Mastdon

アトランタのニューメタルゴッド、マストドンとラム・オブ・ゴッドが新曲「Floods of Triton」でタッグを組んだ。


先日リリースされたこの新曲は、マストドンの『リヴァイアサン』とラム・オブ・ゴッドの『アッシュズ・オブ・ザ・ウェイク』の20周年と同時に行われたバンドの共同ヘッドライナー・ツアーの後に発表された。


このコラボレーションは、マストドンのアトランタのスタジオ、ウエスト・エンド・サウンドでレコーディングされ、映画音楽作曲家のタイラー・ベイツと共同プロデュースされた。また、この作品はマストドンの新レーベル、ロマ・ヴィスタからの初リリースでもある。試聴は以下から。



「Floods of Triton」

 Sarah Davachi



 サラ・ダヴァチ(1987年カナダ生まれ)は、テクスチャー、倍音の複雑さ、音響心理現象、チューニングとイントネーションの緩やかな変化を強調するために、長時間の持続と考慮された和声構造を利用し、音色と時間空間の密接な複雑さに関心を寄せる作曲家であり演奏家である。


 彼女の作曲は、ソロ、室内アンサンブル、アコースティック形式と多岐にわたり、アコースティック楽器や電子楽器を幅広く取り入れている。 ミニマリズムやロングフォームの信条、フォルムやハーモニーに関する初期音楽の概念、スタジオ環境における実験的な制作手法からも同様に影響を受けており、彼女のサウンドは、忍耐強い体験であり、慣れ親しんだものや遠いものに対する知覚を緩和する。


 高く評価されている彼女のレコーディング作品に加え、ダヴァチは、エレン・アークブロ、オーレン・アンバーチ、グルーパー、タシ・ワダ、ロバート・アイキ・オーブリー・ロウ、シャルルマーニュ・パレスティン、映画監督ディッキー・バトなどのアーティストとともに、幅広くツアーを行っている。 委嘱作品には、クアトゥオール・ボッツィーニ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、ヤーン/ワイヤー、アパートメント・ハウス、ゴースト・アンサンブル、ワイルド・アップ、室内合唱団アイルランド、BBCスコットランド交響楽団、ラジオ・フランス、コンテンポラリー・アンサンブル、チェロ八重奏団アムステルダム、カナダ国際オルガン・コンクール、ウェスタン・フロントなどがある。 彼女の作品は、サウスバンク・センター(ロンドン、イギリス)、バービカン・センター(ロンドン、イギリス)、コントラクラング(ベルリン、ドイツ)、INA GRM(パリ、フランス)、イシュー・プロジェクト・ルーム(ニューヨーク、アメリカ)、ランポー(シカゴ、アメリカ)などで国際的に紹介されている。


ーー2022年から2024年にかけて作曲されたこのアルバムに収録された7曲は、コンセプチュアルな組曲を形成し、通過行為を理解するために構築される精神的なダンス、私たちが交わり、記念し、象徴を表象を超えた世界に持ち帰る方法を観察している。


この目的のために、『THE HEAD AS FORM'D IN THE CRIER'S CHOIR』は、古代ギリシアのオルフェウス神話への2つの言及に取り組んでいる。1922年に発表されたライナー・マリア・リルケの詩集『オルフェウスへのソネット』と、1607年に発表されたクラウディオ・モンテヴェルディのバロック初期のオペラ『オルフェオ』である。


オルフェウスの神話は、妻エウリディーチェの死によって悲しみに打ちひしがれた音楽家が、死者の神に彼女の帰還を説得するため、黄泉の国へと下っていく物語である。その道すがら、オルフェウスは竪琴から奏でる深く嘆き悲しむ音楽で、彼の行く手を阻む者たちを誘惑する。ハデスは承諾するが、ひとつだけ条件がある。オルフェウスは、ふたりが再び生者の世界に戻るまで、エウリュディケを振り向かせないこと。驚くなかれ、二人が地表に近づくにつれ、オルフェウスは不安を募らせて、振り向いて背後にいるエウリュディケの存在を確認する。そしてオルフェウスは、死が自分を連れ去ってくれるようにと歌う。マエナドの一団によってようやく願いが叶ったオルフェウスは、切り離された頭部と竪琴を川に流し、悲痛な歌を歌い続ける。


長年、私はスタジオでの練習とライブ・パフォーマンスの練習を大きく分けようと努めてきた。


このアルバムには4つのパイプオルガンが収録されている。イタリア、ボローニャのサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会にある、1968年にタンブリーニによって製作された機械式アクション楽器、フィンランド、ヘルシンキのテンペリアウキオ教会にある、1969年にヴェイッコ・ヴィルタネンによって製作された電気式アクション楽器; ジョン・ブロムボーが1981年に製作した機械式アクション楽器(アメリカ、オハイオ州オバーリンにあるオバーリン・カレッジのフェアチャイルド・チャペルにある)、そしてアリスティド・カヴァイエ=コールが1864年に製作した機械式アクション楽器(フランス、トゥールーズのゲス教会にある)。


『THE HEAD AS FORM'D IN THE CRIER'S CHOIR』に収録されているオルガン曲は、楽器のペダルに重きを置いており、ほとんどの楽器が持つ機械式トラッカー・アクションによって可能になったテクスチュアのバリエーションにも注目している。


特に、桜美林大学のブロムボー・オルガンは、17世紀初頭に設計されたオルガンに典型的な平均律の使用と、拡張された平均律におけるエンハーモニック等価性の欠如に対応するスプリット・アクシダメンタル・キーの使用の両方において、特に有意義な作曲の機会を与えてくれた。「Possente Spirto」は、『オルフェオ』のアリア「Possente spirto, e formidabil nume」に対する緩やかな概念的言及である。モンテヴェルディ版と同様に、私の作品も弦楽器と金管楽器の使用を強調し、それらが出入りする特定の順序を守り、一種の通奏低音の枠組みも取り入れている。私はそこから離れ、ゆっくりと動く和音進行に焦点を当てることにしたーー Sara Davachi 



『The Head As Form​’​d In The Crier​’​s Choir』/ Late Music  --ギリシャ神話に対する概念的言及、時間のない無限のドローン音楽--




 

 

ロサンゼルスのSarah Davachi(サラ・ダヴァチ)の最新作『The Head As Form​’​d In The Crier​’​s Choir』はいわゆるドローンミュージックの傑作であり、一般的なアナログシンセやプロデュース的な作品とは異なり、コンテンポラリー・クラシカルのライブ録音に近い作品となっている。

 

2022年には、スウェーデンのKali Malone、2023年には、ロサンゼルスのLaurel Halo、カナダのTim Hecker、そして、すでに今年、トルコからEkin Fil、カナダのLoscilの傑作が出ている。Sara Davachiの最新作は、それに続く前衛音楽の注目作ということになる。上記の作曲家を見て分かることは、カナダのティム・ヘッカー、ロスシルを除けば、ドローンミュージックは、女性中心によるウェイヴであること、そして、全般的には、いずれの作曲家も対外的な評価を度外視し、長期間にわたって辛抱強く音楽作品を作り続けてきたことである。

 

長い期間、女性のアーティストが正当な評価を受けてこなかったことは、すでによく知られていることであり、社会的な風潮としては致し方ない側面もあったかもしれないが、近年、優れたエレクトロニック・プロデューサーが登場し、男性優位であったこれらのシーンに一石を投じていることは喜ばしく、時代の流れを反映しているといえるだろう。クラシックでいえば、クララ・シューマン以外、ほとんど著名な女流作曲家が出なかったこと、長い間、男性優位のヨーロッパ社会において、女性が芸術家として正当な評価を受けるまでに数世紀を要したことへの反動や揺り戻しであり、また、それらの不均衡であった秤が、21世紀になり、まっすぐつまり直立に戻ったことを意味している。加えて、功利主義に陥りがちな男性音楽家とは明らかに異なり、女性の作曲家には、じっくり腰を据えて制作を行う、胆力や精神力が備わっている。男性というのは、元をたどれば、農耕民族以外は狩猟や漁をしなければならなかったため、目移りしたり落ち着きがないものである。私自身は、フェミニストというわけではないのだが、どうやら忍耐強さという側面では、女性の作曲家の方が上手のようである。それは「世間的な評価」という男性的な基準とは別に「内的な評価を重視する」という側面が、女性には備わっているのではないかと推測される。その反面、どうしても男性の作曲家は社会的な生き方を長い間強いられてきたので、外面的な評価という基軸から容易には逃れられないのである。

 

サラ・ダヴァチは、特に上記の傾向を象徴付けている。2010年代始めにエレクトロニックプロデューサーとして登場したときは、取り立てて「派手な音楽家」というわけではなかった。しかし、2015年頃からモダン・クラシカルの作風を従来のシンセを中心とする電子音楽の作風に取り入れ始めたころ、何かが劇的に変わりはじめた。2022年には傑作「Two Sisters」を発表し、ドローン・ミュージックの象徴的な作曲家になりつつある。2015年頃から、クワイアの導入に加え、パイプオルガンの演奏を重視してきた。特に、ダヴァチの中世ヨーロッパの楽器に対する好奇心は尋常ではない。まるで彼女の前世が中世ヨーロッパの器楽家であったか、もしくは、調律師であったかとおもわせるほど。ダヴァチは、イタリアの古い時代のベルを導入したり、作曲家、演奏家という二つの表情と合わせて器楽研究家の性質を持ち合わせている。そして、今回の新作アルバムでは、イタリアの中世の楽器を始めとする、4つのパイプオルガンが演奏に導入されている。その中には、日本の桜美林大学の鍵盤もある。まさに、世界中の楽器の蒐集、そして、それらの展覧会とも呼ぶべき内容の豊富さである。4つもパイプオルガンを使用する必要があったのか、と思うかもしれないが、実際の録音を聞けば分かる通り、それ以上の価値がある。このアルバムはまるで、倍数以上のオルガンを使用したような重厚な作風で、その中にはバッハのミサ曲を思わせる心痛な面持ちを持つ楽曲もある。

 

ギリシア神話のモチーフは、このアルバムに度々登場し、それはリヒャルト・ワーグナーの歌劇のライトモチーフのような働きをなし、「妻エウリディーチェのために黄泉の国に下る」という、恐ろしくもロマンチックな物語の主人公の実際的な行動が「トーンが少しずつ下降していくドローンの通奏低音」に明瞭に表れ出ていることがわかる。このドローンによるライトモチーフは何度も出現し、上記のギリシア神話のロマンティックな物語性をペーソスや悲哀のような感情性で縁取っている。例えば、Sub Popのナタリー・メリングは、ナルキッソスの物語をポピュラー音楽という側面において散りばめたことがあるが、ダヴァチの場合は、ドローン音楽により、黄泉の国に下るというミステリアスな物語を体現させようと試みる。その一方、制作者は、モンテヴェルディの「オルフェオ」にも言及しているが、これらは作品の効果や表情付けのようなものに過ぎないと推測される。イタリアン・バロックに欠かさざる音階的な優雅さや嫋やかさはほとんど登場せず、一貫して、JSバッハのミサ曲やマタイ受難曲のような宗教曲を彷彿とさせるパイプオルガンの重厚な和音構造、そして、別の鍵盤による通奏低音、ないしは弦楽器、金管楽器といった副次的な器楽が、主流となるパイプオルガンに異なる倍音の性質を付け加える。

 

ドローン音楽は、基本的には複数のポリフォニーで構成され、パレストリーナ様式の教会音楽のように、あるいは、JSバッハの6声部の対旋律のように、独立した主旋律を他の旋律が強化するような形で展開される。しかし、基本的には、主旋律は存在せず、副次的な旋律もまた主旋律の役割を持つという点で、カウンターポイントの新しい形式の一つでもある。これらの基本的な構成に加えて、倍音の性質が加わる。つまり、今回、ダヴァチ教授(彼女は本当に講義を学生に対して行うことがある)がわざわざ4つの異なる時代のパイプオルガンを使用したのには理由があり、楽器の音響学としての異なる性質をかけ合わせ、特異な倍音を重ね、独特なハーモニーや調和を求めようというのが、このアルバムの制作の主な動機ではなかったかと思われる。実際的に聞けば、分かるように、『The Head As Form​’​d In The Crier​’​s Choir』は異なる独立した声部と、別の性質を持つ和音が織りなす長大なハーモニーによる作品と称せるかも知れない。 



 

重要なことは、このアルバムは単なる電子音楽ではなく、モダンクラシカルという側面に焦点が絞られ、また、ミサ曲のような本格的な儀式音楽の性質が色濃い。同時に、ライブレコーディングの性質が強調されている。本作のオープナー 「Prologo」は、厳かなパイプオルガンの演奏で始まる。以前の作風と明らかに異なる点は、低音域が強調され、実際的に、鍵盤楽器の低音部の和音構造が重視されている。これが音楽的な気風として重厚な感覚を付与し、さらには厳粛さ、敬虔さ、宗教音楽の重要な動機である「頭の上にある存在に対する畏れ」を明瞭に体現させるのである。ときどき、AIの文明が発展したことにより、人間は過度に傲慢になったり、他者に対する配慮を見失うことがあるが、この序曲では、中世の時代にはたしかに存在した人間的な感覚の発露、そして、生命の動機、あるいはその緩慢な変遷、さらには人間的な本質がスピリットにあること、そういった現代文明の中で多くの人々が見失った真実を思い出させ、現実を虚像のように映し出し、その向こうに幻想的な古典性ーーギリシア神話の「オルフェウス」の竪琴の物語を立ち上げる。これらの映像的な音楽の効果は、間違いなく、ダヴァチさんのアカデミックな学識が明確に反映されている。これはまた、20世紀までは、女性が教育の中で抑圧されてきた史実を鑑みると、いよいよ女性的な知性が活躍する時代が到来したという風潮を把捉出来る。また、音楽的な側面でも、この序曲は、マスタリングの素晴らしさが際立ち、重厚感のあるサウンド、360度のサラウンド・システムで試聴するような音の奥行き、そして、全体的な音の艶やかさと、独立レーベルでこのようなハイクオリティの音質を生み出したことは、信じがたい偉業といえる。一貫して通奏低音が強調されるという側面では、現行のドローン音楽との共通項も多いが、他方、7分50秒からの別の鍵盤楽器による不協和音の追加は、独特な倍音を発生させ、音楽を可視化されたデータではなく、「生きた流動体」のように鋭く変化させる。つまり、音楽そのものが、生命としての息吹を与えられ、動き始め、そして、組み上げられたギリシア神話の物語の中を動き出す。そして、古典的なもの、現代的なものがたえず交錯するかのように、複数の次元から、あるいは、複数の地点から、旋律という光を照射し、見果てることの叶わぬ一大的なエネルギー体を構築していく。最早、この序曲の段階において制作者は、音楽が単なるデータでもなければ、マテリアルでもないことを確知し、生きた有機体としての役割を司ることを明示してみせる。


現実的な側面を反映させるでもなく、幻想的な側面を反映させるわけでもない。此岸から見た音楽は多数存在するが、彼岸から見た音楽というのはあまり前例がない。サラ・ダヴァチの音楽は、主観の音楽ではなく、客観の音楽である。「Possente Spirito」 では、2010年代から追求してきたモジュラーシンセの演奏を竪琴に見立て、簡素な分散和音をモチーフに、その後、通奏低音を挟み、アルバムの音楽は一連の流れを形作りはじめる。金管楽器の通奏低音、ないしはドローン音楽の範疇にある前衛的な手法は、このジャンルが当初、スコットランドのバクパイプの音響の発展から始まったことを思い起こさせる。つまり、鍵盤楽器ではなく、吹奏楽器から始まったのがドローンの形式である。ラ・モンテ・ヤング、ヨシ・ワダの最初期の作風を踏襲した上で、ダヴァチは祭礼時の儀式的な音楽、哀悼の意味を持つ宗教音楽を現代に復刻させる。これらはミニマル音楽の系譜、そして、ドローンの系譜という二つの視点を基に、音響学の可能性、次いで金管楽器の倍音の可能性という未知なる領域を切り開こうとするのである。

 

 

特に、パイプオルガンの楽曲、見方によれば鍵盤楽器による協奏曲のような意味合いを持つこのアルバムの音楽性が最も重力を持つ瞬間が「The Crier's Choir」、そして続く「Trio For A Ground」の2曲となる。前者は、古典的なイタリアンバロックやバロックの形式を基にして、重厚な通奏低音によって建築学的な構造を持つ前衛音楽を作り出す。そしてレビューの冒頭でも述べたように、複数の異なる鍵盤楽器の持つ倍音の特性が、(それは機械としての性質でもある)、ドローン音楽の重要な特徴であるイントロでは想像しえなかった音響学の構造変化、及び、倍音や音調の微細な変遷を、制作者が意図するギリシア神話の物語という動機を通じて敷衍させていく。この曲では、少なくとも、2つか3つのパイプオルガンの演奏が取り入れられているようだが、それは続く「Trio For A Ground」と同じように、ニューヨークの現代音楽家、モートン・フェルドマンの「Rothko Chapel」のようなドローン音楽の原点へと回帰していく。フェルドマンは、テキサスの礼拝堂の委嘱作品として「Rothko Chapel」を制作したが、同時に、これはアート作品を展示するための環境音楽の意味合いも込められていた。そして、世界で最初のインスタレーションは、間違いなく、モートン・フェルドマンの代表作だったのである。これらの現代音楽の系譜に準ずるかのように、ダヴァチは、ギリシア神話の黄泉の国への下りをテーマとし、漸次的に下降するドローンを複数重ね合わせ、圧巻の音響空間を物語に添える。「目的のための音楽」とも言えるが、結局、最後の演奏を終え、鍵盤楽器から手を離すとき、通奏低音が減退する瞬間に、演奏者として痛切な思いが込められ、音の停止、それはとりもなおさず、音楽に対する控えめな態度が、敷き詰められた音の連続に癒やしと安らぎをもたらす。もし、そうしていなければ、音楽という得難い化け物に飲み込まれていたかもしれない。

 

後者の「Trio For A Ground」は、中音域から高音域を強調する前曲と比べると、低音域を徹底して強調した厳粛な面持ちを持つパイプオルガンによる独奏曲とも言える。特に、平均律を基にした変則的な調律は、目の前に巨大な塑像のようなものが出現するかのごとき圧倒的な印象を受ける。それはギリシア神話というよりもダンテの神曲の地獄の門に入る時の作者の畏れのような感覚にも似ている。しかし、この曲では、2010年代中盤に、制作者が実験的に導入していた女性のクワイアが加わることにより、神話としての音楽的な動機を想起させ、そしてその枠組みの中で、幻想的な音楽の性質や、ミステリアスな感覚がありありと立ちのぼってくる。聞き方によっては、RPGの音楽や映画のワンシーンの効果的な音楽によるストーリーテリングの要素を持ち合わせ、アルバムの中盤の重要なハイライトを形成している。そして、ランタイムごとに、曲の表情は変化していき、暗鬱さ、神秘さ、神々しさ、そして精妙さ、透き通るような感覚、濁るような感覚、重苦しさ、悲しさ、そういった数しれない感情性の物語が、二人のギリシア神話の主人公のライトモチーフのような役割をなしている。また、曲の途中から加わる弦楽器のドローン、その上に微細に重ねられる高音部のパイプオルガン、複数の声部が幾つも折り重なり、増幅と減退を繰り返しながら、音響の持つ表情を変化させる。また、8分後半に出現するノイズは、まるで彼岸と此岸を隔てる幕のように揺れ動き、音楽的な効果は最高潮に達する。特筆すべきは、これらの音調の変容やドローン音の変遷は、抑揚的に高まると抑えられ、抑えられると高められるというように、一貫して、抑制と均整が取れ、必要以上にラウドになりすぎることもなければ、それとは反対にサイレンスになりすぎることもない。いわば、黄泉の「中つ国」の性質を反映させるかのように、中間領域の音楽としての性質を維持しつづける。そして、それらは、演奏者が明確に意図したアクセント、クレッシェンドやデクレッシェンドという手動による音響的な効果によって組み上げられる。これが最終的に、コントラバス、コントラファゴットの音域を強調するパイプオルガンの重厚な通奏低音により、物語の核心に迫る情景が暗示される。そして、前曲と同様、サラ・ダヴァチは、11分から12分にかけて、フェルドマンの「Rothko Chapel」のような霊妙なドローンを、パイプオルガンの複数の声部によって完成させる。間違いなく、現代の前衛音楽の至高の瞬間をこの一分間に見いだせるはずだ。音楽の正体が振動体であること、ウェイヴ、周波数であることは、この一分間で明示されている。実際的に、この曲は次の世紀に語り継がれてもおかしくない実験音楽である。

 

 

以降の2曲は、ダヴァチ教授の古典的なアートに対する趣味が色濃く反映されている。というのも、サラ・ダヴァチさんは古典的なヨーロッパ絵画にかなり熱心であり、それらの蒐集をしているかどうかは定かではないが、少なくとも、バロック主義の古典絵画のような世界を音楽により表現したいという欲求は、常日頃から持ち合わせているはずなのだから。これらの古典的な芸術に対する親しみは、「Res Sub Rosa」では、バロック主義のミサ曲のような形式をパイプオルガンで体現させ、他方、「Constants」では、イタリアン・バロックの宗教音楽のような古典的な世界観を構築する。これらの2曲は、音楽的な方向性としてマンネリズムに陥る場合もあるが、全般的には少しだけ重苦しくなりがちな作風に、ウィリアム・ターナーが描いた古典的なローマの情景のような安らいだ感覚や優雅な感覚を体現させる。それは現代人としての古典に対する憧れであり、また、それらのヨーロッパの苦難多き歴史の基底にある文化的な奥深さや多彩さに対するロマンチシズムを、厳粛なパイプオルガンの独奏で表現しているといえる。惜しむらくは、クラシック音楽のアリアのような優雅な声やクワイアが登場しなかったことが、作品全体に単一的な印象を及ぼしている。ただ、それとて、聞き手が制作者の手の内に転がされているに過ぎず、アートワークのモノトーンの体言化という制作者の意図の範疇にあるものなのかも知れない。しかし、最終盤に向けて、あちこちに拡散していたもの、あるいは、無辺に散らばっていたものが集まり、一つの中心点にゆっくり向かっていくような不思議な感覚、そして、先にも述べたように、音楽そのものが生きた有機体のようの蠢き始め、また、その果てに教会の鐘の残響のような余韻が残されていることが、何かしら遠いヨーロッパの異国を旅したときや、その土地土地で、まったく聞き慣れない異教の鐘の音をふと耳にするときのエキゾチズムを反映させている。制作者は、古典的なテーマに焦点が絞られていると指摘しているが、もしかすると、現代的な社会の気風や混乱など、副次的な主題も取り扱われているのかもしれない。少なくとも、この曲は最もモダンでアーバンな印象を持つ前衛音楽である。

 

 

続く「Constants」は、金管楽器で構成されるドローン音楽で、通奏低音を重視していることは事実だが、同時に、倍音を基に構成されるハーモニーにも焦点が置かれていることが分かる。これらは音楽的な効果として、本来は、なしえないはずの古典的な時代への旅、あるいは私達が生きていない時代への蘇り、また、その空想の空間の中で生きること、こういった普通では考えられないような音楽の醍醐味を体現させる。それは物語を見る第三者の視点が突如として登場したことを表し、メタ的な構造の変化を及ぼす。器楽的な観点から言えば、金管楽器の通奏低音の増幅、及び減退は、厳粛な音楽というアルバム全体のテーマを力強く反映させている。そして全体的な構成から言うと、この曲は、終曲にむけての布石や連結部のような役割を司る。主題と副題がたえず交差するようにし、このアルバムの音楽はクライマックスへと向かう。

 

終曲「Night Horns」は、基本的には、2つのパイプオルガンを中心に構成される。しかし、この曲では、日頃あまり指摘されないパイプオルガンの吹奏楽器としての音響的な性質が色濃く立ち現れる。撥音は鍵盤、音響効果はペダルであるが、出力はパイプ、つまり吹奏であるという音響学的な性質は、実際的に聞き手を音楽の最深部へと誘う力を持ち合わせている。最も和声構造の性質が強調され、それはやはり一貫して、ミニマル・ミュージックの次世代の音楽であるドローン・ミュージックという形式の範疇にあるが、和音の構成音の一音を丹念に、そして辛抱強く動かすことにより、音の流動性やうねりを作り出し、それらを建築物のような圧倒的な印象を持つ構造体へと作り上げる。それは、作曲のモチーフが上手く運び、ギリシア神話の物語のクライマックスを暗示しているのかもしれない。また、それは、人類史の無限への憧憬を表すバベルの塔の建築を思わせ、聞き手の興味を現実の世界から神話の世界へと接近させる。ある意味では、古典性と現代性という、2つの対極的なテーマを結びつけ、呆れるほど強度の高いドローン・ミュージックを構築したことに、このアルバムの最大の成果が込められている。

 

しかし、これは一年や二年で生み出されたものではない。2013年頃からたえず、サラ・ダヴァチは誰からも注目を受けなかった時代から、飽くなき探究心を持ち、電子音楽と前衛音楽を制作してきた。その11年目の成果が、ようやく傑作を出現させたのだ。最後の建物が振動する音と共に録音されたパイプオルガンの高音部の通奏低音は、レコーディングの歴史的な瞬間であり、今日までの音楽の中で最も崇高性を感じさせる。それはまた、現代の音楽が持つ一般的な意味を塗り替え、「スピリットを体現する音楽」という、哲学、数学と合わせて、最古の歴史を持つ人類が生み出した最高のリベラルアーツの本来の核心に最接近した瞬間なのである。

 

 

 

100/100



 



 


イギリスの人気シンガー、Michael Kiwanuka(マイケル・キワヌカ)がニューアルバム『Small Changes』を発表し、その中から2曲の新曲「Lowdown (part i)」と「Lowdown (part ii)」を共同ミュージックビデオで公開した。

 

『Small Changes』はGeffenから11月15日にリリース予定。Small Changes』は11月15日にGeffenからリリースされる。ビデオは以下から。

 

『Small Changes』はキワヌカの4枚目のアルバムで、2020年のマーキュリー賞を受賞し、グラミー賞の最優秀ロック・アルバム賞にもノミネートされた2019年の『Kiwanuka』に続く待望の作品。

 


「Lowdown (part i)」「Lowdown (part ii)」

 

 

 

Michael Kiwanuka  『Small Changes』

 

Label: Geffen

Release: 2024年11月15日


 Tracklist:


1. Floating Parade

2. Small Changes

3. One and Only

4. Rebel Soul

5. Lowdown (part i)

6. Lowdown (part ii)

7. Follow your Dreams

8. Live For Your Love

9. Stay By My Side

10. The Rest of Me

11. Four Long Years



ギタリストのケヴィン・ダニエル・ケーヒルとドラマーのグラハム・コステロから成るスコットランドはグラスゴー出身のアンビエント・デュオ、ケーヒル//コステロが、11月8日(金) に ニュー・アルバム『II』をレコード(限定枚数)、およびデジタル・フォーマットでリリースすることがわかった。この発表に合わせてリードシングル「Sunbeat」が本日配信された。(配信リンクはこちらから)


2021年にリリースしたデビュー・アルバム『オフワールド』に続いて2作目となる今作では、エフェクトのかかったギターを基調としたアンビエントな雰囲気と絶妙なグルーヴを取り入れたドラミングが、時折催眠術のようなテープ・ループを経由しながら織り交ざっている。


スコットランド王立音楽院で出会った2人は、ジャズとクラシックという異なる分野を専攻していたにもかかわらず、ミニマリズムと即興演奏への情熱を分かち合っていた。

 

ある時はグラハムのバックグラウンドであるジャズ的素養を感じさせ、またある時は彼が幼少期に聴いて育ったインストゥルメンタル・ロック、ポスト・ロック的な激しさも感じさせる。このアルバムは、デュオがデビュー作の成果をさらに発展させた、広大で野心的な作品となっている。


そして、新譜の発表を記念して、本日ファースト・シングル「Sunbeat」をデジタル・リリース! この曲は、サウンドと音色の面で彼らの新しい方向性を表している。


「Sunbeat」について2人は、次のように話している。


「『オフワールド』以来の僕たちの成長と音世界の変化を示すのに良いファースト・シングルだと思ったんだ。当初、この曲は即興のテープ・ループから始まり、ビートそのものが生まれ、ギターがそれに続いた。アルバムの主要なトラッキングが始まる前の最後の即興/ウォームアップから生まれたんだ。それはとてもオーガニックで楽しいプロセスだったよ」

 





Cahill//Costello(ケーヒル//コステロ) 『II(2)』- New Album





【アルバム情報】

アーティスト名:Cahill//Costello(ケーヒル//コステロ)

タイトル名:II(2)

発売日:2024年11月8日(金)

形態:2LP(140g盤)

バーコード:5060708611163

品番: GB1599


<トラックリスト>

Side-A


1. Tyrannus

2. Ae//FX 

Side-B


1. Ice Beat

2. Sensenmann

 

Side-C

1. JNGL

2. I Have Seen The Lions On The Beaches In The Evening

 

Side-D

1. Lachryma

2. Sunbeat



バイオグラフィー

 

スコットランドはグラスゴー出身のアンビエント・デュオで、メンバーは、ギタリストのケヴィン・ダニエル・ケーヒルとドラマーのグラハム・コステロ。出会いは2012年の英国王立スコットランド音楽院。ジャズとクラシックという異なった専攻の二人だったが、さまざまなジャンルにわたるミニマリズムと即興への相互の情熱を共有していた。この友情と共有された情熱は、最終的にケーヒル//コステロの結成に至る前に、グラハムとケヴィンがさまざまなソロ・プロジェクトで協力することにつながった。彼らのプロセスは、ミニマリズムとアンビエント・ミュージックの要素を融合し、過度の複雑さとは無縁の、非常に感情的なサウンドの世界を構成している。その音楽制作は忍耐と明晰さに基づいており、リスナーの心に正直に語りかける。2021年9月、ファースト・アルバム『オフワールド』をリリース。そして、2024年11月には3年ぶりとなるニュー・アルバム『II』の発売が決定している。

©Francois Bisi

現代ジャズシーンに新たな風を吹き込むハンマード・ダルシマー奏者マックスZTと日本人ベーシストMoto Fukushimaによるハウス・オブ・ウォーターズ。グラミー賞ノミネート作品の前作に続く初のインプロヴィゼーション・アルバムから先行シングル「Improv9」が公開。試聴は配信リンクと合わせて下記より。

 

前作『On Becoming』は、第66回グラミー賞ベスト・コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム部門にノミネート。ハウス・オブ・ウォーターズ初の即興演奏アルバム『On Becoming - The Improv Sessions』は、同セッションからの録音を基に構成され、8曲のインプロヴィゼーションと日本限定ボーナス・トラック2曲を収録している。世界屈指のドラマー、アントニオ・サンチェスが前作に引き続き参加し、心地よいグルーヴとリズム感を生んでいる。誰もがこれまでに聴いたことのない独創的で鮮やかな音世界が、今ここに提示される。

 

 

 

 

 

House Of Waters 「Improv 9」- New Single

 


収録曲:

1.Improv 9

配信リンク: https://morinohibiki.lnk.to/QOHhFx

 

 

『On Becoming - The Improv Sessions』- New Album

 



アーティスト:House of Waters(ハウス・オブ・ウォーターズ)
タイトル:On Becoming - The Improv Sessions
ジャンル: JAZZ
レーベル:森の響/インパートメント
発売日 : 2024年10月11日
フォーマット : 国内盤CD/デジタル配信


■ライナーノーツ収録(落合真理)
■ボーナストラック2曲収録
■日本のみCDリリース



◾️HOUSE OF WATERS(ハウス・オブ・ウォーターズ)   初の即興演奏アルバム『ON BECOMING - THE IMPROV SESSIONS』の発売が決定 10月11日に発売  アントニオ・サンチェスがドラムで参加

©Eliza Jouin


ニューヨークのインディーポップバンド、Pom Pom Squad(ポム・ポム・スクワッド)が、近日発売予定のアルバム『Mirror Starts Moving Without Me』から新曲「Street Fighter」を発表した。


この曲について、ミア・ベリングは声明でこう語っている。「コーディと私がこの曲をいじくりまわしていたとき、ストリートファイターから飛び出してきたようなシンセ・パッチに出くわしたの! ”ストリート・ファイターII”は、子供の頃に大好きだったゲームのひとつだったから、この曲を楽しい方向に持っていけると感じた。歌詞とヴォーカルは、同じ日の夜中の4時くらいに完成させた。一般的に、私の作詞は少しムーディーでシリアスな傾向がある。これは確かに私の違う一面を表しています」


2021年の『Death of a Cheerleader』に続く『Mirror Starts Moving Without Me』は、City Slang から10月25日にリリースされる。 

 


「Street Fighter」



 

©Steve Gullick

ポリッジ・レディオがニュー・シングル「A Hole in the Ground」をリリースした。この曲は、近日発売予定のアルバム『Clouds in the Sky They Will Always Be There for Me』からのもの。リード・シングル「Sick of the Blues」と同じく、この曲のビデオは、バンドが最近パリのポンピドゥー・センターで行った公演でライブ撮影された。以下からチェックしてほしい。

バンドリーダーのダナ・マーゴリンは声明の中で、「これは、わからないこと、お化け屋敷のおとぎ話や恐ろしい悪夢の中に閉じ込められ、逃げ回り、恐ろしい未来を予測し、それが現実となり、自己実現してしまうことを歌った曲です」と説明している。「優しい子守唄であると同時に、悲劇的な結末を迎える民話でもある。これは、まだ知らないことを知ることについての歌だ。当てずっぽうで未来を見ること、当たっていること......」

 
ポリッジ・レディオの『Clouds in the Sky They Will Always Be There for Me』はシークレットリー・カナディアンから10月18日にリリースされる。
 


「A Hole in the Ground」


 


ニューヨークのラッパー/プロデューサー、E L U C I Dがニューシングル「The World is Dog」をリリースした。

Fat Possumから10月11日にリリースされる新作アルバム『REVELATOR』の収録曲。E L U C I Dは昨年、Armand Hammer、billy woods、JPEGMAFIAとのコラボレーションアルバム「We Buy Diabetic Test Strip」を発表している。 

ビリー・ウッズをフィーチャーしたアルバムのリードシングル「Instant Transfer」はトラップのスタイルの巧みなラップでリスナーを惑乱させる。放送禁止用語のNワード等はお手のもの。同時に公開された「Slum of A Disregard」は、コラボレーションアルバムの経験を活かしたドラッギーなアブストラクトヒップホップだ。先鋭的なラッパーとしての才覚を遺憾なく発揮している。

アルバムからの三作目のシングル「The World Is Dog」は、サザンヒップポップ/トラップの系譜にあるナンバーである。従来のアブストラクトヒップホップをエモラップやニューウェイブと結びつけている。スクラッチのループはトリップの渦へとリスナーを導くこと必須だ。実験的なヒップホップだが、E L U C I Dのフロウは一貫して苛立ちや怒りがこめられていて情熱的だ。




「The World Is Dog」


◾️E L U C I D、ニューアルバム「REVELATOR」を発表  10月11日にリリース

 Jessie Murph 『That Ain't No Man That's The Devil』

 

 

 Label: Columbia

Release: 2024年9月6日

 

Review  

 

アラバマ州出身のジェシー・マーフは、驚くべきことに若干19歳のシンガーだ。2021年、コロンビア・レコードとレコード契約を結び、デビューシングル「Upgrade」をリリースした。現代的なシンガーソングライターと同様に、TikTokやYoutubeから登場したシンガーである。すでに彼女の楽曲「Pray」は、UKチャート、ビルボードチャート、それからカナダのチャートの100位以内にランクインしている。今後ブレイクする可能性の高い歌手と見るのが妥当だろうか。


ジェシー・マーフは、エイミー・ワインハウスのポスト世代の歌手である。喉を潰したような、この年齢からは想像の出来ないハスキーな声の性質は、むしろこの歌手の最大の強みであり、スペシャリティとも言えるだろう。そして、巧みなビブラートを駆使することによって、ハスキーな声は、人間的な奥深さや業へと変化する。そして、アラバマ出身という長所は、「サザン・ソウルの継承」という音楽的なテーマに転化し、カントリー、ブルース、R&Bを変幻自在に横断する。さながら今は亡きエイミー・ワインハウスの歌声が現代に蘇ったかのようでもあり、リリックの内容も歌手のプライベートのきわどい話題に触れている。実際的にオープナー「Gotta Hold」でのブレイクビーツに反映されているように、ヒップホップのビートからの影響も含まれていることがわかる。ソーシャルメディア全盛期に登場したシンガーと言うと、耳障りの良いライトな感じのインディーポップを思い浮かべる方もいるかもしれないが、ジェシー・マーフの音楽性はそれとは対極にあり、現代のミュージックシーンから孤絶している。マーフは、むしろ自分自身の声色のダーティーさや醜さをいとわず、米国南部的な感覚を徹底して押し出そうと試みる。それもまたワインハウスの人間的な業のようなものを引き継いでいると言える。近年のR&Bの流れに与せず、70年代のソウルミュージックのヘヴィーさに重点が置かれている。この点に、並み居るシンガーとはまったく異なる個性を見出すことが出来る。

 

ジェシー・マーフの曲は、お世辞にもきれいだとか都会的に洗練されているとは言いがたい。いや、むしろその粗削りで、どこまで行くか分からない、潜在的な凄みがデビューアルバムの醍醐味でもある。現代の歌手は、どこにいようと、インターネットで楽曲をオープンにすると、音楽ファンやレーベルに見出されてしまうが、コロンビアがこういったある意味、現代性とは対極にある古典的なR&Bシンガーに期待していることは、この名門レーベルが時代を超越するような存在、そして現代の音楽シーンを変えうる存在、さらに宣伝的なアイコンではなく、本物の歌のパワーで音楽そのものの意味を塗り替えてしまう存在を待望していることの証でもある。トラックの編集や他の楽器による脚色、ないしは、マスタリングのエフェクトとは関連のない「音楽そのものの良さ」を表現することが、2020年代後半の音楽家やアーティストの使命である。そういった重圧にジェシー・マーフが応えられるかどうかはまだ定かではない。

 

しかしながら、このデビューアルバムでポップスターとしての前兆は十分見えはじめている。もちろん、ラディカルな側面だけが歌手の魅力ではあるまい。「Dirty」では、Teddy Swimsとの華麗なデュエットを披露し、カントリーやアメリカーナ、そしてロックをR&Bと結びつけて、古典的な音楽から現代への架橋をする素晴らしい楽曲を制作している。ジェシー・マーフの歌声には偉大な力が存在し、そしてどこまでも伸びやかで、太陽の逆光を浴びるかのような美しさと雄大さを内含している。この曲こそ、南部のソウル・ミュージックの本筋であり、メンフィスのR&Bを次世代へと受け継ぐものである。そこにブルースの影響があることは言うまでもない。さらに「Son Of A Bitch」も、バンジョーの演奏を織り交ぜ、カントリーをベースにして、ロック的な文脈からヒップホップ、そしてモダンなR&Bへ、まるで1970年代から50年のブラック・ミュージックの歩みや変遷を再確認するような奥深い音楽的な試みがなされている。


ヒップホップに近いボーカルのニュアンスが披露されるケースもある。「It Ain't Right」は、背景となるソウルミュージックのトラックに、ポピュラー、ラップ、ロックの中間にある歌声を披露している。音楽としての軸足がラップに置かれたかと思うと、次の瞬間にはロックへと向かい、そしてポップスへと向かう。これらの変幻自在のアプローチが音楽そのものに開放的な感覚を付与し、聞き手側にもリラックスした感覚を授けることは疑いがない。一つの形式に拘泥せず、テーマとなる音楽を取り巻くように音楽を緩やかに展開させていることが素晴らしい。


アルバムの冒頭では、マスタリング的なサウンドは多くは登場しないが、反面、中盤にはエクスペリメンタルポップの範疇にある前衛的なポップスの楽曲が登場する。例えば、「I Hope It Hurts」はノイズポップの編集的なサウンドを織り交ぜ、シネマティックなR&Bを展開させている。また、続く「Love Lies」では、ヒップホップの文脈の中で、ロックやカントリーといった音楽を敷衍させていく。これらは、「ビルボードびいきのサウンド」とも言えるのだが、やはり聞かせる何かが存在する。単に耳障りの良い音楽で終わらず、リスナーを一つ先の世界に引き連れるような扇動力と深み、そして音楽における奥行きのようなものを持ち合わせているのだ。

 

アルバムの中盤の2曲では、形骸化したサウンドに陥っているが、終盤になって音楽的な核心を取り戻す。いや、むしろ19歳という若さで音楽的な主題を持っているというのが尋常なことではない。探しあぐねるはずの年代に、ジェシー・マーフは一般的な歌手が知らない何かを知っている。それらは、「High Road」を聞くと明らかではないだろうか。マーフはこの曲で基本的には、主役から脇役へと役柄を変えながら、デュエットを披露している。実際的に、Koe Wetzelのボーカルは、80年代のMTVの全盛期のブラック・コンテンポラリー/アーバン・コンテンポラリーのR&Bの世界へと聞き手を誘うのである。サビやコーラス、そしてその合間のギター・ソロも曲の美しさを引き立てている。何より清涼感と開放感を持ち合わせた素晴らしいポップスだ。さらに、Baily Zimmmermanとのデュエット曲「Someone In The Room」では、アコースティックギターの演奏を基にこの年代らしいナイーヴさ、そしてセンチメンタルな感覚を織り交ぜ、見事なポップソングとして昇華させている。また、マーフのボーカルには、やはり、南部のR&Bの歌唱法やビブラートが登場する。もちろん、デュエットとしての息もピッタリ。二人のボーカリストの相性の良さ、そして録音現場の温和な雰囲気が目に浮かんできそうだ。

 

 

アルバムの最終盤では、エイミー・ワインハウスのポスト世代としての声明代わりのアンセム「Bang Bang」が登場する。この曲では、自身のダーティーな歌声や独特なトーンを活かして、フックの効いたR&Bを生み出している。やはり19歳とは思えない渋みと力感のある歌声であり、ただならぬ存在感を見せつける。デビューアルバムでは、そのアーティストが何者なのかを対外的に明示する必要があるが、『That Ain't No Man That's The Devil』では、その水準を難なくクリアしている。何より、商業主義の音楽でありながら、一度聴いて終わりという代物ではない。

 

本作のクローズでは、現代のトレンドであるアメリカーナを主体とし、アラバマの大地を思い浮かばせるような幽玄なカントリー/フォークでアルバムを締めくくっている。音楽や歌の素晴らしさとは、同じ表現性を示す均一化にあるわけではなく、他者とは異なる相違点に存在する。最新の音楽は「特別なキャラクターが尊重される」ということを「I Could Go Bad」は暗示する。2020年代後半の音楽シーンに必要視されるのは、一般化や標準化ではなく、他者とは異なる性質を披瀝すること。誰かから弱点と指摘されようとも、徹底して弱点を押し出せば、意味が反転し、最終的には大きな武器ともなりえる。そのことをジェシー・マーフのデビュー作は教唆してくれる。文句なしの素晴らしいアルバム。名門コロンビアから渾身の一作の登場だ。



 

90/100




Best Track 「Dirty」




Jessie Murphのデビューアルバム『That Ain't No Man That's The Devil』はコロンビアから発売中。ストリーミングはこちらから。

 

 

ロンドンのシンガー、Suki Waterhouse(スキ・ウォーターハウス)は、Vogue誌でも特集が組まれ、今最もホットな話題を振りまくシンガーである。9月13日(金)にSub Popからリリースされるアルバム『Memoir of a Sparklemuffin』から最終シングル「Model, Actress, Whatever」を公開した。

 

タイラー・ファルボが監督したビデオは、先日の米国のMTVライブ、MTVU、MTV Biggest Popで初公開されたほか、パラマウント・タイムズスクエアのビルボードにも登場した。Sub Popが現在最もプロモーションに力を入れており、イチオシするシンガーであることは疑いない。


ミュージックビデオでは、ウォーターハウスは混沌とした映画撮影現場で、アクション満載のシーンをこなしながら、 "お堅い "監督に批判され、リセットして "テイク33 "に挑む。ハッピーなことに、ウォーターハウスは最終的にグチャグチャのリベンジを果たし、その場を後にする。


ウォーターハウスは、2024年のMTVビデオ・ミュージック・アワードのプレゼンターも務め、アルバム・リリース後は、9月28日のコロラド州デンバーの公演を皮切りにスパークルマフィン・ツアーに出発し、9月21日には、ポートランドのモーダ・センターでMitskiをサポートする。

 


「Model, Actress, Whatever」




◾️アルバム情報





◾️先行シングル


MEW


 MEW(ミュウ)が解散を発表した。デンマークのロックバンドは、5月29日にオーフスのオーフス・コングレス・センターで、5月31日に地元コペンハーゲンのロイヤル・アリーナで開催される2つのコンサートでファンに別れを告げる。

 

 シンガーのヨナス・ビェーレ、ドラマーのサイラス・ウトケ・グラエ・ヨルゲンセン、ベーシストのヨハン・ウォーラート、ギタリストのボー・マドセンは1995年にミュウを結成。バンドの最後のアルバムは2017年の『Visuals』だった。


 ヨナス・ビェールは声明で次のように述べている。


 親愛なる友人たちへ


 来年でMewは30周年を迎えます!私や素敵なバンド仲間に数え切れないほどの冒険をさせてくれたこの旅は、本当に素晴らしいものでした。そしてそのどれもが、Frengersの皆さんと皆さんのサポートがなければ実現しなかったことです。これは決して当たり前のことではなく、これからも変わらない。


 私にとって、この旅は終わりに近づいている。来年がミュウでの最後の年になる。私個人としては、別の旅に出て、他のクリエイティブなプロジェクトに集中する時期だと悟りました。こうしてお別れ公演ができること、そして大切な友人であり共同創設者であるヨハンとサイラス、そしてドクとマッズ・ウェグナーと最後の旅に出られることをとても嬉しく思っている。このことについては、近いうちにもっと長い記事を書くつもりだ。とりあえず、来年のショーで会えるのが待ちきれないよ!


 愛を込めて、ジョナス。


 そして、フルラインナップはこう付け加えた。「30年? まともな神経をしていたら、1995年当時、僕らがまだここにいるなんて想像もしなかっただろうね」

 

 デンマークのエレクトロ・ロックバンド、MEWは2000年頃にスウェーデンのHIVESとともに北欧のミュージック・シーンがどれほど素晴らしいか、世界的に紹介した貢献者である。両バンドともに、実際のライブを見たことがあるが、それぞれ持ち味こそ異なるにせよ、素晴らしいライブを披露していた。MEWは北欧のロックの旋律の素晴らしさ、そして音響派としてのロックという長所を持っていた。MEWの紡ぎ出す耽美的な旋律はMBVに匹敵するものがあった。


Best New Tracks-  Dawn Richard & Spencer Zahn 「Diet」 (Sep. Week 2)



Dawn Richard(ドーン・リチャード)、Spencer Zahn(スペンサー・ザーン)はともにマルチ奏者として活躍している。リチャードは、R&Bやエレクトロニックを得意とし、ボーカリストとして主に活躍する。他方、ザーンは器楽奏者の性質が強く、昨年、モダン・クラシカルの連作アルバム『Statues Ⅰ』、『Statues Ⅱ』を立て続けに発表。ピアノ、ギターを中心とする鍵盤楽器や弦楽器を得意とする。二人はともに、トラック制作の名手でもあるが、今回のコラボレーターでは、まさしく両者の長所を活かしながら、短所を補うという意義が込められている。

 

「Traditions」と「Breath Out」に続く三作目のシングル「Diet」は、Teddy Swimsをフィーチャーしている。スペンサー・ザーンの美しいピアノにエレクトロニックやミニマルの効果を加えて、ドーン・リチャードのソウルフルなボーカルに洗練された響きをもたらす。秋の夜長にじっくりと耳を澄ませたい良曲である。近日リリース予定のアルバム『Quiet in a World Full of Noise』の第3弾となる。試聴は以下から。


『Quiet in a World Full of Noise』は、このデュオの2022年のコラボレーションアルバム「Pigments」に続く作品で、Merge Recordsから10月4日にリリース予定。

 

 

 「Diet」

 

©Fiona Torre


スコットランド/グラスゴーのロックバンド、Franz Ferdinand(フランツ・フェルディナンド)が6枚目のアルバム『The Human Fear (ザ・ヒューマン・フィア)』を発表した。2018年の『Always Ascending』に続くこの作品は、2025年1月10日にDominoからリリースされる。

 

このアルバムは、2013年の『Right Thoughts, Right Words, Right Action』でバンドと仕事をしたマーク・ラルフがプロデュースした。アルバムの最初のリードカット「Audacious」は、長年のコラボレーターであるアンディ・ノウルズが監督し、グラスゴーのバロウランドで撮影されたビデオと対になっている。また、アルバムのジャケットとトラックリストは以下の通り。


「このアルバムの制作は、私がこれまで経験した中で最も人生を肯定する経験のひとつだった。恐怖は、自分が生きていることを思い出させてくれる。私たちは皆、恐怖が与えてくれる喧騒に何らかの形で中毒になっているのだと思う。それにどう反応するかで、人間性がわかる。だからここにあるのは、恐怖を通して人間であることのスリルを探し求める曲の数々だ。一聴しただけではわからないだろうけど」


ニューシングルについて、アレックス・カプラノスはこう語っている。「この曲は、自分の周りの存在の布が解けていくのを感じたときに、大胆な反応をすることについて歌っているんだ。大胆で、反抗的で。存在しない永遠を端から覗いて、アイと言うんだ!くそったれ!今日は結構だ!"


アンディ・ノウルズは次のように付け加えた。「初めて "Audacious "を聴いた後、すぐにお祝いのビデオが必要な曲だと感じた。2022年に'Curious'を制作したときの陽気なアプローチをベースにしたかった」

 

 

「Audicious」

 



Franz Ferdinand 『The Human Fear』



Label: Domino

Release: 2025年1月10日


Tracklist:


1. Audacious

2. Everyday Dreamer

3. The Doctor

4. Hooked

5. Build It Up

6. Night Or Day

7. Tell Me I Should Stay

8. Cats

9. Black Eyelashes

10. Bar Lonely

11. The Birds

 


 オフィシャル・チャートの報道によると、イギリス最大規模のレコードショップ、ラフ・トレードが来月、英国7店舗目のショップをオープンすることが分かった。


 2024年初めにリバプールにオープンしたインディペンデント・レコード・ショップ最大店舗に続き、7店舗目が10月中旬にロンドンのデンマーク・ストリートにオープンする。同地は伝説的な英国音楽のメッカでもある。


 ローリング・ストーンズがデンマーク・ストリート4番地でレコーディングし、ビートルズがチャリング・クロス・ロードと交差するこの通りで出版契約を交わしたことは有名で、デヴィッド・ボウイはデンマーク・ストリート9番地にあるカフェ、ラ・ジョコンダでバンド・メンバーを見つけていた。この場所は言わば音楽が文化とされていた時代の名残を残すストリートでもある。


 ラフ・トレードUKのマネージング・ディレクター、ローレンス・モンゴメリーは新店舗オープンを発表し、次のように語っている。


「ラフ・トレードをロンドンの象徴的な場所であるデンマーク・ストリートにオープンできることをたいへん嬉しく思っています。新店舗では、あらゆるジャンルの厳選されたレコードのほか、専門書籍のセレクションや限定グッズも販売される予定です」


「豊かな伝統と現在進行形の遺産を持つデンマーク・ストリートは、ラフ・トレードを訪れるお客さまが期待する活気と専門知識を提供し、同時に、独自のコミュニティを育む、私たちの次の章にとって完璧な舞台となります」


「私たちラフトレードは、音楽と文化を探求し、発見し、祝うために音楽ファンを歓迎することを楽しみにしています。単なるレコード店以上の存在であるという私たちの伝統を継続します」


 デンマーク・ストリート店は、ラフ・トレードのロンドン4号店となる。店内では時々、アーティストのイベントも開かれます。ぜひ、ロンドン観光の際に立ち寄ってみてはいかがでしょうか??




また、ラフ・トレードは1984年から2024年のロンドンのミュージックシーンを紹介するプレイリストをspotifyで公開した。スミス、デペッシュ・モード、ティアーズ・フォー・フィアーズ、ペットショップ・ボーイズの楽曲を紹介する5時間に及ぶロング・プレイリストはこちらで視聴可能。


◾️ラフ・トレード 2024年後半にリバプールのハノーバー・ストリートに新店舗をオープン予定

Taylor Swift

 本日、カマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領の歴史的な討論会が終了してから1時間も経たないうちに、テイラー・スウィフトが民主党候補に一票を投じることを発表した。


 今週火曜日、スウィフトはスターがトランプを支持するという偽のAIの投稿に対処した。


「最近、私 がドナルド・トランプの大統領選出馬を支持するAIが彼のサイトに投稿されたことに気づかされた。AIにまつわる私の恐れと、誤った情報を広めることの危険性を思い起こさせたわ。そこで有権者として、この選挙に対する私の実際の計画について透明性を持つ必要があるという結論に至った。誤認情報に対抗する最もシンプルな方法は、真実であると思っている」


「私は2024年の大統領選挙でカマラ・ハリスとティム・ウォルツに一票を投じる。私が@kamalaharrisに投票するのは、彼女が私が戦士が必要だと信じる権利と大義のために戦うからです」とスウィフトは続けた。


「そして、もし私たちが混沌ではなく冷静さによって導かれるなら、この国でもっと多くのことを成し遂げられると信じています。LGBTQ+の権利、体外受精、そして女性が自分の体を持つ権利のために何十年も立ち上がってきた@timwalzを伴走者に選んだことに、私はとても心を打たれ、感銘を受けている」 とスウィフトは続け、シンガーは自分の決断を強調し、次のように書いている。


「私は自分自身の研究をし、自分の選択をした。また、特に初めて投票する人に言いたい。投票するためには登録が必要だということを忘れないでください! また、早めに投票する方がずっと簡単だと思います。私のストーリーの中で、登録先や期日前投票の日程や情報をリンクしておくわ」


 過去グラミー賞を14回受賞している彼女は、投稿に "テイラー・スウィフト "と "Childless Cat Lady "と署名している。


 テイラー・スウィフトは、現在の米国の音楽業界で最も影響力を持つアーティストである。最近ではイギリスのツアーでも大きな経済効果を及ぼすとの試算が出た。スウィフトのもたらす影響は、今や大統領の水準に達しつつある。果たして、「スウィフティー」と呼ばれる熱狂的なファンを率いるスウィフトがカマラ・ハリスへの支持を表明したことにより、大統領選に何らかのエフェクトを及ぼすことが出来るのか。米国の大統領選挙は11月5日火曜日に行われる。