ROUGH TRADE

 

1.世界で最も有名なインディペンデントレーベルはどのように生まれたのか

 

ラフ・トレードは、1978年にインディペンデントレコード店としてイギリスのケンジントンパークロードに開業した。世界ではじめてのインディーレコード会社といっても差し支えない、英国で最も伝統のあるレコードショップ・レーベルである。これまでこのインディペンデントレーベルから、英国を代表するのみならず、世界的に活躍するミュージシャンを数多く輩出して来ている。 

 

  

Record Store Day @ Rough Trade East 09

 

かのスミスも、ストロークスも、リバティーンズもこのレーベルから出発し、世界の舞台へと華々しく羽ばたいていった。いわば、ラフ・トレードは生粋の「イギリスのロックミュージシャンの登竜門」と喩えるべき世界的なレーベルである。


もちろん、言うまでもなく、2020年現在になってもなお、最も英国の音楽シーンで影響力を持つレコード会社であることに変わりはなく、ラフ・トレードからデビューするミュージシャンは大型新人とみなされ、世界のミュージックシーンから異様なほどの注目を受ける。


当初、ラフ・トレードは、インディペンデント系のレコードショップとして発足したが、程なくインディーレーベルとしての作品リリースを行うようになり、1980年代のザ・スミスのブレイクを通じ、イギリスを代表するインディペンデントレーベルに成長した。


しかし、多くの歴代の実業家の生涯と同じように、名門「ラフ・トレード」の歴史は必ずしも順風満帆に進んだとはいえなかった。一度、1980年代後半には、このレーベルの財政状態をひとりきりで支えていた看板アーティストのザ・スミスが解散したことにより、長年の放漫な経営方針による影響をうけ、1990年代の初めにラフ・トレードは債務不履行による経営破綻に陥っている。


創業者ジェフ・トラビスは、この時代において、多額の債権の返済のことばかりが頭にちらついていたと語り、(インディペンデントレーベル-異端者)として社会で生き残ることに対する大きな苦悩を語っている。 


その後、ラフ・トレードは、一企業として多額の債権を抱え、キャッシュフローの返済に追われたが、同国のレコード会社ベガーズ・グループがラフ・トレードショップに救いの手を差し伸べた。ラフ・トレードは、買収され、ベガースグループの傘下に入った。

 

 

2.インディーズレーベルとしての文化的功績を打ち立てるまで

 

ラフ・トレードは、レコードショップオーナーのジョフ・トラビスによって個人事業として設立され、元々、西インド人コミュニティの盛んだったロンドン西部のケンジントンパークロードに文化貢献、「人と人とを繋ぐための役割」を果たすためにオープンされた個人経営のレコードショップとして出発した。


2000年代以降、SNS等を介して、音楽ファンは、旧来よりも容易に他の音楽好きと情報交換や交流が出来るようになったのは事実である。


けれど、少なくとも、この1980年代前後には、音楽文化の発展する過程において、何らかの形で、音楽愛好家、ミュージシャンがある特定の場所を通じ、なんらかの意見交換や交流をする場を提供する必要があった。 


ラフ・トレードは、顔なじみの音楽好きがいつもそこにいて、いつも、なんらかの音楽を介して朗らかな情報交換や交流が行える場所となった。


こういった場を生み出すことは、ジェフ・トラビスの考案したアイディア、音楽による地域の文化形成という側面において必要不可欠だった。そこで、音楽、レコードという媒体を通し、文化の発信の足がかりを提供するため、1970年代の終わり、ジェフ・トラビスは、カナダのニューウェイヴ・パンクバンド名にあやかり、レコードショップ「ラフ・トレード」をイーストロンドンのケンジントンパークロードに開業したのである。 

 

 

Rough Trade East


ラフ・トレードがレコードショップとして開業してからそれほど時を経ず、 この店の常連客であったスティーヴ・モンゴメリーにトラビスは声をかけ、以後、この店の仕事を提供され、マネージャーとしてラフ・トレードの仕事を一任される。翌年になると、ラフ・トレードの従業員として、リチャード・スコットが3人目の重要なショップのキーパーソンとして参加するに至った。


当初、このインディペンデント形態のレコードショップ、ラフトレードは、ガレージロック、レゲエの専門店として発足し、多くの熱狂的な音楽ファンの支持を獲得していった。いかなる営業形態であろうとも、リピーターを期待できない空間から大きな文化が発生したことは寡聞にして知らない。


つまり、エンターテインメント事業は、他では得られない体験を顧客に提供出来るかどうかに尽きるかもしれない。一度で体験しきれない何かがその空間に数多く存在するからこそ、顧客はその場所に通いたくなるものだ。その点、ラフ・トレードは、他のレコードショップでまず扱われないようなマニアックではあるものの通好みの音楽ジャンルを膨大にディストリビューターとして扱っていた。主に、インディーズのガレージ・ロック、レゲエを専門的に扱うことで、他のレコードショップと差別化を図り、大きな満足感をイギリス国内の音楽ファンに与えることに成功したのだった。


現在も、当時と変わらず、レコードショップとしてのラフ・トレードは、CDやアナログの正規盤だけではなくて、ブートレッグ、非正規の海賊版を販売することでもよく知られている。海外からの旅行客は、珍しいブートレッグを購入することがこのレコード店に立ち寄った際の楽しみとなっていて、これぞ音楽通の嗜みである。


いずれにしても、こういった比較的マニアックなガレージ・ロック、レゲエといった音楽を専門に扱うレコードショップは、当時、1970年代後半、それほど多く存在しなかったはず。いってみれば、音楽ファン、需要側の欲求に答えてみせたこと、また、音楽ファンが交流する場を提供したことにより、数年間を通じ、このレコードショップ、ラフ・トレードは、多くの音楽ファン、多くのミュージシャンに膾炙される名物レコード店として認められる。そして、1970年代後半から1980年代初頭にかけ、上記2つのジャンルの他にも当時新たなジャンルとして国内で隆盛していたジャンル、ポスト・パンク、オルタナティヴ・ロックの作品を中心にリリースするようになり、”No Cure”のようなファンジン、ミュージックカルチャーの発信地の名高い場所として、ラフ・トレードは国内だけではなく、海外の音楽ファンにも知られていくようになった。


創業から二年後の1978年、ラフ・トレードは、他の国内の複数のインディーズ・レーベルと提携し、「The Cartel」と呼ばれるインディペンデントレコード生産の流通組織を築き上げた。つまり、これこそ音楽業界における最初のDIYの確立の瞬間といえるかもしれない。このカルテルと呼ばれるネットワークは、”Factory、2 tone”といったレコード会社からリリースされたインディペンデント作品をこのラフトレードを中心に全国的に流通させる基盤を形作った。もちろん、ここからイギリスの音楽ムーブメントは多く沸き起こったことは多くの方が御承知のことと思われる。


ザ・フォール、スペシャルズをはじめとするパンク・ロックバンドがシーンに台頭しはじめた。この年代、ラフ・トレードは、イギリス国内の重要な熱狂的な音楽ムーブメントを支えた。ニューヨークのアーティストの影響から発生したパンク、ニューウェイヴ、それから、八十年代に入ると、スペインのイビサ島からクラブパーティー文化を国内に持ち帰ったマッドチェスターの音楽文化の素地を形成するのに、インディー・アーティストの作品の全国的流通という側面でラフトレードは一役買っていた。もちろん、ジョイ・デイヴィジョンのイアン・カーティスの自殺後に結成されたニューオーダーも、ラフ・トレードというレーベルなしには、その後の世界的大活躍、いや、いや、それどころかバンド自体存在することさえなかったといえるかもしれない。


ラフ・トレードは、1978年、レコードショップにとどまらずレコード会社としての機能も併せ持つようになる。


レーベルカタログのリリース第一号は、ジャマイカの著名なレゲエシンガー、ダブアーティストとしても知られるオーガスタス・パブロのシングル盤。そして、シェフィールドのキャバレー・ヴォルテールのデビューEP。


それから、なんといっても、ニューウェイブ・パンクのシーンの一角を担ったスティッフ・リトルフィンガーズのシングル「Alternative Ulster」だった。特に、この後にリリースされたスティッフ・リトル・フィンガーズのデビューアルバム「Inflammable Matterial」は、インディー作品でありながら、UKチャートで堂々14位にランクインしてみせたことにより、このラフトレードレーベルの最初のスマッシュヒット作品となった。「Inflammable Matterial」パンク・ロック名盤として必ずガイドブックに掲載されるマストアイテムである。とにかく、ガレージ・ロックの風味も持ち合わせたいかにもラフ・トレードのリリースとして相応しい作品といえるはずだ。

 

3.レーベルとしての転換期


それから1980年代にかけて、ラフ・トレードがイギリスでも、いや、世界的にも、名うての名門インディペンデントレーベルに引き上げた存在は、マッドチェスターの始まりを告げたモリッシー、ジョニー・マー率いるザ・スミスにほかならない。 ラフ・トレードはスミスを有望な新人アーティストとして発掘し、わずか5000ポンドという低価格でスミスのバンドメンバーと契約を結んだ。


以後、このバンドの、異常なほどの商業面での成功、世界的な活躍については、既に多くの音楽ファンによってしられているところである。


ザ・スミスは、1980年代後半にかけて、このラフ・トレードの最も有名な看板アーティスト、名物的なロックバンドとなる。「The Smith」「Meat Is Murder」「The Queen Is Dead」といったブリットポップ前夜を彩る神がかりのような大傑作のリリース、そして、スミスのウィリアム・シェイクスピアの文学性に影響を受けた独特なナルシシズムに彩られた甘美で暗鬱なポップサウンドは、マーガレット・サッチャー政権下での苦境にあえぐ多くの若者達の心を癒やしを与え、彼等の精神を支えつづけたのだった。


実は、かのブレア首相も、このスミスの大ファンであることは一般的によく知られている。つまり、このスミスというロックバンドは、最初は、労働者階級から中産階級の若者たちを中心に広がっていった音楽ではあるものの、そののちになると、イギリス国内では階級関係なく聴かれるようになったビートルズの次のビッグスターミュージシャンであった。


このレコード産業としてのザ・スミスの商業的な大成功により、莫大な利益を得たがため、逆にラフ・トレードはレーベルとしての放漫経営の罠に陥ることになった。利益の回収を度外視して、作品リリースを積極的に行いすぎたため、債務が徐々に膨らんでいった。しかし、一度、綿密に確立された経営方針を転換することほど勇気の必要なことはないかもしれない。この後、ザ・スミスは、1988年のリリースを最後に解散した。スミスの解散によりレーベルの経済面での屋台骨を失ったラフ・トレードは、徐々に1990年代にかけて衰退し、経営難に陥っていった。


その後、わずか三年という短い歳月で、このイギリス国内で最も有名なインディーレーベル、ラフ・トレードは、債務不履行により経営破綻に陥った。債務返済ができないとわかった時点の、レーベルオーナのジェフ・トラビスの失意の程は痛いほど理解できる。とりわけ、トラビスが嘆いてやまなかったのは、借金返済に補填するための資金の目途が立たないことについてはもちろんのこと、この際、最も彼を落胆させたのは、1991年までの約十三年に自ら手がけてきたラフ・トレード全作品のリリースカタログを権利をひとつのこらず失ってしまったこと。とりわけ、ザ・スミスのこれまでのカタログのライセンスを失ったことをトラビスは嘆いてやまなかったのである。


しかし、イギリスのレコード会社、同業者のベガーズグループが救いの手を差し伸べたことにより、ラフ・トレードの経営再建は始まった。これは、ベガースグループが1991年までにこのインディペンデントレーベルが国内にどれだけ多くの商業面での貢献をもたらしてきたのか、そして、文化的な貢献を果たして来たことを重々承知していたからこそラフ・トレードの救済を行ったものと推測される。その後、経営者として見事な経営手腕を発揮し、創業者、ジョン・トラビス氏は、1990年代、2000年代初頭にかけて、このインディペンデントレーベル、ラフ・トレードを再び英国きっての名門レーベルとして復活させ、世界的に成長させた。


その年代、特に、このレーベルの窮地を救ったのは、奇遇にも、このレーベルの最初の専門としたガレージロック音楽のリバイバルブームが世界的に2000年代に到来したことだろうか。最初にチャンスを呼び込んでみせたのは、ロンドン発の四人組ロックバンド、ザ・リバティーンズの「Up The Brancket」を引っさげての鮮烈なデビューだった。のちに、ジェフ・トラビスは、このバンドのドラック問題について辟易としていると発言しているが、少なくともガレージ・ロックといういくらかニッチなジャンルが再興したことについては、少なからず喜びを感じていたに違いない。この作品、そして、その後の、ラフ・トレードからのシングルリリースは、イギリス国内にとどまらずに、アメリカ、日本でも大ヒットし、商業的な面でも大成功を収めた。


それからも、ラフ・トレードの快進撃は続いた。その一年後、ニューヨークからリバティーンズと同じようなガレージロック色を打ち出したザ・ストロークスをラフ・トレードは発掘し、デビューアルバム「In This It」をリリースし、これまたたちまち世界的にロングセラーとなり、ストロークスはリバティーンズ以上の世界的なロックスターの座を短期間で手中におさめたのだった。 


その後、ガレージロックリバイバル旋風は、アメリカ、イギリスだけでなく、オーストラリア、スウェーデンへ広がり、再び、ラフ・トレードは、世界的な名門インディーレーベルとして見事に返り咲いた。


この後、ラフ・トレードは、比較的安定したリリース、レコード生産を行いながら今日まで息の長い経営を行っている。イギリス国外にも、レコードショップの系列店を持ち、ロックフェラーセンター内にあるラフ・トレードNYCを,そして、2016年には、”FIVEMAN ARMY”と提携し、日本にもラフ・トレードジャパンを発足させ、ストロークのギタリスト、アルバート・ハモンドJrの「Yours To Keep」をリリースし、堅調なセールスを記録する。もちろん、このレーベルは、その後にも魅力的なアーティストを見つけ出し、新人発掘という面で、レーベル発足当初と何ら変わらない慧眼ぶりを見せているのは、多くの熱烈な音楽ファンの知るところであるかと思う。

 

4.ラフ・トレードに貫流するDIY精神

 

インディーズレーベルの創始者、ジェフ・トラビスは、その初めに、人と人とをつなげるコミュニティーを形成するという明確な意図を持って、レコードショップ、レコード会社を何十年にもわたって成長させてきた人物である。のちに、ロックフェラーセンター内に自身の系列レコードショップを経営するようになる世界で最も成功したレコードショップオーナと称すことが出来る。

 

 

ROUGH TRADE NYC店舗内

 

 

あらためて、このことについて考えてみると、ザ・スミスの全カタログのライセンスの消滅という出来事は、ジェフ・トラビスにとって大きな痛手となったのは相違ないはず。それにつけても、もちろん、ベガースグループという資金面でのバックアップはあったことを充分に加味したとしても、トラビスという実業家はなぜこのレーベルを再建させることに成功し、以前よりもはるかに魅力的な世界的なインディーレーベルとして返り咲くことができたのか、ちょっと不思議に思えるようなところもなくはない。


その後、1990年代から2000年代にかけてのジェフ・トラビス氏の辛抱強い経営をささえていた概念、それは一体なんであったのだろうか。

 

文化的な貢献? それとも、もしくは、最初のコミュニティーを形成するという重要な動機? 

 

他にも、様々な要因が挙げられるはずである。もちろん、これらの概念は、トラビスという人物の辛抱強い経営を支えていたことは間違いないものと思われるけれども、推察するに、彼のこれまでの四十年近いレーベル経営を支えてきたのは、レコードショップのオーナとしてのプライド、そして、なにより、誰よりも深い、ロックをはじめとする音楽に対する慈しみ、愛情にも比する感情によるものだったのだ。


ここから引き出される結論があるとするなら、長く、何かを続けることに必要なものは、才能でも技術でもなく、情熱、人間としての深い慈愛がどれほど大きいのか、そして、どれだけ大きな夢を抱けるかに尽きるのかも知れない。


このことは、もちろん、言うまでもなく、現在もラフトレードの重要な精神として継承されている。

 

当初、独立系のレコードショップとして始まった独立精神、つまり、インディペンデント精神は、今日、このレーベルに所属するアーティストの音楽、そして、このレコードショップに引き継がれている理念、「The Cartel」と称されるインディーズ流通形式を確立させた際の伝統性「DIY」として、ラフトレードの長きにわたるレコード会社としての経営を今もなお強固に支えつづけている。

 

References

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Rough_Trade_Records


 

 Vanishing Twin


バニシング・ツインは、英イーストロンドンを拠点に活動する話題沸騰中のサイケデリックポップバンドです。

 

バンドの作曲を担当し、マルチインストゥルメント奏者、ボーカルも兼ねるキャシー・ルーカス、ドラムのバレンティーナ・マガレッティ、ベースの向井進(ソンガミン)、ギターのフィル・MFU、映画製作者、ヴィジュアルアーティストとしても活躍するフルート奏者、エリオット・アーントの五人で2015年に結成。現在、バニシング・ツインは、カルテットとして活動しています。

 

バンド名のあまり聞き慣れない”バニシングツイン症候群”は、多胎の片方の成長が停止し、ひとりだけ出産、発育する非常に珍しい症例。


これについては、このバンドのフロントマンでヴォーカリストを務めているキャシー・ルーカスの妊娠中における奇妙な体験に因んでいるようです。

 

このカルテットは、ベルギー人、日本人、イタリア人、フランス人、と、イギリスへ移民をしたメンバーによって構成されている国際色豊かなグループ。このカルテットの音楽は独特なバックグラウンドがあり、哲学や宗教や政治、ポピュリズムやレイシズムに対する反駁を音楽の中に込めています。サイケデリック色を打ち出した独特な音楽性で国内外のインディーシーンでセンセーショナルな話題を呼んでいるグループです。

 

ヴァニシング・ツインは、2016年、英国のSoundway Recordsから「Choose Your Own Adventure」でデビュー。その後、2018年に「Magic&Machines」、2019年には「The Age Of Immunology」の二作のスタジオアルバムを発表しています。


二作目の「免疫学の時代」という題されたタイトルは、人類学者A.デビットネイピアの著書に因み名付けられ、「非自己を排除することにのみ生き残る事ができる」という人類学の理論について書かれているらしいですが、この命題は、バニシング・ツインというフロントマンのキャシー・ルーカス自身の出産の際の症例に非常に近似した考えが見いだされるように思えます。

 

バニシング・ツインは、これまで、多国籍からなる音楽的な幅広いルーツを活かし、イギリスのミュージックシーンに新たな革新をもたらしています。もちろん、この四人組のサウンドは、現代の英国のサウスロンドンのリバイバル・シーンのロックバンドと同じように、サブスクリプション時代の音楽史を自在に横断出来る利点を活かし、比較的古い1960年代や1970年代の音楽、ELOやPファンクサウンドをバンドサウンドの主要なコンセプトにしています。アフロ・ファンク、ジャズ、アヴァンギャルド性を色濃く打ち出し、そこに、サンラ、アリス・コルトレーン,マーティン・デニー、モリコーネ、フリーデザイン、CANのホルガー・シューカイ、インドネシアのガムラン音楽、六十年代後半から七十年代初頭のライブラリ音楽に深い影響を受けながら、それを別次元の新鮮味のあるニューミュージックとして完成させています。

 

また、海外音楽批評では、ヴァニシング・ツインのサウンドはStereolab,AFX,CANとの比較がよくなされており、どうやら、評論家達は常に比較分類学としてこのカルテットの音楽を捉えずにはいられないようです。さて、この四人組のサウンドは、サイケデリアの向う側に見えるネオサイケデリアという見方がされているかと思いますが、「心霊学」という奇妙な驚くような呼称も与えられています。それは、このカルテットのサウンドが異質なこの世のものではない幽界の領域で聴こえるような、異質で危うい雰囲気も併せ持つからなのでしょう。

 

それは冗談だとしても、ベルギー、フランス、日本、イタリア人と複数の国家、あるいはその土地の風土からもたらされる音楽性をルーツに持つ芸術家により構成されるバニシング・ツインの特異なサウンドは、そういった批評性を度外視したとしても、充分に楽しめるものであることも事実です。性別、国籍、人種、こういった人間の生み出した固定観念からかけ離れた自由でのびのびとした気風に満ちており、そしてまた、これまで、リリースされた作品においてバニシング・ツインは、おしゃれでスタイリッシュな創造性の高い音楽性を生み出してきており、これからの2020年代からの未来の音楽の潮流を決定づけてもおかしくない先進的な作風と言えそうです。

 

まだまだ、実際の音楽性にとどまらず、プロフィールについても多くの謎に包まれており、新たな音楽シーンの幕開けを予感させるような新奇性あふれるイギリスの前衛芸術集団として注目しておきたいところです。



「Ookiii Gekkou」 2021 Fire Records

 




TrackListing

 

1,Big Moonlight(Ookii Gekkou)

2,Phase One Million

3,Zuum

4,The Organism

5,In Cucina

6,Wider Than Itself

7,Light Vessel

8,Tub Erupt

9,The Lift

 

 

FeaturedTrack 「Big Moonlight (Ookii Gekkou)」

 Listen on youtube:

https://www.youtube.com/watch?v=-0cE92oSi7E 

 

 

さて、今週の一枚として、ご紹介させていただくのは、英国のラフ・トレード周辺のインディーシーンを賑わせているバニシング・ツインの最新作「Ookii Gekoou」となります。

 

前作「免疫学の時代」は、ラフ・トレードが年間最優秀アルバムに選出しており、メジャーシーンから距離を置いたインディーアーティストらしい活動初期からの気骨ある作風を貫いています。そして、10月下旬、Firerecordsからリリースされたこの作品は、海外のレビューにおいて「大きい月光」という日本語が奇妙なインパクトを与え、センテンスの意味を説明していますが、ここでは、この日本語について「Big Moonlight」の意味であると説明する必要がなさそうなのでいくらかホッとしています。


もちろん、バニシング・ツインの最新作もまた前作「免疫学の時代」と同じように、一般的なリスナー向けの作品ではないですし、バニシング・ツインのメンバー、特にこのカルテットの主要な音楽性を生み出しているフロントマンのキャシー・ルーカスも売れ線や一般受けを狙って作製した音源ではないことは、実際のこの音楽を聞いていただければ理解してもらえるかと思います。

 

幾つかの海外の主要な音楽サイトのレビューにおいても、まだ、この海のものとも山のものともつかないサウンド「大きい月光」については、様々に意見が分かれていて、というか、誰一人として、明確に、このバニシング・ツインのサウンドが説明できないため、最終的には、奇妙な「心霊学」「鏡の向こう側にある世界の音」と、少し笑ってしまうような強引な結論が導き出されています。しかし、こういった新しい音楽をこねくりまわしてしまうのが悪癖であり、純粋に、音としてたのしんでみたさいには、それほど難解でなくて、ラウンジ・ジャズのような爽やかさのあるBGMのような音楽として、または、カフェでゆったり寛ぎながら聴くような音楽として、聴くことが一番なのかなあという気がします。

 

もちろん、そういった完成度が高いサイケデリックポップ音楽、このカルテットの演奏力が並外れているからこそ生み出し得るもの。特に、この異形ともいえるサイケデリックサウンドの骨格、音楽観を形作しているのは、キャシー・ルーカスの爽やかでありながら神秘的なヴォーカル、そしてマガレッティの生み出す癖になるファンクビート、フィル・MNUの、フランジャー、ワウ等のエフェクターを噛ませたPファンクのようなギターリフの反復性、それからなんといっても、日本人ベーシストの向井進のジャズから色濃い影響を受けた対旋律的フレーズが生み出す多彩さにより、唯一無二の摩訶不思議なアフロファンクが生み出されています。そして、音を純粋に聴いてみると、この多彩性溢れる音楽こそが、レイシズム、ポピュリズム、国家主義、全体主義という大きな概念を打ち倒すためのアンチテーゼともなっているのかもしれません。

 

言葉がないゆえに、もしくは、言葉があるゆえに、ときに、人間というのは音楽という概念を大きく勘違いしてしまうわけですが、このバニシング・ツインはきわめて強固な幾つかのこの世に蔓延する固定観念、常識、また奇妙な全体主義を、多人種により構成された世界基準の音楽によって打ち崩してみせようとしているのかもしれません。それらの概念がおしゃれな音楽的アプローチにより展開されていくのが痛快といえ、ときに、アフロファンク、サイケ、また、ときには、デュッセルドルフの電子音楽のように、多角的な視点から実験音楽が生み出されているのです。

 

そもそも、中世の時代から、音楽というのは、一地域固有の性格、ある地域だけの持つ気風を有してきました。それは、トラディショナル、クラシック音楽の時代から、ブラック・ミュージック、ジャズ、ロック、ラップ、その後の時代も、ある地域を中心に発展していくのが音楽だったんですけれども、このバニシング・ツインはその一地域に限定された音楽を越えて、世界音楽とも呼ぶべき領域に踏み入れていると言えるかもしれません。現代の大きな壁が建設されようとしている時代にその壁に対して一石を投ずるべく登場したアート集団として、この大きな「人類の分離」、それにまつわる「人種の排斥」という分厚い壁を音楽という概念によって打ち砕こうと試みているのです。

 

既に、2020年代の音楽、ひいては芸術作品は、一つの国家の所有物ではなくなりつつあり、世界じゅうの多くの人々によって、性別、人種、貧富の差、条件に関係なく、ひとつに集約されるべきものとなった。そんな、今後、2020年代以降の音楽の中心テーマになりえる強固な概念を、2020年のロックダウン最中にレコーディングが行われたきわめて前衛性の高いスタジオ・アルバム「大きい月光」という作品中に見出すことは、それほど難しい話ではないはずです。

 


Vanishing Twin Official HP


https://www.vanishingtwin.co.uk/



・フォークトロニカ、トイトロニカ おとぎ話のような幻想世界 (2024 Edit Version)

mum

フォークトロニカ、トイトロニカ、これらの2つのジャンルは、エレクトロニカのサブジャンルに属し、2000年代にアイスランド、ノルウェーといった北欧を中心として広がりを見せていったジャンルです。  

 

一時期、2010年前後、日本でもコアな音楽ファンがこのジャンルに熱中し、日本国内の音楽ファンの間でも一般的にエレクトロニカという愛称で親しまれたことは記憶に新しい。

 

このジャンルブームの火付け役となったのは、アイスランドの首都レイキャビクのアーティスト、Mum。フォーク、クラシック音楽の要素に加え、電子音楽、中でもグリッチ(ヒスノイズを楽曲の中に意図的に組みいれ、規則的なリズム性を生み出す手法を時代に先んじて取り入れていました。  

 

これはすでにこのエレクトロニカというジャンルが発生する前から存在していたグリッチ、クリック要素の強い音楽性に、本来オーケストラで使われる楽器、ストリングス、ホーンを楽曲のアレンジとして施し、ゲーム音楽、RPGのサウンドトラックのような世界観を生み出し、一世を風靡しました。


この後、このジャンルは、ファミリーコンピューターからMIDI音源を取り込んだ「チップチューン」という独特な電子音楽として細分化されていく。8ビットの他では得られない「ピコピコ」という特異な音響性に海外の電子音楽の領域で活躍するアーティストが、他では得られない魅力を見出した好例です。 

 

フォークトロニカ、トイトロニカという2つの音楽は、つまり、 1990年代から始まったシカゴ音響派、ポスト・ロック音楽ジャンルのクロスオーバーの延長線上に勃興したジャンルといえなくもなく、ポスト・クラシカル、ヒップホップ・ジャズと並び、今でも現代的な性格を持つ音楽のひとつに挙げられます。

 

しかし、このフォークトロニカ、トイトロニカという音楽性の中には、北欧神話的な概念、日本のゲーム会社のRPG制作時の重要な主題となった様々な北欧神話を主題にとった物語性、神話性を、文学性ではなく、音楽という切り口から現代的なニュアンスで表現しようという、北欧アーティストたちの芸術性も少なからず込められていました。

 

もし、このフォークトロニカ、トイトロニカという2つのジャンルの他のクラブ・ミュージックとは異なる特長を見出すとするなら、グリッチのような数学的な拍動を生み出し、シンセサイザーのフレーズを楽曲中で効果的に取り入れ、2000年代以前の電子音楽の歴史を受け継ぎ、ダンスフロアで踊るための音楽ではなく、屋内でまったり聴くために生み出された音楽です。いってみれば、オーケストラの室内楽のような趣きなのです。

 

こういったダンスフロア向けではない、内省的なインストゥルメンタル色の色濃い電子音楽は、穏やかで落ち着いた雰囲気を持ち、北欧の音楽シーンであり、アイスランド、ノルウェー、イギリスのアーティストを中心として発展していったジャンルです。

 

もちろん、ここ、日本にも、トクマルシューゴというアーティストがこのジャンルに属していること、特に、活動最初期はフォークトロニカの影響性が極めて強かったことをご存知の音楽ファンは多いかも知れません。一般的に、この電子音楽ーーフォーク、クラシック、ジャズーーと密に結びついた独特なクロスオーバージャンルは、総じて、エレクトロニックに属するカテゴライズ、IDM(Intelligense Dance Music)という名称で海外のファンの間では親しまれています。

 

2000年代にアイスランドのムームが開拓した幻想的な世界観を表した電子音楽という領域は、以後の2010年代において、北ヨーロッパの電子音楽シーンを中心として、フロアミュージックとは対極に位置するIDMシーンが次第に形づくられていくようになりました。

 

このフォークトロニカ、トイトロニカのムーブメントの流れを受けて、2010年代後半からの現代的な音楽、宅録のポップ・ミュージック「ベッドルーム・ポップ」が、カナダのモントリオール、アメリカのニューヨーク、ノルウェーのオスロを中心に、大衆性の強いポップ/ロック音楽として盛んになっていったのも、以前のこの電子音楽のひそかなムーブメントの流れから分析すると、不思議な話ではなかったかもしれません。

 

 

・エレクトロニカ、フォークトロニカ、トイトロニカのアーティスト、名盤ガイド


  

・Mum

「Finally We Are No One」2002




 

アイスランドの首都レイキャビクにて、ギーザ・アンナ、クリスティン・アンナと双子の姉妹を中心に、1997年に結成されたムーム。 日本でのエレクトロニカブームの立役者ともなった偉大なグループです。 

 

2002年に、ギーザ、2006年にはクリスティンが脱退し、このバンドの主要なキャラクター性が残念ながら失われてしまったが、現在も方向性を変え、独特なムーム節ともいうべき素晴らしい音楽を探求し続けています。

 

ムームの名盤、入門編としては、双子のアンナ姉妹の脱退する以前の作品「Finally We Are Not One」が最適です。

 

ムームの音楽的には、アクの強いグリッチ色が感じられる作品ですが、そこに、この双子のアンナ姉妹のまったりしたヴォーカル、穏やかな性格がマニアックな電子音楽を融合させている。

 

一般的に、アンナ姉妹のヴォーカルというのは、様々な、レビュー、クリティカルにおいてアニメ的と称され、このボーカリストとしての性質が一般的に「お伽噺の世界のよう」と形容される由縁かもしれません。 

 

特に、このムームの音楽性は、北欧神話のような物語性により緻密に構築されており、チップチューンに近いゲームのサントラのような音楽性に奥深さを与える。表面上は、チープさのある音のように思えるものの、その音楽性の内奥には物語性、深みのあるコンセプトが宿っています。

 

実際の土地は異なるものの、ムームの音楽性の中には、スコットランド発祥のケルト音楽「Celtic」に近い伝統性が感じられ、それを明確に往古のアイスランド民謡と直接に結びつけるのは短絡的かもしれませんが、シガー・ロスと同じように、このレイキャビク古来の伝統音楽を現代の新たな象徴として継承しているという印象を受けます。

 

次の作品「Summer Make Good」もエレクトロニカ名作との呼び声高い作品ではあるものの、より、音の整合性、纏まりが感じられるのは、本作「Finally We Are No One」でしょう。  

 

 

 

・Amiina

「Kurr」2007

 


 

アイスランドのレイキャビク出身の室内合奏団、amiina(アミーナ)。電子音楽、IDM性の色濃いムームと比べ、ストリングスの重厚なハーモニーを重視したクラシックの室内楽団に近い上品な性格を持った四人組のグループ。 

 

amiinaの音楽は、インストゥルメンタル性の強い弦楽器のたしかな経験により裏打ちされた演奏力、そして弦楽の重奏が生み出す上質さが最大の魅力。ムームと同じように、「お伽噺のような音楽」「ファンタジックな音楽」とよく批評において表現されるアミナの音楽。

 

しかし、その中にも、新奇性、実験音楽としての強みを失わず、楽曲の中に、テルミンという一般的に使われない楽器を導入することにより、他のアーティストとはことなる独特な音楽を紡ぎ出している。一般的に、名作として名高いのは、2007年の「Kurr」が挙げられます。

 

ここでは、グロッケンシュピールのかわいらしい音色が楽曲の中に取り入れられ、弦楽器の合奏にによるハーモニクスの美麗さに加え、テルミンという手を受信機のようにかざすだけで演奏する珍しい楽器が生み出す、ファンタジー色溢れる作品となっており、ほんわかとした世界観を味わうのに相応しい。

 

アイスランド、レイキャビクのエレクトロ音楽の雰囲気、フォークトロニカという音楽性を掴むのに適したアルバムのひとつとなっています。室内楽とフォーク音楽の融合という点では、個人的には、トクマルシューゴの生み出す音楽的概念に近いものを感じます。  




・Hanne Hukkelberg

「Little Things」2008





Hanne Hukkelberg(ハンネ・ヒュッケルバーグ)は、ノルウェー、コングスベルグ出身のシンガーソングライター。活動中期から存在感のある女性シンガーとして頭角を現し、ノルウェーミュージックシーンでの活躍目覚ましいアーティストです。

 

ハンネ・ヒュッケルバーグの初期の音楽性は、ジャズ音楽からの強い影響を交えた実験音楽で、フォークトロニカ、トイトロニカ寄りのアプローチを図っていることに注目。

 

このあたりは、ハンネ・ヒュッケルバーグはノルウェー音楽アカデミーで体系的な音楽教育を受けながら、学生時代に、ドゥームメタルバンドを組んでいたという実に意外なバイオグラフィーに関係性が見いだされます。

 

クラシック、ジャズ、ロック、メタル音楽、多岐にわたる音楽を吸収したがゆえの間口の広い音楽性をハンネ・ヒュッケルバーグは、これまでのキャリアで生み出しています。

 

特に初期三部作ともいえる「Little things」「Rykestrase 93」「Bloodstone」は、ジャズと電子音楽の融合に近い音楽性を持ち、そこにシンガーソングライターらしいフォーク色が幹事される傑作として挙げられます。

 

サンプリングを駆使し、水の音をパーカッションのように導入したり、クロテイルや、オーボエ、ファゴットを導入したジャズとポップソングの中間に位置づけられるような面白みのある音楽性、加えて文学的な歌詞もこのアーティストの最大の魅力です。

 

特に、上記の初期三部作には、可愛らしい雰囲気を持ったヒュッケルバーグらしいユニークな実験音楽の要素が感じられ、聴いていてもたのしく可笑しみあふれるフォークトロニカきっての傑作として挙げられます。 

 

* アーティスト名のスペルに誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。(2024・2・25)

 


・Silje Nes

 「Ames Room」2007



 

ドイツ、ベルリンを拠点に活動するノルウェー出身のミュージシャン、セリア・ネスは、歌手としてではなく、マルチ楽器奏者として知られています。

 

北欧出身でありながら、世界水準で活動するアーティストと言えるでしょう。イギリスのレーベルFat Cat Recordから2007年に「Ames Room」をリリースしてデビューを飾っています。

 

特に、このデビュー作の「Ames Room」は親しみやすいポップソングを中心に構成されている作品であるとともに、サンプリングの音を楽曲の中に取り入れている前衛性の高いスタジオアルバム。

 

現在のベッドルームポップのような宅音のポップスがこのアーティストの音楽性の最大の魅力でまた、特に、本来は楽器ではない素材、楽器ではなく玩具のような音をサンプリングとして楽曲中に取り入れ、旧いおとぎ話を音楽という側面から再現したかのような幻想的な世界観演出するという面では、ムーム、トクマルシューゴといったアイスランド勢とも共通点が見いだされます。

 

セリア・ネスのデビュー作「Ames Room」は、フォークトロニカ、トイトロニカという一般的に馴染みのないジャンルを定義づけるような傑作。このジャンルを理解するための重要な手立てとなりえるでしょう。

 



・Lars Horntveth

「Pooka」2004 



ノルウェーを拠点に活動する大所帯のジャズバンド、Jaga Jazzistは同地のジャズ・トランペット界の最高峰をアルヴェ・ヘンリクセンと形成する"マシアス・エイク"が在籍していたことで有名です。

 

そして、また、このJaga Jazzistの中心メンバーとして活躍するラーシュ・ホーントヴェットも、またクラリネットのジャズ奏者として評価の高い素晴らしい演奏者として挙げられる。

 

もちろん、ジャガ・ジャジストとしての活動で、電子音楽、あるいは、プログレッシブ要素のあるロック音楽の中にジャズ的な要素をもたらしているのがこの秀逸なクラリネット奏者ですが、ホーントヴェットはソロ作品でも素晴らしい実験音楽をうみだしていることをけして忘れてはいけないでしょう。

 

特に、ラーシュ・ホーントヴェットはマルチプレイヤー、様々な楽器を巧緻にプレイすることで知られており、かれの才気がメイン活動のジャガ・ジャジストより色濃く現れた作品がデビュー作「Pooka」です。

 

このソロ名義でリリースされた作品「Pooka」では、ジャガ・ジャジストを上回るフォーク色の強い前衛的な音楽性が生み出され、そこに、弦楽器が加わり、これまで存在し得なかった前衛音楽が生み出されます。先鋭的なアプローチが図られている一方、全体的な曲調は、牧歌的で温和な雰囲気に彩られています。

 

このノルウェー、オスロが生んだ類まれなるクラリネット奏者、ラーシュ・ホーントヴェットは、クラリネット奏者としても作曲者としても本物の天才と言える。ジャズ、フォーク、プログレッシヴ、電子音楽、多様な音楽の要素を融合させた現代的な音楽性は、同年代の他のアーティストのクリエイティヴィティと比べて秀抜しています。

 

リリース当時としても最新鋭な音楽性であり、この作品の新奇性は未だに失われていません。フォーク、エレクトロニック、そしてクラシックをクロスオーバーした隠れた名作のひとつとして、レコメンドしておきます。 



・Psapp

 「Tiger,My Friend」2004

 


Psapp(サップ)は、カリム・クラスマン、ガリア・ドゥラントからなる英国の実験的エレクトロニカユニットです。 

 

デュオの男女の生み出す実験音楽は、トイトロニカというジャンルを知るのに最適です。この音楽の先駆者として挙げられ、おもちゃの猫を客席に投げ込むユニークなライブパフォーマンスで知られています。

 

サップは、電子音楽をバックボーンとしつつ、子ども用のトランペットを始め、おもちゃの音を楽曲の中に積極的に取り入れると言う面においては、他のエレクトロニカ勢との共通点が少なからず見いだされる。

 

その他、この二人の生み出すサウンドに興味深い特徴があるとするなら、猫や鳥の鳴き声や、シロフォン(木琴)等、ユニークなサンプリング音を用い、様々な楽器を楽曲の中に取り入れていることでしょう。

 

このユニークな発想を持つ二人のミュージシャンの生み出すサウンドは、J.K.ローリングの文学性に大きな影響を与えたジョージ・オーソン・ウェルズの魔法を題材にした児童文学の作品群のような、ファンタジックで独創的な雰囲気によって彩られています。

 

サップの生み出す音楽には、子供のような遊び心、創造性に溢れており、音楽の持つ可能性が込められており、それは生きていくうちに定着した固定観念を振りほどいてくれるかもしれません。

 

二人の生み出す音楽は、音楽の本質のひとつ、音を純粋に演奏し楽しむということを充分に感じさせてくれる素晴らしい作品ばかりです。

 

「トイトロニカ」というジャンルの最初のオリジナル発明品として、2004年にリリースされた「Tigers,My Friend」は今なお燦然とした輝きを放ちつづける。この他にも、ユニークな音楽性が感じられる「The Camel's Back」もエレクトロニカの名盤に挙げられます。

 

 


・Syugo Tokumaru(トクマルシューゴ)

 「EXIT」2007

 

 


Newsweekの表紙を飾り、NHKのテレビ出演、明和電機とのコラボ、また、漫画家”楳図かずお”との「Elevator」のMVにおけるコラボなど、多方面での活躍目覚ましい日本の音楽家トクマルシューゴは、最初は日本でデビューを飾ったアーティストでなく、アメリカ、NYのインディーレーベルからデビューしたミュージシャンである。

 

アメリカ旅行後、音楽制作をはじめたトクマルさんは、最初の作品「Night Piece」を”Music Related”からリリースし、ローリング・ストーンやWire誌、そしてPitchforkで、この作品が大絶賛を受けたというエピソードがある。

 

トクマルシューゴの音楽性は、フォーク、ジャズ、ポップスを素地とし、実験的にアプローチを図っている。特に、日本で活躍するようになると、ポップス性、楽曲のわかり易さを重視するようになったが、最初期は極めてマニアックな音楽性で、音楽の実験とも呼ぶべきチャレンジ精神あふれる楽曲を生み出す。

 

ピアニカ、おもちゃの音、世界中から珍しい楽器を集め、それを独特な「トクマル節」と称するべき、往時の日本ポップス、そしてアメリカンフォークをかけ合わせた新鮮味あふれる音楽性に落とし込んでいくという側面においては、唯一無比の音楽家といえる。上記の英国のサップと同じ年代に、「トイトロニカ」としての元祖としてデビューしたのもあながち偶然とはいえない。

 

デビュー作「Night Piece」、二作目「L.S.T」では、サイケデリックフォークに近いアプローチを図り、この頃、既に海外の慧眼を持つ音楽評論家たちを唸らせたトクマルシューゴは、三作目「EXIT」において新境地を見出している。フォークトロニカ、トイトロニカの先に見える「Toy-Pop」、「Toy-Folk」と称するべき世界ではじめて独自のジャンルを生み出すに至った。

 

三作目のスタジオアルバム「EXIT」に収録されている楽曲、「Parachute」「Rum Hee」は、その後の「Color」「Lift」と共に、トクマルシューゴのキャリアの中での最高の一曲といえる。実際、「ラジオスターの悲劇」のカバーもしていることからも、Bugglesにも比するユニークなポップセンスを持ち合わせた世界水準の偉大なミュージシャン。今後の活躍にも注目したい、日本が誇る素晴らしいアーティストです。



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アメリカのニューヨークを拠点に活動するインディー・ロックアーティスト、スネイル・メイル、リンジー・ジョーダンが、昨夜、自身の公式youtubeチャンネルで、「Madonna」のNYのアービントンのアルモアスタイナー・オクタゴンハウスでのライブ映像を公開しました。


 

このニュースを昨夜、他のメディアに先んじて報じたのはイギリスのローリングストーン誌で、情報伝達の早さは流石という感じでした。ローリングストーンについで、海外の有力紙、NME、Stereogum、Pitchfolkが約一時間後にこの報道に続き、海外で話題沸騰中となっているシングル作品です。

 

この「Madonna」の映像の公開に伴って、先行シングル「Valentine」、「Ben Franklin」、そしてアルバム「Valentine」のリリースに続いて、スネイル・メイル、リンジー・ジョーダンは、このNYのアービンとんでのライブ映像公開と同時に、三曲収録シングル「Madonna」を、ニューヨークの名門インディーレーベル、”Matador”から、昨日10月27日に発表しています。

 

新作「Madonna」という楽曲について、リンジー・ジョーダンは、「この曲を皆さんと共有できることに私は大変興奮しています。要約しますと、このマドンナという曲は、人間と人間の概念の間に愛は存在しえないということについて歌われています」というコメントを出しています。

 

11月から、スネイルメイルは、新作のスタジオアルバム「Valentine」と二作のシングル「Ben Franklin」「Madonna」を引っさげて、米ヴァージニア州リッチモンドでの公演を始まりとして、2021年から2022年にかけて、北米、英国、ヨーロッパの世界ツアーを控えているスネイル・メイル。現在、最も世界で注目をあびているインディーロックアーティストの活躍から目が離せません。




Snail Mail 

「Madonna」 Live At The Armor-Stiner Octagon House 

 

 Grouper

 

グルーパーは、リズ・ハリスのソロ・プロジェクト。米ポートランドを拠点に活動していたアーティスト。現在は、ベイエリア、ノースコーストと、太平洋岸の海沿いで音楽活動を行っているようです。


リズ・ハリスは、コーカサス出身の宗教家ゲオルギイ・グルジエフの神秘思想に影響を受けたアーティスト。


そのあたりはリズ・ハリスの幼少期の生い立ちのコミューンでの経験に深い関係があるようです。


幼少期のコミューンでの経験は、彼女の精神の最も深い内奥にある核心部分に影を落としており、音楽といういわば精神を反映した概念にも影響を及ぼし、内的な暗鬱さの中で何かを掴み取ろうとするような雰囲気も感じられます。


リズ・ハリスの音楽は暗鬱である一方で、こころを包み込むような温かいエモーションを持った独特な雰囲気を漂わせています。それは彼女の生活に結びついた「海」という存在にも似たものがあるかもしれません。


海というのも、画家、ウィリアム・ターナーが描き出した息を飲むような圧倒されるような自然の崇高性が存在するかと思えば、その一方で、ほんわかと包み込むような癒やしや温かさをもたらしてくれる。だからこそ、長い間、リズ・ハリスは海沿いの土地に深い関わりをもってきたのでしょう。


リズ・ハリスの生み出す精神的概念を映し出したもの、それは、決して、一度聴いてハッとさせられる派手な音楽ではないですけれども、「アンビエント・フォーク」とも喩えられる落ち着いた音楽性が醍醐味であり、聴けば、聴くほど、深みがにじみ出てくる不思議な魅力を持っています。


2010年からRoom 40,Yellowelectricと、インディーレーベルでのみ作品をリリースしてきており、アンビエント、ドローンの中間を彷徨う抽象性の高い音楽に取りくんでいるアーティスト。これまでに、グルーパーこと、リズ・ハリスは「Ruins」を始めとするスタジオ・アルバムで、暗鬱なアンビエントドローンの極地を見出しているソロミュージシャンですが、その後の作品「Grid Of Points」では「Paradise Valley」時代のインディー・フォーク寄りのアプローチを図るようになってきています。


アメリカ国内では、アンビエント・アーティストとして知名度が高いリズ・ハリスのようですが、カテゴライズするのが難しい音楽家であることは確かでしょう。アンビエントアーティストとして、ティム・ヘッカーのようなノイズ性の色濃いアンビエントのアプローチを図ったかと思えば、アコースティックギターで穏やかで秀逸なインディー・フォークを奏でることもしばしばです。


特に、リズ・ハリスの生み出すフォーク音楽は、精神的な目に見えない形象を音という見える形に変え、それが「グルーパー」という彼女の今一つの映し身ともいえる音楽に奥深さを生み出しています。

 

ほのかな暗鬱さがありながら、それに束の間ながら触れたときにそれとは対極にある温みが感じられるという点では、エリオット・スミスとの共通点も少なからず見いだせるはずです。

 

 

「Shade」 2021 Kranky

 

 



 
1.Followed the ocean
2.Unclean mind
3.Ode to the blue
4Pale Interior
5Disoredered Minds
6.The way her hair falls
7.Promise 
8.Basement Mix
9.Kelso(Blue Sky)
 

Listen on:

bandcamp

https://grouper.bandcamp.com/album/shade 

 


この作品は「休息」と「海岸」をテーマに制作されたアルバムで、「記憶」と「場所」を中心点とし、その2つの概念を手がかりに、アンビエント、ノイズ、フォーク音楽という多角的なアプローチを図ることにより完成へ導かれています。 ときに、アンビエント、ときに、ノイズ、また、時には、フォーク音楽として各々の楽曲が組み上げられた作品です。


ある楽曲は、数年前にハリス自身が制作したタマルパイス山のレジデンスで、またある楽曲は、以前活動拠点を置いていたポートランドで、その他、アストリアでのセッションを録音した作品も収録。録音された時間も、レコーディングされた場所もそれぞれ異なる奇妙な雰囲気の漂う作風に仕上がっているのはグルーパーらしいと言えるでしょう。


そして、一つの完成されたアルバムとして聴いたときに、奇妙なほど一貫した概念が流れていることに気が付きます。今回も、前作と同じく、ハリス自身の弾き語りというスタイルをとったヴォーカルトラックが数曲収録されています。


そこでは、喪失感、欠陥、隠れ場所(Shade)、愛という、一見なんら繋がりのない概念が歌詞の中に込められていますが、関連性を見出しがたい幾つかの概念を今作品において、リズ・ハリスはノイズ、フォークというこれまた関連性が見出し難い音楽によってひとつにまとめ上げているのです。

 

アンビエントとして聴くと物足りなさを感じる作品ですが、インディー・フォークとして聴くとこれが名作に様変わりを果たす妙な作品。


特に、ヴォーカルトラックとして秀逸な楽曲が、#2「Unclean Mind」#6「the way Her Hair Falls」#7「Promise」#9「Kelso(Blue Sky)です。ここでは、女性版エリオット・スミス、シド・バレットとも喩えるべき内省的で落ち着いたインディー・フォークが紡がれています。

 

これらの楽曲は、ゴシックというよりサイケデリアの世界に踏み入れる場合もあり、これをニッチ趣味ととるか、それとも隠れたインディーフォークの名盤ととるかは聞き手を選ぶ部分もなくはないかもしれません。しかし、少なからず、このグルーパーというアーティストは、意外にSSWとして並外れた才覚が秘められているように思えます。


近年までその資質をリズ・ハリス自身はアンビエントという流行りの音楽性によって覆い隠していたわけですが、いよいよ内面世界を音という生々しい表現法によって見せることにためらいがなくなり、それが作品単位として妖艶で霊的な雰囲気を醸し出しています。

 

その他にも、いかにも、近年、バルトークのように、東欧ルーマニアの民族音楽にルーツを持つ異質な音楽家として再評価を受けつつあるグルジエフに影響を受けたリズ・ハリスらしい、スピリチュアル的な世界観を映し出した不思議な魅力を持つ楽曲も幾つか収録されているのにも注目しておきたいところです。


リズ・ハリスの奥深い精神世界が糸巻きのように紡ぎ出す音楽に耳を傾ければ、いくら歩けど、ほの暗い迷い森の彷徨うかのように、終点の見えない、際限のない異質で妖しげな世界にいざなわれていくことでしょう。

 

 

 Kiasoms

 

キアスモスは、アイスランド、レイキャビクのテクノユニット。

 

ポスト・クラシカルシーンでの活躍目覚ましい、既に英国アカデミー賞のテレビドラマ部門での最優秀賞、「Another Happy Day」「Gimmie Shelter」のサウンドトラックも手掛けるオーラブル・アルノルズ、同郷レイキャビクのエレクトロミュージシャン、ヤヌス・ラスムッセンの二人によって2009年に結成されている。


オーラブル・アルノルズ、アコースティック・ピアノを下地に、ヤヌス・ラスムッセンのシンセサイザー、二人のアーティストの持つ音楽性を見事にかけ合わせた秀逸なエレクトロ・ポップを体現し、銘々のソロアーティストとしての作品とはまた異なる妙味を生み出す。


キアスモスは、2009年にファーストリリースのEP「65/Milo」を電子音楽を専門にリリースする英国のインディーレーベル、Erased Tapesから発表する。2014年にはファースト・アルバム「 Kiasoms」を同レーベルから発表し、高い評価を受けている。


この1stアルバム「Kiasmos」は、オーラブル・アルノルズがレイキャビクに設立したサウンドスタジオで制作された作品。


楽曲の大部分は、ドラム、生演奏の弦楽四重奏を音響機器を使用して録音し、そして、トラックの上に、ドラムマシン、テープディレイを多重録音した作品。この作品で、オーラブル・アルナルズがグランドピアノを演奏し、ヤヌス・ラスムッセンがその演奏に同期する形で、ビート、グリッチ、オフフィールドと様々な音色とリズムを電子楽器により実験的に生み出す。


2015年11月には、ベルリンのスタジオでパーカッションとシンセサイザーの生演奏を実験的に融合したEP作品「Swept」を同Erased Tapesからリリース。この年から、キアスモスは、世界ツアーを行うようになり、エレクトロニックアーティストとして知られていく。


2017年には、ブレイクビーツ、チルアウトシーンで名高いミュージシャン、サウンドプロデューサーとして活躍するBonobo、サイモン・グリーン。そして、ドイツのエレクトロミュージシャン、サウンドプロディーサー、Stimmmingがリミックスを手掛けた「Bluerred」をリリース。エレクトロシーンで大きな注目を集めるようになっている。


Kiasmosの音楽性は、イギリスのエレクトロ、アメリカのハウスシーンとは異なり、レイキャビクのアーティストらしい美麗な感性によって華麗に彩られている。アイスランド、レイキャビクで盛んなエレクトロニック、弦楽器などのオーケストラ楽器を交えたフォークトロニカやトイトロニカともまたひと味異なる雰囲気を持った音楽性がこのユニットの最大の強みといえるだろうか。一貫した冷徹性、それと相反する熱狂性をさながらトラックメイクでのLRのPan振りのように変幻自在に生み出すのが醍醐味だ。

キアスモスの楽曲は、このユニットの壮大な音楽実験というように称せる。独特な清涼感を滲ませ、二人の秀逸な音楽家の紡ぎ出すミニマルフレーズを緻密かつ立体的に組み合わせていくことにより、徐々に、渦巻くようなエナジーを発生させ、楽曲の終わりにかけ、イントロには見られなかった凄まじい化学反応、大きなケミストリーを発生させる。


アイスランド、レイキャビクのアーティストらしいと称するべき個性的な音楽性、世界観を擁した独特な音楽を生み出すクールなユニットで、創造性においても他のアーティストに比べて群を抜いている。今、最も注目すべきエレクトロアーティスト、ユニットと呼ぶことが出来るだろう。 

 

kiasmos

"kiasmos" by Mai Le is licensed under CC BY-NC 2.0


 

 

 

 Kiasmosの主要作品



「Kiasmos」 2014 Erased Tapes



 
 


1.Lit
2.Held
3.Looped
4.Swayed
5.Thrown
6.Dragged
7.Bent 
8.Burnt



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以前に先行リリースされた「Looped」に加え、新たな作品を再録した作品。

 

今作を聴くと分かる通り、北欧のエレクトロには英国のアーティストと異なる音楽性が感じられる。そこには何か、英国よりも寒々しいアイスランドの風景が連想されるが、厳しい雰囲気の中にもきわめて知的な創造性というのがなんとなく見い出すことができる。


そして、このアーノルズ、ラスムッセンという同郷のユニットの独特な作曲法、近年流行りのミニマルという手法もまた英国のアーティストの作風と性質が異なり、ひたすら静かなエナジーが内側にひたひたと向かっていく。


興味深いことに、その核心とも呼ぶべき中心点に達した瞬間、冷やかかな感慨が反転し、異質なほどの奇妙な熱量、エネルギーを発生させる。アーノルズの紡ぎ出すシンセサイザーのフレーズは、徹底して冷静かつ叙情的ですが、他方、ラスムッセンの生み出すリズムというのは奇妙な熱を帯びているのだ。


それは、「Thrown」「Looped」という秀逸な楽曲に見られる顕著な特質。つまり、この二人の相反するような性質が絶妙な具合に科学的融合を果たし、上質な電子音楽、言ってみれば、これまで存在しえなかったレイキャビク特有のエレクトロが発生する。


一貫してクールでありながら熱狂性も持ち合わせている。これがアイスランドという土地の風合いなのかもしれないと感じさせる何かが、深い精神性、この土地に対する深い愛着が込められている。


電子音楽によって緻密に紡がれていくサウンドスケープ(音から想像される風景)は、本当に、容赦のないさびしさであるものの、しかしながら、その中にじんわりとした人肌の温み、胸が無性に熱くなるような雰囲気もなんとなくではあるが感じられる。


そして、この二人の音楽家の熱狂性が最高潮に達し、凄まじいスパーク、電光のようなエナジーを放つのが「Bent」「Burnt」という2曲。これらの終盤部の盛り上がりは、IDMの落ち着きがありながら、フロアの熱狂にも充分通じる奇妙な音楽性といえる。


もちろん、このデビュー作は、文句の付けようのないエレクトロの2010年代の名作。キアスモスの音の指向性は、どことなくイギリスのブレイクビーツの大御所、サイモン・グリーンの音楽性になぞらえられる。緻密さと沈着さを持ち合わすボノボよりもはるかに激しいパッション、二人の熱さが感じられるのがキアスモスの音楽。


英エレクトロと、アイスランドのフォークトロニカを融合した甘美で独特なダンスミュージックといえ、これまでのエレクトロに飽食気味という方には、願ってもみない素晴らしいギフト。

 

 

 「Blurred」2017 Erased Tapes 



 




1.Shed
2.Blurred
3.Jarred
4.Paused
5.Blurred-Bonobo Remix
6.Paused-Stimming Remix



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現在、ロサンゼルスを拠点に活動するBonoboこと、サイモン・グリーン、ドイツのサウンドプロデューサー、Stimmingのリミックス曲を追加収録したキアスモスとしては二作目のスタジオ・アルバム。


今作品「Blurred」は、前作からのミニマル的な音の立体的な構造性、そしてその内側に漂う電子音楽としての叙情性を引き継いだエレクトロの快作。

しかし、前作には、内側に渦巻くようなすさまじいエナジーが漂っていたのに対し、今作はどちらかといえば、まるでパッと霧が晴れたような爽快感のある雰囲気も揺曳している。

そのあたりの、これまでのキアスモスの作品にはなかった妙味が感じられるのが表題曲の「Blurred」。とりわけ、この作品のボノボリミックスヴァージョンは原曲とは異なるリミックス作品に仕上がっている。このあたりは、サイモングリーンのプロデューサーとしての天才的手腕が垣間見えるよう。


その他、フォークトロニカ、トイトロニカとの共通性も見出す事のできる「Shed」は朝の清涼感のある海辺の風景を思い浮かばせるような、何かキラキラした輝きを放つ、爽快感のあるエレクトロの楽曲であって、キアスモスはまだ見ぬエレクトロの境地を開拓してみせた。


もちろん、前作のようなクールな内向きなエナジーがなりを潜めたわけではなくて、今作にもその曇り空を思わせるような暗鬱かつクールなエナジー、そこから汲み出される独特で奇妙なほど癖になるエレクトロ性は、「Paused」「Jarred」といった良質な楽曲群にも引き継がれていて、前作に比べると楽曲の方向性に広がりが出たのを感ずる。


そして、この作品の肝というべきなのは「Blurred」に尽きる。この楽曲は、2010年代後半のエレクトロの最高峰の一曲と言ったとしても誇張にはならない。


極めて微細な小さな楽節を組み合わせていき、独特なエモーションに彩られた美しい電子音楽の建築物が見事なまでに築き上げられている。この楽曲、及び、リミックス作品は、アイスランドの秀逸な二人の音楽家、サイモン・グリーンの生み出した新しい「電子音楽の交響曲」にほかならない。

 

 

「Swept」 EP 2015 Erased Tapes



 



1.Drawn

2.Gaunt

3.Swept

4. Swept-Tale Of Us Remix



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そして、上記二作のスタジオ・アルバムとは少し異なるキアスモスの音楽のニュアンスを味わう事のできる快作が「Swept」である。

上記の作品に比べると、音にスタリッシュさがあり、その中にフォークトロニカ寄りのアプローチも込められてい、音作り、実際に紡がれる音にしても、精細な音の粒が感じ取られる。これはまさにこの二人の音楽家の耳の良さによるものといえる。


映画音楽、ゲームサントラ等の音楽性にも比する劇伴寄りの音楽性が感じられるのが、リードトラックの「Drawn」。クラブミュージックであり、この何かストーリテリング音楽ともいうべき、物語性を電子音によって深めていく作曲法の手腕こそ、オーラブル・アーノルズの類稀なる天才性である。

 

もちろん、ヤヌス・ラムヘッセンの生み出す独特なブレイクビーツ寄りの実験的なビートの追求性がアーノルズの生み出す音楽観を説得力溢れるものにし、さらに魅力的にしている。


二曲目に収録されている「Gaunt」は、キアスモスの音楽性の王道を行く、シリアスさ、内向きなエナジーを独特な雰囲気の漂う名曲だ。また、表題曲「Swept」はラムヘッセンの生み出す躍動的なリズム性が全面に引き出された楽曲、ゴアトランスとまではいかないけれど、フロア向けに作られた2steps寄りのクールなダンス・ミュージックとして必聴である。



Featured  Track 「Thrown」Live On KEXP


https://m.youtube.com/watch?v=FhJuLSuKrMo


Norah Jones 


ノラ・ジョーンズはニューヨーク州ブルックリンを拠点に活動するピアノ弾き語りのジャズシンガーです。


ジャズを中心とし、ソウル、カントリー、フォーク、と間口の広い音楽性をポップスに込め、世界中の多くの聴衆を虜にしてきました。ハイスクール時代から、最優秀ジャズ優秀賞を受賞。その後、ジャズ北テキサス大在学中にジャズ・ピアノを専攻しつつ、ラズロというジャズ・ロックバンドで活動しています。


大学三年生の時、友人に誘われ、ニューヨークのマンハッタンに旅行をする。テキサスからニューヨークへの長い旅において、ノラ・ジョーンズはマンハッタンに居を構える多くのソングライターたちに大いに触発を受け、それ以後、ウェイトレスとして働きながら、ソングライティングを始める。この頃から、ジェシー・ハリス、リー・アレクサンダー、ドン・リーザーと一緒にバンド活動に専念するようになります。


大歌手ノラ・ジョーンズとしての人生の分岐は、2000年に訪れました。本場ニューヨークのブルーノートで、バンドのデモ曲を2000年10月にレコーディング。


これは「ファーストセッションズ」という形式でリリースされましたが、現在は廃盤となっています。


しかし、この録音の際に、ブルーノートのブルース・ランドヴェルが彼女の類まれなる才覚を見抜いており、それから見事、その後、ジョーンズは晴れて、翌年の2011年の1月、ブルーノートとの契約に漕ぎ着けました。


2001年5月には、グレイグ・ストリートをプロデューサーに迎え入れ、デビュー作「Come Away With Me」のレコーディングを開始。


同年8月には、アリフ・マーディンをエンジニアに招き、この作品は、翌年の2月になってようやくリリースされることになる。「Come Away With Me」がリリースされる間もなく、このデビューアルバムの評判はあっという間に広がり、各国のチャートで一位を独占。「Don't Know Why」を始め、親しみやすく、ジャズ風のアレンジメントを加えたポップ・ソングは、多くの人々を魅了し、世界で大ヒットを記録しました。



デビューアルバム「Come Away With Me」で、ノラ・ジョーンズは、2003年のグラミーを総なめ。スタジオ・アルバムとして、最優秀賞、最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞、最優秀録音賞)三冠に輝く。またシングル・カットされた大ヒット曲「Dont't Know Why」は、優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞の三冠に輝いています。


しかし、ノラ・ジョーンズ本人は、レコーディングの最中から、グラミー獲得の期間まで、アリフ・マーディンという著名なエンジニアとのやり取りというのも恐れ多いという感じであったといい、また、このデビュー作で得ることになる世界的な成功については完全な想定外であったと回想しています。


その後、2004年、2ndアルバム「Feels Like Home」をリリース、アルバムチャートで4週連続一位を獲得、累計4000万枚のセールスを記録。そして、見事、翌年のグラミー賞三部門の栄冠に輝いています。しかし、この後ノラ・ジョーンズは、過分な注目を受けたことに戸惑いを感じ、2005年の春、コンサートとレコーディングを取りやめ、三年余り活動を休止することになります。


2007年にノラ・ジョーンズは、ついに三年間の沈黙を破り、サード・アルバム「Not Too Late」を発表を行う。デビュー以来初めてノラ・ジョーンズ自身が作詞、作曲を担当している作品で、レコード会社の方もこのリリースについては何も知らされていなかった。つまり、世界的なインディー作品といえます。


また、2009年から、ノラ・ジョーンズはコンスタントに作品を発表しており、「The Fall」「Covers」「Little Broken hearts」「Day Breaks」「Begin Up Me」と、以前ほどの注目こそ集めていないものの、聞きやすくて、親しみやすいジャズ・ポップをリリースして活発な創作意欲を見せています。


昨年、2020年には力作「Pick me Up Off The Floor」を発表し、実力派のSSWとしての底力を発揮しており、いまだ才気煥発なポップシンガーとしての進化を見せています。


ノラ・ジョーンズの最初のグラミー賞でのビッグサクセスは寧ろ序章、これから本章がやってくる女性シンガーとして、あらためて注目したいポップシンガーの一人でしょう。


Norah Jones「I Dream Of Christmas」2021 Blue Note

 

さて、今週の一枚としてご紹介させていただくのは、前週のスペシャルズのプロテスト・ソングに続いて、クリスマスソングカバー「I Dream Of Christmas」となります。おなじみのブルーノートからのリリースで、ノラ・ジョーンズの初めてのホリデイ・ソング集のリリースとなります。


 

 


TrackLisiting


1.Chrismas Calling(Norah Jones)

2.Christmas Don't Be Late(Ross Bagdasarian,Sr.)

3.Christmas Glow(Norah Jones)

4.White Christmas(Irving Berlin)

5.Christmastime(Norah Jones&Leon Michesls)

6.Blue Christmas(Billy Hayes & Jay W.Johnson)

7.It's Only ChristmasOnce A Year(Norah Jones)

8.You're Not Alone(Norah Jones & Leon Michels)

9.Winter Wonderland(Richard B.Smith & Felix Bernard)

10.A Holiday With You(Norah Jones)

11.Run Rudolph Run (Johnny Marks & Marvin Brodie)

12.Christmas Time Is Here(Lee Mendelson & Vince Guaraldi)

13.What Are You Doing New Year's Eve?(Frank Loesser)


 

※ボーナス・バージョンは、14曲目に、Oh Holy Night(Traditional arranged by Norah Jones & Leon Michesls)が追加収録されています。

 

六曲のオリジナルソングに加え、往年のクリスマソングの名曲をバランス良く収録した傑作で、「White Christmas」「Winter Wonderland」を始め、聴くと聞き覚えのある永遠のクリスマスソングがずらりと並び、ゴージャスなラインナップとなっています。もちろん、少し早いクリスマスソングとして聞きつつ、来月にやってくるであろうファンタスティックなクリスマスを待ちわびるという楽しみ方もありでしょう。


しかしこのアルバムは、凡百のカバーアルバムのように、ただのカバー作品として評価するのは礼に失する創意工夫がこらされた作品であり、ジョーンズ自身の愛するクリスマスソングを収録したカバーアルバムであるとともに、オリジナルの新作として聴く事も出来なくはない聴き応えのある豪華なクリスマス作品で、ジョーンズが新たな音楽性でまだ見ぬ境地を切り開いたということが理解してもらえると思います。


この新作のクリスマス・カバーアルバム「I Dream Of Christmas」を聴いてあらためて思ったのは、このノラ・ジョーンズというシンガーの本領がいかに素晴らしいものであるのかということです。今作品を聴いていると、かのエタ・ジェイムズが、もしくは、かのアレサ・フランクリンが現代に蘇ったのではないかと聴き紛うほどの奇妙な歌手としてのオーラの大きさが感じられます。


今作では、デビュー当時、いや、それを上回るような水準においてのノラ・ジョーンズの本格派のジャズシンガーとしての本領が存分に発揮され、ここには心を震わさせる「魂」が込められており、また、以前よりも自信を持って歌っているような雰囲気があって、往年のファンとしては何かしら頼もしさすら感じます。


デビュー当時の存外のビックサクセスにおいて、ノラ・ジョーンズが歌手であることに対する戸惑いを乗り越えた先に見出した「本物の歌手」としての凄まじい底意地が感じられます。


そして、このレコーディングの風景を実際に見たわけでもないにもかかわらず、異質な迫力、往年の名シンガーの祖霊が宿ったかのような雰囲気が漂い、例えば、エタ・ジェイムスに比する凄まじいシンガーとしてのオーラを感じる作品に仕上がっています。


10月14日にリリースされたばかりのこのクリスマスソング集「I Dream Of Christmas」には、制作秘話があり、ノラ・ジョーンズは、昨年のパンデミックの厳しい状況下で毎週の日曜日にクリスマスソングを聴きながら厳しい状況下において大きな慰みを見出し、人生の活力を保ち続けていたようです。


ジョーンズは、ある日には、ジェームス・ブラウンの「ファンキークリスマス」を聴き、また、次の週にはエルヴィス・プレスリーの「クリスマス・アルバム」を聴いていたようです。これらの素敵なクリスマスソングが、彼女に歌手として、リスナーに音楽という希望=ギフトを与えるという動機を与えたことは間違いありません。その人生経験を元に、ジョーンズは今回のカバーアルバムの構想を入念に組み上げていきました。


ノラ・ジョーンズは、プレスリリースの会見時には、「2021年1月、私は自分のクリスマス・アルバムを制作することを思いついたんです。それは、私に大きな楽しみをあたえてくれました」と語っています。


オリジナルアルバムの一曲目「Christmas Calling(Jolly Jones)」は、ジョリー・ジョーンズというウィットが効いたユニークさが感じられる(Jolly jonesはHappyの意)新曲で、「Christmas Grow」をはじめとするオリジナルソングと共にこの偉大なシンガーソングライターの新たな代名詞、次なるライブレパートリーともなりえる素晴らしさ。


また、きわめつけは、リードトラック「「Christmas Calling(Jolly Jones)では、このように、楽しげに、来月にやってくる仕合わせなクリスマスに対する大きな期待と希望が子供のような無邪気さで歌われています。


”音楽の演奏を聴きたい

踊り、笑い、揺れたい、

クリスマスの幸せな休日を過ごしたい”

 

 

Featured Track「Chrismas Calling(Jolly Jones) 

Norah Jones Official Visualizer
Listen On youtube:

 https://m.youtube.com/watch?v=0iFK2NiyvDg&feature=emb_imp_woyt


 

Norah Jones Offical HP

https://www.norahjones.com/