ラベル Techno の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Techno の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

■ 90年代のテクノ・ミュージック  

Plaid  90年代のテクノの立役者

デトロイトで始まり、隣接するシカゴを経て、海を渡り、イギリスに輸出されたテクノミュージック。現在でもハウスと並んで人気のあるダンス・ミュージックである。Kraftwerkから始まった電子音楽のイノベーションは、NEUの実験的な音楽の位置づけを経て、アメリカ、イギリスに渡り、それらの前衛的な性質を残しつつも、ベースメントの領域で独自の進化を辿るようになった。元々、アメリカではブラックミュージックの一貫として始まったこのジャンルがイギリスに渡ると、白人社会の音楽として普及し、80年代の後のクラブカルチャーを後押しした。


1990年代のテクノ・ミュージックは、新しもの好きのミュージシャンがラップトップで制作を始めた時期に当たる。90年代のテクノが以前のものと何が異なるのかといえば、その音楽的な表現を押し広げ、未知の可能性を探求するようになったことだろうか。

 

このジャンルを一般的に普及させたデトロイトのDJ、ジェフ・ミルズは、この年代において「テクノはストーリーテリングの要素を兼ね備えるようになった」と指摘している。いわば、それまでは4つ打ちのハウスのビートのリズムをベースに制作されるDJの音楽という枠組みにとどまっていたテクノは、ナラティヴな性質を擁するに至る。そのおかげか、たとえ全体的なイメージが漠然としていたとしても、制作者やDJは、音楽の概念的なイメージをリスナーに伝達しやすくなった。

 

近年でも、これらの「ストーリーテリングの要素を持つテクノ」という系譜は受け継がれていて、Floating Pointsの最新作『Cascade』、ないしは、Oneohtrix Point Neverの『Again』ということになるだろうか。さらに言えば、それは、単にサンプラーやシンセで作曲したり、DJがフロアで鳴らす音楽が、独自形態の言語性を持ち、感情伝達の手段を持ち始めたということでもある。

 

さらに、ジェフ・ミルズの指摘と合わせて再確認しておきたいのが、(Four Tetが今でもそういった制作方法を行うことがあるように)電子音楽がサウンド・デザインの要素を持ち始めたということだろう。これらは、シンセのプリセットや製品の進化と並行して、従来になかったタイプの音色が付け加えられるようになり、純粋なリズムのための音楽であったテクノが旋律の要素を殊更強調し、多彩な表現性を持つようになったことを意味している。「カラフルな音楽」とも換言できるかも知れない。その過程で、幅広い音楽の選択肢を持つようになったことは事実だろう。

 

ご存知の通り、2020年代では、オーケストラのような壮大なスケールを擁する電子音楽を制作することも無理難題ではなくなりつつある。これは、1990年代のプロデューサー/DJの飽くなき探究心や試作、そして、数々の挑戦がそれらの布石を形作ったのである。また、実験音楽としての電子音楽が街の地下に存在することを許容する文化が、次世代への道筋を作った。もちろん、これらのアンダーグランドのクラブカルチャーを支えたのは、XL、Warp、Ninja Tune((90年代はヒップホップ、ブレイクビーツ、ダブが多い)、そしてドイツ/ケルンのKompaktとなるだろう。

 

現在でも、上記のレーベルの多くは、主要な話題作と並び、アンダーグラウンドのクラブミュージックのリリースも行っている。要するに、売れ行き重視の商業的な音楽を発表することもあるが、基本的には、次世代の音楽の布石となる実験性の余地、ないしは、遊びの余白を残している。例えば、もしかりに、90年代のテクノミュージックが全く非の打ち所がなく、一部の隙もない音楽だったとしたら、次世代のダンスミュージックは衰退に向かっていたかも知れない。これらのレーベルには、欠点、未達、逸脱を許容する懐深さをどこかに持っていたのだ。

 

下記に紹介するプロデューサー、DJの作品は、彼らの前に何もなかった時代、最初のテクノを波を作った偉大な先駆者ばかりである。それは小さなさざなみに過ぎず、大きなウェイブとならなかったかもしれないが、2000年代以降のダンスミュージックの基礎を作ったのみならず、現代のポピュラーミュージックの足がかりを作る重要な期間でもあった。しかし、これらの解釈次第では「未知への挑戦」が次世代の音楽への布石となったのは事実ではないだろうか。




1.  SL2 『DJs Take Control』1991  XL

 

SL2は、ロンドン出身のブレイクビーツ・ハードコア・グループ。Slipmatt & LimeやT.H.C.名義でもレコーディングやリミックス、プロデュースを行っている。

 

SL2は当初、DJのマット・「スリップマット」・ネルソンとジョン・「ライム」・フェルナンデス、ラップボーカリストのジェイソン・「ジェイ・J」・ジェームスの3人で結成された。SL2という名前は、創設者たちのイニシャルに由来する。1985年に活動を開始し、93年に解散するも、1998年に再結成し、現在に至る。

 

『DJs Take Control』は、Food MusicとXLの2つのバージョンが存在する。'89年にイギリスで合法的に開催されたオリジナル・レイヴ「RAINDANCE」のレジデントであったSLIPMATTとLIMEを中心とするハードコア・ユニット・SL2が'91年にリリースした作品。Food MusicからのリリースとXLのリリースの二バージョンが存在する。Food Musicのオリジナル・バージョンは2018年に再発された。


レイヴミュージックをベースにしたサウンドであるが、ハードコア、UKブレイクビーツの先駆的な存在である。以降のJUNGLEのようなサンプルとしてのダンスミュージックの萌芽も見出だせる。クラブ・ミュージックの熱気、そしてアンダーグラウンド性を兼ね備えた画期的な作品だ。

 

 


 

 


 

2. Kid Unknown 「Nightmare」1992 Warp

 

 Kid Unknownは、ポール・フィッツパトリックのソロプロジェクト名で、マンチェスターの伝説的ナイトクラブ、ハシエンダのレギュラーDJだった。

 

1992年にワープから2枚のシングルをリリースした後、ニッパー名義でレコーディングを行い、LCDレコーズを共同設立している。

 

 1992年にWarpから発売されたEPで、イギリス国内とフランスで発売された作品であると推測される。当初は、ヴァイナルバージョンのみの発売。イギリスのブレイクビーツ/ダブの最初期の作品で、おそらくハシエンダのDJであったことから、マンチェスターのクラブミュージックの熱気が音源からひしひしと伝わってくる。DJのサンプラーやシンセの音色もレトロだが、原始的なビートやフロアの熱気を音源にパッケージしている。

 

このEPを聞くかぎりでは、最近のEDMはパッションやエネルギーが欠落しているように思える。知覚的なダンスミュージックというより、どこまでも純粋な感覚的なダンスミュージック。

 

 

 

 

3. John Bertlan 『Ten Days Of Blue』1996   Peacefrog Holding  

 


デトロイト・スタイルのテクノをレコーディングするプロデューサーとして、ジョン・ベルトランほど優れた経歴を持つ者はいない。

 

ミシガン/ランシング近郊を拠点に活動するベルトランは、デリック・メイ(インディオ名義)と仕事をし、カール・クレイグのレーベル、レトロアクティブから数枚のレコードをリリースしている(マーク・ウィルソンと共にオープン・ハウス名義)。ジョン・ベルトランは、ワールド・ミュージックやニューエイジ・ミュージックから着想を得て、PeacefrogやDot(Placid Anglesとして)といったホームリスニング志向のレーベルから作品をリリース。90年代初頭にアメリカのレーベル”Fragmented”と”Centrifugal”からシングルをリリースした後、1995年にR&Sレコードからデビューアルバム『Earth and Nightfall』をレコーディングした。

 

『Ten Days Of Blue』は2000年代以降のテクノの基礎を作った。ミニマル・テクノが中心のアルバムだが、駆け出しのプロデューサーとしての野心がある。現在のBibloのような作風でもあり、他のアコースティック楽器を模したシンセの音色を持ちている。かと思えば、アシッド・ハウスや現在のダブステップに通じるような陶酔的なビートが炸裂することもある。サウンド・デザインのテクノの先駆的な作品であり、時代の最先端を行く画期的なアルバムである。


 

 


 4. Plaid 『Not For Threes』1997  Warp

  

エレクトロニック・ミュージックの多様なサブジャンルを探求する時でさえ、イギリスのデュオPlaidは繊細なタッチを保っている。アンディ・ターナーとエド・ハンドリーは、UKのパイオニア的レーベルであったワープ・レコードの初期に契約し、ザ・ブラック・ドッグの後継者として、1991年にロンドンでこのプロジェクトを立ち上げた。

 

プレイドは、1997年の『Not For Thees』を皮切りに、カタログの大半をワープからリリースしている。このアルバムでは、メロウなブレイクビーツと格子状に脈打つメロディーをバックに、ビョークが歌い、「Lilith」では狼のように戯れに吠える。常に微妙に形を変えながら、

 

プレイドはその後、バブリーなアンビエンス(2001年の『Double Figure』)、シネマティックなムード(2016年の『The Digging Remedy』)、グリッチ的な複雑さ(2019年の『Polymer』)に及んでいる。ターナーとハンドリーは、2022年の『Feorm Falorx』で、架空の惑星で無限のフェスティバルを演奏する自分たちを想像し、これまでで最も弾力性のある作品を制作した。アルバムでは、ニューエイジサウンドに依拠したテクノ、ドラムンベース、アシッド・ハウス、トリップ・ホップ等、多角的なダンスミュージックを楽しむことが出来る。

 

 

 

 

 

5.  Aphex Twin 『Digeridoo』 1993  Warp


テクノの名作カタログを数多くリリースしているAphex Twin。メロディアスなテクノ、ドラムンベースのリズムを破砕し、ドリルに近づけたダンスミュージックの開拓者である。


最近では、「Come To Daddy EP」、『Richard D Jamse』等のテクノの名盤を90年代に数多く残したが、実のところ、ハウス/テクノとして最も優れているのは『Digeridoo』ではないか。ゴア・トランス、アシッド・ハウスといった海外のダンスミュージックを直輸入し、それらをUK国内のハードコアと結びつけ、オリジナリティ溢れる音楽性へと昇華させている。いわば最初期のアンビエント/チルウェイブからの脱却を図ったアルバムで、むしろ90年代後半の名作群は、この作品から枝分かれしたものに過ぎないかもしれない。2024年にはExpanted Versionがリリースされた。名作が音質が良くなって帰ってきた!!





6. Oval 『94 Diskont』 1996   Thrill Jockey

 

オーバルは1991年に結成された。マルクス・ポップ、セバスチャン・オシャッツ、フランク・メッツガー、ホルガー・リンドミュラーによるカルテットとしてスタートし、2年後にリンドミュラーが脱退した後、95年にマーカスポップによるプロジェクトになった。彼のソフトウェアベースの音楽は、ライブボーカルやクラブ対応ビートなどの要素が最終的に追加され、より従来の美しさとより混沌としたアイデアの両方を含むようになる。


1994年の『Systemisch』でCDをスキップする実験を行ったが、この1995年の続編では、そのテクニックを本当に叙情的に表現している。24分に及ぶ「Do While」はベル・トーンとスタッカート・チャイムで表現され、「Store Check」のラジオスタティックから「Line Extension」のシューゲイザーに至るまで、アルバムの他の部分も同様に催眠術のよう。これほど実験的な音楽が、温かな抱擁のように聴こえるのは珍しい。このアルバムはIDMの先駆的な作品であり、ダンスミュージックをフロアにとどまらず、ホームリスニングに適したものに変えた。2000年代以降のグリッチサウンドの萌芽も見出されるはずだ。

 



7. Dettinger 『Intershop』1999   Kompakt    * 2024年にリマスターで再発

 

Dettinger(デッティンガー)はドイツのレコード・プロデューサーで、ケルンを拠点とするレーベルKompaktと契約している。1998年の『Blond 12「』、1999年のアルバム『Intershop』(Kompakt初のシングル・アーティストLP)、『Puma 12」』、『Totentanz 12"』、2000年のアルバム『Oasis』などをリリース。


デッティンガーのトラックは、KompaktのTotal and Pop AmbientシリーズやMille PlateauxのClick + Cutsシリーズなど、様々なコンピレーションに収録されている。ペット・ショップ・ボーイズ、クローサー・ムジーク、ユルゲン・パーペなどのアーティストのリミックスも手がけている。また、フランク・ルンペルトやM.G.ボンディーノともコラボレーションしている。


『Intershop』については、アンビエントテクノの黎明期の傑作とされる。いかにもジャーマンテクノらしい職人的な音作りが魅力。それでいて天才的なクリエイティビティが発揮されている。Krafwerkの末裔とも言えるような存在。現在のテクノがこの作品に勝っているという保証はどこにもない。すでに2000年代のグリッチノイズも登場していることに驚く。テクノの隠れた名盤。

 

 

 


8.Orbital 『Orbital』(The Green Album)1991  London Records

 

表向きの知名度で言えば、Autechreに軍配があがるが、個人的に推すのがオービタル。アンダーワールド、ケミカル・ブラザーズ、プロディジーらと並び、1990年代のテクノシーンを代表するアーティストのひとつである。ライヴではライト付きの電飾メガネを付けてプレイするのが大きな特徴。

 

1990年代以来、ケント州のデュオ、オービタルは、複雑でありながら親しみやすいエレクトロニック・ミュージックを提供し、ダンスフロアのために作られた曲のために、渋いテクノと陽気なディスコの間を揺れ動いてきた。フィルとポールのハートノール兄弟は、M25に敬意を表して自分たちのプロジェクトを名付け、最初のシングル「Chime」を父親の4トラック・レコーダーで制作した。

 

1993年の『Orbital 2』でブレイクした彼らは、ディストピア的なサウンドと複雑なリズムを組み合わせたテクノ・アルバムを発表。その後のLP『The Middle of Nowhere』(1999年)や『Blue Album』(2004年)では、ハウスやアンビエント・テクノの実験を続け、2004年に解散。2012年に再結成された『Wonky』は、彼らの最もダイナミックな作品を生み出した活気に満ちたLPで、この傾向は2018年の『Monsters Exist』でも続いている。技術的に熟達しながらも果てしない好奇心を持つオービタルは、エレクトロニック・ミュージックの柱として君臨している。

 

グリーンアルバムはシンプルなミニマル・テクノが中心となっているが、このジャンルの感覚を掴むために最適なアルバムなのではないか。音色の使い方のセンスの良さ、そして発想力の豊かさが魅力。


 




9.  横田進  『Acid Mt.Fuji』1994 Muscmine Inc.


横田は日本出身の多彩で多作な電子音楽家・作曲家である。当初は1990年代を通じてダンス・ミュージックのプロデュースで知られていたが、2000年代に入ると、舞踏のように忍耐強く、小さなジェスチャーと徐々に移り変わる静かな音のレイヤーで展開するアンビエントで実験的な作品で、世界的なファンを獲得した。

 
初期のリリースは、アシッドトランスの『The Frankfurt-Tokyo Connection』(1993)から、デトロイトにインスパイアされた爽やかなテクノやハウスの『Metronome Melody』(Prismとして1995)まで多岐にわたる。

 
1999年に発表されたループを基調とした幽玄な瞑想曲『Sakura』は批評家から絶賛され、以来アンビエントの古典とみなされるようになった。その後、2001年の『Grinning Cat』や2004年のクラシックの影響を受けた『Symbol』など、アンビエントやダウンテンポの作品が多く発表されたが、2009年の『Psychic Dance』など、テクノやハウスのアルバムも時折発表している。


後には、ミニマル音楽等実験音楽を多数発表する横田さん。このアルバムではテクノとニューエイジや民族音楽等を結びつけている。心なしか東洋的な響きが込められているのは、ジャパニーズテクノらしいと言えるだろうか。日本のテクノシーンは、電気グルーヴやケン・イシイだけではないようだ。

 

 

 


10.   Thomas Fehlman   『 Good Fridge. Flowing: Ninezeronineight』1998  R&S


トーマス・フェールマンは、ポスト・パンクやハードコア・テクノ等、長年にわたってさまざまなスタイルでプレイしてきたが、アンビエント・ダブの巨人として最もよく知られている。

 

1957年、スイスのチューリッヒに生まれた彼は、1980年にハンブルクでホルガー・ヒラーとともに影響力のあるジャーマン・ニューウェーブ・グループ、パレ・シャウムブルクを結成。


90年代初頭には、モリッツ・フォン・オズワルド、フアン・アトキンス、エディ・フォウルクスらとともに2MB、3MBというグループでスピード感のあるストリップダウンしたレイヴを作り始め、デトロイトとベルリンのそれぞれのテクノ・シーンのつながりを正式に築くことに貢献した。

 

1994年にリリースした『Flow EP』などで、フェールマンはよりアンビエントなテクスチャーの探求を始め、ケルンのレーベル”Kompakt”からリリースした数多くのアルバムに見られるような瑞々しいパレットを確立した。パートナーのグドゥルン・グートとのマルチメディア・プラットフォーム「Ocean Club」のようなサイド・プロジェクトの中でも、フェールマンはアレックス・パターソンのアンビエント・プロジェクト「The Orb」の長年のコラボレーターであり、時にはゲスト・ミュージシャンとして、時には(2005年の『Okie Dokie It's The Orb On Kompakt』のように)グループの正式メンバーとして参加している。


『 Good Fridge. Flowing: Ninezeronineight』はベテランプロデューサーの集大成のような意味を持つアルバム。ジャーマンテクノの原点から、UKやヨーロッパのダンスミュージック、そしてテクノ、アンビエント、ハードコアテクノ、アシッド・ハウスまでを吸収したアルバム。98年の作品とは思えず、最近発売されたテクノアルバムのような感じもある。ある意味ではジャーマンテクノの金字塔とも呼ぶべき傑作。

 


 

◾️2000年代のテクノミュージックをより良く知るためのガイド

 


TYCHO(スコット・ハンセンによるエレクトロニック・プロジェクト)がニューアルバム「Infinite Health」のリリースを発表した。メロディアスで精妙なテクノをアウトプットするティコ。近年は、Saint Sinnerとのコラボレーション等を通して、ボーカル・トラックを中心に制作してきた。”聞きやすいテクノ”といえば、真っ先にティコを思い浮かべる人もいるはずだ。

 

ニューアルバム「Infinite Heath」は彼の作品の「ブレイク、ドラム、リズムの要素」に再びスポットを当て、テーマとしては”未来への希望と過去へのレクイエム”を目指しているという。

 

「タイプライターの前に座り、窓から自分の過去を眺めながら、混沌の中に意味を見出そうとする」とスコット・ハンセンは述べている。

 

「『Infinite Health』は、精神的、感情的、肉体的な癒しのためのマントラで、癒しと内省のための空間づくりをテーマにしている。

 

一日の終わりに、私たちが本当に持っているのは、肉体的にも精神的にも健康だけであり、私たちは家族や友人に無限の健康を願う。だからそういう意味で、無限の健康は敬礼であり、命令なんだ」

 

アルバムの最初のリードシングル「Phantom」は、デジタル化された音のさざめきで始まり、スリリングなエレクトロニックの旅。イタロ・ディスコを支えた鮮明なプロダクション・スタイルを彷彿とさせるアップビート、そこには精神、あるいはアザーズが働いている感覚もある。

 


「ナイトクラブの照明と未知の存在との融合のように感じたかった」とスコット・ハンセン。「幻影「ファントム)。動いて移り変わる知性は、このすべての表面の下にあるものをより深く理解するためのパイプ役を果たしているのかも。それはまた、死と折り合いをつけるということでもあるんだ」

 

80年代をテーマにしたビデオは、ビジュアル・アーティストのPixel FluxことRicardo B. Ponceと共同で制作された。

 

 

「Phantom」



 

TYCHOのニューアルバム『Infinite Health』は 8月30日にNinja Tuneからリリースされる。

 

 

 

TYCHO 「Infinite Heath」

 


 

Label: Ninja Tune

Release: 2024年8月30日


Tracklist:

1 Consciousness Felt
2 Phantom
3 Restraint
4 Devices
5 Infinite Health
6 Green
7 DX Odyssey
8 Totem
9 Epilogue

  Four Tet 『Three』

Label: Text Records

Release: 2024/ 03 /15


Review

 

以前、Four Tetはライセンス契約をめぐり、ドミノと係争を行い、ストリーミング関連の契約について裁判を行った。結局、レーベルとの話し合いは成功し、ストリーミングにおける契約が盛り込まれることになった。

 

ジェイムス・ブレイクにせよ、フォー・テットにせよ、フィジカルが主流だった時代に登場したミュージシャンなので、後発のストリーミング関連については頭を悩ませる種となっているようなのは事実である。しかし、直近の裁判についてはレーベルとの和解を意味しており、関係が悪化したわけではないと推測される。

 

ともあれ、新しいオリジナル・アルバムがリリースされたことにエレクトロニック/テクノファンとしては胸を撫で下ろしたくなる。アルバム自体も曇り空が晴れたかのような快作であり、からりとした爽快感に満ちている。今回のアルバムはテクスト・レコードからのリリースとなる。


フォー・テットことキーラン・ヘブデンは、エレクトロニック・プロデューサーの道に進む以前、ポスト・ロックバンドに所属していたこともあり、テクノ/ダウンテンポのアプローチを図るアーティストである。


生のドラムの録音の中に、ジャズやグライム、フォーク・ミュージックを織り交ぜる場合がある。Warp Recordsに、”Biblo”というプロデューサーがいるが、それに近い音楽的なアプローチである。また、音楽的な構図の中には、サウンドデザイン的な志向性があり、それらがミニマルテクノやブレイクビーツ、そして、インストのポストロックのような形で展開される。インストのロックとして有名なプロデューサーとしては、まっさきにTychoが思い浮かぶが、それに近いニュアンスが求められる。ヘブデンのテクノはモダン家具のようにスタイリッシュであり、建築学における設計のような興味をどこかに見出すこともそれほど無理難題ではないのである。

 

今回のアルバム『Three』は現代的なサウンド、あるいは未来志向のサウンドというよりも、90年代のAphex Twin、Clark、Floating Points、Caribouあたりの90年代のテクノに依拠したサウンドが際立っている。レトロで可愛らしい音色のシンセが目立つが、中には、この制作者らしいカラフルなメロディーが満載となっている。それらは、グリッチ/ミニマルテクノのデュオ、I Am Robot And Proudのような親しみやすいテクノという形で昇華される。ただ、Squarepusherほど前衛的ではないものの、(生の録音の)ドラムのビートに重点が置かれる場合があり、オープナー「Loved」に見出すことが出来る。それほど革新的ではないにせよ、言いしれない懐かしさがあり、テクノの90年代の最盛期の立ち帰ったようなデジャブ感がある。そしてアシッド・ハウス風のビートとカラフルなシンセの音色を交え、軽快なテクノへと突き進むのである。

 

アルバムの序盤は安らいだ感覚というべきか、アンビエントに近い抽象的な音像をダウンテンポやテクノの型に落とし込んでいる。「Glinding Through Everything」はサウンド・デザイン的なサウンドで聞き手を魅了する。Boards Of Canadaに比するアブストラクトなテクノとして楽しんでほしい。ポスト・ロック的なアプローチが続く。「Storm Crystals」は、Tychoのようなインストのロックに近い音楽性が垣間見え、それらは比較的落ち着いたIDM(Intelligence Dance Music)という形で展開される。ダンスフロアではなく、ホームリスニングに向けた落ち着いたテクノであり、ここにも冒頭のオープナーと同様に90年代のテクノへの親しみが表されている。


もちろん、音楽は新しければ良いというものではなく、なぜそれを今やるのかということが、コンポジションの方法論よりも重要になってくる場合がある。ヘブデンはそのことをしっかり心得ていて、無理に先鋭的なものを作らず、シンプルに今アウトプットしたいものを制作したという感じがこのアルバムの序盤から読み解くことが出来る。


続く「Daydream Repeat」では、ビートそのものは、おそらくデトロイトハウスの原点に近いサウンドをアウトプットしているが、ここにもアーティストのサウンド・デザイナー的なセンスが光り、ピアノのカラフルなメロディーが清涼感を持って耳に迫る。苛烈なサウンドではなく、癒やしに充ちたサウンドは、雪解けの後の清流のような輝きと流麗さに充ちている。ここでも叙情的なテクノというアーティストの持つセンスが余すところなく披露されているように思える。

 

「Skater」もTychoのようなギターロックのインストや、ポストロック的なアプローチが敷かれている。ここでも前曲と同じように清涼感のあるサウンドが味わえる。比較的、スロウなテンポを通じたくつろいだセッションの意味合いがあり、ギター、電子ドラムを中心にスタイリッシュなテクノ/ロックを制作している。ダブやファンクといった本来の電子音楽からはかけ離れた要素も込められている。少なくとも難しく考えず、リラックスして乗れるナンバー。続く「31 Room」はアナログなテクノに回帰し、2000年代の彼自身の作風を思い返させるものがある。2000年前後のグリッチ・サウンドを元にし、Caribouのようなユニークなサウンドを構築している。このあたりに、ベテランプロデューサーとしての手腕が遺憾なく発揮されている。

 

ヘブデンは同じようにアルバムの後半でも、無理に新しいものや先鋭的なものを制作するのではなく、みずからの経験や知見を元にし、最もシンプルで親しみやすいテクノを提供している。「So Blue」は驚くほどシンプルで、そして出力される部分とは対極にある「間」が強調されている。やはり一貫して、ホームリスニングに適したIDMであるが、しかし、そこには気負いがない。そして、安らいだテックハウスの中に、グライムやダブステップの影響下にある生のドラムを導入し、曲全体に変化をもたらす。レトロな音色は、やはり90年代のAphex Twinの「Film」で見られるテクノを思い起こさせる。一貫して身の丈にあったシンプルなダンスミュージックを提供しようというプロデューサーの考えは、クローズでもほとんど変わることがない。ここでは、ギターのノイズに焦点が置かれ、曲の中盤ではSigur Ros(シガーロス)のような北欧のポスト・ロック/音響派のアプローチへと突き進んでいる。このアルバムは、あらためてプロデューサーが90年代以降のキャリアを総ざらいするような作品になっている。ここにはセンセーショナルな響きはほとんどないものの、電子音楽の普遍的な魅力の一端が示されている。

 

 

 84/100

 

Best Track-「Loved」

 

©Gracia Villamil


Four Tet(ロンドンを拠点に活動するキーラン・ヘブデンによるプロジェクト)は、オウテカと並んでテクノ・ムーブメントにとって不可欠な存在。ノンリズムを特徴とする”Autechre”と同じように、アヴァンギャルドなテクノのアプローチを行うことで知られている。リズムの画期的な変革、音階の前衛性に重点を据えるフォー・テットの電子音楽には、テクノ、ジャズ、ヒップホップ、UKグライム、フォークというように驚くべき多彩なクロスオーバーが敷かれている。

 

Four Tetは、クロスオーバーが隆盛である現在のロンドンの音楽シーンの先駆的な存在であるといえるかも知れない。新曲「Loved」は、改めてプロデューサーの魅力の一端に触れるための良い機会となるに違いない。現在、ヘブデンは、新作アルバムのリリースを準備中とのことであり、今回公開された「Loved」はそのニューアルバムに収録予定とのことである。続報に期待すべし。

 

「Loved」はテクノ/ブレイクビーツの影響をもとに、ジャズの変則的なビートを織り交ぜている。しかし音楽そのものが前衛的になりすぎないのは、90年代のテクノのメロディーの懐かしさが散りばめられているのが理由。シンセのパーカッシブな効果は曲にキラキラとした輝きをもたらす。曲全般にどっしりとした安定感すら感じられるのは、経験豊富のプロデューサーの作品ならでは。Bibiloを思わせるエモーショナルな感覚が漂い、リスナーを電子音楽の幻惑に誘う。


昨年、フォー・テットのヘブデンは、単発のシングルトラック「Three Drums」をリリースし、ギタリストのウィリアム・タイラーと2曲入りのEPでコラボレーションを行ったことは記憶に新しい。



「Autobahn」のオリジナル盤のアートワーク

クラフトワーク(独:クラフトヴェルク)は、1970年代にビートルズを凌ぐほどの人気を獲得した。クラフトワークには象徴的なカタログがある。「Trans-European Express」、「Die Mensch Maschine」は当然のことながら、「Autobahn」も軽視することは出来ない。そしてクラフトワークはメンバーを入れ替えながら活動しているが、プロジェクトの主要なメンバーであるラルフ・シュナイダーとフロリアン・ヒュッターに加え、当時、画家として活動していたエミール・シュルトによる上記の3作品における功績を忘れてはならない。シュルトは、クラフトワークの複数のアルバムのカバーアート、歌詞を手がけ、デザインと詩の側面から多大な貢献を果たした人物である。


そもそも、エミール・シュルトがクラフトワークのメンバーの一員となったのは、フロリアン・シュナイダーが彼のスタジオに姿を現したときだった。最初、シュナイダーはシュルトにバイオリンの弓を制作するように依頼し、シュルトはクラフトワークの使用していたスタジオに出入りするようになった。

 

当時から、シュナイダーとヒュッターは最新鋭のドラムマシン、エフェクトボードを所持しており、シンセサイザーのコレクションを多数所有していた。シュナイダーとヒュッターはともに、裕福な家庭の生まれだったが、シュルトは、デュッセルドルフ近郊のメルヒェングラートバッハで育った。この土地は、1960年代の頃、非常に制限的であり、文化的に貧しい場所であったという。その後、奨学金を得て、ニューヨークへと行き、様々な音楽に親しむことになる。


いつもシュルトは彼らのスタジオを訪れるたびに、新しい機材が搬入されたことに驚きを覚えていた。その頃、すでにシュルトはクラフトワークのことを良く知っており、ディーサー・ロスのクラスで勉強をし、彼らの音楽を使い実験映画を作曲していた。流水の音、車の音といった音楽的な実体、現在でいう環境音を表現しようとしていた。

 

クラフトワークのスタジオを訪れるようになった後、エミール・シュルトは、ギター、ベース、ドラム、オルガンを用いて小さなジャムセッションを始めた。その後、実験音楽の方向性へと進んでいった。

 

フロリアンはシュルトに中古ギターを渡し、彼は周波数を調整していた。伝統的な高調波の仕組みまでは理解していなかったというが、周波数変調の技術を実験音楽として制作しようとすべく試みた。うまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともあった。音の周波数を変更するため、送信機を使用していたというが、その送信機から物理的な距離があると機能しなかった。

 

実際、クラフトワークのライブステージでもこの送信機が使用された。ケーブルでの接続が出来なかったので、最終的にメンバーはローラースケートを使用してステージを走りまわり、送信機の受信範囲を超えると、激しいひび割れたようなノイズが発生した。しかし、エミール・シュルトに関しては、観客と折り合いがつかず、クラフトワークのライブメンバーとしての期間はあっという間に過ぎ去った。以降、彼はビジュアル・アーティストの経験を活かし、歌詞とアートワークの2つの側面で、いわば''裏方''としてクラフトワークの活動をバックアップしたのだった。曲の歌詞に関しては、「The Model」、「Computerworld」「Music Don't Stop」で制作に取り組んでいる。

  

クラフトワークの音楽の未来性を加味すると意外ではあるが、「歌詞の多くは日常的な生活からもたらされた」とシュルトは回想している。「Autobahn」に関しては、 実際に作品で何が起こっているかを理解出来るように試みた。さらにクラフトワークのメンバーは、仮想的な事実ではなく、実際に起きた現象に対する感覚的な体験を重視していたと話す。つまり、クラフトワークのメンバーは、アウトバーンを横断する旅に出かけ、その体験をもとに「Autobahn」を制作したのだ。


実際、音楽を聴いていると、アウトバーンを走行しているような錯覚を覚えさせるのはそのせいだろうか。アルバムバージョンのタイトル曲では、13分頃に象徴的なコーラスが入る。「Fahn Fahn Fahn, Auf Der Autobahn」というフレーズには言葉遊びの趣旨が感じられるが、このフレーズの発案者はエミール・シュルトであったという。シングル・バージョンではよりわかりやすい。


 

「Autobahn」-single version


 

 

エミール・シュルトは、その後も歌詞とアートワークの側面で、クラフトワークの活動を支えつづけた。しかし、「Trans European Express」のアートワークを手掛けた頃、他のメンバーとは疎遠になった。エミール・シュルトは、1979年にカルフォルニアに赴き、人工知能の研究に専念した。

 

以後、クラフトワークは1989年から二年間活動を休止していたため、エミールはメンバーと連絡をとらなかった。その頃、シュルトは結婚し、カリブ海にいったり、ドイツでレーシングバイクで走ったりと、バカンスを楽しんだ。 この時期についてシュルトは回想する。「''Mensch Maschine"以後の私のバンドへの貢献は限界に至り、それで終わってしまった。しかし、クラフトワークはその後も友人です。ただし、作品についてだけは例外的」であるとしている。

 

クラフトワークは、1970年代のデュッセルドルフの最初の電子音楽シーンの渦中にあって、アングロアメリカの音楽とは別のゲルマンらしい音楽を示すために存在したとシュルトは回想する。

 

また、彼は、クラフトワークが現代の音楽シーンに多大な影響を及ぼしたと指摘し、その功績を讃えている。「ヒップホップ、エレクトロ、テクノ、特に、後者から発生した音楽はすべて……」とシュルトは語った。「クラフトワークが成したことに何らかの影響を受けていると思います。それらはいわば''電子音楽のビーコン''とも言えるかもしれません。シュトゥックハウゼンに(トーンクラスターという)固有名詞がついたりするように、クラフトワークにもなんらかの名詞が付けられて然るべきでしょう」

 

現在、エミール・シュルトは、ビジュアル・アーティストとして活躍しており、音楽とビジュアルの融合に取り組んでいるという。


「音楽と写真、写真と音楽、そして、それらの組み合わせと併せて''共感覚''と呼ばれるものがある。それこそが文化の第一歩となりえるでしょう。音楽とビジュアルの組み合わせは、ユニークな第三の要素、ロマンスの感覚を生み出します」と指摘しており、テクノロジーが進化してもなお、人間の感覚を大切にすべきであるとしている。これは人工知能の研究者の言葉だからこそ、非常に説得力があるのではないだろうか。「私達の未来には黄金時代があり、そして、今後も音楽が文化の主要な役割を果たすことはほぼ間違いがありません」と彼は述べている。

 


 

Label: Warp

Release: 2023/7/28

 




Review



2015年のアルバム『Computer Controlled Acoustic Instrument Pt.2』以来のリチャード・D ・ジェイムスの復帰作となる。


近年は、実験音楽に親しんでいて、ジョン・ケイジ調のプリペリド・ピアノのサンプルを配したり、また、ドラム・フィルを集めてアコースティックなブレイクビーツとして配したりと実験的なIDMに取り組んでいた。その過程ではノイジーなハードコア・テクノも生まれたが、一方でピアノ・アンビエントとも称せる「aisatsana[102]」のような静謐な音楽も作り出されている。

 

イギリスのテクノ・シーンの伝説的なDJ/プロデューサーは、八年ぶりの復帰作においてテクノが一般的に普及していくようになった1995年~1996年の時代のブレイクビーツ/ドラムンベースの作風に回帰している。

 

ドラムンベースは、そもそもデトロイト・ハウスのような規則的なビートは少なく、変則的なリズムを主な特徴とするジャンルである。また、1995年以降にリチャード・D・ジェイムスが作り上げたビートを徹底的に細分化し、ラップのドリルや、ヘヴィ・メタルのブラストビートのような破砕的なリズムを特徴としたジャンルは、俗に「Drill n’ Bass」とも呼ばれるようになった。聴いての通り、細かなビートを複合的に重ね合わせ、建築学的な構造を擁するIDM/EDMを制作するのがこのプロデューサーの特徴であった。もちろん、その中にはUKのベースメント・フロアの鳴りの激しいベースラインがそのサウンドの土台や礎となっていた。


嘘か誠かはわからないが、実はパンデミックの最初期の時代、このプロデューサーがロックダウンに対する社会的な声明を出したという噂が流れていた。しかし、その出処の不明な声明は直後に取り下げられてしまったため、いまだあのメッセージがリチャード・D・ジェームス本人によるものだったのかは判明していない。そこにはイギリスのロンドンの都市をはじめとするロックダウンに反対する簡素なメッセージが明記されていたのだった。


しかし、少なくとも、本作を聴く範囲において、彼は仮想の空間ではなく、リアルなフロアで痛快に鳴らすためのサウンドを志向していることがわかる。その点を考慮すると、近年のパンデミック騒動を受けて、クラブサウンドとしてリアリティーを求めたいという制作者の意図も感じられ、それこそがエイフェックスの今回のEP制作の原動力ともなったとも考えられる。 そして、新しい曲をライブでテストしてみる機会は十分に設けられていた。UKのFields、バルセロナのSonarなど大規模なフェスティバルでライブを披露し、特に、スペイン/バルセロナのフェスではより大掛かりなライブセットが組まれ、中空にバーチャルな立方体が出現するという画期的かつ前衛的なステージの演出が行われた。現在、DJは視覚的な演出を交えたリアルなクラブミュージックを、リアルな空間でアートのインスタレーションのような形で即時的に体現するようになっている。

 

1995年頃の最盛期のエイフェックス・ツインの作風を知るクラブ・ミュージックのファンは、このEPに見られるエイフェックス・サウンドに懐かしさを覚えもし、またそれなりに手応えを感じているはずである。曲のタイトルが暗号かプログラミング用語のようなニュアンスであるのは以前と変わらない。また、本作は一曲の再構成が収録されているが、かつてのEP「Come To Daddy」のPappy Mix/Mammy Mixのように、ほとんど別のリミックスが施されていて、全然違う感じの曲に変化している。ただ、EPの中で最も聴き応えがあるのは、間違いなくオープナーとして収録されている「Blackbox Life Recorder 21f」となるだろう。背後のダウンテンポ風のトラックメイクに従来のアクの強いブレイクビーツを基調にした、しなるようなリズム/ビートが展開されており、八年のブランクがあったとは考えられないような素晴らしい出来栄えだ。

 

1990年代当時、音源としてのテクノ/ハウスにこだわっていた印象もあるエイフェックス・ツインではあるが、リアルなフロア/大規模なライブステージでの音響性を意識した音作りの方向性に転じている。旧来のドリルン・ベースのマテリアルがトラックにちりばめられているものの、それはダウンテンポ/アンビエント風の雰囲気をできるだけ損ねないように部分的に取り入れられ、曲の中になだらかな抑揚、起伏、アクセントを設けるような効果を発揮している。そして、トラックを重ねていく録音のような形で「Xtal」を想起させるボーカルのサンプリングが導入される。これは旧来のファンに向けたAphex Twinによる挨拶代わりの一曲といえるだろう。  


「zine2 test4」はアシッド・ハウスの要素が強いが、サブウーファーを意識したローエンドが強調されたドラムン・ベースとも解釈できなくもない。ときに、それは現在のダブステップに近い変則的なリズムも取り入れながらも、以前とは違う形のビートの実験性に取り組んでいる。おそらくマスター/ミックスの段階で、音形の部分的なエフェクト処理をしているものと思われ、バックビートの畝りという効果を生み出している。


真夜中過ぎのクラブフロアの熱狂のように催眠的であり、90年代の作風を想起させるデモーニッシュな効果が魅力のトラックではあるが、以前のファンは、この二曲目において旧来とは違ったエイフェックス・ツインの印象を見出すことになるだろう。規則的なビートとベースリードが主体のトラックだが、トーンを揺らす時、最も躍動感のあるビートが炸裂する。また、トーンの変容によってグルーヴを意図的に生み出そうとしており、イントロでは予期できなかった別のビートの出現をその過程に見出すことにつながる。このあたりは、DJ/プロデューサーとしての経験の豊富さが表れ出たトラックといえる。当初速いBPMを好んでいた印象もあるDJではあるが、ミドルテンポのどっしりとした安定感のあるビートを好むようになったのは何か大きな心境の変化があったのかもしれない。


「in a room 7 F760」では、『Richard D James Album』の時代のテクノ/グリッチに近い作風へと回帰しているが、以前のようなデモーニッシュな要素は薄れ、反対に精細なパーカッションやビートが形成されている。これはもうほとんどこのDJが以前のような形で周りをびっくりさせたりする必要性を感じなくなっているからではないだろうか。


ここには、純粋なテクノ・フリークとしてのリチャード・D・ジェイムスのアーティスト像が浮かび上がってくるのであり、なおかつまたクラブ・ミュージックの制作の本来の楽しみを徹底して90年代のように追体験しているような印象もある。現行のテクノミュージックとは異なり、ジェイムズは、この曲で日本のゲームサウンド最盛期の時代のレトロなサウンドを探求しており、チップチューンとまではいかないものの、レトロなゲームをプレイする時の童心に帰ったような純なる楽しさを、この曲で探し求めているように見受けられる。それは途中、鋭利なドライブ感を生み出すことにも繋がっている。音楽が楽しいものであるというような認識は、実はここ数年の彼の作品からはあまり感じられなかった要素なので、これは驚異的なことでもある。

 

もうひとつ、EP『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』をレビューするに際して、テクノサウンドに内包される宇宙的な概念というのが重要になってくる。それは小さな音響世界に内包されるミクロコスモスとも称するべき感動的な瞬間がこれらの4曲に見いだせる。

 

リミックスは一曲目とは別の曲になっていて、どのようにしてミックスをするのかと質問したいくらいだが、それはベテランのDJの企業秘密ということになる。IDMとしてもEDMとしても聴くことが可能な宇宙的なテクノ/ハウスサウンドは、今後どのような変遷を辿っていくのだろうか??

 

 

84/100