2016年の『A Cosmic Rhythm With Each Stroke』に続く、ヴィジャイ・アイヤーとワダダ・レオ・スミスのECMへの2作目のデュオ形式のレコードとなる『Defiant Life』は、人間の条件についての深い瞑想であり、それが伴う苦難と回復の行為の両方を反映している。しかし同時に、このデュオのユニークな芸術的関係と、それが生み出す音楽表現の無限の形を証明するものでもある。ヴィジャイとワダダが音楽で出会うとき、彼らは同時に複数のレベルでつながるからだ。
ヴィジャイのECMでの活動は急速に拡大しており、リンダ・メイ・ハン・オー、タイショーン・ソーリーとの現在のトリオ(2021年『Uneasy』、2024年『Compassion』)、ステファン・クランプ、マーカス・ギルモアとの以前のトリオ(2015年『Break Stuff』)、そして好評を博したセクステット・プロジェクト『Far From Over』(2017年)などがある。
ピアニストは、2014年に弦楽四重奏、ピアノ、エレクトロニクスのための音楽で高い評価を得た録音『Mutations』をリリースし、ロスコー・ミッチェルの2010年のアルバム『Far Side』、すなわちクレイグ・タブーンとのデュオで『Transitory Poems』(2019年)に参加している。そのほかにも2014年にDVDとブルーレイでリリースされた、ヴィジャイと映像作家プラシャント・バルガヴァの鮮やかなマルチメディア・コラボレーション『Rites of Holi』も忘れてはならない。
「私たちは、それぞれの言語と素材を使って仕事をしている」とヴィジェイは広範なライナーノートに記しています。共同制作の必然性というのは、楽曲ごとに異なる形で体現される。「Sumud」では不吉なことを言い、「Floating River Requiem」では祝祭的なオーラを放ち、「Elegy」では疑念を抱きながらも明るい兆しが見える。そして終結の「行列」では破滅的に美しい。
こうした音楽の中で都会的なジャズの趣を持つ曲が「Floating River Requiem」である。この曲は、変拍子を駆使した前衛的な音楽。アルバムの中では、ピアノとトランペットによる二重奏の形式が顕著で、聴きやすさがあります。この曲では、アコースティック・ピアノが用いられ、Jon Balkeの系譜にある実験音楽とモダンジャズの中間にある演奏法が取り入れられています。アイヤーはこの曲でオクターブやスタッカートを多用し、洗練された響きをもたらしている。対するレオ・スミスも、前衛的な演奏という側面においてアイヤーに引けを取らない。長いサステインを用いた息の長いトランペット、それを伴奏として支えるピアノという形式が用いられる。
この曲は表面的に見ると、前衛的に聞こえるかもしれませんが、コールアンドレスポンスの形式、そして、マイルス・デイヴィスとビル・エヴァンスによる名曲「Flamenco Sketches」のように、モーダルの形式を受け継ぐ、古典的なジャズの作曲法が取り入れられています。結局のところ、マイルス・デイヴィスは、ストラヴィンスキーのリズム的な革新性というのに触発され、そしてビーバップ、ハード・バップの先にある「モード奏法」という形式を思いついた。それはまた、ジャズのすべてがクラシックから始まったことへの原点回帰のようでもあり、バロック音楽以降のロマン派の時代に忘れ去られていた教会旋法やパレストリーナ旋法のような、横の音階(スケール/旋法という)の連なりを強調することを意味していた。これらを、JSバッハによる対旋律の音楽形式を用い、復刻したのがマイルス・デイヴィスであったわけです。「Floating River Requiem」はそういったジャズとクラシックの同根のルーツに回帰しています。
(CD) 1. One For Josh 2. Miz (featuring Anatole Muster) 3. 500 Fils (featuring Parthenope) 4. Black Narcissus 5. Rumba(r) 6. Makina Thema 7. Tortuga (For Me Mam) 8. Se7en (featuring Tom Ford) 9. In The Pitt 10. Adaeze
(LP) Side-A 1. One For Josh 2. Miz (featuring Anatole Muster) 3. 500 Fils (featuring Parthenope) 4. Black Narcissus 5. Rumba(r) Side-B 6. Makina Thema 1. Tortuga (For Me Mam) 2. Se7en (featuring Tom Ford) 3. In The Pitt 4. Adaeze
Credits: Stan Woodward: bass guitar King David Ike Elechi: drums Ferg Kilsby: trumpet Cam Rossi: tenor saxophone Sandro Shar: keyboards Parthenope: alto saxophone on “500 Fils” Richie Sweet: congas on “Rumba(r)” and “Adaeze” Tom Ford: electric guitar on “Se7en” Anatole Muster: accordion on “Miz" Miro Treharne: vocals on “In The Pitt” Otto Kampa: alto saxophone on “In The Pitt” Matt Seddon: trombone on “In The Pitt” Enya Barber: violin on “Tortuga (For Me Mam)” Sam Booth: cello on “Tortuga (For Me Mam)”
All tracks written and arranged by Stan Woodward and King David Ike Elechi apart from “Black Narcissus”, written by Joe Henderson.
Produced by Darrel Sheinman
Recorded at Studio 13, London by Giacomo Vianello, assisted by Ishaan Nimkar
All tracks mixed at The Friary Studios, Aspley Guise by Hugh Padgham apart from “Tortuga (For Me Mam)”, mixed by Chris Webb
なお、シャバカ・ハッチングスはさらにもう1曲「High and Wide」にも尺八で参加している。アルバムからはすでに「A House, A City」のミュージックビデオが公開されている。同楽曲は、エリオットにとっての最初のピアノで弾いた最後の即興演奏をiPhoneで録音したものから始まり、その後、彼の家と成長期の思い出にインスパイアされた個人的で繊細なソロ曲へと発展していく。
Side-A 1. A House, A City 2. From Beneath 3. Still Under Storms 4. Gold Bright (Feat. Shabaka Hutchings) 5. Stone Houses Side-B 1. High And Wide (Feat. Shabaka Hutchings) 2. In Concentric Circles 3. As If By Weapons 4. Giants Corrupted 5. Fell Broadly 6. These Walls
<トラックリスト> (CD) 1. One For Josh 2. Miz (featuring Anatole Muster) 3. 500 Fils (featuring Parthenope) 4. Black Narcissus 5. Rumba(r) 6. Makina Thema 7. Tortuga (For Me Mam) 8. Se7en (featuring Tom Ford) 9. In The Pitt 10. Adaeze
(LP) Side-A 1. One For Josh 2. Miz (featuring Anatole Muster) 3. 500 Fils (featuring Parthenope) 4. Black Narcissus 5. Rumba(r) Side-B 6. Makina Thema 1. Tortuga (For Me Mam) 2. Se7en (featuring Tom Ford) 3. In The Pitt 4. Adaeze
Credits: Stan Woodward: bass guitar King David Ike Elechi: drums Ferg Kilsby: trumpet Cam Rossi: tenor saxophone Sandro Shar: keyboards Parthenope: alto saxophone on “500 Fils” Richie Sweet: congas on “Rumba(r)” and “Adaeze” Tom Ford: electric guitar on “Se7en” Anatole Muster: accordion on “Miz" Miro Treharne: vocals on “In The Pitt” Otto Kampa: alto saxophone on “In The Pitt” Matt Seddon: trombone on “In The Pitt” Enya Barber: violin on “Tortuga (For Me Mam)” Sam Booth: cello on “Tortuga (For Me Mam)”
All tracks written and arranged by Stan Woodward and King David Ike Elechi apart from “Black Narcissus”, written by Joe Henderson.
Produced by Darrel Sheinman
Recorded at Studio 13, London by Giacomo Vianello, assisted by Ishaan Nimkar
All tracks mixed at The Friary Studios, Aspley Guise by Hugh Padgham apart from “Tortuga (For Me Mam)”, mixed by Chris Webb
ジャコ・パストリアスは、パット・メセニーの自宅で演奏したあと、ポール・ブレイと一緒にライブ・アルバム『ジャコ・パストリアスとの出会い(Jaco
Pastorius / Pat Metheny / Bruce Ditmas / Paul Bley)』(1974)、『Broadway
Blues』(1975)で共演したほか、また、後には、パット・メセニーのスタジオアルバム『Bright Size
Life』(1976)にも共同制作者として名を連ねている。また、同年、ジョニ・ミッチェルのアルバム『Hejira』にも参加した。
驚くべきことに、彼のデビューアルバムには、クラシック、ジャズ、現代音楽、ファンク、R&B、そしてラテン音楽を始めとするエスニックすべてがフルレングスにおさめられている。その中でも、ミュートやハーモニクスを生かした「Portrait
Of Tracy」、民族音楽のリズムを取り入れ、それらをジャズとミニマリズムから解釈した「Okonkole y
Tromba」等の独創性が際立っている。また、「Opus
Pocus」ではカリブ海のスティールパンの演奏が取り入れられている。当時は「フュージョン」とも称されていたが、クロスオーバージャズの先駆的なアルバムでもある。今なおジャコ・パストリアスの演奏、そして作曲は鮮烈な印象をとどめている。
それは時々、編曲という形に表れ出ることがあった。いつ彼がクラシックを聴いていたのか、もしくはスコアを研究していたのかは定かではないが、1981年に発表されたセカンドソロアルバム『World Of Mouth』では、「半音階幻想曲(Chromatic Fantasy)」という曲が登場し、これはバッハの半音階幻想曲とフーガ(BMV903)の編曲あるいはオマージュである。他にもビートルズの「Blackbird」をアレンジしている。
アルバムの冒頭曲「Black Is All Colors At Once」で聞けるギターの巧みな演奏は空間的な音楽性を押し広げ、そしてピアノの微細な装飾的な分散和音が加わると、明らかに他のセクステットではなしえない美麗で重厚感のある感覚的なハーモニーがぼんやりと立ち上ってくる。二曲目「Haiti」では、ドラムの演奏がフィーチャーされ、民族音楽のリズムが心地よいムードを作り出す。同じように構成的な演奏が順次加わり、金管楽器、ギター、ベースが強固なアンサンブルを構築していく。当初はリズムの単一的な要素だったものが、複数の秀逸な楽器の演奏が加わることにより、音楽全体の持つイメージはより華やかになり、豪奢にもなりえる。そういった音の構成的な組み上げを楽しむことが出来る。リズムの構成はエスニック(民族音楽)の響きが強調されているが、対してジェイコブ・ブロのギターはスタンダードなフュージョンジャズの領域に属する。これがそれほど奇をてらうことのない標準的で心地よいジャズの響きを生み出す。
「Peninsula」は同レーベルのエスニックジャズを洗練させた曲で、ピアノの演奏がミュート技法を用いたギター、ベースに対して見事なカウンターポイントを構成し、曲の後半ではまったりした落ち着いたハーモニーを形成する。クローズ「Mar Del Plata」は、アルバムではジェイコブ・ブロのギタープレイがフィーチャーされる。ラルフ・タウナーのギターほど難解ではなく、フュージョン・ジャズを下地にした心地よいギターの調べに耳を傾けることが出来るでしょう。
84/100
「Black Is All Colors At Once」
本日、ニューカッスル/アポン・タインの5人組、ナッツ(Knats)が新曲「Tortuga (For Me Mam)」を発表。UK気鋭のモダンジャズグループとして今後の活躍に大いに期待したい。今作は、彼らにとってギアボックス・レコードからの初リリースとなる。(各種ストリーミングはこちら)
新曲「Tortuga (For Me Mam) 」では、シネマティックなストリングスに、彼らのダンスとエレクトロニックな感性から生まれたファンクなベースラインとブレイクビートのドラミングが組み合わされている。筋肉質なアップテンポのリズムが、鮮やかなトランペット・ワークと器用な鍵盤をフィーチャーした複雑なアレンジで踊っている。
シーンに登場して間もない彼らは、すでにSoho Radio、BBC Newcastle、WDR3によって認知され、Spotifyの ‘All New Jazz’プレイリストに選曲された他、‘JazzFresh Finds’のカヴァーも飾っている。
さらに、「BBC Introducing North East」からも絶大な支持を受けている。 今月初旬に発表された〈Beams Plus〉とロンドン発のスケートブランド〈PALACE SKATEBOARDS〉との初コラボレーション・ラインの広告に楽曲「Tortuga (For Me Ma)」が使用された。
即興で作るインストゥルメンタル・ミュージックに対する情熱から誕生した同プロジェクトでは、それぞれが持つ感受性を武器に、ダンサブルで独特の雰囲気を持った作品作りを心がけている。2020年1月、デビュー・シングル「Village Of The Sun」を、4月にはセカンド・シングル「Ted」を配信リリース。
その後、2022年9月に2年半ぶりとなる新曲「Tigris」をリリース。10月には更なる新曲「The Spanish Master」を、そして11月にはファースト・アルバム『ファースト・ライト』を発売。2023年5月、ビルボードライブ東京にて初来日公演を実施。2024年10月、同公演からのライヴ音源を収録したデジタルEP『Village Of The Sun, Live in Tokyo』を配信リリース。
ニューヨークのジャズ・ピアニスト、Aaron Parks(アーロン・パークス)は、ECM(ドイツ)のリリースなどで有名な音楽家。今回、彼は13年振りに名門ブルーノートに復帰している。『Little Big Ⅲ』は、2018年の『Little Big』、2020年の『Ⅱ』に続く連作の三作目で、三部作の完成と見ても良いだろう。今作は彼の代表作『Arborescence』と並び、代表作と見ても違和感がない。軽快なシャッフルのドラムとアーロン・パークスの静謐な印象を持つピアノが合致した快作。
また、今回のアルバムでは、アグレッシヴな側面のみならず、しっとりとしたメロウさが組み込まれている。「cloakroom link up」こそジャズバンドとしての進化を証だて、オーケストラストリングスの導入等、彼らが新しいステップへ歩みを進めたのが分かる。序盤で最も注目すべきは、UKのレゲエ・シーンの新星、Yazmin Lacey(ヤズミン・レイシー」が参加した「God Gave Me Feet For The Dancing」である。この曲では、「ダンスー踊り」という行為が神様から与えられたことに彼らが感謝し、そして、それらを彼らが得意とするアフロジャズによって報恩しようとする。自分たちに与えられた最善の能力を駆使して、感謝を伝えることほど素晴らしいものはない。実質的なタイトル曲は、エズラ・コレクティヴらしさが満載で、それはダンスの楽しさを、ドラム、ベース、ホーンを中心に全身全霊を使って表現しようとしているのである。
「Ajala」「The Traveller」「in the dance」、「N29」は連曲となっていて、彼らがクラシック音楽の知識を兼ね備えていることを象徴付けている。この曲では、アフロジャズというよりも、クンビアのような南米音楽をベースにし、自由闊達で流動的なセッションを繰り広げる。ライブ・バンドとしての凄さが体感出来、それらを艷やかなホーンセクションで縁取ってみせている。バンドアンサンブルとしては、ファンクのノリを意識し、演奏のブレイクの決めの部分、音が消える瞬間やシンコペーションの強調等、豊富な音楽知識を活かし、グルーヴの持つ楽しさやリズムの革新性を探求している。連曲である「The Traveller」は同じモチーフを用いて、バンドの演奏においてリミックスのような技法を披露している。アグレッシヴな感覚を持つ前曲と同じ主題を用いながら、エレクトロニクス、ファンクのリズム、そしてレゲエやスカのリズムを総動員して、ダンスミュージックの未来を彼らは自分たちの演奏を通して見通そうとする。
続く「in the dance」は流麗なオーケストラストリングスを主体として、ストーリー性のある音楽に取り組んでいる。バイオリン(ビオラ)、チェロのパッセージは美麗な対旋律を描き、オーケストラジャズとも呼ぶべき、ガーシュウィンの作風をモダンに置き換えたかのようである。「N29」はドラムとベースのファンクのリズムを中心として、Pファンクに近いリズムを作り上げる。ブーツィーコリンズのようなしぶといベースに迫力味があり、ドラムと合わせてこの曲をリードしていく。彼らは演奏を続けるなかで、最も心地よい瞬間、そして最も踊れる瞬間の金脈を探し当て、それらのグルーヴをかなり奥深い領域まで掘り下げていこうとするのである。これはエズラ・コレクティヴの作曲が、あらかじめ楽譜ですべて決まっているわけではなく、インプロヴァイゼーションに近いものではないかと推測させるものがある。そしてそれは実際的に音楽の持つ自由な雰囲気、そしてもちろん開放的な音を呼び覚ます力を持ち合わせている。
ボーカルを主体にしたポピュラージャズというのは前作でも一つの重要なテーマだったが、今作でもそれは引き継がれている。オリヴィア・ディーンが参加したもう一つのタイトル曲「No One's Watching Me」では、ソウルやR&Bに傾倒し、彼らがバックバンドのような役割を果たす。オリヴィア・ディーンのメロウで真夜中の雰囲気を持つ艷やかなボーカルにも注目だが、エレクトリック・ピアノ(ローズ・ピアノ)、エネルギッシュなトロンボーン、トランペット、そして、それと入れ替わるようにして加わるディーンのボーカル、これらは時代こそ違えど、ビックバンドの現代版のような趣を持ち、カウント・ベイシーのように巧みだ。音楽的には南米音楽の色合いが強く、キューバ、カリブ海周辺の熱情的な音楽の気風が反映されている。一曲の間奏曲を挟み、「Hear Me Cry」ではサンバのリズムを用い、ドラムのロールを中心にどのような即興的な演奏が行えるのかを実験している。それは背後の掛け声の録音と合わせて一つの流れを形作り、最終的にはキューバン・ジャズのようなエキゾチックな音楽へと繋がっていく。同じく、異なる地域のリズムや音楽のミックスというのが、アルバムのもうひとつの副題であるらしく、これはエズラ・コレクティブの今後の重要なテーマともなるだろう。「Shaking Body」ではスカやレゲエ、そしてサンバのリズムを組み合わせ、独特なビートを作り上げている。これらは旧時代のフリージャズのリズムの革新性の探求の時代を思わせ、それらを現代のバンドとして取り組もうというのである。しかしこの曲もまたポピュラー性にポイントが置かれている。アルバムの最もエキサイティングな瞬間は続く「Expensive」で到来する。エズラ・コレクティヴは実際に何かを体験してみることの大切さを音楽によって純粋に伝えようとしている。
アルバムの終盤に差し掛かると、かなり渋めの曲が出てくる。「Street Is Calling」はクラッシュに因んだものなのか、レゲエやスカの音楽がストリートのものであることを体現している。もちろん、それらの70年代の音楽をベースにして、ヒップホップの要素を付け加えている。スカ・ラップ/レゲエ・ラップとも呼ぶべきこの音楽は、たしかに英国の音楽を俯瞰してみないと作り得ないもので、古典的なものと現代的なものを組み合わせ、新しい表現性を生み出そうという狙いも読み取ることが出来る。本作のなかでは最もブラックミュージックのテイストが漂う。最後の間奏曲を挟んだあと、このアルバムは驚くほどリスニングの印象を一変させる。つまり、アルバムの最初の地点とゴールは音楽的にかなり距離が離れていることに思い至るのだ。
「Why I Smile」は本作の冒頭の収録曲と同じく、ジャジーな雰囲気のナンバーであるが、その一方でニュアンスは少し異なる。古典的なジャズやソウルの演奏を元にした序盤とは異なり、アンサンブル自体は、エレクトロジャズ/ニュージャズ、つまり北欧のジャズに近づく。この点に、エズラコレクティヴの狙いが読み取ることが出来る。それは、古典的なものから現代的なものまでを渉猟するという意図である。これはまるで、時代もなく、地図もない、無限のジャズのフィールドを歩くような個性的なアルバムということが分かる。そしてまた、ライブの空気感をかたどった曲もある。「Have Patience」は、ブルーノートのライブのような雰囲気が漂い、テーブル席の向こうにエズラ・コレクティヴのライブを眺めるかのようである。そしてアルバムのクローズではさらに渋く、深みのあるジャズの領域に差し掛かる。この曲のイントロは、ジャレットのライブのような雰囲気を持ち、ホーンセクションのアンビエントに近いシークエンスにより、うっとりとした甘美さが最高潮に達する。この曲はアグレッシヴな側面を特徴としていた前作にはなかったもので、エズラ・コレクティヴの新しい代名詞とも言えるだろう。
『Dance, No One’s Watching』は人目を気にせず純粋に楽しむことの素晴らしさを伝え、そしてジャズの新しい表現を追求しようとし、さらには、ストーリー的な意味合いを持っている。この3つの点において革新的な趣向がある。前作より深い領域に差し掛かったのは事実だろう。現時点では、南米的な哀愁がエズラ・コレクティヴの音楽の最大の持ち味ではないかと思われる。すべて傑作にする必要はないのだけれども、今後も凄いアルバムが出てきそうな予感がする。
その後、ロリンズはしばらく表舞台から姿を消した。一般的な理由は「自分の演奏を見つめなおす」という他の人々から見ると、解せないようなものだった。1950年代後半には、まったくライブや録音から遠ざかり、数年間、みずから練習に精励していたという。以後、再び、1960年代に入り、RCAと契約を結び、ジム・ホールなどを招聘し、彼の代表作の一つである『The Bridge』に制作に取り掛かる。同年、『What’s New』を発表し、量産体制に入った。この頃、ちょうどアヴァンギャルド・ジャズの最初のウェイブが沸き起こったが、新し物好きのロリンズはもちろん、その流れに無関心ではいられなかった。ドン・チェリーとの共同作業は、『Our Man In Jazz」という目に見える形になり、以降のフリージャズ運動の先駆けとなった。
そして、1961年11月、公衆の面前での演奏を再開した。ほどなく、RCAビクターのプロデューサー、ジョージ・アヴァキャンがロリンズとの契約を取り付けた。「Without A Song」は、ロリンズのコンサートでしばしば演奏された曲で、アメリカ同時多発テロ事件から4日後のボストン公演でも披露され、同公演を収録したライブ・アルバムのタイトルにもなった。「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」は、ビリー・ホリデイが1941年に発表した曲のカバー。
アルバムの冒頭では、「Without A Song」に象徴されるように、ビバップの楽しげな響きが特徴となっているが、アルバムの中盤では、ジャズバラードに近いR&Bに近い響きが押し出されている。タイトル曲のハード・バップに属する旋法や調性の運び、そして演奏の持つ強烈な個性も捨てがたいものがあるが、他方、ギターとの室内楽のような上品な響きを持つ「Where Are You」のようなナンバーにこそ、ロリンズのサックス奏者の醍醐味が凝縮されている。「God Bless The Child」のコントラバスの精細感のある演奏、モンゴメリーの系譜にあるギター、それらをリードするロリンズのサックスの演奏もジャズの潤沢な時間をもたらすアルバムのラストを飾るスイング・ジャズ「You Do Something To Me」はジャズライブなどで映えるような曲で、楽しげな雰囲気がある。一つも蛇足がなく、完結な構成でまとめ上げられている。
ハードパップなどの新しいジャズの形式を追求する中で、ソニー・ロリンズの重要な音楽的なルーツであるカリプソやラテン・ミュージックに回帰したのが本作である。ロリンズが1970年代に展開させていくファンク・ソウルやマーヴィンやクインシーに代表されるアーバン・コンテンポラリーとジャズの「クロスオーバーの原点」を今作には発見できる。アルバムの冒頭を飾る「If Ever I Would Leave You」ではカリプソのリズムとビバップのスケールやリズムを結びつけようという試みが見受けられる。さらに、「Don't Stop the Carnival」ではカリプソのカーニバルの音楽とマイルス・デイヴィスのモード奏法を融合させ、エスニックジャズを予見している。
さらに本作の中盤でも、南米のラテン音楽の陽気で開放的な音楽性が色濃く反映されている。「Jungoso」、「Bluesongo」では、彼のアフリカ系アメリカ人のルーツを音楽という形で押し出し、それらを楽しげな演奏によって彩っている。さらに1948年公開の映画の主題歌「The Night Has a Thousand Eyes」ではボサノヴァをジャズと融合させ、クロスオーバーの飽くなき可能性を探求している。もちろん、陽気なサックスフォンの響きを心ゆくまで堪能できるはず。
発売当時は、アメリカ盤が「Don't Stop the Carnival」を除く5曲入り、イギリス盤や日本盤が「If Ever I Would Leave You」を除く5曲入りだったが、現行の日本盤CDは6曲入りの完全版として販売されている。また、日本では『ドント・ストップ・ザ・カーニバル』という邦題がついていた時期もあったという。 「Don't Stop the Carnival」は、『Saxpohone Colossus』の一曲目に収録されている「St. Thomas」と並ぶ、ロリンズの代表的なカリプソ曲。ライブでもしばしば演奏された。
『Alfie』 (Original Music From The Score) GRP/UMG 1966
すでにミュージカルという側面では、映画音楽とジャズはその成り立ちからして密接に結びついているが、あらためてジャズが映画音楽として有効であることを示したのが「Alfie」のサウンドトラックである。特に、「He's Younger Than You Are」は映画音楽として秀逸である。
今作『Original Music From The Score “Alfie”』は、1966年に公開されたイギリス映画「アルフィー」のために作曲されたソニー・ロリンズのオリジナル盤であると同時にサウンドトラックである。編曲と指揮はオリバー・ネルソンが担当し、バックメンバーにはケニー・バレル(ギター)、J.J.ジョンソン、ジミー・クリーブランド(トロンボーン)、フランキー・ダンロップ(ドラム)、ロジャー・ケラウェイ(ピアノ)らが参加。このアルバムはR&Bビルボード・チャートで17位を記録し、評論家のロヴィ・スタッフはオールミュージックで5つ星のうち星4.2の評価を与えている。映画としては評価が芳しくない作品だが、ロリンズの音楽が映像に最適であることを象徴付けるサウンドトラック。もちろん、ソニー・ロリンズのジャズはBGMとしても十分楽しめる。
依然として、コンパクトな構成のアルバムをリリースするというロリンズの流儀に変更はない、シンプルな7曲が収録されている。そして、ビバップ、ハード・バップを徹底的に追求したサクスフォン奏者の集大成のような意味を持つアルバム。長い歳月を経て、チャールズ・ロイドのように渋さのある演奏法をロリンズは選び、円熟味のあるモダン・ジャズを完成させている。それに加えて、ロリンズは20世紀のミュージカルのような音楽性をジャズに付加している。取り分け「I See Your Face Before Me」は、静謐な味わいを持った素晴らしいナンバーである。