KEGは、英、ブライトンを拠点に活動する要注目の7ピースのポスト・パンクバンド。アルコポップ!レコードと契約を結び、10月22日にデビューEP「Assembly」をVinyl盤としてリリースしました。

 

 

「Assembly EP」 Arcopop! Records 


 

 

TrackListing

1.Presidental Walk

2.Breaking Rocks

3.Heyshaw

4.Farmhands

5.Kilham

 

 

KEGは、ヨークシャーの海辺の街ブリドリントンで生まれ育った幼馴染を中心に、アルバート、ジョエル・ウィッチカー、ウイル・ウィッフェンを中心に結成された。学校を卒業したのちに地元を離れ、様々な都市を経巡り、現在のバンドメンバーを見出したのち、何と7人組のロックバンドを結成。


ディーヴォやトーキング・ヘッズの実在したポスト・パンクの未来を行く前衛的なアプローチを図っています。ギターのソリッドな音色、シンセサイザーの飛び型としての使用、トロンボーンがその疾走感のある躁的なサウンドの中に整合性をもたらす。


彼等のサウンドはどのような暗鬱な空気も躁状態により吹き飛ばしてみせる。底抜けに元気なドライブ感あふれるサウンドが魅力だ。なにより、男性のみで結成された暑苦しいほどの七人組のバンドとしての分厚いグルーブ感、その熱量もまた最大の魅力だ。

 

そして、KEGのサウンドは、いかにもイギリスのバンドらしく、イングリッシュジョークに彩られている。奇妙なほどのジョークに。ポスト・パンク、ニューウェイブの流れを汲み、アメリカのディーヴォのようなSFチックな音楽性をパンク的に処理し、独特なユニークさを付けくわえている。


KEGはこれまで二作のシングル作をリリースしている。2021年に「Heyshaw」でアルコ!ポップレコードからデビューを飾る。続いて「Presidential Walk」をリリースしている。

 

この男七人衆のサウンドは、ポストパンクの流れにありながら、全然懐古的ではない。ブラック・ミディ、ブラックカントリー、ニューロードのようにポスト・ロック的な雰囲気も存分に感じられるはず。それは、間違いなく、この七人衆の音楽の面白すぎるバックグラウンドからくるものだろう。


ギタリストのフランク・リンゼイは、ヒップホップに音楽的背景を持つミュージシャン、プリミティヴな質感を持つリフを弾き、KEGの音楽に癖になるグルーブ感を与える。

 

さらに、KEGのバンドサウンドの面白さは、トロンボーン奏者、チャリー・キーンがジャシーな雰囲気を卒なく添えていること。


チャリー・キーンのもたらすジャジーなサウンドは、クラシックを体系的に学んだからこそ、無尽蔵に創造的なエネルギーを押し広げていくこのパンクロックバンドのサウンドに説得力のある整合性をもたらしている。

 

また、ドラマーのジョニー・パイクも、リンゼイと同じように、クラシックの教育を受けたパーカション奏者、ジャズのバッククランドを持つミュージシャン。これらのそれぞれ異なる素地を持つミュージシャンが七人集ったがゆえのエネルギーのすさまじい爆発により、魅力的なポストパンクサウンドが生み出される。


また、このKEGのフロントマン、ボーカリストのアルバート・ハッデンハムは、このEP発売前にリリースされた「Heyshaw」について、DEVOからの影響を公言しており、レコーディングの最中にDEVOを聴いていたそう。


「このオハイオ州の先駆者に感謝している」と、アルバート・ハッデンハムはこの作品におけるアメリカという存在の大きさについて語る。


往年のポスト・パンク/ニューウェイヴ・サウンドを現代に引き継いだ英ブライトンの7人組、ポスト・パンク好きは要チェックのロックバンド。これは、まさに、七人の男達の暑苦しい青春とロマンが凝縮された2020年代最高峰のロックンロールである。

 


 Mild High Club


マイルド・ハイ・クラブは、イリノイ州シカゴ出身のミュージシャン、アレクサンダー・ブレッティン率いるサイケデリックポップ・グループ。現在、マイルド・ハイ・クラブは、ロサンゼルスを拠点に活動しています。

 

このグループの中心人物、アレクサンダー・ブレッティンは、楽器のマルチプレイヤーでもあり、ギター、キーボード、シンセサイザー、4トラックレコードと何でも巧みに操り、宅録寄りのジャンク感のあるサウンドを主な特徴としながらも、サイケデリック、R&B,ポップス、あるいはその他ジャンルを自由に往来し、変幻自在で摩訶不思議なサウンドを自由闊達に生み出しています。

 

mild high club

"mild high club" by UT Connewitz is licensed under CC BY-NC 2.0


2012年に、MHCのフロントマンのアレクサンダー・ブッティンは、シカゴ、ボルチモア、ロサンゼルスを往復しながら楽曲のトラック制作に取り組み始める。2014年には、Stones Throw Recordsと契約を交わし、最初のリリースとなる7インチシングル「Windowpane/Weeping Willow」を発表し、翌年、Circle Star Recordsから発売の1stアルバム「Time line」でデビューを飾っています。

 

これまでの十年近いキャリアにおいて、マイルド・ハイ・クラブは、二作のシングル盤、King Gizzard and The Kizard Wizardとのコラボレーションアルバムを始め、四作のフルアルバムをリリースしています。マイルド・ハイ・クラブの主だった音楽の方向性については、Ariel PinkやUnknown Mortal Orchestraのような往年の懐かしいディスコサウンドを彷彿させます。

 

そこにアレクサンダー・ブレッティンの独特な世界観が加味され、さらにロックサウンドではありながらサイケデリックでドリーミーな雰囲気を併せ持つ。またそこには、古い時代のモータウンサウンド愛好者としての矜持も伺え、往年のR&B音楽を新たな世代のシンセ・ポップとして体現させています。

 

上記の二バンドと同じく、NY,ロサンゼルスを中心とするインディー界隈で盛んな動きの一つ、2010年代のリバイバルシーンを象徴付けるロックバンドと称しても差し支えないかもしれません。


 

「Going Going Gone」2021  Stone Throw Records

 

 

「Going Going Gone」は今年の9月17日、Stone Throw Recordsからリリースされたスタジオ・アルバムとなります。 

 

2016年リリースされた前作「Skiptracing」はこれまでのマイルドハイクラブの歴代の作品の中でも最高傑作に挙げられ、コアなディスコ・サウンドをサイケ色で絶妙に彩ってみせています。

 

 

 

 

 TrackListing

1.Kluges Ⅰ

2.Dionysian State

3.Trash Heap

4.Taste Tomorrow

5.A New High

6.It's Over Again

7.Kluges Ⅱ

8.I Don’tMind The Wait

9.Dawn Patrol

10.Waving

11.Me Myself and Dollar Hell

12.Holding On To Me 




Mild High Club  「It's Over Again」Official 

Listen On Youtube:

 

https://www.youtube.com/watch?v=goYZPV_zNLE



もちろん、基本的には、ロックバンドとしての表情を持ちながらもライブバンドとしての魅力を持ち、客席にいるオーディエンスを踊らせるダンスミュージックとしての要素が強いのは、フロントマンのアレクサンダー・ブレッティンのアメリカのブラックミュージックに対する造詣が並々ならぬ深さであるゆえなのでしょう。ブレッティンはR&Bのフリークとしての表情を見せつつ、新しくはない1970年代によく使用されていたような安っぽいアナログシンセの音色を積極的に選択し、マイルド・ハイ・クラブ節とも呼べるような宅録風のシンセ・ポップを生み出す。

 

最新作「Going Going Gone」についても、マイルド・ハイ・クラブのこれまでの音楽性の延長線上にあるように思え、今回の作品についてより作曲においてのベクトルが収束的に内側に向かっていくというよりかは、外側に向けて複数のベクトルが向かっているという印象を受けます。

 

これまでの往年のモータウンサウンドや、EW&Fのようなディスコサウンドを踏襲しつつ、そこにこれまでにはなかったボサノバのリズムが加味されているのには驚きます。そのこれまでにはなかった新しい要素がこのバンドサウンドの旨味を引き出し、おしゃれで洗練された雰囲気に様変わりし、我田引水ともなりますが、今作品の音楽性は日本のシティ・ポップに近い懐かしげな雰囲気に彩られています。

 

よくアナクロニズムについては一般に良くないものというような考えも中にはあるのかもしれませんが、殊、アメリカのアリエル・ピンク、また、NZのアンノウン・モータル・オーケストラのサウンド等を見ると、古臭さというのは調理法さえ間違わなければ、逆に現代においては新鮮味、一種の爽快味すらもたらすことが理解出来ます。その指向性が見目新しいサイケという異様な世界、普段生活している分には垣間見ることのない万華鏡を見るが如きの世界を生み出しており、それが今作において新たな2020年代のポップスとして絶妙に昇華されているのに驚く。

 

具体的に、どの曲が際立っていると指摘するのは今作に置いてはそれほど意味がないように思えます。それは、アルバム作品全体が一種の強固なこのマイルド・ハイ・クラブというロックバンドしか醸し出し得ない音楽観を生み出し、作品全体に陶酔したマイルドな雰囲気に満ち溢れているからです。

 

1970年代のアメリカのサンフランシスコ発祥のジャンル、サイケデリックは、一見、完全に文化として衰退したように見えますが、アリエル・ピンク、マイルド・ハイ・クラブというLA周辺の次世代のカルチャーとして、この概念が引き継がれていることに一種の痛快味すらおぼえてしまいます。



References 


last.fm Mild High Club


https://www.last.fm/music/Mild+High+Club


スカートは、昭和音楽大学在学中から同名義でソロ活動を行っていた澤部渡によるソロ・プロジェクト。

 

大滝詠一、シュガー・ベイブスをはじめとする往年の1970’sシティ・ポップの系譜にあるノスタルジックなJ-Popを2010年代からインディーズシーンで体現してきたアーティスト。

 

日本の数少ない本格派のギターロックを体現するシンガーソングライターの一人。2010年代の始め頃には、ライブハウス内での休憩スペースで弾き語りのスタジオ・ライブなども積極的に行っていました。

 

音楽大学で作曲を専攻していたミュージシャンらしく、独特な和音進行、そして、聞きやすいキャッチーな音楽性が、澤部渡こと、スカートの音楽の大きな魅力といえるでしょう。

 

青春ソングを書かせたら、この人の右に出る人はなし、というくらいセンチメンタルな楽曲をうみだす才覚にかけては、現在のJpopシーンでも際立っている。ゆるく、切なく、淡いエモーショナルな楽曲、澤部渡の描き出す女性的で独特な詩的な歌詞の数々、ファンク寄りのカッティングをはじめとするギタリストとしての演奏力は独特な魅力を放っている。

 

ソロ・プロジェクトですが、ライブではサポートメンバーを交えてバンド編成となります。


東京渋谷区のインディーレーベル、"カクバリズム"から1stAlbum「Call」を発表してデビュー。

 

最初期からインディーズアーティストとして活躍していたが、2017年にはフジサンケイグループの主催するポニーキャニオンと契約を結び、二枚目のスタジオ・アルバム「20/20」をリリース。それから2019、翌20年には同レーベルから「トワイライト」「アナザー・ストーリー」を発表する。

 

2021年まで、川本真琴をはじめメジャー系ミュージシャンに楽曲提供し、ミュージックステーションにスピッツのバックミュージシャンとしてタンバリン演奏を担当したアーティストとしても有名。

 

ギターだけではなく、サックスをはじめとする多くの楽器を演奏するマルチタレントのアーティスト。これから、J-popシーンでより多くの人気を獲得するであろう才能として注目しておきたい。

 

シティポップ、渋谷系の系譜にあるポスト・大滝詠一、又は、ポスト・スピッツともいえる秀逸なアーティストです。




スカートの作品

 


2016 「Call」



1.ワルツがきこえる

2.CALL

3.いい夜

4.暗礁

5.どうしてこんなに晴れているのに

6.アンダーカレント

7.ストーリーテラーになりたい

8.想い(はどうだろうか)

9.ひびよひばりよ

10.回想

11.はじまるならば

12.シリウス


 

スカートは、既に2016年のデビュー前から「Call」等の楽曲をyoutube上で配信しており、インディーズアーティストではありながら、当時から一部の愛好家の間で密かな人気を獲得していました。 

 

特に、このアルバムリリースの前に先駆けて発表されていた「Call」のミュージックビデオはアニメーション作品としても秀逸。

 

澤部渡本人は一切登場せず、センチメンタルな世界観がアニメ作品として描き出されてます。しかし、そのアニメーションで描き出される情景は、スカートの音楽の本質をよく捉えているがゆえに、何か見入ってしまうような説得力が込められているのです。 

 

スカートの音楽性は、十代の学生時代の青春の一コマをギター・ロックとして、淡い感情を詩的に表現しています。これは、後になっても引き継がれているスカートの音楽の根幹ともいうべきもの。

 

2010年代のはじめ、この澤部渡というアーティストが登場した時に感じたのは、同時に台頭してきた、Predawn、森は生きている、等のインディー系アーティストとは異なる雰囲気を持ったアーティストだったと回想。特に、往年の大滝詠一の声質になぞらえられる、甘くゆったりとした、親しみやすいヴォーカルが他のアーティストに比べて際立っていました。

 

デビュー作となる「Call」は、インディーアーティストとして活躍してきた澤部渡が満を持して発表した処女作であり濃密な作品。

 

センチメンタルな青春を見事にギター・ロックとして表現してみせた快作。音楽性はシティポップ、渋谷系のゆるくおだやかな日常を詩情たっぷりに歌い上げた楽曲がずらりと並んでいる。

 

音の感覚は、肩肘をはらず、自然体であり、あるがままの等身大の思いを音楽として綴っているからこそ近寄りやすさを感じる。

 

ソングライティング能力、演奏能力、ひいては、ポップスアーティストとしての不思議な魅力を持つ、今作「Call」はデビュー作でありながら既にインディーズアーティストの枠内にはおさまりきらない、スカート=澤部渡の才覚が遺憾なく発揮された快作です。



2019「トワイライト」




1.あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?)

2.ずっとつづく

3.君がいるなら

4.沈黙

5.遠い春

6.高田馬場で乗り換えて

7.ハローと言いたい

8.それぞれの悪路

9.花束にかえて

10.トワイライト

11.四月のバラの歌のこと

 


スカートの二作目となる「トワイライト」はポニーキャニオンからリリースされたメジャー・デビュー作。

Istアルバム「Call」よりもアコースティックギターを使用した楽曲が多く、ポップス、フォーク寄りの音楽性に澤部渡が挑んで見せた意欲作。

 

しかし表向きのアプローチは変われど、核心にあるシティ・ポップの質感が見事に引き継がれています。カントリー風のスライド・ギターを曲中に取り入れられたりと、よりヴァリエーションに富んだ音楽性を追求したというような印象を受けます。和音構成の巧緻は流石ともいうべきで、ソングライティング技術は一作目に比べより磨きがかけられ、これがこの作品を何度聴いても飽きの来ない本格派のPopsたらしめている。


今はなき大滝詠一の音楽性からの影響も感じさせる一方、表題曲「トワイライト」に代表されるようなスピッツあたりの音楽性にも近い平成ポップスからの影響も伺える作風となっていて、メジャー移籍後のミュージシャンとしての充実感が味わえる。ノスタルジックでありながらコンテンポラリーでもある、不思議な魅力を持った楽曲の数々。

 

良質な聴き応えのある楽曲が多く、J-popの良心ともいうべき澤部渡の秀逸なポップセンス満載のアルバム。漫画の一コマをあしらったジャケットも、何とな〜く学生時代を思い返されるセンチメンタルさが醸し出されてて良い。

 


2020「アナザー・ストーリー」

 



1.ストーリー

2.セブンスター

3.返信

4.ともす灯 やどす灯

5.月の器

6.おばけのピアノ

7.千のない

8.サイダーの庭

9.スイッチ

10.わるふざけ

11.ゴウスツ

12.さかさまとガラクタ

13.すみか

14.花をもって

15.月光密造の夜

16.ガール


 

デビュー以前、youtubeのみで配信されていた「すみか」、「サイダーの庭」を収録した以前からのファンは感涙もののスタジオアルバム「アナザー・ストーリー」は、スカートのメジャー移籍後の三作目となり、ポニーキャニオン傘下のレーベルからのリリース作品となっています。

 

特に、この三作目のスタジオ・アルバムはスカートの最高傑作と言いたい。というのは、これまでの四作のアルバムの中で最も青春の質感が強く、センチメンタルな淡い質感に彩られているから。「すみか」「サイダーの庭」に代表される「切ないメロディ」がちりばめられた珠玉のポップアルバム。

 

最も、澤部渡というミュージシャンの音楽性を知るのに最適なアルバムで、このアルバムに音として描き出される独特な青春映画のようなおもむきには何となく胸がジーンとせずにはいられない。

 

最初期からのスカートの作品を網羅した当面のベスト盤の役割を持った一枚。ギターロックとしてワールドワイドな存在感を持つ名盤で、スカートの入門編としてもオススメしておきます。次世代のJPopシーンを担うであろう若手アーティストの傑作として聞き逃すことが出来ません。このアルバムをじっくりと聴き終えた後の余韻、コレはなんともいえないものがあります。

 


 

 

アンビエントを形作る基本概念とは? 


既によく知られている通り、アンビエント音楽の出発は、ブライアン・イーノが怪我をして入院中に、友人が病室に持ってきてくれた壊れたハープのレコードをかけた瞬間にもたらされた。音楽を介しての崇高な啓示という言葉が相応しいのかどうかはわかりませんが、傑出した音楽家には人生のある分岐点において、何らかの音楽を介しての悟りのようなものがもたらされるのが常です。


この後、ブライアン・イーノは既に「Discreet Music」で、その音の萌芽は充分見られるものの、Ambientシリーズという傑作を1978年から1982年にかけて発表、アンビエントという概念を広めていくわけです。


現代では、アンビエント=環境音楽という概念は広義において使用されることが常であり、アシッド・ハウス系のアーティストの音楽にも、このカテゴライズが与えられ、リズム性が希薄なクラブ・ミュージックのアーティストにも適用されるようになりました。厳密に言えば、両者の音楽はリスニングに特化した音楽と、工学的な機能を持つ音楽に分類されるのは事実ですが、広義の意味でのアンビエントという概念として今回は言及させていただきます。


しかし、基本的に、このアンビエント音楽の本義は「主役を引きたてるため」にある存在する音楽であり、例えば、演劇でいうところの舞台の書き割りであるとか舞台照明のような主役の舞台上での演技を引き立てるような役割を果たすものです。


それが、後のWindows98の起動音、横断歩道を渡る際の機械音楽、駅のホームで流れている環境音楽という概念に引き継がれていく。これらの音楽は、その場に交通する多くの人が主役であり、起動音、横断歩道の短い音楽、駅で流れている音楽は、常に脇役であり主役ではありえないわけです。  


もちろん、これらの環境音楽の作曲者も自分の作製した音楽を聞き手の空間に際立たせようと作曲するのでなく、その場の空気を尊重して短いBGMを作製しているのが常です。

 

これは、初期の任天堂等のゲーム音楽においても同じ。つまり、アンビエント音楽の真髄は、演劇の舞台背景のような機能を果たす音楽=BGM(バッググランドミュージック)であり、演奏者のいる空間性を重視するのではなく、聞き手のいる空間性を重視し、それを尊重する音楽であると言えかもしれません。


ですから、近代フランスの酒場で、ショパンを客前で好んで演奏していたエリック・サティが一般にアンビエントの元祖としてみなされるわけです。エリック・サティは客のおしゃべりの引き立てとしてショパンを弾いていたわけです。


しかし、これは、近年、このアンビエントという語があまりに広い範囲で使われるようになったため、見えづらくなった本義といえる。

 

そのため、実を言うと、エイフェックス・ツインの初期作品はアンビエントに該当するものの、ティム・ヘッカーはドローンであるものの、本流に属さないオルタネイティヴなアンビエントと言っておきたいのです。


元々、ブライアン・イーノは、最初期の作品をアナログシンセサイザーを用い、「空間の広がり=アンビエンス」を発生させていましたが、多分、イーノが表現しようとしていたものは音というよりも概念に近かったろうと思われます。


おそらく彼にとって病室で身動きがままならなかった際に聴いた壊れたハープのレコードの音楽は疲弊した精神に潤いを与えるものであったろうし、その音楽的啓示が与えられた「祝福された瞬間」を再現しようと試みようとしたことが「Ambient」シリーズ、「Apollo」「The Pearl」という名作群の誕生に繋がった。これらの作品においてイーノが表現したかったもの、おそらくそれは、病室でいたんだ肉体、そして、疲れた精神を癒す、ハートがじんわりする音楽です。


昨今、このアンビエント音楽が多くの人に求められるようになったのはひとつ理由があり、現代の人々がより温かな癒やしを求めているからなのかもしれません。


常に、日常の中にまみれる喧騒、常に、毎日のようにもたらされる無数の情報、常に、何かに忙殺される時間、常に、劇的に移ろい変わり、混沌としつつある世の中の状況、常に、 おびただしくもたらされる無数の刺激の数々。

 

実は、21世紀に入るまでに、我々、現代人は、これらの自分では抱えきれないものを所有していることに辟易としており、自分は既に生涯における充分なものを既に所有しているのに、外側から常に何かが供給されているため、コレ以上は何も要らないと思う「本心」を常に覆い隠し生きねばなない。


世の中で重要だとされている出来事、多くの人が重要という出来事の殆どが我々にとって不必要でとるにたらぬもの。そして、本当に重要な出来事が見えにくくなっていることことに気が付かねばなりません。


現代社会において、人間にとってもっとも必要なものが何なのか。明言しませんが、現代社会を生き得る人たちが見失ってしまったように思える「何か」を探すきっかけを、アンビエント音楽、アーティストの名盤は、音という言語よりも高らかな啓示により授けてくれるかもしれません。


ここでは、定番の作品から風変わりな作品まで、様々な側面からアンビエントをご紹介致します。是非、以下、リストアップする作品の中から貴方にとってピッタリな癒やしの音楽を探してみて下さい。

   



アンビエントの名盤ガイド


 

・Brian Eno

 

「Ambient1 Music For Airport」1978

 



アンビエントという概念は全てこの作品「Ambient 1 Music For Airport」から出発したというべきでしょう。 

 
「人を落ち着かせ、考える空間を作り出そう」
 

ブライアン・イーノは、ドイツのケルン・ボン空港で暇を潰していた時、この伝説的な環境音楽の着想を思いついたようです。
 
 
ジャケットワークのデザインもまたブライアン・イーノ自身が手掛けたこの作品は、アンビエントの祖でもあり、ミニマルミュージックの究極系。異なるテープレコーダーを介して録音したシンセサイザーの音色を同期し、さらにその音色をランダムに変えることにより生み出されています。
 
 
アコースティック・ピアノのシンプルな音色は、洗練された空港内の空間、そして無数の人々がいる会話をする空間という本来、2つの分離した空間を音楽によって合一させる効果を持っています。会話をするのにも邪魔にならず、空港のロビーの広々とした空間というものの静かに馴染む音楽が前半部。 
 
 
一方、後半部では、パッヘルバルのカノンをサンプリング的に処理、テンポ、ピッチを変更した楽曲。どちらも、イーノの考案した人を落ち着かせるというコンセプトに沿った音楽と言えます。実際に「Music For Airport」は、NYのラガーディア空港で環境音楽として使用されていました。 
 
 
 

 

「Plateux Of Mirror」1978

 



 

アンビエント音楽の感じを何となく掴むためには、このブライアン・イーノ、そして故ハロルド・バッドの共作が最適と言えます。


ジョン・ケージが考案したピアノの本来ディケイするはずの音を極限まで伸ばす手法を、さらに、ここで、イーノは「Above Chiangmai」という世紀の傑作において自身のサウンドエンジニアとしての手腕により見事に実現してみせました。

 

加えて、ハロルド・バッドのピアノ演奏というのも、徹底的に聞き手のいる空間を重視した家具の音楽としての概念を両者の音楽家はアンビエントという新たな形に昇華させてみせています。 

 

ロキシー・ミュージックのキーボード奏者として活動したのち、事故による負傷、その病室で壊れたハープのレコードを聴いたときに、ブライアン・イーノが体感した一種の音楽的な啓示がここで音によって体現されています。

 

それは、アンビエンスー空間に既に満ちている音をピアノの演奏、アナログシンセを駆使して奥行きのある空間を生み出すことにより体現されています。

 

また、忘れてはならないのは、ここでは、他では得難い癒やしが込められ、傷ついた魂、精神を癒やす効果も込められている特異な音楽。心が疲れているときに聴く音楽として、オススメしておきたいところです。  


 

 

「Apollo Atmospheres and Soundtracks 」 1983

 



 

もうひとつ、ブライアン・イーノがアンビエント音楽という得難い概念を明確に定義づけたのが伝説的な作品「Apollo(Ascent)」。

ここで得られる音楽的な体験は神秘的ともいえ、これまでにはないような異質な感慨を与えてくれるでしょう。

 

特にアンビエントの歴史からみても屈指の名曲「An Ending」では、地球を離れた宇宙に普遍的に満ちている空間、音、そこに満ちている概念を克明にアンビエンスにより捉えてみせています。この宇宙的な音を表現するスタイルは、その後のアンビエントの重要なファクターとして引き継がれていきます。

 

またその他の楽曲においても、ブライアン・イーノは電子音楽としての新たな実験性に挑んだ作品が多く収録されており、この次の世代に繋がっていくアンビエントの基礎を生み出した。

 

その後、生み出されるアンビエントの多くの作品の重要なインスピレーションの源泉となった伝説的な作品です。  

 


・Jon Hassell 

 

 

「Vernal Equinox」1977(original)  2020(remastered)

 


 

1978年にイーノがアンビエントという概念を生み出す以前に実はアンビエントの本流に当たる音楽を既に生み出していた人物、それが2021年6月下旬に亡くなられたジョン・ハッセルという伝説的な名トランペット奏者です。

 

ジョン・ハッセルはダブ音楽に代表されるようなトランペットの録音をダビング、サンプリングにより、新たな手法のジャズ音楽を追求した音楽家でもあります。

 

特に、この1977年の作品「Vernal Equinox」は、クロスオーバージャズの先駆的作品としてもよく知られていて、また、アンビエントをモダンジャズ的手法で体現した最初の作品でもある。

 

このスタジオ・アルバムには、モダンジャズ、ダブ、民族音楽(インドネシアのガムラン)、電子音楽と、様々な前衛的な音楽のアプローチが見受けられます。四曲目の「Blues Nite」には後のドローンアンビエントのも通じる音楽をハッセルは1977年において生み出していることに驚く。

 

非常にエクスペリメンタル色の強い作品ではありますが、アンビエント音楽の歴史を線として捉えた場合には、この作品を度外視することは難しいでしょう。 

 

 

・Harold Budd

 

 

「Avalon Sutra」2005

 



 

1978年の共作において、アンビエントという概念を提言したのち、バッドはピアノ音楽としてのアンビエントを追求していくようになる。 

 

その一つの音楽としての探求が逸早く明瞭な形となったのがデイヴィッド・シルヴィアンをゲストとして迎え入れた「Avalon Sutra」。

 

ここではハロルド・バッドの生み出す音楽の重要な鍵となる癒やしの効果が作品全体に漂っている。ひたすら穏やかで、甘美で、心温まるようなピアノ音楽がここでは味わえます。サウンド面でも革新的な処理がなされており、シンセ音楽とクラシカル,ジャズと、3つのジャンルのクロスオーバーに取りくんだ画期的な作品です。 

 

シンセサイザーのシークエンスとの融合、広い空間処理により、さながら天井の高い石造りの教会の中で音が響くような独特のピアノの音色を生み出しています。このピアノ作品は、のちのアンビエントの派生ジャンルの一、ピアノ・アビエントの重要なルーツとなった傑作。

 

もちろん、アンビエントだけではなく、弦楽器、金管楽器、木管楽器との合奏と言う面で、ポスト・クラシカル、クラシカルクロスオーバーの先駆的作品と称すべきなのかもしれません。

   

 

 

「After The Night Falls」2007

 

 


 

ブライアン・イーノの提唱した最初のアンビエント作品「Ambient」の共同制作者として知られるハロルド・バッド。

 

その後、バッドはソロ活動において、ピアノ演奏を介して彼にしか生みだしえないアンビエント音楽、音の空間性を音楽的な探求者として独自に追求していくようになります。 

 

バッドの長年の音楽的な探求の集大成を形作ったといえる作品が「After The Night Falls」。ここではアンビエント音楽の理想形が追求され、それがピアノ音楽によって見事に昇華されています。

 

この作品において際限なくひろがっていく心地よい空間、癒やし、穏やかさ、温和さ、といった感覚が慎ましやかな音楽性により彩られています。バッドの音楽で体感できる思索的な感覚は他の音楽では得難いもので、ここに、ハロルド・バッドの奥ゆかしい人格が滲み出ています。

 

ブライアン・イーノとの共作「Ambient」の延長線上にあるアンビエント音楽のひとつの頂点と言えるでしょう。



 


・William Basinsky 

 

 

「The Disintegration Loops」original 2002  Remastered 2014

 

 

 


ウィリアム・バシンスキーは既にアメリカのアンビエント界きっての重鎮と称してもおかしくはない存在。

 

元々はテキサス大学でジャズのサックスを体系的に学んだ後にイーノ、ギャヴィン・ブライヤーズといった音楽家に影響を受け、アンビエント制作を行うようになる。

 

バシンスキーのアンビエント音楽作製において革新的な技法をもたらし、ダンスフロアのDJのように、元あるサンプルネタを引用(たとえば、ラジオ放送でかかっているクラシック音楽)し、それをテープの切り貼りしていき、ターンテーブルのスクラッチのような手法を駆使することにより、ぶつ切りのホワイトノイズを発生させ、サンプリングネタの原型をとどめないような斬新で複雑怪奇な作品を生み出すのがバシンスキーの作曲の特徴。

 

一つの短いシンプルなフレーズを入念にトラック上で複合的に組み合わせ、それを徐々に重層的なヴァリエーションとして変形させていくという点では、ライヒのようなミニマル音楽の要素も多分に持ち合わせています。 

 

バシンスキーのDJ的手法がひとつの完成形を成したのが2002から2003年にかけて発表された「The Disintegration Loops」。

 

ここでは、わずか数秒楽節がLPレコードを再生する際に生ずるノイズのブツッという音をフレーズの合間に挟み、永遠と同じフレーズが繰り返される音楽。しかし、最終盤では、完全に元の原型が破壊され、ノイズだけが鳴りひびく摩訶不可思議なアヴァンギャルド音楽に様変わり。

 

ドローン・アンビエントとニュアンスが異なる「アンビエント・ノイズ」というこれまでに存在しえなかった新しいジャンルを生み出したモンスターアルバム、ウィリアム・バシンスキーの最高傑作の一つ。    


アーティスト名に誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。(2023年9月5日)

 

 

「92982」2009

 



 

元は故郷テキサスでアンビエント制作を行っていたウィリアム・バシンスキーは、その後、ニューヨークに移住し、映像と音楽を融合させた独特な活動を行う。

 

最初期は明らかにイーノやブライヤーズを意識した音楽を作曲していたバシンスキーではありますが、徐々にニューヨークに移住した影響はあってか、SF的というべきか宇宙的な広大なスケールを持つアンビエント制作を行うようになっていきます。

 

そして、どことなくバシンスキーの作品では彼らしくない作風ともいえるのが2009年発表の「92983」。

 

ここでは最初期からの特徴である変奏方式を導入しているバシンスキーではありますが、どことなくNYの街に満ちている生活の風景、人々の雑踏や哀愁をアンビエントとして叙情的に切り取ってみせた作品。

 

他の作品とは異なり、目の前の日常的な空間性を表現したバシンスキーの異色のスタジオアルバム。

 

この作品からさらにバシンスキーはSF的なアンビエントの作風に取りくんでその最終形となったのが2019年にリリースされた「On  Time Out Of Time」この作品も併せてオススメします。    



・Aphex Twin 

 

 

「Selected Ambient Works 85-92」1992

 

 


 

実験音楽としてのアンビエントではなく、クラブ・ミュージックや、デトロイト中心に盛んだったテクノ、アシッド・ハウスの影響をドラムンベースと融合し、ドリルンベースというこれまでになかったジャンルを生み出したことでも知られているエイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェイムス)。

 

既にスクエアプッシャーと共に、ワープ・レコードの看板アーティストといえるリチャード・D.ジェイムスは、クラブミュージック以外にも、ジョン・ケージをはじめとする現代音楽や実験音楽に色濃く影響を受けている実験的なグラブ音楽を生み出すアーティストです。 

 

エイフェックス・ツインとして、ソロ活動を始める以前の宅録時代の未発表作品を収録した「Selected Ambient Works 85-92」はエイフェックスの最良の名盤。ここには実験的なクラブミュージックの宅録の名曲に加え、テクノ、アシッド・ハウスからみたアンビエント音楽ともいえる楽曲が「Xtal」を中心に見られます。

 

クラブミュージック界にアンビエントの概念を持ち込み、その後のクラブ・ミュージックのシーンを導いた重要な作品です。   



 ・Gas

 

 

 「Pop」2000

 

 
 
GASは、ジャーマン・テクノ・シーンを1990年代に率いていたウルフガング・フォイトによる電子音楽プロジェクト。ミニマル・テクノを最初にドイツのクラブシーンに導入したオリジネーターです。
 
 
GASの電子音楽は、ハウス、テクノ、アンビエントといった3つのジャンルを自由に行き来するような作風であり、ドローン、ゴアトランスにも近い質感のあるフロアで踊るための音楽も数多くリリースしています。  
 
 
特に、アンビエントの名盤としてあげたいのが、2000年発表の「Pop」でしょう。
 
 
テクノ音楽からみたアンビエントと称するべきダンスフロア向けの独特な作風を生み出しています。
 
 
他のアンビエントアーティストに比べ、フロアで踊るための縦ノリの音楽は、まさにウルフガング・フォイトのお家芸というべき。テクノ音楽もグルーブ感を追求し、コアな電子音楽を生み出そうすると、徐々にリズム性が希薄になり、最終的には、テクノ、ハウスとは対極にあるアシッド・ハウスに近い独特なアンビエントに行き着くということが理解出来ます。   



・Dead Texan 

 

 

「Aegina  Airlines」2004

 



 

既に、アルバム・レビューの方で一度取り上げている作品「Aegina Airlines」ですが、良い作品なので、再びここで取り上げておきたいと思います。

 

2000年代以降の密かなアンビエントムーブメントをさきがけて発表されたこの作品は後にStars Of The lidを結成し、アメリカのアンビエントシーンで著名な存在となるアダム・ウィリツィー。そして、後に実験音楽、アンビエントのソロアーティストとして活躍するクリスティーナ・ヴァンゾーのツインプロジェクト。

 

後に、スターズ・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてアンビエントの名物的な存在となるアダム・ウィリツィー、その後、映像作家から音楽家に転向を果たし、アンビエントの傑作を数多くリリースしているクリスティーナ・ヴァンゾーの音楽家としての活動を始める契機となった「幻の傑作」。

 

一般的にはあまり知られていない作品ですが、ブライアン・イーノの「Music For Film」にも比する甘美なピアノのフレーズ、シンセサイザーのシークエンスが絶妙に融合を果たしている。思わず、美しいと言いたくなる傑作、アンビエント・ファンは必聴の名盤です。 

 



・Biosphere

 

 

「Dropsonde」2006

 



バイオスフェアこと、ゲイル・イエンセンは、ノルウェー/トロムソ出身のアンビエント・アーティスト。ブライアン・イーノやデペッシュ・モードに影響を受けて、1983年に音楽制作をはじめる。 
 
 
元々、イエンセンは、シンセポップユニットとして活動していましたが、後にバイオスフィアとしてソロ活動を開始、電子音楽、アンビエント制作に入る。
 
 
1991年には、デビュー作「Microgravity」を発表、アンビエントテクノの先駆けと称される。1997年発表の「Substrata」は、90年代最高のアンビエント作品と高評価を受けています。
 
 
バイオスフェアのアンビエントは、イーノからの強い影響を感じさせ、存在感の希薄で、どことなく温かみのあるような空気感に包まれている。音というのではなく、心地よい空気感を感じるための音楽。
 
 
「Dropsonde」はモダン・ジャズとアンビエントを図った前衛的なクロスオーバーの作風で、様々なジャンルの音楽が入り乱れながら、イエンセンらしい穏やかな空気感が生み出されている傑作。  
 
 
特に、一曲目の「Dissolving Clouds」はアンビエント屈指の名曲の一つに数えられます。 



・Brian Mcbride

 

 

「When the Detail Lost its Freedom」2005

 



ロスシルにも比する美麗な音像の世界を提供しているブライアン・マクブライド。テキサス州、アーヴィング出身のアンビエント・アーティスト。

 

アダム・ウィリツィーとのユニット、スター・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてもよく知られています。 

 

特に、ブライアン・マクブライドの生み出すアンビエントは、電子音楽的なアプローチではあるものの、大いなる自然の恵みを感じさせるような、穏やかで、大いなる手のひらに包み込まれるような作風です。

 

特に、スター・オブ・ザ・リッドの音楽性の全体的な印象を形作っているのはブライアン・マクブライドの方であると思われ、そのあたりの上記のユニットにも似たアンビエントの質感を持っています。

 

特に2005年にリリースされた「When the Detail Losts Its Freedom」はパンフルートのようなシンセサイザーの音色を生かし、ひたすらやさしく、穏やかで、温かなシンセサイザー音楽が立体的な構造として紡がれていく作品。

 

シンセサイザーの織りなす壮大なオーケストラレーション。特に、「Overture」は大いなる自然の息吹を眼前にしたときに感じる、あの奇妙なほどの神々しさを彷彿とさせるアンビエント屈指の美しい名曲です。   



・Rafael Anton Irisarri

 

 

「Daydreaming」2007

 


 

ラファエル・アントン・イリサリは、シアトルを拠点に活動するアンビエント・アーティスト。

 

最初期はポスト・クラシカル寄りのピアノ音楽をフューチャーしたアンビエント音楽に取り組んでいました。 

 

他の電子音楽家に先駆けてドローン音楽を追求し、このジャンルの先駆者のひとりともいえます。

 

アントン・イリッサーリの音楽性には独特な暗鬱さ、そして、ロマンティックさが滲んでおり、それが上品で官能的な美を生み出す。絵画芸術にも近い雰囲気のあるピクチャレスクな趣向性を打ち出し、およそイリサーリ節と称するべき独特なゴシック調の世界観により彩られています。 


ラファエル・アントン・イリサリのアンビエントの名盤は近年のコアでマニアックなドローン作品も捨てがたくはありますが、ポスト・クラシカル寄りのアプローチを図った美麗な印象のあるデビュー作「Daydream」はアンビエントの名盤として挙げられる。暗鬱で静謐なゴシック的な世界観は、深い霧の中を歩くようなおぼろげな雰囲気により彩られてます。

 

特に、一曲目の「Walking Expectations」はアンビエントの屈指の名曲、フィールドレコーディングの手法を取り入れた作品です。

 

深いおぼろげな深い霧の中をひとり歩くような独特な寂寞感が漂う。ここに現れているのは美麗なだけでなく、甘美な音楽の追求者として荒野を切り開くイリサリの姿。その後のアンビエントドローン音楽の流行の予言となった一枚。  


   

・Fennesz & Ryuichi Sakamoto

 

 

 「cendre」 2007



 

オーストリアのエレクトリック・ギターでアンビエント世界を追求するクリスティアン・フェネス。

 

そして、近年ゴルトムントを始め、若手の電子音楽家と共同作業を行ってきたご存知、元YMOの坂本龍一の両者の才覚が十二分に発揮されたピアノアンビエントの最高峰とも言える作品が「Cendre」。

 

ここではフィールドレコーディングのサンプリングを用いた独特なアンビエンスの中に坂本龍一らしい繊細なビアノの旋律が絶妙に溶け込んでいる。

 

坂本龍一の作品の中でも日本的な感性が色濃く感じられる作品。西欧の電子音楽の最先端と日本の現代音楽の純粋な合体はきわめて完成度の高い非の打ち所がない作品。

 

このスタジオ・アルバム収録の「haru」は特に、坂本龍一のピアノ作品として間違いなく最高傑作の一つ。

 

メシアンをはじめとするフランス近代和声を下地にした和音構成、繊細でわびさびのきいた叙情性、そして、”やさしみ”にあふれる感性こそが坂本音楽の真骨頂と言えるでしょう。フェネス、サカモトという抜群の相性を持つ二人の秀逸な音楽家による最高のコラボレート作品です。     



・Loscil

 

 

「Coast/Range/Arc」2011

 



 

カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家、別名、音響彫刻家とも呼ばれるロスシルはスコット・モーガンのソロプロジェクト。

 

1998年からMultiplexというマルチメディア集団のメンバーとして活動。アメリカの電子音楽専門レーベル、クランキーレコードの代表的な存在としてアンビエント界をリードし、アメリカでのアンビエントという音楽、このレーベルの知名度を高めるのに貢献的な役割を果たした重要なアーティスト。

 

既に、イーノやシャルティエ、バシンスキーに並んでアンビエント界の巨匠といっても良いかも知れません。それほどアメリカではアンビエントが盛んでなかった時代から勇猛果敢にこの音楽にスポットライトを当ててきた気骨あるミュージシャンです。 

 

ロスシルは、2001年の「Triple Point」クラブミュージック、実験音楽、そして、アンビエント、ドローンにいたるまで多角的なアプローチを図り、音楽性も幅広いですが、ロスシルの音楽の魅力は粒の精細な音作り、知性的な構成を持った楽曲を生み出すことにかけては名人級です。 

 

特に、ロスシルの名作として名高い「Coast/range/Arc」は、非常に美しいサウンドスケープを思い浮かべられるエモーションに富んだ傑作。

 

ひたすら穏やかな波に揺られるかのような心地よい空気感をシンセサイザーにより表現した名作。ロスシルは、長いアンビエントの道のりの最果てにほのみえるこの世のものと思えない、癒やしに満ち溢れた音像風景を描出する。    



・Tim Hecker 

 

 

「Ravedeath 1972」 2011

 



ティム・ヘッカーは、カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家。コンコルディア大学卒業後、カナダ政府で政治アナリストとして活動した後、DJ活動を行い、2001年に「Haunt Me」にて鮮烈なデビューを飾る。 

 

特に、この「Ravedeath 1972」がリリースされた年は、相当なセンセーショナルな影響をミュージック・シーンにもたらしました。

 

基本的には実験色の強い電子音楽家としての表情を持つティムヘッカーですが、この作品はアンビエント・ドローンの最高傑作との呼び声が高い。知性派のアーティストであり、空間内に音がどのように広がっていくか、音響学を一つのアンビエンスとして解釈しようと最初期から取りくんでいたティム・へッカーは、この作品でひとつの頂点を極めてしまった。

 

「Ravedeath 1972」はコンセプト・アルバム色の強い実験音楽にも関わらず、ティム・ヘッカーの名を一躍アンビエント界にとどまらず、一般的な音楽シーンに知らしめた伝説的なスタジオ・アルバム。

 

この年にリリースされた中で最高作品の一つです。未だこの作品の衝撃性というのはおよそ十年が立っても色褪せていない、音楽の未来を変えた独特なアンビエント。2023年に発表された『No Highs』もヘッカーのキャリアの最高峰に位置する作品となる。    



・Eluvium 

 

 

「VirgaⅠ」 2020 




 

Eluviumは、ポートランドを拠点に活動するマシュー・クーパーによる電子音楽のプロジェクト。

 

最初期は、ポスト・クラシカル寄りの美麗なピアノ曲を中心とした「An Accidental Memory In the Case Of Death」を2007年に発表してデビュー。この作品はポスト・クラシカルの隠れた名盤として挙げておきたい。

 

特に、2020年の連作シリーズとしてリリースされている「VirgaⅠ」は、エルヴィムの最高傑作のひとつ。「Viga-Abyss Forms-House Taken Ober」と同じ主題をバリエーションとして変奏させる手法はバシンスキーに通じるものがありますが、エルヴィウムの生み出すアンビエントはひたすら心地よさ、そして、癒やしに重点を置いた作風です。

   

本作において展開されるアンビエントは、他のアーティストに比べると、それほど目新しさはないものの、一方では、アンビエント音楽の真髄を突いている。ひたすら、奥行きのある心地よい空間が広がりを増していく音楽は、古典音楽の未来を形作る電子音楽の華麗な交響曲とでも称するべき。

 

このアルバムは、マシュー・クーパーの飽くなき音楽の探究心から生み出された音楽に対する深い愛の顕現にほかなりません。

 

アンビエント・ドローン寄りの音楽性を追求した次作「Virga Ⅱ」と共に、2020年代のアンビエントの大作と言えそうです。 


 


・Roji Ikeda

 

 

「Ryoji Ikeda EP」 2021

 



 

現在、フランス、パリを拠点に活動する池田亮司は、映像と音楽の劇的な同期を行う前衛音楽家。 

 

テクノ、グリッチやクリックとして有名な電子音楽家です。最初期はオーケストラレーションを配した現代音楽寄りの音楽を生み出していましたが、徐々に先鋭的で実験的な電子音楽を追求する。

 

アルヴァ・ノトとの共同制作者としても知られ、超音波、周波数から音楽を解釈した物理学、及び数学的な観点から精密なアプローチを行うのが池田亮司の音楽の特徴。特に前衛派としての印象の強い池田亮司は最新作においてアンビエントの世界へ踏み入れていきました。 

 

今作で繰り広げられているのは、精妙な音の粒子の質感が如実に感じられるひたすら心地よいアンビエントであり、旧来の池田作品より、比較的聞きやすく、親しみやすい作風となっています。

 

ウィリアム・バシンスキーの近年のアプローチにも近い宇宙的引力を持つ独特な音楽であり、暗闇の中で、音に耳を静かに傾けていると、さながら広い宇宙と対峙するかのような偉大な迫力に満ちた作品。

 

音楽の世界は、ついに、2020年代に入り、未来の電子音楽家たちは、宇宙的な概念を表現する世界に突入したことを告げ知らせる2020年代。いや、2030年代の未来を行くアンビエントの傑作。

 

 

・Laurel Halo 

 

 

『Atlas』2023




ロサンゼルスを拠点に活動するLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)のインプリント”Awe”から発売された『Atlas』(Reviewを読む)は、2023年の実験音楽/アンビエントの最高傑作です。

 

アルバムの発売後、NPRのインタビューが行われた他、Washington Postでレビューが掲載されました。米国の実験音楽の歴史を変える画期的な作品と見ても違和感がありません。



2018年頃の「Raw Silk Uncut Wood」の発表の時期には、モダンなエレクトロニックの作風を通じて実験的な音楽を追求してきたローレル・ヘイロー。彼女は、最新作でミュージック・コンクレートの技法を用い、ストリングス、ボーカル、ピアノの録音を通じて刺激的な作風を確立しています。


『Atlas』の音楽的な構想には、イギリスのコントラバス奏者、Gavin Bryers(ギャヴィン・ブライヤーズ)の傑作『The Sinking Of The Titanic』、William Basinskiの傑作群があるかもしれないという印象を抱きました。それは、音響工学の革新性の追求を意味し、モダン・アートの技法であるコラージュの手法を用い、ドローン・ミュージックの範疇にある稀有な音楽構造を生み出すことを意味する。元ある素材を別のものに組み替えるという、ミュージック・コンクレート等の難解な技法を差し置いたとしても、作品全体には、甘いロマンチシズムが魅惑的に漂う。制作時期を見ても、パンデミックの非現実な感覚を前衛音楽の技法を介して表現しようと試みたと考えられます。

 

アルバムの中では、「Last Night Drive」、「Sick Eros」の2曲の出来が際立っている。ドローン・ミュージックやエレクトロニックを始めとする現代音楽の手法を、グスタフ・マーラー、ウェーベルンといった新ウィーン学派の範疇にあるクラシックの管弦楽法に置き換えた手腕には最大限の敬意を表します。もちろん、アルバムの醍醐味は、「Belleville」に見受けられる通り、コクトー・ツインズやブライアン・イーノとのコラボレーションでお馴染みのHarold Budd(ハロルド・バッド)のソロ・ピアノを思わせる柔らかな響きを持つ曲にも求められます。


表向きに前衛性ばかりが際立つアルバムに思えますが、本作の魅力はそれだけにとどまりません。音楽全体に、優しげなエモーションと穏やかなサウンドが漂うのにも注目です。


昨日(12月18日)、ローレル・ヘイローは来日公演を行い、ロンドンのイベンター「Mode」が開催する淀橋教会のレジデンスに出演。ドローン・ミュージックの先駆者、Yoshi Wadaの息子で、彼の共同制作者でもある電子音楽家、Tashi Wadaと共演を果たしました。



Selah Broderick & Peter Broderick 


『Moon in the Monastery』 2024



『Moon in the Monastery』(Reviewを読む)は、彼の母親との共作であり、瞑想的なセラのスポークンワード、フルートの演奏をもとにして、ピーター・ブロデリックがそれらの音楽的な表現と適合させるように、アンビエント風のシークエンスやパーカッション、ピアノ、バイオリンの演奏を巧みに織り交ぜている。アルバムのプロダクションの基幹をなすのは、セラ・ブロデリックの声とフルートの演奏です。


ピーターは、それらを補佐するような形でアンビエント、ミニマル音楽、アフロ・ジャズ、ニュージャズ、エクゾチック・ジャズ、ニューエイジ、民族音楽というようにおどろくほど多種多様な音楽性を散りばめる。それは舞台芸術のようでもあり、暗転した舞台に主役が登場し、その主役の語りとともに、その場を演出する音楽が流れていく。主役は一歩たりとも舞台中央から動くことはありませんが、しかし、まわりを取り巻く音楽によって、着実にその物語は変化し、そして流れていき、別の異なるシーンを呼び覚ます。 


主役は、セラ・ブロデリックの声であり、そして彼女の紡ぐ物語にあることは疑いを入れる余地がないですが、セラのナラティヴな試みは、飽くまで音楽の端緒にすぎず、ピーターはそれらの物語を発展させるプロデューサーのごとき役割を果たしています。


プレスリリースで説明されている通り、セラは、「オレゴンの田舎町の丘に日が沈むある晩、野生の鹿との神秘的な出会い」というシーンを、スポークンワードという形で紡ぐ。声のトーンは一定であり、昂じることもなければ、打ち沈むこともない。ある意味では、語られるものに対して従属的な役割を担いながら、言葉の持つ力によって、一連の物語を淡々と紡ぐ。 


 シャーウッド・アンダソンの『ワインズバーグ・オハイオ』の米国の良き時代への懐古的なロマンチズムなのか、それとも、『ベルリン 天使の詩』で知られるペーター・ハントケの『反復』における旧ユーゴスラビア時代のスロヴェニアの感覚的な回想の手法に基づくスポークンワードなのか。はたまた、アーノルト・シェーンベルクの「グレの歌」の原始的なミュージカルにも似た前衛性なのでしょうか。いずれにしても、それは語られる対象物に関しての多大なる敬意が含まれ、それはまた、自己という得難い存在と相対する様々な現象に対する深い尊崇の念が抱かれていることに気づく。



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The Specials 

 

ザ・スペシャルズは1977年に英、コヴェントリーにてジェリー・ダマーズとテリー・ホールを中心に結成されたスカバンド。

 

白人と黒人の混合編成で不平等や差別についての主張を交えた作品を数多く残しています。

 

結成当初はコントヴェリー・オートマティックスの名で活動していたが、ザ・クラッシュの英ツアーのサポート・アクトをつとめてから、「ザ・スペシャルズ」に改名。その後、中心人物ジェリー・ダマーズは2toneレコードを設立、自身のスペシャルズをはじめ、Madness,The Beat等のスカバンドの作品をリリースし、イギリスのニューウェイヴパンクシーン最盛期に*スカムーブメントを巻き起こした。

 

デビューシングル「Gangsters」は、イギリスの十位内にチャートインし大健闘を見せ、スカバンドとして一役有名となる。1stアルバム「The Specials」は、かのエルヴィス・コステロがプロデュースした作品で、オーセンティックスカの次世代のリバイバル・スカの代名詞として知られています。

 

その後、スペシャルズは、1980年にスタジオアルバム「More Specials」をリリースした後にあっけなく解散。

 

解散後、主要メンバーのジェリー・ダマーズは、Special A.K.A,を結成、テリー・ホールはファン・ボーイ・スリム、カラーフィールドとして活動。その後、1994年になってダマーズ、ホールを除い他メンバーでスペシャルズは再結成し、五年後に再び解散。2009年に再再結成、この時、オリジナルメンバーのテリー・ホールが一度スペシャルズに復帰したが、2toneレコードの設立者であり、スペシャルズの発起人でもあるダマーズは、このバンドに未だ正式復帰していません。

 

ジェリー・ダマーズ本人は「スペシャルズへの復帰の可能性は充分ある」と、数年前にインタビューで語ってますが、現在もザ・スペシャルズはオリジナルメンバーとしては再結成が果たされておらず、トリオ編成として活動中。スカムーブメントの立役者として今後の動向が気になるバンドです。

 

 

 「Protest Songs 1924-2012」Deluxe

 

 

 

Disc 1

 

1.Freedom Highway(The Staple Singers)

2.Everybody Knows (Leonard Cohen)

3.I Don't Mind Failing In This World(Malvina Reynolds)

4.Black,Brown And White (Big Bill Broonzy)

5.Ain't Gonna Let Nobody Turn Us Around(traditional)

6.Fuck All The Perfect People (Chip Taylor & The New Ukrainians)

7.My Next Door Neighbor

8.Trouble Every Day(Frank Zappa & Mothers of Invention)

9.Listening Wind (Talking Heads)

10.I LIve In A City(Rod McKuen)

11.Soldiers Who Want To Be A Heroes(Malvina Reynolds)

12.Get Up,Stand Up(Bob Marley)


Disc2

 

1.The Lunatincs Live At The Coventry Cathedral July 2019

2.We Sell Hope Live At The Coventry Cathedral July 2019



The Specials Protest Songs 1924-2012 Official Trailer

 

Listen On youtube: 


https://www.youtube.com/watch?v=yt-wCdOxon0

 

今週の一枚としてご紹介させていただくのは、2021年9月24日にリリースされた約百年間のプロテスト・ソングをカバーした「Protest Song 1924-2012」に二曲のオリジナルソングのコヴェントリー大聖堂でのライブを追加収録した10月1日に発売されたデラックス盤。カバーの原曲もレゲエの神様ボブ・マーリーからトーキング・ヘッズ、フランク・ザッパと個性派の面々が勢揃い。

 

このオリジナル・アルバム制作には秘話があり、スペシャルズの三人は、2020年にスタジオ入りし、レゲエのレコードを作ろうと目策していたようなんですが、コロナウイルスのパンデミックにより制作を一度中断。

 

しかし、その後、世界的な問題となった黒人ジョージ・フロイド事件(2020年5月25日、ミネアポリスにて発生した黒人男性ジョージ・フロイドを不当に拘束し死に至らしめたという事件、これは人種差別的な社会問題として大きく各国のメディアにて報じられたことは記憶に新しい)にスペシャルズの面々は触発を受け、今作「Protest Song 1924-2012」の重要なテーマとなるプロテスト・ソングのカバーに取り組み、ロックミュージシャンとして「世界の問題点を直視し、どうすれば世界がよりよくなるのかを提案したい」というメッセージが込められているようです。

 


George Floyd Street Art
ミネアポリス、ジョージ・フロイドの死にちなんだストリートアート

 

プロテスト・ソングというのは、1960年代に発生した音楽の概念です。

 

ここ日本でも学生運動などにおける文化の浸透の過程において、この日本版プロテスト・ソング、フォーク・ロックが流行った時期があったらしいですが、プロテストソングというのは、もともと、ウディー・ガスリーらのフォークに影響を受けた、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、ピーター&ポールマリーらの公民権運動、ベトナム戦争の反戦歌として歌われた音楽ジャンルで、反骨精神に満ちあふれた主張性の強いフォーク・ロックとしてのルーツがあるようです。

 

元をたどれば、ザ・スペシャルズもまた、白人と黒人との混合のロックバンドの先駆者としてニューウェイブシーンの最盛期のロンドンシーンに華々しく登場し、ミック・ジャガーも彼等の音楽に注目していて、事実、ライブを一度見に来たといいますが、スペシャルズの活動初期には、不平等、人種差別といった、社会問題に対する抗議声明やアンチテーゼをスカという音楽として表現してきたロックバンドでもあります。そして、メッセージ性を失った瞬間にあっけなく解散した経緯があるためなのか、今回、スペシャルズがセレクトしたカバーの選曲を見ると、ロック、フォーク、レゲエ、と、年代やジャンルを一切問わず、社会に蔓延る不義に対する怒りや抵抗を示す、カウンターカルチャーを象徴するような楽曲が念入りに絞りこまれています。

 

表向きには、これらのカバーアレンジにはスペシャルズのオリジナルの要素、オーセンティックスカの音楽性には乏しいように思われるものの、中心メンバーのジョリー・ダマーズは、かつて「レゲエはスタジオ音楽であり、スカはライヴリー・エキサイティング・ダンス音楽である」と語っているとおり(MUSIC MAGAZINE 増刊 パンク・ロック。スピリット ザ・スペシャルズ 小野島大)、ライブ感のある音楽という面で、原曲よりも、聞き手を踊らせるダンス・ミュージックとしての要素が追求されているカバー集。1970年代にパンク・ロック、そして、ジャマイカ発祥のスカ・リバイバルの申し子としてコヴェントリーにて結成されたスペシャルズ。

 

今回リリースされたプロテストソング集に伺える彼等スペシャルズの社会、ひいては世界全体に対する痛烈なアンチテーゼや強度のパンクロック精神は、最初期のデビューアルバム「The Specials」よりも遥かに濃密になり、さらに、過激な抵抗、プロテストのための音楽としても抜群の完成度を誇ってます。

 

これは、四曲目のカバーとして選ばれている「Black,Brown And White」(Big Bill Broonzy) を見ても分かる通り、米、ミネソタのジョージ・フロイド事件に端を発するスペシャルズの三人の音楽での人種差別に対する抗議声明であり、ここには私憤を大いに越えた義憤、社会的な激しい怒りがこれらのカバーソング12曲に(三倍)濃縮されています。

 

さらに、それに加え、2019年のロンドン近郊のコヴェントリー大聖堂でのスペシャルズのオリジナルソングの二曲をボーナスとして収録した豪華デラックス版となれば、往年のファンは黙っちゃいられません。百年のプロテストソングの歴史を網羅するカバーアルバムの傑作の誕生。もちろん、パンク・ロックファン、ディラン、マーリーの熱狂的なファンは、要チェックの作品となります。



 

 

References 



Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%82%BA

 

discunion.net

https://diskunion.net/punk/ct/detail/1008359372

 

Acuascutum 英国老舗服飾ブランドとしての始まり

 

アクアスキュータムというブランドは英国の老舗バーバリーに比べ海外においては知名度の低いブランドではあるものの、バーバリーよりも旧い歴史を持つ英国王室御用達のブランドである。

 

アクアスキュータムは、仕立て職人であったジョンエマリーがロンドン西部の高級住宅地に1851年に開業した服飾ブランドである。

 

特にこのアクアスキュータムは、防水加工を施したウール生地を生み出して、特許を取得、ファッションに機能性をもたせたのが非常に革新的であった。ブランド名も防水加工の素材にちなんでおり、ラテン語で「水の盾」を意味する。日本では、防水加工の素材は梅雨時や秋雨の時期しか役立たないイメージも一般的にあるかもしれないが、雨の多いイギリスにおいて、この技術革新は生活に根ざしたものであり、尚且、アウターの実用面での機能性を追求したものであった。


1895年には、ロンドン中心部リージェント・ストリート100番地に最初の旗艦店をオープンした。

創業当初のAquascutum
 

 特に、アクアスキュータムは、イギリス王室からのオーダーメイドに求められ、イギリス王エドワード7性からグレンチェック柄のコートの注文依頼を直々に賜ったことからブランドは始まった。

 

その後、1897年、王室の紋章入の盾板「ロイヤルウォラント」を賜り、王室御用達ブランドとして発足した。そして、1900年に入ると、男性だけではなく、女性のアウターのデザインも手掛けるようになり、当時、イギリスで婦人参政権を訴えていた女性活動家を中心に大きな支持を得ていた。

 

その後、アクアスキュータムはトレンチコートの生産を中心にブランドの商品展開を行うようになる。1914年、第一次世界大戦、および第二次世界大戦に従軍した兵士のために、耐久性の強いトレンチコートの生産に踏み出した。素材そのものの耐久性、そして、防水性に優れているこのアクアスキュータムのトレンチコートは従軍したイギリスの兵士たちから大きな称賛を受けた。

 

さらに、それから、アクアスキュータムは防水加工素材のアウターの他に、防風加工のコートの開発に乗り出し、1953年、エドモンド・ヒラリーのチームがエベレスト登頂に挑んだ際にトレンチコート、ウィルコンという特殊加工素材を生み出し、時速160kmの突風をもろともしない耐久性に優れたトレンチコートを開発し、アウター専門ブランドとして世界的に知られるようになった。この後、アクアスキュータムは次なるアイテム、レインコートの開発へと乗り出していく。

 

多くの著名人に愛される老舗ファッションブランドとしての歩み

 

このアクアスキュータムのトレンチコートは、第二次世界大戦後、多くの著名人に愛されるようになった。

 

アメリカでは、名画「カサブランカ」で主演を務めるハンフリー・ボガートはソフト帽と共にこのアクアスキュータムのトレンチコートを着用し、ボガートのハードボイルド俳優としてのイメージを形作った。そして、ボギー、ハードボイルドという概念が何たるかを世界に発信してみせた。

 

もちろん、これらのアイテムを愛した人物はアメリカの映画俳優にとどまらず、イギリスの政界の大立者の中にも数多く見られる。

 

アクアスキュータムは、婦人参政権の導入を訴えていた女性活動家を中心に支持されていた経緯を持つため、「鉄の女」とも称される宰相マーガレット・サッチャーがこのブランドのアウターを好んで着用していた。

 

マーガレット・サッチャー首相

その他にも、サッチャー政権時代に財務大臣、外務、連邦大臣を歴任した後、イギリスの首相となるジョン・メージャー首相もこのアクアスキュータムを愛用した。これはサッチャー政権をはじめとするイギリスの政権が新たな時代の政治イメージを表するため、アクアスキュータムを好んで着用したとも言える。婦人参政権をファッションブランドとして支えた概念が流れている。

 

また、1996年のアトランタオリンピックでアクアスキュータムは公式ウエアとして採用されている。

 

王室御用達ブランドとして始まった経緯を持つ服飾ブランド、アクアスキュータムは、時代の流れと共に、上品さ洗練さを併せ持つ。

 

服装の中に1つ強いワンポイントのアクセントを設ける独特なアウター専門ブランドとしての歩みを進めていき、着実に、世界的なファッションブランドとしての地盤を築き上げていったのである。

 

ロックミュージシャンとアクアスキュータム

 

 

ミュージシャンとして、このアクアスキュータムのステンカラーコートをファッションの中に絶妙な具合に取り入れてみせた人物がいる。それがポール・ウェラーである。

 

 

ロックンロールにR&Bの影響を伺わせる”The Jam”のメンバーとしてイギリスのミュージックシーンに登場し、70年代から80年代の英国のパンク・ロック、モッズ・ムーヴメントを牽引した重要な人物だ。

 

その後、The Style Councileのフロントマンとして活動、1984年ポリドールから発売された1st Album「Cafe Blue」の中に収録「My Ever Changing Moods」で世界的な大ヒットを飛ばした。この曲は英国内にとどまらず、アメリカ、日本でも売れに売れたヒット作である。その後、ウェラーはソロ活動を始め、イギリスの重鎮的なロックミュージシャンとみなされるに至る。

 

そもそも、ポール・ウェラーは、音楽の側面だけでなく、ファッションアイコンとみなされる場合も少なくない。彼の個性的なファッションはモッズの代名詞ともなり、一世を風靡した。英国内のファッション業界に大きな影響を与え、日本の”渋カジュ”と称されるファッションにも影響を及ぼした。

 

ポール・ウェラーは若い時代からファッションに興味を示し、独自のウェラー流のファッションを追求してきた人物でもある。The Jam時代において、背広に上下に丈の短いトラウザーを合わせ、白いソックス、革靴というモノトーンスタイルで、他のロンドン・パンク勢と異なるフォーマルスタイルで他のバンドと差別化を図っていた。そして、The Jamの後の活動、スタイル・カウンシルにおいて、ポール・ウェラーのファッションは完成される。特に、1stアルバムに映し出されているスラリとしたウェラーのファッションは現在でも新鮮味にあふれている。

 

上掲の写真は、ザ・スタイル・カウンシルの「Cafe Bleu」1stアルバムの内ジャケットの一枚であるが、ウェラーは、ここでイギリススタイルとフレンチスタイルの融合を見事に図ってみせているのに注目である。

 

彼が、ステンカラーコートとして粋に身につけているアイテムは老舗ブランド”Aquascutum”である。

 

そして、ここにはフランスの上流階級で流行った”BCBG”と呼ばれるオールドフレンチスタイルが大胆に取り入れられている。

 

髪を短く揃え、サングラスをかけ、丈の短い八分丈のデニムの下に白いソックスを覗かせ、イギリスのゴルファーが履くような革靴で揃えるスタイル、そこにさらに、最もシルエットとして目立つトップスに英国老舗ブランドとして知られる”Aquascutum" を合わせる。これは、ポール・ウェラーの英国人としての通人としての嗜み、あるいは、矜持のような概念性が表れ出ている。

 

上品さの中に滲むそこはかとないダンディズム。これは、ハンフリー・ボガートが「カサブランカ」で演じた役柄の雰囲気を、ロックミュージシャンとして1980年代に再現させてみせた。

 

フランス流のエスプリとオールドイングリッシュを融合した概念は、その後のブリット・ポップのブラー、オアシスといった面々の「ファッションの美学」として引き継がれていくことになる。

 


ジェイムス・ブレイクはロンドン特別区出身のSSW、レコードプロデューサー。ロンドン大学ゴールドスミス在学中から、作曲活動をはじめ、「James Blake」で鮮烈なデビューを飾り、この新奇性溢れる作品によって英国のエレクトロニックシーンに衝撃を与えた。すでにグラミー賞、マーキュリー賞のウィナーに輝いており、英国のブリット・アワードにも三度ノミネートされている。

 

ブレイクは、これまでリリースされたてきた作品において、マウント・キンビー、ブライアン・イーノ、ボン・イヴェールをはじめとする著名な音楽家と共同制作の機会を持ってきたに留まらず、アメリカのカニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマー、ドレイク、Jay-Z、といった著名なラッパーとのコラボレーション、もしくはそれらのアーティストの作品をフューチャー、そして、ビヨンセの作品のプロデューサーとして参加してきたジェイムス・ブレイクは、2021年の10月3日に新作スタジオ・アルバム「The Friend That Break Your Heart」をリリースした。 

 

James Blake, Coachella 2013 -- Indio, CA"James Blake, Coachella 2013 -- Indio, CA" by Thomas Hawk is licensed under CC BY-NC 2.0

本来は、一ヶ月前の9月中にリリース予定であった作品で、COVID-19による製品の工場生産が滞ったため、実際の発売は10月に持ち越され、リパブリック・レコード、ポリドールから発売されています。

 

先月からシングル作「Famous Last Words」が先行リリースされた時点で、10月にリリースされるスタジオ・アルバムの新作が、ジェイムス・ブレイクの最高傑作の1つになるであろうことは想像されていましたが、その予想を遥かに上回るハイクオリティーな作品がついに多くの音楽ファンの元にお目見えしたと言って良いかもしれません。


作品の制作ゲストに、SZA,JID,Swavay,MOnica Martinといった頼もしいアーティストらを迎え入れ、さらに今作の制作に名を連ねているプロデューサーは、Dominic Maker Jameela Jamil Take a Daytrip、Joji,Khushi,Josh Stadlen,Metro Boomin,Frank Dukes,Rick Nowelsと九人にも及んでいることから、制作段階においても、相当な労力、そして胆力が注がれているのが感じられます。

アメリカのとある音楽メディアでは思いのほか、レビュー点数が「6.6」と全然伸びませんでした。一方、英国の米ビルボードに次ぐ老舗音楽雑誌NMEは、五つ星満点をつけて大盤振る舞い。
 
 
NMEは、この作品に費やしたブレイクの音楽に対するパッションを満点評価により大いに労ってみせています。また、independentも、この作品に4/5比較的高評価を与えており、米国のメディアでは評価は高くないものの、英国の音楽メディアを中心にリリース時点から絶賛を受けているのは、これは、米国のクラブミュージックシーンと、英国のクラブミュージックシーンの価値観が以前よりも大きな隔たりが生じ、分離をはじめているような雰囲気が感じられなくもない。後は、英ローリングストーンや米ビルボードがどういった評価を下すのかに注目です。これは評論をしている側の価値観なのか、それとも、リスナーの趣向によるものかまではちょっとわからないです。元々、米国と英国では文化性の違いにおいて、音楽に求める趣向というか好みみたいなものが2019年以前より異なって来ているのどうか、その点が気がかりであります。




James Blake 「The Friend That Break Your Heart」2021 

 





Tracklist


1.Famous Last Word
2.Life Is Not The Same
3.Coming Back(feat.SZA)
4.Funeral
5.Frozen
6.I'm So Blessed You're Mine 
7.Foot Forward
8.Show Me 
9.She What You Will
10.Lost Angel Nights
11.Friends That Break Your Heart
12.If I'm Insecure
 
 


 
 
 
この「The Friend That Break Your Heart」は、ポピュラー音楽としての掴みやすさもありながら、一度、聴いただけでは、その音楽の内奥まで、なかなか容易に理解つくせないような印象もある。2020年代の英国社会の世相を克明に音として反映した哲学的作品であり、これまでのブレイクの音楽性である電子音楽、UKグライム、ヒップ・ホップ、ソウルのコアな部分を踏まえた上、パイプオルガンのようなシンセの音色、バッハの平均律のようなフーガ的構造を持つエレクトリック・ピアノのフレーズの挿入を見ると、ジェイムス・ブレイクの幼少期からのクラシック音楽、ピアノ音楽の影響が、青年期のロンドンのクラブでの音楽体験と見事な融合をはたし、今作でひとつのブレイクの音楽性のひとつの集大成を築き上げたというように言えます。

王道の12曲収録、少なくもなければ、多くもない、この曲数しかないという重厚感のある音楽の密度を形作っています。ランタイム再生時間以上の濃密な奇跡的な瞬間の連続、上質な風味のある音楽が様々なジャンルの切り口から描き出されています。共同制作者として名を連ねるのは、総勢十人のミュージシャン、これは、ミュージシャン誰が、これらの楽曲のディテイルにおいて役割を果たしているというより、複数の気鋭のミュージシャンたちがジェイムス・ブレイクを中心として、このアルバムに収録されている12曲(Bonus版は13曲)の多彩で、情感たっぷりの音楽をコロナパンデミック禍下において苦心して完成させた、という言い方が相応かもしれません。

アルバム全体としては、大人なバラードの質感に彩られており、そこに、ヒップホップやダブの風味がほんのり添えられる。全体的には、トリップホップにも似たほのかな暗鬱さが漂う。これをイギリスの社会的な背景と結びつけるかどうかは、聞き手の感性によりけりといえるでしょう。しかし、「Funeral」というトラックが書かれていることからも、漠然としているように思える死という概念について、様々な角度から捉え直した側面もあるようです。これまでの作品より、バリエーションの面で多彩性があり、表題曲「The Friend That Break Your Heart」「Famous Last Words」といったトラックに代表されるように、落ち着いたネオソウルの魅力がキラリと輝く。


これまでのブレイクの作品よりもさらに人間の表側から見えない心の裏側を忠実に映した形而上の世界へと踏み入れ、きわめて抽象的な世界が音楽によって描き出されています。それはまたサイケデリアとも対極にある内向的性質を持つ。ひたすら、内へ、内へと、エネルギーがひたひた向かっていくのは、例えば、シュルレアリスム派の絵画、キリコ、ルドン、マグリットをはじめとするシュルレアリストの描く内的世界を、束の間ながら垣間見るかのようなワイアードな感覚を聞き手にもたらす。具象化の延長線上にある電子音楽ではなく、徹底して抽象化の延長線上にある電子音楽。心象という捉えがたい形なきものを見事にブレイクは音により忠実に表現することに成功しています。
 
 
とにかく、今作は、侃々諤々の議論が飛び交いそうなセンセーショナルな作品と呼べそうです。



James Blake Offical