Shannon Lay 


Shannon LAY ... 

 

SUB POPといえば、80-90年代のシアトルのグランジシーンを牽引したアメリカでも最重要インディペンデントレーベルであることをご存知の方は多いハズ。

かつて、Nirvanaを世に送り出し、Green River、Mudhoney,TADといったシアトルグランジの代表格を数多く輩出、90年代のアメリカのインディー・ロックシーンを司っていたレコード会社です。 しかし、2010年代くらいからはアメリカではロックシーンが以前に比べると下火になったのはたしかで、近年このレーベルから90年代のような覇気を持ったバンドが台頭してこなかったのも事実。

最近のサブ・ポップはどうなってるのかと言えば、 90年代よりも取り扱うジャンルの間口が広くなっていて、近年のリリースカタログをザッと見わたした感じ、アメリカ出身のインディー・ロックのマニア向けのアーティストを取り扱っており、その中には、コアなクラブ・ミュージック、R&B系統のアーティスト、ラップ系アーティストのリリースも積極的にリリースするようになっています。

このあたりは、サブ・ポップもさすが、昨今のアメリカのインディー・シーンの売れ線に対して、固定化したシーンの一角に、一石を投ずるかのような鋭〜い狙いを感じます。その一石がどのような波紋を及ぼすのか、かつてのニルヴァーナのように、ミュージックシーンを揺さぶるようアーティストが出てくるのかは別としても、サブ・ポップが、なんとなく全盛期の勢いを取り戻したようなのを見るにつけて、熱烈なインディー・ロックファンとしては嬉しいかぎり。

さて、NYのラナ・デル・レイを筆頭に、シャロン・ファン・エッテン、エンジェル・オルセンといった個性的な面々がシーンの華やかに彩るアメリカのインディー・ロック/フォークシーンにおいて、知性の溢れる音楽を引っさげて、サブ・ポップから満を持して台頭した女性シンガーソングライターがいます。

"Shannon LAY ..." by Patrice Calatayu Photographies is licensed under CC BY-SA 2.0

この”シャノン・レイ”という赤髪のひときわ素敵な女性SSWは、現在、2020年代のサブ・ポップレーベルが一方ならぬ期待をこめて送り出すミュージシャンです。レーベル公式のアーティスト紹介の力の入れようを見るかぎり、会社側もこのアーティストに相当な期待を込めている雰囲気が伝わって来ます。

彼女の2021年発表の最新スタジオ・アルバム「Geist」の完成度に対してレーベル、アーティスト双方が「よし、これは行ける!」と大きな手応えを感じているからなのでしょう。

作品紹介に移る前に、このシャロン・レイのバイオグラフィーについて簡単にご説明しておきましょう。 シャノン・レイは、カルフォルニア、レドンド・ビーチ出身のミュージシャン。

13歳の時からギターの演奏に親しみ、17歳の時、生まれ故郷レドンドビーチを離れて、LAに向かう。ほどなくして、Facts on Fileというロックバンドのリードギタリストとして活動。

その後、Raw Geronimoというロックバンドに参加。このバンドは、後に”Feels”と名乗るようになる。シャノン・レイはFeelsのメンバーとして「Feels」2016、「Post Earth」2019の二作のオリジナル・アルバムをリリースしていますが、レイはこのFeelsというバンドを2020年1月に脱退しています。

このロックバンドFeelsの活動と並行して、ソロアーティスト”シャノン・レイ”としての活動をはじめる。最初のリリースは、Bandcamp上で楽曲を展開した「Holy Heartache」2015となるが、この作品について「バンドキャンプで作曲した楽曲を公開しただけに過ぎず、公式な作品であるとは考えていない」と彼女自身は語っています。

その後、"Do Not Disturb"から10曲収録のスタジオ・アルバム「All This LIfe Gonig Down」を発表し、SSWとして正式にデビューを果たす。

その後、二作目のアルバム「Living Water」をWoodsist/Mareからリリース。さらに、2019年、シアトルの名門”SUBPOP”と契約を結び「August」を発表。2021年、最新作「Geist」をリリース。

この作品はアメリカの音楽メディアを中心に大きく取り上げられており、好意的な評価を受けています。他にも「Sharron Lay on Audio Tree Live」2018「Live at Zebuion」2020と二作のライブアルバムを発表しています。


Sharron Layの主要作品


「All This Life Going Down」2016  Do Not Disturb 

 

 

 

TrackLists

1.Evil Eye

2.All This Life Going Down

3.Warmth

4.Anticipation

5.Leave Us

6.Backyard

7.Parrked

8.Ursula Kemp

9.Thoughts of You

10.Jhr

 

シャノン・レイの公式なデビュー作「All This Life Going Down」。フォーク音楽、あるいはケルト音楽に近い雰囲気の清涼感のある格式あるフォーク音楽としてのイメージを持つシャノン・レイは、このデビュー作にて、その才覚の片鱗を伺わせつつある。

ローファイ感あふれるインディーロックを展開しており、ディレイ/リバーブを覿面に効かせたインディー・ロックが今作では繰り広げられていますが、その中にも何となく、ケルト音楽に近い民謡的、あるいは牧歌的な雰囲気を感じさせる楽曲が多い。アメリカをはじめとする多くの音楽メディアはこの音楽について、ベッドルームポップと称しているようですが、今作は民謡的な音楽性をインディー・ロック、ローファイとして表現していると評することが出来るかもしれません。

今作においてのシャノン・レイの音楽は徹底して穏やかで知性のあふれる質感によって彩られています。ディラン、サイモン&ガーファンクルに代表されるような穏やかで詩情あふれる清涼感のあるアメリカンフォークをよりコアなオルタナティヴ音楽として現代に引き継いだと言う面で、後年のシャノン・レイの音楽性の布石となる才覚の片鱗が感じられる知性あふれるフォーク音楽。詩を紡ぐように歌われるヴォーカル、ナイロンギターの指弾きというのも真心をこめて丹念に紡がれていく。なおかつ、ゆったりした波間をプカプカと浮かぶような雰囲気があり、これは彼女の故郷、カルフォルニア、レドンド・ビーチに対する深い慕情にも似た「内的な旅」なのか。

シャノン・レイは、ボストンの”Negative Approach”をはじめとするDiscord周辺のハードコア・パンクに深い影響を受けているらしく、ロックとしての影響は、この陶然として雰囲気を湛えるインディーフォークに表面的にはあらわれていない印象を受けますが、 ハードコアパンクのルーツは、彼女のフォーク音楽に強かな精神性、思索性を与え、音楽性をより強固にしているのかも知れません。

アルバム全体として、穏やかで、まったりとした空気感の漂うデビュー作。近年のアメリカのインディーシーンには存在しなかった旧い時代の民謡にも似た温かな慕情に包まれている。

 

「Living Water」2017 Woodsist/Mare

 

 

 

TrackLists

1.Home

2.Living Water

3.Orange Tree

4.Caterpiller

5.Always Room

6.Dog Fiddle

7. The search for Gold

8.The Moons Detriment

9.Recording 15

10.Give It Up

11.ASA

12.Come Together

13.Coast

14.Sis

 

海際の崖に座り込むシャノン・レイを写し込んだアルバムワークを見ても分かる通り、前作の牧歌的でありながらどことなく海の清涼感を表現したような作風は、二作目「Living Waterにおいてさらなる進化を遂げています。

一作目はアメリカンフォークに対する憧憬が感じられましたが、今作はさらにその詩的な感情は、美麗なヴァイオリンのアレンジメントにより強められたという印象を受ける。

前作に続いて、ディラン直系のフォークが展開されていきますが、このストリングス・アレンジによる相乗効果と称すべきなのか、アメリカンフォークというよりケルトの伝統楽器フィドルを用いた「ケルト音楽」にも似た音楽の妙味が付加されたという印象を受けます。

このスタジオ・アルバムの表向きの表情ともいえる表題曲「Living Water」に代表されるように、前作に比べて音楽性はより内面的な精神のあわいを漂いつつ、そのあたりの外界と内界の境界線にうごめく切なさがこの音楽において、前作のようなアコースティック弾き語りのフォーク音楽により表されています。前作が爽やかさを表したものなら、より今作は、悲しみとしてのフォーク音楽が体現されているようにも思えます。

 しかし、そういった主要な楽曲の中に「Caterpiller」「Always Room」で聴くことの出来る心休まる牧歌的なフォーク音楽もまたこのアルバムの見逃せない聞き所といえる。これは2020年代のアメリカの男性ではなく、女性によって紡がれる新たなフォーク時代の到来の瞬間を克明に捉えた作品。

 

「August」2019 Sub Pop 


 

 

TrackLists


1.Death Up Close
2.Nowhere
3.November
4.Shuffing Stoned
5.Part Time
6.Wild
7.August
8.Sea Came to Shore
9.Sunday Sundown
10.Something On Your Mind
11.Unconditional
12.The Dream
 

シアトルの名門インディーレーベル「Sub Pop」に移籍しての第一作「August」でよりシャノン・レイの音楽性は一般的なリスナーにも分かりやすい形となってリスナーに対して開かれたと言えるかもしれません。

二作目に続いて、ストリングス・アレンジを交えて繰り広げられるギャロップ奏法を駆使したシャノン・レイのアコースティックギターの演奏は精度を増し、トロット的な軽快なリズム性において深くルーツ音楽に踏み入れています。

もちろん、フォーク、カントリー音楽のルーツに対して深い敬意をにじませつつ、シャノン・レイの音楽はアナクロニズムに陥っているというわけではありません。そこにまた、新奇性や実験性をほんのり加味している点が今作の特徴であり魅力でもあります。さらには、レコーディングのマスタリングにおいて、豪華なサウンド処理が施され、ルーツミュージックの影響を漂わせながら、ポップ音楽として聞きやすく昇華された作品。

以前のリリース作に比べ、収録曲の一部には、サブ・ポップのレーベル色ともいうべきオルタナティヴ性も少なからず付け加えられた印象もあります。

噛めばかむほど、味わいがじわりと広がっていく渋みのあるフォーク音楽。今作ではシャロンレイの才気がのびのびと発揮されています。

大いなる自然の清涼感を感じさせる牧歌的でさわやかな雰囲気は次作の布石になっただけではなく、最早、シャロン・レイの音楽性の代名詞、あるいは重要なテーマのひとつとして完成されたというような雰囲気も伺えます。特に、今作において、シャノン・レイのシンガーとしての才覚、音楽性における魅力は華々しく花開いたといえる。

 

「Geist」2021 Sub Pop 

 


 

TrackLists 

1.Rare To Wake
2.A Thread to Find
3.Sure
4.Shores
5.Awaken and Allow
6.Geist
7.Untitled
8.Last Night
9.Time's Arrow
10.July

2021年10月8日に前作と同じく「SUB POP」リリースされた「Geist」はドイツ語で「概念」の意味。

コラボレーション作で、Devin Hoff 、Tu Segallが参加、そしてプロデューサーにJarvis Taveniereを迎え入れたスタジオ・アルバムとなります。このシャノン・レイの最新スタジオ・アルバムで目を惹かれるのはサイケデリックフォークの第一人者、Syd Barretの「Late Night」のカバーのフューチャー。

アコースティックギターに歌という弾き語りのスタイルはこれまでと変わりませんが、ピアノ、エレクトリック・ピアノ、ストリングスアレンジの挿入をはじめ、パーカッションの導入にしてもかなりダイナミックな迫力が感じられる傑作となっております。

そして、以前の三作ではぼんやりとしていたような音像が今作は、より精妙なサウンド処理が施されているよりハッと目の醒めるような彩り豊かな叙情性溢れるサウンドが生まれ、そして、インディーフォーク作としてこれまでの歴代の名作と比べてもなんら遜色のない、いや、それどころかそれらの往年のフォーク作品をここでシャノン・レイは上回ったとさえ言い得るかもしれません。

これまでのレイの音楽性はより清涼感を増し、このフォーク音楽に耳を傾けていると、さながら美しい自然あふれる高原で清々しい空気を取り込むような雰囲気を感じうることができるでしょう。表題曲「Geist」をはじめ、「A Thread To Find」「Sure」と、フォークの名曲が目白押し、さわやかな癒やしをもたらしてくれるインディー・フォークの珠玉の楽曲ばかり。アルバム全体が晴れ晴れとした精妙さがあり、特に、ラストトラックを飾るインスト曲「July」を聴き終わった時には、音楽をしっかり聴いたというような感慨を覚え、音楽の重要な醍醐味、曲が終わった後のじんわりした温かな余韻を味わえるでしょう。

シャノン・レイの最新作「Geist」は、アメリカのフォーク音楽の2020年代を象徴するような作品で、これから女性アーティストのフォークがさらに盛り上がりを見せそうな予感をおぼえます。


 

黒人奴隷解放から始まったミシシッピのデルタブルース 黒人の魂の音楽

 

 

1.デルタブルース 最も泥臭いブラック・ミュージックの誕生


ミシシッピの大きな川を挟んだ広大なデルタ地帯で発生したデルタ・ブルースはブルースの中でも最も古い歴史を持つ。

 

前回紹介したシカゴ・ブルースが都会的に洗練されたエレクトリックギターを主体とした音楽とは異なり、このデルタ・ブルースは、アコースティックギターで弾き語りのような形で演奏され、ボトルネックを使ったスライドギターを楽曲中に取り入れた新しい黒人音楽スタイルを築き上げていった。シカゴ・ブルースとは異なり、デルタ・ブルースはカントリー色の強い誰にでも口ずさみやすいポピュラー音楽の曲調である。

 

このデルタ・ブルースの曲調、リズムの感じを掴むためには、最も有名なロバート・ジョンソンのクロスロード(後にエリック・クラプトン擁するCREAMがカバーしている)という楽曲が最適である。そこには、ゴスペルから続く奥深いアフリカ民謡のブラックミュージックの精神が残映している。

 

デルタブルースの始まりは、ミシシッピの白人の所有する広大な綿花畑で黒人奴隷として雇われていた男達が始めた労働歌(プランテーションソング)としてうたっていたフィールドハラーという音楽を発祥とする。

 

それが黒人教会で歌われるゴスペルと結びついてブルースが生まれたという説。そして、白人のバラード音楽と結びついてブルースが完成したという説もある。どちらにせよ、ミシシッピで始まったブルースというのは、黒人が奴隷制度から解放される唯一の手段として存在していた。

 

これは、ミシシッピという土地が20世紀になっても、比較的黒人差別が酷い地域であり、辛く厳しい労働の気慰みとして、労働歌、フィールドハラーが存在し、その次に、ブルース音楽が発生した。そしてこのブルースの始まりについては、ゴスペルとともにこのフィールドハラーという黒人労働歌(プランテーションソング)抜きにしては語れないのである。

 

このフィールドハラーに詳しく述べるためには、アメリカの労働歌、そして、黒人奴隷制度について触れておかねばならないかもしれない。 

 

 

2.アメリカの黒人労働歌(プランテーションソング)の発生

 

多くの方が御存知の通り、19世紀、アメリカの各州に住む黒人(アフリカ系アメリカ人)奴隷達はアフリカから奴隷として連れてこられた。

 

 

その黒人たちは、特に、南部地域、例えば、ミシシッピ川を挟んだデルタと呼ばれる地域では綿花農場(プランテーション)の農場主である白人の元で奴隷労働に従事していた。

 

朝から晩まで食事以外はひっきりなしに、斧を地に振り下ろし、地を耕し、綿摘みを余儀なくされていたのである。黒人たちは、この辛く厳しい労働の中に、音楽、そして歌という一種の気慰みを見出そうとした。 

 

 

 

以上のように、綿摘みをおこないながらその規則的なリズムに併せて、シンプルな黒人労働歌(プランテーションソング)をみなで愛おしくうたう。

 

これは、この辛く厳しい長時間の労働の苦痛を軽減する効果があった。つまり、黒人音楽、ソウルやR&Bに代表されるグルーブという表現があるが、これは労働中の規則的なリズムからもたらされるビート、これは、斧を振り下ろす際の大地のヒットあるいはストライク、肉体や骨格により、肌で直に感ずる自然な拍動(ビート)でもあったのだ。

 

一般に黒人が他の人種に比べてリズム感にすぐれているといわれるのは、その先に、ロック、ファンクあるいは、ヒップホップが生みだされた理由というのは、おしなべて彼等の音楽的なルーツによる。それは、アフリカの儀式音楽がリズミカルであり、さらには移民としてアメリカ大陸に渡った人々の生活習慣の中で培われた文化的なリズム、長いながい労働歌の時代の中で定着していった習慣性によるものというふうに定義づけられるのかも知れない。

 

また、このプランテーションソングの他にも、20世紀初頭までは黒人の鉄道工夫たちのうたう鉄道の労働歌、「ハンマーソング」というのも存在し、これらの労働歌「ハンマーソング」は労働と何ら関係のない題材、女性、セックス、恋愛について、赤裸々に歌われることが多かった。 

 

 

この歌の形式は、デルタの最初期のブルースマンにはそれほど見られない特徴であるが、明らかに、このハンマーソングの音楽にはブルースの原型が見られる。また、ミシシッピのデルタ地帯からシカゴへと二つの地域を越えて活躍した伝説的なブルースマン、マディ・(ミシシッピ・)ウォーターズの重要なテーマとして後に引き継がれている。

 

そもそも、黒人労働歌というのは、主にアフリカ大陸の民族音楽をルーツとしている。アフリカの音楽はポップスのような消費的な音楽でなく、儀式の一部として取り入れられた社会的機能を持ち合わせていた。

 

葬式の際に歌われる楽曲、祖霊とのコミュニケーションを取るための楽曲、狩猟の際に歌われる楽曲等々、様々な形式によって分別され、社会生活の一部の中にふつうに定着した音楽だった。そのアフリカ音楽は、アメリカに奴隷労働社として連れてこられた黒人たちのDNAに定着し、新天地アメリカにおいて、彼等は、新しい形式、綿摘みの際の労働歌のスタイルを生み出すに至った。

 

これは、ヨーロッパからの移民が多く分布するアパラチア地方で発生した白人カントリー音楽に対する、黒人カントリーの原初とも言える。

 

そして、この頃、うたわれていた黒人労働歌(プランテーションソング)は、殆ど現存していないが、黒人奴隷労働制が敷かれていた19世紀の中頃から末葉にかけ、南北戦争(ザ・シビルウォー)が幕引きを迎える頃までは黒人労働社会全体に敷衍していた。少なくとも、黒人労働歌というのは、19世紀期末までは、ごく自然に労働中の讃歌として黒人(アフリカ系アメリカ人)の社会生活の一部として定着していたのである。

 

3.南北戦争と奴隷解放宣言


黒人たちは、地主である白人の元で長らく奴隷労働を強いられていたが、やがて彼等の命運に転機が訪れる。

 

それが南北戦争下においての奴隷解放宣言であった。

 

この時代において、奴隷制度の存続についての議論が合衆国内において重要な政治的問題として巻き起こり、ミシシッピやフロリダといったアメリカ南部州では、黒人奴隷制度を維持せよという主張が沸き起こっていた。

 

これは、機械工業が盛んな北部と、依然として旧時代の農業生産を経済の基盤とする北部と南部の州の社会的経済の回り方の相違によって生じた内戦であったように思える。すなわち、デトロイトのように、イギリス式の機械産業へ移行せんとする州と以前の旧来の社会構造を維持しようとする南部州の経済戦争でもあったのだ。このたぐいの論争は面白いことに、以前のドナルド・トランプの大統領選でも同じような論争が沸き起こっていたことを忘れてはならない。黒人奴隷制の主張を保持せんがため、ミシシッピやフロリダをはじめとする、アメリカ南部の十一の州が北部の州に強い反発を示し、泥沼ともいえる内戦状態に二十世紀後半の合衆国全体は陥っていたのだった。

 

そして、この泥沼化しつつあった南北戦争の混乱を抑えるべく、アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンは、かなり強い布告を大統領府の権限により発布する。 これは一般に奴隷解放宣言と称され、アメリカ近代史でも最も重要な布告と言えなくもないかもしれない。以下、エイブラハム・リンカーンの奴隷解放宣言の公式文書を引用する。

 

奴隷解放宣言

アメリカ合衆国大統領による

布告


「西暦1863年1月1日の時点で、その人民が合衆国に対する反逆状態にあるいずれかの州、もしくは州の指定された地域において、奴隷とされているすべての者は、同日をもって、そして永遠に、自由の身となる。陸海軍当局を含む合衆国の行政府は、かかる人々の自由を認め、これを維持する。そしてかかる人々が、あるいはそのうちの誰かが、真の自由を得るために,,行ういかなる活動についても、これを弾圧する行為を一切行わない。 

・・・ 

 

以下略

                          AMERICAN CENTER JAPAN  About THE USA 「奴隷解放宣言」(1863年)より引用”


この布告がおこなわれた二年後、南北戦争は圧倒的な軍備兵力を擁する北部の合衆国側の勝利に終わり、アメリカの有史以来一度きりの内戦は終結した。

 

上記の大統領の宣言を見ても分かる通り、リンカーンが布告した黒人奴隷解放宣言により、黒人は、表向きには、白人の奴隷でなくなった。

 

しかし、これは飽くまで表面上の声明にすぎず、南部の一部の州では、この二年後の南北戦争終了後、どころか、二十世紀初頭になっても根強い黒人差別の風習が残った。

 

アメリカでの黒人の人権の確立、この問題については、マルコム・Xやキング牧師の公民権運動後まで解決をまたなければならない。もちろん、これは近年のミネソタの白人警官の黒人射殺の事例を見ても、アメリカ社会全体で未だ収まりのつかない社会問題であると付け加えておく必要がある。

 

 

4.ミシシッピ、デルタ地帯  労働歌から生みだされたブルース

 

テキサスなどの州においては、二十世紀に入ると、比較的、黒人差別は徐々に是正されていくものの、この黒人の奴隷労働制は各州で続き、特に、ミシシッピのデルタ地域ではさんさんたる状況だった。

 

黒人(アフリカ系アメリカ人)は、以前まで続いていた昼夜たえず労働を強いられる生活からは解放された。

 

しかし、黒人の奴隷的労働はその後も続いた。黒人たちはザ・シビルウォー中の奴隷解放宣言により、その後、19世紀後半にかけて、それまでの住居と収入源を失い、社会的な地位の向上などは夢のまた夢、19世紀末までの奴隷労働制が敷かれていた時代よりもはるかに酷い貧困に陥った。

 

これにより、黒人たちは、自ら進んで経済の潤いを求め、再び、白人たちの元で以前と同じような肉体労働に従事せねばならなかった。

 

二十世紀に入っても、ミシシッピ流域のデルタ地域一面にひろがる広大な綿花畑(プランテーション)では、農場主の白人に使役される数多の小作農の黒人という奴隷解放宣言前と変わらない光景が続いた。黒人たちはもちろん、白人たちのように学校に通い、社会的地位を獲得出来ず、白人の農場主に小作農として再び雇用されるしか生き抜く術が見つからなかったのである。

 

合衆国の表向きの社会制度が変わっても、20世紀に入っても、この内在的な人種による差別という社会問題は引き続いていた。

 

そして、その中で黒人たちは、以前と同じように、日々の暮らしの中に喜びを見出そうとしていた。農場での労働に規則的なリズムを与え、斧を使用した農耕作業をはかどらせるため、黒人たちにより大勢でうたわれる黒人労働歌(プランテーションソング)は、依然として彼等の風習として残っていたが、その中の一部に、ひとりで、ギターの弾き語りのように歌をうたう独特な形式が生み出された。

 

これが「フィールド・ハラー」と呼ばれる労働歌で、これは農場のゴスペルともいえる儀式的な労働歌と異なり、即興歌であった。

 

農業の際の気慰みとしてうたう歌、労働よりはるかに重要な芸術であり、尽くせぬ内的な感情の表現といえ、ミシシッピの黒人たちにとってなくてはならぬものであった。

そして、このひとりでうたわれる労働歌「フィールドハラー」こそが、Bluesの源流になったのである。

 

この音楽形式には、他の一般的な労働歌のように、黒人たちの、叫び、合いの手のようなものが取り入れられている。小節の合間に「叫び」を入れて独特なグルーブを生み出すというブラック・ミュージックらしいスタイルは、綿々と引き継がれていくが、この源流というのは、ブラックミュージックの中に流れる重要な精神や概念、奴隷労働として使役される際の苦しみ、憂い、悲しみ、怒り。反面、それらの感情を音自体の楽しみにより吹き飛ばそうとする「生きることにおける賛美」にほかならない。そして、これらの音楽には、この音楽を生み出した黒人労働者たちの魂の叫び、ゴスペルにも似たソウルが真摯にこめられているのである。

 

この瞬間、黒人教会でうわれれる、ゴスペル、そして、アメリカでの白人音楽バラードと結びつき、黒人文化としての音楽史上はじめて大衆的な音楽「ブルース」が誕生した。

 

そして、これは、アフリカ大陸から移民をしてきた黒人達の白人社会という構造に対抗する新たな芸術形式の確立の瞬間であった。

 

それまで、ブラック・ミュージックの中において、人間としての権利を獲得するための手法は存在しなかったが、ここで初めて、黒人たちは音楽を教会音楽やアフリカ音楽という生活の社会的機能の枠組みの中に取り入れられた音楽から解放し、世界に対し、個人としての権利を主張する重要な音楽の形式「Blues」を発生させたのである。

 

最初のブルースマンの先駆けは、これらのプランテーションで働く小作農の中から誕生している。チャーリー・パットンという、最初のミシシッピのブルースマンの英雄がデルタ地帯で台頭した。

 

デルタ・ブルースの第一人者 Charlie Patton

 

歴史上最初のブルースヒーローのひとり、チャーリー・パットンは、レコード生産技術が始まった時代、多くの録音を遺している。

 

このブルースマンの服装スタイル、上下をカチッとした背広姿を着込み、革靴を履き、アコースティック・ギターを抱えて演奏するスタイルは、デルタの他のブルースマンに引き継がれたのみならず、ロックンロールのアーティストにも大きな影響を与えた。

 

黒人たちは、この時代、昼間の肉体労働の後、夜な夜なブルースを奏でた。このブルースマンというのは、民衆の中での黒人のヒーローの誕生の瞬間である。そして、ブルースの始まりは、そういった仲間内の中で起こったものと推察される。昼間の労働の後、夜の中で、黒人労働者の仲間内で、ブルースを夜な夜な演奏していたのがそのはじまりであったのだろうと思われる。

 

ブルースの原初の音楽性については、労働歌としての規則的なビートを刻み、そこに、アコースティックギターで弾き語りがなされ、また、そこに瓶口を使ったスティール・ギターのフレーズが楽曲の中に挿入される。歌というのも、普通にうたうといよりも、ぼそぼそとしたつぶやきに比するものであり、その合間に激烈な叫び、霊的、ゴスペルにも比するスクリームが込められる。これは、白人社会において虐げられて来た人々の瞬間の生命の迸りの瞬間が「叫び」に表れ出ている。この「叫び」のスタイルは、一般的に、このデルタ・ブルースを完成させた伝説的ギタリストと称される”ロバート・ジョンソン”の多くの楽曲にも顕著に見られる音楽性の特徴である。

 

概して、このミシシッピ州で最も泥臭いデルタ・ブルースが発生した理由というのは、多分、黒人の権利獲得のための出発、第一歩にほかならなかった。そして、これは音楽史にとどまらず、人類史として概観した上でもなおざりにできない音楽の芸術形式が発生した瞬間といえる。

 

黒人のみで構成された教会というコミュニティーでしか意味を持たなかった社会における「横構造」のアフリカ音楽を源流とする「ゴスペル」が「黒人労働歌」に姿を変え、それからさらに、白人音楽のバラードと結びついて「ブルース」という形式に変わり、その後、歴史的に初めて大衆音楽としての歩みを始め、デルタ地帯を中心に活躍したマディー・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカーらブルースマン一派は、ミシシッピ川流域のデルタ地帯を去り、黒人(アフリカ系アメリカ人)としての権利向上を求め、大きな表現の機会を求め、北へ、北へと向かい、最終的に、大都市シカゴにたどり着いた。

 

これは、黒人達の長い時間をかけて行われる社会における「縦構造」の権利獲得のための第一歩でもあった。

 

上記、二人の重要なブルースマンを失ったデルタブルースは、徐々に衰退の様相を呈すが、その後、ブラック・ミュージックは合衆国全体に広がった。然り、ウォーターズ、フッカーの二人のシカゴへの移住は、黒人音楽家達の長いながい音楽の冒険の始まりに過ぎなかったのである。 

 


5.デルタ・ブルースの名盤

 

デルタ・ブルースは、大衆性、享楽性の強いシカゴ・ブルースとは違い、カントリーに代表される民族音楽、ルーツ音楽としての意義のもつ作品ばかり。

 

このブルースには、音楽における歴史資料として重要視されるべき名盤が多く、聴いて楽しめるのは勿論、歴史資料として傾聴してみる価値もあります。クラシック音楽のように「一般教養として聴く」という聴き方も出来なくはないでしょう。無論、以下に列挙する名盤の他にも、ウィリー・ブラウン、ジョン・ハートの楽曲をはじめ数多くのブルースコンピレーションの名盤が見いだされるかと思いますが、ここでは、デルタ・ブルースの入門編として欠かせない音源を幾つか列挙していきたいと思います。



・Charlie Patton

 

「The Best of Charlie Patton」

 



 

チャーリー・パットンはミシシッピ州、エドワーズ生まれのブルースシンガーであり、デルタ・ブルースの生みの親とされる。

 

綿農業従事者の一家で育ち、プランテーションの仕事に若い頃から従事していたが、夜な夜な、パーティーに出かけ、セッションに繰り出し、ヘンリー・スローンにギターの手ほどきを受け、ギタリストとしての腕を磨いた。

 

チャーリー・パットンは、1929年インディアナ州リッチモンドのゲネット・スタジオで最初のレコーディングを行う。この中の「Pony Blues」はパラマウントから発売され、彼の代表曲となった。

 

パットンは、デルタの第一人者としてしられているだけなく、ブルースの基礎を形作った人物である。彼の生み出す規則的なビートは、労働歌(プランテーションソング)の延長線上にあり、肥沃したミシシッピ流域の大自然を寿ぐかのようなヴォーカルスタイル。

 

もちろん、言うまでもなく、ギタリストとしても革新的技法を生み出している。ボトルネックの代わりに瓶口を使ったスティールギター、独特なうねるようなスクイーズギターの技法に加え、ギターのボディーを叩いて歌に生々しい脈動、ビートを与えるのがパットンのブルースである。サン・ハウスに比べ、ゴルペル要素は薄く、黒人労働歌「フィールドハラー」の直系にある泥臭い音楽(Dirt Blues)として歴史的価値を持つ。

 

他にも、チャーリー・パットンの代表曲には、1920年代に起きたミシシッピ川の氾濫を叙事詩として歌いあげた「Missisippi Bo Weavil Blues」。それから「Down The Dirt Blues」等がある。 

 

 

・Son House

 

Father Of the Delta Blues:The Complete 1965 sessions 




 

チャーリー・パットンと共に、デルタ・ブルースの第一人者にも数えられるサン・ハウス。

 

二十五歳まで教会で牧師をつとめた後、ブルースマンに転向、デルタ・ブルースの基礎を築き上げた偉大なブルースマン。

 

既に一般的に言われているように、スライド・ギターに革新性をもたらしたギタリストである。

 

特に、サンハウスは、黒人教会の儀式音楽の一つ、ゴスペルからの影響が色濃い。そして、実際に、演奏なしの正調のゴスペル曲も彼の作品コレクション中には見られる。

 

サン・ハウスの主な歴史的な功績は、「ブルース」という音楽に、教会音楽で培われた教養を元に、楽節という形式を与えたことにある。つまり、それまでのブルースに西洋音楽のような整合性を与えたと言える。

 

これは、まさに、サン・ハウスの黒人教会の牧師としてのキャリアが音楽の作曲において上手く活かされた事例である。

 

後の伝説的なブルースギタリスト、ロバート・ジョンソンもこのブルースギタリストにあこがれて、デルタ・ブルースを演奏し始めたのだ。もちろん、デルタ・ブルースの基礎をつくり挙げた偉大な人物ではあるが、サン・ハウスの音楽性には、黒人教会でうたわれるゴスペルの系譜、ソウルやR&Bの源流が流れていることもひとつ付け加えておきたい。



・Robert Johnson

 

「King of The Delta Blues」 

 



 

ご存知、ロバート・ジョンソンは、”クロス・ロード伝説”にも現れている通り「十字路で悪魔に魂を売った男」と呼ばれた伝説的ギタリスト。

 

ブルースの名盤選にはアルバート・キングやジョン・リー・フッカー、マディ・ウォーターズと必ず紹介される伝説のブルースマンである。その生涯は、27年と短かったにもかかわらず、他のブルースギタリストに比べ、カリスマ的魅力を放つミュージシャンである。

 

とにかくこのロバート・ジョンソンは、「クロス・ロード」というブルースの伝説的な名曲を遺した大きな功績により、後世のギタリストから、一般的な音楽愛好家にも敬愛されるようになったといえる。

 

ロバート・ジョンソンの楽曲にはサン・ハウスほどの色気はないにせよ、独特な陶酔したような雰囲気がにじみ出ており、それがブルースの代名詞のように語り継がれている印象を受ける。

特に、ガットギターのしなるような間のとり方は言わずもがなで、スクイーズ・ギターを使ってのロックの要素、ペンタトニック・スケール、ブルースのリズムの基本形を生み出した偉大なミュージシャンだ。

 

覇気のあるハミング、合いの手というのも、チャック・ベリーに端を発するロックンロールのルーツといえる。

 

ロバート・ジョンソンをリスペクトしてやまないロックミュージシャンが後を絶たないというのも至極うなずける話である。 

 


・John Lee Hooker

 

「That's My Story」 



 

ジョン・リー・フッカーは、後にデトロイトに移住し、ブルースの先にある「ブギー」というスタイルを最初に発明した偉大なギタリスト、ブルースシンガーである。

 

のちカルロス・サンタナと共に世界的なロックスターの座に上り詰めるわけなのだが、他でもないフッカーは数少ないデルタ・ブルースの流れを受け継ぐミュージシャンであることも忘れてはいけない。

 

彼の主な音楽家としての功績は「Boom Boom」という伝説的なロックの名曲に代表されるように、”ブギー”の原型のリズムやギターリフを構築したことに尽きる。

 

しかし、ジョン・リーフッカーとて、こういった音楽を無から生み出したわけでない、ミシシッピ生まれのブルースマンとして、ハウスやジョンソンのデルタ・ブルースの濃密なグルーブ感を、リアルタイムで肌で直に感じ取っていたから、”ブギー”というこぶしの効いたスタイルを生み出すに至った。

 

表向きのジョン・リー・フッカーの名盤としては「Boom Boom」を収録したアルバムということになるが、しかし、彼の音楽の重要なルーツは、中期のブギーを奏で始める以前の時代、デルタ・ブルースにある。ジョン・リーフッカーの初期の音楽性には、ブルース音楽を介して試行錯誤を重ねながら、次世代の新たなブラック・ミュージックを生み出そうとする硬派なギタリストとしての精神が垣間みれるわけなのである。

 

オリジナル盤だけにとどまらず、ライブ盤も数多くの名作がリリースされているため、一枚だけを例示し、これを聴いてくれと取り上げるのはあまりフェアではないが、フッカーのプランテーションソングに対する深い敬愛を伺わせる「That’s My Story」1960は、珍しくデルタ・ブルースギタリストとしての矜持が伺えるブルースの重要な名作である。

 

この初期の作品「That's My Story」は、ミシシッピ発祥のブルースのラストヒーローとしての目のくらむほどの偉大な風格が漂っている。ブルースの中で最も泥臭いと言われるデルタブルースの音のニュアンスを掴むための手がかりとなる重要な作品である。



こちらの記事もあわせてお読み下さい:

 

LEGENDARY BLUES ブルースの名盤 シカゴ・ブルース編

 Sam Fender

 

 

サム・フェンダーは、英国ノース・シールズ出身のシンガーソングライター。

 

幼少期から音楽一家に育ち、父や兄と共にドラムやピアノの演奏に親しむ。特筆すべきなのは、2011年、英国のドラマシリーズ「Vera Season 1」に出演するなどテレビ業界で活躍しています。

 

2010年にパブでの演奏中にベン・ハワードのマネージャーにスカウトされ、フェンダーのプロミュージシャンとしての歩みは始まりました。

 

2017年には、ユニヴァーサル・ミュージックからリリースされた「Play God」で華々しいデビュー。本格派のシンガーソングライターとしてイギリスのポップス/ロック界で注目を浴びる。2018年にはBBC Sound Of 2018年に選出。

 

さらに、その翌年の2019年には見事ブリット・アワードの批評家賞を受賞。また、サム・フェンダーのデビューシングル「Play God」は、サッカーゲームFIFA19において使用されています。

 

2019年にはイギリスの最大級の音楽フェスティバル、グランストンベリーへの出演が決定していましたが、声帯の不調のため大事をとり出演を断念する。

 

しかし、その後のハイドパークの公演でボブ・ディラン、ニール・ヤングのサポート・アクトを務めています。同年には、東京、大阪のサマーソニックに出演していることも付記すべきでしょう。

 

サム・フェンダーは、非常に伸びやかで清涼感あふれる声質のシンガーで、U2のボノの声質を彷彿とさせます。

 

これまで四年という短いキャリアにおいて、玄人好みの作曲を行い、どことなくAOR周辺のアーティスト、特にポリスの全盛期の音楽性を現代に引き継いだかのような素晴らしい楽曲をこれまでに残しています。作曲においても深みと渋みを持ち合わせ、若々しさと老獪さを同時に持ち合わせたアーティスト。フェンダーの生み出す音楽性は、聞く人を選ばない王道のポップス/ロックと言えるでしょう。

サム・フェンダーの音楽の題材としての興味は、他のイギリスのスターのように、個人的な問題でなく、世界に向けて注がれています

 

U2やトム・ヨークの次世代を担う「新たな2020年代のイギリスのスターの誕生の瞬間」と銘打っておきたい現在のイギリスのミュージックシーンで注目すべきアーティストです。


 

 

「Seventeen Going Under」2021 

 



 

Tracklist

1.Seventeen Going Under

2.Getting Started

3.Aye

4.Get You Down

5.Long Way Off

6.Spit Of You

7.Last To Make It Home

8.The Leveller

9.Mantra

10.Paradigms

11.The Dying Light

12.Better Of Me

13.Pretending That You're Dead

14.Angel In Lothian

15.Good Company

16.Poltergeists

  

Seventeen Going Under  Sam Fender Offical 
Listen on YouTube:

https://m.youtube.com/watch?v=WAifgn2Cvo8

 

 

今週の一枚として御紹介させていただくのは、サム・フェンダーの10月8日にリリースされたばかりの通算二作目となるスタジオ・アルバム。

サム・フェンダーは、イギリス国外ではまだそれほど知名度を獲得していないアーティストですが、彼の新作は勢いと瑞々しさの感じられる傑作、この作品リリースによって多くのリスナー、及び音楽シーンからの大きな注目が注がれることが予想されます。

このスタジオ・アルバムは、16曲収録、ランタイムが一時間二分というように近年類をみないほどのボリューム感で構成されています。さらに、アップテンポのロックナンバーとバラードソングがバランスよく配置されており、一時間という長さではありながら、全体の構成が引き締まっているため、聴いていてそれほどストレスを感じることは少ないでしょう。

 

サム・フェンダーは、基本的にインディー・ロックのアーティストとしてカテゴライズされています。まだ二十代と若いアーティストですが、このシンガーの才覚が並外れているため、インディーと称するのは礼に失するかもしれません。それほどまでに、伸びやかで、はつらつとした力強さ、メジャーアーティスト特有の大きな目のくらむほどのオーラの感じられるヴォーカリストです。

 

リードトラック「Seventeen Going Under」から清涼感のあるナンバーであり、再生するまもなくサム・フェンダーの生み出す独特な世界観の中にリスナーは惹き込まれていく。デビュー時の「Play God」に比べると、フェンダースのヴォーカルの存在感がましているようにも思え、抑えがたいほどのパワフルさが録音から如実に伝わってきます。

 

フェンダースの声は、バックトラックに埋もれるどころか、歌ひとつの迫力で曲全体をぐいぐい引っ張っていく。これほどの力強さは近年のアーティストにはなかったもので、大きな「何か」を感じます。

 

続いての二曲目「Getting Started」も同じように、サム・フェンダーのヴォーカルの清涼感と力強さが際立った快作。アルバムの初めから展開されるのは非の打ち所のない痛快なポップス/ロックの王道中の王道。

 

ドン・ヘンリーの時代のAORを彷彿とさせるサックスのアレンジメントを施した清々しく爽やかなポップス/ロックですが、特に、このシンガーのボーカルのビブラート伸びというのは凄まじく、全身の骨格全体を使って歌っているのを感じる。

 

歌手として並々ならぬ才覚が作品全体に迸っており、初めてこのフェンダースの最新作を聴いて思わずにはいられなかったのは、U2、ポリスのUK黄金時代の艶やかさ、華やかさ、ガツンとやられるようなインパクトが今作には宿っているということ。

 

他にも、 古き良き時代のブリット・ポップの黎明期、U2、The Wedding Presentsの楽曲性を彷彿とさせる四曲目「Get You Down」は、インディー・ロックとしてコアな雰囲気を持ち併せつつ、2020年代の”Modern Brit Pop”の隆盛を告げ知らせる華やいだ名曲として聞き逃がせません。

 

コードは、一曲を通して大きく変化しないにも関わらず、変化に富んで聴こえるのは、このシンガーの歌が奥行きがあるからでしょう。聴いてると、俄然パワーがみなぎってくる不思議な魅力を持った楽曲。これはソングライティング、フェンダーの歌が異質なエネルギーを発しているからでしょう。

 

これらのアップテンポなロック曲の他に、絶妙な配置でまったりとしたバラードが収録されており、「Mantra」「Last To Make It Home」は、作品全体としての均衡を絶妙に保っており、アルバムの序盤で高ぶった精神を落ち着かせてくれる秀逸なバラード、アルバム後半部への流れを形作っていきます。

 

アルバムの後半部は、前半のアップテンポなロックソングを中心とした構成とは打ってかわって、落ち着いた雰囲気が漂っています。特に、作品としての最高潮を迎えるのが、十一曲目の「The Dying Light」、ここでは古典的バラードソングの醍醐味が伸びやかなサム・フェンダースの美麗で力強いヴォーカルと共に堪能することが出来ます。特に、この楽曲の後半部は感動ものです。

 

アルバムの最後を飾るピアノの弾き語りの「Poltergeist」は、このSSWの真骨頂ともいえる楽曲。ポップスとして何らひねりのない素直な感慨がシンプルなピアノ演奏と共にソウルフルに歌いこまれています。名シンガー、ビリー・ジョエルの作風を彷彿とさせる雰囲気がある渋い一曲で、なんらのごまかしのないフェンダー自身の歌を直情的に表現した名バラードといえそうです。

 

 

・ポスト・クラシカルシーンの動向

 

ポスト・クラシカル、ネオ・クラシカル、クラシカル・クロスオーバーとこのジャンルには様々な呼称が与えられているが、とにかく、このピアノ音楽をよりポピュラー音楽寄りに解釈した音楽は、ドイツのマックス・リヒテル、アイスランドのヨハン・ヨハンソンと、体系的に音楽を大学で学んだ音楽家、そして、全くそういった専門機関で学習を受けていない音楽家に大別される。

 

そして、ときに、後者の方は、元々は、電子音楽の延長線上にこの古典音楽の雰囲気を生かしたポピュラー音楽に活路を見出すアーティストの事例が多く見受けられる。しかも、オーラヴル・アルノルズの例を取ると理解できるように、パンク・ロック、ヘヴィ・メタルといったクラシック音楽とは畑違いの分野からの鞍替えをし、このポスト・クラシカルアーティストとして大成する場合もあるのが興味深い特徴です。

 

これは、実際の体験談として、ノイジーな音楽を演奏していると、ある時、ふっとそういった音楽がお腹いっぱいとなり、それとはまったく正反対のクラシック音楽のような雰囲気を持つ方面に惹かれる場合がある。

 

その中の興味には、勿論、アンビエントのような電子音楽、環境音楽のような機能的音楽もその一つに挙げられるだろうか。これは、音楽を深く愛するものだからこそ、アーティストもまた一つのジャンルにこだわらないで、様々な音楽というフィールドで小旅行を企てようとするような気配が感じられる。

 

特に、このポスト・クラシカル、ネオ・クラシカルという古典音楽をよりキャッチーにし、ときにヒーリング音楽のようなアプローチ法で生み出す21世紀の音楽は、ロック音楽や電子音楽のノイジー性に嫌気が差したアーティストがより温和で穏やかな音楽を始めようと試みたジャンルなのである。

 

それはひとつ、1990年代までに、大きな音量の追求だとか、ノイズ性の飽くなき探求というのはすでに限界に来ており、ロック音楽にせよ電子音楽にせよ、エクストリームまで極まったからこそ、その対極にある数多くのミュージシャンたちの「サイレンスへの探求」が21世紀になってから実験的にではあるが率先的に行われていくようになったのである。

 

もちろん、このポスト・クラシカルの最も盛んな地域はヨーロッパで、ドイツ、イギリス、アイスランド、また東欧圏で盛んな印象を受ける。これはアイスランドをのぞいては、かつて中世において古典音楽作曲家を多く輩出してきた地域であると気づく。確かに、ロシア、ハンガリーといった地域ではそれほどまだポスト・クラシカルシーンというのは寡聞にして知らないものの、このジャンルは、ヨーロッパ人のDNAに刻まれた音楽的なルーツを無意識下において探求しようという欲求のようなものも見えなくもない。


もちろん、アメリカにも日本にも、Goldmund、petete Broderickをはじめ、このジャンル、シーンを牽引する存在はいるものの、古典音楽とポピュラー音楽、そして映画音楽というこれまで分離していたようなジャンルを、一つにつなげようというのがこのポスト・クラシカル、ネオクラシカルの試みであるように個人的には思えてなりません。


・ポストクラシカルの今後の展望

 

現在のヨーロッパのポスト・クラシカルシーンにおいては、アイスランドのオーラヴル・アーノルズが一歩先んじているように思える。ロックダウン下において、リリースされた「Sunrise Session」は、このポスト・クラシカルというジャンルの2020年代、ひいては現代ヨーロッパの音楽を象徴するような偉大な楽曲です。これからオーラヴル・アーノルズはレイキャビク交響楽団をはじめ、古典音楽をメインとして活躍する音楽家と共演するかもしれない。

 

一方、このポスト・クラシカルシーンを2000年代始めから率いてきたドイツのニルス・フラームについては、最新作「2×1=4」でF.S.Blummとの共作で、これまでとは異なるダブ作品に花冠にチャレンジしているため、これからポスト・クラシカルの方向性からは少し遠ざかっていく可能性がある。

 

また、面白いのが、ワープレコードの代名詞的存在、Clarkはこれまでのコア(ゴア)なクラブミュージック路線を手放し、ドイツ・グラムフォンと契約を交わし、最新スタジオ・アルバム「Playground In A Lake」で明らかにポスト・クラシカルを意識した作品に取り汲んでいる。電子音楽界の大御所として、このシーンに堂々たる足取りで踏み入れたというように言えるかもしれない。

 

もちろん、現在、2020年代の初頭、数多くのポスト・クラシカルに属するアーティストがヨーロッパを中心として新しく台頭している。その中にはアキラ・コセムラをはじめ日本勢も数多く秀逸なアーティストが活躍しており、イギリスで注目が高まっている気配もある。新たに、日本から面白いポスト・クラシカル系の音楽家が台頭してこないとも言えない。

 

このジャンルの主要なスタイルは現在でも、ハンマーの音を生かした静謐な印象を与えるピアノ曲が現時点でのトレンド。しかし、アプローチが画一的になりすぎると、そのジャンル自体が衰微していく可能性もあるため、このあたりで劇的なアプローチ、これまでに存在しなかった斬新なスタイルを生み出すアーティストが出てくるかどうか今後注目です。

 

このピアノ曲、弦楽重奏曲、交響曲を新たにポップスとして解釈した雰囲気のあるジャンルのシーンは、2020年代を軸にどのように推移していくのかに注目したいところでしょう。

 


Fredrik Lundberg

 

フレドリク・ルンドベルグは、スウェーデン、ストックホルムの作曲家、ピアニスト。早い時代からクラシック、ジャズピアノの双方において教育を受けているアーティスト。ルンドベルグはこれまでのキャリアで、古典音楽、ポップ、エレクトロニカをクロスオーバーする作品を生み出しています。

 

2012年から、自主スタジオとレコード会社”Drema Probe Music"を立ち上げ、ミュージシャンとして活動をはじめる。2017年には、Aphex Twinの代表的な楽曲をピアノ曲のアレンジカバーを収録したスタジオ・アルバム「Lundberg Plays Aphex Twin」でデビューを飾る。これまで六作のシングル、一作のアルバムをリリースしています。

 

現在、フレドリク・ルンドベルグは、このピアニストとしての活動の他にも二つの音楽プロジェクトを同時に展開。一つは、Blue Frames and Kalle Klingstromというバンドに在籍、2020年には1stシングルをリリースしています。

 

フレドリク・ルンドベルグの主な音楽性は、ポスト・クラシカルの王道を行くもので、ピアノの小曲を得意とし、ロマン派に代表されるような穏やかで叙情性溢れる楽曲をこれまでに残しています。


Fredrik Lundbergの主要作品

 


1.Albums

 

「Fredrik Lundberg Plays Apex Twin」2017 

Tracklist


1.Icct Hedral(Piano Version)

2.larichheard(Piano Version)

3.Petiatil Cx Htdui(Piano Version)

4.Yellow Calx(Piano Version)

5.Schottkey 7th Path(Piano Version)

6.Xtal(Piano Version)

7.Parallel Stripes(Piano Version)

8.Icct Hedral(Piano Version)[Psychedelia Dream Remix]


 

近年、カナダのクラシックギター奏者のサイモン・ファートリッシュのカバーにも見受けられるように、電子音楽家Aphex Twinの生み出す旋律の秀逸さに光を当て、その音楽性の良さを引き出そうと試みるアーティストが多いように思えます。

 

そして、スウェーデン、ストックホルムのピアニスト、フレドリク・ルンドベルグも同じく、今作のデビュー作において、ピアノ音楽として、エイフェックス・ツインの音楽性の再解釈を試みた作品です。

 

リチャード・D ・ジェイムスは、ドリルンベースとしてのコアなテクノアーティストとして知られているだけではなく、ジョン・ケージを始めとする実験音楽から影響を受けているミュージシャン。近年では、リチャード・D ・ジェイムスの音楽性、叙情性を再評価するような動向がクラシック界隈において見られるようです。

 

もちろん、ルンドベルグが本作で挑んだピアノ音楽としてのアレンジは、その曲を忠実に再現することではなく、その曲に隠れていた魅力を引き出し、新たにピアノ音楽としてリメイクするというチャレンジにほかなりません。

 

それはクラシック、ジャズに深い理解を持つルンドベルグだからこそ原曲の旋律のどこを押さえればよいのか、十二分に把握しているからこそ、このような秀逸なアレンジメントが生み出される。

 

ここで聴く事のできる静謐なピアノ曲は、平安を聞き手に与え、穏やかな気持ちにさせ、さらに、風景を思いうかばせるかのようなサウンドスケープの概念によって彩られてます。特に、Aphexの代表的な楽曲「Xtal」のピアノアレンジは白眉の出来、カナダのサイモン・ファートリッシュと同じように、旋律という側面からエイフェックス・ツインの楽曲の再解釈を試みています。

 

これらのピアノカバーアレンジは、ジャズとしても聴くことが出来るでしょうし、あるいはまたクラシックとして聴くことも出来る。聞き手に、多くの選択肢を与え、これまでになかった音楽の視点を与えてくれるような演奏であり、奥深い芸術性を漂わせつつ、穏やかなくつろぐような情感に満ちあふれる。

 

フォーレ、サティ、ラヴェル、メシアンといった近代フランス和声への歩み寄りも感じられる涼し気な印象を受けるピアノ作品。聴いていると、サラリとした質感の感じられ、異質な和音性によって新たに組み直されたポスト・クラシカルの傑作です。


2.Singles


Memories of Red  2020

Tracklist

 

1.Memories In Red


そして、フレドリク・ルンドベルグのオリジナル曲の傑作の一つがシングル作品「Memories of Red 」です。ここでは、穏やかな情感に満ち溢れ、非常に繊細なタッチにより紡がれるピアノの小曲を聴くことが出来ます。

 

例を挙げるのなら、リストやショパン、ヨハネス・ブラームスの往年のワルツ曲のように、シンプルでありながら情感に訴えかける素敵な楽曲。クラシック音楽をポップとしてどのように解釈しなおすかに焦点が絞られた作品。

ピアノハンマーの木の音をアンビエンスとして活かすという側面では、本日のポスト・クラシカル派の王道を行くといえるでしょうが、確かなピアノの演奏に裏打ちされた安心感のあるピアノ曲であり、短い曲なんですけれどもなにか旋律のツボを抑えた曲。中世ヨーロッパのロマン派が隆盛した時代に小さな旅を試みたかのような素敵なロマンスを感じせてくれるでしょう。オルゴールのようにノスタルジーさを思い起こさせてくれる、あたたかなロマンスに彩られた秀逸な作品です。




Christmas Indie 2021


Tracklist

1.O Come,O Come Emmanuel

2.To Us Is Given

3.Who Child Is This  


そして、2021年の10月1日に発表されたばかりの「Chrismas Indie」は三曲収録のシングル作でありながら、フレドリク・ルンドベルグの現時点での最高傑作といっても差し支えないでしょう。

 

「O Come,O Come Emmanuel」はのゴルドムントのサウンド面でのアプローチとしては近いものがある楽曲です。また、二曲目の「To Us Is Given」は、現代の抽象派としての音楽の再構築と言い得るかも知れない。

 

バッハのフーガ的手法を用いているのが最大の聞き所といえるでしょう。上下の和音の組み立ての中には、ジャズ的な雰囲気も滲んでおり、どことなくドビュッシーのピアノ曲を思わせる作風です。

 

色彩的な和音を積極的に用いると言う面でドビュッシーの名曲に匹敵する完成度。さらに、三曲目の「Who Child Is This」は、名曲「グリーンスリーブス」のアレンジメントか、独特なジャズのアンビエンスに彩られたクールな質感が漂う。

 Mogwai

 

モグワイは、スチュアート・ブライスウェイト(Gu,Vo)、ドミニク・エイチソン(Gu)、マーティン・ブロック(Dr)によって、1995年に結成されたスコットランド、グラスゴーのポストロックバンド。

 

1997年LP「Young Team」でデビューを飾り、同年、「バンドワゴネスク」でおなじみの同郷のティーンエイジ・ファンクラブのブレンダン・オヘアが加入したものの、翌98年にバンドを去っています。

 

これまでモグワイは、アイスランドのシガー・ロスと共にヨーロッパのポスト・ロックシーンの確立した最重要のロックバンド。今やヨーロッパでは重鎮といっても過言ではないかもしれません。

 

重厚な轟音ギターロックサウンドを表向きの特徴にし、SEを取り入れた静と動の織りなすモグワイの劇的な曲展開は宇宙的な壮大さを生み出し、その中に、美麗で恍惚としたメロディーの反復、そのミニマルな単位の楽節を徐々に轟音性によって増幅させていくのがモグワイの音楽性の主な特徴です。

 

反復されるフレーズがアシッド的な効果を生み出すという点においては、ロックバンドではありながら、EDM(レイヴやゴアトランス)の雰囲気も併せ持ち、クラブ音楽の影響も少なからず感じさせる。ライブパフォーマンスでも音楽と同期した視覚的な演出を試み、プログレッシヴ・ロックのような物語性を持つという点で、ディスクレビューにおいてカナダ・トロントのGod Speed You Black Emperror(GY!BE)と頻繁に引き合いに出されるロックバンドであります。

 

モグワイは、これまでの24年という長いキャリアにおいて、「Come On Die Young」1999 、「The Halk Is Howling」2008、とポスト・ロックにとどまらず、ロックの数々の名盤を生み出しています。

 

初期からは轟音性の強いロックサウンドを特徴にしていましたが、徐々に静謐性に重点を置いた楽曲にも取り組むようになり、近年、特に、2021年2月にリリースされたモグワイの最新作「As The Love Continue」では、轟音性溢れるエネルギッシュな作風に原点回帰を果たし、そこに、スコットランドのネオアコ/ギター・ポップ、日本では、一般的に「アノラック」と称されるポップエッセンスを付け加え、また、そこに、英国の80ー90年代周辺のエレクトロの空気感を絶妙に溶かし込んだ独特な作風を生み出して、ミュージックシーンで話題を呼んでいます。

 

2022年の1月27日から、イタリア公演をかわきりにして、翌月からは、オランダ、ベルギー、フランス、ドイツ、英国、アメリカ、カナダ、スペイン、と大規模な世界ツアーを控えているモグワイ。どのような名演を世界の人々の記憶に残してくれるのか非常に楽しみにしたいところです。

 

 

 

 

 「Take Sides」EP  2021

 

 
Quote bandcamp.com

 

TrackListing

 

1.Ritchie Sacrament-Other Remix

2.Midnight Flit IDLES Midday Still At It Remix

3.Fuck Off Money Alessandro Cortini Rework

 

 

 BandCamp

 https://mogwai.bandcamp.com/album/take-sides-2

 

 

 

2021年2月のスタジオ・アルバム「As The Love Continue」に続いて、Bandcamp上で10月1日に発表されたEP「Take Sides」は「As The Love Continue」に収録されている3つの楽曲のリミックス作品。特に、共同制作者が豪華なメンツが参加しています。

 

一曲目の「Ritchie Sacrament」には、英クラブ・ミュージックシーンの重要な立役者、New Orderのメンバーの二人、Stephan Morris,Gillan Gilbertが参加。

 

80、90年代のロンドンエレクトロの雰囲気を漂わせたノスタルジックな味わいのあるエレクトロニック・ミュージックに仕上がり、オリジナルよりもダンス音楽の要素が加えられ、独特なディスコ風サウンドが提示されています。

 

もちろん、スタジオ・アルバムに収録されているオリジナル曲「Ritchie Sacrament」もインスト曲を中心とするモグワイとしては珍しいヴォーカル曲ですが、ここでは、New Orderの名トラックメイカーの二人の手により、さらに爽快な空気感を持つリミックス作品に仕上がっています。 

 

 

二曲目の「Midnight Flit」は、英ポスト・パンクバンドIDLESがリミックスに参加、テクノイズとも称するべきアレンジメント。

 

これまでのモグワイには余りなかった印象を受けるクリック・ノイズ要素の全面的に打ち出した実験性溢れるリミックス。ゴアトランスの領域に入り込んでいるようにも思え、ノイズの印象が強いですが、その中にもモグワイらしい美しく淡麗なギターフレーズがリミックスの中に取り入れられている。モグワイのラウド性を電子音楽側から改めて再確認しなおした作風となっています。

 

 

さらに、特に、三曲目の「Fuck Off Money」は、NINの重要なツアーメンバー、トレント・レズナーと深いかかわりを持つアレクサンドロ・コルティーニがリミックスに参加しているのが見どころ。

 

ここでは、モグワイの「The Halk Is Howling」時代の懐かしいマーチングのリズム性に立ち返り、そこにさらに、アレクサンドロ・コルティーニらしいインダストリアルな雰囲気が漂う素晴らしいリミックス。

 

特に、中盤部から最終盤部にかけての独特な中低音域を押し出すようなリズム性、アンビエントドローン寄りのアレンジを交え、往年のモグワイ節というべきリズム性が随所に引き出されたリミックスとなっています。

 

ここには、モグワイのオリジナルアルバムより、EDMの要素に重点が置かれており、これまでのモグワイとは一味違う音楽性を体感出来る作品として注目です。ポスト・ロックファンのみならず、クラブミュージックファンもチェックしておきたい、名リミックス作品となっております。



 ・パワーポップとはどんなジャンル??

 

今更、パワー・ポップというジャンルについて語るのはいかがなものかという話もあるかもしれませんが、元々、ビートルズやビーチ・ボーイズ、ローリング・ストーンズにしても、普通のロックンロールとは異なる原始的なロックンロールサウンドに甘酸っぱいメロディを散りばめた楽曲というのが見受けられる。

 

中期から後期にかけてアート・ロック色を強めていくビートルズの最初期は、センチメンタルで甘酸っぱいラブソングも多く、最初期のローリング・ストーンズも「アウト・オブ・ザ・タイム」といった楽曲では、センチメンタルなポップス/ロックのアプローチを図っている。


米カルフォルニアのビーチ・ボーイズについては言わずもがな、このバンドの表面的な魅力のひとつパーティーロック、サーフロックというのは分かりやすいバンドキャラクターに過ぎず、実際のビーチボーイズの音楽的な魅力というのは、「All Summer Long」に代表されるようなパワー・ポップ寄りの軽快なバンドサウンドにこそ、彼等の音楽性の真価があるようにおもえてならないのである。


しかし、もちろん、ビーチ・ボーイズどころか、その後のザ・フー、チープ・トリックの時代に入ってもまだ「パワーポップ」なるジャンルは確定していなかった。日本の音楽評論家は一般的に、特にザ・フーのようなモッズシーンの代表格のロックバンドに対して、「ニューウェイヴ世代によるポップでシンプルなロックンロール」と評していたようである。そもそも、このパワー・ポップというジャンルは、1970年代のロンドンパンク、ニューウェイブの時代に登場したロックバンドの一部がニューウェイブ・パンクサウンドとは少しニュアンスの異なる音楽(甘くキャッチーで切ないセンチメンタルだけども一本気のあるプリミティヴな輝きを放つシンプルなロックンロール)を奏でていたため、便宜上、適用されることになったジャンル名なんだそう。


つまり、パワーポップの始まりというのは、音楽が先にあって、評論家がその一つのジャンルに呼称を与えたというわけではないらしく、どちらかといえば、独立したファンジンの編集者によって扇動的に使い始められた言葉であるらしい。パワーポップという言葉が一般的に知られるようになったのは、主に1970年代の終わりから1980年代の始めで、他でもない、ニューヨークのファンジンにおいて、ニューヨークの女性パンクロックバンド、ラナウェイズのプロディーサーを務めていたキム・フォウリーは、彼自身が編纂を務めるファンジン誌「Bomb」78年3月号において、

 

「パンク・ロックは終わった。ニューウェイヴの未来は、パワーポップにある」と、大々的に書いている。

 

なんとももの凄い書きぶりだ。そして、この謳い文句は、いかにも扇動的で、このジャンルの温和でフレンドリーな音楽性とはそぐわないセンセーショナルな宣伝文句のように思える。


それでも、好意的な見方をしてみれば、キム・フォウリーは、パティ・スミス、テレヴィジョン、ラモーンズを始めとするNYパンク、セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムドといったロンドンパンクの後に新たな気風を感じる音楽ジャンルとして、少々、過激な言葉を選び扇動的に紹介する必要があったかもしれない。彼はおそらく、マルコム・マクラーレンがロンドンパンクというシーンを打ち立ててみせたように、プロデューサー、出版人として、このパワーポップシーンをファンジンにおいて大々的に宣伝し、センセーションを生み出したかったのかもしれない。(いわば、かつては、ザ・フーが「マイ・ジェネレーション」の歌詞において扇動的に歌ったように)


しかし、キム・フォウリー氏の狙いは少し外れた。パワー・ポップは、主流の音楽とはならず、あくまで亜流のジャンルとしてインディーロックファンの間で根強い人気を博するにとどまった。

 

つまり、パワー・ポップはチープトリックやその後のウィーザーをのぞいては、ロンドンパンクやニューウェイヴのようなメインカルチャーとはならず、1993年から1997年にかけて発売された「Yellow Pills」、1996年の「The Roots Of Power Pop」、「Shake Some Action」というコンピレーション文化に代表されるように、少なくとも、パワー・ポップは、インディー系統のロックンロールとして、マニア向けの人気を誇るジャンルにとどまったような印象を受けなくもない。


しかし、1990年代に入ると、さりげな〜くパワー・ポップムーヴメントが到来、マシュー・スウィート、ウィーザー、ファンテインズ・オブ・ウェインといったロックバンドが台頭、セールス面でも健闘をみせた。それから、グリーン・デイ、シュガー・カルトをはじめとするポップ・パンクバンドがパワーポップの甘酸っぱいサウンドに再び脚光を当てたことにより、一般的な音楽ファンの興味がこのジャンルに注がれはじめた。それまではアレックス・チルトンをはじめインディーロックアーティストがこのジャンルを広め、「パワー・ポップ・スター」というべき存在がシーンに続々と登場していたが、アレックス・チルトンはインディー・ロック界のスターであり、ややこしい言い方になるが、一般的なロックスターとは言いづらいのである。


つまり、どこまでいっても、このジャンルは、ザ・ナックやチープ・トリックをはじめ、商業的には大成功を収めているものの、メインカルチャーとして認知されたのではなく、ローファイ等と同じように、インディー中のインディー音楽、サブカルチャーの真髄と称するべき音楽とも言える。


だからこそ、マニア心をくすぐられると言うべきか、より探求してみたくなるジャンルなのである。


常に、何らかのフリークというのは、その対象物がわからないものであるほど興味を惹かれるからである。対象物の印象がぼんやりしていればなおさら。しかし、なぜ、パワー・ポップがこれまで、チープトリック、ウィーザーを除いてメインカルチャーとして浸透しなかったのだろうか疑問に思う。


未だこのジャンルについては曖昧模糊としている部分もあり、評論の専門家にしても、明確な言葉で定義づけるのは難しいように思える。そもそも、ビリー・アイドル擁するジェネレーション・Xはロンドンパンクシーンに位置づけられるロックバンドはよく聴いてみると、パワー・ポップの雰囲気もなくはない。そして、ザ・フーについても、最初期の音楽性は明らかに、モッズであるとともに、パワー・ポップを志向している面もある。こんなことを言うのは他でもないピート・タウンゼント自身が「自分たちの演奏しているのは、パワー・ポップである」とまで明言しているからである。


このジャンルは、1970、1980,1990というように年代別の流れとして追うことは出来る。おびただしい数のバンドを列挙していけば、実際、名盤ガイドは書籍としていくつか発行されているが、相当見栄えのするフローチャートが完成するだろう。しかし、このジャンルはときに、ロックであり、パンクであり、メタルであり、さらに、AOR,ニューロマンティック、フォークでもある。

 

さながら様々に七変化する様相を呈しているといえる。しかし、普通であれば、書いていくうち、物事の核心へと迫っていくはずであるのに、書けば書くほど理解しがたい雰囲気のあるジャンル、それがパワー・ポップというジャンルの正体でもある。これは、実際に聴いて、その善し悪しを自分の耳で判断するしかないかもしれない。ある人にとっては「サイテー!」というものが、ある人にとっては「サイコー!」にもなりえる。でも、それこそがこの音楽の素晴らしさではないだろうか?


言い添えておきたいのは、パワー・ポップというのは、リスナーの数だけ答えが用意されている自由性の高いジャンルでもある。


それぞれ異なる考え、聴き方があってしかるべきジャンルだ。そして、良い音楽を、常に自発的に探しもとめるしか、この問いに対する答え、餓えを癒やす方法は見つからない。でも、だからこそ、というべきか、このジャンルの奥深さは、多分、一生涯かけても知り尽くすことは叶わないだろう。言ってみれば、無類の食通のために用意された味わい深いロックンロールなのである。



パワー・ポップの名盤ガイド


今回は、マシュー・スイートをはじめとすつ後の九十年代のパワーポップバンドは取り扱わず、70年代の初期のパワーポップシーンを担ったバンドについて取り上げていきます。パワーポップ関連の名盤を探す手引にしてみて下さい。


1.Rasberries

「Fresh」1972


ラズベリーズは、エリック・カルメンを中心に、ウォリー・ブライトン、デイヴ・スモール、ジム・ボンファウンティによってオハイオ州で結成されたアメリカンロックバンド。ビートルズの初期の音楽性に比するポップセンスを持ち、甘酸っぱいメロディーを散りばめたキャッチーかつセンチメンタルな楽曲で一世を風靡した。原題は「Fresh」なのに、邦題はなぜか「明日を生きよう」となっている。


日本で、アイドルグループとして最初期に売り出された経緯があるようで、実際の音楽性はシンプルでキャッチーではあるものの、ロックンロールとしても芯の太さを持つ。


そのあたりが、最初、レコード会社が彼等をアイドルとして売出そうとしたため、その事が元で、バンドメンバー間で方向性の違いが生じ、74年のリリースを機に、ラズベリーズとしては解散を迎える。しかし、のち、2017年に見事なリユニオンを果たし、ライブ盤「Pop Live」をリリースして、往年の名曲を披露し、ラズベリーズのパワフルなサウンドが未だなお健在であると証明してみせた。


特に、パワーポップの名盤として名高いのが1972年にリリースされた2ndアルバム「Fresh」である。


一曲目にされている「I Wanna Be With You」はシングルとして日本でも大ヒットしたのを記憶されている方も少なくないはず。この楽曲に刻み込まれている爽やかさ、甘酸っぱっさ、青春の雰囲気はいまだなお輝かしさに彩られている。アルバム全体としてはアメリカン・ロック色が強いが、その他にも「Let's Pretend」といったパワーポップの珠玉の名曲ばかりが収録されている。  

                

 

 

2.Badfinger 

「No Dice」1970


 

ビートルズと同じインディー・レーベル、英アップルからデビューを飾り、世界的なロックバンドとして知られるバッド・フィンガー。メンフィスのビッグ・スターと共に、アメリカのインディーロックバンドの先駆けとして見なしても不思議ではない重要なロックバンド。


後の、マライア・キャリー、ニルソンといったアメリカのポップス界の大御所が彼らの名曲「Without You」をカバーしている。しかし、どことなくその代表曲「Without You」に象徴されるように、メンバーの死、金銭における問題というこの世の儚さがこのバンドイメージを悲哀あふれるものにし、ラズベリーズとは異なる影をこのバンドのイメージに落としているような感じもある。以前は、この英、アップルから発売した「No Dice」は入手困難だったそうなのだけれども、後にリマスター版が再発され、現在は入手しやすくなったのはファンとしては嬉しいかぎり。


「No Dice」に収録されている中では、「No Matter What」「Baby Blue」の二曲がパワーポップの先駆的な楽曲といえるかもしれないが、なんと言っても、このスタジオアルバムの醍醐味は「Without You」という名バラードに集約されている。サビの「君なしでは生きられない」というストレートな歌詞、喉を引き絞るようにして紡ぎ出される純粋な叫びというのは痛烈であり、今でもこの楽曲に匹敵するバラードソングというのは存在しない。後のニルソンのカバーヴァージョンも素晴らしい出来であるものの、切なく物憂げでありながら壮大な世界観を持つこのオリジナルヴァージョン「Without You」は、パワーポップの名曲としてだけでなく、アメリカのポップス史に残る偉大な名曲として、後世に語り継がれていってもらいたいと願うばかり。 

 

                     

 

3.The Flaming Groovies 

「Shake Some Action」1976

 


フレイミング・グルーヴィーズは、ロイ・ロニー、シリル・ジョーダンを中心にサンフランシスコで結成されたロックバンド。


上記の二バンドに比べ、商業的な成功には恵まれなかったものの、ガレージロック、パブロックをはじめとする後のインディー・ロックシーンに影響を与えたロックバンド。


初期はMC5に触発されたガレージロックバンドの荒削りなロックの雰囲気を持っているが、特に、ロイ・ロニーVoが脱退し、後任として抜擢されたクリス・ウイルソンが加入した後は、長髪だったメンバーがすべてビートルズ風のマッシュルームカットにし、そして、スーツ姿を着込み、ストーンズ直系のマージー・ビート、バーズ寄りのフォーク・ロックを奏でるようになった。


特に、 フレーミング・グルーヴィー図の通算六作目となる「Shake Some Action」は、後に同名のパワー・ポップコンピレーション「Shake Some Action」がリリースされるほど、パワー・ポップの代名詞的なスタジオ・アルバムとなった。ビートルズやストーンズにいかになりきるかを探求したアメリカンロックバンドで、この米Sireからリリースされたスタジオ・アルバムも大半がカバー曲で占められているが、パワー・ポップというジャンルの意味合いを掴むためには、表題曲「Shake Some Action」を素通りすることは難しい。確かに、コピーバンド、コスプレバンドという指摘もされているロックバンドであって、お世辞にも一般的な知名度は高くはないけれど、パワー・ポップというジャンルを知るためには欠かすことのできない重要な傑作。 


                    

 

 

3.The Rubinoors

「Back To The Drawing Board」1979


1970年代後半、ジョン・ルビノー、トミー・ダンバー、ドン・スピント、ロイス・エイダーらによってカルフォルニア、バークレーで1973年に結成されたルビノーズ。特に、コーラス・グループとしてビーチ・ボーイズに匹敵するほどの美麗なハーモニーを生み出す数奇なロックバンド。特にメーンヴォーカルのジョン・ルビノーの裏声ファルセットは息を飲むような美しさがある。


1977年の1stアルバム「The Rubinoos」の後にリリースされた「Back To The Drawing Board」1979はイギリスでレコーディングされた作品で、デビューアルバムに続いて、弾けるようなフレシュな青春の息吹の感じられるスタジオアルバム。特に二曲目「I Wanna Be your Boyfriend」は永遠のパワー・ポップの名曲といっても過言ではなく、後に、イギリスのファラーがカヴァーし、一躍有名となった。ジョン・ルビノーのリードヴォーカルには混じりけのない純粋さ、そして爽やかさ、さらに跳ねるようなポップス感があり、パワー・ポップとしての三拍子が揃った名曲。


この後に、ルビノーズは、この二作目のアルバム「Back To The Drawing Boardリリース後、エルヴィス・コステロのツアー「アームド・フォーセズ・ツアー」に同行し、世界的なロックバンドとして知られるようになった。1985年には、解散するものの、1999年にリユニオンを果たし、現役のロックバンドであり、長く頑張ってほしい良質なロックバンドのひとつでもある。 

 

 


 

4.Big Star 

「#1 Record」1972


ビッグ・スターはアメリカのインディーロックの大御所、アレックス・チルトンの在籍した伝説的なロックバンドである。


しかし、それほど一般的な知名度に恵まれていないのは、スタジオ・アルバムが三作しかリリースされず短命なバンドに終わったからだろうか。 しかし、特にこのロックバンドは歴代のインディーロックシーンを概観した上で、決して見過ごすことの出来ない最重要バンドでもある。


というか、この人物を出発点として、アメリカのインディーシーンはつくられていった側面もなくはない(かもしれない)。アレックス・チルトンは後にザ・リプレイスメンツの「Tim」に参加したりもしているが、特に後発のアメリカのインディーシーンに与えた影響はきわめて大きいものがある。


ビッグ・スターの音楽性は、インディー・フォークの先駆的な音楽で、どことなく牧歌的な雰囲気を持ち、アレックス・チルトンの甘い歌声からもたらされる甘酸っぱいような青春の息吹が込められている。マニアとしては2ndの「Radio City」も聞き逃す事はできないが、やはり永遠のパワー・ポップの名盤としては1stの「Big Star」を挙げておきたい。


特に、「The Ballad of El Goodo」はバッド・フィンガーの「Without You」に匹敵するほどの背筋がゾクリとするような名曲。きっと聴いていただければ、この一曲に出会えて本当に良かったと思っていただけるはず。他にも、インディー・フォークの名曲「Thirteen」「India Song」なども未だにアルバムジャケットデザインに描かれるスターのように、燦然とした輝きを放ち続けている。       

 

 

5.The Scruffs

「Wanna Meet The Scrauffs」  


ビック・スターと同じメンフィスから登場したスティーヴ・バーンズ率いるスクラフスを外すことは出来ない。


メンフィスのインディーレーベル、パワー・プレイからリリースされたこのデビューアルバムは、当初2500枚しかプレスされなかったというが、何故かパワー・ポップ名盤ガイドには必ずと言っていいほど登場する評論家贔屓の一作である。


初回のプレスが2500枚と、そのレア感もあってのことなのか、まだ学生時代に買ったときも中古レコードショップでは相当な高値がついていて、ディスクユニオンに売りさばいた時にも結構な音で売れた作品だったのだ。


スクラフスは、幻のパワーポップバンドであるらしく、後にコンピレーション作品「D. I. Y American Power Pop 1 Come Out And Play」がリリース、一般的にパワー・ポップというジャンルが知られるようになってからも、スクラフスの知名度だけはちっとも上がらなかったという皮肉じみたエピソードもある。


実際に聞いてみたとき、もう少しだけマニアックかと思いきや、意外にもスタンダードな音楽性だったため、逆に驚かされたというか肩透かしを食らったおぼえがある。それは、例えるなら、最初、ラモーンズがデビュー作が表向きは、相当デンジャラスな印象なのに実際聴いてみたら案外ポップだった!!というあの喜ばしい感じ。


スクラフスの音楽性は、ビートルズ、キンクス直系のブリティッシュ・ビートを少し荒削りにしたロックバンドで、どことなく荒削りなガレージ色もあり。ラズベリースにも似た雰囲気を持つ良質なロックバンドとして知られている。 

 

 

 

6.Cheap Trick

 「In Color」1977


日本武道館の公演の大成功により、おそらく日本ではビートルズに次ぐ人気を誇ったチープ・トリック。ロビン・サンダーとトム・ピーターソンの甘いマスクは、特に女性ファンの人気を獲得するのに一役買った。


しかし、このアイドルバンドとして日本で大きな人気を博してきたチープ・トリックサウンドの影の立役者は、まず、間違いなく、ギタリストのリック・ニールセンの紡ぎ出す職人気質なギターリフ、ドラマーのバン・E・カルロスのシンプルなタムストライク。それから、もうひとつは現在のオルタナティヴロックに通じるような雰囲気を漂わせるポップソングにあるように思えてならない。


そして、数々のオマージュ、ビッグ・ブラックのカバーや、リバティーンズのデビュー作のアートワークのオマージュを見ても、意外にもメインストリームのバンドでありながら、米国や英国のインディー・ロック界にかなり影響を及ぼしているロックバンドであることが分かる。


もちろん、商業的に大成功を収めた作品といえば、”Surrender”が収録されている「Heaven Tonight」、日本公演の熱狂性を音としてパッケージした「At Budokan」が真っ先に思い浮かぶが、パワー・ポップの名盤としては、2ndアルバム「In Color」を挙げておきたいところである。


この作品には「I Want You,You Want Me」。後の彼等のライブレパートリーとなる名曲も魅力だが、「Hello There」「Come On,Come On」といったパワー・ポップの傑作、本格派のクールなアメリカン・ロックの楽曲がずらりと並んでいる。もちろん、ジャケットデザインも◎。

 

 


 

7.Elvis Costello

 「My Aim Is True」1977

 

エルヴィス・コステロは世界的な知名度を持つミュージシャンであり、ロンドンパンクのリアル世代の体験者としても知られるミュージシャンである。


ニューヨークのインディーロックのカリスマ、イギー・ポップとも長きにわたる親交があり、当時のシーンを共に語り合うインタビューも記事として残されている。そこで、イギー・ポップですらこのエルヴィス・コステロには頭が上がらないような雰囲気があり、つまり、ミュージシャンの大御所からも敬愛されるような偉大なミュージシャンだ。


コステロのイメージとしてロックンロール、ポップスミュージシャンとしての印象が強いものの、この最初期に発表された「My aim is True」はロックンロールとしての名作でありながらちょっと甘酸っぱいフレーズ満載のパワー・ポップとしての名作にあげても不思議ではない。


特に名曲「Alisson」の素晴らしさについて、最早なんらかの講釈を交える事自体が無粋というもの。このまったりとしていて、さらに心が温かくなるような曲、聴いていると、自然と心に染みスッと渡るようなハートフルな名曲というのは意外に少ない。難しい事抜きにして、メロディーが心に染み入るのがコステロというアーティストの凄さなのだ。コステロの歴代作品の中でも、一二を争う最良の名スタジオ・アルバムとして、ぜひ聴いてもらいたい。1977年のリリースでありながら、ロックンロールとしても未だに色褪せない輝きを放つ作品である。また、ポップチューンとしても文句のつけどころのない。ロックンロールを最もよく知る数少ないミュージシャンの傑作、個人的にも、何度聴いたかわからない思い入れのあるスタジオ・アルバム。

            

 

参考

power pop selected 500 over title of albums&singles シンコー・ミュージック 監修 渡辺睦夫

1.Audiotreeの打ち立ててみせた2010年代の新たなビジネススタイル

 
Audiotreeは、2011年にイリノイ州シカゴにファウンドされた比較的新しいレコード会社である。なぜ、今回、このレコード会社を紹介しようと考えたのかと言えば、従来型のレコード会社とはそのビジネススタイルがまるきり異なるからである。

 

オーディオスタイルのビジネスの手法はこれまでになかったもので、刺激的で革新的だと言える。  

 

これまでは、英BBCのラジオ番組、名物DJジョン・ピールのセッションシリーズ、「Peel Sessions」などに代表されるように、公共放送が何らかのアーティストを、局内にある専用のスタジオ、レコーディングブースに招待し、レコーディングブースでライブ演奏させ、それを音源作品としてリリースするスタイルは存在していたが、シカゴのオーディオ・ツリーは、旧来のビジネススタイルとは異なる画期的な手法を確立している。

 

Quote:openhousechicago.org

 

つまり、ストリーミング再生時代の後押しを受けた形のオリジナリティあふれるビジネス旋風を音楽業界に巻き起こしたと言える。

 

概して、これまで従来の音楽産業の形態というのは、作品を録音するレコード会社、アーティストが演奏する場を提供するコンサート会場(イベント会社orプロモータ)、そして、何らかの媒体により販促をおこなうレコードショップ、この三つの会社がそれぞれ協力してアーティストのプロモーション、レコーディング、該当する作品の販売を行って来た。

 

しかし、オーディオツリーはこれまでの常識を破り、本来独立した3つの組織を一つに統合したビジネススタイルを展開する。

 

Audiotreeは、録音からライブ演奏、自社内の専用レコーディングブースで録音された作品のリリースを行ったり、また、あるいは、そこで撮影された動画を、自サイト、Youtube、VimeoといったWeb上のメディアで積極的に宣伝し、これまで分離した形態で行われてきた販売総てを自社で一括して行う画期的な経営手法を確立した。近年、Audiotree社が主催する音楽フェスティヴァル開催にまで漕ぎつけている。

 

一時は、コロナ・パンデミック禍のロックダウンにおいて経営スタイルに暗雲が立ち込めかけたが、同社は、新しいビジネススタイルを生み出し、苦境を乗り越えてみせた。

 

WEB上で自社のレコーディングブースで行われるライブパフォーマンス「staged」をデジタルチケットを購入した視聴者だけを招待するという投げ銭形式の仮想ライブイベントを導入し、この1、2年で、そのビジネスの裾野を大きく広げようとしている。 

 

 

2.Audiotreeの沿革、その革新的なビジネススタイルの強み

 
オーディオツリーは、元々、イリノイ州、シカゴでオーディオ・エンジニアとして勤務していたマイケル・ジョンストンがアダム・サーストンとともに始めた事業である。


Audiotreeの自社ビルの他にも、シカゴ地域内に、リンカーン・ホール、シューバス音楽会場を土地保有している。

 

当初、この事業計画は、インディーズレーベルに所属するアーティストの支援のために開始された。Audiotree設立当初は、自社内のレコーディングブースで録音された作品(主にEP形態)の売上とGoogleAdsenseの広告費によりオーディオツリーの利益は賄われていた。

 

Audiotreeは、これまでのレコード業界のマージンの常識とはかけ離れた分配方式を取っている。

 

EP作品の売上をオーディオツリー側とアーティスト側、50:50で分配する、フェアな利益率の分配法を採る。従来、レコードやデジタル盤の売上に際して、レコード会社がアーティスト側より大きなマージンを得るのが音楽業界内の常識であったように思われる。 

 

しかし、Audiotreeは、これまでの十年間を通して、一般的な知名度に恵まれない独立レーベルで活躍する世界中のアーティスト、バンドを自社のレコーディングブースに招待し、ライブスペースを無償で提供し、アーティストやバンドのライブ録音、動画撮影、WEBでの宣伝を率先して行う。

 

その後、ライブ録音をした作品を完パケし、EP「Audiotree live sessions」として対外的にリリースするにとどまらず、自社HP内、Youtube,Vimeoを介し、ライブパフォーマンス動画を、ストリーミング形式でオンライン、オフラインで宣伝している。

 

Quote:spotify.com

 

オーディオツリーが生み出したこの斬新な経営手法は、2018年、世界中では、約八十%の音楽リスナーがYoutubeをはじめとするストリーミングサイト、また、Apple Music,Spotifyなどのサブスクリプション媒体を介し音楽を聴く時代の後押しを受け、結果的に大成功を収めている。 

 

2011の設立からAudiotreeは、youtubeのチャンネル登録者数を着実に増やしつつあり、33万人以上の視聴者を獲得し、また、動画再生数については5億回以上にも及び、サブスクリプションとストリーミングの両形式での作品リリースの展開方法を行い、従来とは異なる新時代の音楽上のビジネススタイルを確立している。レコード会社のみならず、この後、アメリカの巨大産業に発展していく可能性を大いに秘めた私企業といえる。

 

 

3.Audiotreeのライブ録音作品の独特な魅力

 
無論、上記したような事実をうけて考えてみると、オーディオエンジニアのスペシャリストが設立したレコード会社であるという点、Audiotree社内にある専用のレコーディングブースの設備自体も豪華であり、実際、リリースされたEPを聴いてみると、音に精細な瑞々しさがある。

 

それもこれも、このAudiotree内のレコーディング設備がことのほか充実しているからに他ならない。  

 

 

Quote:openhousechicago.org


Audiotreeは、2015年から翌年にかけて、スタジオで録音機材として使用されている設備を動画で一般公開している。

 

ビデオと照明のセッティング方法、音響用マイク、ドラム専用マイク、レコーディングスタジオ内のウォークスルーに至るまで、「Audiotree Live」のライブ録音の舞台裏を全面的に公開している。

 

アコースティックギターの録音専用マイク、AKG460、Royal122。バスドラム録音用のTelefunken M-82といった機材が公式動画を介し紹介されている。 最終段階のリミックスの段階では、鮮明なデジタル音の再生面で抜群の威力を発揮する米国企業のマスタリングソフト、「Izotope」が使用されていることにも注目である。

 

いかにも、設立者、マイケル・ジョンストン氏のオーディオエンジニアとしての矜持を感じさせる豊富で盤石なレコーディング機器の数々、ミキサー、レコーディングソフトを最大限に駆使し、録音、完パケされる音源は、何れの作品も鮮明な音質によって彩られている。また、その際、リアルタイムで配信されるライブパフォーマンス映像も、実際のアーティストのライブパフォーマンスに参加したかのような迫力を体感出来るはずだ。

 

「Audio Tree Live Session」は、美麗なおかつダイナミックさがあり、音源を聴くだけであっても、高精細の映像を鑑賞しているような気分に浸れる。これは、他でもない、オーディオツリーが世界中の熱烈な音楽ファンに対して無償提供する映像自体がことのほか優れているからに他ならない。もちろん、「音」としての鮮明な魅力があるのは無論、EP音源としてリリースされる「Audiotree Live」の総カタログについても同様である。 

 

また、世界中から有望なインディーアーティストを招聘するオーディオツリーの新人発掘力については最早多くの事を語るまでもない。

 

オーディオツリーの興味は、常に、国内にとどまらず、世界中のインディー系アーティストに注がれており、それは、ヨーロッパ圏のみならずアジア圏にも広がりをみせている。これまで、Elephant Gym、少年ナイフ、tricotといった面々が、このシカゴのオーディオ・ツリー・ライブパフォーマンスに招待されており、「Audiotree Live」として素晴らしい演奏を行い、秀逸なEP作品をリリースしていることも付け加えたい。これからオーディオ・ツリーが、どのようなアーティストの音源をリリースしていくのか、そのビジネスの裾野をいかほど敷衍していくか、俄然目が離せないところだ。


4.「Audiotree Live Sessions」

 
先述したように、オーディオ・ツリーライブに招待されるアーティストは、国内外のインディーレーベルに属するアーティストに絞られる。一つのジャンルにこだわらず、多くの国々から、幅広い音楽性を擁するミュージシャンが招待され、刺激的なライブパフォーマンスが行われる。

 

これらの生演奏は、映像として配信されるのみならず、「Audiotree Live」というEP形式で作品リリースが行われるのが通例。EPのジャケットアートワークはシンプルなデザインで、アーティストの文字、ライブ時の写真と「Audiotree live」の文字とAを象ったマークが刻印されるのみではあるが、何となーくマニア心をくすぐられるものがある。

 

EPコレクションとして部屋に並べて見ればおそらく圧巻の見栄えとなるかもしれない、熱狂的な音楽ファンとして素通り出来ないカタログばかり。それでは、これらの作品「Audiotree Live」から注目するべきリリースを大雑把ではありますが挙げていきましょう。

 


1.Snail Mail 

 

on Audiotree Live

 


1.Dirt

2.Slug

3.Thining

4.Static Buzz

5.Stick

 

 

スネイル・メイルはリンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクト。

 

デビュー当初からアメリカのインディーズシーンを賑わせているアーティスト。スネイル・メイルの音楽性は、ローファイ性を突き出したギターロックが醍醐味。抜群のセンスを持ち合わせた女性SSWで、今、最もアメリカのインディーシーンで注目しておきたいミュージシャン。

 

このオーディオ・ツリーライブヴァージョンでは、スネイルメイルのプリミティヴなロックンロールの魅力を味わうことが出来る。特に、オルタナティヴロック好きは要チェックの作品です。

 


2.Shonen Knife 

 

on Audiotree Live


 

 

1.Banana Chips

2.Twist Barbie

3.Jump In To The World

4.All You Can Eat

5.Ramen Rock

6.Riding on the Rocket

7.Buttercup


最早、説明不要のインディー界の世界的な大御所で、日本だけではなく世界のインディーシーンで大きな注目度を獲得している少年ナイフ。

 

大阪府出身のスリーピースのガールズポップバンド。カート・コバーンがこのバンドを大リスペクトしていたことは有名で、日本だけではなく、世界で愛されるインディーロックバンドです。

 

あらためて、2018年発表のこのオーディオツリー発表ヴァージョンを聴くと、このロックバンドの凄さがわかるはず。

 

以前に比べ、若々しさこそ失われたものの、逆に貫禄が備わってやいませんか。依然としてザ・ラモーンズに比する分かりやすいポップパンクの楽曲は珠玉の輝きを放ち続ける。

 

「Banana Chips」から「Buttercup」まで、四六時中やられっぱなしの甘酸っぱいキラーチューンのオンパレード!! 

 

 

3.Elephant Gym 

 

 on Audiotree Live

 

 

 

1.Underwater

2.Finger

3. Head&Body

4.  春雨

5. Galaxy


エレファントジムは、台湾の高雄出身のポストロック/マスロックバンド。日本のポストロックシーンと関わりの深いバンドで、都会的に洗練されたオシャレ感のある三人組グループ。

 

しかし、表向きのイメージとは裏腹に、奏でられる音楽は硬派。変拍子ばりばりの巧緻な楽曲、ベーシストのK.T.チャンのキュートなキャラクター性からは想像できない実力派としての演奏力が魅力のバンド。

 

もちろん、このオーディオツリーバージョンではこの三人組の楽曲の良さ、瑞々しさ、タイトさが存分に味わえる作品。

 

「Finger」を始め、K.Tチャンのタッピングを始めとする超絶技法が炸裂。誇張抜きにして、このリリースはオーディオツリーの名演の部類に入る。ToeやLiteといった日本のポストロック/マスロックのバンドのファンの方は是非チェックしていただきたい作品です。 

 


3.Petal 

 

on Audiotree Live

 

 

 

1.Better Than You

2.Tightrope

3.Magic Gone

4.Shine

5.Stardust


 

Petalというバンドは、このプロジェクトの中心人物、Kiley Lotzは、NYのブロードウェイ女優としても活躍している。元々エモシーンの期待の星としてデビューした経緯を持つアーティスト。

 

2015年「Shame」でデビューした当初、特にエモシーンで話題を呼んだ作品だったと思います。そのあたりの事情は、Tigers Jawのメンバーが絡んでいるという理由だからでしょう。


しかし、そういった前評判というのは当たらなかったアーティストで、現在はエモではなくインディーロック路線を突き進んでいる印象。Kiley Lotzは、爽やかで、やさしげで、包み込むような雰囲気を持つシンガー。

 

このオーディオ・ツリーのライブバージョンでも、飾り気がなく直情的なヴォーカルを味わえる。しかも、演奏をすごく楽しんでいる感じが伝わってきて、心がほんわかとなるライブ音源です。ブロードウェイの女優というフィルターを通さずとも、繊細な質感を持った隠れたインディー・ロックの名曲揃い。

 

 

4.Pinegrove 

 

on Audiotree Live


 

1.Need 2

2.Problems

3.Cadumium

4.Size of the Moon

5.Angelina

6.&

7.Recycling

8.Aphasia


 

パイングローヴは、エヴァン・ステファンズ・ホール、ザック・レヴァインの幼馴染を中心にニュージャージー州で結成されたインディー・ロックバンド。

 

2020年に、英国の名門ラフトレードから「Marigold」をリリースしています。

 

これまでのスタジオ・アルバムでは、エモコアよりのアプローチを図っている印象を受けますが、このオーディオツリーセッションではパイングローヴの良質なロックバンドとしての魅力が引き出され、堂々たるアメリカンロックサウンドが展開されています。

 

エモというのが惜しいくらい、奥ゆかしい音楽性の雰囲気を持ったロックバンド。アメリカーナ、アメリカのルーツミュージックの雰囲気もそこはかとなく漂わせ、このオーディオツリーのライブ音源では、少しだけ地味な印象のあるオリジナルアルバムよりも、パイングローヴの魅力が引き出されており、心を温かく包み込むかのような懐深いサウンド引き出されています。

 

大都会ニューヨーク、マンハッタンのバンドサウンドとはまた異なるいかにも緑豊かなニュージャージーらしいアメリカン・ロックを再現する良質なインディーロックバンド。 

 


5.tricot 

 

on  Audiotree Live 

 


 

1.On the boom

2.18,19

3.Ochansensu-su

4.Potage

5.Melon Soda


すでに、他のサイトでは紹介されていますが、少年ナイフとともに、日本のアーティストとして、オーディオツリーライブに招待されたのがポストロック四人組のトリコ。

 

学生時代からの友人、中嶋イッキュウ、キダ・モティフォを中心に結成された女性中心のメンバーのエクスペリメンタルロックバンド。

 

自主レーベル「爆裂レコード」からデビュー、近年ではAVEX Entertainmantからも2作のシングル盤「いない」「Dogs and Ducks」(ともに2021)をリリースしてJPOPシーンでも大きな話題を呼んでいる。

 

これまでに、チェコ、ハンガリー、スロバキアの東欧の音楽フェスにも出演経験あり。Toeやナンバーガールに影響を受けたとされる激烈なポストロックサウンドにJ-POP寄りのキャッチーなヴォーカルのフレーズが乗る。変拍子バリバリのマスロックサウンドであるものの、ナンバーガールのような親しみやすさもあるのがトリコの魅力。

 

このオーディオツリーライブでは、トリコの超絶演奏力はもちろん、「Potage」を始めとする楽曲で、スタジオ・アルバムとは異なる、しっとりとした大人でジャジーな雰囲気の音楽性を味わうことが出来ます。 

 


6.Sidewalk Chalk

 

on Audiotree Live

 

 

 

1.Water Song

2.One For Nation

3.Hats + Shoes

4.Lyrically Free

5. Closer

 

 

サイドウォーク・チョークは地元シカゴのバンド。これまで存在しなかったタイプの六人組ヒップホップグループです。

 

DJ無しで、タップダンサー、男性MC+女性ヴォーカルという特異な編成で、米インディーシーンで注目を受けています。

 

ヒップ・ホップ、ロック、ソウル、ジャズをクロスオーバーし、バンドサウンドとして展開。このバンドのクロスオーバーサウンドは爽やかで軽妙な雰囲気に満ちている。

 

楽曲中では、エレクトリック・ピアノ、ホーンを交え、ライムがソウルフルな女性ヴォーカルと軽やかに展開。これまでありそうでなかったロックバンド編成のクールでモダンなヒップホップサウンドを、サイドウォーク・チョークは見事に体現しています。

 

特に、このオーディオ・ツリーライブでは、二人の男女ボーカルの軽快なヴォーカル、バンドサウンドとしての未来系を体感出来る。

 

ヒップホップ、ソウル、ファンク、ジャズといった様々なジャンルを通過したいかにもシカゴらしいバンド。 このライブで繰り広げられるダイナミックな演奏は目の前でバンドサウンドを聴いているかのようなリアリティに満ちあふれている。ヒップホップサウンドをバンド形態で再現、ダンスの要素を交えた前衛的なサウンドを体現。

 

このバンドのサウンドは、Tortoiseのヒップホップバージョンといったら語弊があるかもしれないですが、2020年代に台頭する新たなポストロックシーンへの予見、そのような雰囲気も感じられる。

 

このオーディオ・ツリーライブ盤では、スタジオ・アルバム以上に、ホーンの艷やかかさが活かされ、サイドウォーク・チョークの生演奏特有のグルーヴ感が凝縮されている快作。



こちらの記事も合わせてお読み下さい:

 

SUB POPはどのようにメインストリームを席巻したのか?