ベイエリアのSPELLINGがもたらす新しいロックソングのカタチ、R&Bとハードロック/メタルの融合
![]() |
ベイエリアのエクスペリメンタル・ポップの名手クリスティア・カブラルが名乗るSPELLLINGは、先見の明を持つアーティストとして頭角を現し、ジャンルの境界を押し広げ、豊かな構想に満ちたアルバムと魅惑的なライブ・パフォーマンスで聴衆を魅了している。
SPELLLINGは、2017年に絶賛されたデビュー・アルバム『Pantheon of Me』をリリースし、広く知られるようになった。 このアルバムでは、ソングライター、プロデューサー、マルチ・インストゥルメンタリストとしての彼女の天才的な才能があらわとなった。 2019年、彼女はSacred Bonesと契約し、待望の2ndアルバム『Mazy Fly』をリリースし、彼女の芸術的ヴィジョンをさらに高め、音のパレットを広げた。
2021年、彼女は画期的なプロジェクト『The Turning Wheel』をリリースし、31人のコラボレート・ミュージシャンによるアンサンブルをフィーチャーしたアルバムをオーケストレーション、セルフ・プロデュースした。 『The Turning Wheel』は、アーティストのキャリアを決定づける作品となった。 このアルバムは満場一致の賞賛を受け、2021年のザ・ニードル・ドロップスの年間アルバム第1位を獲得した。 SPELLLINGと彼女のバンド「The Mystery School」は、カブラルの特異なステージ・プレゼンス、バンドの素晴らしい音楽性、観客との精神的な交感によるライブ・パフォーマンスを広く知らしめた。
本日、待望の4thアルバム『Portrait of My Heart』がリリースされる。 深くパーソナルなアルバム『Portrait of My Heart』は、SPELLLINGの親密さとの関係を探求し、エネルギッシュなアレンジとエモーショナルな生々しさを彼女の唯一無二の歌声と融合させ、画期的なソングライターとしての地位を確固たるものにするラブソングを届けている。
SPELLLINGが進化を続け、新たな音楽的領域を開拓するにつれ、彼女は生涯一度のアーティストとしての地位をさらに確固たるものにしている。 リスナーを別世界へと誘う美しいサウンドスケープを創り出す能力と、超越的なライブ・パフォーマンスにより、彼女の熱狂的なファンは後を絶たない。 リリースするたびに、SPELLLINGは私たちを彼女の世界への魅惑的な旅へと誘い、リスナーの心に忘れがたい足跡を残す。
クリスティア・カブラルがSPELLLINGとしてリリースした4枚目のアルバムで、ベイエリアのアーティストは、高評価を得ている彼女のアヴァン・ポップ・プロジェクトを鏡のように変化させた。 カブラルが『Portrait of My Heart』で綴った歌詞は、愛、親密さ、不安、疎外感に取り組んでいる。従来の作品の多くに見られた寓話的なアプローチから、人間の心情を指し示すリアリスティックな内容に変化している。 このアルバムのテーマに対する率直さはアレンジにも反映されており、SPELLLINGのアルバムの中で最も鋭く、最も直接的な作品となっている。
初期のダーク・ミニマリズムから、2021年の『The Turning Wheel』の豪華なオーケストレーションが施されたプログレ・ポップ、そして新しい創造的精神の活力的な表現に至るまで、カブラルはSPELLLINGが彼女が必要とするものなら何にでもなれることを何度も証明してきた。
推進力のあるドラム・グルーヴと "I don't belong here "のアンセミックなコーラスが印象的なタイトル・トラックは、このアルバムがエモーショナルな直球勝負に転じたことを最も強烈に体現している。 メインのメロディが生まれた後、カブラルはこの曲をパフォーマーとしての不安を処理するツールとして使い、タイトでロック志向の構成を選んだ。 この変化は、ワイアット・オーヴァーソン(ギター)、パトリック・シェリー(ドラムス)、ジュリオ・ザビエル・チェット(ベース)のコア・バンドによる、エネルギーと即時性へのアルバムの幅広いシフトを反映しており、彼らのコラボレーションがSPELLLINGサウンドの新たな輪郭を明らかにしている。
クリスティア・カブラルは今でも単独で作曲やデモを行なっているが、『Portrait of My Heart』の曲をバンドメンバーに披露することで、最終的に生き生きとした有機的な形を発見した。それは彼女の音楽の共有をもとにして、一般的なロックソングを制作するという今作のコンセプトにはっきりと表れ出ている。 『The Turning Wheel』のミキシング・エンジニアであるドリュー・ヴァンデンバーグ、SZAのコラボレーターとして知られるロブ・バイゼル、イヴ・トゥモアの作品を手掛けたサイムンという3人のプロデューサーとの共同作業に象徴されるように。
主要なゲストの参加は、音楽性をより一層洗練させた。 チャズ・ベア(Toro y Moi)は「Mount Analogue」でSPELLLING初のデュエットを披露し、ターンスタイルのギタリスト、パット・マクローリーは「Alibi」のためにカブラルが書いたオリジナルのピアノ・デモを、レコードに収録されているクランチーでリフが効いたバージョンに変え、ズールのブラクストン・マーセラスは「Drain」にドロドロした重厚さを与えている。 これらのパートはアルバムにシームレスに組み込まれているだけでなく、アルバムの世界の不可欠な一部のように感じられる。
多数の貢献者がいたことは事実であるが、結局のところ、『Portrait of My Heart』はカブラル以外の誰のものでもない。 「アウトサイダーとしての感情、過剰なまでの警戒心、親密な関係に無鉄砲に身を投じ、すぐに冷めてしまうやり方など、これまで『SPELLLING』には決して書かなかった自分自身の部分について、大胆不敵に解き明かす」とアーティストは説明している。
SPELLING 『Portrait of My Heart』- Sacred Bones
![]() |
『Portrait Of My Heart』はジャズアルバムのタイトルのようであるが、実際は、クリスティア・カブラルのハードロックやメタル、グランジ、プログレッシヴロックなど多角的な音楽趣味を反映させた痛快な作品である。
ギター、ベース、ドラムという基本的なバンド編成で彼女は制作に臨んでいるが、アルバムを聴くと分かる通り、「ノってるなあ」という感想を抱く。つまりカブラルは音楽に集中しているのである。レコーディングのボーカルにはアーティスト自身のロックやメタルへの熱狂が内在し、それがロックを始めた頃の十代半ばのミュージシャンのようなパッションを刻印している。
上手いか下手かは関係なく、アルバムにはアーティストのロックに対する熱狂がある。それがバンド形式による録音、そして三者のプロデューサーの協力によって仕上げられた。そしてカブラルの熱意はバンド全体に浸透し、他のミュージシャンをも少年のように変えた。録音としてはカラオケのように聞こえる部分もあるが、まさしくロックファンが待ち望む熱狂的な感覚と、アーティストのロックスターへの憧れ、そういった感覚がないまぜとなり、秀作が完成した。
従来はシューゲイズのポスト世代のアーティストとして特集されることがあったSPELLINGだが、アルバムの最後に収録されている『Sometimes』のカバーを除いて、シューゲイズの性質は希薄である。 しかし、アーティストのマライア、ホイットニー・ヒューストンのようなR&Bの系譜にあるポップソングがバンドの多趣味なメタル/ハードロックの要素と結びつき、斬新なサウンドが生み出されている。その中には、グランジに対する愛情が含まれ、Soundgardenのクリス・コーネルの「Black Hole Sun」を想起させる懐かしく渋いタイプのロックバラードも収録されている。音楽そのものはアンダーグランドの領域に近づく場合もあり、ノイズコアやグランドコアのようなマニアックな要素も織り交ぜられている。しかし、全般的には、ポピュラー/ロックミュージックのディレクションの印象が色濃い。このアルバムで、SPELLINGはロックソングの音楽に限界がないことを示し、そして未知なる魅力が残されていることを明らかにする。
アルバムはポスト世代のグランジと結びつき、それがシューゲイズ/ドリーム・ポップのようなソングライティングと合致したタイトル曲で始まる。曲はそれほど真新しさはないものの、宇宙的なプロデュースがギターロックとボーカルの兼ね合いの中に入ると、SF的な雰囲気を持つプログレ的な曲に昇華される。また、ヒップホップでよく見受けられるようなドラムのフィルター処理や従来の作品で培ってきたストリングスのアレンジメントを交えて、ミニマルな構成でありながら動きを持つロックソングを制作している。そして、カブラルは、ソウルミュージックからの影響を上手く反映させつつ、叙情的なボーカルメロディーの流れを形作り、ロックともソウルともつかない、独特なトラックを完成させている。オルタネイトなロックソングとしてはマンネリ化しつつあるソングライティングを持ち前のR&Bやヒップホップからの影響を元にして、それらをフレッシュな音楽に組み替えている。これは、異質なほどSPELLINGの音楽の引き出しが多いことを伺わせ、彼女の隠れたレコード・コレクターの性格をあらわにするというわけである。それが最終的には80年代の質感を持つメタル風のポップソングに仕上がっている。
SPELLINGは、''ジャンル''という言葉が売り手側やプロモーション側の概念であるということを思い出させてくれる。と同時に、アーティストはジャンルを道標に音楽を作るべきではないということを教唆する。二曲目「Keep It Alive」は、詳細な年代は不明だが、80年代のMTV時代のポピュラーソングやロックソングを踏襲し、オーケストラのアレンジを通して、古びない音楽とは何かを探る。 歌手としての多彩なキャラクターも魅力だ。この曲のイントロでは10代のロックシンガーのような純粋な感覚があったかと思えば、曲の途中からは大人なソウルシンガーの歌唱に変貌していく。曲のセクションごとにボーカリストとしてのキャラクターを変え、そして曲自体の雰囲気を変化させるというのはシンガーとしての才能に恵まれたといえるだろう。
カブラルはカメレオンのようにボーカリストとしての性質を変化させ、リスナーに驚きを与える。歌手としての音域の広さというのも、音楽全体にバリエーションをもたらしていると思う。さらに音楽的にも注目すべき箇所が数多くある。例えば、明るい曲調と暗い曲調を行来しながら、内面の感覚を見事にアウトプットしている。SPELLINGの書くロックソングは遊園地のアトラクションのように飽きさせず、次から次へと移ろい代わり、次の展開をほとんど読ませない。聴くごとに意外な感覚に打たれ、音楽に熱中させる要因を形づくる。これはまさに、アーティスト自身がロックソングに夢中になっているからこそなしえることである。そしてその情熱は、聞き手をシンガーの持つフィールドに呼び入れるような奇妙な力を持ち合わせている。
序盤では「Alibi」がバンガーの性質が色濃い。アリーナ級のロックソングを現代的なアーティストはどのように調理すべきなのかというヒントがこの曲には隠されている。 リズムギターの刻みとなるバッキングに対して、ポップセンスを重視したスタジアム級の一曲を書き上げている。そして、イントロの後のAメロ、Bメロでは、快活で明るいイメージとは対象的にナイーブな感覚を持つ音楽性と対比させて、見事なソングライティングを手腕を示している。この曲ではソロシンガーとしての影響もあってか、バンドアンサンブルの入りのズレがあるが、そういった間のとり方が合わない部分もあえて録音に残している。音を過剰に修正するのではなく、フィルの入り方のズレのような瞬間を録音に残し、ライブサウンドのような音楽性を重視している。こういった欠点は微笑ましいどころか、がぜん音楽に対する興味を惹きつけることがある。音楽的にも面白さが満載で、プログレのスペーシーなシンセが曲の雰囲気を盛り上げる。
「Waterfall」は、ホイットニー・ヒューストンのような古き良きポピュラー・ソングに傾倒している。シンプルなギターロックソングとしても楽しめること請け合いだが、特に歌の音域の広さが凄まじく、コーラスの部分では3オクターブくらいのボーカルの音域を披露している。そして古典的に思えるロックソングも、Indigo De Souzaのようなコーラスワーク、そして圧倒的な歌唱力を部分的に披露することにより、曲全体に適度なアクセントを付与している。ストレートなロックソングを中心にアルバムの音楽は繰り広げられるが、他方、ソウルやポピュラーシンガーとしての資質が傑出している。そして、歌の録音に関しても一気呵成にレコーディングしているような感じで、これが曲の流れを阻害しない。要するに、録音が不自然にならない理由なのである。また、同時に曲がそれほど傑出していないにもかかわらず、聞かせる何かが存在する。
そんな中、カブラルのR&Bシンガーとしての才覚がキラリと光る瞬間がある。SPELLINGはハスキーで渋いアルトの歌声と、それとは対象的な華やかなソプラノを同時に歌いこなすという天賦の才に恵まれている。「Destiny Arrives」はおそらくタイトルが示す通り、デスティニーズ・チャイルドのようなダンサンブルなR&B音楽を踏襲し、それらを現代的なトラックに仕上げている。この曲はバンガー的なロックソングの中にあるバラード的なソウルとしてたのしめる。ピアノ、ホーン、シンセのアルペジオなどを織り交ぜながら、感動的な瞬間を丹念に作り上げる。やや使い古されたと思う作曲の形式も活用の仕方を変えると、新しい音楽に生まれ変わる事がある。そんな事例をカブラン、そしてバンドのメンバーやプロデューサーは示唆している。「Ammunition」は、しっとりとしたソウル風のバラードで聞き入らせるものがある。全体的な録音は完璧とは言えないかもしれないが、音楽的な構成はかなり優れている。ここでは部分的な転調を交えて、曲を明るくしたり、暗くしたりという色彩的なパレットが敷き詰められている。最終的には、アウトロにかけて、この曲はベタな感じのメタルやロックソングへと移ろい変わっていく。つまり、この曲にはメタルとソウルという意外な組み合わせを捉えられる。
「Destiny Arrives」
バンドアンサンブルでR&Bを越えて、ファンクグループとしての性質が強まる瞬間がある。「Mount Analogue」ではベースがブルースや古典的なファンクのスケールを演奏してスモーキーな音楽を形成している。これらのオーティス・レディングのような古典的なR&Bのスタイルは、SPELLINGのボーカルが入ると、表向きの音楽のキャラクターがガラリと一変する。時代に埋もれてしまった女性コーラスグループのような音楽か、もしくはモダンソウルの質感を帯び、聞き手を古いとも新しいともいえない独特な領域に招き入れるのである。バックバンドの期待に答えるかのように、カブラルはしっとりした大人の雰囲気のある歌を披露するのである。マライア、マドンナやヒューストンのような80年代のポピュラー音楽を現代に蘇らせている。
そういった中で、グランジ的なニュアンスが登場する場合もある。「Drain」はタイトルはNirvanaのようであるが、実際の音楽は、Soundgardenを彷彿とさせる。実際にギターのリフもかなりサウンドガーデンに忠実な内容となっている。そして、この曲はクリス・コーネルの哀愁ある雰囲気に満たされていて、バックバンドも見事にそれらのグランジサウンドに貢献している。これらはカブラルという2020年代の歌手によって新しくアップデートされたポストグランジの代名詞のような一曲と言えるかもしれない。サウンド処理も前衛的なニュアンスが登場する。音楽の土台はサウンドガーデンの「Black Hole Sun」であるが、曲の後半では、Yves Tumorのようなエクスペリメンタルポップに変化していく。この曲ではグランジに潜むポップネスという要素が強調されている。そして、実際的に聴きこませるための説得力が存在するのである。
「Satisfaction」はストーンズ/ディーヴォのタイトルみたいだが、実際はヘヴィメタルのテイストが満載である。ギターの大きめの音像を強調し、グラインドコアのようなヘヴィネスを印象付けるが、実際的にそれほどテンポは早くない。実際的にはストーナーロックのように重く、KYUSSのような砂漠のロックサウンドを彷彿とさせる。たとえそれがコスプレ的に過ぎないとしても、ベタなメタルのフレーズの中で圧倒的な熱狂を見せつけることに成功している。曲の後半では、メタルのベタなギターリフを起点にし、BPMを早め、最終的にはグラインド・コアのような響きに変わる。ナパーム・デスのようなスラッシーなディストーションギターが炸裂する。
感情的には暗いものから明るいものまで多角的な心情を交えながら、 アルバムは核心となる部分に近づいていく。「Love Ray Eyes」も現代的なロックソングとして見ると、古典的な領域に属し、新しい物好きにとってはかなり古臭く思えるかもしれない。しかし、不思議と聴き逃がせない部分がある。ギターのミュートのバッキングにしても、シンプルなリズムを刻むドラムにせよ、しっかりとボーカリストとの意思疎通が取れているという気がする。そしてバンドアンサンブルとしてはインスタントであるにしても、穏和な空気感が漂っているのが微笑ましい。ストレートであることを恐れない。この点に、『Portrait of My Heart』の最大の面白さがあるのかもしれない。また、それは同時に、クリスティア・カブラルの声明代わりでもあるのだろう。
「Sometimes」はご存知の通り、My Bloody Valentineのカバーソングである。シンセやギターの演奏自体が原曲にすごく忠実でありながら、別の曲に生まれ変わっているのが素敵だ。それはとりもなおさず、カブラルのポップシンガーとしての才能がこの名曲を生まれ変わらせたのだ。そして大切なことは、音楽を心から楽しんでいて、それがこちらにしっかり伝わってくるということ。 多くのミュージシャンには音楽を心から楽しむということを忘れないでもらいたい。
85/100
「Alibi」
・SPELLINGのニューアルバム『Portrait of My Heart』はSacred Bonesから本日発売。ストリーミングはこちら。