Squarepusher 『Kammerkonzert』
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Release: 2026年4月10日
Review
Squarepusherによる新作アルバム『Kommekonzert』 は、四の五の言わずに聴いておいたほうが良い作品。1990年代からイギリスのエレクトロニックシーンを牽引してきたスクエアプッシャーは今回、ソロ演奏を中心とするオーケストラアルバムに挑戦した。カマーコンツェルトは室内楽の意味で、エレクトロニック、ジャズ、モダンクラシカルをクロスオーバーする作品である。
中心的な役割を担うのが、ドラムやシンセサイザーのWurlizerのような鍵盤楽器である。 トム・ジェンキンソンは、2000年以降はジャズベーシストとしてのソロアルバムも残しているが、ご存知の通り、スクエアプッシャーを名乗る前、アートスクールの在籍時から手作りのドラムを制作し演奏していたことを考えると、ドラム奏者でもあるわけである。このアルバムは、オリヴィエ・メシアンやブーレーズのようなミュージック・セリエル(シェーンベルクほどには厳格でない十二音技法)、半音階法、モダンジャズをかけあわせた作品である。また、Wurlizerのような鍵盤楽器は電子音楽のチェンバロのような効果を生み出し、独創的な音楽世界が構築される。近年のWarpのカタログの中では随一の作品で、スクエアプッシャーの代表作がここに誕生した。これまでのスクエアプッシャーの作品中でも最高傑作の一つでははないかと思う。
このアルバムはシンプルに言えば、電子音楽とオーケストラの仮想的な共演がポイントとなる。また、メシアンやシュトックハウゼン以降の現代音楽の協奏曲、あるいは交響曲である。明確にコンセプト・アルバムの一貫としての狙いがあり、作品は簡潔なタイトルに数字が加えられたのみ。まるでこのアルバムは、スクエアプッシャーが作り上げた壮大な建築の中に入り込み、その中で、いくつかのエポックメイキングな出し物やアトラクションを楽しむような趣がある。しかし、それは単なる演出のようなものではない。一つ一つが緻密であり、精密機械のように精巧な音の作り。音の職人として90年代以降名を馳せてきたミュージシャンは、およそ30年間の音楽的な蓄積と経験を駆使して、一つの高みへと上り詰めた。
アルバム全体の曲に共通しているのは、無調のスケールや旋法であり、それらの音形の連なりがまるで建築やプログラミングの設計図のように縦横無尽に駆け巡り、音の建造物を作り上げていく。
スクエアプッシャーは、調性音楽が出来ないというわけではないので、これらは明らかの緻密に計算されたミュージック・セリエルの手法である。シロフォン、マリンバなどの打楽器系統の音階がセリエル音楽を作り上げたかと思うと、やはりシンセサイザーのスケールや旋法が無調音階のスケールを作り上げる。その中で、ジャズドラムが一定/変則のリズムを刻むが、ティンパニーのようなオーケストラ楽器とは異なり、細かなダイナミクスの変化やレゾナンスの変化を用いながら、奇妙な音楽空間を構築していく。まるでそれらはバルセロナのサグラダ・ファミリアの建築を眺めるようなものである。中央に巨大な尖塔がそびえるかと思えば、微細な箇所には驚くべき精密な音のデザインや装飾が施されている。しかも、それらはフーガやカノンのような音階の追走形式を取ることもある。そして一見散らばっているように思える音階の連なりが、ユニゾンで結合する時、迫力に満ちた音の大スペクタクルが生み出される。このアルバムを聴いて思うのは、かつてこのような音楽がどこかに存在したかということである。スクエアプッシャーは間違いなく、ゼロから一を生み出す現代の正真正銘の天才音楽家である。
「K1 Advance 」では、冒頭からシロフォンの演奏が導入され、シンセとドラムを中心にミュージックセリエルの形が示される。シンセサイザーの使用法が面白く、サックスや吹奏楽器のような使い方で無調音階のユニゾンが流れていく。何か奇妙な現代絵画に接するような形でシュールレアリスティックな音楽が示される。音楽だけではなく、絵画や芸術的な趣が感じられる。
一方、「K2 Central」は先行シングルとして公開された曲である。従来のスクエアプッシャーの音楽性の延長線上にあり、エレクトリックベース、生と打ち込みのドラム、シンセを用いたジャズ風のパッセージが主な特徴である。しかし、2000年代以降のスクエアプッシャーの主要な楽曲とは異なり、 激しさやノイズではなく、静けさに焦点が置かれている。特に、ピンと張り詰めたような緊張感を持つ静寂がシークエンスの中で、どのポイントに出現するのかに注目したい。
「K2 Central」
現代音楽とジャズの中間にある音楽がアルバムの序盤では続いていくが、その中には熟練のエレクトロニックプロデューサーらしい曲が出てくる。「K4 Fairyland」は、おそらくドラムンベースを基本とする曲で、ドラム、シンセサイザー、ストリングスを交えて展開される。エイフェックス・ツイン風のドラムンベースのドライブ感に満ちた曲であるが、唐突な休符を織り交ぜ、意外な音の印象を作り上げる。これもまた音の要素の飽和という局面をよく知る音楽家としての蓄積が、どこで音を消すのか、という新しい境地に向かわせたといえる。 この曲では、音形の調を移行させるカデンツァ進行によって、終止形の解決を後に引き伸ばし、それを延々と続けていくという特異な作曲技法が取り入れられている。クラシック音楽では、オスティナートと呼ばれる箇所で、それらの技法を用いながら、摩訶不思議な音の印象を作り上げていく。ゲーム音楽のサントラのような印象を持つ曲で、BGMの制作者の手腕が発揮された瞬間。
続く「K5 Fremanle」は、スクエアプッシャーとしては珍しく、アコースティックピアノをイントロに配置している。ダブのような奇妙な音響効果を施し、音がドローンのように変調していくミステリアスな印象を持つ導入部。それからこの曲は急激な展開を織り交ぜ、弦楽器のドローン奏法などを織り交ぜながら、メシアンやブーレーズのような現代音楽へと傾倒していく。ブーレーズと制作を行ったことがあるフランク・ザッパもおそらく驚愕するであろう一曲だ。メシアンや武満徹の作風を彷彿とさせるピアノと弦楽器による協奏曲として成立している。
特に、曲の後半での弦楽器の無調の音階を基にしたハーモニーには独特な美しさが宿っている。ピアノの演奏は短音階とアルペジオを中心に展開されるが、ドローン奏法の弦楽の重奏とどのような音響効果を及ぼすのかに着目したい。ここには間違いなく新しい音の響きが発見できる。アルバムの冒頭から張り詰めたような独特な緊張感が続くが、「K6 Headquarters」はどことなく平穏な境地を感じさせる。 フルートのような管楽器(もしかするとシンセかもしれない)とシンセをユニゾンさせ、その背後でジャズドラムの前衛的な演奏が繰り広げられる。時折、弦楽器の演奏を織り交ぜながら、全体的な音のダイナミクスが最高潮に達する。相変わらず、シュールな一曲で電子音楽とオーケストラ曲の中間にある個性的なサウンドが構築されている。
「K7 Museum」はモスキート音のイントロで始まり、Wurlizerのような音色の楽器が登場し、華麗なパッセージが繰り広げられる。スクエアプッシャーの代名詞とも言えるクールな主題が中心となり、ジャズとクラシックの中間点にある新鮮味のあるクロスオーバー音楽が展開される。背景となるエレクトリックベースの演奏はファンクを基礎にし、曲の主旋律となるWurlizerのような楽器のパッセージを背後で支えている。この曲に宿るフリージャズのような即興性や計算され尽くした音の配置や曲展開は、本作の聞き所やハイライトになるに違いない。間違いなくスリリングな音の楽しみがある。また、それらは計算されたものと即興性の間に作り出される。特に計算されたものの中では、バロック音楽や古典音楽からの影響であり、演奏の中にはカノンやフーガのような追走形式の箇所も登場する。これらは、結局、ジャズやエレクトリック、そしてプログレッシヴロックを通過し、最終的に現代の音楽という形でアウトプットされる。特に、複数の楽器がユニゾンで強調される瞬間、新しい音響性を発見することが出来る。
このアルバムはミュージシャンとしての総決算とも言える内容で、それはまたミュージシャンとしての半生を描いたようなものである。ドラマティックな表現をそれほど好まない印象もあるが、つまり、これらの楽曲はミュージシャンとしてのポートレイト代わりでもある。「K8 Park」ではベーシストとしての豊富な経験を活かし、清涼感のあるジャズソングを制作している。
「K9 Reliance」ではグラウンドベースの音楽的手法を駆使し、ミニマルミュージックをジャズと結びつける。シロフォンの演奏はやはり、ミュージックセリエルの一貫である無調音階を作り上げる。これらの広汎な作曲の知識は後発のミュージシャンにとって大いに学ぶべき点があるに違いない。また、無調音楽でもこれほどに自由闊達な音楽、あるいは精細感のある音楽が作れるというのは驚きである。これらはどちらかと言えば、おそらく楽譜のような下地を用意した上での即興的な録音がこういった精細感のあるレコーディングを質感をもたらしているのではないか。
かなりのボリュームで聴き通すのも一苦労だったが、それ相応の価値があるアルバムである。次々に移り変わるフレーズ、それらが強調されたり、縮小されたり、引き伸ばされたりする。これらの流れの中で、プログレッシヴロックをクラシックやエレクトロニック側から見た「K10 Terminius」、「K11 Tideaway」、「K13 Vigilant」は本作の最もエキサイティングな箇所でもある。
「K11 Tideaway」では、管楽器やシンセサイザーの音色を中心にスクエアプッシャーの音楽的な美学のようなものが反映されている。それは音楽が必ずしも和声法から作り出されるのではなく、もう一つの旋法やスケールの連続が重層的な音の空間を作り上げ、予め想定できなかったような偶発的なサウンドが生み出される瞬間である。その偶然性の中に、スリリングな音の響きが生まれ、これまでになかった新しい表現が出てくる。「K11 Tideway」「K13 Vigilant」は、やはりセリエリズムを中心に構成され、 お世辞にも聞きやすい曲とは言えないが、音楽そのものが持つスリリングな響きが宿っている。曲を平面的に捉えず、立体的に考えるという点において、スクエアプッシャーの音楽はどことなくストラヴィンスキーに近い印象がある。この曲では、音形が組み合わされ、全方向からそれらの旋律が別の楽器によって登場したりする。
しかし、先述したように、音楽的な激しさや刺激性も示されつつも、全体的にはそういった轟音性の中から汲み出される静寂が大きなポイントとなっている。アルバムの最後を飾る「K14 Welbeck」は、ミシェル・ウェルベックに因んでいるのだろうか。パイプ・オルガンによるバロック音楽で、このアルバムは締めくくられる。このアルバムの中で、唯一、調性音楽を用いて演奏されるが、部分的には、無調の音階が混在する。Kit Dowesの系譜にある一曲とも言えるだろう。この曲は、宗教音楽を意識していて、癒しや安らぎすら感じさせる。これはミュージシャンとしての新たな冒険が始まったことを示唆する。2000年代の最高傑作『Ultravisitor』から大きく音楽性は変化したが、やはり、スクエアプッシャーの天才性は今なお健在である。そう、ミュージシャンとして年を重ねるということは、幸福なひとときが増える場合もあるのだろう。
96/100
「K7 Museum」





















