Album Of The Year 2024  


 

Vol.3   独立化に向けたミュージックシーンの動き  

 

今年、もう一つの動向として顕著だったのが、それまで主要なレーベルから作品の発表をしていたミュージシャンやバンドによる独立化の動きです。


最も多い傾向が、相応に知名度のあるレーベルに所属し、何年かリリースを重ね、宣伝やマーケティング、録音のエンジニアリングなどのノウハウを学んだ後、独立的なレーベルや自主制作に移行するという形です。また、その動向のなかには、インディペンデントな形態での楽曲の配信も含まれています。


ミュージシャンの独立化に向けた動きであり、レーベルの起業やファウンドがトレンド的な流れとなりそうな予感もある。もしかすると、その中にはファッション・ブランド等、異なる業種の分野でのファウンドという可能性もあるかもしれません。少なくとも、独立化の動きは、商業的に左右されずに音楽を発表したいという、ミュージシャンの切望があらわれた形でしょう。実際的に、納期にまつわる制約が緩くなる場合があり、メリットもあるようです。こういった独立レーベルや自主制作を網羅するような媒体が増えると面白いかもしれません。

  

ただ、推奨したいのは、無計画に独立形態でやるのではなく、臨機応変に状況に対応し、戦略を展開させるべきでしょう。例えば、それ以前には、レーベルに所属し、プロモーターやA&Rなどのプロフェッショナルなノウハウを学習するというプロセスもどこかで必要になってきます。そしてそれが、最終的には社会的な還元や経済的な循環という形で寄与されるのが最も理想的でしょう。こういったインディペンデント化の一連の動きは、今後さらに活発になる可能性もあります。それこそが音楽業界の権利の均等化への道筋を作るための目印ともなりそうです。

 

音楽業界は確かに他の主要な産業に比べると小規模ではありますが、依然として大きな市場を誇っています。最近は、ライブツアーに関して、ヨーロッパ圏を中心に大きな市場が形作られつつあり、イギリスやアメリカのアーティストはこの地域に注力している。つまり、どこに可能性を見出すかによって、その結果はまったく変化してくるでしょう。僭越ではありますが、以上が今年数々のリリースやニュースを見てきた上での本サイトのシーズンの総括となります。

 

 

  

35. Bleachers 『Bleachers』



Label: Dirty Hit 

Release: 2024年3月8日

 

ニュージャージーが生んだ稀代のプロデューサー、テイラー・スウィフトの作品も手掛けるジャック・アントノフのバンド形式によるアルバム。プロ・ミュージシャンの頂点を知るミュージシャンは、むしろ若い時代のインディーロック・バンドのような新鮮さをこのデビュー作『Bleachers』で追求しています。ブリーチャーズのサウンドの礎となったのは、ヨットロック、AOR、ソフィスティ・ポップといった80年代のMTV全盛期の商業音楽である。そして、彼はブルース・スプリングスティーン以降のUSロックの魅力を誰よりも知り尽くしています。

 

誰しもときどき、何のために音楽をやり始めたのかを忘れてしまうときがある。アントノフはその初心を今作で取り戻した。シンセ・ポップ風のサウンドで始まるこのアルバムは、サックスの軽快な演奏を交えたロックソング「Modern Girl」へと繋がる。まるで音楽を最初に始めたときの初々しさ、楽しさ、音を奏でる純粋な喜び、そういった美しい感覚に満ちあふれています。

 

グラミーで頂点に立ったエンジニアとは異なる純粋な音楽ファン、そして演奏者としての姿を捉えたブリーチャーズのデビュー・アルバムは、米国の黄金時代のように輝かしさをどこかにとどめています。またDirty Hitらしいライトな質感を持つバラードソングも今作の最大の魅力です。

 

 「Modern Girl」

 

 

 

36.Sam Evian 『Plange』



 

Label: Flying Cloud/Thirty Tigers

Release: 2024年3月22日

 

今年、サム・エヴィアンは、新作アルバム『Plange』を発表した。本作はインディーロックの隠れた名盤と言えるでしょう。女性シンガーソングライターを中心にリバイバルサウンドが流行っているますが、エヴィアンのサウンドは、それらを男性的な視点から見据えています。アルバムはニューヨークの山間部であるキャッツキルで録音され、スフィアン・スティーヴンス、エイドリアン・エンカー、Palehoundのエル・ケンプナーなど、米国の象徴的なモダンフォーク/インディーロックミュージシャンが参加。サム・エヴィアンのビンテージロックに対する憧憬は、歌手自身の甘くマイルドなボーカルと相まって、うっとりとしたロックワールドを展開していく。

 

The Byrds、Beatlesの系譜にあるスタイリッシュなロックソングは、聞き手を懐かしきアメリカンロックの魅惑的な空間へと誘う。「Wild Days」、「Jacket」も秀逸なビンテージロックで渋くてかっこ良いが、「Runaway」のフォークサウンドも捨てがたい。最後に収録されている「Stay」は、今年のインディーロックソングの中ではベスト。ノスタルジックで牧歌的、そして、甘くて切ないアメリカーナのロックナンバー。Real Estateのファンにもおすすめしたい。



「Stay」

 

 

 

37.Real Estate 『Daniel』

 


Label: Domino

Release: 2024年2月23日



今年、Real Estateはニューヨークでイベントを開催し、「Daniel」という名前の入場者を集めたスペシャルライブを開催した。次いで来日公演を行い、いよいよ海外的にも人気を獲得していきそうです。

 

リアル・エステイトのロックサウンドは2010年代のニューヨークのベースメントのインディーロックシーンと呼応する形でビンテージロックをモダンなサウンドとして解釈するということにある。ドミノから発売された最新作『Daniel』でも五人組のコンセプトに変更はありません。心地よく爽やかなインディーロックサウンドは、時代を越えた普遍的な響きに縁取られています。

 

フォークサウンドとインディーロックを融合したスタイルは健在で、「Haunted World」、「Water underground」、「Flowers」、「Say No More」など聴かせる曲が多い。やはりさわやか。



「Say No More」

 

 

38. Middle Kids 『Faith Crisis Pt.1』

 


 Label: Lucky Number(Middle Kids)

Release: 2024年2月16日

 

オーストラリア国内では大きな支持を獲得している三人組のインディーロックバンド、Middle Kids。どうやら彼らの最大の魅力はライブにあるようで、スタジオ録音だけですべては語り切れないかもしれない。ライブはかなり盛り上がるらしい。

 

ミドル・キッズのサウンドには大きな期待値を感じさせる。ロック・バンドとは言えども、ダンス・ポップやオルトポップサウンドを絡めることもあり、色々な聴き方が出来る。最新作『Faith Crisis Pt.1』は個人的な危機について歌われており、また、今後、連作となる可能性もあるという。メルボルンやクライストチャーチのグループと連動するような形でベッドルームポップに触発されたオルトロック/オルトポップとして楽しむことが出来るかもしれません。

 

とくに感銘を受けたのが「The Blessing」という曲で、バンドにとっての象徴的なナンバーとも言えるかもしれない。他にも「Bootleg Firecracker」、「Highlands」など良曲がもりだくさん。ライブ盤『Triple J』も9月27日に発売されている。ぜひ大きな活躍をしてほしいです。

 


「The Blessing」

 



39.Demian Dorelli  『A Romance Of Many Dimentions』

 


 

Label: Ponderosa Music

Release: 2024年4月19日



イタリア人のファッション写真家、そして、英国人のバレエダンサーを両親に持つピアニスト、Demian Dorelli(デミアン・ドレッリ)は、ニック・ドレイクに触発を受けたアルバムを発表している。2023年のアルバム『My Window』に続く最新作『A Romance Of Many Dimentions』は、Max Richter(マックス・リヒター)の系譜にある美しく叙情的なピアノ・アルバムとなっている。表題の意味は”異なる次元にあるロマンス”です。


本作の表題は、1884年に発表されたエドウィン・A・アボットの小説『Flatland』にインスパイアされたという。アルバムに収録される完結で深みのある8つのトラックは、小説の副題である「多次元的な愛の物語 」によって喚起される感情さえも自由に探求する道筋を示している。

 

このアルバムは、心をかき乱されそうになったとき、ぜひとも手元においておきたい。近年のモダン・クラシカルやポスト・クラシカルは、プロデュース的に手の込んだ作品が目立つが、一方、ドレッリの新譜は、演奏者の演奏の流れを堰き止めたりせず、スムースな音楽性を楽しむことが出来る。基本的には、ピアノの演奏とチェロとの室内楽のようなアルバムになっている。デミアン・ドレッリの芸術的なセンスは、イタリアンバロックの時代から引き継がれたものだが、一方、フレンチ・ホルンを導入し、英国的な情緒に敬意を表することも忘れていない。

 

ひらめきのあるピアノのパッセージから繰り広げられる巧みな曲構成は、まさに演奏家/作曲家としてのイマジネーションを余すところなく凝縮させたと言えるだろう。「Houses」、「Universal Colour Bill」、「Thoughtland」といった楽曲は、まさしく彼が、同国のポスト・クラシカルシーンの名手であるマックス・リヒターの継承的な存在であることを伺わせる。”聴く度になにか新しい発見がある”という点では、制作者のコメント「1884年にエドウィン・A・アボットが小説『FLATLAND』を発表したように、さっきまであなたがいた次元とは違う次元を紹介できるよう頑張りたい」という言葉は、このアルバムの紹介にぴったりだと思う。



「Universal Colour Bill」

 

 

40.Lightning Bug 『No Paradise』

 


Label: Lightning Bug

Release: 2024年5月2日

 

前作までのインディーフォークをベースにしたアルバムが来るかと思っていたら、大きく予想を裏切られた。このアルバムでライトニング・バグは、旧来にない多彩な音楽的なアプローチを見せている。インディーフォークからポストロックに至るまで、従来にはない実験的な試みが取り入れられている。他の予測はほとんど外れたが、先行シングルを聴いたときに感じた映画的なサウンドというのは、どうやら当たっていたらしく、それがこの最新作の面白さともなっています。

 

アルバム全体における流れのようなものを強く意識しているらしく、特に、アルバムの中盤以降、「Lullaby For Love」から「I Feel」は連曲に近い構成となっています。一曲目「On Paradise」と最後のトラック「No Paradise」は対の楽曲であり、「Opus」、「December Songs」 も連曲の構成になっている。インスピレーションとソングライティングのセンスが素晴らしく、アルバムの序盤の収録曲「The Withering」を聞けば、そのことは一目瞭然かもしれない。話を聴いたかぎりでは、そういったインスピレーションを大切にしているということです。

 

当初、ライトニング・バグは静かで癒やし溢れるオルトフォークを主な特徴としていたが、「エッジの聴いたサウンド」、そして、「納期を気にせず制作に取り組めた」という制作者のコメントは、音楽全般の作り込みや洗練度の中に反映されている。弦楽器のアレンジなども入り、作風は豪華になっていることが分かる。制作の発端となったという「バイク旅」の話については、おそらく「Withering」、「I Feel」といった楽曲に反映されていると思われます。ソングライターは、ベス・ギボンズを敬愛しているらしく、アートポップを反映させた曲も少なくない。即効性のある曲も良いけれども、やはり「December Song」がベストトラックであると思います。


 

 「December Song」

 

 

 

41.  King Hannah  『Big Swimmer』



Label: City Slang

Release: 2024年5月31日


リバプールのインディーロックデュオ、King Hannah(キング・ハンナ)は今年、シティ・スラングから『Big Swimmer』を発表した。4ADのバンド、Dry Cleaningを彷彿をさせるスポークンワードのボーカルと、VU、Yo La Tengoの影響下にあるローファイなギターロック、アメリカーナに触発されたゆったりしたフォークロックが一つの特徴となっている。終盤の収録曲「This Wasn't International」にはシャロン・ヴァン・エッテンがボーカルで参加している。

 

今作は、デュオが制作の前年にアメリカツアーを行ったときの経験を基に制作された。アルバムの中にはキラリと光るセンスが偏在し、「New York Let's Do Nothing」等のハイライト曲に反映されています。また、実力派のバラードソング「Suddenly Your Hand」はじっくり聴かせる。ロックバンドとしてのきらめきは、アメリカツアーの思い出を綴った中盤の収録曲「Somewhere Near El Paso」に見いだせます。サイレントで冷ややかな展開から、中盤のギターソロ、ラウドで熱情的なハードロックへと移行する曲のクライマックスは圧巻とも言える。



「Suddenly Your Hand」


 

42.Bonnie Light Horseman 『Keep Me On Your Mind/ See You Free』




Label: jagujaguwar 

Release: 2024年6月7日


「これぞUSフォークサウンド!!」といいたくなるのが、Bonnie Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)の最新作『Keep Me On Your Mind/ See You Free』。本作は二枚組の構成となっていて、20曲が収録されています。バンドはすでにグラミー賞にノミネート経験があり彼らの熟練のサウンドは一聴の価値あり。フォーク・ミュージックが近年、他のジャンルと融合する中で真実味を失いかけている中、ボニー・ライトホースマンはソウル、ジャズの音楽性を取り巻くように、奥深いフォークミュージックの世界をリスナーに提供しています。

 

特に、「Keep On You Mind」では、オルガンをベースにゴスペル風の見事なコーラスワークで始まり、うっとりさせる。また、アコースティックギターをベースにした本格派のカントリーソング「I Know You Know」を始め、デュエット形式の本格的なアメリカーナを楽しむことが出来ます。また、ジャズ風のバラードも収録されており、「When I Was Younger」は彼らの代名詞とも言えるナンバーである。その他にも、バンジョーを使用した爽快なフォーク・カントリーソング「Hare And Hound」なども明るい雰囲気に充ちていて素晴らしい。また、アルバムの終盤に収録されている「Over The Pass」も気持ちが明るくなるような爽快感がある。


本作は、アメリカーナやフォーク/カントリーソングの魅力を掴むのに最適なアルバムと言えます。

 

 「I Know You Know」

 

 

43.Charli XCX 『brat』 


Label: Atlantic

Release: 2024年6月7日

 

サブリナ・カーペンターと並んで、2024年を象徴付けるアルバム『Brat』は前作『Crash』で見せたハイパーポップのアプローチから一転、チャーリーはコアなダンスミュージックへと基軸を進めたことに少し驚いた。実際的に聴き応えのあるダンス・ナンバーがずらりと並んでいます。

 

「360」、「365」、「Rewind」、「Apple」といったコアなダンスチューン、ソングライターとしての成長の過程を捉えられる収録曲もある。オートチューンを用いたハイパーポップとバラードの融合「I Might Say Something Stupid」、「Talk Talk」など話題のトラックが満載。商業性とその中でどういったスペシャリティを織り交ぜられるのか、チャーリーの探求は続く。

 


「365」

 

 

 

44.Cindy Lee 『Diamond Jubilee』- Album Of The Year

 



Label: Realistik

Release: 2024年3月29日10月23日にストリーミングが開始

 

 

今年はデジタル録音の中でアナログの質感を強調させる作風が目立った。その筆頭格ともいえるのが、トロントのCindy Lee(シンディ・リー)による通算七作目のアルバム『Diamond Jubilee』。フィジカル盤は現時点では発売されていません。(2025年2月に三枚組で発売予定)

 

『Diamond Jubilee』は、各方面で「2024年のベスト・アルバム」という呼び声が高い。少なくとも一度消費して終わりというアルバムではないことは痛感出来る。ずっと聴いていると、サイケデリアの深度に呆れ、クラクラと目眩がしてくるようなミステリアスな作品。まず、32曲というボリュームに驚かされるが、内容の濃密さにも同じく圧倒される。サイケロック、モータウンサウンド、70年代のファンクロックを吸収し、ローファイな粗削りのサウンドに仕上げ、最終的にヒプノティックなポップソングのゆらめきに変わる。例えば、下記に紹介する「Flesh and Blood」では、アナログレコードの回転数の変化をBPMに取り入れています。

 

レコーディングプロセスに関しては寡聞にして存じ上げないものの、レコード時代のアナログサウンドを全般的に意識したことは明瞭ではないでしょうか。部分的に生演奏がコラージュのように縦横無尽に散りばめられるという点では、このアルバムの本質は、「リサンプリングの極北」でもある。きわめてマニアックでカルト的な作品であることは事実でありながら、タイトルにもある通り、新旧のポップソングの不朽の魅力が”ダイアモンド”のように散りばめられています。

 

こういったカルト的なアルバムが異様なるほど称賛されるのは理由があり、メインストリームの音楽に対するメディア側の本音のようなものを体現しているのかもしれません。本作は、反消費、反商業的なポップ・アルバムとして、次世代にひっそりと語り継がれる可能性がありそう。

 

 

 

  


 45. Clairo 『Charm』



Label: Virgin

Release: 2024年7月12日


2019年のデビュー作『Immunity』でロスタム・バトマングリイ、続く『Sling』でジャック・アントノフと共同制作をした後、クレイロは、エル・ミッシェルズ・アフェアのレオン・ミッシェルズと『Charm』を共同プロデュースしました。彼女は、ニューヨークの2つのスタジオ、クイーンズのダイアモンド・マインとショーカンのアレア・スタジオでライブ・レコーディングを行いました。


当初、録音された音源は、ライヴ演奏からテープへトラックダウンされ、ファンクレジェンドのシャロン・ジョーンズやザ・ブラックキーズ等と仕事をしたことがあるプロデューサーのLeon Michelsが厳密なアナログ・レコーディング手法にこだわった形で作業が進められ、完成した。

 

今作『Charm』は、クレイロにとって日本盤CDにてリリースされる初のアルバムでもある。ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)やブロッサム・ディーリー(Blossom Dearie)などの、壮大で洗練された音楽に魅了されたクレイロは、20世紀のレコーディング技術を活かし、なるべくデジタル時代の陳腐化した音にならないよう最新の注意を払いながら制作に取り組んだという。2021年に発表した『Sling』では、初めて生の楽器のサウンドを導入しましたが、今作の同じ手法を取り入れています。ホルン、木管楽器、ヴィンテージのシンセサイザーが印象を強め、同時に、リズミカルな楽曲が多い。デビュー作『Immunity』を思い出させる内容となっています。

 

デ・ラ・ソウルやドレの時代から受け継がれるターンテーブルのチョップのような技法を交えながら、ソウル、チェンバーポップ等を融合させた画期的なアルバムです。このアルバムを聴く限り、クレイロはよりプロフェッショナルなシンガーソングライターのレベルに到達しています。最早、ベッドルームポップを卒業し、次世代のSSWの象徴的な存在となりつつあるようですね。

 

 「Juna」

 



46. JPEGMAFIA 『I Lay Down My Life For You』



Label: AWAL

Release: 2024年8月1日(アルバムジャケットの別バージョン有り)


Tyler The Creator、Kendrick Lamerがオーバーグラウンドの帝王だとすれば、こちらはアンダーグラウンドの帝王。NYのアブストラクトヒップホップの頭領、JPEGMAFIAが『I Lay Down My Life For You』を携えて帰還した。本作は、盟友であるダニー・ブラウンの昨年の最新作『Quaranta』に部分的に触発を受けたような作品です。序盤ではドラムのアコースティックの録音を織り交ぜ、予測不能で独創的なアブストラクト・ヒップホップが繰り広げられます。

 

「ドープ」と呼ばれるフロウの凄みは今作でも健在。さらに音楽的なバリエーションも非常に豊富になりました。たとえば、「i scream this in the mirror-」では、ノイズやロック、メタルを織り交ぜ、80年代から受け継がれるラップのクロスオーバーも進化し続けていることを感じさせます。メタル風のギターをサンプリングで打ち込んだりしながら、JPEGMAFIAは、明らかにスラッシュ・メタルのボーカルに触発されたようなハードコアなフロウを披露する。そして、断片的には本当にハードコアパンクのようなボーカルをニュアンスに置き換えていたりする。ここでは彼のラップがなぜ「Dope」であると称されるのか、その一端に触れることができる。

 

そして、ターンテーブルの音飛びから発生したヒップホップの古典であるブレイクビーツの技法も、JPEGの手にかかるや否や、単なる音飛びという範疇を軽々と越え、サイケデリックな領域に近づく。「SIN MIEDO」は音形に細かな処理を施し、音をぶつ切りにし、聞き手を面食らわせる。ただ、これらは、Yves Tumorが試作しているのと同じく、ブレイクビーツの次にある「ポスト・ブレイクビーツの誕生」と見ても違和感がない。普通のものでは満足しないJPEGMAFIAは、珍しいものや一般的に知られていないもの、刺激的なものを表現すべく試みる。そして、音楽的には80年代のエレクトロなどを参考にし、ラップからフロウに近づき、激しいエナジーを放出させる。これは彼のライブでもお馴染みのラップのスタイルであると思う。

 
今回、JPEGMAFIAは、ダブ的な技法をブレイクビーツと結びつけている。そして、比較的ポピュラーな曲も制作している。「I'll Be Right Time」では、 背後にはEarth Wind & Fireのようなディスコファンクのサンプリングを織り交ぜ、まったりしたラップを披露する。そして、ブラウンと同様に、JPEGMAFIAのボーカルのニュアンスの変化は、玄人好みと言えるでしょう。つまり、聴いていて、安心感があり、陶然とさせるものを持ち合わせています。これは、70、80年代のモータウンのようなブラックミュージックと共鳴するところがある。何より、「vulgar display of power」のギターの切れ味が半端ではない。迫力十分のフロウを体感しよう!!

 

 

「vulgar display of power」

 

 

 47.Fucked Up 『Another Day』


Label: Fucked Up

Release: 2024年8月9日


今年は、若手のパンクバンドの新譜は大人しめな印象でした。Green Dayのほか、Offspringの新譜もリリースされた。ということで、ベテラン勢がかなり奮闘した印象があった。ひとしなみにパンクといっても、他のポスト・パンクを始めとするジャンルに吸収されつつあるため、純粋なパンクバンドというのは、年々減少傾向にある感じは否めません。トロントのファックド・アップも、Jade Tree,Matador、Mergeというように、インディーズの名門レーベルを渡り歩くなかで、年代ごとに作風を変化させてきたバンドです。全般的には、エモーショナルハードコアの印象が強いですが、エレクトロニックを交えたり、クワイアのようなコーラスを交えたりと、様々な工夫を取り入れている。すでにライブの迫力については定評がある。

 

今年、バンドは二作のアルバムをリリースしたが、それぞれ作風が若干異なっています。『Another Day』はファックド・アップとして何が出来るのかを探求したもので、一方、『Someday』では、複数のボーカリストのコラボレーターを招き、共同制作の醍醐味を追求しています。どちらのアルバムも雰囲気が異なり、楽しめると思いますが、ファックド・アップとして考えると『Another Day』を推薦しておきたい。特に、歌詞という側面で、このバンドの真骨頂を垣間見ることが出来る。無駄な言葉を削ぎ落とし、伝えたいリリックのみを伝えるというシンプルな手法は、パンクロックの命題のようなものを受け継いでいるといえるでしょう。

 

 

 

 

 48. Contour  『Take Off From Mercy』



 

Label: Mexican Summer

Release: 2024年11月1日


Contourのニューアルバム『Take Off From Mercy』は端的に言えば、ブラック・ミュージックの未来系を意味します。

 

カーリ・ルーカスは、本作において、ブラジリアン・ソウル(トロピカリア)、ボサノバ、エレクトロニック、ジャズ、ラップの要素を融合させ、新しいジャンルを予見している。サウスカロライナ州チャールストンのアーティスト、Contour (Khari Lucas)は、ラジオ、映画、ジャーナリズムなど様々な分野で活躍するソングライター/コンポーザー/プロデューサーです。


彼の現在の音楽活動は、ジャズ、ソウル、サイケロックの中間に位置するが、彼は自分自身をあらゆる音楽分野の学生と考えており、芸術家人生の中で可能な限り多くの音とテーマの領域をカバーする。彼の作品は、「自己探求、自己決定、愛と反復、孤独、ブラック・カルチャー」といったテーマを探求しています。


コンツアーの最新作『Take Off From Mercy』は文学的な気風に満ち、過去と現在、夜と昼、否定、そして、おだやかな受容の旅の記録である。カリ・ルーカスと共同エグゼクティブ・プロデューサーのオマリ・ジャズは、このアルバムを複数の拠点でレコーディングしました。チャールストン、ポートランド、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ジョージア、ロサンゼルス、ヒューストンの様々なスタジオで、Mndsgn、サラミ・ローズ・ジョー・ルイスら才能ある楽器奏者やプロデューサーたちとセッションを重ねながらアルバムを完成へと導いています。

 

コンツアーは、他のブラック・ミュージックのアーティストのように、音楽自体をアイデンティティの探求と看過しているのは事実かもしれませんが、それにベッタリと寄りかかったりしない。彼自身の人生の泉から汲み出された複数の感情の層を取り巻くように、愛、孤独、寂しさ、悲しみといった感覚の出発から、遠心力をつけて、次なる表現にたどり着き、最終的に誰もいない領域へ向かっていく。ジム・オルークのように前衛的な領域にあるジャズのスケールを吸収したギターのアヴァンギャルドな演奏は、空間に放たれ、言葉という魔法に触れると、別の物質に変化する。ヒップホップを経過したエレクトロニックの急峰となる場合もある。

 

 

 「Theresa」

 

 

 

49. Laura Marling 『Patterns In Repeat』



Label: Partisan

Release: 2024年10月25日


今年、Partisanからは注目作が数多くリリースされた。その総仕上げとなったのが本作。イギリスのシンガーソングライター、ローラ・マーリングは、前作アルバムではまだ見ぬ子供のための空想的なアルバムを制作し、「Patterns In Repeat」では、私生活を基に美しく落ち着いたポピュラーアルバムを制作しています。聴いていると、心温まるようなアルバムとなっています。

 

アコースティックギターを元にした穏やかな曲が中心となっている。アンティークなピアノ曲「No One’s Gonna Love You Like I Can」。この曲は、冒頭の曲と合わせて彼女自身の子供に捧げられたものと推測される。クラシック音楽やUKフォークを基にし、ミッチェルの70年代を彷彿とさせるようなささやくようなウィスパーボイスを中心にして、子育ての時期を経てローラ・マーリングが獲得した無償の愛という感覚が巧みに表現される。それは友愛的な感覚を呼び起こすとともに、永遠のいつくしみが丹念につむがれる。この曲は、他の収録曲と同じように、チェロ、バイオリン、ビオラといった複数の弦楽器のハーモニクスにより、美麗な領域へと引き上げられる。細やかな慈しみの感覚を繊細な音楽性によって包み込もうとしています。

 

アルバムの八曲目に収録されている「Looking Back」は、アコースティックギターで始まり、コーラスを交えた後、ビートルズを彷彿とさせる普遍的なポピュラー・ソングへと変遷していく。数年間の思い出を凝縮させたがごとく、ソングライター自身の追憶がうっとりするような旋律の流れとともに移ろい変わる。ソングライターの我が子への愛が凝縮された美しいアルバムです。



 「Looking Back」

 

 

 

50.Hollie Kenniff 『For Forever』




Label: Nettwerk

Release: 2024年12月6日


当初、ホリー・ケニフは、ソロ活動を始めた頃、シューゲイザーとドリームポップの中間域にある音楽を制作し、インディーズミュージックのファンの注目を集めていた。2019年、最初のアルバム『The Gathering Dawn』をリリースし、以降、注目作を発表しています。基本的には、ギタリストのミュージシャンですが、制作者の作り出す神秘的なアンビエンスは、ギターを中心に作り出されたとは信じがたい。ようやくというべきか、もしくは満を持してというべきか、ホリー・ケニフがカナダのネットワークから最初のフルアルバムをリリース。実際的な音楽性や世界観などが丹念に磨き上げられ、夢想的で美麗なアンビエントアルバムが登場しました。
 

本作では、アンビエント、ポスト・クラシカル、ドリーム・ポップを融合させ、癒やしに満ち溢れたサウンドワールドを体験出来ます。音楽性に関しては、2021年のシングル集「Under The Lonquat Tree(feat. Goldmund)」の延長線上にある。アンビエントというのは、アウトプットされる音楽が画一的になりがちな側面もありますが、ホリー・ケニフの多彩なソングライティングは、叙情的な感性と季節感に充ちた見事なサウンドスケープを生み出す。また、雪解けの季節を思わせる雰囲気、初春の清涼感のある空気感が主な特徴となっています。

 

4作目のアルバムを語る上で不可欠なのは、従来培われたギターやシンセを中心とする簡素なアンビエントテクスチャー、曲全体に表情付けを施すピアノです。これらが色彩的なタペストリーのように見事に絡み合い、ホリー・ケニフの音楽はひとまず過渡期を迎えようとしています。


 




2024年度のアルバム・オブ・ザ・イヤーはひとまずこれで終了です。お読みいただきありがとうございました。読者の皆様、良いお年をお過ごしください!!


◾️Album of The Year 2024 Vol.1はこちらからお読みください。

クリスマスソングの集大成  J.S.Bachのクリスマス・オラトリオ  世俗と神聖を繋げるもの

 

オランダ・バッハ協会

  数日後にクリスマスが近づいてきた。クリスマスソングの定番曲というのはそれぞれ国によって異なる。イギリスではキャロル、フランスではノエルがある。そしてドイツ語圏はなんといっても、バッハの「クリスマス・オラトリオ」が定番である。J.S.バッハがクリスマス・カンタータ(合唱付きの器楽曲)を作曲したのは1734年のこと。この年の終わり頃に成立したクリスマス・オラトリオは6つの構成に分かれている。


 「クリスマス・オラトリオ」は、1734年のクリスマスから1735年の顕現節(1月6日)にかけて、年をまたいで、カンタータとして実際に演奏された。バッハは聖トーマス教会の聖歌隊を率い、同地の聖ニコライ教会と聖トーマス教会を往復し、オラトリオを演奏したという。この曲はレスタティーヴォ(現代風に言えば、スポークンワードで、ルター派の福音書のナビゲーターとしての独白的なセリフが合唱や器楽曲の間に現れる)が登場するのが特徴だ。

 

 合唱で始まり、シンフォニア、アリア、レスタティーヴォを交えながら、最後はコラール(福音書の引用)で終了し、総計64曲にも及ぶ。それでは、J.S.バッハはなぜ、このような前代未聞の大掛かりな作曲に挑戦したのだろう。それはバッハがライプツィヒのカントルという教会の教師職にあり、クリスマス、受難節、王侯の祭礼に際して、多くの作曲を行ったという点から話を始める必要がある。

 

 バッハの作曲の総数は、BWV(作品目録のことで、バッハ専用のアーカイヴのような意味がある)の番号で1100以上にのぼり、史上最も多作な作曲家として知られているが、その多くが依嘱的な作品か練習曲のための作品(インヴェンション等)である。つまり、バッハがこれだけ目の眩むような膨大な作品目録を残したのは、教会から作曲の依頼があり、そして教師として、教会音楽の教材を作る必要に駆られたからである。そしてバッハは、1100以上もの作品を制作したが、すべてが新曲ではなく、旧作の作り替えも含まれている。この時代は口うるさく言うメディアもいなかったため、バッハ一族(バッハの時代はなんと40人以上もの親族がいた)で楽曲の使い回しをしたり、自身の楽曲のパロディー(再利用)を心置きなく行ったことは、専門の研究者の間でもよく知られている。


ライプツィヒの聖トーマス教会


 1723年、バッハがライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(Kantor)の職に応募したとき、 二人の有力なライバルがいた。当初、聖トーマス教会側はテレマンとグラウプナーに目星をつけていたが、両者に断られた結果、バッハがカントルに着任した。選定の難航があった理由は、ライプツィヒ市の派閥争いがあり、バッハが教会付属の高等教育を終えただけの人物であったことが大きい。当時のカントルは学歴が重視され、音楽教育の生徒に施すだけではなく、ラテン語の教理問答や文法の教育が必須だった。ことバッハに関しては、学生時代に修辞学を学んでいるが、前任者ヨハン・クーナウに比べると、アカデミズムの観点から不安があった。18世紀のライプツィヒには啓蒙主義の波が押し寄せ、音楽よりも実学を重んじる風潮が強まっていたのだ。

   

 1723年、カントルとライプツィヒ市の音楽監督に就任した後、40代のバッハには並外れた多忙な時期が到来した。カントルに就任したバッハの最初の任務は、音楽教師としての指導、そして、もうひとつは、ライプツィヒの市議会議員のような任務を同時にこなすことだった。これは中世ヨーロッパの教区制度というのに起因している。教会がその地域の自治や政治的な役割を担っていたのである。もちろん、これは音楽的な性質が強いことは言うまでもない。

 

 バッハの任務も同様で、ライプツィヒ市の教会の全般的な音楽を取り仕切るという役目があった。これは、もちろん、同地域の何らかの祭礼の時に、バッハ自身が音楽監督を務めたということである。特に、この時代、聖トーマス、聖ニコライの二つの教会の安息日や祝日のための音楽を、バッハは制作する必要に駆られた。これこそ、バッハの音楽が、カンタータ等の楽曲の形式に象徴されるように、祭礼的な意味や宗教儀式的な性質が色濃い理由と言えるのである。

 

 J. S.バッハの音楽というのは、気忙しい現代人にとって大掛かり過ぎるし、また、近寄りがたい面があると思うかもしれない。じつは私もその一人であることには違いないが、バッハの曲が、現代的な音楽の尺度からみると、膨大かつ長大にならざるを得ないのには理由がある。これは意外にも実務的な要因に拠る。特に祝日や祭礼のための音楽は、主にカンタータの形式で書かれ、20分から30分に及ぶ宗教曲が年間60曲ほど必要であったという。これらの曲の多くは、宗教的な神に対する捧げ物として書かれた一方、教会組織に対する捧げ物として制作された経緯があることを考慮に入れたい。バッハとても、もし「こういった曲を書いてほしい」という依嘱がなければ、これほどまでに膨大な総数を持つBWVを作らなかったことは明らかなのである。

 

 おどろくべきは、これらの楽曲のほとんどは制限がある中で書き上げられたという点である。つまり、バロック派以降のロマン派のような個人的な音楽を作ることは非常に少なく、職業的な作家としての作風を維持することを余儀なくされた。同時に、作品を量産しなければならないという重圧の中で多くの制約が存在した。 一つ目は、カンタータという形式の中にあるテキストは、安息日の礼拝の内容に準ずる必要があった。つまり、自由な形で神学的な歌詞を書きこむことは出来なかった。そして、二つ目は、同じカンタータの曲を毎年連続して演奏することもご法度だった。例えば、祝日等に演奏される楽曲が去年と同じ内容であることは一般的に倦厭されたのだ。


 そこで、何年かごとに演奏する曲を入れ替えながら、カンタータは演奏されるというのが通例だった。バッハは、このライプツィヒのカントルの教職にある年代に、およそ5年分のカンタータを書き溜めようと試みた。このほかにも、バッハは以降の時期に多忙な生活を送っている。カントルの職にありながら、音楽教育者としての責務を果たす。楽譜の転写、練習、実際的な演奏の手解きを生徒に施すかたわら、自身の作曲の目録を着実に組み上げていったのである。


 

第三部「天を統べたもう者よ」の情景 農夫の前に聖母と幼子が顕現する


 名曲というのは、そう簡単には出来上がらない。こうした多忙な環境の下で制作された不朽のクリスマス曲「クリスマス・オラトリオ」は、先述したように、パロディ(楽曲の再利用)が取り入れられた。1729年頃から、バッハは、テレマンが創設した学生の演奏団体「コレギウム・ムジウム」を引き継ぎ、ツィマーマンのコーヒー店(18世紀のドイツ最大のコーヒーショップ)の庭で室内楽やカンタータを演奏した。その後、いくつかの楽曲の再利用に取り組んだ。

 

 当該作品の合唱曲やアリアの多くが既存の世俗カンタータからの転用である。とくに、1733年にザクセン選帝侯のために書かれた表敬カンタータ(BWV213、214)が主体になっている。つまり、既存の音楽的な枠組みに福音書を引用した歌詞や合唱、レスタティーヴォを付け加えていった。


 ここには、バッハの再利用に対する容認的な考えと、自身の楽曲が埋もれてしまうことへの惜しさがあったという通説がある。その一方、作曲者の見地から見ると、旧来のテーマや題材を組み替えて洗練させ、崇高な作品に仕上げたいとの欲求も読み解けるかもしれない。そしてもうひとつ、通俗性の中に神聖な概念を見出すという作曲者の隠れたメッセージを読み解くことが出来る。さらに、バッハが作曲の狙いとして定めたのは、世俗と神聖という二つのかけ離れた主題をクロスオーバーしながら、それを繋げるというものであった。ここには、バッハの考える理想的な音楽ーークリスマス・オラトリオーーが限定的な特権階級にとどまらず、一般的に開かれるべきという思いを読み取れなくもない。これは、教会の教師職という立場が、そのような切実な思いを浮かび上がらせたと言える。次いで、楽曲の再利用に関しては、多くの作曲家にとって、楽曲は一度書き上げただけで完成ではなく、もし、編曲や改良の余地が残されていれば、それに迷わず取り組むというのが、作曲家としての責務であると考えていたのではないかと推測される。

 

 クリスマス・オラトリオは、一般的には教会の祭礼のために作曲された作品であることに違いない。しかし、作曲の最初の動機は教会の祭礼のためだったが、「誰に向けて奏でられるべきなのか?」という疑問を抱いたとき、もうひとつの見解が浮かび上がる。これは、バッハが聖トーマス教会の聖歌隊を率い、二つの教会を往復しながら、オラトリオを生演奏したというエピソードに関して、その演奏を誰が耳にするのかというポイントを探ればよく分かる。つまり、バッハは、このカンタータを神聖な存在のために捧げたのみならず、民衆のために捧げたのだ。それゆえ、現代のクリスマス・オラトリオもまた、民衆的な響き、神聖的な響きが幾重にも折り重なり、崇高なハーモニーを形作り、我々を魅了してやまない。それはおどろくべきことに、最初の演奏から300年近くが経過した現代の私達に鮮烈なイメージすらもたらすのである。


下記のクリスマス・オラトリオの演奏は数日前に公開されたオランダ・バッハ協会のもの。ぜひ年末にかけてじっくり聞いてみていただきたい。


 ・ブラジルのトロピカリア  ポスト・コロニアニズムと創造的な自由の獲得


 アフリカの国々の事例を見ると分かる通り、従来の植民地支配から脱出した国家は、西洋主義による支配から離れ、独立した文化を構築する必要性に駆られる。結局のところ、海外文化に触発された後、独自のスペシャリティを探ることなくして、国家の文明は確立しえないことを象徴づけている。そして、ここで大切なのは、外側の文化や文明に揺さぶられることなくしては、本当の意味での独自の文明を獲得することは困難であることである。

 

 例えば、今回のテーマとなる南米のブラジルの場合は、音楽や芸術運動、舞台、文学活動とならび、1960年代後半に独立的な意義を求め、こういった急進的なムーブメントが若者を中心に沸き起こった。それがトロピカリア(トロピカリズモとも称される)ーー熱帯主義ーーであった。例えば、音楽に関しては、旧来のブラジルの伝統的なボサ・ノヴァに否定的な趣旨もあるという見解も見受けられるが、必ずしもそうとはいいがたい。当時、流行したビートルズのロックと合わせて、ボサノヴァをよりアーバンにという趣旨も含まれていた。これは西洋的な音楽的な感性や感覚を踏まえた上で、ブラジル独自の音楽表現を追求するという動きであった。

 

 1960年代後半に始まったトロピカリアは、軍事政権下のブラジルにおいて、およそ5年ほどの短いムーブメントで終わった。その理由は、これらの運動の政治的な弾圧が始まり、トロピカリアの中心人物、ジルベルト・ジル等がイギリスへの亡命したからである。(後に、ジルベルト・ジルは1969年に短期間の投獄という憂き目にあったが、社会的な信頼は回復し、2003年から2008年にかけて、ブラジル国内の文化大臣を務めた)しかし、この考え自体は次世代にも受け継がれ、ネオ・トロピカリアとして新しいアートの形式を支えることになった。

 

 こういった新しい運動や主義が発生する要因として、”成熟した社会意識”というものが不可欠になってくる。つまり、大きな観点から言えば、個人、大小の組織、社会がどのように繋がるべきか、そして社会的に置かれている環境や立場を把握し、国家の文化、海外の文化や政治的な動向を鑑みた上で、自分たちがどのような位置にあるのか、そして、上記の二つの観点を踏まえた上で、どのようなアクションを起こすべきかという意味である。


 結果として、社会に反映されるのは、文化活動の諸般ーー音楽、演劇、文学、建築、芸術、ジャーナリズムーーなどである。個人的な能力や役割によって、成熟した社会意識が多彩な形で出現するのは言うまでもない。これはたぶん、広義の意味での企業活動においても共通する事項ではないだろうか。そして、全体的な社会構造を鑑みたとき、個人的な立場、あるいは組織的な立場がそれぞれまったく異なるため、外側に出てくるものは必ずしも同じ内容にならない、ということである。

 


・成熟した社会意識とは何か ブラジルの60年代のトロピカリアの事例

 

オズワルド・デ・アンドラーデ


 この点において、60年代から70年代にかけてブラジルで発生した”トロピカリア”という運動は画期的だった。 それは社会に生きる人々が、自分たちが置かれている状況を明確に把握し、認識しているということでもあった。そして、実際的にどんなアクションを起こすべきかを考え、出来る範囲において実践したことである。これは上手い例えが見つからないが、自分たちが置かれている立場に無自覚な人々には、成熟した社会意識というのが芽生えることは稀である。なぜならもし、集団や組織に対し、個人(自分)がどのような存在であるのかを考えることなくしては、より良い提言をもたらすこと難しいし、また、アクションを起こすことも出来ないだろう。つまり、成熟した社会意識を持つために必要なのは、自己、集団、組織を俯瞰する視点であり、外側からそれが明瞭に見えたときはじめて、意義のある行動が可能になる。

 

 60年代のブラジルでは、急進的な表現が生み出されるための素地が整っていた。戦後のブラジルでは急速に経済発展が進む。しかし、2000年以前の中国の都市部と農村部の貧富の差という事例を見ると分かるように、ブラジルでも貧富の差が拡大していた。 経済発展は富裕層やエリートに恩恵を与えたが、一般的には経済的な恩恵が降り注ぐことはなかった。こんな中、1961年にジョアン・ゴウラ―トが大統領に選出されると、急激に社会の風向きが変化した。当時、ゴウラ―トは、多くの社会政策とソビエトとの和解を提唱していた。これが冷戦下、アメリカとソビエトという覇権争いに緊張関係をもたらした。事実としては、ゴウラート政権は短命に終わる。カステロ・ブランコ元帥がクーデターを起こし、軍事政権へと移行した。


 

 こうした中、新しい軍事政権がいくつかの音楽を「左翼的」であるとし、制限をかけたのはソビエトと同様だった。1950年代を通じて、ブラジルでは伝統的なサンバに続いて、ボサノヴァが流行していた。これは、ブラジルのバッハと言われるヴィラロボスに始まり、ヴィニシウス・モラエス、カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトが推進した音楽運動であった。だが、新しい軍事政権はボサノヴァを知的で左翼的であると見なし、国内外に影響力が広がるのを抑制し始めた。この流れの中で、トロピカリアの中心人物であったジルベルト・ギル、チコ・ブアルケ、カエターノ・ヴェローゾは、政権が創造的自由を侵害していると考え、 ボサノヴァに続く新しい音楽運動への道筋を切り開こうとした。そのためのヒントになったのが、ヨーロッパからの輸入音楽だった。彼らはイギリスなどのポップ・ミュージックを起点にし、ロック、サイケ、ソウルの領域を押し広げながら、「トロピカリア」という形式を生み出した。

 

 その音楽運動の発端となったのは、オズワルド・デ・アンドラーデというサンパウロの小説家/文化評論家が提唱した食人主義、より穏当に言い換えれば「文化を吸収する」という概念であった。オズワルドは、1928年に「O Manifesto Antropófago(マニフェスト・アントロフォギコ)」を出版し、ポスト・コロニアリズムの観点から自国の文化の変遷を鋭い目で直視していた。オズワルドが主だって提唱したのは、「文化的な共食い」という概念であった。これは出来れば悪い意味だけで捉えてほしくない。そこには中間主義という考えが出てくるからである。


 要約してみると、外国文化を吸収しながら、自国の文化と重ね合わせるという考えで、これはブラジルでは自国の文化を形成するための基盤のような概念でもある。特に、トロピカリアの概念の中でも、重要視したいのが、二分化を超越するという考えとなるだろうか。ブラジル文学を専門とするジュリオ・セザール・デイニッツは、トロピカリアという表現運動が発生した要因について、「古風ー現代、国内ー海外、エリートー大衆という対極的な考えを克服する」ためだったと指摘している。 つまり、重要なのは、二元的な考えを離れていき、それらの融合を目指そうという考えが、トロピカリアの根底にあったのである。さらに、アナ・デ・オリベイラは、トロピカリアについて説明している。「歌は伝統的で古風なブラジル、大衆的な文化を持つブラジル、そして、宇宙飛行士、空飛ぶ円盤を持つブラジルの連合という、国家の批評的で複雑なイメージを示した。彼らは、私たちのポピュラー音楽の洗練された事例を示した。彼らは、それまで前衛主義にしか通用しない考えを、商業音楽としてもたらしてくれました」

 

 

 1968年に、カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ギルは『Tropicalia: ou Panis Et Cercencis』を発表し、正式にトロピカリアという名称が音楽的な活動の一環として組み込まれた。本作はオムニバス形式で発売され、ブラジル国内の最初のコンセプト・アルバムだと見なされている。国内のムーブメントを担う有名ミュージシャンが参加したビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967)に触発されて制作され、セルソ・ファヴァレットは本作を「トロピカリアの集大成」と評する。ただし、後年、ムタンチスのセルジオ・ヂアスは、同作について「政治的には意味はあったが、『サージェント・ペパーズ』のような音楽的な記念碑となるまではいかなかった」と自省的に語っている。しかし、商業的にはかなりの成功を収め、1968年10月の時点で2万枚を売り上げる大ヒット作となった。

 

 実際的な音楽については、 意外とビートルズっぽくないのが分かる。それ以前のヴィラロボスの作風を受け継いだ古典的なブラジルの音楽、そしてフランスのイエイエ等を交えた楽曲もある。むしろ、ビートルズに触発された点があるとすれば、それは音楽の雑多性にあると言えるだろう。これらのヨーロッパとブラジルの音楽を融合させた形がトロピカリアの魅力でもある。

 

 

 

 しかし、トロピカリアは全般的に国内ですんなり受け入れられたとは言いがたい。新しい運動に同調する人々を惹きつけた一方、伝統的な人々には反感をもたらすことになる。これはビートルズが初来日した時と同じ類いの現象である。また、日本の音楽でも、それまでは演歌や歌謡が中心だったが、ロックやジャズのイディオムが、自然に民衆音楽の中に入り込んだ現象と同様だ。しかし、ブラジルで発生したトロピカリアーー熱帯主義ーーは、国内で好意的に受け入れられたとは限らなかった。当初、賛否両論を巻き起こし、右派、左派の双方に敵を作ることになった。明確な政治的な立場をとる人々にはあまり評判が良くなかったというのである。

 

 その後、トロピカリアは軍事政権によって、1968年に運動を鎮圧されることになった。ジルベルト・ギルはロンドンに亡命し、この運動の推進者の一人、カエターノ・ヴェローゾも同じく亡命した。しかし、影響力は収まらず、ガル・コスタ、ホルヘ・ベン、ジャーズ・マカレ、トム・ゼなどがトロピカリアの風潮を受け継ぎ、ブラジル音楽に新しい気風をもたらした。

 

 トロピカリアは、フェラ・クティがアフリカで体現した小さな王国、アフロ・フューチャリズムと奇しくも大きな共通点がある。フェラ・クティの場合は、レコード会社や政府に管理されぬ独自の王国という形で、独創的な表現形式として表れ出た。他方、トロピカリアに関しても、ポスト・コロニアリズムの観点から、本来であれば反目するはずの二つの要素ーー海外主義と国内主義ーーという対極の概念を結びつけようとしたのだった。 これはグローバリズム、ナショナリズムという対極の概念しか存在しえないと考える現代人に大きなヒントがある。ここには、ブラジルらしい「折衷主義」という新しい概念を見て取ることも出来るかもしれない。西洋主義の観点から言えば、物事は白か黒であるが、実は物事は他にも多彩な中間色がある。

 


・アートから見るトロピカリア  ヘリオ・オイチシカの立体主義 

 


 トロピカリアという表現運動は、表面的な形式とは言いがたく、一つのイデアのような形で後のブラジルの文化のある側面を形成していくことになった。その後、必ずしも音楽の範疇にとどまらず、絵画、演劇、映画を中心とするブラジル国内の主要なアートや文化運動全般に強い影響を及ぼし続けた。それはベアトリアス・ミリャーゼズの活躍を象徴されるように、コンセプチュアル・アートの領域に属し、「ネオ・トロピカリア」という呼称で知られている。 2000年代以降もトロピカリア(熱帯主義)は、何らかの形で現代のブラジルに受け継がれている。

 

 1960年代後半にトロピカルイズム運動と共鳴したのが、美術家のヘリオ・オイチシカである。彼の芸術は、コンクリート・アート(コンクリート主義)とも言われ、図形主義を基にするという点で、カンディンスキーとの共通点も見出される。しかし、カンディンスキーが平面的な図形主義を中心にアート活動を展開したのに対し、オイチシカの芸術は立体主義の範疇に表現領域を広げ、パブロ・ピカソの象徴主義を立体化し、建築的、空間的な造形芸術を展開させた。

 

 この中には、インスタレーションの形式も含まれ、ヘリオ・オイチシカの場合は、ペネトラブルと呼ばれている。オイチシカの芸術形式は、従来のアートが平面的であり、静的な表現主義に留まるのに対し、ピカソや太郎の芸術的な主題である「生きている有機物」という側面をより強調させている。実際的に、平面という二次元の形態を飛び出し、三次元の立体性へとアートを変化させた。1960年代後半まで、オイチシカの芸術は平面主義にとどまっていたが、それ以降、立体主義へと移行する。その中で、色彩的な要素という側面を強調させ、原色を中心とした目の覚めるような色彩を導入した。オイチシカは「複雑な人間の現実性を表現する」というテーマを自身の作品の中に組み込もうとした。また、文化的なものを生み出すという彼の主題は、現代的なアートが社会的な意味と密接な関係を持つことを象徴付けている。ただ、オイチシカの場合は、必ずしも客観主義を是認するものとはかぎらないことを付言しておきたい。

 

 「トロピカリア」という呼称は、国内のミュージックシーンで使用される以前に、オイチシカが芸術作品で使用したことがあった。1967年にリオデジャネイロで展示したアートワークに「トロピカリア」の名称を用いた。この言葉は、熱帯の楽園としてのブラジルの典型例として取り入れられた。ある意味では、オイチシカは「トロピカリア」を地上の楽園のシンボルとして広めようとした。その後、カエターノ・ヴェローゾがこのトロピカリアを曲のタイトルとして借用し、熱帯主義を象徴付けるに至った。これは全般的には、ミュージシャン、アーティスト、作家等が連動して、政治的な抑圧に際して、自由を獲得するための道のりの始まりであった。

 

 カエターノ・ヴェローゾは、最初のブラジルのトロピカリアの動向について、後に次のように回想している。「ヘリオがしていたことは、自由への欠如、そして自由への敬意にかけたものに対する過激な反応のようでした」これもまた、熱帯運動を推進したアーティストに、成熟した社会意識があったからこそ、こういった表現主義が沸き起こったわけである。もちろん、本記事は、過激な行動を推進するものではない。だが、芸術や音楽運動は、既存の見解や風潮とは別軸の側面を示すことなくしては、未知の表現主義が生み出されることはないとも言える。



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インドのタブラ奏者、ザキール・フセインが73歳で死去したことがわかった。近年、マエストロは血圧の問題と戦っていたという。


家族の声明は、特発性肺線維症の合併症を原因として、月曜日の午前5時にサンフランシスコの病院で73歳のミュージシャンの死去を確認した。彼は過去2週間入院しており、病状が悪化し、日曜日に集中治療室(ICU)に移された。遺族は声明の中で、"彼は世界中の数え切れないほどの音楽愛好家に愛され、何世代にもわたって影響力を持つ、並外れた遺産を残しました "と述べた。


60年以上にわたるキャリアの中で、フサイン氏はグラミー賞を4回受賞し、7回ノミネートされた。第66回グラミー賞では、最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞(Pashto)、最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム賞(As We Speak)、最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞(This Moment)を受賞した。


伝説的な音楽家アッラ・ラーカのもとに生まれたフサインは、7歳で最初のコンサートを開き、12歳までにツアーを始めるという神童だった。ムンバイで教育を受けた後、1970年にアメリカに渡り、国際的なキャリアをスタートさせた。


フセインの輝かしいキャリアは、国内外の著名なアーティストとのコラボレーションを経て、世界の音楽にインパクトを残した。ラヴィ・シャンカール、アリ・アクバル・カーン、シヴクマール・シャルマなど、インドを代表する演奏家と共演を重ねた。


また、ザキール・フセインは海外にタブラの演奏にとどまらず、数々の世界的なミュージシャンとの共演を経験をもとにして、インドの古典音楽であるラーガの魅力を伝えた功績はあまりにも大きい。ヨーヨー・マ、チャールズ・ロイド、ベーラ・フレック、エドガー・メイヤー、ミッキー・ハート、ジョージ・ハリスン、ポップ・グループのアース・ウィンド&ファイアーといった欧米のミュージシャンとのコラボレーションは、タブラとインド古典音楽を世界中の聴衆にもたらし、世界的な文化大使としての名声を確固たるものにした。


ザキール・フセインが世界的な評価を得たのは1973年、イギリスのギタリスト、ジョン・マクラフリン、ヴァイオリニストのL.シャンカール、伝説的パーカッショニストのT.H.ヴィク・ヴィナヤクラムとの画期的な共演がきっかけだった。


彼らは共に、インド古典音楽とジャズを融合させた革命的なスタイルのバンド、シャクティを結成した。フセインとマクラフリンを結びつけたのは、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにある楽器店のオーナーで、前者が後者にインド音楽のレッスンをしていた。やがて、このレッスンはジャム・セッションへと発展し、シャクティの結成につながった。


シャクティは、3枚のアルバムを含む5年間の活動の後、1978年に解散した。しかし、1998年にオリジナル・メンバーのフセインとマクラフリンで再結成され、故マンドリン・U・スリニヴァス、ヴォーカリストのシャンカル・マハーデヴァン、パーカッショニストのV・セルヴァガネシュ(ヴィナーヤクラムの息子)らが加わった。伝説のフルート奏者ハリプラサド・チャウラシアも、アルバム『リメンバリング・シャクティ』のライブ・レコーディングに参加した。


バンドはリメンバリング・シャクティの名で世界ツアーを続け、複数のアルバムをレコーディングし、独自の音楽ブランドで聴衆を魅了した。彼はタブラに関して、「従属的な楽器」であるとし、ボーカリストなどとの共演を通して、本来の楽器の魅力が滲み出ることを明らかにしている。


2020年、シャクティはフサイン、マクラフリン、セルヴァガネーシュ、シャンカル、そしてガネーシュ・クマレシュ・デュオのヴァイオリニスト、ガネーシュ・ラジャゴパランという現在のラインナップで新たな時代を迎えた。グループは2024年、シャクティ結成50周年を記念したアルバム『This Moment』でグラミー賞を受賞した。


インドで最も偉大なクラシック音楽家として知られるフセインは、タブラの伝道師としての功績が讃えられ、国内でも勲章を授与されている。1988年にパドマ・シュリー賞、2002年にパドマ・ブーシャン賞、2023年にパドマ・ヴィブーシャン賞が授与され、文化的象徴としての遺産を確固たるものにしている。

©︎Brendan George Ko

ザ・ウェザー・ステーションが、近日発売予定のアルバム『Humanhood』から新曲「Body Moves」を発表した。前作「Neon Signs」と「Window」に続くサードシングルで、ソウル風のポピュラーソングとなっています。美しいコーラスのハーモニーがボーカル、金管楽器(サクソフォン)、メロトロン、そしてきらびやかなピアノの演奏と合わさる瞬間に注目です。


「この曲は一番難しい曲で、レコーディングして、すべてを変えて、またレコーディングして、すべてを変えて、またレコーディングした」とタマラ・リンデマンは声明を発表した。

 

「夢の中に落ちていくような、でも現実の中に落ちていくような。夢の中に落ちていくような、でも現実の中に落ちていくような、そんな曲だった。 身体はあなたを惑わし、身体はあなたを動かし、時には自己破壊的とも思える方向へ、あるいは痛みを伴う方向へ、あるいは内臓を刺激する方向へ。身体は生物学的なものであり、その言語も同様である。化学物質、痛み、衝動、シャットダウン、目覚め。重要なのは解釈であり、反応であり、シグナルを聞き取れるかどうか」


「Body Moves」は、リンデマンとフィリップ・レオナールが "心の2つの半球 "を探求するために監督したビデオとセットになっている。とリンデマンは付け加えた。


「一方は主導権を握り、意図を持って動いている。もう一方は、夢の中を漂っているようなもので、より抽象的です。中心には実際の自分がいて、2つの別々の部分に引っ張られ、混乱している。ある時は3つの自己が協調し、一緒に動く。また、そうでない時もある。この歌は、肉体に惑わされることを描写している」

 


「Body Moves」



エイフェックス・ツインがコンピレーション・アルバム『ミュージック・フロム・ザ・マーチ・デスク』(2016-2023)をサプライズ発表した。マニアックな作品であるのは事実であるが、魅力的な楽曲も収録されている。エイフェックス・ファンにとってマストな一枚となりそうだ。


12月17日(火)にリリースされたこの38曲入りコンピレーションは、過去10年間の限定盤音源の数々を収録。ランタイムはなんと、2時間36分に及び、38曲が収録されている。2016年から2023年の間に、タイトルのマーチャンダイズ・デスクで販売された6枚の限定盤レコードに収録された曲を集めている。


コンピレーションは、エイフェックス・ツインがヒューストンで開催された「Day for Night」フェスティバルの一環として、8年ぶりに北米で開催されたイベントで、これらのオリジナル・レコードの最初の作品『Houston, TX 12.17.16』が同様に予告なしにリリースされてから7年後に到着した。

 

以来、2017年、2019年、2023年のロンドン公演、2019年のマンチェスター公演、2023年のバルセロナ公演など、多数のレコードがリリースされている。これらのレコードはすべて、ワープ・レコードのロゴが刻印され、すぐに完売し、オンラインで法外な値段でこれらの人気のレコードは販売された。


エイフェックス・ツインの『London 03.06.17』は、最初のフィジカル・リリースの後、翌月のデジタル・リイシューでさらに10曲が追加。2024年4月には『London 03.06.17 [field day]』という改題でボーナス・トラックが追加された。

 

今年、エイフェックス・ツインは『Ambient Works Vol.2』を拡張版としてリイシューしている。

 

 


11月20日、コーネリアスを特集した30周年記念番組「Cornelius 30th Anniversary Special」がフジテレビ、BSフジで放映された。この度、この特集番組がYouTubeで公開された。見逃した方は下記リンクよりチェックしてみよう。


7枚のオリジナルアルバムをリリースし、自身の活動以外にも国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX、インスタレーションやプロデュースなど幅広く活動し、今年30周年を迎えた“Cornelius”。


この番組では、コーネリアスを初めて知る人や名前だけは知っているという人にも届く形で、その30年の活動の軌跡と今現在のコーネリアスを特集する。


【出演者】

コーネリアス

青葉市子・岡村靖幸・髙城晶平(cero)・山口一郎(サカナクション)



【ナレーション】

坂本美雨


視聴:    https://m.youtube.com/watch?v=NdWDhvZFj4M&feature=youtu.be


Ian Hawgood(イアン・ホーグッド)は東京/ロンドン在住。かねてから東京に住み、アンビエント制作に勤しんできた。その傍ら、自主レーベル''Home Normal''を運営している。彼のアンビエント作品は平和をモチーフにすることが多い。クリアで透徹したサウンドワークは音楽に疲れ気味な方に最適です。静けさに耳を澄ませてみよう。


ホーグッドさんは、リール・ツー・リール、4トラック・テープ、フィールド・レコーダー、コンピューターでの録音を好むという。ピアノ、ポンプオルガン、メロトロン、ヴィブラフォン、ローデス、ギター、古い真空管アンプなど、ヴィンテージの機材を使うのが好き。Home Normal、Tokyo Droning、Nomadic Kids Republicといったレーベルのキュレーター。紅茶、古いビデオゲーム、無声映画、ポラロイド、ホルガ、アーガス、ローライト、退色した色彩をこよなく愛する。


「Suzu」はHome NormalのキュレーターIan Hawgood(イアン・ホーグッド)と写真家Stijn Hüwelsによる11分に及ぶ新しい長編作品。何年も一緒に仕事をしている彼らは、尊敬される作品「No Voices」や「Voices」、テープシンセ・プロジェクト「modular sleep patterns」など、以前にも一連のリリースでコラボレーションしている。イアン・ホーウッドさんのコメントは以下の通りです。


「最新作''Suzu''は、日本文化を通して感じた平和と、都会であれ田舎であれ、有機的な静寂の生活について深く考察したトラックです。鈴のシンボル(「すず」)は、ポジティブな精神に満ちた共鳴的なものであり、私たちがコラボレーションやただ存在することの静けさを通して感じるものである。聞いてくれてありがとうございます」


スティーヴ・ジャンセンによる個展「The Space Between」がNEWにて開催

 

 1980年代初頭、絶大な人気を誇ったイギリスのバンド、Japanのドラマーとして知られるスティーヴ・ジャンセンは、写真家としても活動しており、これまでに数多くの作品を撮影してきました。1981年にPARCOで日本初の展覧会を開催して以来、KYOTOGRAPHIEに続く3回目となる本展覧会では、2022年秋にジャンセンが来日して撮影した作品群が、NEWの空間を埋め尽くします。

 

 東京都心の建物が乱雑に並ぶ不規則な建築構造からインスピレーションを得て、「レジステンシャリズム」というテーマが浮かんだ本展覧会。本テーマは、無機物が人間に対して陰謀を企てているというユーモラスな考察で、無機質な物体がまるで悪意や敵意を持っているかのように感じさせる錯覚を引き起こします。本質的に、私たちがしていることは自分自身を映し出す鏡を掲げているに過ぎませんが、ジャンセンはその視点から、都市空間における人々の営みを俯瞰することを問いかけます。


 見えないように捨てられたゴミ、閉ざされた出入り口に何枚も貼られたステッカー、建物の隙間から影のように見えるパイプやケーブル、ワイヤーなど、これらの物体はもはや都市に貢献する目的を果たしていないかのように見えますが、それでも「待機」しているようにも感じられます。人の出入りができなくなった建物の外側は常に風雨にさらされ、自然の力によって腐敗や雑草の成長が進行します。さらに、街を行く人々の頭上に絡み合う電線を覗き込むカラスは、私たちの視界の外に落ちているゴミを狙っています。


 レストランやバー、ショップが立ち並び、刺激的な光や音、匂いが強くなればなるほど、都市の影はより濃く深まっていくようです。本展覧会の一環として制作されたオーディオ・インスタレーションには、東京都心を想起させる雑音、足音、金属音、ゴロゴロとした音、ビルの隙間や地下に響く残響音が含まれており、これらの音が都市の風景に影を落とすかのようにメロディーとリズムを構築します。もし私たちが無機物の視点に立つならば、人々が忙しく動き回る様子を静かに、そして永遠に観察できるのではないでしょうか。



 全て新作で構成される本展では、音の風景と断片化された都市のイメージが想像力を掻き立て、東京の建築物の間にある隙間に気づき、立ち止まることを促します。与えられた記号を失い自由を得た素材が、都市生活の視覚的・音響的な物語を紡ぎ出し、スクリーンや音響を通じて浮かび上がらせる「その隙間」である日常の影を目の当たりにする体験は、私たちが生きる現実の本質を模倣しているかのようです。

 

 作品とじっくり向き合える空間が構築されるとともに、展示作品やオーディオ付きポストカード、Tシャツも販売されます。世界中の都市を巡るジャンセンだからこそ表現できる、都市風景への鋭い解釈が反映された無機物が奏でる有機的なスティーヴ・ジャンセンの世界をぜひご体感ください。

 

 

・ 展覧会情報  Steve Jansen solo exhibition “The Space Between”

会期 : 2025 年 1 月 10 日(金)~1 月 23 日(木)
休廊日 : 2025 年 1 月 12 日(日)、1 月 19 日(日)
開廊時間 : 12:00 - 19:00
会場 : NEW
住所 : 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 5 丁目 9-15 B1F
電話 : 03-6419-7577


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Instagram : @newwwauction

Album Of The Year 2024  


 

Vol.2  発信地から中継地に変わる3つの文化拠点 〜ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス〜

 

従来、音楽のムーブメントの発信地は、ニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスでした。その後、周辺の地域もレコード会社が設立され、音楽産業のネットワークは全国的に広がっていった。これはとくに、この3つの土地とその周辺に主要な大手レコード会社の拠点が点在していたというのが理由です。そして、レコード会社のある地域を中心にムーヴメントが発生するというのが相場でした。

 

しかし、現在は、ネットワークの発展によって、上記の文化拠点が発信地という旧来の性質を保持しながら中継地へと変化しつつある。依然として、これらの地域が何らかのウェイブを発生させる主要地域であることに変わりないのですが、その中には別の地域ーー、オセアニアや北欧ーーのバンドやアーティストが主要地域のレコード企業を通して世界に音楽を発信するのが一般的になりつつある。これらの「文化の中継地」としてのレーベルの網羅的な発信能力は近年さらに強まり、アフリカ、アジア圏、アラビアなどの地域に裾野を広げつつあるのが現状です。


今年、スペインの主要メディアに対して語られたイギリスの世界的に有名なミュージシャンによる「以前に比べると、英国の音楽の影響力が低下しつつあることは否定できない」という言葉は頷けるものもあり、ビートルズやストーンズの時代と比べると、スターというのは生み出されづらくなった。これは、メディアの分散化、そしてなにより影響力の低下が要因でもある。同時に、SNSやソーシャルメディアが影響力を拡大するに従い、個人がメディアを参考にせず、自由に音楽を選ぼうという風潮が強まってきた。この流れは度外視できなくなっています。

 

しかし、一方で、ロンドンのような都市は、文化の中継地として依然として大きな影響力を保持している。これは、80、90年代から産業として確立された工業生産、ノウハウという二つの遺産が現代へと着実に受け継がれているのが理由です。かつて巨大なレーベルが点在していたロサンゼルス、ニューヨーク、ボストン等も同様であり、他地域の音楽を網羅して紹介する中継地となりつつある。旧来、工業生産という産業における任務を負っていたレコード会社は、「文化の集積」を世界に向けて発信するという次なる役割が出てきたというわけなのです。そして、その役割の中には傑作の再編集、未発表の音源のリリースなども含まれています。

 

 

 

18.Hiatus Kaiyote 『Love Heart Cheat Code』



Label: Brainfeeder

Release: 2024年6月28日


オーストラリアのHiatus Kaiyoteの最新作『Love Heart Cheat Code』は、フューチャー・ソウルの大名盤。フューチャー・ソウルというのは、ダンス/エレクトロニックとソウルのハイブリッドである。今作では明らかに近未来的なフューチャー・ソウルの作風がバンドのセクションで探求されています。

 

ただ、単なるソウルバンドとして聴いても、今作の真価は見えづらいかもしれません。同レーベルのLittle Dragonの音楽的なアプローチとも重なる部分があり、「Telescopes」はその代表例。そして、フューチャーソウルの名曲で、サイケソウルの名曲でもある「Love Heart Cheat Code」をしっかり用意した上で、Battlesのようなポスト・ロックスタイルを図ることもある。特に「Cinnamon Temple」は、今年聴いた中で最も衝撃的な一曲。音楽でトリップするという感覚は、ごく少数の作品を除いて、他のアルバムでは得難い体験になるかもしれません。



Best Track 「Love Heart Cheat Code」

 

 

19.Kiasmos 『Ⅱ』- Album Of The Year


 

Label:Erased Tapes

Release: 2024年6月28日

 

アイスランドのオラファー・アーノルズ、フェロー諸島のヤヌス・ラスムッセンによるエレクトロニック・ユニット、Kiasmosのアルバムは「エモーショナルなレイヴ・ミュージック」であるという。今作はそれぞれのアーティストのスケジュールの合間を縫い、東南アジアで録音されました。レビューでも書いた通り、プロフェッショナルなミュージシャンはプロジェクトから離れていたとしても、素晴らしい作品を制作します。『Ⅱ』はその好例となるに違いありません。

 

Kiasmosのエレクトロニックのアウトプットは、90年代や00年代のテクノをベースにしていて、新しいとは言いがたい。けれど、それは彼らが音楽の普遍性を尊重しているからでしょう。二人の白熱したエレクトロニックによる刺激的なセッションは、時々、デュオという形式を超越し、電子音楽のオーケストレーションのように壮大な印象がある。「泣けるエレクトロニック」とオラファーさんは話していましたが、電子音楽の制作に最も必要なのは、叙情性なのかもしれません。両者の秀逸なミュージシャンによる厚い友情をこの作品に捉えられる。もし、泣かせるものがあるとすれば、それは美談のようになるが、彼らの友情によるものでしょう。

 

言葉というものが最重視されず、音楽そのものが何らかの言葉を語るような数奇なアルバムです。「Burst」、本作の最後に収録されている「Square」はテクノの名曲といっても過言ではありません。

 

 

「Burst」 

 

 

 

20. Kassandra Jenkins 『My Light, My Destroyer』



 

Label: Dead Oceans

Release: 2024年7月12日

 

ニューヨークのシンガーソングライターは今年、デッド・オーシャンズと新契約を結び、新作アルバムをリリースしました。このアルバムの制作は、何度も作り替え、組み替えることで完成品へと近づいたという。


レーベルが理想とするビンテージな質感を持つ録音にジェンキンスの多彩な形式のボーカルが特徴です。『My Light, My Destroyer』はカーペンターズのような懐かしのポピュラーから、オルタナティヴ・ロック、実験的なアートポップ等をフィールドレコーディングを用いた短いセクションを織り交ぜる。


音楽的な基本としては、90年代から00年代ごろのロックをベースにしているものと推測されます。アルバムのオープニングを飾る「Devotion」は、今年度のポピュラー・ソングの中でも白眉の出来。さらに、オルト・ロック好きの一面を伺わせる「Petco」も聞き逃すことが出来ませんよ。



Best Track 「Petco」

 

 

 

21.Peel Dream Magazine 『Read Main Reading Room』



 Label: Topshelf

Release: 2024年9月24日

 

 ロサンゼルスを拠点に活動するPeel Dream Magazineのボーカリスト、また、主要なソングライティングを担当するジョセフ・スティーヴンスさんは、「これまでのミッドファイのスタイルを卒業し、プラスアルファを確立しようとした」と話していました。また、「ニューヨーク的な作風」であるとも話していました。

 

先行シングルのリリースの段階でこれまでのPDMとは何かが違うと私自身は感じていました。日本の熱心な音楽ファンから称賛されている『Read Main Reading Room』において、Peel Dream Magazineは、音楽の洗練性という側面で大きく成長し、オルタナティヴ・ポップの新しいカタチを示しています。

 

今回のアルバムは、「旧来の作品よりも、ライブ・レコーディングの性質が強まった。ドラムテイクはメンバーの自宅で録音されたものもあった」といいます。特に、このアルバムの制作で大活躍したのが、ボーカリストのオリヴィアでした。実際的に、ツインボーカルを中心に繰り広げられるこのアルバムのサウンドは、多彩なイメージに縁取られています。

 

PDMの音楽は、2020年代の社会の気風を色濃く映し出している。彼らは旧来のアメリカの遺産を見つめた上で、それらを尊重し、そして、現代人として何ができるのかを追求しています。その中には、一般的なオルトロックバンドらしからぬ、強固なメッセージ性も垣間見えます。

 

「Wish You Well」、「Lie In The Glitter」といった温和なフォークロックをベースにした曲はもちろん、「Oblast」が本当にすごい。アートポップの手法にヒップホップのビートが織り交ぜられ、刺激的な印象を決定付けています。そして、ウディ・ガスリー、ボブ・ディランの時代から受け継がれるミュージシャンとしての強い主張性を「I Wasn't Made For War- 私は戦争のために作られたわけではない」に読み取ることができるはずです。


 

 Best Track 「Lie In The Gutter」

 

 

 

22. Pom Poko 『Champion』


Label: Bella Union

Release: 2024年8月16日


北欧のロックバンドはHIVESだけではありません。他にも素晴らしいバンドは数多い。ノルウェーの四人組のオルタナティヴロックバンド、Pom Pokoの記念碑『Champion』では、ヴォーカル/作詞のラグンヒル・ファンゲル・ヤムトヴェイト、ベースのヨナス・クロヴェル、ギターのマーティン・ミゲル・アルマグロ・トンネ、ドラムのオラ・ジュプヴィークが、密閉されたタイトな4人組ロックという楽器編成という点でも、従来で最も親密な関係を築き上げています。

 

本作のタイトルのヒントともなった「トップではないけど、チャンピオンである」というグンヒルドの考えは成功主義とは異なる別の視点をもたらしてくれる。このアルバムは、Pom Pokoとしてしばらく一緒に演奏出来なかった時期があったからこそ生み出された作品です。久しぶりの演奏の機会はこのバンドでのスペシャルな経験であることを思い出させてくれたのでした。


このアルバムには、Deerhoofのようなテクニカルなインディーロックの演奏から、マスロックを基調とした変拍子を交えたロック、カーペンターズのような甘いポップスまでくまなく網羅しています。そして、クラシック音楽の作曲を踏まえ、対旋律的なバンドアンサンブルが構築されています。

 

アリ・チャント(PJ Harvey、Aldous Harding)のプロデュースは、この作品をコントロールするというより、バンドの音楽に艶と輝きを与える結果になりました。北欧のインディーロックの記念碑的な作品と称せるかもしれません。「Growing Story」、「Champion」、「Bell」を筆頭にオルタナティヴロックの良曲が並んでいる。きわめつけは、アルバムの終盤に収録されている「Big Life」。この曲では最高のバンドアンサンブルの清華を捉えることが出来ます。

 


Best Track 「Growing Story」

 

 

23. NIKI 『Buzz』 

 

Label: 88 Rising

Release: 2024年8月9日

 

88 RIsingは、ストリート系のファッションブランドの展開と同時にレーベルを手掛ける。近年、アジア系のシンガーを中心に発掘し、魅力的な音源をリリースしています。今年、新作アルバムをリリースしたNIKIは、インフルエンサー的な影響力を持ち、そして実際的に破格のストリーミング回数を記録。ソングライティングのスタイルはベッドルームポップの系譜にありますが、ラナ・デル・レイの系譜にある魅力的なポピュラー・ワールドを展開しています。

 

ロスのNIKIはストリートカルチャーと現代のポップカルチャーを見事な形で結びつけている。曲の聴きやすさを踏まえた上で本格派のソングライティングを行い、幅広いリスナー層に受けるポップスアルバムを完成させました。すでに「Buzz」、「Too Much Of A Good Thing」などはバイラルヒットを記録し、今後一躍世界的なポップシンガーになる可能性を秘めています。クレイロからラナ・デル・レイに至るまで現代のトレンドのポップソングの影響を踏まえた良作です。とりわけ、「Take Care」ではソングライターとして抜群のセンスが発揮されています。

 

 

「Take Care」

 

 

24.Beabadoobee 『This Is How Tomorrow Moves』



 

Label: Dirty Hit

Release: 2024年8月9日

 

Dirty Hitは傘下のレーベルを含めると、今年からダンス・ミュージックに力を入れ始めています。ケリー・リー・オーウェンズ、サヤ・グレイはその代表格。そんな中、レーベルの基本的なコンセプトを印象づける作品を挙げるとするなら、このアルバムになるでしょう。本作ロンドンのシンガーソングライター、Beabadoobee(ビーバドゥービー)もまた近年のアジア系シンガーソングライターの活躍を印象づけるような頼もしい存在です。Dirty Hitから発売された最新作『This Is How Tomorrow Moves』の制作では日本でミュージックビデオの撮影が行われ、アジアにルーツを持つシンガーを多く擁する同レーベルの活動を象徴付けていましたよね。

 

前作『Beatopia』でイギリス国内で大きな人気を獲得した後、一時的にビーバドゥービーは故郷インドネシアに帰ってリフレッシュを図っていた。このことがソングライターとして彼女を一回り成長させる契機ともなった。前作ではインディーロックとベッドルームポップの中間にある楽曲が多かったが、今作では様々な音楽的なアプローチが取り入れられ、アジアのポップスからフレンチポップス、フォーク、他にもジャズ風の楽曲まで幅広い音楽性を楽しむことが出来ます。以前よりもヨーロッパ的な音楽性が加えられ、これが音楽的な間口を広くしています。また、曲を丹念に制作したという印象で、意外にも適当に作ったような曲は見当たりません。

 

トレンドのポップソング、「Take A Bite」、「Real Man」、「Coming Home」などバイラルヒットを記録している曲を提供した上で、渾身の一曲が用意されています。終盤のハイライト曲「Beaches」を聞いたとき、こんなに凄いソングライターだったのかと驚かされました。特に、曲の最後のエモーショナルで心をかき乱すようなギターのアウトロは圧巻というよりほかなし。一作目と比べると、初々しさはなくなったかもしれませんが、聴き応え十分のアルバム。

 

 

「Beaches」

 

 

 

25. Sam Henshaw 『For Someone Somewhere Who Isn't Us』 EP



Label: AWAL

Release: 2024年8月2日


ロンドンのソウルミュージックは、日に日に多彩なジャンルに分岐している印象を受けます。しかし、サム・ヘンショーは新しいソウルではなく、古典的なビンテージソウルを今作で体現しています。原初的なブラックミュージックには普遍的なパワーがあり、それを受け継いだような作品となっています。この作品はミニアルバムの形式でありながら、粒ぞろいのR&Bが収録されています。オープニングを飾る「Troubled One」は現代のリスナーにも親しみやすいはず。


特に、モータウンサウンド(ノーザン・ソウル)を基調とした渋いタイプの曲が多いですが、レーベルの現代的なデジタルサウンドに縁取られているからか、それほど古典的な感じはないでしょう。ソウルミュージックの普遍的な輝きをEPの片々に発見したとしても不思議ではないでしょう。特に、いくつかの収録曲でのサム・ヘンショーの圧巻の歌唱に心をゆさぶられました。

 

 

 「Water」



 

26. Nilfur Yanya 『My Method Actor』

 


 

Label: Ninja Tune

Release: 2024年9月13日


2024年のNinja Tuneの話題作の一つ。ロンドンのニルファー・ヤーニャの新作アルバム『My Method Actor』は、イギリスのポピュラーシーンを象徴付けるような作品でした。オルタナティヴロックからフォーク、そしてネオソウル、さらにはエレクトロニックに至るまで隈なく吸収し、それを聴きやすいポップソングに落とし込んだ力量は素晴らしいというほかありません。


『Method Actor(メソッド・アクター)』について、ニルファーはどのように生まれたかについて、次のように語っています。「メソッド演技について調べていたんだけど、読んだところによると、メソッド演技は、人生を左右するような、人生を変えるような思い出を見つけることに基づいているんだ。メソッド演技がトラウマになったり、精神的に安全でないと感じる人がいるのは、常にその瞬間に立ち戻るからなんだ。良いことも悪いこともあるけれど、常にそのエネルギー、自分を定義づける何かを糧にしている。それはミュージシャンになるのと少し似ている。演奏しているときも、最初に書いたときのエネルギーや感情を、その瞬間に呼び起こそうとしている。その瞬間、その瞬間のエネルギーや感情を呼び起こそうとして試みた」という。

 

前作に比べるとロックギタリストとしての性質が色濃いアルバムでもある。特に、FADERが『衝撃的な復活』と称した「Like I Say(I Runaway)」は今年のベストトラックの一つでしょう。聞いていると非常に爽快感があります。ロックとして聴いてもダンスとして聴いても素晴らしい。それに旧来から培われたネオソウルに触発されたヤーニャのボーカルが際立っています。また、「Mutations」、「Faith's Late」、「Just A Western」など聴かせる曲が多いです。


 

 「Like I Say(I Runaway)」

 

 

 

27. Luna Li 『When A Thought Grows Wings』

 



Label: In Real Life Music

Release: 2024年8月23日



現在、トロントからロサンゼルスに活動拠点を移したシンガーソングライター、ルナ・リーはハープ、キーボード、ギターと多彩な楽器を演奏するマルチ奏者です。元々はバンドに所属していましたが、後にソロシンガーソングライターのキャリアを歩み始めた。ミュージシャンとしては、ジャパニーズ・ブレックファーストに引き立てにより、一般的な注目を集めるようになりました。


セカンド・アルバム「When a Thought Grows Wings」の制作は、「メタモルフォーゼ」というような驚くべき作品です。それは、八年間連れ添ったパートナーとの別離による悲しみを糧にして、音楽を喜びに変えることを意味している。彼女は、過去にきっぱりと別れを告げ、トロントの家族、そして、恋人との辛い別れの後、リーは夢のある都市ロサンゼルスを目指した。映画産業の街、ビーチの美しさと開放感は、彼女の感性に力強い火を灯しました。

 

ベッドルームポップ、ソウル、クラシックのフレイバーを吸収した新鮮なサウンドは、次世代のポップスの花形としてふさわしい。本作の冒頭を飾る「Confusion Song」の巧みなシークエンスの調性の転回、「Golden Hour」に代表されるチルアウト、ヨットロックに触発された心地よいバラードソング、それを的確に歌い上げる歌唱力、そして、クローズ「Bon Voyage」に象徴されるJapanese Breakfast(ミシェル・ザウナー)の系譜にある切ないインディーポップソングなど、アルバムの随所にスターシンガーの片鱗を見出すことが出来るはず。

 


「Golden Hour」

 

 

28.Fontaines D.C.  『Romance』 - Album Of The Year

 


Label: XL

Release: 2024年8月23日


 

グリアン・チャッテンのソロアルバムのリリース時には、しばらくフォンテインズD.C.の新作アルバムは期待出来ない……、と思っていたら、PartisanからXLに移籍して新譜を発表したのに驚きました。グラストンベリー・フェスティバルでのヘッドライナー級の出演を経て、着実にバンドは成長を続けています。『Skinty Fia』の時代に比べると、よりバンドアンサンブルに磨きが掛けられた。最早、彼らのことをポストパンクバンドと呼ぶ人は少ないのではないでしょうか。

 

ロックバンドのアルバムというのは、基本的に一曲か二曲、アンセムソングというか、大衆の心を捉えるヒットナンバーが収録されていれば、それで十分ではないかと個人的に思っています。どれほどの大作曲家であろうと、一年、二年で名曲をいくつも書くことは簡単ではありません。

 

そういった理由で、 アンセムソング「Starbuster」、「Favourite」を制作したことは大きな意味がある。もちろん、バンドにとっても、ファンにとっても。特に、アンサンブルは格段に成長しているため、こういった象徴的なアルバムが出たのも大いに納得。メロトロンの導入、アコースティックギターとエレクトロニックギターのユニゾンなど、レコーディングで苦心を重ねた痕跡が残されていますが、やはり基本的なロックバンドの演奏の迫力が最大の強みとなっているようです。「Favourite」の終盤のレフトサイド(L)のギターは圧巻です。神は細部に宿るといいますが、曲の最後まで一ミリも手を抜かない姿勢に感動を覚えてしまいました。

 

 

 「Favourite」

 

 

 

29. Spencer Zahn & Dawn Richard  『Quiet In A World Full of Noise』

 



 Label: Merge

Release: 2024年10月4日

 

勝手な先入観として、Merge RecordsはSuperchunkのイメージがあるので、インディーロックに強いレーベルだと思っていましたが、今年はポピュラーに特化したアルバムが多かった印象もありました。

 

ルイジアナの歌手、Dawn Richard(ドーン・リチャード)、ニューヨークのピアニスト、マルチ奏者、そしてプロデューサーでもあるSpencer Zahn(スペンサー・ザーン)によるコラボレーションアルバムは、シンプルに言いますと、大人のための渋いポピュラーアルバムです。これまでニューオリンズの"バウンス"というヒップホップ、ソウル、そしてモダン・クラシカルの作風で知られる両者の異なる才覚が見事に合わさり、見事なコラボアルバムが誕生しました。


このアルバムは、異なる調律のスペンサー・ザーンのピアノ、ドーン・リチャードのソウルフルな歌唱が主な特徴です。また、コラボレーションの最大の魅力とは、異なる文化的な背景や別の個性を持つ人々が互いにそれらの相違を尊重しあい、それらを一つの表現として昇華させることに尽きる。そういった点において、このアルバムは共同制作のお手本ともなりえるでしょう。

 

アルバムのモチーフとして機能する「世界の喧騒の中にある静けさ」という概念も曲に上手く昇華されています。「Diets」、「Ocean Past」 は新しいソウル・ミュージックの台頭を予感させます。

 

 

 「Diets」

 

 

30.Ezra Collective 『Dance, No One’s Watching』

  

 

Label: Partisan

Release: 2024年9月27日

 

イギリス国内で主要な音楽賞を獲得、ビルボードトーキョーでも来日公演を行っているエズラ・コレクティヴ。ジャズ・アンサンブルとしての演奏の卓越性は一般的に知られるところと思われます。が、彼らが凄いのは、それらを広義の「ポピュラーソング」として落とし込むことにある。彼らの伝えたいことは明確で、人目を気にしないで楽しいことをすべきということでしょう。

 

当初、アフロビートやアフロジャズの印象が強かったが、今作ではサンバのようなラテン音楽のテイストを取り入れ、音楽のバリエーションを広げています。アグレッシヴなリズム、陽気なエネルギーは、現在の世界が必要とするもので、音楽の本来の楽しみを伝えています。エズラ・コレクティヴのキーボード、金管楽器を中心とする演奏から醸し出される華やかな雰囲気は、まさしくジャズソウルのエンターテイメント性を余すところなく凝縮させたといえるかもしれません。


このアルバムに関して、エズラ・コレクティヴ(コルドソ)は奥深いメッセージを伝えています。「聖書には''ダビデが主の御前で踊る''という物語があって、それはいつも私にインスピレーションをもたらしてくれました。だから、『God Gave Me Feet For Dancing』はスピリチュアルな意味でダンスを見るためのもの。人生の嫌なことを振り払い、その代わりに踊ることができるのは、神から与えられた能力でもある」

 

タイトル曲、「Ajara」、ムーンチャイルド・サネリーが参加した「Street Is Calling」など注目曲は多い。今後どのような音楽を制作するのでしょうか。楽しみにしたいですね。

 

 

 「God Gave Me Feet For Dancing- Feat. Yazmin Lacey」

 

 

 

 

 

+20 Albums

 

上記のベスト30アルバムでは満足出来ないという方に、20アルバムを追加でご紹介していきます。個人的には以下の20アルバムの方が個性的で面白いものが多いかもしれません。ぜひこちらも参考にしてみてください。


 

 

31. Waxahatchee




Label: Anti

Release: 2024年3月22日

 

今年、ワクサハッチーのプロジェクト名で活動するケイティ・クラッチフィールドは、Antiに移籍し、ニューアルバム『Tigers Blood』を発表した。アラバマ出身のシンガーは南部を表現することに戸惑いを覚えつつも、アメリカーナを中心とするインディーロックアルバムを制作しました。

 

本作には、MJ・レンダーマン、スペンサー・トゥイーディー、フィル&ブラッド・クックが参加。レンダーマンは「Right Back to It」でギターとハーモニー・ボーカルを担当した。ケイティ・クラッチフィールドによれば、彼女が最初に書いた本物のラブソング。バンジョー/ギターの演奏とオーガニックな雰囲気を持つクラッチフィールドのボーカル、そして、メインボーカルとアメリカーナの空気感を尊重するMJ・レンダーマンのコーラスが絶妙にマッチしています。

 

カントリーを踏襲した渋いソングライティングが持ち前のポピュラー性と融合し、新たなフォーク・ロックの世界を確立している。アコースティックの合間に入るスティールギターが幻想的な雰囲気を生み出す。ワクサハッチーのボーカルは、心に染み入るような温かさに満ちている。アメリカーナをベースにしたインディーロックの真髄のようなアルバムとなっています。

 

 

「Much Ado About Nothing」

 

 

 

32. Yard Act 『Where’s My Utopia』





Label: Island/ Universal Music

Release: 2024年3月1日

 

セカンド・アルバムはようやく年末になってじっくり聴くことが出来た。1stアルバムほどの鮮烈さはないかもしれませんが、渋い作品であることは変わりなく、むしろアンセミックな曲よりもシングルのB面のような収録曲の方が良い感じがします。例えば、「An Illusion」 、「Grifter's Grief」などは、先行シングルの迫力の影に隠れているが、さりげない良曲かもしれません。

 

ライブツアー等の日程の合間に作られたとは思えない濃密なロック/ポスト・パンクサウンドで占められている。むしろ、11曲というのは少し多すぎたかもしれない。「We Make Hits」、「Dream Job」といったハイライト曲は、デビューアルバムの音楽性をさらに煮詰めたものである。

 

その一方で、現今のロンドンのミュージック・シーンの流れを汲み、ディスコサウンドを取り入れ、次世代のユーモラスなポストパンクサウンドを築き上げようという狙いも読み解くことが出来ます。現在、バンドは過渡期にあり、色々なサウンドを試している最中なのではないかと思われます。じっくり聴いてみると、やはりヤードアクトのサウンドはユニークで魅力的です。

 


「We Make Hits」


 

 

 

33. Packs 『Melt The Honey』



Label: Fire Talk

Release: 2024年1月19日


今年、カナダのFire Talkからはいくつか良質なオルトロックのアルバムがリリースされています。その筆頭格がトロントのPacksのニューアルバム『Melt The Honey』となるでしょう。2023年のアルバム『Crispy Crunchy Nothing』に比べると、信じがたい成長ぶりといえるかもしれません。ニューメキシコでレコーディングされたという本作は、米国南部やメキシカンな空気感を吸い込んだ、ぬるくまったりとしたオルタナティヴロックサウンドを楽しめます。

 

グランジやDinasour Jr.、Pixies等の90年代のオルタナティヴロックを踏襲し、それらを適度なルーズな感じで縁取っている。一応、ソロシンガーの延長線上にあるバンドであるものの、今年、Audio Treeに出演した際にも見事なアンサンブルを披露していた。ロックの新しさというより普遍性に焦点を当てたアルバム。サイケでローファイな感覚が滲み出ていて、かっこいい。レコーディングの雰囲気が反映され、メキシコの太陽のように幻想的な雰囲気に彩られています。

 

 

「Her Garden」

 

 

 

 

34.Royel Otis 『Pratts & Pain』 - Album Of The Year

 


 

Label: Owness PTY LTD.

Release: 2024年2月16日


オーストラリアのポストパンクデュオ、Royel Otisはセカンドアルバム『Pratts & Pain』で大きな飛躍を遂げました。Wet Legなどの作品を手掛けたダン・キャリーをプロデューサーに迎えた本作はイギリスで録音された。ダン・キャリーは制作作業の合間にふらりとパブに出かけ、お酒を召し上がったらしいです。そういった面白おかしいエピソードもまたこのアルバムに一興を添えています。

 

ダンスロックを吸収し、モダンなポストサウンドに組み替えている。ツインボーカルはむしろ中性的な印象があって面白い。それほどサウンド自体も鋭利にならず、程よく聴きやすい。また、このアルバム全体に満ち渡るルーズな感覚も、ロイエル・オーティスの最大の魅力と言えるでしょう。オーストラリアのバンドのサウンドは、イギリスともアメリカとも少し異なることがわかる。「Adore」、「Sonic Blue」、「Sofa King」などのハイライト曲の鮮烈さに注目しましょう。

 


「Sonic Blue」

 

 

 

 ・Vol.3はこちらからお読みください。




Sainte Etienne(セイント・エティエンヌ)は、1990年に結成されたイギリス、グレーター・ロンドン出身のトリオ。サラ・クラックネル(ボーカル)、ボブ・スタンリー(キーボード)、ピート・ウィッグス(キーボード)で構成されている。一般的に、1990年代のインディーズ・ダンス・シーンと関連付けられている。彼らの音楽は、クラブ・カルチャーや1960年代のポップス、その他の異なる影響を融合させる。セイント・エティエンヌの生み出すサウンドは、懐かしくもあるし新しくもある。


彼らのデビューアルバム『フォックスベース・アルファ』は、1991年にリリースされ、不朽のヒット曲「Only Love Can Break Your Heart」と「Nothing Can Stop Us」を収録し、批評家から高い評価を得た。続いて、全英シングルチャート12位となったシングル「You're in a Bad Way」を収録した『ソー・タフ』(1993年)と、テクノ・フォークの実験を取り入れた『哀しみ色のムーヴィー』(1994年)が発表された。両アルバムはトップ10に到達。彼らの初期は、ゴールド認定されたコンピレーション『Too Young to Die: Singles 1990-1995』で締めくくられ、エティエンヌ・ダオとの共作でバンド史上最高のチャートを記録したシングル「He's on the Phone」を制作した。


バンドは『グッド・ユーモア』(1998年)でインディー・ポップを取り入れ、リード・シングル「シルヴィ」は12位に達した。2000年代までに、セイント・エティエンヌは『サウンド・オブ・ウォーター』(2000年)でアンビエント・ミュージックへと軸足を移し、『Finisterre』(2002年)と『テイルズ・フロム・ターンパイク・ハウス』(2005年)ではこれらのスタイルの転換と初期の影響への回帰を醸し出した。2010年代には、『Words and Music by Saint Etienne』(2012年)と『ホーム・カウンティーズ』(2017年)で、彼らのサウンドが現代的にアップデートされた。アルバム『アイヴ・ビーン・トライング・トゥ・テル・ユー』(2021年)では、約20年ぶりとなるサンプリングを取り入れ、1994年以来の最高位14位のアルバムとなった。


バンド名はフランスのサッカークラブ、ASサンテティエンヌに由来する。日本では、1993年にNOKKO(レベッカのボーカリスト)のアルバム『CALL ME NIGHTLIFE』『I Will Catch U.』に楽曲提供もしている。NOKKOとのレコーディングでは、ロンドンにある自宅スタジオにメンバーを招いており、「これは当時界隈で増えてきていたベッドルーム・レコーディングという手法だが、その点で先をいっていたアーティストだった」とNOKKOがインタビューで振り返っている。


セイント・エチエンヌが12枚目のスタジオ・アルバム『ザ・ナイト』を2024年12月13日にヘブンリー・レコーディングスからリリースする。絶賛された2021年のアルバム『I've Been Trying To Tell You』に続くアルバム『The Night』は、日常生活の混沌から逃れ、時間外のエッセンスを捉えたアンビエントな作品だ。このアルバムは、リスナーを幾重にも重なる静寂の中に誘い、落ち着かない心を落ち着かせ、現代生活の容赦ないペースからの穏やかな休息を提供する。


アルバム "The Night "は、サン・テティエンヌの伝統である、音による没入型のストーリーテリングを継承している。ストリーミング・プラットフォームやYouTubeで聴くことができるハイライト曲"Half Light "を聴けば、アルバムのサウンドをいち早く垣間見ることができるだろう。


作曲家兼プロデューサーのオーギュスタン・ブスフィールドと共同でセイント・エティエンヌがプロデュース。"夜 "は、2024年1月から8月にかけて、サルテールとホーブの2箇所でレコーディングされた。


ピート・ウィッグス:「ブラッドフォードにあるガスのスタジオで、カーペットの上に寝転がって、コーヒーのマグカップを片手に、歌詞のシートやタイトルのアイデアを周りに転がして制作した。前作のメロウでスペイシーな雰囲気を引き継ぎたかったし、それを倍増させたかった。暗闇の中で、目を閉じて聴きたいレコード。『ハーフ・ライト』は、夜の果て、木々の枝の間からちらつく太陽の最後の光、自然との交感、そこにないものを見ることをテーマにしている」


サラ・クラックネル: 「前作を遠隔でレコーディングした後、一緒にスタジオに戻ることができてとても嬉しかった。このアルバムで一番好きな曲のひとつは『Preflyte』で、初めて歌ったときは涙が出たよ」


ボブ・スタンレー: 『The Night』は落ち着いたアルバムにしたかった。暖かくて穏やかで、同時にゴージャスで濃密なものを作りたかった。「目覚めているときと眠っているときの間にある状態、つまり夢の空間を見つけようとした。半分忘れてしまったような考えや、テレビの台詞の断片、地名、通り、行ったこともないサッカー場などが漂ってくる。そのような状態にあるときは、音や半分覆い隠された記憶をとても受け入れやすく感じる。"レインノイズ "はその中を通り抜ける。午前2時に眠れないような頭の中のものを優しく洗い流すように設計されている。


『The Night』は本当に立体的に聴こえる。その多くは、ギターを弾き、素晴らしいプロデュースをしてくれたガス・バスフィールドのおかげ。彼のスタジオでレコーディングしたことで、とても明るく広々とした空間が生まれ、それがサウンドを形作っている。僕ら3人はそれぞれの曲を持ち寄ったんだけど、まず音符を交換することなく、リリックの部分で全員が調和していた。"連続した1つのトラック "と考えることもできる。間違いなくヘッドフォン・アルバムなんだ。


セイント・エティエンヌは私たちを優しく手繰り寄せ、夜更けの深みに沈み込ませ、疲れた心を絶望の淵から引き戻す。『ザ・ナイト』によって、すべての不安は和らぎ、高ぶる心の邪悪さはソフトフォーカスの汚れにまで減速し、すべてが高尚で心地よい完全なる静寂の魅力に包まれる。


『ザ・ナイト』は、太古の昔、一人の男が草むらの風の音や岩の上を流れる水の音に慰めを見出すことから始まり、何世紀にもわたって柔らかな音を奏で続け、コラージュや新時代の音楽を通過してきた長い伝統に属している。


ヴァージニア・アストリーの『From Gardens Where We Feel Secure』、KLFの『Chill Out』、トーク・トークの『Spirit of Eden』など、現代の夢遊病者の傑作を取り込んでいる。建築はアンビエントで、照明は控えめ、表面は無限の可能性に輝いている。


夜行性の生命はすべてここにあるが、夜の地下とはいえ、その次元は異なる。言葉は新たな意味を持ち、影はますます長く傾き、一匹の狐が名もない通りの孤独な街灯の下で立ち止まり、美しい刃物のような歯で何かを掠め取る。ここでは何でも可能なのだ。


慌ただしい時は慌ただしい心を生む。が、ここには孤独な時間など存在しない。ただ何層にも重なる「夜」と、その中に潜む心落ち着く秘密があるだけ。足を滑らせればいい。そして呼吸するのみ。



『The Night』 Heavenly Recordings/[PIAS] (80/100)


 

ザ・キュアーの再ヒットの事例を見るかぎり、若手優遇の時代がそろそろ終わり、中堅以上の経験豊富なバンドが今後のミュージックシーンを引っ張っていくのではないかという気がしている。以前は若手というと、10代、20代に限定されていたし、おそらくレコード会社も”若さ”を当てにしていたと思うが、今後は30代以降の実力派の若手が数多く登場することだろう。

 

ケイト・ブッシュのストレンジャー・シングスの楽曲の再ヒット、アセンズの伝説的なニューウェイブ・グループ、B-52'sのケイト・ピアソンの復活を見ると、過去にヒットソングを持つベテラン歌手の需要が高まっているのではないかと類推することも出来る。もちろん、実力のあるミュージシャンはいつの時代も歓迎されるが、若手というだけで支持を集めるような時代ではなくなりつつあるのかも知れない。プロジェクト名を変更して出てくるというケースもある。確かなことは言えないが、セイント・エティエンヌも、そんな流れを象徴付けるグループだ。


実は、先日までバンド名を知らなかったが、1990年代のブリット・ポップ全盛期から活躍する三人組は、最新作『The Night』において、かなりフレッシュな印象を持つアルバムを制作している。フィールド・レコーディングを散りばめた実験的なポップスであるが、それほど奇をてらうことはない。聴いていて感覚にすんなり馴染み、そしてキャッチーな響きを持ち合わせている。それは結局、セイント・エティエンヌのサウンドが、60、70年代のポップスを下地にしているからなのだろう。彼らのサウンドは必ずしも感染力や即効性があるとは言いがたいが、普遍的な響きがある。そして、これが実験的な音楽性に安定感や柔和さをもたらしている。


セイント・エティエンヌの音楽は、勢いという側面では、90年代初頭の作品に分があるように思える。たとえば、90年代始めのアルバム『Foxbase Alpha』などは華やかな音楽産業の名残をとどめていて、感染的で幸せな雰囲気を放つ。しかし、ひるがえってみて、2024年のアルバム「Night」は幸福感こそ乏しいものの、音楽的にはかなり深いポイントに達している。このアルバムは、Sonic Boom、Dean & Brittaのクリスマス・アルバムのように、じっくり聴かせ、音楽をよく知るミュージシャンとしての賢しい印象を持ち合わせている。それは自分たちの制作する作品を見上げるというより、同じ目線で見つめるという感じなのだ。この言葉には語弊があるかもしれないが、少なくとも、本作はミュージシャンとしての経験豊富さに裏打ちされた実力派のポピュラーアルバムであり、セイント・エティエンヌはアートポップの潜在的な可能性を全体全般に発露させている事がわかる。レベッカのNOKKOが言うように、かつては、ベッドルームポップの先駆者として知られていたセイント・エティエンヌは、次なる段階に進み、60年代のバロックポップと現代的なアンビエントの要素を融合させ、ポピュラーミュージックが本来決まった形式や制約がないこと、それから限界がないことを教唆している。

 

アルバムは、カフェでの会話のようなシーンで始まり、映画的な印象を持つサウンドスケープが描かれる。ポール・ウェラーのStyle Councileの『Cafe Bleu』へのオマージュかと思ってしまうが、そこには和気あいあいとした雰囲気がわだかまる。さながら現在の三者の人間関係を象徴付けるかのように、付かず離れずといった理想的な人間関係の距離を感じさせる。そして調律のずれたアンティークなピアノ、ウェイターが歩き回る音、ドアを開ける音、こういったフィールド録音が続いた後、アンビエントのテクスチャー、そして、サラ・クラックネルのものと思われるモノローグが続いている。そして、アルバムの冒頭で、開放的で未知への期待を感じさせる個性的なイントロダクションが続く。音楽と舞台演劇を融合させたようなサウンドである。

 

イントロダクションを経て、いよいよアルバムは本格的な楽曲が始まる。しかし、その印象は掴み難く、全体的な波形にデジタルディレイをかけたアンビエンス、そしてベースラインと合わせて、ボーカルソングが始まる。「Half Light」は80年代のポップスのように懐かしく耳に迫り、エレクトロサウンドを織り交ぜ、巧みなサウンドワークを描いていく。このポピュラー・ソングは、日本の80年代のポップスとも連動するような感じで、レトロとモダンの間を行き来する。まさしくレベッカ・サウンドのようなきらめきとアンニュイさを併存させている。 

 

 「Half Light」

 

 

 

その後、『Night」では作風を固定することなく、変幻自在なサウンドが繰り広げられる。これは近年のアンビエントポップの台頭とリンクする。シンセストリングス、ピアノとディケイによるエフェクトを用いたアンビエントが「Through The Grass」続くが、全体的な印象論としては、このサウンドはトリップ・ホップの「抽象的なポップス」という隠された主題と地続きにあるような気がする。それは実際的には、次世代のサウンドを予見させるものがある。特にこのアルバムでは、画期的な録音技術が用いられることがあり、それはサラ・クラックネルのリードボーカルの曲に顕著に立ち現れる。ボーカルに過剰なエフェクトをかけ、音像を極限まで引き伸ばすという手法は、スマイルの作品『Wall Of Eyes』や、リアム・ギャラガー、ジョン・スクワイアのセルフタイトルアルバム『Liam Gallagher& John Squire』にもすでに活用されている。

 

「Nightingale」では、これらの録音技法を駆使し、ミステリアスな音像を作り上げている。ローズピアノの細かなフレーズを散りばめて、ドラマのサウンドトラックのようなサウンドを最初に作り上げ、それらの背景に対し、70、80年代のポピュラーソングの影響下にあるボーカル録音を被せるというパターンである。クラックネルのボーカルは渦巻くように限りなく伸びていき、催眠的な効果を呼び起こす。そしてそれらのヒプノティックなサウンドの中で、ジャズのスキャットを含むボーカルは、単なる歌というよりも子守唄のような感覚を帯び始める。曲のタイプとしては懐古的であるのに、意外にも鮮やかな印象を覚える。他にも様々な工夫が施されており、鳥のフィールドレコーディングがパーカッションの効果として導入されることもある。そして曲そのものが何らかの情景的なサウンドスケープやシーンと連動していくのである。

 

以降もアンビエント風のサウンドが続き、曲ごとにシーンが入れ替わる。これは本来は離れているはずの曲を結びつけるような働きをなす。次曲「Northern Counties East」は工場のアンビエンスをフィールド録音で拾い、それをパーカッシブな観点から捉え、ポピュラーソングに仕上げていく。さらに曲の中にはチェンバロも登場し、クラシカルな響きとポピュラーな響きが混ざり合う。

 

アルバムの中盤では、短いシークエンスを設け、オーケストラのムーブメントのような形式を織り交ぜている。「Ellar Carr」は、ボーカル録音を器楽的に解釈し、オーケストラの楽器の一貫のような形で解釈するというアートポップではよく使われる技法が取り入れられている。これはアルバムの一曲目と同じように、なにかしら近未来的な音のイメージを感取することが出来る。「When You Were Young」では、ブンと唸るシンセサイザーのベースを基にして、フィールド・レコーディングとオーボエの演奏を交え、チェンバーポップの未来形を示している。他の曲と同じように、それほど派手さはないけれど、ボーカルの録音の重ね方に面白さがある。

 

 

終盤では、興味深いことに、フィル・スペクターのサウンドが登場する。ただ、「No Rush」ではそれらのシンフォニックなサウンドにクワイア(声楽)の要素を付け加えている。実際的に荘厳なイメージとまではいかないが、それに類する実験的なサウンドが組み上げられる。サウンドのタイプとしてはMogwaiのポスト・ロックや音響派に比するものがあるが、実際的なサウンドはむしろ80年代のAORやソフトロックがベースとなっている。少なくとも、この曲は開けたような感覚に充ちている。制作者としてフォーク・ミュージックにある涼やかな感覚をアンビエントの切り口を介して、抽象化したような一曲である。個人的にはこういった実験的な曲よりも、簡潔なポピュラーソング「Gold」の方に魅力を感じてしまう。軽快なピアノのリズム的な進行に合わせて軽快なヴォーカルが続き、トライアングルや木管楽器の音色が混ざりあい、ゆったりした音楽性が組み上げられる。邦楽のポピュラーとも親和性があるような気がする。

 

その後、多彩な音楽的なアプローチが続く。セイント・エティエンヌの音楽はそれほど深刻にならず、遊び心に溢れている。「Celestial」では、メロトロンの演奏にビンテージな質感を加え、チェンバーポップをインストゥルメンタルの観点から再検討している。「Preflyte」ではチェンバロを始め、オーケストラ楽器を取り入れ、オーケストラポップの領域に足を踏み入れている。曲にダイナミックな効果を与える金管楽器を暈したようなサウンドは、まさしくウォール・オブ・サウンドの系譜に位置づけられる。なおかつ、これらの重厚感のある録音は、ときどき、リスナーに時間という観念を忘れさせ、音楽の普遍性を思い出させる力を持つ。

 

アルバムの終盤でも、Jayda Gがもたらした「スポークンワードによるストーリーテリング」の要素が強調される。これは海外的には流行りのスタイルであり、例えば、日本では鶴田真由さんがすでに試しているが、 日本のミュージックシーンでもこれから頻繁に使用されるようになるかもしれない。アルバムのクライマックスでは、「ウォール・オブ・サウンド」の教科書のようなサウンドが登場する。「Hear My Heart」では、録音された場所の反響を上手く活かし、そのフィールドでしか得られない特別なサウンドを提供している。 そして、セイント・エティエンヌは、70、80年代ごろのポップスのノスタルジアを付加している。さらにクラフトワークのような電子音を付け加え、シンセポップの形式をレトロな側面から再検討しているのも面白い。

 

これらの実験や試作が完璧に行ったとは言えないかもしれない。まだこのサウンドは未知数。しかし、このアルバムには実験音楽としての冒険心、そして未知なる音楽への道筋が示されており、冒頭曲「Settle In」、「When You Were Young」では、近未来的なイメージを覚えることもある。加えて経験豊富なアーティストとしてのイディオムも登場するのに注目。いわば時間を持たない、音楽の普遍的な魅力が内在している。「Alone Together」では、ヨットロックのような形式が登場し、アルバムの中では、バンドアンサンブルの性質が色濃い。ローズピアノ、ベース、ギターの基本的な構成に加えて、金管楽器のレガートが曲に掴みどころをもたらしている。本作のクライマックスにはシタールのドローンを用い、独創的なサウンドを構築している。

 

 

 「Preflyte」

 


Sainte Etienne - 『Nights』はHeaveny Recordings/[PIAS]から本日発売。ストリーミングはこちらから。ヘブンリー・レコーディングは、Gwennoを送り出したことからもわかる通り、個性的なカタログを擁する注目のレーベル。