2023年、英国のアートパンクグループ、Benefits(ベネフィッツ)は、Portishead(ポーティスヘッド)の中心人物、Jeff Barlow(ジェフ・バーロウ)の主宰するレーベル、Invada Records(インヴァダ・レコーズ)から鮮烈なデビューを果たした。


ベネフィッツは、ミドルスブラで結成され、ボーカル/フロントマンのキングズレー・ホールは大学卒業後、美術館に勤務したのち、ベネフィッツを立ち上げる。当初、彼等は、ジェフ・バーロウに才能を見出してもらいたく、Invadaの本拠であるブリストルから車で数時間をかけてギグを見に来てもらったというエピソードもある。キングスレーは当時のことについて、自分たちのアピールは多少、誇張的であったかもしれないと回想している。しかし、少なくとも、彼等はシングルのリリースを一つずつ積み重ねながら、着実にステップアップを図ってきたイメージがある。Invada Recordsとの契約は彼らが積み重ねきたものの先に訪れた当然の帰結でもあった。


今、考えると、ベネフィッツはどこにでもいるありきたりのパンクバンドではなかった。彼等は、デビュー当時から荒削りなポストパンクを発表してきた。英国の古典的な印象を込めたシングルのアートワークも、バンドの存在感を示すのに一役買った。彼等は徐々にポストパンクの中にノイズを追加するようになり、ミドルスブラの都市生活に見出されるインダストリアルノイズに触発され、ライフスタイルやカルチャーという観点から独自の音楽体系を構築するに至った。


デビューアルバムのリリースが発表された時、キングズレーさんはベネフィッツの音楽が”パンクではない”とファンに言われたことに対して不満を露わにしていた。しかし、おそらく彼等の考えるパンクとは、判で押したような形式にあるわけではない。時には、エレクトリックの中にも、スポークンワードの中にも、アンビエントの中にもパンクスピリットは偏在している。要するにパンクという性質は、ファッションに求められるのではなく、スタンスやアティテュードの中に内在する。


彼はそれをみずからの経験を活かし、ニューヨークの伝説的な現代美術家であるジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングさながらに、スポークンワードを画材とし、音楽という無形のキャンバスに打ち付ける。彼のリリックの中に整合性を求めるのは野暮である。それはポロックの絵画に''どのような意味があるか''という無益な問いを投げかけるようなもの。キングスレーは、その時々、ふさわしい言葉を駆使し、効果的なフロウを構築してゆく。喩えるなら、それは古典的な英国の詩人が時代を経て、相異なる表現者として生まれ変わったかのようだ。


『Nails』は、当サイトの週末のアルバムとしてご紹介しましたが、コアな音楽ファンの間で話題沸騰となり、ベネフィッツはClashが主催する教会でのギグへの出演したほか、結果的には、英国最大級の音楽フェス、グラストンベリーにも出演し、バンドとしての影響力を強める要因となった。ちょうど一年前、『Nails』を最初に聴いたときの衝撃を未だに忘れることが出来ない。そして、実際、今聞いても、あのときの最初の鮮烈かつ衝撃的なイメージがよみがえるかのようだ。


デビューアルバム『Nails』は以前に発表された単独のシングルをあらためてフルレングスのアルバムとして録音しなおし、複数の新曲を追加録音。この録音は、ベネフィッツの出発となった「Warhouse」、「Shit Britain」、「Empire」、「Traitors」を中心に、全収録曲がシングル曲のようなクオリティーを誇り、スタジオの鬼気迫る雰囲気をレコーディングという形で収録している。


一触即発の雰囲気があり、次に何が起こるかわからない、驚きに充ちた実験音楽が最初から最高まで続く。取り分け、圧巻なのはクローズ「Counsil Rust」であり、ベネフィッツはノイズアンビエントとスポークンワードを鋭く融合させ、未曾有のアヴァンギャルド音楽を生み落とした。キングスレーの怒りに充ちたボーカルは、ドラムフィルを集めたクラスターの録音、スポークンワードスタイルのラップ、エフェクターとモジュラーシンセの複合からもたらされる無尽蔵のインダストリアルノイズの応酬、さらには、New Order、Portisheadの次世代のバンドとしてのエレクトロニック等と掛け合わされて、孤高と言うべき唯一無二のサウンドを作り上げる。

 

春先にデビューアルバムをリリースしたあとも、ベネフィッツは順調に活躍しており、国内やヨーロッパでのギグを行いながら、忙しない日々を送っている。昨年10月には、元Pulled Apart By Horsesのギタリストでエレクトロニック・ミュージシャンに転身したJames Adrian Brown(ジェームス・エイドリアン・ブラウン)との共同名義でのリミックス「Council Rust」 を発表した。


2024年最初のリリースは、音楽界の巨匠であり、アーティスト、エンジニアでもあるスティーヴ・アルビニへの追悼曲である。先日のシカゴの名物エンジニアが死去したという訃報を受けてから数時間のうち、ベネフィッツのキングスレーは、James Adrian Brownとのコラボレーションを行うことを決めた。両者が計画したのは、アルビニの楽曲を自分たちのテイクで再録音すること。キングズレーとジェイムズによるShellacの名曲「The End of Radio」の新しい解釈は、ホールの挑発的で感動的なヴォーカルとブラウンのサウンドスケープを劇的に融合させたものである。ここには『Nails』を”fuckin cool"と絶賛したアルビニに対するリスペクトが凝縮されている。


このニュースとコラボレーションを振り返り、ジェームス・エイドリアン・ブラウンは次のように語っている。


「アルビニは10代の僕に道を切り開いてくれました。これほどサウンド的に心地よく、興味をそそるものを聴いたことがなかった。初めてShellacを聴いたときのことは忘れられません。キングズレーとカヴァーをするというアイデアは、基本的にセラピーのようなもの。彼の作品に万歳!! RIP、アルビニ」


一方、ベネフィッツのキングスレー・ホールはアルビニの死去について次のように回想している。


「彼の芸術性、エンジニアリング、音楽業界内外のナビゲートという点で、計り知れないインスピレーションを与えてくれた。彼がツイッターのいくつかの騒々しいビデオを通じて、ベネフィットを支え、励ます存在になったことは、予想外であったと同時に驚きだった。真の天才でした」


このカバーシングルのダウンロード・セールスの全収益は、スティーヴ・アルビニの妻の慈善団体である'Letters to Santa'に寄付されます。ぜひ、Bandcampでその詳細を確認してみて下さい。

 

 


James Adrian Brown featuring Benefits 「The End of The Radio」

 

 

 



Le Makeup

 

大阪出身のアンビエント/ミニマル/インディR&B、ジャパニーズポップを経由したシンガーソングライター/プロデューサーLe Makeup。アブストラクトなポップスは旧来の系譜では語り尽くせないものがある。

 

彼は自身のレーベルPURE VOYAGEを運営する傍ら、LAのEternal DragonzやオーストリアのAshida Parkなど海外レーベル、大阪の人気レーベル、EM Recordsをリリースしてきた。これらのワールドワイドなリリース形態に加え、海外アーティストとのコラボを積極的に行い、カナダのプロデューサーRyan Hemsworthとの共作を発表している。その他、tofubeatsが監修した『電影少女』のオリジナルサウンドトラックへの参加。gummyboy、Lil Soft Tennis、NTsKi、Doveなどのアーティストへの楽曲提供・プロデュース・参加などで精力的な活動を行う。


2022年10月には、音楽制作にとどまらず、海外でのイベントにも出演するようになった。この一連の動向は、海外でのファンベースを広げる契機となった。韓国でのパフォーマンスを始め、11月にはオランダ・デンマーク・ドイツにてEUでツアーを行うなど、独自の動きに注目度が高まっている。2023年にリリースした「Odorata」は、Pitchforkで取り上げるられるなど話題に。


「Odorata」に続き、1年3ヶ月ぶりとなるアルバム「予感」は、ループギター/ピアノトラックを主体としたサウンドが表向きの印象となっている。ル・メイクアップは、ナラティヴな試みをいくつか新しく付け加えて特異な作風たらしめた。南大阪での日々の暮らしを自身のトラウマという観点から見つめ直した日本語内省フォーク・クラウドラップ/アヴァンフォーク集となる。


前作アルバムの完成後、すぐに制作に取り組んだという「予感」でシンガーソングライターがたどり着いたのはどこだったのか。久しぶりに手にしたアコースティックギターからインスパイアされたサウンド、自身をキャラクターを代弁するオートチューンのかかったボーカル。それから、従来の作品で自然にアウトプット出来たという悲しくも風通しの良い音楽だ。しかし、もしかすると、それは、アーティストの音楽の一部分を現したに過ぎないのかも知れない。

 

下記に掲載する個性的なアートワークは、Fujimura Familyが担当している。マスタリングは、海外のジャズ・シーンで著名なオノ・セイゲン(Saidera Mastering)が手掛けた。


先日発表となった初のワンマンライブ「予感」5月21日(火)WWWに続き、6月09日(日)地元・大阪編もLIVE SPACE CONPASSにて開催が決定しました。最速チケット先行受付が開始しています。アルバムの詳細と合わせて、イベント情報もぜひぜひ下記よりチェックしてみて下さいね。

 

 


Le Makeup「予感」- NEW ALBUM




Digital | PURE010 | 2024.05.15 Release

Released by AWDR/LR2

 

Pre-save/Pre-Add(配信リンク): https://ssm.lnk.to/Yokan_ 


Tracklist:

01. I Wish I Were a Fool

02. 26

03. 予感

04. 忘れられなくて

05. 雨上がり

06. あなたみたいに

07. 自由

08. 歩く

09. まぼろし

10. なんで

11. 天王寺

12. Boy feat. Dove


Lyrics & Music, Arranged by Le Makeup

(M.12) Lyrics by Le Makeup, Dove

Mixed, Produced by Le Makeup

Mastered by Seigen Ono (Saidera Mastering)

Guitar, Bass, Synthesizer : Le Makeup

(M.02) Chorus : Dove

Artwork by Fujimura Family





・Le Makeup、初のワンマンライブ「予感」開催決定

 



Le Makeup One-Man Live "予感" Tokyo



Date| 2024.05.21 [Tue] Open/Start 19:00/20:00

Venue| WWW (Shibuya, Tokyo)

Act| Le Makeup (Oneman Show)

Adv.| 3,000 Yen (Tax in) +1D

Door| 3,500 Yen (Tax in) +1D

Ticket| LivePocket [ https://t.livepocket.jp/e/lemakeup ]

Information| WWW [03-5458-7685]


ソロとバンドセットで2020年に出した「微熱」というアルバムの曲から新しく出す曲まで。もっと前の曲もやるかも。知ってる人も知らない人も、この日聞いてもらえたら自分がどんなこと考えてる(考えてた)のかわかってもらえる気がする。わかる必要があるのかは別として。


なにかを起こすとか、だれか救うとかは言う気はないですけど、5月21日WWWに来てくれたら僕がパフォーマンスしてると思う。それだけは約束したい。こんな機会待ってたから嬉しい。楽しみです!!



・Le Makeup One-Man Live "予感" Osaka



Date| 2024.06.09 [Sun] Open/Start 17:30/18:00

Venue| LIVE SPACE CONPASS (Shinsaibashi, Osaka)

Act| Le Makeup (Oneman Show)

Adv.| 3,000 Yen (Tax in) +1D

Door| 3,500 Yen (Tax in) +1D

Ticket| e+ [ https://eplus.jp

 

オフィシャル最速先行(先着)2024.05.15 [Wed] 18:00〜2024.05.24 [Fri] 23:59

 

Information| YUMEBANCHI [06-6341-3525]


WWWに続いて、大阪でも『予感』のリリースライブを行います。アルバムは大阪で大阪のことを書いたから大阪の街を歩いてから聞くと、少し違って聞こえるのかなとか思ってます。CONPASSもいつも飲みに行ってる場所だし。歌に関しても自分が関西弁じゃなかったら違う曲が出来てるだろうし。そんな風に自然に出来たアルバムだし...。とにかく...お待ちしています!!



Le Makeup Biography:

 

大阪出身のシンガー/プロデューサー。関西学院大学在学中に作曲へと本格的に取り組み、以降国内外のレーベルから作品を発表。2020年、アルバム「微熱」をリリース。以後、アジアやヨーロッパツアーを行い、中国・韓国・オランダ・デンマーク・ドイツでもパフォーマンス経験がある。

 

2023年2月には、Dove、gummyboy、JUMADIBA、Tohji、環Royが参加したフルアルバム「Odorata」をリリース。このアルバムは、Pitchfork誌で紹介され、少なからず話題を呼んだ。

 

Le Makeupはニューアルバム「予感」を2024年5月15日にリリース。アルバム発売記念のライブを予定している。5月21日にWWW(東京)、6月09日にCONPASS(大阪)にて初のワンマン「予感」を行う。

 

Joe Cupertino
Joe Cupertino

古今東西、様々な音楽ジャンルを越境する、カルフォルニア出身のバイリンガルMC、Joe Cupertino(ジョー・クペルティーノ)が【再生】をテーマにした新作アルバム「RE:」を発表した。(昨年、ご本人から直接プレスリリースを送ってくれたことがありました。ありがとうございます!!)


昨年、Joe Cupertino(ジョー・クペルティーノ)はスタジオに複数のドラムをセットし、実験的なサウンドを実験的に試みていた。確かにそれらの先鋭的でアヴァンギャルドな作風も魅力ではあったが、最新のシングルでは音楽性に劇的な変化が見受けられる。

 

少なくとも、新作アルバムのリードシングルでは、西海岸のチルウェイヴの代表格、チャズ・ベアことToro y Moi(トロイ・モア)を思わせるチルウェイブを意識したライトな作風に転じている。そのことを象徴付けるのが、鈴木真海子(chelmico)をfeat.した先行シングル「わがまま feat. 鈴木真海子」となる。どことなくノスタルジックなトラックに乗るボーカルは、わがままという本来自分本位な感情が年を重ねるにつれて減っていくことを表現しているという。ある意味では、この曲は新しいJ-POPのスタイルが示唆されているようにも思える。


Joe Cupertionoの新作アルバム「RE:」は6月19日にAWDR/LR2から発売される。ミックス/マスタリングは、盟友T-Razorが担当している。アートワークは、Satoshi Hori。アーティスト写真は、Yohji Uchidaが手がけた。

 


鈴木真海子(chelmico)
鈴木真海子(chelmico)



・Joe Cupertino「わがまま feat. 鈴木真海子」ーNEW SINGLE


Joe Cupertino「わがまま feat. 鈴木真海子」


Digital | JCP-002 | 2024.05.15 Release

Released by AWDR/LR2

 

Pre-save/Pre-add (配信リンク): 

https://ssm.lnk.to/Wagamama


Lyrics : Joe Cupertino, 鈴木真海子 / Music : T-Razor

Mixed and Mastered by T-Razor


アメリカ生まれのバイリンガルMC【Joe Cupertino】の【再生】をテーマにした新作「RE:」が6月19日にリリース決定。

 


・Joe Cupertino「RE:」- NEW ALBUM


Joe Cupertino「RE:」- NEW ALBUM


Digital | JCP-005 | 2024.06.19 Release

Released by AWDR/LR2 


PRE-ADD/PRE-SAVE(配信リンク): 

https://ssm.lnk.to/RE_



Joe Cupertino Biography:


カリフォルニア州クパチーノ出身の日本人ラッパー/トラックメイカー。2019年より活動を開始し、2021年には自身のファーストアルバム「CUPETOWN」、2022年にはセカンドアルバム「SAD JOE AID Ö」をリリース。

同作品の先行リリース楽曲である「DOOR」は楽曲のクオリティと共にジャケット・デザインを「ひゃくえむ。」、「チ。-地球の運動について-」などで知られる漫画家 魚豊が手掛け話題となる。

音楽番組での活躍を期待される注目ラッパーとして特集されるなど、その勢いは止まらず、2023年四ヶ月連続配信シングルをリリースしている。

幼い頃から音楽に対しての愛が深く、それを還元するために自ら制作を始めた。海外での生活の経験も経て、人一倍いろんな文化に触れている分、様々な観点から日本語と英語を駆使した独特なフロウでラップをする。

 

Jessica Boudreaux
Kait De Angelis

元Summer CannibalsのJessica Boudreaux(ジェシカ・ブドゥー)が、ニューアルバム『The Faster I Run』を発表した。このアルバムは7月19日にPet Clubからリリースが予定されている。

 

リードシングル「Back Then」は、Karlee Boonが監督したミュージック・ビデオと共に配信れた。そのソングライティングは、Bully、Blondshell、Margaret Glaspyに代表される女性シンガーのギターロックの系譜にあるが、上記のアーティストに比べると、オルタナティヴ寄りの作風である。その中にはエバーグリーンなエモーションを読み取ることもそれほど難しくない。


Jessica Boudreaux(ジェシカ・ブドゥー)は『The Faster I Run』のレコーディングとプロデュースを自身のPet Club Studioで行った。「Summer Cannibalsに在籍していた時よりも、今の方が自分自身についてより多くのことを知っているし、従来にはなかった自分自身の様々な部分に突然アクセスできるようになったので、書くのがエキサイティングだった」と彼女は説明している。「どの曲も癒しのために必要であって、純粋に、物事を解決するために最も音楽に頼った曲でもある。レコード全体が、全く新しいレンズを通して私の過去を回顧している」

 

 「Back Then」

 




Jessica Boudreaux 『The Faster I Run』



Label: Pet Club

Relase:  07/19/2024


 Tracklist:


1. Back Then

2. Be Somebody Else

3. Doctor

4. Exactly Where You Wanna Be

5. Main Character

6. Suffering

7. Put Me On

8. Sweetest Fruit

9. Cut and Run

10. Smoke Weed

11. Something In My Gut

12. You’ll Say It Was Fun

 

Colin Stetson

 

近頃、スタジオ・ミュージシャンや大物ミュージシャンのサイドプロジェクトのコラボレーターとして活躍していた音楽家がスポットライトを浴びるケースがある。サックス奏者、コリン・ステットソンもその事例に当てはまる。ミシガン大学を卒業後、彼はプロのスタジオ・ミュージシャンとして活躍した。その中には、Bon Iver,The National,Arcade Fireの作品への参加も含まれている。

 

コリン・ステットソンの『The love it took to leave you』は9月13日にエンヴィジョン・レコードから発売される。サックス奏者兼作曲家のソロ・レコーディングは実に2017年ぶりとなる。アルバムのタイトル曲は以下からご視聴下さい。霊的なシンセテクスチャーに合わせてステットソンは味わい深いサクスフォンの演奏を披露する。アヴァンジャズという切り口を通して。


「最新アルバムのタイトル曲"The love it took to leave you "はアルト・サックスで演奏される。自分自身と孤独、そして風雨に揺れ軋む背の高い老木へのラブレターです」とステットソンは声明で説明している。

 

『The love it took to leave you』は、2023年初頭の1週間、モントリオールのダーリング鋳物工場でレコーディングされた。ステットソンは次のようにコメントしている。「普段私がアンプリファイするのと同じライブ・セットアップ、つまり建物のスペースにフルPAを使ったので、私が動かせるような空気を本当に動かすことができた。そして、さらに肉付けしていった」


「その本質は私自身なんだ。私がやっていることは個人的なことでもある。私の身体と技術的な能力は進化し続けているから、次のレコードを作るたび、今しか演奏できないことがあるんだ」




「The love it took to leave you」




Colin Stetson 『The love it took to leave you』


Label :Envision Records

Release:09/13/2024

 

 Tracklist:


1. The Love It Took To Leave You

2. The Six

3. The Augur

4. Hollowing

5. To Think We Knew From Fear

6. Malediction

7. Green And Grey And Fading Light

8. Strike Your Forge And Grin

9. Ember

10. So Say The Soaring Bullbats

11. Bloodrest

Dora Jar

 

オルトポップ・アーティストの北カルフォルニアのDora Jarことドーラ・ジャーウスキーが、2024年最初のリリースとなるニューシングル「She Loves Me」を発表した。シンガーはベッドルームポップの注目アーティストとして紹介される場合が多いが、少なくともその音楽のニュアンスに、エクスペリメンタルやアヴァンな香りを感じ取る敏いリスナーは多いのではないか。

 

「She Loves Me」は、ドーラの内面にある2つの側面、つまりグループの中にいる自分と1人でいる自分との対話を表している。付属のミュージック・ビデオ(実際の出来事にインスパイアされ、エリカ・スナイダーが監督した)では、ドーラはベルリンのアパートのパーティーで、友人や見知らぬ人たちの中でタオル一枚で踊りながら、公的な自分と私的な自分との境界線を曖昧にしている。一連の暴露療法的な方法の中で、本質的な音楽のニュアンスを見つけるという手法である。また、それは今まで知らなかった自己やそのペルソナとの出会いを意味する。


「この曲は、私がなれたらいいなと思う女の子への頌歌なの」と、ドーラはこのシングルについて語っている。2月には、エクスペリメンタルポップ界の奇才アッシュニコ(Ashnikko)が、2023年のシングル「You Make Me Sick!」のリミックスにドーラを起用したことは記憶に新しい。

 

 

「She Loves Me」

 Lightning Bug 『No Paradise』


 

 

Label: Self Release

Release : 05/03/2024

 

 

Review   ライトニングバグの進化のプロセスを示す

 


通算4作目となるニューヨークのライトニング・バグの新作アルバム『No Paradise』は自主レーベルからのリリースとなる。

 

このアルバムは、旧来のバンドのカタログの中ではアヴァンギャルドな側面を示している。3年前までは、オルタネイトなフォークバンドというイメージもあったライトニングバグであるものの、この作品を聴いて単なる”フォークバンド”というリスナーは少ないかもしれない。つまり、この4作目のアルバムで、バンドは勇猛果敢にアートポップ/アート・ロックバンドへの転身を試みたと解釈出来る。これをバンドの進化と言わずなんと言うべきか。そして難解な謎解きのようなニュアンスもある一方、アルバム単位では最高傑作の一つになるかもしれない。そして、最初からすべてが理解出来るというより、聴くうちに徐々に聴覚に馴染んでくるような不思議な音楽である。

 

バンドの旧作のアルバムは、良い曲を集めたような感覚があり、それが一連の流れを持つことや躍動感を生み出すことは稀だった。それはバンドがフルアルバムという概念に絡め取られていたからなのか。少なくとも、このアルバムでは、オープナーとクローズに対比的な収録曲を配置し、コンセプチュアルな意図を設け、ボーカリストが話すように、「エッジの効いたサウンド」に昇華されている。考え次第によっては、従来はドリームポップやオルタナティヴフォークという、ある一定のジャンルを重視していた印象もあるライトニングバグが、いよいよそれらの通牒をかなぐり捨てて、より広大な世界へと羽ばたいたとも言える。

 

 

アルバムには冒頭の「On Paradise」を中心にカーペンターズの時代から受け継がれるバロック・ポップの要素が表面的なイメージを形作る。しかしながら、2021年までは古典的なポップスにこだわっていた印象もあったが、今回、それがモダンなイメージを擁するアートポップに生まれ変わった。

 

前衛的なサウンドプロダクションを見ると分かる通り、安定感のあるドラム、センス抜群のギター、そして、分厚いグルーブ感のあるベースによる強固なアンサンブルを通して、バンドという形で、エクスペリメンタルポップ/アヴァン・ポップを体現させようとしている。もちろん、ボーカリストを中心とする夢想的なエモーションや、美麗なメロディーが薄れてしまったというわけではない。例えば、「The Withering」を筆頭にして、オルタナティヴフォークとドリームポップという、旧来の活動で培われてきた二つの切り口を通じて、先鋭的な音楽性が示されたと言える。フローレンス・ウェルチやシャロン・ヴァン・エッテンの主要曲に見受けられる、物憂げを通過したゴシック的なエモーションが、エキゾチックな印象を形作り、甘く美しいメロディーのみならず、硬質な印象を持つ聞き応え十分の音楽性が作り上げられたのである。

 

正直、これらのポスト志向の音楽の進展はまだ完全な形になったとは言えない部分もある。しかし、それでも、#5「Opus」から続く数曲の流れは圧巻で、バンドの新たなベンチマークが示されたと言えるのではないでしょうか。特に『No Paradise』では、よりポスト・ロック/アート・ロックに近い実験的な音楽性に進み、緻密なアンサンブルやミックス/マスターを介して精妙かつ刺激的なサウンドが繰り広げられる。

 

「Ops」はニューヨークのオルタナティヴロックバンド、Blonde Redheadの作風を思わせるアヴァンギャルドな展開力を見せることがあり、2007年の『23』を彷彿とさせるアートポップ/アート・ロックの狭間にある異質な音楽性へと直結する瞬間がある。特にボーカルが消え、オーバードライブを掛けたベースとギター、そして、それを手懐けるドラムの巧みなスネア捌きには瞠目すべきものがある。音源という概念に絡め取られることが多かった印象のあるバンドは、リアリティを持つロックソングを制作し、結成10年目の真価を示そうとしている。

 

 

「Opus」

 

 

 

ライトニング・バグは、アルバムの制作を通じて、背後には目もくれず、未来へと少しずつ歩みを進めているように思える。そんななか、アンソロジー的な意味を持ち、一息つけるような安心出来る曲もある。現在、ストリーミング回数を順調に積み上げている「December Song」は、旧来のドリーム・ポップ/オルタナティヴ・フォークの中間域にある一曲として楽しめるはず。 そして、今回は、上品なストリングスが導入され、それがより開けたような響きをもたらしている。最新アルバムの中では、一番聞きやすい部類に入るナンバーとして抑えておきたい。また、アルバムの中盤と終盤をつなげる役割を持つ「Serenade」は、ボーカリストのトリップ・ホップの趣味を反映させた一曲で、これは従来のバンドの音楽性には多くは見られなかったものである。

 

古典的な音楽と最新の録音技術を駆使したアヴァンギャルド性の融合は、アルバムの終盤にかけて一つの重要なハイライトを形成する。ボーカル・ループから始まる「Lullaby For Love」と「Feel」は、連曲となっており、より大掛かりな音楽のアイディアが反映されている。オードリー・カンのボーカルを起点として、スリリングな響きを持つ巧緻なバンドアンサンブルを構築している。イントロでは、アイルランドフォークを思わせるライトニングバグのお馴染みのスタイルを披露し、それをポピュラーなバラードという形に繋げた後、「I Feel...」では、ミニマルミュージック、プログレッシヴロック、ポストロックに近いアヴァンギャルドな曲展開へと移行していく。

 

最終盤になっても、バンドのアイディアが尽きることはなく、それとは正反対に広がりを増していくような感覚がある。彼らは一つのジャンルに絡め取られるのではなくて、その時々の音楽を自由に表現しようとしている。このことは、バンドの将来の有望性を示しているのではないだろうか。メキシコからニューヨークへのバイク旅行の成果は「Morrow Song」に見いだせるかもしれない...。Touch & GoのCalexicoを彷彿とさせるメキシカーナをアートポップの側面から解釈しているが、この曲も従来のバンドの音楽性とは明らかに性質が異なっている。


最近のアメリカの主要なオルタナティヴロックバンドや、ソロアーティストと同じように、本作の終盤では、旧来のバンドのフォーク・ミュージックやポップスの音楽性を踏まえ、アメリカーナへの愛着が示されている気がする。とにかく素晴らしいと思うのは、バンドの音楽はスティールギターを思わせるお約束のギターフレーズが入っても、心なしかエキゾチックな響きを漂わせていることだろう。これは、バック・ミークやワクサハッチーの最近の曲と聴き比べると、違いが分かりやすいのではないだろうか。もっと言えば、ライトニングバグの音楽性には、アイルランドのLankumに代表される北ヨーロッパのフォークミュージックの色合いが込められている気がする。

 

 

 

86/100

 

 

 

 

Best Track-「December Song」

 

 

 

 

・Lightning Bug(オードリー・カン)のQ&Aのインタビューはこちらよりお読み下さい。

 

・Bandcampでのアルバムのご購入はこちらより。

 

Porches

ニューヨークのアーロン・メインによるレコーディング・プロジェクト、Porches(ポーチズ)が、6枚目のスタジオ・アルバム『Shirt』の発表に合わせてニュー・シングル「Joker」を配信した。

 

最近のアーティストは、通常ではためらうような主題をシンプルかつスマートに音楽の中に織り交ぜる。また、それは、日常生活では消化しきれないものであるため、重要な意味が求められる。ポーチズのニューアルバムも同様であり、『Shirt』は、アングスティなファンタジーで、告白的なメロドラマでもある。現実と作り物の間で揺れ動くロック・アルバムは、郊外の若者の無邪気さと、大人になってからの擦り切れた現実の両方を反映している。このアルバムは、自分の人格とペルソナの間の緊張感、つまり現実とぶつかり合う夢の重さをテーマに据えている。


ポーチズは秋の北米ツアーも発表し、10月にスタートし、11月7日のロサンゼルスのフォンダ・シアター、11月20日のブルックリン・スティールでの地元公演で幕を閉じる。この北米ツアーは、10月2日のロンドン・ヘヴン公演を含む、ポーチズのイギリス/ヨーロッパ・ツアーに続くものである。


『Shirt』は9月13日にDominoからリリースされる。ツアーのチケットは今週金曜日午前10時(現地時間)よりporchesmusic.comにて一般発売される。

 

 

 「Joker」

 




Porches 『Shirt』

Label: Domino

Release:  09/13/2024


Tracklist:


1. Return Of The Goat

2. Sally

3. Bread Believer

4. Precious

5. Rag

6. School

7. Itch

8. Joker

9. Crying At The End

10. Voices In My Head

11. USA

12. Music


Cassandra Jenkins

Dead Oceansとの契約を発表したばかりのCassandra Jenkins(カサンドラ・ジェンキンス)はこのレーベルの新たな看板アーティストに目され、エレクトロニックとポップスを融合させ、新しいフェーズへと進めるシンガーである。カサンドラ・ジェンキンスの楽曲は、エクスペリメンタルポップやアヴァン・ポップ、あるいはアートポップに該当すると思われるが、実際のトラックを聴くとわかるように、ジャンルという概念を超越した音楽的な表現性が含まれている。

 

カサンドラ・ジェンキンスの「Delphinium Blue」は、ダイナミックなスケールを持つアートポップソングである。シンセサイザーのシネマティックな背景を駆使し、ジェンキンスはそれを舞台の書き割りのように見立て、フローレンス・ウェルチのような壮大なスケールを持つポップネスを体現させる。その合間にスポークンワードも織り交ぜられている点を見るかぎり、ジェンキンスは現代のポップソングの最前線に歩み出ようとしている。シンガーは言語と花という二つの得難い概念を基に、最終的にそれを音楽というもう一つの語法として昇華させる。驚くべきことに、それは、フラワーショップの店員という個性的な仕事から得られた産物であった。


ソングライターが2021年に発表したブレイク・アルバム「An Overview On Phenomenal Nature」に続き、以後2年間にわたる大規模なツアーが開催された。スタジオに戻ったジェンキンスは、事実上、彼女を蝕んだアルバムの後を追う仕事を任された。この期間、ジェンキンスは精神的な疲弊を感じていた。しかし、傑出したアーティストにとって活力を取り戻す方法は、因果なことに、以前よりも良い曲を書き、みずからを納得させるということだった。


「デルフィニウム・ブルー」はカサンドラ・ジェンキンスを世界の構築者として包み込んでいる。この曲の制作についてのメモの中で、彼女はこう語っている。


「どこに向かえばいいのかわからなくなったとき、確実に美しいものを探すことがある。地元のフラワーショップの仕事に応募したとき、生存本能が働いたような気がした。その仕事は、私の人生で最も青かった時期を乗り切らせてくれた。花に囲まれていると、その重みに耐えるのが楽になるだけでなく、花と自分自身を十全に理解できた。花は私の潜在意識の言語となった。花々は、私が耳を傾けようと思えば鍵を握っているような、私の悲しみを運ぶポーターであり、気づきへの繊細なポータルであるような、すべてを知り尽くしているような質を帯びていた。

 

カサンドラ・ジェンキンスのアルバム「My Light, My Destroyer」は7月12日にリリースが予定されている。プロデューサー、エンジニア、ミキサーのアンドリュー・ラッピン(L'Rain, Slauson Malone 1)を含む、親密なコラボレーターと共に制作された。スラウソン・マローンはWarpに所属するエレクトロニック・プロデューサーで、最も先鋭的な作風で知られている。



「Delphinium Blue」

 


マンハッタンの切り込み隊長、cumgirl8(カムガール8)が単独シングル「quite like love」をリリースした。4ADのアーティスト写真は過激過ぎて掲載することが出来ない。いつもぎりぎりを攻める四人組の新曲はアメリカでの一連のヘッドライン・ライヴ、L7やBratmobileとのサポート・デートに続いて到着。cumgirl8はこの新曲で、彼らの感染力を証明する。不穏でインダストリアルな空気を持つこのバンドは、キャバレー・ヴォルテールに近い、ゴシック・ポップとスカスカのダンス・パンクにムラムラするような散文をちりばめた''Pitchforkスタイル''に触れている。


今年初め、カムガール8は「glasshour」と題された別の独立したトラックを発表した。そのリリースは、ジャリジャリしたエレクトロ・パンクの華やかさ、インダストリアルなスラッジ、そしてそのすべてを結びつける抑えがたいフックによって、cumgirl8のエキサイティングでユニークなすべてを披露した。この2曲のシングルは、昨年リリースされたEP『phantasea pharm』(4ADからのデビュー作)に続く今年末リリース予定のデビュー・アルバムのプレビューとなる。



過去30年間、ナダ・サーフの中心メンバーは変わらない。マシュー・コーズ、ダニエル・ロルカ、アイラ・エリオット。ニュー・ウェスト・レコードからの初のアルバム『Moon Mirror』は、バンドとイアン・ロートンがウェールズのロックフィールド・スタジオで制作した。レコーディングには、マシュー、ダニエル、アイラの友人で長年のキーボード奏者であるルイ・リノが参加した。


『Moon Mirror』は、彼らの新しいレーベル、ニュー・ウエストからのデビュー作である。バンドがイアン・ラウトンとともにプロデュースし、ウェールズのモンマスシャーにある有名なロックフィールド・スタジオで録音された。そのプロセスについて、マシュー・コーズはこう説明している。


「アルバムを作るたびに、それが何なのかと聞かれる(そして自問する)。その質問にどう答えていいのかわからない。私はまだすべてを解明しようとしているし、それがテーマに近いのかもしれない。状況を、自分を、他人を)受け入れようとすること、つながり、可能性と明るい面を常に探し求めること、変化への意欲、許し、好奇心、自分の死期、動機、判断などを確認すること。しかし、不思議なことに、それを作り上げる瞬間は、自分が何をしているのかまったくわからない。私は自分自身に正直であり続け、世界を理解するための最善の推測をしようとしているだけなのだから」


『Moon Mirror』は、ナダ・サーフにとってスリリングで感動的な飛躍作である。このアルバムに収録された曲は、人間の体験に忠実で、意味深く、神秘的で、時に不条理なものだ。そこには愛があり、悲しみがあり、深い孤独があり、疑念があり、驚きがあり、希望がある。これらは20代のバンドの曲ではない。ここには、苦労して勝ち得た知恵があり、可能性に対する信念がある。



「In Front of Me Now」





Nada Surf 『Moon Mirror』







Label: New West

Release: 09/14/2024



Tracklist:


1.Second Skin

2.In Front of Me Now

3.Moon Mirror

4.Los​​ing

5.Intel and Dreams

6.The One You Want

7.New Propeller

8.Open Seas

9.X Is You

10.Give Me the Sun

11.Floater


*スペシャルエディションにはデモソングが追加収録されます。

 



アイルランドのインディーロックバンド、New Dadの初の来日公演が決定しました。バンドは、2022年のEP『Banshee』でドリーム・ポップを絡めたオルタナティヴロックで注目を集め、最新作『MADRA』をリリースしています。ツアーは10月23日から二日間にわたって東京のduo Music Exchange/大阪Umeda Club Quattroで開催されます。日程の詳細は下記の通りとなっています。

 


東京:  


2024/10/23 (Wed) duo MUSIC EXCHANGE 


東京都渋谷区道玄坂2-14-8 O-EASTビル 1F


OPEN 18:30 START 19:30


スタンディング 

前売り:¥6,800



ドリンク代別 


お問い合わせ
: SMASH 03-3444-6751 



 
大阪:

 

2024/10/24 (Thu) UMEDA CLUB QUATTRO 


大阪府大阪市北区太融寺町8-17 プラザ梅田10F


OPEN 18:30 START 19:30



スタンディング 


前売り:¥6,800


ドリンク代別 


お問い合わせ
: SMASH WEST 06-6535-5569 




New Dad:

 

New Dadは、アイルランドのゴールウェイ出身の四人組のインディーロックバンド。メンバーは、Julie Dawson,Andle O'Beirn,Fiachra Parslow, Sean O 'Dowdで構成されている。


ドリームポップ、シューゲイザーの合間を縫うかのような絶妙なオルタナティヴサウンドは、これらのジャンルを生み出した同郷アイルランドのマイ・ブラッディヴァレンタインの後継バンドと称すことが出来るかもしれない。また、そこに、独特なアイルランドのバンドらしい叙情性が滲んでいる。


英国の音楽メディアNMEは、New Dadのサウンドについて、The Cure、Beabadooobee、Just Mustardといったバンドを引き合いに出している。また、Atwood Magazineは、New Dadのバンドサウンドについて、「皮肉じみた個性が表向きに感じられるが、そこには誠実さも滲んでいる。音には色彩的な視覚性が感じられ、歌詞には時に痛烈なメッセージが込められる」と評している。


New Dadは、2020年に自主レーベルからデビューを果たした新進気鋭のロックバンドであり、これまでに7枚のシングル作、及び、一枚のEP作品「Waves」をFair Youthからリリースしている。


アイルランド、ウェールズのブレコン・ビーコン国立公園で毎年8月に開催されるグリーンマン・フェスティヴァル、アメリカのピッチフォーク・ミュージックフェスティヴァル(パリ開催)、それからアイルランドのテレビ番組にも出演している。


1980年代のUKサウンド、スージー・アンド・バンシーズ、コクトー・ツインズ、ジーザス・メリーチェインズ、ライド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、上記のザ・キュアーを彷彿とさせる轟音性とポピュラー性にくわえ、淡い叙情性を兼ね備えた性質がNew Dadの魅力。四人というシンプルな編成であるがゆえのタイトな演奏し、甘く美しいサウンドを主な特徴としている。

 Yaya Bey  『Ten Fold』

 

Label: Big Dada

Release: 2024/05/10


Review    癒やしに充ちたスモーキーなネオソウル



ニューヨークの気鋭のネオ・ソウルシンガー、Yaya Bey(ヤヤ・ベイ)はすでに2022年のアルバム『Remember Your North Star』でシンガーとしてもソングライターとしても洗練された才覚を発揮し、シーンで存在感を示している。このことはコアなR&B/ソウルファンであればご存じのはず。


続く最新作『Ten Fold』では、どうやらヤヤ・ベイが内面のフォーカスを当て、瞑想的なサウンドを打ち立てているという。アルバムのアートワークに写しだされる扇動的でセクシャルかつグラマラスなシンガーの姿は、一見したところポップな作風を思い浮かばせるが、しかし、驚くなかれ、それはブラフのような意味を持ち、実際はメロウでスモーキーなネオソウルのアトモスフィアが今作の全体には漂っている。ある意味では、このアルバムの事前のイメージは、ニューヨークの摩天楼を思わせるような洗練されたネオソウルによって覆されるに違いない。ヒップホップをベースにしながらも、ボーカルのサンプリング、レゲエ/ダブに近いリズム、そして時折、ソウルシンガーとして表されるヒップホップカルチャーへのリスペクト……。これらが混在しながら、メロウかつアーバンな響きを持つR&Bのストラクチャーが築き上げられる。



この作品の発売元であるBig DadaがNinja Tuneのインプリントであることを考えると、ニューヨークのソウルシンガーでありながら、インターナショナルな香りを漂わせるアルバムである。ヤヤ・ベイのサング(歌唱法)は、例えば旧来のサザン・ソウルやモータウンサウンドとは対極に位置し、アーバンな雰囲気に浸されている。ベイの歌はまるで、夜が深まったニューヨークの五番街を歩きながら、日常生活を丹念にリリックとして描写し、それをソフトに歌うかのようである。いや、歌うというよりも、ウィスパーボイスによってささやくといった方がより適切だろう。ベイの歌には、ヒップホップからの影響もあり、細かなニュアンスの変化とともに抑揚をコントロールしたピッチの微細なゆらぎを駆使し、マイルドな質感を持つ歌を披露する。背後のビートにUKソウルからの影響を反映させ、ダブともベースラインともつかないアンビバレントなリズムを背景にし、ヤヤ・ベイは軽やかな足取りでステップを踏むかのように歌う。このアルバムには、ニューヨークでの生活がリアルな形で反映され、その土地にしかないリアルな空気感が含まれている。曲が進むごとに、夜の町並みが中心街から地下鉄、そして再び地上の家へと、代わる代わるサウンドスケープが変化するような印象があるのがとても興味深い。

 

インプリントということで、ニンジャ・チューンらしいサウンドも反映されている。ロンドンのJayda Gがヒップホップとソウルの中間域にあるモダンなサウンドを、昨年の「Guy」で確立したが、この作品には、ヒップホップのサンプリングをストーリーテリングの手法として導入するという画期的な手法が見受けられた。 補足すると、Jayda Gが試みたのは家族のストーリーをサンプリングとして導入するというもので、スポークンワードの中で文学的にそれを表現するのではなく、サンプルのネタとして物語性を暗示的に登場させるという手法である。これは例えば、デル・レイの最新作にも共通している。もっと言えば、このサンプルの技法は、ストーリーにとどまらず、フレンドシップやコミュニティを表現することもできるかもしれない。「east coast mami」ではスポークンワードのサンプルを導入し、音飛びのしないブレイクビーツの規則的なリズムを背景にし、ヤヤ・ベイはメロウでマイルドな質感を持つリリックと歌を披露している。アルバムの中盤に収録されている「eric adams in the club」にもこの手法が見出せる。


ヤヤ・ベイは、ニューヨークを中心とする暮らしを、彼女の得意とするR&Bの手法で端的に表現している。それは、例えば、S.Raekwonのスタテン・アイランドに向かう船で切ない慕情を歌ったものとは異なり、ニューヨークのビジネスマンが肩で風を切って歩くような都会的な洗練性である。その中には、ややウィットに富んだ内容も見え、「Chasing Bus」は、乗り遅れたバスを追いかけるシーンと、彼女自身のソウルのアウトプットが現代的な質感とともに古典的な側面を持つことに対する自虐とも解釈出来る。これらはメインボーカルと鋭いコントラストをなしているし、そしてまた、ヒップホップの話のようなレスポンスと合わせて新旧の両側面を持つソウルミュージックの形として昇華されると、洗練されたモダンな音楽の印象を与える。さらにそういった多角的なネオソウル/ヒップホップのアプローチを通じて、トラックリストを経るごとに、ヤヤ・ベイの日常的な生活は内面と呼応するような感じで、どんどんと奥深くへと潜っていき、音楽的な世界観の広がりを少しずつ増していく。 つまり、このアルバムでは、最初から完成形が示されるのではなく、リスナーがニューヨークやロサンゼルスの歌手の体験を追いかけて、それらの出来事に接した際の感情の過程を追体験するような楽しさがある。さらに救いがあるのは音楽がシリアスになりすぎず、ユニークな要素をその中に併せ持つということ。

 

 

基本的にはヤヤ・ベイのソングライティングのスタイルはヒップホップとソウルの中間に位置していて、同時にそれがこのアルバム全般的な特色やキャラクターともなっているが、音楽性の中心点から少しだけ離れる場合もある。例えば、「Slow dancing in the kitchen」では、Trojan在籍時代のBob Marleyのレゲエサウンドを踏まえ、それらを現代的な質感を持つソウルミュージックとしてアウトプットしている。これらのサウンドは、シリアスになりすぎたヒップホップやソウルにウィットやユニークさを与えようという、ヤヤ・ベイの粋な取り計らいでもあろう。その他にも、ユニークな曲が収録されている。「so fantasic」では、Mad Professor、Linton Kwsesi johnsonのような古典的なダブサウンドに近づく楽曲もある。しかし、歌にしても、ソングライティングにしても、少しルーズで緩い感覚があり、それこそが癒やしの感覚をもたらす理由でもある。これらのチルアウトに近いレゲエやソウルの方向性は、ノッティンガムのYazmin Lacey「ヤスミン・レイシー)の最新作『Voice Notes』の系統にあるサウンドと言えるか。


これらの多角的な音楽性は基本的には、メロウなソウルという感じで、全体的なアルバムの印象を形作っている。それは真夜中の憂鬱や憂いというイメージを孕んでいるが、一方でブラックミュージックの華やかさに繋がる瞬間もある。例えば、先行シングルとして公開された「me and all n---s」は、ダウナーな感覚を持ちながらも、背後のオルガンの音色と合わせて、ヒップホップのニュアンスが少し高まる瞬間、ダークで塞いだ気持ちを持ち上げるような効果がある。


また、「iloveyoufrankiebeverly」は、古典的なノーザン・ソウルの影響下にある素晴らしいトラック。この曲では一貫して、アンニュイなボーカルを披露してきたシンガーが唯一楽しげな雰囲気を作り上げている。しかし、ベイが作り出す音の印象は一貫して真夜中のアトモスフィアなのである。憂いに留まらず夜の陶酔ともいうべき際どい感覚、要するにこれらは、トリップ・ホップのブリストルサウンドと似ているようで、実はカウンターポイントに位置している。

 

ダンスミュージック、ヒップホップ、チルアウト、レゲエ/ダブ、ジャズ、モダンなネオソウル、それとは対極にある70年代のノーザン・ソウルというように、幅広いバックグランドを持つベイだが、最後は、安らいだ感じのチルウェイブで統一されている。


「yvettes's cooking show」はヒップホップやローファイに近い音楽性を選んでいるが、依然として癒やしの感覚に満ちている。クローズ「let go」ではチルアウトをトロピカルと結びつけ、リラックスしたサウンドを生み出す。アウトロのタブラを思わせる民族楽器のエキゾチックな響きは、リゾート気分を呼び覚ますこと請け合いだ。


序盤ではニューヨークの都会的なイメージで始まるこのアルバム。しかし意外にも、複数の情景的な移ろいを通じて、最終的にはリゾート地への逃避行のような感覚を暗示している。『Ten Folds』には本格派のソウルミュージックの醍醐味が満載だ。それがウィットに富んだミュージシャンのユニークさに彩られているとあらば、やはり称賛しないというわけにはいかないのである。

 

 

 

86/100

 






Yaya Bey






ニューヨーク育ちのR&Bボーカリスト、ヤヤ・ベイは、彼女の新しいスタジオアルバム「Ten Fold」で包括的な自画像を想起させる。彼女の以前の作品が真剣でマインドフルだったところでは、ヤヤの新しいアルバムは決定的であり、意識的な意図の流れで彼女を取り巻く世界の未来を調べながら、彼女の過去の側面を遡ります。


ジャズグループブッチャーブラウン、カリームリギンズ、ジェイダニエル、エクサクトリー、ボストンチェリーのコーリーフォンビルからの熱狂的な制作を通して、ヤヤは、悲しみと喪失、人生を変えるマイルストーン、そしてその間のすべてによって中断された1年間の忍耐の複雑さを語る自由話の傑作を提供します。


彼女の強力な2022年のアルバム「Remember Your North Star」をリリースしてから9ヶ月後、ヤヤは激動を通して進化する準備を整えた北星のExodusで戻ってきました。「私は通常、アルバムに入るときに、このテーマ全体のものを持つようにしています。しかし、私が人生が起こっていたときに作ったこのアルバム」と彼女は言う。


そのようなオープンエンドの創造的なリズムの中で働くことで、ヤヤは音楽とそれ以降の彼女の仕事に知らせるすべての努力、感情、経験を伝える瞬間でアルバムを豊かにすることができました。彼女は詩人、抗議のストリートメディックとして人生を送り、サナアと呼ばれる相互扶助組織、アートキュレーター(PGアフリカ系アメリカ人博物館)、そしてブルックリンのモカダ博物館に居住し、過去のプロジェクトのカバーアートを制作したミクストメディアアーティストを設立しました(「ケイシャ」、「9月13日」、「The Things I Can't Take With Me EPなど)。


このアルバムは、ヤヤのアイデンティティのこれらのさまざまな側面の間に糸を結びつけ、彼女が誰であるかの心のこもった肖像画を提示し、彼女が見ているように世界について話すためのスペースを切り開く。テンフォールドでは、彼女は自分の内なる存在について瞑想し、恋に落ち、同様に、彼女の周りの世界やコミュニティについてコメントし、コストの上昇や人類のほぼディストピア状態などの政治状況を批判します。


滑稽で風刺的なリスニングのために、ユーフォリックな「クラブのエリックアダムス」を演奏し、ヤヤは市全体の混乱の真っ只中に公共のお祝いに出席するためにニューヨーク市長の名前をチェックします。「インフレと住宅危機のために、私たちは同じパーティーをすることさえできませんが、少なくとも市長は私たちと一緒にパーティーをしています」とヤヤは冗談を言います。


他の社会政治的懸念もヤヤの頭にある。彼女は、紛争鉱物と児童労働が毎年それらを注ぎ出すために使用されているため、別のiPhoneを購入することを拒否します。彼女のニューヨークの友人は、家賃が高騰している間、避難所の支払いに苦労しています。広大なLPを作るプロセスを通して自分自身をプッシュし、ヤヤは彼女の仕事が共感的であり、実生活とその絶え間なく変化する状況に対する彼女の意識を示すことを目指しました。アーティストとしての彼女の人生の真実を提示するヤヤのコミットメントは、本質的に音楽を作るキャリアの一部である成果と失敗の両方に聴衆を聞かせ、派手な芸術的なペルソナのファサードを取り除き、代わりにこの旅が彼女に教えたことへの感謝を植え付けます。


ヤヤは、彼女の中心的な音楽物語が苦労している黒人女性の声として彼女を見つけるというジャーナリズムの考えに反撃します。なぜなら、テンフォールドは、彼女が内側に焦点を向けるときと同様に、彼女の音楽が群衆を含むことができることを証明しているからです。彼女がどのように認識されても、ヤヤの使命は、主に最初から彼女を知っていたサポーターに、常に信憑性を維持することです。「私は失敗したので、現実と関連性からあまり離れないことを願っています」と彼女は言います。


ヤヤの本質は、センターピースのトラック「サー・プリンセス・バッド・ビッチ」にあります。催眠性のイヤーワームは、歌手が「私以外の何もない」と歌いながら、のんきに感じます。自然の中では軽いが、歌の中で、ヤヤはジェンダークィアな人としての彼女の存在について熟考する。ヤヤの定義では、「サー・プリンセス・バッド・ビッチ」はアーティストの複雑さを表しています。「このスイッチは非常に極端です。ある日、私はハンサムな男で、次の日、私はクソガウンを着てステージにいます」とヤヤは告白します。


内面と外面の探検がヤヤの精神であるように、テンフォールドはその文章に無文化なニュアンスで輝いています。ソウルフルなオープナー「歯をかばって泣く」は、ヤヤが「私はこのすべてのお金を得たが、私はまだクソ壊れている」のようなパンチの効いたセリフでユーモアを通して人生の重荷を運ぶのを見ます。「証拠」の大気生産は、ヤヤの穏やかな発声と「時々私はそれを作らないように感じる」のような不安な告白を覆います。


テンフォールド全体に散在するのは、日曜日の朝の親密さを醸し出す、軽くレゲエが塗られた「キッチンでのスローダンス」のように、喜びを垣間見ることができます。ヤヤは、短く輝く「私とすべての私のニガー」で彼らの窮状から自分自身を回復する彼女の友人サークルの能力を証明しています。「Iloveyoufrankiebeverly」は、夜間のバーベキューの雰囲気があり、迷路のフロントマンへの適切なオマージュです。各曲は、テンフォールドが顕在化するのにかかったライティングとフリースタイルセッションの治療的性質で流れます。


ヤヤは、祖先と直接つながっているように、バルバドスの父方の故郷を思い起こさせます。彼女のカリビアンのルーツを取り入れて、ヤヤは、詩の重い「私のパパのようなスタンティン」であろうと、ベイが娘に「あなたがどこかにいたように世界に自分自身を提示する」ことを思い出させる「私と私の」の紹介のような散在したオーディオクリップで、彼女の父アユブ・ベイに絶え間ないオードを与えます。


そして、本当に、彼女はどこにでもいました - ヤヤは私たちにそれをすべて音響的に旅行させています。第二世代のアーティスト、ヤヤが直接目撃した旅は、音楽とのより健康的な関係を築き、彼女の労働の成果を受け入れるために必要なツールを彼女に与えました。「それは天職であり、私と私の血統にとって、それは先祖代々のものです」と彼女は言います。彼女がアーティストとして舗装された道では、テンフォールドに浸透するヤヤの真実です。


ジョニー・キャッシュは不思議な魅力のあるシンガーであり、カントリー歌手の代表格としても知られるが、その音楽にはロックテイストが漂う。ハンク・ウィリアムス等の古典的なカントリーは少し苦手でも、キャッシュはかっこいいと言う人がいる。キャッシュは本質的にはアコースティックギターを使用したロックミュージシャンだったのではないだろうか。彼はエルヴィスの在籍したサン・レコードからデビュー、レッド・フォーリーと並んで戦後のカントリーミュージックのアイコンとなった。ある意味では、そのエルヴィスのように破天荒な生き方も、古典的なロックミュージシャンのイメージに近い。彼の生家はアーカンソーの綿畑の農家であり、貧しい農業コミュニティで育った。中期は、フランク・ザッパやリック・ルービンからの薫陶を受けたこともあり、必ずしも、カントリー・ウェスタンの形式にこだわらなかった。彼の音楽はむしろカントリーの先にあるロカビリーというスタイルを生み出すことになった。

 

 

多くの善良なアメリカ人と同じく、ジョニー・キャッシュの音楽的な概念の中にはキリスト教の題材がある。晩年、ジョニー・キャッシュの音楽は人間的な悲哀、道徳的な試練、贖罪をテーマに取ることが多かった。これらのテーマは20世紀の多くのヨーロッパのキリスト教圏で生活する文学者が題材にした。つまり、キリスト教における一神という存在と人間の存在がどのような関係性を持つのかについてである。それは形而下としての表現に至る場合もあれば、それとは正反対に、なんの変哲もない日常生活、あるいはカソリック的な概念から見た貞節と放埒というものまで実に広汎である。例えば、フランソワ・モーリヤックや北欧のノルウェーやスウェーデンの作家はほとんど、キリスト教的な試練を人生と結びつけ、それらを農民の生活や、それとは対極にある近代の都市生活、職業分化の生活と合わせて描いていたのだった。


多くのアメリカ人が戦前から戦後の時代にかけて、裕福になり、キリスト教の地域コミュニティが優勢になるにつれ、それとはまた異なる近代的な生活形態が出てきた。シンクレア・ルイスは「バビット」という著作のなかで、これらの経済的に裕福になり、フォードのような車に乗ることに夢中になり、しだいに軽薄な生活を送るようになるアメリカ人と、旧来のキリスト教社会に絡め取られる市民生活をコミカルに描いている。スタインベックの「怒りの葡萄」が取りざたされることが多いが、実はシンクレア・ルイスの小説の方が圧倒的な内容なのである。

 

ジョニー・キャッシュが見たアメリカの変遷というのも、これによく似たものであった可能性がある。彼は、アメリカの社会が戦前から戦後にかけてどのように移ろっていたのかをその目で捉え、そしてそれらをリアリティーのあるカントリー・ウェスタン、ロカビリー、あるいは純粋なロックとして昇華してきた。そして彼は純粋な音楽制作と並行し、自分の音楽が社会的な影響を及ぼすのかについても軽視することはなかった。”Man In Black"の代名詞に違わず、シンプルな黒服を着用し、急進的なイメージを掲げ、コンサートのMCでは自分の名を名乗るだけ、そして刑務所での無料コンサートを行ったり、慈善的な活動にも余念がなかったイメージ。彼の音楽の中には、ある意味では、古典的なスタイルのダンディズム、そして男らしさというのがある。それは低いロートーンのバリトンの声、そして徹底して脚色を嫌うというのが特徴だ。今ではジョニー・キャッシュのような姿は映画の中にしか見出すことが出来まい。


ジョニー・キャッシュは、ダイスという定住植民地の地域の綿畑農場で少年時代を過ごした。フランクリン・ルーズベルト大統領が制定したニューディール農業プログラムを活用し、キャッシュが3歳の時、彼らの一家はキングスランドからダイスへと転居した。キャッシュ一家は、五部屋の家に住まい、20エーカーを持つ農場で綿花や作物を収穫した。キャッシュはこの農家で15年の青春時代を過ごす。その間、家族が抱えていた負債は返済していく。しかし、財政難の生活は楽なものではない。キャッシュ一家の癒やしともなったのが、他でもない音楽だった。彼の母親は素晴らしい音楽のバックグランドを持っていた。賛美歌、プランテーションソングをキャッシュ少年は聴いた。カントリー、ブルース、そしてゴスペル。彼の生活には音楽がいつも流れていた。彼の母親は、夜に食卓の周りで歌ったのか、はたまた寝る前に子守唄代わりに賛美歌を歌ったのか。きわめて硬派な音楽であるにも関わらず、キャッシュの音楽に夢想的な音楽性が含まれているのは、彼の少年時代にその要因が求められるのかもしれない。

 

その後、ジョニー・キャッシュは日曜の教会に通い、ゴスペル音楽を吸収した。彼の母親はペンテコステ教会に属しており、また純粋なキリスト教信仰者でもあった。彼の母のキャリーはキャッシュに歌手としての才能を見込むと、実際にそれほど裕福とはいえないのに、お金をかき集め、彼にレッスンを受けさせた。最初の三度のレッスンで、彼の先生は歌に関しては何も教えることはないと言った。すでに12歳の頃に曲を書き始めていたキャッシュ少年はその後、ポピュラー音楽の薫陶を受ける。以後、ラジオから流れてくるカントリーミュージックが音楽的な啓示となる。カントリーウエスタンは、当時のポピュラー音楽であった。彼の家族はバッテリー式のラジオを家の中に置いていたが、キャッシュ少年はその不思議な箱から不思議な音楽が流れてくるのを耳にする。彼は若い時代を通じて、メンフィス、カーターファミリー、グランドールオープリー、それらの歌手のホスト役からカントリー音楽の薫陶を受けたのだ。

 

音楽というのは、そもそもその制作者が持つ最初の音楽体験と、それにまつわる思想形態が複雑に混ざり合う。それは記憶と概念の融合でもある。ジョニー・キャッシュのいちばんはじめの体験は、カントリー・ミュージックの素朴さと黒人霊歌の持つバックグラウンドの深さ、そしてそれはそのままアメリカという国家の歴史的な背景の重みでもあった。彼はテネシー・ワルツやそれとは対極にある宗教音楽としてのゴスペル、あるいはその中に含まれるキリスト教的な概念、そういったものに触発され、あるいは薫陶を受け、最初の音楽的な土壌を精神的に培っていったのだ。もうひとつのダンディズムや映画俳優のような硬派な歌手のイメージはその後の軍隊生活を送った期間に培われた。音楽活動のはじまりとして、アーカンソー州のブライスビルの高校集会でライブパフォーマンスの経験を積む。

 

高校の卒業後、彼はミシガンのボンティアックで短期間の労働を経た。彼は自動車工場で車のボディの組み立てをした。ブルーワーカーの肉体的な強靭さはすでに若い時代の農場で培われていた。その夏、彼は米軍に入隊する。John R Cashとして空軍に所属し、サンアントニオのラックランド空軍基地の訓練兵として派遣される。そこで、将来の妻、ビビアン・リベルトと運命的な出会いを果たす。空軍での四年をドイツのランツベルクで過ごしたこともあった。彼は無線の迎撃官、ソ連の無線トラックの盗聴等あらゆる米軍の任務を忠実に遂行したのだった。

 

 

これらの時代において、キャッシュはのちにサン・レコードからリリースする「フォルサム・プリズン・ブルース」、「ヘイ・ポーター」を作曲している。彼は、このドイツの時代に、空軍の仲間とバンドを結成し、ランズバーグ・バーバリアンとして活動している。ジョニー・キャッシュは、後にこのドイツの時代をドイツビールにかこつけて、少しジョーク交じりに回想している。「わたしたちの演奏はひどかった」と。「楽器をホンキートンクにもっていって、観客がわたしたちを追い出すか、それか、戦いがはじまるまで演奏を続けていたんだ」

 

1954年、キャッシュは空軍を退いた後、なんと家電のセールスマンへと転職する。空軍での肉体的なタフネスを身につけた後のセールスマンとしてのキャッシュの来歴は、音楽業界で生き残るための強かさを与えた。彼はメンフィスに定住し、ルーサー・パーキンス、マーシャル・グラントとギター、ウッドベースのバンドを結成し、教会や地元のラジオ局でライブ演奏を行う。キャッシュはこの頃、ドイツで購入した安い5ドルのギターを手に演奏した。最初の本格的なバンド活動は、ゴスペルに合わせて、カントリーウエスタンのスタイルを探求する契機となった。同じバンドにいたマーシャル・グラントはのちに2006年の自叙伝で、キャッシュのボーカルについて回想している。「彼はスタンダードな歌手であり、さほど素晴らしい歌手ではなかった」「しかし、不思議なことにその頃から彼の声には力強さと存在感があったのです」

 

 

1955年前後はエルヴィス・プレスリーがサン・レコードから登場し、ロック・ミュージックの誕生した記念すべき時代でもある。いわば、それ以前のブルース、ソウル、カントリー・ウェスタン等旧来の音楽が古典的なものに切り替わりつつある時代に、キャッシュは音楽シーンに登場している。つまりキャッシュは、急進的なイメージを持って登場したプレスリーとは異なり、古い時代の音楽とそれ以後の時代の音楽の橋渡し役としてシーンに現れた。当時、メンフィスのエルヴィスは、最初のレコードをリリースし、すでにローカルなヒーローとなりつつあったが、この最初の現象は彼のプロデューサーであるサム・フィリップスに対する世間的な関心を引き起こした。キャッシュの脳裏にあったのは、自分のレコードを出したいという思いと、もしかするとエルヴィスのようなローカルスターになれるかもしれないという切望だった。その年の後半、キャッシュはパーキンスとマーシャル・グラントを引き連れ、なんとサン・レコードのオフィスを連絡もとらずに訪れ、そしてサム・フィリップスのオーディションを受けた。フィリップスは、ジョニー・キャッシュのバンドの曲が好きだったというが、市場がロックへと移行しつつあるのを鑑みて、ゴスペルの選択はベストではないと考えた。サム・フィリップスはジョニー・キャッシュにオリジナルの曲を書いてまた戻ってくるように伝えた。

 

トリオはサム・フィリップスの助言を忠実に遂行する力があった。ジョニー・キャッシュによって書かれた「ヘイ・ポーター」の制作に取り掛かり、最初のサン・セッションを無事に終えたのだった。フィリップスはこの曲とフォローアップ曲「Cry, Cry, Cry」を痛く気に入り、ようやく彼はトリオとの契約にサインする。サン・レコードの契約名義は、Johnny Cash& Tennesse Twoだった。ヒット作請負人ともいえるフィリップスの見込みは大当たりだった。1955年にリリースされたジョニー・キャッシュの最初のシングル「Hey Porter」は圏外だったが、2ndシングル「Cry, Cry, Cry」はビルボードチャートで14位にランクインした。

 

サン・レコードからデビューした当初のジョニー・キャッシュ・バンドの快進撃は留まることを知らなかった。 「So Doggone Lonesome」「Folsom Prison Blues」等ヒット・ソングが続いた。キャッシュの最初の大きな成功が舞い込んできたのは、それから二年後の1956年のことだった。「I Walk The Line」はカントリー・ミュージックチャートで一位を獲得し、200万枚を売り上げた。シングルリリースとしては驚異的な数字であり、彼の人気の凄さがうかがえる。

 

 

「I Walk The Line」

 

 

 

 

音楽的な成功を手にしたジョニー・キャッシュは私生活での幸福にも恵まれた。後にグラミー賞を受賞するカントリー歌手、ジューン・カーターと結婚したキャッシュは、四人の子供に恵まれた。おそらくこれらの幸福な期間は数年は間違いなく続いたのだった。しかし、1960年代頃、プロミュージシャンとしての過密なスケジュールに加え、商業的な音楽の成功へのプレッシャーは計り知れないほど大きくなっていた。プロミュージシャンと家庭生活のバランス感覚を失ったキャッシュは、しだいに家庭内で威圧的な態度を取るようになっていった。その間、彼は家族とともに気分を変えるために、カルフォルニアに引っ越し、そしてグループとしても年間300日もの外泊をすることを余儀なくされた。彼と家庭との間に何が起きたのか。少なくともこの時代のことについては晩年の贖罪というテーマにも繋がってくる。キャッシュは家庭内の不和により、徐々に薬物やアルコールに依存しはじめた。こういった生活が数年続いた後、夫の不在に不満を抱くようになったカーターはついに二年後の1966年に離婚を決意する。当時のことについて、キャッシュは、「私は、飲むべきすべてのドラッグを飲んでいた」と振り返っている。「私が150ポンドもの距離を歩いたため、乗り越えたといった。その頃の私は歩く死のようだった」

 

 

そんなキャッシュに復活のチャンスが訪れた。彼はボブ・ディラン、ルイ・アームストロングまで当時の流行のミュージシャンを紹介するテレビバレエティ番組「ジョニー・キャッシュ・ショー」の司会に抜擢される。また彼はそれ以前の時代の反映を踏まえて、音楽活動と並行してより啓発的な活動に取り組むようになった。彼は多くの社会問題を定期するフォーラムを提供したり、ベトナム戦争から刑務所の環境改革、そして、ネイティブ・アメリカンの権利に至るまで多角的な議論の場を提供した。この時代、ジョニー・キャッシュが取り組んだのはアメリカの社会を善良な視点から捉え、それらの現実的な解決策を用意するように、対外的に働きかけるという内容であった。テレビ番組での司会と合わせて、キャッシュはフォルサム刑務所でのライブ・アルバムとしてリリースした。

 

 

この1968年のアルバムでキャッシュはグラミー賞を獲得するが、作品自体は批判と称賛の双方を巻き起こした。しかし、少なくともこのアルバムは商業的な成功に見舞われ、彼の人気を復活させる要因となったと言われている。その後も、キャッシュは立て続けにヒットシングルを連発した。

 

「A Thing Called Love」(1972)、「One Piece at a Time」(1976)である。ミュージシャンとしての着実な成功を手にする傍ら、彼は活動の領域を制限することはなかった。「Gunfight」(1970)で映画俳優として出演、さらには「Little Fauss and Big Halsy」(1970)のオリジナルサウンドトラックを手掛け、映画音楽の作曲も手掛けた。

 

また執筆活動も行うようになり、その中にはベストセラーとなった自伝「Man In Black」を出版した。その中で文化的な功労者としてのイメージも高まり、1980年代にはカントリー・ミュージックの殿堂入りを果たした。キャッシュはその後も、さまざまな活動を行うように鳴り、バンドでの活動と合わせてコラボレーションや他のプロジェクトに取り組むこともあった。ジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービンソンとのバンド活動や、一般的な人気を獲得した「The Class of '55」をレコーディングした。また、クリス・クリストファーソン、ウィリー・ネルソン、ウェイロン・ジェニングスとハイウェイマンを結成し、1985年から1995年にかけてスタジオアルバムを三枚リリースしている。有名なロックアーティストとのコラボも行い、1990年代には、U2とスタジオ制作を行い、1993年の「Zooropa」に収録されているトラックに参加している。これほど広汎な活動を長期間に渉って続けたアーティストというのは他に類を見ないほどである。

 

その後、キャッシュは健康問題を抱えるようになり、心臓バイパス手術の治療を受けながらも、音楽活動を断念することはなかった。これほどまでに彼を音楽に駆り立てた理由はなんだったのだろうか。1992年にロックの殿堂入りを果たした後、1994年にはリック・ルービンと組んで、「American Recordings」を発表した。このアルバムでは古典的なフォークバラードと現代のプロダクションを融合させ、彼の音楽がまだ色褪せていないことを証明した。このアルバムは、1995年のグラミー賞最優秀コンテンポラリーフォークアルバムを獲得している。その時のキャッシュの60過ぎという年齢を見るとほとんどこれは驚異的なことである。また同時の執筆活動も継続させ、1997年には二度目の回顧録「Cash: Autobiography」を出版した。やはりその後、神経疾患により入退院を繰り返した後、2000年代に入っても音楽を制作し続けた。ビートルズからナイン・インチ・ネイルズのオリジナルカバーとミックスを収録した「American Ⅳ・The Man Comes Around」を発表した。NINのトレント・レズナーは当初、それほどこのカバーに積極的ではなかったというが、最終的にはジョニー・キャッシュの熱い思いに降参した。「それは温かい抱擁のように感じた。私はそれについて考えると鳥肌が立つようでした」




ゴスペルやカントリーに始まり、そしてロックへと変遷していったジョニー・キャッシュの人生はその自伝を当たってみるの一番だ。しかし、彼は音楽の伝道師であり、その歌声を通じてさまざまな人々に感動をもたらし、そして音楽的な啓示を与えてきた。アーカンソーの農場で始まり、そして、12歳のときに作曲を始め、軍隊への入隊、そして、エルヴィスと並んでロックのヒーローでもあり続けた。もちろん、彼の音楽に対する欲求や創作意欲は晩年になっても薄れるどころか、強まる一方だった。ジョニー・キャッシュの音楽とは、彼が見たアメリカの時代の変遷の記録なのであり、また、その国家の歩みを音楽やアーカイブという形に留めるということである。

 

最後のアルバム「American Ⅴ」の録音に協力したリック・ルービン。そして、その傍らにいたであろうキャッシュの脳裏にはさまざまな光景がよぎる。アーカンソーの農場の生活が途絶え、グラミーの華やかな世界に変わる。ステージでカントリーとロックを歌う自分の姿、妻との離婚、必ずしも良い夫ではなかったこと。刑務所での慈善コンサート、また、彼自身も麻薬問題により人生の中で複雑な暮らしを送ったこと。贖罪の思いに駆られる。原初的なキリスト教の教えは、最終的にロック、カントリーと同時に、同じような弱い境遇にある人々に対する讃歌へと変わる。幼き日に歌ってくれた母の賛美歌。そして、教会で聴いた聖歌が脳裏からうっすらと遠ざかっていった。

 

2003年にジョニー・キャッシュの死の傍らにいた名プロデューサー、リック・ルービンは次のように回想している。「6月がすぎても、彼は何かを記録するのに充分なくらい生きる気力を持っていました。しかし、生きるのに精一杯だったのです」とリック・ルービンは言った。「6月が過ぎた明くる日、彼はこんなことを言いました。私は毎日何かをする必要があるって」ルービンは言った。「もし、そうでなければ、私がここにいる理由などないのですから」

The Lemon Twigs  『A Dream Is All We Know』 

 


 

Label: Captured Tracks

Release: 2024/05/03

 

 


Review    ダダリオ兄弟が巻き起こすパワーポップ/ジャンクルポップの熱狂

 

 

最近、よく思うのは、例えば、イギリスのロンドンやマンチェスターから登場する音楽はある程度事前に予測出来るが、アメリカから登場する音楽は予測することがほとんど不可能ということである。つまり、どこから何がやってくるのかさっぱり見当がつかないし、そして驚きに充ちているというのがアメリカの音楽の楽しさなのである。

 

ご多分に漏れず、ニューヨークのキャプチャード・トラックスに在籍するダダリオ兄弟による四人組のバンド、ザ・レモン・ツイッグスの音楽も驚きに充ちていて、2024年の時間軸から1970年代、いや、それよりも古い年代にわたしたちを誘う力があるのではないだろうか。


レモン・ツイッグスの音楽は、一般的にアメリカのメディアで比較対象に出されるように、ビートルズやビーチ・ボーイズに近い。ついで、ルビノーズのようなビートルズのフォロワーの時代に登場したロック・グループの音楽を現代に蘇らせている。70年代頃にイギリスやアメリカで盛んだったビートルズの音楽をモダンに解釈しようという動きは、Flaming Grooviesに代表される”マージービート”という名称で親しまれていたが、それが以降のThe WHOやThe Jamに象徴付けられる英国のモッズロックの形に繋がった。また、もうひとつの流れとしては、ビートルズは、オーケストラ音楽をポップスの中に組み込んだチェンバーポップ/バロックポップという形式を重要な特徴としていたが、このジャンルのフォロワーは以後の世代に無数に生み出され、パワーポップというマニアックなスタイルへと受け継がれていったのである。この流れのから、アメリカの最初のインディーロックスター、アレックス・チルトンも台頭し、その系譜は最終的にポール・ウェスターバーグに続いていったのである。パワーポップの有名なコンピレーションとして、「Shake Some Action」という伝説的なカタログが挙げられる。このコンピには、Shivversというマニアックでありながらアメリカの良質なバンドの曲が収録されていた。

 

 

ザ・レモン・ツイッグスの名を冠して活動するダダリオ兄弟は、上記のマージービートやチェンバーポップの要素を受け継ぎ、”アナログレコードの質感を現代的なレコーディングで再現する”というのをポイントに置いている。実際的にはアナログのサチュレーター等に録音した音源を落とし込むと、テープ音楽のようなビンテージな音の質感が得られることがあるが、レモンツイッグスの場合は、それらをライブセッションを通じて探求しようと試みる。彼らの音楽には、60、70年代のロックバンドの間の取り方があり、リアルなロックミュージックの魅力を留めている。

 

前作と同様、このアルバムの音楽に安心感があるのは、兄弟がクラシックなタイプのロックミュージックをじっくり聴き込んだ上で、それをどのように現代的に洗練されたサウンドとするのか、バンドセクションで試行錯誤しているからである。ただ、彼らが単に70年代のレコードだけを聞いていると見るのは早計で、実際の音楽に触れると分かる通り、他のヒップホップやローファイも結構聴くのかも知れない。そして、何より大切なのは、彼らはごくシンプルにロックの楽しさをわかりやすくリスナーに提供しようとしているということでだろうか。口ずさめるメロディー、そして乗りやすいリズム、複雑化した現代の音楽に一石を投じ、あらためてロックの真髄を彼らは叩きつける。選択肢が多いということは確かに長所であり、強みでもあるけれども、それを一点に絞ったほうが、その音楽の魅力がリスナーに伝わりやすくなる。シンプルな感覚を伝えようとすることは、複雑なものを伝えるよりも勇気を必要とするのである。

 

 

現時点のダダリオ兄妹の最大の長所は、傑出したコーラスのハーモニーにあり、これはビートルズ、ビーチボーイズ、あるいはチープトリックの全盛期にも匹敵するものである。 ときにメインボーカルはこぶしをきかせた力んだ感じの節回しになることがあるが、それは不思議と古びた印象を与えない。それは背後のバンドアンサンブルがボーカルを上手い具合に引き立てており、音の出処と引き際をうまく使い分け、レモンツイッグスしか生み出し得ないオリジナルのグルーブやメロディーを生みだすからである。


アルバムの冒頭に収録されている今年の年明けに発表された「Golden Years」は、このことを顕著に表している。シンプルな8ビートによるロックソング、そして、ビーチボーイズに比する美麗なコーラスのハーモニー、バンドアンサンブルを通じて曲の一連の流れのようなものを作り、サビの部分でクリアな響きを作り出す瞬間は、ほとんど圧巻とも言えるだろう。昨年のフルアルバムでは、ややノイジーなサウンドに陥ってしまうという難点もあったが、このオープナーはコーラスワークが洗練されたことに加え、バンドアンサンブルのグルーヴィーな音の運びが陶酔感のあるポップ/ロックの世界を生みり出す。「Golden Years」は米国の深夜番組、''ジミー・ファロン''のステージでも披露されたのを思い出すが、少なくとも、レモン・ツイッグスの代名詞のようなナンバーであるとともに、重要なライブレパートリーともなりそうな一曲である。


「They Don't Know Hot To Fall In Love」、「Sweet Vibration」を見るとわかるように、アルバムの序盤の収録曲には、ビートルズからの音楽的な影響を窺わせるナンバーが多い。そしてダダリオ兄妹は60年代頃のロックミュージックがそうであったように、青春時代をおもわせる爽やかさを織り込んだシンプルなラブソングに昇華させている。演奏の部分ではリバプールの四人組のスタイルを受け継いで、ドラムを中心にしなやかなアンサンブルを組み上げている。そして、例えば、ビートルズがチェンバロを使用した楽曲を、彼らはシンセのエレクトリックピアノの音色を織り交ぜて、ややクランチな質感を持つロックソングに変化させている。その他、クラシカルなロックに対するツイッグスの興味は、アルバムの中盤の重要なハイライトとなる「If You And I Are Not Wise」にも見出せるはずである。ここではCSN&Yのアルバムに見出せるようなフォーク・ミュージックを絡めてロックソングをアレックス・チルトンのBig Starのようなスタイルで解釈している。ここにはアメリカのインディーロック音楽の真髄を見ることが出来る。歌詞に関しても、少しウィットに富んだ内容を書いているのは珍しいことと言える。



アルバムの中のもうひとつの注目曲としては、先行シングルとして公開された「How Can I Love Her More?」が挙げられる。イントロでは、金管楽器に加えてギタープレイがフィーチャーされている。この曲で、ダダリオ兄弟は甘酸っぱいというか、青臭い感じのあるラブソングを書いている。また、曲の背景には、ビーチ・ボーイズの「Pet Sounds」の時代を思わせる爽やかなコーラスワークが散りばめられている。そしてツイッグスの甘酸っぱいサウンドを引き立てているのは金管楽器とストリングス、メロトロン、チェンバロの代用となるシンセベースである。

 

下記にご紹介する注目曲「How Can I Love Her More?」のミュージックビデオでは、ダダリオ兄弟がまるで録音の中でチェロを実演しているかのようなシーンが映像に収録されているが、多分このレコーディングでは、生楽器ではなくシンセが使用されている。レコーディングとしては、シンセストリングスを使う場合、安っぽくならないように細心の注意を払う必要があるが、バンドの喜び溢れるエネルギーに満ちた演奏がそのポイントをやすやすと乗り越えている。

 

曲の親しみやすさ、時代を越えても色褪せることのないロック性、さらに淡麗なメロディーの運びは、バロックポップ/チェンバーポップの最終形態とも言えるかも知れない。リフレインが続いた後、アウトロにかけてのダダリオ兄弟のボーカルは感動的なものがある。この曲には、Sladeの「Com On The Feel the Noize」に比するロックの普遍的な魅力がある。そう、最も理想的なロックソングとは、難しいことを考えず、叫びたいように叫べばよい、ということなのだろう。


今回の5作目のアルバムは、前作「Everythig Harmony」とは明らかに異なり、単なる懐古主義の作品とは決めつけがたい。いくつか新鮮な試みが見いだせることも、リスニングの際のひそかな楽しみになるに違いない。レモン・ツイッグスは、チルウェイブやローファイ、ヨットロック、ジャズの要素を他の収録曲で織り交ぜていて、これらが今後どんな形になっていくか楽しみである。例えば、「I Dream is All I Know」では、チルウェイブ風のロックソングを制作し、「Ember days」ではヨットロックをフォークやジャズと絡めて、安らぎと癒やしに満ちたナンバーを制作している。しかしながら、こういった多角的な音楽のアプローチも見受けられる中、アルバムのクローズを飾る「Rock On」では、やはりクラシックなロックに回帰している。そして、ブルースの基本的なスケールを基にして、Sweet、マーク・ボラン擁するT-Rexを思わせるかなり渋いグリッターロックを書いているのも、いかにもレモン・ツイッグスらしいといえるでしょうか。




90/100

 


Best Track-「How Can I Love Her More?」


今年2024年に、9枚目となる最新アルバム『Imitation of War』を発表したばかりのアメリカ人女性フォークシンガー、Kayla Cohenによるプロジェクト、Itascaが待望の初来日公演を行います。ツアーサポートにシンガーソングライターの浮を迎え、東京・京都で2公演を行います。詳細は下記の通り。



INDIE ASIA presents   ''Itasca Japan Tour 2024''


7/9日(火) 開場19:00/開演19:30

東京・渋谷7th FLOOR


7/10(水) 開場19:00/開演19:30

京都・京都UrBANGUILD


全席自由 ¥4,800(税込)+1ドリンク代別途


オフィシャル先行

受付期間:5/8(水) 20:00〜5/19(日)23:59 ※先着



「Imitation of War」




最新アルバムのレビューとインタビューは以下からお読み下さい:







Itasca  biography:



イタスカは、ロサンゼルスを拠点に活動するギタリスト、シンガー、ソングライターのケイラ・コーエンの音楽的アイデンティティである。19世紀の擬似オジブエ語地名であり、ラテン語の「真実」(veritas)と「頭」(caput)の合成語であるイタスカという名前自体が曖昧であるように、コーエンの音楽プロジェクトもまた変幻自在で多義的である。


ニューヨーク州のハドソン川近くで育ったコーエンは、2011年にブルックリンからLAに移り住んだ。13歳でギターを弾き始めたが、彼女のソングライティングのイディオムは、長年続けてきたノイズとドローンの練習から徐々に生まれてきた。『パラダイス・オブ・バチェラーズ』からの3枚を含む、数枚のリリースの過程で洗練されたイタスカとしての彼女の詩的で時空を超えたレコーディングは、このずれた地理と、バロック的でアシッド・フォークを取り入れたソングクラフトと脱構築的でテクスチュアルなソニックの両方に対するヤヌスのようなまなざしの両方を反映している。