ブルックリン橋を足早に渡っていく人々。崩れ落ちたビルの最下層で救出にあたる救急職員。その合間に取材を行う独立ジャーナリストたち……。少なくとも、アメリカという国家が大きく転変したのは、2001年だった。当時、ロリンズは素晴らしいことに、音楽の持つ生命力で人々に勇気を与えることを選んだ。その後予定していたボストンのライブを続行、2005年には、9.11の追悼的な意味を持つコンサートアルバムを発表している。現在でもロリンズが偉大である理由は、音楽の力によって世界を変えようとしたことだ。

 

 

 

■ソニー・ロリンズの代表作 ビバップ、カリプソ曲から映画のサウンドトラックまで

 

 

『Saxopohone Colossus』 Concord Music Group 1957

 


1956年6月22日、ニュージャージー州ハッケンサックのスタジオで、プロデューサーのボブ・ワインストックとエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーと共にモノで録音された。ロリンズは、このアルバムで、ピアニストのトミー・フラナガン、ベーシストのダグ・ワトキンス、ドラマーのマックス・ローチを含む、カルテットを率いた。ロリンズはレコーディング当時、クリフォード・ブラウン/マックス・ローチ・クインテットのメンバー、レコーディングはバンドメイトのブラウンとリッチー・パウエルがシカゴでのバンド活動に向かう途中で交通事故で亡くなる4日前に行われた(ブラウンとパウエルを乗せた車にロリンズは同乗していなかった)。


母方がヴァージン諸島出身で、若い時代からロリンズはカリプソ「トリニダード・トバゴの音楽で、レゲエの元祖)に親しんできた。本作ではカリブの陽気なリズムや音楽、そしてカーニバル音楽の性質を持つ。「St.Thomas」を中心に5曲というシンプルな構成でありながら、ソニー・ロリンズの陽気なバップをベースにした流動的なフレージングやブレスがきらりと光る。一方、メロウなニューオリンズジャズを踏襲した「You Don't Know What」もジャズバラードとして秀逸。また、マイルス・デイヴィスバンドのモード奏法を踏まえた「Moritat」もスタイリッシュで洗練された響きがあり、モダン・ジャズの流れの基礎を作った必聴ナンバー。

 

 

  

 

 

 

『The Bridge』 Sony Music 1962


ソニー・ロリンズは1959年から活動を停止したが、ウィリアムズバーグ橋で人知れずサックスの練習を重ねていたというエピソードがある。「The Bridege」及びアルバム・タイトルは、その練習場所にちなんでいる。

 

そして、1961年11月、公衆の面前での演奏を再開した。ほどなく、RCAビクターのプロデューサー、ジョージ・アヴァキャンがロリンズとの契約を取り付けた。「Without A Song」は、ロリンズのコンサートでしばしば演奏された曲で、アメリカ同時多発テロ事件から4日後のボストン公演でも披露され、同公演を収録したライブ・アルバムのタイトルにもなった。「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」は、ビリー・ホリデイが1941年に発表した曲のカバー。


本作では、エラ・フィッツジェラルドの伴奏ギタリストとして知られていたジム・ホールが重要な役割を果たしている。ホールの1999年のインタビューによれば、ロリンズはピアノの和音よりもギターの和音の方が隙間があって触発されやすいと考え、サックス・ギター・ベース・ドラムのカルテットで制作することを決めたという。 


『The Brigde』はチャーリー・パーカーの後の世代のビバップの作風が色濃いが、この作品ではジャズそのものの持つメロウな響きに焦点が置かれている。いわば、ロリンズのジャズ作品の中では落ち着いた雰囲気があり、ゆったり聴くことができる。

 

アルバムの冒頭では、「Without A Song」に象徴されるように、ビバップの楽しげな響きが特徴となっているが、アルバムの中盤では、ジャズバラードに近いR&Bに近い響きが押し出されている。タイトル曲のハード・バップに属する旋法や調性の運び、そして演奏の持つ強烈な個性も捨てがたいものがあるが、他方、ギターとの室内楽のような上品な響きを持つ「Where Are You」のようなナンバーにこそ、ロリンズのサックス奏者の醍醐味が凝縮されている。「God Bless The Child」のコントラバスの精細感のある演奏、モンゴメリーの系譜にあるギター、それらをリードするロリンズのサックスの演奏もジャズの潤沢な時間をもたらすアルバムのラストを飾るスイング・ジャズ「You Do Something To Me」はジャズライブなどで映えるような曲で、楽しげな雰囲気がある。一つも蛇足がなく、完結な構成でまとめ上げられている。

 

時代感を失わせるようなジャズの陶酔感のある響きを体験することができる。1950年代、ウィリアムズバーグ橋でサックスの演奏をしていたジャズの巨人の姿が目に浮かんできそうである。

 

 



『What's New?』 BMG France   1962 

 

ハードパップなどの新しいジャズの形式を追求する中で、ソニー・ロリンズの重要な音楽的なルーツであるカリプソやラテン・ミュージックに回帰したのが本作である。ロリンズが1970年代に展開させていくファンク・ソウルやマーヴィンやクインシーに代表されるアーバン・コンテンポラリーとジャズの「クロスオーバーの原点」を今作には発見できる。アルバムの冒頭を飾る「If Ever I Would Leave You」ではカリプソのリズムとビバップのスケールやリズムを結びつけようという試みが見受けられる。さらに、「Don't Stop the Carnival」ではカリプソのカーニバルの音楽とマイルス・デイヴィスのモード奏法を融合させ、エスニックジャズを予見している。

 

さらに本作の中盤でも、南米のラテン音楽の陽気で開放的な音楽性が色濃く反映されている。「Jungoso」、「Bluesongo」では、彼のアフリカ系アメリカ人のルーツを音楽という形で押し出し、それらを楽しげな演奏によって彩っている。さらに1948年公開の映画の主題歌「The Night Has a Thousand Eyes」ではボサノヴァをジャズと融合させ、クロスオーバーの飽くなき可能性を探求している。もちろん、陽気なサックスフォンの響きを心ゆくまで堪能できるはず。


発売当時は、アメリカ盤が「Don't Stop the Carnival」を除く5曲入り、イギリス盤や日本盤が「If Ever I Would Leave You」を除く5曲入りだったが、現行の日本盤CDは6曲入りの完全版として販売されている。また、日本では『ドント・ストップ・ザ・カーニバル』という邦題がついていた時期もあったという。 「Don't Stop the Carnival」は、『Saxpohone Colossus』の一曲目に収録されている「St. Thomas」と並ぶ、ロリンズの代表的なカリプソ曲。ライブでもしばしば演奏された。





『Alfie』 (Original Music From The Score) GRP/UMG   1966

 

 

すでにミュージカルという側面では、映画音楽とジャズはその成り立ちからして密接に結びついているが、あらためてジャズが映画音楽として有効であることを示したのが「Alfie」のサウンドトラックである。特に、「He's Younger Than You Are」は映画音楽として秀逸である。


今作『Original Music From The Score “Alfie”』は、1966年に公開されたイギリス映画「アルフィー」のために作曲されたソニー・ロリンズのオリジナル盤であると同時にサウンドトラックである。編曲と指揮はオリバー・ネルソンが担当し、バックメンバーにはケニー・バレル(ギター)、J.J.ジョンソン、ジミー・クリーブランド(トロンボーン)、フランキー・ダンロップ(ドラム)、ロジャー・ケラウェイ(ピアノ)らが参加。このアルバムはR&Bビルボード・チャートで17位を記録し、評論家のロヴィ・スタッフはオールミュージックで5つ星のうち星4.2の評価を与えている。映画としては評価が芳しくない作品だが、ロリンズの音楽が映像に最適であることを象徴付けるサウンドトラック。もちろん、ソニー・ロリンズのジャズはBGMとしても十分楽しめる。

 

 

 

 『Old Flames』 Fantasy Inc.  1993


70年代以降は、ファンク・ソウルやアーバン・コンテンポラリー、そして当世のポップスなど様々な音楽とジャズとの融合を試み、少しだけライトでポップな音楽家になったかと思えたロリンズ。

 

突如、1990年代のアルバムで再びジャズのスタンダードな響きを刻印したアルバムを発表する、それが『Old Flames』である。 ロリンズがクリフトン・アンダーソン、トミー・フラナガン、ボブ・クランショウ、ジャック・デジョネットと共演し、ジョン・ファディス、バイロン・ストリップリングス、アレックス・ブロフスキー、ボブ・スチュワートがアレンジした2曲を加えた。

 

依然として、コンパクトな構成のアルバムをリリースするというロリンズの流儀に変更はない、シンプルな7曲が収録されている。そして、ビバップ、ハード・バップを徹底的に追求したサクスフォン奏者の集大成のような意味を持つアルバム。長い歳月を経て、チャールズ・ロイドのように渋さのある演奏法をロリンズは選び、円熟味のあるモダン・ジャズを完成させている。それに加えて、ロリンズは20世紀のミュージカルのような音楽性をジャズに付加している。取り分け「I See Your Face Before Me」は、静謐な味わいを持った素晴らしいナンバーである。

 








 


昨年度のマーキュリー賞を受賞した今をときめくエズラ・コレクティヴが、M.アニフェストとムーンチャイルド・サネリーをフィーチャーした新曲 「Streets Is Calling」をリリースした。「Streets Is Calling」は、「Ajala」とヤズミン・レイシーをフィーチャーした「God Gave Me Feet For Dancing」に続くリリースで、バンドの次のアルバム『Dance, No One's Watching』に収録される。


この曲についてフェミ・コレソは、「"Streets Is Calling "は、みんなから電話やメッセージをもらった時の嬉しい気持ちを歌っている。ストリートからの電話だ。ダンスフロアに直行し、それらを自分たちのものにするんだ」


エズラ・コレクティブは、大絶賛を浴びたアルバム『Where I'm Meant To Be』で、31年の歴史の中で初めてマーキュリー賞を受賞したジャズ・アクトとなった。その他、11月15日にロンドンのOVOアリーナ・ウェンブリーでヘッドライナーを務める初のUKジャズ・アクト。昨年、ビルボード・トーキョーでの来日公演も行い、名実ともにUKジャズナンバーワンのグループになった。


エズラ・コレクティブの新作アルバム『Dance, No One's Watching』は9月27日にパルチザン・レコードからリリースされる。


「Streets Is Calling」



 

House Of Waters
House Of Waters Photo: Francois Bisi

 

現代ジャズシーンに新風を吹き込むハンマード・ダルシマー奏者、マックスZT、そして日本人ベーシストMoto Fukushimaによるハウス・オブ・ウォーターズ初の即興演奏アルバム『On Becoming - The Improv Sessions』が10月11日にリリースされる。日本国内ではCD盤が発売される。

 

マックスZT、そして、Moto Fukushimaの二人は、飽くなき民族音楽に対する好奇心を彼らの持つジャズの卓越した演奏技術と作曲性と組み合わせ、エスニック・ジャズの新境地を切り拓く。

 

前作『On Becoming』は、第66回グラミー賞ベスト・コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム部門にノミネート。本作は、同セッションからの録音を基に構成され、8曲のインプロヴィゼーションと日本限定ボーナス・トラック2曲を収録している。世界屈指のドラマー、アントニオ・サンチェスが前作に引き続き参加し、心地よいグルーヴとリズム感を生んでいる。誰もがこれまでに聴いたことのない独創的で鮮やかな音世界が、今ここに提示される。




House of Waters 『On Becoming - The Improv Sessions』- New Album

 




ジャンル: JAZZ 

レーベル:森の響/インパートメント
発売日 : 2024年10月11日
フォーマット : 国内盤CD/デジタル配信


■ライナーノーツ収録(落合真理)
■ボーナストラック2曲収録
■日本のみCDリリース


収録曲:
1.Improv 6
2.Improv 4
3.Improv 9
4.Tsumamiori
5.Folding Cranes
6.Kabuseori
7.Improv 12
8.Improv 13
9.ボーナストラック
10.ボーナストラック



ハウス・オブ・ウォーターズ:

 
ハンマード・ダルシマーの開拓者マックスZTと6弦ベースの名手Moto Fukushimaが率いるブルックリンを拠点とするインストゥルメンタル・バンド。西アフリカ音楽、ジャズ、フォルクローレを基盤に、ファンク、サイケデリック、クラシック、アンビエントなど多様な要素が融合し、懐かしさと新しさが共存するサウンドが特徴。2007年の結成以来、2人の才能が生み出す折衷的で洗練された演奏は、世界中のリスナーを魅了し続けている。



マックスZT(ハンマード・ダルシマー):

 

世界を牽引するハンマード・ダルシマー奏者。アイルランド民族音楽をルーツに、セネガルでグリオ(語り部)のシソコ一族に学び、インドでサントゥールの巨匠シヴ・クマール・シャルマに師事。ダルシマー奏法の革命者と呼ばれる。



Moto Fukushima(ベース):

 
バークリー音楽大学卒業後、NYの南米シーンを中心に活動し独自の音楽性を培う。緻密で技術的な6弦ベースの演奏能力をはじめ、クラシックや日本の伝統音楽、アフリカ音楽に精通したグルーヴは唯一無二の存在感を放つ。

 Arve Henriksen 「Kvääni」

Label: Arve Music

Release: 2024年8月16日


Review

 


今年、ECMから『Touch Of Time』を発表しているアルヴェ・ヘンリクセンであるが、立て続けに自主レーベルからフルレングスのリリースを控えていたとはかなり驚きだった。新作アルバム「Kvääni」は、Laraajiを彷彿とさせるニューエイジ/アンビエントの作品であり、エレクトロニックジャズやストーリーテリングのような試みも行われている。推察するに、ECMでは出来ない音楽を、このアルバムで試してみたかったのではないだろうか。ジャズとは、スタンダードな作風を継承するのみならず、既存にはない前衛的なチャレンジを行う余地が残されているジャンルである。そのことを裏付けるかのように、短い曲が中心であるものの、様々な試みが本作に見出だせる。それは音楽のこれまで知られていなかった意外な側面を表すものでもある。


例えば、音楽は、言葉と音階やリズムという構成要素によって生ずるが、このアルバムを聴くかぎり、言葉がなくとも、何らかのイメージや思想形態、そして作品に込められた真摯な思いのようなものをテレパシーのように伝えることができることが分かる。


シンセサイザー、民族音楽の楽器、そして、トランペットの編集的なサウンドプロダクションを通して伝わってくるのは、アルバムの全体には東洋の神秘思想や、奥の院にある神秘主義への傾倒が通底しているということだ。さながら小アジアの寺院を観光で訪れ、その秘教の神秘主義の一端に触れるような不思議な味わいを持つ。曲自体は、それほど長大になることも冗長になることもなく、一貫して端的さが重視されている。およそ4分半以下にまとめられたシンプルなスピリチュアルジャズの中には、その枠組みから離れ、神秘的な源泉に迫るものもある。


音楽には、表側に鳴り響くものとは別に、裏側に鳴り響く何かを聴取する魅力がある。それは音楽の持つ源泉に触れることを意味する。ノルウェーのトランペット奏者、アルヴェ・ヘンリクセンは、神秘主義の音楽を一つの入り口として、宇宙のミクロコスモスに近づこうとする。その試みはララージや、生前のファラオ・サンダース、テリー・ライリーに近いものであろう。

 

アルバムの冒頭部「1-Kvenland」では、チベット・ボウルのようなアジアの民族音楽の打楽器の音響を始まりとして、神秘主義の扉を押し開くかのようである。現代社会の喧騒の中で生活していると、瞑想的な側面に触れる機会は自ずと少なくなってしまう。それは、この世に本当の音楽がきわめて希少だから。そして、アルヴェ・ヘンリクセンは、これらの未知の扉をゆっくりと開こうと試みる。その響きはチベット寺院の祈りのようであり、無限的な音楽が内包されている。


本作の序盤では、「編集的なサウンド」という、アルヴェ・ヘンリクセンのジャズの主要な特徴を捉えられる。「2-Ancestors From North」は、流浪の旅人をどこかの異郷で見かけるようなエキゾチズムがあり、それを空間的なジャズーーアンビエント・ジャズーーという新しい形で表現している。


全体的なスピリチュアル・ジャズの枠組みにおいて、ECMのマンフレッド・アイヒャーがもたらしたミニマルミュージックを基にしたエレクトロニックやテクノの要素が加わることもある。


「3-Secret Language」は、序盤の重要なハイライトであり、ノルウェーのJan Garbarek(ヤン・ガルバレク)が、2004年のアルバム『In Praise Of Dreams』 でもたらしたエレクトロニックジャズの要素を、トランペット奏者として踏襲している。これらの瞑想的かつ催眠的なエレクトロニックの要素が、ヘンリクセンの巧みなブレスと巧みに合致しているのは言うまでもない。

 

トランペット奏者のソロアルバムであるのにもかかわらず、純粋なエレクトロニックも収録されている。それはやはり、ララージやテリー・ライリーのようなニューエイジ系のサウンドに縁取られることが多い。


「4-Raisinjoki」は、レトロなシンセサイザーの音色を組み合わせ、アジアの民謡、あるいは東ヨーロッパの民謡のような一般的に知られていないワールドミュージックが繰り広げられる。簡素でありながら、無限の音楽が含まれているような奇異な感覚、まさしく万里の長城を登るときや、小アジアの隠された秘教の寺院の回廊を歩く時に感じるような神秘性を体感できる。「5-Sappen」は、従来のヘンリクセンの作曲の延長線上にある一曲。枯れたトランペットのミュートのブレスの渋い味わいがECMのエキゾチックジャズの魅惑的な響きとピタリと重なり合う。


「6-Voices From The Highlands」では山岳地帯をモチーフにしている。アラビア風の旋法が登場し、エキゾチズム性に拍車が掛かる。アルメニアの楽器、ドゥドゥクのような民族音楽の要素を強調している。従来の作品の中で、最もエキゾチックといえ、グルジエフのような秘教的な雰囲気が含まれている。そして、通奏低音をもとにして、色彩的なタペストリーを織り上げていく。


「7-Hansinkentta」では、ダルシマー/サントゥール/ツィターの楽器の特性を捉え、インド風の旋律で縁取っている。さらに、これらの弦楽器の演奏の上に、ドイツのクラフトワークのような原始的な電子音楽が付け加えられる。音の旅のようなニュアンスと神秘性を象徴付ける一曲として楽しめる。


中盤では、スピリチュアル・ジャズの瞑想的な響きを体験できる。「8-Invisible People」は、思弁的なトランペットの主旋律に導かれるように、複合的な対旋律が折り重なり、絶妙なハーモニーを形成する。ミュートとレガートを織り交ぜたヘンリクセンの演奏は、一般的なマイルスやエンリコ・ラヴァの系譜にある主流の演奏法とは明らかに異なる。スタッカートのような気高い演奏ではなく、むしろ徹底して感情は抑制され、厳粛な音の響きが重視される。少しだけ物悲しく、哀感溢れる演奏は、現代の混乱する世界情勢に対する演奏家の深い嘆きのような感慨が込められているのではないか。それは明確な言葉よりも、深く心を捉える瞬間もあるのだ。


「9-Kjelderen」は、アルバムの中で最も奇妙な一曲で、ジャズとしては問題作の一つである。ドローン風の効果音は、ホラー映画のサウンドトラックのような冷んやりとした感覚を呼び覚ます。隠された地下トンネルを歩くかのような、もしくは異世界のゆっくりと次元に飲み込まれていくような、おぞましくも奇異な感覚に満ちている。


更に「10-A New Story Story Being Told」において、ヘンリクセンは、勇猛果敢にも、東アジアの民族音楽をベースにして、アヴァンギャルドミュージックの最前線に挑む。旋律性や調性を度外視したフリー・ジャズの形式を、民族音楽の観点から組み直している。どことなく調子はずれな響きは、何を脳裏に呼び覚ますだろうか。

 

 

アルバムの後半部は、実験音楽、現代音楽、トランペットの音響の革新性、スポークンワードのサンプリング等、多彩な音楽性が発揮されている。「11-Creating New Traditions」では、カール・シュトックハウゼンのトーンクラスターの作風を踏まえた実験的な電子音楽を聴くことができる。


「12-Heritage」は、トランペットの音響の未知なる可能性を編集的なサウンドで抽出している。かと思えば、「13-The Mountain Plateau」では、民族音楽風の作風に舞い戻ったりと、変幻自在なサウンドを織り交ぜ、異なるモチーフを出現させる。「14-Moliskurkki」では、野心的な試みが見出される。エレクトリックジャズの先鋭的な側面を強調させ、ミニマルミュージックの構造性を作り上げ、無調の旋律のレガートをトランペットのブレスで強調させる。これらは、アフロジャズの原始性と現代的なエレクトリックジャズの融合を図っていると推察できる。

 

ポピュラー・ソングにスポークンワードをサブリミナル効果のように挿入する最近の音楽的な手法は、新しい作風の台頭のように見る人もいるかもしれない。しかし、実際は新しくはなく、2007年にHeiner Goebbelsが「Landshaft mit entfernten Verwandten」において、現代音楽や舞台音楽として、いち早く実践していたのだった。おそらく、これまでニュージャズの最前線を追求してきたアルヴェ・ヘンリクセンにとって、スポークンワードを物語のように導入することは、古典に近いニュアンスがあると思われる。「15-My Father From Isolagti」は、老人の声が悲しげな雰囲気を帯び、空間的な印象を呼び覚ます。それらの後に、ヘンリクセンのトランペットが登場するが、それは物語性の延長か、はたまた音楽の印象を強化するような役割を担っている。

 

終盤においてヘンリクセンは実験音楽の最前線に挑んでいる。 「16-Truth and reconciliation」では、アコーディオンの先祖であるコンサーティーナの音響を踏まえ、シュトックハウゼンのトーンクラスターと融合させる。この曲を聞くかぎりでは、金管楽器奏者のヘンリクセンは、作曲家/編曲家としてのみならず、電子音楽家としても深い音楽的な知識と理解、何より、実践力を兼ね備えていることが痛感出来る。この曲はむしろ、アヴァンギャルド・ジャズというよりも、ライヒやグラスの先にある現代音楽の新しいスタイルが断片的に示されていると言えよう。

 

しかし、前衛的なミュージック・セリエルの後、パイプオルガンのような敬虔な音響が登場する。シュールレアリズムや形而下にある概念を音楽で表現したような奇妙な音楽が続いている。


それらの前衛性は、トランペットの音響の潜在的な側面に向けられることもある。「17-On A Riverboat To Bilto」では金管楽器のルーツや楽器の出発に回帰する。イントロのドローン/ノイズに導かれるように、原始的な響きが始まる。細やかなブレスのニュアンスの変化からもたらされるヘンリクセンのトランペットの演奏には、音楽に対する深いリスペクトのような感覚が滲む。

 

この曲を起点とし、本作の最終盤では、原始的な音楽に接近する。原始的というのは、楽曲構成が未発達であり、旋律的ではなく、リズムも希薄であるということ。古来の西欧諸国の音楽は、スペイン国王のアルフォンソが音楽に旋律性をもたらし、英国圏のデーン人に伝えるまで、グレゴリオ聖歌のモノフォニーという要素が、その後分岐するようにしながら発展していったに過ぎない。以降、多声部のカウンターポイントが体系化され、教会旋法からポリフォニーが発生し、イタリアンバロックにおいて対旋律が洗練され、以後、ドイツの古典派やヨーロッパのロマン派、新古典派の作曲家が和声法や対位法を洗練させ、19世紀ごろにアフリカ発祥のリズムが加わり、以降のポピュラーやジャズ、ミュージカルという形式に変遷していった。

 

そして、現代の商業音楽の基礎を作ったのは、ニューヨークのジョージ・ガーシュウィン、近代和声を確立したラヴェル、ドビュッシーのようなフォーレのもとで学んだ作曲家だろう。また、日本の元旦に流れる「波の盆」のような和風な曲ですら、JSバッハの曲をヨナ抜き音階に再構成し、日本の伝統的な民謡のリズムや音階を付与したものに過ぎない。西洋にせよ、東洋にせよ、最近のポピュラー音楽など、悠久の歴史にとっては、束の間の瞬きのようなものなのだ。


想像しがたいことに、現在のような音楽は、多く見積もっても一世紀半くらいの歴史しか持たず、それ以前の系譜の方がはるかに長い。多くの人は、現在の感覚が全てだと思うからか、それを忘れているだけなのだろうか。しかし、あらためて、そのことを考えると、「18-New Awareness」のような曲は、音楽の原点回帰ともいえ、歴史の原始的な魅力を呼び覚ます。「19-Kaipu」も同じように、ECMのニュージャズを見本にして、音楽の原初的な一端を表現している。

 

最後の「20-Nature Knowledge」は何かしら圧倒されるものがある。この曲は、サントゥール/ダルシマーの弦楽器や鍵盤楽器のエキゾチズムとルーツを的確に捉えている。


ハープシコードやフォルテピアノを始めとする西洋楽器は、オーストリアのハプスブルグ家のお雇いの技術者が財閥の命令によって開発したのが由来である。しかし、原初的なモデルが存在し、それがダルシマー/サントゥールのような弦楽器だ。(日本の”琴”の同系に当たる。)この話は、西洋文化や音楽自体が小アジアやアナトリアのような地域から発生したことを伺わせる。

 

この曲では、そういった音楽の長きにわたる文化の混淆に触れることが出来る。サンプリングやエレクトロニック、ミュージック・コンクレートといったモダンな要素は限定的に留められていて、作品の最後になって、音楽的なスピリットがぼんやりと立ち上ってくるような気がする。


こう言うと、神秘主義者のように思われるかもしれない。しかしながら、音楽の最大の魅力というのは、論理では説明出来ず、文章化はおろか体系化もできぬ、密教の曼荼羅のような部分にある。本作の最終曲では、霊感の源泉のような得難い感覚が示唆されている。まさしく、それこそ、今は亡きジャズの巨匠、ファラオ・サンダースが追い求めていたものだったのだろうか。

 

 


86/100




 

 

 

 Details:

 

「1-Kvenland」A

「2-Ancestors From North」B

「3-Secret Language」A+

 「4-Raisinjoki」B

 「5-Sappen」B+

 「6-Voices From The Highlands」A

 「7-Hansinkentta」A

 「8-Invisible People」B+

 「9-Kjelderen」B

「10-A New Story Story Being Told」B+

 

 

 「11-Creating New Traditions」B−

 「12-Heritage」B

「13-The Mountain Plateau」 C+

「14-Moliskurkki」B

 「15-My Father From Isolagti」B+

 「16-Truth and reconciliation」C+

 「17-On A Riverboat To Bilto」B

 「18-New Awareness」A+

「19-Kaipu」A

 「20-Nature Knowledge」A+

Tony Levin

キング・クリムゾンやピーター・ガブリエルとの共演で知られる伝説的ベーシスト、Tony Levin(トニー・レヴィン)がニューアルバム『ブリンギング・イット・ダウン・トゥ・ザ・ベース』を発表した。

 

本作には、ロバート・フリップ(キング・クリムゾン)、マイク・ポートノイ(ドリーム・シアター)、ヴィニー・コライウタ(フランク・ザッパ、ジョニ・ミッチェル)などが参加している。


このアルバムは、レヴィンがエイドリアン・ベリュー、ダニー・キャリー、スティーヴ・ヴァイらとキング・クリムゾンの音楽を祝う待望のツアー "BEAT "をスタートさせた翌日、9月13日にFlatiron Recordingsからリリースされる。レヴィンによれば、「このアルバムは長年の念願であり、何十年とは言わないまでも、何年も前から多くの曲に取り組んできた」という。


「率直に言って、もっと前にできたはずだ」とレヴィンはプレスリリースで語った。ツアーが多くて、ライブをするのが大好きなんだ。ただ、5、6年間取り組んできたアルバムを完成させるために家で作業する時間があまりなかったのさ」レヴィンは、こう付け加えた。「でも、1年前の5月、自分のスケジュールを見たら、ピーター・ガブリエルとのツアーが1年近く続いていて、2023年11月にはスティック・メンのツアーがあり、1月にはレヴィン・ブラザーズのツアーがあった。ツアーを断る勇気があれば、10年前にそうなっていたかもしれないね」


アルバムの楽曲について、レヴィンは次のように説明している。「プログレの流れを汲む作品と、ベースを基調とした作品があったんだけど、アルバムの中盤あたりで、プログレを捨てるという難しい決断をした。ベースについて歌う曲ではなく、各曲はベース・リフかベース・テクニックをベースにしていて、その上で素晴らしいリズム・セクションを招いて演奏してもらったよ」


「Floating in Dark Waters」では、キング・クリムゾンの創始者ロバート・フリップが彼に提供したサウンドスケープが使われている。


「キング・クリムゾンとよくツアーをしていた頃、今世紀に何度かツアーがあったんだけど、ロバートがショーの前に作ったループするサウンドスケープを演奏して、観客はそれを聴きながら入場したんだ」とレヴィンは回想した。それで、ロバートは、『トニー、僕のサウンドスケープに合わせてベースを弾いてほしい』と言ってくれた。これらのサウンドスケープは無調であることが多かったが、調性であることもあった。そのとき、ベースとサウンドスケープだけで、アルバムの中でとても面白い作品になると思ったんだ」


マイク・ポートノイは "Boston Rocks "でドラムを叩き、ドラマーのヴィニー・コライウタは "Uncle Funkster "で演奏している。アルバムのほとんどの曲はインストゥルメンタルだが、数曲は女性ヴォーカリストをフィーチャーしている。

 

「Bringing It Down to the Bass- Trailer」




Tony Levin 「Bringing It Down to the Bass」

Label: Flatiron Recordings

Release: 2024年9月13日

 

Tracklist:

1. Bringing It Down to the Bass

2. Me and My Axe

3. Road Dogs

4. Uncle Funkster

5. Boston Rocks

6. Espressoville

7. Give the Cello Some

8. Turn It Over

9. Beyond the Bass Clef

10. Bungie Bass

11. Fire Cross the Sky

12. Floating in Dark Waters

13. On the Drums

14. Coda


Pat Metheny 『MoonDial』

Label: BMG

Release: 2024年7月26日

 

 

Review


バリトンギターの芳醇な響き


 

ギターのマエストロ、パット・メセニーによる最新作は、ナイロンの弦の柔らかく優しげな響き、ガット弦の硬質な響き、バリトン・ギターの芳醇な響き、それから、弦楽器の演奏の品格やプレイヤーとしての流儀を追求している。


ガット弦のギターは、ダイナミックな演奏を適しているために硬い響きがあるが、他方、ナイロンの弦は、旋律的な演奏をするのに適しており、柔らかく、温かい響きがある。これらの対称性を上手く活用して、パット・メセニーはアコースティックギターの醍醐味を引き出そうとしている。


カントリージャズ、ジャズギター、オーケストラとのコラボレーションなど、飽くなき探究心をもってギターの無限の世界を探求してきたマエストロは、BMGから発売された『MoonDial』において、クラシックギターに比する美しい調べで、聞き手の心に安らぎをもたらしてくれる。ギターファンのみならずジャズファン、もちろん、クラシックファンも要注目のアルバムの登場です。

 

最新アルバム『MoonDial』で、パット・メセニーは、いくつかのスタンダードのジャズによる再構成とオリジナル曲を通じて、旧来のモダンなジャズギターから、クラシック・ギターに至るまで、多角的な演奏方法を披露しています。プレイヤーの心を反映させて、繊細なフィンガーピッキングによるアルペジオを交えて、ギターアルバムの一つの頂点をきわめようとしている。

 

メセニーは序盤からモダンジャズにとどまらず、スペインのフェデリコ・モンポウ(Federico Mompou)の「Impreshiones: Intimas」を思わせる南欧の気風を反映させたクラシックギター、イタリアンバロックを咀嚼し、優雅な演奏を披露している。パット・メセニーのギターの演奏には停滞がなく、13の音楽がスムーズに駆け抜けていく。


アルバム全体に、何らかのテーマが据えられているのかは分かりかねますが、最近のスタジオ作品の中で最も情熱的であり、哀愁溢れるギターが披露されている。タイトル曲「MoonDial」は、そのシンボルともなりえるでしょうか。スパニッシュ・ギターの演奏を踏襲しながら、自由闊達なジャズ・スケールがフレーズの間を揺れ動く。メセニーのギターの調べは、一連の音の流れが本当に生きているかのように精細感を持って、聞き手の心を捉えることがあるのです。

 

このアルバムの重要な核心にあるナイロン弦のアコースティックギターとしての柔らかな響きは、続く「La Cross」に反映されている。メセニーが最初のアルペジオを紡ぎ出す瞬間、音楽そのものから温かい感情が堰を切って溢れ出す気がする。その後の複雑なジャズスケールの複合の流麗さは当然ながら、その後、旧来の演奏家としての経験から培われた巧みなソロが続く。メセニーはその中で、ギターによる安らぎや哀愁を紡ぎ出す。フレットのスライドの瞬間は圧巻で、それが次なるスケールへの布石となっている。解釈次第では、最初期のカントリージャズを踏襲して、モダンジャズの文脈に置き換えたような一曲として楽しめるでしょう。ギターだけで、内的な感情伝達をするかのような素晴らしい演奏に聞き惚れてしまうかもしれません。

 

一転して「You're Everything」はロマンチックなムードに溢れたナンバー。メセニーのギターの演奏は、言葉がなくとも、ギターだけで情愛的な感覚を示せることの証立てでもある。現代の情報過多な時代において、時々、過剰な言葉から距離を置くことの大切さを痛感できる。繊細なフィンガーピッキング、ニュアンス、 ミュートの響きは、鳥肌が立つような凄みが含まれる。

 

本作には、ジャズ・ギターとして泣かせる要素も込められています。カバー曲「Here , There and Everything」は、ビートルズの持つ本当の魅力を体現させている。親しみやすく口ずさめるメロディー、そしてララバイ、バラードというバンドの本質を捉え、自由な気風溢れるジャズに置き換えている。この曲では、ビートルズの未発見の魅力に迫るとともに、伝説的なロックバンドの繊細なエモーショナルな一面に、あらためてスポットライトを当てています。泣かせるギターとは何なのか、その答えがこの曲に示されていると言えるでしょう。曲のアウトロにかけての協和音への解決がなされる瞬間、バリトン・ギターの低音部の響きが聞き手の心に深い共鳴を呼び起こす。

 

 

 「Here, There and Everything」- Best Track

 

 

 

あらためて、このアルバムを聴くと、ギターはアコースティックピアノに近い楽器の特性があり、まだまだ未知の可能性に満ち溢れていることが分かるのではないでしょうか。

 

「We Can't See It, But It's There」は、最初期の作風から培われてきた思弁的な要素を刻した一曲として深く聞き入らせるものがある。メセニーは、ジャズスケールを巧みに用い、内的な苦悩を丹念に表現している。この曲を聴くかぎりでは、ギターというのは自らの感情を表現したり、伝達したりするのに適した楽器であることが分かる。メセニーがフィンガー・ピッキングによりアルペジオを紡ぎ出すと、連続した音のハーモニーはやがて、美麗で瞑想的な雰囲気すら帯びてくる。バリトン・ギターの倍音の特性を巧緻に活用していると言えるかもしれません。

 

続く「Falcon Love」では、ララバイのような要素を込め、フォークとジャズの中間にある抽象的な音楽性を探ろうとしている。明朗で快活な印象を擁するギタリストの哀愁やペーソスといった、もう一つの印象を捉えることが出来る。彼のギターは、マキシマムではなく、ミニマムとしての特性がある。音符がピアニッシモに近づき、静寂の本質に触れる瞬間、ギタリストとしての傑出した才覚が引き出される。この曲にはまた、聞かせる音楽の醍醐味も示されています。

 

その他にも、中盤には最初期のカントリージャズに回帰する曲も収録されています。例えば、バーンスタインのカバー「Everything Happens To Me/Somewhere」は、ノイジーなロックやダンスミュージック、それに類する音楽に少し疲労感を覚えたとき、音楽のもう一つの隠された魅力ーーサイレンスーーを教え示してくれる。 主旋律と対旋律という2つの観点から、親しみやすいジャズギターが築き上げられる。滑らかなスライドやアルペジオがいくつも折り重なる時、瞑想的な響きと柔和な響きを介して、音楽の芳醇でうるわしいハーモニーが生み出される。


スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの「La Barca」のような哀愁と憂いをジャズの快活さと安らぎで包み込み、贅沢な音楽のひと時を提供している。20世紀を代表するピアニスト、アリシア・デ・ラローチャ(Alicia de Larrocha)のピアノの演奏のように優雅であり、美しさと幻想性を兼ね備えている。


 

ナイロン弦で演奏されることが多いこのアルバム。しかし、「This Belong To You」以降は、おそらくガット弦のギターが使用されるケースがある。この点は、「穏やかな前半部」、対象的に「張りのある後半部」という二部構造の対比を生み出している。すなわち明確には示されませんが、大きな枠組みとしては、ギタリストとしてのコンセプチュアルな試みが読み解けるのです。


実際、ガット弦の使用はリズムギターの性質を一際強調している。瞑想的で内省的な雰囲気のあるアルバムの前半部とは対象的に、ギターのアグレッシヴな側面、そして軽やかで快活なイメージを象徴づけている。「コントラスト」というのは西洋美学の基本で、対象的な性質から別の概念が生まれることを示す。二つの特性をシンプルに活用しているのが本作の醍醐味です。

 

日本語の「香辛料」を意味する「Shoga」は、スパニッシュ風のフラメンコギターを彷彿とさせる。メセニーは情熱的な雰囲気とアグレッシヴな気風を演奏に織り交ぜている。他にも南欧のジプシー音楽の影響を活かして、流浪のギタリストとしての雰囲気を演出する。これらは、既存の概念や常識にとらわれないギタリストとしての自由闊達な気風が開放的な感覚をもたらす。


「My Love and I」を聴くと、ギターは使用する弦の種類によって、その音の持つ雰囲気やムードがまったく変化することが分かる。この曲は、前半部のいくつかの収録曲と同じように、バラード、ララバイ風の憂いのあるジャズ・ギターですが、序盤よりも重厚で迫力に満ちています。とりわけ、低音部や高音部よりダイナミックな響きを持ち合わせている。そして、パット・メセニーは、やはり卓越したギターの演奏によって、聞き手をうっとりとした感覚へと導く。

 

オーケストラとのコラボレーションなどにも取り組んできたメセニーは、ギターだけで驚くほど多彩な世界観を構築できることを示唆する。


「Angel Eyes」は低音の通奏低音を活かし、クラシックギターの演奏の表現性を押し広げている。ラルフ・ターナー(Ralph Towner)のようにミュージックセリエルの無調をスケールに取り入れていますが、調性がない箇所でも、聞きづらさがないのに驚きを覚えます。


楽器とそのプレイヤーは、どこかで関連していることを考え合わせると、聞きやすさがあるのは、メセニーが快活な人物だからなのでしょう。曲のモチーフとなる無調と対比的に導入されるモダンジャズやフラメンコに触発されたスケールを繋ぎ合わせ、抒情性に満ち溢れた曲に昇華している。ミステリアスさとハートウォーミングな感覚を織り交ぜて、このギタリストにしか生み出せない唯一無二の音楽の世界を構築していく。ギターによってストーリーテリングをするような物凄さや卓越性は、演奏者として一つの頂点に達した瞬間といえるかもしれません。

 

アルバムは、クールな雰囲気を持って、一連の音楽の世界の幕を閉じる。オープニングと対を成す「MoonDial- Epilogue」は、一つのサイクルの終わりを意味しますが、同時に、次のステップの始まりでもある。どのような曲なのか、実際にアルバムを聴いてみて確かめていただきたい。


古今東西、ジャンルを問わず、音楽に静かに耳を澄ましていると、最後の音符が途絶えた後も何らかの余韻が漂い、未知なる道に続くような気分にさせる作品が存在する。パット・メセニーの最新作『MoonDial』もそういった不思議な魅力に溢れるアルバムに位置づけられるでしょう。

 

 

95/100

 

 


「MoonDial」- Best Track




『MoonDial』 Tracklist:

1.MoonDial (Metheny)
2.La Crosse (Metheny)
3.You’re Everything (Corea/Potter)
4.Here, There and Everywhere (Lennon/McCartney)
5.We Can’t See It, But It’s There (Metheny)
6.Falcon Love (Metheny)
7.Everything Happens To Me/Somewhere (Dennis/Adair; Bernstein/Sondheim)
8.Londonderry Air (Traditional)
9.This Belongs To You (Metheny)
10.Shōga (Metheny)
11.My Love And I (Raskin/Mercer)
12.Angel Eyes (Dennis/Brent)
13.MoonDial (epilogue) (Metheny)

Norman Winstone & Kit Downes 『Outpost of Dreams』


 

Label: ECM

Release: 2024年7月5日

 

Review  


偶然のコラボレーションが生み出した夢の前哨地

 

 

82歳のベテランボーカリスト、ノーマン・ウィンストンは、BBCジャズ・アワード、マーキュリー賞にもノミネート経験があるイギリス/ノリッジ出身の演奏家のキット・ダウンズをコラボレーターに迎え、『Outpost of Dreams』に制作に取り組んだ。このデュオは偶然の結果により実現したという。

 

当初、ウィンストンはニッキー・アイルズをピアニストとして起用する予定だったが、ロンドンでのギグを予定していたのでスケジュールが合わなかった。しかし、意外な形で実現したコラボレーションで、両者は驚くほど息のとれた合奏を披露している。

 

『Outpost of Dreams』はタイトルも素敵である。「夢の前哨地」には2つの解釈がある。夢に入る前の微睡んだような瞬間の心地よさ。それから現実的には夢が実現する直前のことを意味している。音楽もそれに準じて、夢見心地のぼんやりとした抽象的なシーンが刻印されている。キット・ダウンズが新しく書き下ろした楽曲のほか、ECMの録音でお馴染みのジャズ・プレイヤー、ジョン・テイラー、ラルフ・ターナー、カーラ・ブレイの作曲にヴォカリーズとしての新しい解釈を付け加える。他にもスタンダードのナンバー、「Black In Colour」、「Rowing Home」がある。2023年、キット・ダウンズは、ピアノによるソロアルバム『A Short Diary』をリリースした。このアルバムは、上品さと静謐な印象を併せ持つジャズ・ピアノの名品集だった。

 

その流れを汲み、キット・ダウンズは今作で、ジャズ・ボーカルの大御所ノーマン・ウィンストンのボーカルのテイストを静かに引き立てるような役割を担っている。


ウィンストンは、定番のボカリーズのスタイルに加えて、スキャットの歌唱法を披露している。そのボーカルは、メロウであるとともに伸びやかで、デビュー当時の歌手のように溌剌とした印象を与える。キット・ダウンズの伴奏の美しさに釣り込まれるようにして、ウィンストンは自身の歌の潜在的な能力を引き出し、クラシックとモダンのジャズ・ボーカルの影響を込めながら、アルバムを単なるボーカル作品にとどまらず、アーティスティックな水準へと引き上げている。ウィンストンのボーカルは、ヘレン・メリルのようにアンニュイであったかと思えば、それとは対象的に、エタ・ジェイムズ、アーネスティン・アンダーソンのような生命力を作り出す。もちろん、その歌声にはスキャットの遊び心が添えられ、安らいだ感覚を生み出す。

 

このアルバムは、現実的な感覚から距離を置いた夢見心地の音楽が繰り広げられる。「El」はキット・ダウンズが赤ん坊の子供のために作曲した。ノーマン・ウィンストンは気品のあるダウンズのジャズ・ピアノに子守唄のような優しい印象を及ぼす。ダウンズは、ウィンストンのヴォーカリーズの歌唱法に合わせて、色彩的な和音やボーカルの合間に、ブゾーニやJSバッハの原典版にあるような装飾音をつけくわえ、ウィンストンのアンニュイな雰囲気を引き立てる。


音符がふと途絶えた瞬間、向こうから静けさが立ち上がる。ボーカルにしてもピアノにしても、次にやってくる静寂を待ち望むかのように、主旋律、対旋律、和音、付属的な装飾音が演奏される。両者の合奏は現実的な感覚から遠ざかり、シュールレアリスティックな雰囲気を生み出す。

 

「Fly The Wind」は、マッコイ・タイナーも同じタイトルの曲を書いているが、これはマンチェスターのジャズ・ピアニスト、ジョン・テイラーが別名義であるWynch Hazelとして1978年に録音したものである。2015年に亡くなったジョンへの献身と敬意が示されていて、ジャズ・ボーカルのスタンダードな歌唱法をウィンストンは受け継ぎ、クラシカルな雰囲気を生み出している。もちろん古典の範疇にとどまることなく、ダウンズのピアノが現代的な印象を添える。

 

注目すべきは、続く「Jesus Maria」で、この曲はカーラ・ブレイのボカリーズの再構成である。ダウンズのムードたっぷりの流麗な演奏は、穏やかで落ち着いた雰囲気を生み出し、ノーマンが歌う主旋律に美しく上品な装飾を付け加えている。曲はポルカのようなリズムを活かしながら進み、やがてピアソラのアルゼンチンタンゴの気風を反映した熱情的な雰囲気に縁取られる。


レコーディングに取り組む以前、「近い将来、再び一緒に崖から飛びおりるのが待ちきれない」とユニークに話していたダウンズの刺激的な精神と冒険心が、カーラ・ブレイのボカリーズの再構成に意義深さを与える。さらに、ウィンストンのボーカルは陶然とした旋律のラインを描き、無調の冒険心とアバンギャルドな気風を添えている。しかし、古典的なジャズの上品さは一貫して失われることはなく、両者の合奏は、うっとりした美しいムードに縁取られている。

 

「Beneath An Evening Sky」は、ECM Recordsに所属するジャズ・ギタリスト、ラルフ・タウナーの作曲の再構成である。


タウナーのギターの作曲は無調によるものが多く、難解である場合があるが、ノーマンとキットの合奏は、この曲に親しみやすさとメロウな雰囲気をもたらしている。ウィンストンのボーカルはやはりスタンダードなジャズの系譜にあり、ダウンズのピアノのアルペジオが時々刺激的なニュアンスを付与する。しかし、セリエルの技法は、曲の雰囲気やムードを損ねることはなく、ウィンストンのスタンダードなジャズボーカルに上品さと洗練された質感を加えている。

 

このアルバムにはジャズのスタンダードやモダンジャズからの影響と合わせて、古典的なフォーク・ミュージックからのフィードバックも感じられる。「Out of the Dancing Sea」はスタンダードのナンバーをジャズとして解釈した一曲。ダウンズは、「スコットランドの画家、ジョーン・アードリーのペインティングからインスピレーションを受けることがあった」と述べている。


画家のアードリーは、海を見ながら、自宅の庭から同じシーンを描いていた。まったく同じ景色であるにもかかわらず、光の具合、時間帯、そして気分、天気といった外的な環境により、同じ風景がまったく異なる様子に描かれる。


キット・ダウンズは、それらの得難い不思議な出来事を踏まえ、ウィンストンのクワイアのように清冽な歌にバリエーションを付与する。ボーカルに合わさるダウンズの繊細なピアノの音列が同じ旋律の進行を持つボーカルに異なる印象を添える。つまり、同じ音階進行のフレーズであるにもかかわらず、ダウンズのピアノの演奏が入ると、まったく違うニュアンスを及ぼすのだ。

 

それらの物語的な要素は、「ジェームズ・ロバートソンの短編小説にインスピレーションをうけた」とダウンズ。それを踏まえると、音楽そのものがおのずとストーリー性を持つように思えてくる。


続く「The Steppe」では、前の曲のモチーフを受け継ぎ、それらが次の展開を形作るバリエーションの一貫として繰り広げられていくように感じられる。これは、音楽の世界がひとつの曲ごとに閉じてしまうのではなく、曲を連続して聴くと、その世界がしだいに開けていくような、明るい印象を聞き手に与える。同じように、旧来、Anat Fortが2000年代にレコーディングで探求していたエスニックジャズの性質を巧緻に受け継ぎつつ、ダウンズはヘレン・メリルの系譜にあるアンニュイなウィンストンの伸びやかなボカリーズにさりげない印象の変化を及ぼしている。


同曲において、ウィンストンは、消え入るようなアルトの音域のウィスパーから、それとは対象的なソプラノの音域にある伸びやかなビブラートに至るまで、幅広い音域を行き来し、圧巻のボーカルを披露している。前曲に続き、夢という歌詞が再登場し、それらが物語的な流れを形作っている事がわかる。ここには、ノーマン・ウィンストンが語るように、「音楽そのものに偏在する言葉を読み取る」という彼女のボカリーズの流儀のような概念も伺い知ることができよう。

 

このアルバムでは、ジャズのスタンダードから、ECMらしいモダンジャズの手法に至るまで、様々な音楽が体現されているが、「Noctune」ではアヴァン・ジャズの性質が色濃く立ち現れる。


キット・ダウンズのインプロヴァイゼーションの要素が強いピアノの伴奏に合わせて歌われるウィンストンのボーカルも、ボカリーズの真髄に位置する。特に、ウィンストンの無調に近いソプラノのボーカルが最高の音域に達した後、それとは対象的に、ダウンズのピアノが最も低い音域の迫力ある音響を生み出す瞬間は圧倒的といえる。2つの別の演奏者、なおかつ、全く別の楽器と声の持つ特性が合わさり、一つの音楽の流動体となるような神秘的な瞬間を味わえる。

 

今作は再構成とオリジナルを元に構成されるが、アルバムの終盤に至ってもなお野心的な気風を維持しているのが驚き。


「Black In The Colour」は、バッハの「Invention」のような感じで始まり、その後、ウィンストンの歌により古典的なジャズ・ボーカルの世界へと踏み入れていき、ヘレン・メリルの代名詞''ニューヨークのため息''のような円熟味のあるヴォカリーズの綿密な世界観を構築していく。ジャズ・スタンダードを元にした再構成は、物憂げな印象を携えながら次曲への呼び水となる。


ウィンストンとダウンズによる奇跡的なデュオの精華は、前衛的なジャズの気風に縁取られた「In Search Of Sleep」により完成を迎える。ダウンズのピアノのパッセージとウィンストンのスポークンワードは、彼らの音楽表現が古典的な領域にとどまらぬことの証であると共に、デュオの遊び心と冒険心がはっきりと立ち現れた瞬間でもあろう。


同曲は、モダンジャズという文脈を演劇のように見立てており、新鮮な雰囲気に満ち溢れている。最終曲「Rowing Home」は悲しみもあるが、憂いの向こうから清廉な印象が立ち上ってくる。その印象を形作るのが、キット・ダウンズの見事なジャズ・ピアノのパッセージ。ここには、意外な形で実現したウィンストン/ダウンズの合奏の真骨頂を垣間見ることができるはずだ。

 



94/100

 

 

 

 

Scree
Scree


本物のジャズマンはどこに潜んでいるのか? もしかしたら人知れず貴方のすぐ隣を歩いているかも知れない。


ブルックリンのジャズトリオ”Scree”が同地のコンサート会場でのライブを収録したEP「Live at the owl music parlor Vol.2」を発表した。注目の若手トリオは、古典的なジャズやクラシックからの影響を絡め、スタイリッシュで円熟味溢れるモダンジャズを演奏する。取り分け、作曲家/ギタリストのミュート奏法、ブルージャズの哀愁に満ちたプレイには感嘆すべきところがある。


''The Owl Music Parlor''で行われた2つのセットから抜粋されたこのEPは、クライマックスのナンバー「Nocturne With Fire」でピークに達する。9分に及ぶ本楽曲は、ライブの最も白熱した瞬間を克明に記録している。退屈で冗長な3分のポピュラーナンバーとは異なり、実際的な長さを感じさせることがない。ライアン・エル・ソルのエレクトリックギターが闇の中をうねり、他のメンバーの演奏と重なり、ノクターンの瞑想的で深妙な感覚へと入り込んでゆく。トリオのポテンシャルが発揮され、燃え上がるようなタイトルにふさわしい仕上がりになっている。


最初の先行シングルに続いて「Exclamation Point」がストリーミングで公開された。どちらのシングルもジャズトリオの魅力が満載。ウェス・モンゴメリー風の妖艶なジャズギター、しなやかな対旋律を描くウッドベース、緩急のあるドラムプレイが心地よい東海岸の夜の風景をかたどる。


ScreeのEP「Live at the owl music parlor Vol.2」は''Ruination Record Co.''から7月19日にリリースされる。




Scree:  


ライアン・エル・ソル(ギター)、カルメン・ロスウェル(ベース)、ジェイソン・バーガー(ドラムス)は、2017年にScreeとして共演を始めた。


以来、このトリオは、デューク・エリントンからヨハネス・ブラームス、レバノンの作曲家ジアド・ラーバーニにいたるまで、様々な影響を受けたギタリスト、エル・ソルの作曲による、広く神秘的な弧を描く情熱的なサウンドによって、唯一無二のサウンドを築き上げてきた。


Scree(スクリー)は、親密で職人的なライブパフォーマンスを通じて、彼らの本拠地であるニューヨーク/ブルックリンで、熱心なファンを地道に増やしつづけている。デビューアルバム『Jasmine on a Night in July』(2023年3月10日、Ruination Recordsより発売)では、パレスチナの偉大な詩人マフムード・ダルウィーシュの作品を使い、遠い祖国への憧れと郷愁をテーマにしている。

Black Decelerant


Contuour(コンツアー)ことKarlu Lucas(カリ・ルーカス)とOmari Jazz(オマリ・ジャズ)のデュオ、Black Decelerant(ブラック・ディセラント)は、コンテンポラリーな音色とテクスチャーを通してスピリチュアルなジャズの伝統を探求し、黒人の存在と非存在、生と喪、拡大と限界、個人と集団といったテーマについての音の瞑想を育んでいる。セルフ・タイトルのデビュー・アルバム、そしてこのコラボレーションの核となる意図は、リスナーが静寂と慰めを見出すための空間を刺激すると同時に、"その瞬間 "を超える動きの基礎を提供することである。


『Black Decelerant』は、プロセスと直感に導かれたアルバムだ。2016年に出会って以来、ルーカスとジャズは、形のない音楽を政治的かつ詩的な方法で活用できるコラボレーション・アルバムを夢見ていた。彼らは最終的に、6ヶ月間に及ぶ遠隔セッション(それぞれサウスカロライナとオレゴンに在住)を経て、2020年にプロジェクトを立ち上げ、即興インストゥルメンタルとサンプル・ベースのプロダクションを通して、彼らの内と外の世界を反映したコミュニケーションを図った。


ルーカスは言う。「それは、私たちがその時期に感じていた実存的なストレスに対する救済策のようなものでした。特にアメリカでは、封鎖の真っ只中にいると同時に、迫り来るファシズムと反黒人主義について考えていました。レコードの制作はとても瞑想的で、私たちをグラウンディングさせる次元を提供してくれるように感じていました」


リアルタイムで互いに聴き合い、反応し合うセッションは、黒人の人間性、原初性、存在論、暴力や搾取から身を守るための累積的な技術としてのスローネスをめぐるアイデアを注ぎ込む器となった。このアルバムに収録された10曲の楽曲は、信号、天候、精神が織りなす広大で共鳴的な風景を構成しており、記憶の中に宙吊りにされ、時間の中で蒸留されている。


ブラック・ディセラント・マシンは、アーカイブの遺物や音響インパルスを、不調和なくして調和は存在しない、融合した音色のコラージュへと再調整する。レコードの広大な空間では、穏やかなメロディーの呪文の傍らで、変調された音のカデンツの嵐が上昇する。ピアノの鍵盤とベース・ラインは、トラック「2」と「8」で、ジャワッド・テイラーのトランペットの即興演奏を伴って、リリース全体を通して自由落下する。


このデュオは、アリア・ディーンの『Notes on Blacceleration』という論文を読んで、その名前にたどり着いた。


この論文は、資本主義の基本的な考え方として、黒人が存在するかしないかという文脈の中で加速主義を探求している。「Black Decelerant」は、このレコードが意図する効果と相まって、自分たちと、自分たちにインスピレーションを与えてくれるアーティストや思想家たちとの間に共有される政治性をほのめかしながら、音楽がスローダウンへの招待であることに言及している。


「その一部は、自然な状態以上のことをするよう求め、過労や疲労に積極的に向かわせる空間や、これらすべての後期資本主義的な考え方に挑戦することなんだ」とジャズは言う。「黒人の休息がないことは、様々な方法で挑戦されなければならないことなのです」


ルーカスとジャズが説明するように、このレコードは、資本主義や白人至上主義に付随する休息やケアについて、商品化されたり美徳とされたりするものからしばし離れ、心身の栄養となることを行おうとする自然な気持ちに寄り添うという、生き方への入り口であり鏡ともなりえるかもしれない。


『BlackDecelerant』は、音楽と哲学の祖先が築き上げた伝統の中で、強壮剤と日記の両方の役割を果たす。


『Black Decelerant』は2024年6月21日、レコード盤とデジタル盤でリリースされる。アルバムは、NYのレーベル''RVNG Intl.''が企画したコンテンポラリー・コラボレーションの新シリーズ『Reflections』の第2弾となる。

 

 

『Reflection Vol.2』 RVNG Intl.


先週は、ローテクなアンビエントをご紹介しましたが、今週はハイテクなアンビエント。もっと言えば、ブラック・ディセラントは、このコンテンポラリー・コラボレーションで、アンビエント・ジャズの前衛主義を追求している。


ルーカスとジャズは、モジュラーシンセ、そしてギター、ベースのリサンプリング、さらには、バイオリンなどの弦楽器をミュージック・コンクレートとして解釈することで、エレクトロニック・ジャズの未知の可能性をこのアルバムで体現させている。


ジャズやクラシック、あるいは賛美歌をアンビエントとして再構築するという手法は、昨年のローレル・ヘイローの『Atlas』にも見出された手法である。さらには、先々週にカナダのアンビエント・プロデューサー、Loscil(ロスシル)ご本人からコメントを頂いた際、アコースティックの楽器を録音した上で、それをリサンプリングするというエレクトロニックのコンポジションが存在するということを教示していただいた。つまり、最初の録音で終わらせず、2番目の録音、3つ目の録音というように、複数のミックスやマスターの音質の加工を介し、最近のアンビエント/エレクトロニックは制作されているという。ご多分に漏れず、ブラック・ディセラントも再構築やコラージュ、古典的に言えば、ミュージック・コンクレートを主体にした音楽性が際立つ。


ニューヨークのレーベル”RVNG”らしい実験的で先鋭的な作風。その基底にはプレスリリースでも述べられているように、「黒人としてのアイデンティティを追求する」という意義も含まれているという。黒人の人間性、原初性、存在論、暴力や搾取から身を守るための累積的な技術、これはデュオにとって「黒人としての休息」のような考えに直結していることは明らかである。今や、ロンドンのActressことダニエル・カニンガム、Loraine Jamesの例を見ても分かる通り、ブラックテクノが制作されるごとに、エレクトロニックは白人だけの音楽ではなくなっている。

 

このアルバムは複雑なエフェクトを何重にもめぐらし、メタ構造を作り出し、まるで表層の部分の内側に音楽が出現し、それを察知すると、その内側に異なる音楽があることが認識されるという、きわめて難解な電子音楽である。

 

それは音楽がひとつのリアルな体験であるとともに、「意識下の認識の証明」であることを示唆する。アルバムのタイトルは意味があってないようなもの。「曲のトラックリストの順番とは別の数字を付与する」という徹底ぶりで、考え次第では、始めから聞いてもよく、最後から逆に聞いてもよく、もちろん、曲をランダムにピックアップしても、それぞれに聞こえてくる音楽のイメージやインプレッションは異なるはず。つまり、ランダムに音楽を聴くことが要請されるようなアルバムである。ここにはブラック・ディセラントの創意工夫が凝らされており、アルバムが、その時々の聞き方で、全く別のリスニングが可能になることを示唆している。

 

そして、ブラック・ディセラントは単なるシンセのドローンだけではなく、LAのLorel Halo(ローレル・ヘイロー)のように、ミュージックコンクレートの観点からアンビエントを構築している。その中には、彼ら二人が相対する白人至上主義の世界に対する緊張感がドローンという形で昇華されている。これは例えば、Bartees Strangeがロックやソウルという形で「Murder of George Floyd」について取り上げたように、ルーカスとジャズによる白人主義による暴力への脅威、それらの恐れをダークな印象を持つ実験音楽/前衛音楽として構築したということを意味する。そしてそれは、AIやテクノロジーが進化した2024年においても、彼らが黒人として日々を生きる際に、何らかの脅威や恐れを日常生活の中で痛感していることを暗示しているのである。

 

アルバムの序盤の収録曲はアンビエント/テクノで構成されている。表向きに語られているジャズの文脈は前半部にはほとんど出現しない。「#1 three」は、ミックス/マスターでの複雑なサウンドエフェクトを施した前衛主義に縁取られている。それはときにカミソリのような鋭さを持ち、同じくニューヨークのプロデューサー、アントン・イリサリが探求していたような悪夢的な世界観を作り出す。その中に点描画のように、FM音源で制作されたと思われる音の断片や、シーケンス、同じく同地のEli Keszler(イーライ・ケスラー)のように打楽器のリサンプリングが挿入される。彼らは、巨大な壁画を前にし、アクション・ペインティングさながらに変幻自在にシンセを全体的な音の構図の中に散りばめる。すると、イントロでは単一主義のように思われていた音楽は、曲の移行と併行して多彩主義ともいうべき驚くべき変遷を辿っていくことになる。

 

ブラック・ディセラントのシンセの音作りには目を瞠るものがある。モジュラーシンセのLFOの波形を組み合わせたり、リングモジュラーをモーフィングのように操作することにより、フレッシュな音色を作り出す。

 

例えば、「#2 one」はテクノ側から解釈したアンビエントで、テープディレイのようなサウンド加工を施すことで、時間の流れに合わせてトーンを変化させていくことで、流動的なアンビエントを制作している。

 

これはまたブライアン・イーノとハロルド・バッドの『Ambient Music』の次世代の音楽ともいえる。それらの抽象的な音像の中に組みいれられるエレクトロニックピアノが、水の中を泳ぐような不可思議な音楽世界を構築する。これはまたルーカスとジャズによるウィリアム・バシンスキーの実質的なデビュー作「Water Music」に対するささやかなオマージュが示されているとも解釈できる。そして表面的なアンビエントの出力中にベースの対旋律を設けることで、ジャズの要素を付加する。これはまさしく、昨年のローレル・ヘイローの画期的な録音技術をヒントにし、よりコンパクトな構成を持つテクノ/アンビエントが作り出されたことを示唆している。

 

アルバムの音楽は全体的にあまり大きくは変わらないように思えるが、何らかの科学現象がそうであるように、聴覚では捉えづらい速度で何かがゆっくりと変化している。「#3 six」は、前の曲と同じような手法が選ばれ、モジュラーシンセ/リングモジューラをモーフィングすることによって、徐々に音楽に変容を及ぼしている。この音楽は、2000年代のドイツのグリッチや、以降の世代のCaribouのテクノとしてのグリッチの技法を受け継ぎ、それらをコンパクトな電子音楽として昇華させている。いわば2000年代以降のエレクトロニックの網羅ともいうべき曲。そして、イントロから中盤にかけては、アブストラクトな印象を持つアンビエントに、FM音源のレトロな質感を持つリードシンセのフレーズを点描画のように散りばめ、Caribou(ダン・スナイス)のデビューアルバム『Starting Breaking My Heart」の抽象的で不確かな世界へといざなうのだ。

 

一箇所、ラップのインタリュードが設けられている。「#4 Seven 1/2」は、昨年のNinja TuneのJayda Gがもたらした物語性のあるスポークンワードの手法を踏襲し、それらを古典的なヒップホップのサンプリングとして再生させたり、逆再生を重ねることでサイケな質感を作り出す。これは「黒人が存在するかしないか」という文脈の中で加速する世界主義に対するアンチテーゼなのか、それとも?? それはアルバムを通じて、もしくは、戻ってこの曲を聴き直したとき、異質な印象をもたらす。白人主義の底流にある黒人の声が浮かび上がってくるような気がする。

 

 

アルバムの中盤から終盤にかけて、最初にECMのマンフレッド・アイヒャーがレコーディングエンジニアとしてもたらした「New Jazz(Electronic Jazz)」の範疇にある要素が強調される。これはノルウェー・ジャズのグループ、Jaga Jazzist、そのメンバーであるLars Horntvethがクラリネット奏者としてミレニアム以降に探求していたものでもある。少なくともブラック・ディセラントが、エレクトロニックジャズの文脈に新たに働きかけるのは、複雑なループやディレイを幾つも重ね、リサンプリングを複数回施し、「元の原型がなくなるまでエフェクトをかける」というJPEGMAFIAと同じスタイル。前衛主義の先にある「音楽のポストモダニズム」とも称すべき手法は、トム・スキナーも別プロジェクトで同じような類の試みを行っていて、これらの動向と連動している。少なくとも、こういった実験性に関しては、度重なる模倣を重ねた結果、本質が薄められた淡白なサウンドに何らかのイノヴェーションをもたらすケースがある。

 

「#5  two」では、トランペットのリサンプリングというエレクトリック・ジャズではお馴染みの手法が導入されている。更に続く「#6  five」は同じように、アコースティックギターのリサンプリングを基にしてアンビエントが構築される。これらの2曲は、アンビエントとジャズ、ポストロックという3つの領域の間を揺れ動き、アンビバレントな表現性を織り込んでいる。しかし、一貫して無機質なように思える音楽性の中に、アコースティックギターの再構成がエモーショナルなテイストを漂わせることがある。これらは、その端緒を掴むと、表向きには近寄りがたいようにも思えるデュオの音楽の底に温かさが内在していることに気付かされる。なおかつこの曲では、ベースの演奏が強調され、抽象的な音像の向こうにジャズのテイストがぼんやりと浮かび上がる。しかし、本式のジャズと比べ、断片的な要素を示すにとどめている。また、これらは、別の音楽の中にあるジャズという入れ子構造(メタ構造)のような趣旨もうかがえる。 

 

 

「five」

 

 

 

シンセの出力にとどまらず、録音、そしてミュージック・コンクレートとしてもかなりのハイレベル。ただ、どうやらこの段階でもブレック・ディセラントは手の内を明かしたわけではないらしい。解釈次第では、徐々に音楽の持つ意義がより濃密になっていくような印象もある。「#7 nine」では、Caribou(ダン・スナイス)の2000年代初頭のテクノに焦点を絞り、それらにゲームサウンドにあるようなFMシンセのレトロな音色を散りばめ、アルバムの当初の最新鋭のエレクトロとしての意義を覆す。曲の過程の中で、エレクトリックベースの演奏と同期させ、ミニマル・ミュージックに接近し、Pharoah Sanders(ファラオ・サンダース)とFloating Points(フローティング・ポインツ)の『Promises』とは別軸にあるミニマリズムの未知の可能性が示される。


一見、散らかっていたように思える雑多な音楽性。それらは「#8 eight」においてタイトルが示すようにピタリとハマり、Aphex Twinの90年代のテクノやそれ以降のエレクトロニカと称されるmumのような電子音楽と結びつけられる。そして、モダンジャズの範疇にあるピアノのフレーズが最後に登場し、トランペットのリサンプリングとエフェクトで複雑な音響効果が加えられる。これにより、本作の終盤になって、ドラマティックなイメージを見事な形で呼び覚ます。

 

「#9 four」は、一曲目と呼応する形のトラックで、ドローン風のアンビエントでアルバムは締めくくられる。確かなことは言えないものの、この曲はもしかすると、別の曲(一曲目)の逆再生が部分的に取り入れられている気がする。アウトロではトーンシフターを駆使し、音の揺らめきをサイケに変化させ、テープディレイ(アナログディレイ)を掛けながらフェードアウトしていく。 



85/100




「two」

 

 

 

Black Decelerant - 『Reflection Vol.2』はRVNG Intl.から本日発売。アルバムの海外盤の詳細はこちら