安藤裕子

 

 

安藤裕子さんは神奈川県出身のアーティスト。2002年に女優としてデビュー、「池袋ウェストゲートパーク」を始め、多くのドラマに出演。その他、映画、CM出演を始め、テレビ、ラジオ出演といった多才な経歴を持つ女優ですが、2003年から、ミュージシャン、シンガーソングライターとして活躍されています。 


2003年には1st minialbum「サリー」でデビュー、月桂冠のCMに「のうぜんかつら(リプライズ)」が起用され大きな話題を呼んでいます。

 

これまでの18年という長いキャリアで、十一作のアルバムを発表。多作なアーティストに数えられるでしょう。楽曲のソングライティング、作詞といったミュージシャンの基本的なクリエイションはもちろん、CDジャケット、グッズデザイン、メイク、スタイリングまで自身でこなされていらっしゃる点では、メジャーアーティストに属しながらもDIYの活動を行ってきています。


プロミュージシャンとしての活動と併せて女優としての活躍も目覚ましく、2014年には大泉洋主演の「ぶどうのなみだ」にてヒロイン役に抜擢され、女優としてデビュー後、初めて本格派の演技に挑戦しています。

 

2018年にはデビュー十五周年を記念し、初のセルフ・プロデュース作となる「ITALIAN」を発売。

 

2019年には、全国4箇所を巡るZeppツアーを開催する。 2020年8月26日にニューアルバム「Barometz」をリリース。収録曲の「一日の終わり」のMVをショートフィルム化した映画「ATEOTD」がイオンシネマ他で全国公開されています。

 

2021年には「安藤裕子 Billborad Live 2021」を開催。同年8月には「うきわー友達以上、不倫未満ー」のオープニング曲「ReadyReady」を配信。10月、表紙モデルと短編作品1作が収録された「コーヒーと短編」がミルブックスより刊行。同月29日公開の映画「そして、バトンは渡された」への出演も果たしています。


女優業と様々なメディアへの出演と多岐に渡る活躍をされている安藤裕子さんですが、アーティストとしての活躍にも期待していきたいところです。

 

 

 

 

「Kongtong Revcordings」 Pony Canyon Inc.

 

 

「Kongtong Recordings」2021
 

 

 

ご自身のHPの日記においては、”ねえやん”と名乗るシンガーソングライターの安藤裕子さん。研ナオコさんをリスペクトしていることでも有名なアーティストですが、2021年11月7日にポニーキャニオンから発売された「Kongtong Recordings」は、安藤裕子さんのどことなく音楽の渋い趣味を伺わせるアルバム作品であり、トリップホップ、ジャズ、チルアウトといった作風を自由自在にクロスオーバーしながら、独特な雰囲気を漂わせる聴き応え充分の傑作が誕生しています。

 

これまで初期の作品の「サリー」に見受けられるように、J−POPアーティストの王道を行くような音楽性を追究してきたシンガーソングライターの安藤裕子さんではありますが、今作「Kongtong Recordnigs」は旧来の作品とはまったく異なる質感をもった良作が生み出されています。

 

「Kongtong Recordings」と銘打たれた安藤裕子さんの十一作目となるスタジオ・アルバムは、ジャケットワークにしてもミステリアスな印象をもたらす作品、そのあたりは横溝正史のファンであるというのが少なからず影響しているかもしれません。「混沌した録音」という題名についは、世相をいくらか反映しているようなニュアンスも込められているように思え、音楽を介しての女性の憂鬱、あるいはアンニュイ、といった感情を「詩的なうた」という形で表現されているように思えます。また、曲調についてもこれまでのJPOPアーティストとしての延長線上にありながら、渋い質感によって彩られています。ときには、トリップホップやアシッド・ジャズの領域に入り込んでいるように思え、ソングライターとしての大きな才覚が発揮された作品ともいえるかもしれません。


特に、8曲目に収録「Toiki」はバラード曲として逸品です。素晴らしいソングライターとしての資質が発揮された作品といえ、このアンニュイな楽曲はポーティスヘッドの最初期の音楽性に近いアプローチが図られているような印象を受けます。つまり、イギリスのブリストルの電子音楽のサウンドを日本語に組み直し、J-popとして昇華している点に、このアーティストの真骨頂、音楽家としてのプライドが見いだされると言えるでしょう。


その他にも#5「恋を守って」また「僕を打つ雨」は懐深さを感じさせ、ソウルやR&Bに代表されるようなこころなしか夜の雰囲気を感じさせる楽曲、J-popとして聴いてもただならぬ深みの感じられる良曲といえるでしょう。

 

シンガーとしても最初期に比べ、アルバムのアートワークに因んでいうなら、いよいよ仮面をはぎとった!!といえるかもしれません。これまでよりもさらに深み渋みの感じられる秀逸なシンガーソングライターになってきているように思え、初期のフレッシュさに加え、歌手としての円熟味が活動18年目にして加わったという印象も受けます。また、これらの楽曲には洋楽の後追いではない歌謡曲に対する影響性もそこはかとなく見いだされることについても言及しておかなければならないでしょう。

 

「ReadyReady」といった比較的理解しやすい魅力的な作品も見受けられる一方、その他数多くの秀逸な本格派の楽曲が収録されています。消費のためではない、じっくりと長く楽しめる味わい深い作品。世界水準の資質を持った素晴らしい日本のミュージシャンです。 

 




  今月は、アデル、ブルーノ・マーズ 、カニエ・ウェスト、そして、グリーン・デイ、とセレブアーティストのリリースが目白押しだったという印象でした。

 

 年末にかけて、ライブツアーや様々なメディアに出演するであろう著名なアーティストは、きわめてツアーで忙しくなる年の暮れの前に、作品だけでもリリースしておきたい、という考えも見てとれなくもないわけです。

 

 もちろん、社会情勢を概観してみますと、ドイツでは感染者が増加し、今後、ヨーロッパ全体が規制に入るのか、もしくはそれに対して市民が頑強にそれを拒むのか、というのが現在のヨーロッパの社会情勢の争点となる部分でしょうか。もちろん、音楽産業、レコード産業として見れば、アーティストの作品というのは、ひとりで生み出せるわけではなく、多くの人達の協力によって成立しているわけで、その関わりのある人々みなが音楽産業の地盤を支えているわけです。

 

 レコード会社、レコードを生産する工場、そして、もっとミクロな視点で見れば、レコードを輸送する配送業者もまた音楽産業に少なからず関係しているわけです。これまでそういった事例が多くありましたが、仮にヨーロッパ、あるいはアメリカでサイドのロックダウン等の規制が行われれば、プレス生産や輸送が滞る恐れもあり、となれば、リリース自体がお流れになるケースもなくはないので、そういったことを見越して、社会的に落ち着いている時期になんとしてでも、先に自分の子のような作品を世に送り出しておきたい、というアーティストたちの熱い思いが読み取れるともいえるでしょう。

 

 もちろん、上記のようなアーティストの作品も素晴らしいですが、その他にも注目のシングル作品が今月数多くリリースされています。なぜ、そういったインディーと呼ばれる音楽を中心に紹介するのかといえば、必ずしも、売れている話題の作品が最良ではないというのを以前から音楽ファンとして考えているからです。もちろん、日本レコード大賞、イギリスのブリット・アワード、アメリカのグラミーを取れば、問答無用にその作品がすぐれていることの証となるわけではありません。それはあくまで評価の指針であり、人の数だけ答えが用意されているんだと思います。また、インディー、インディーとばかりこだわって、マニア的嗜好が行き過ぎた場合は、それはそれでせっかく大きく開き変えた世界を、内側にパタンと閉じてしまうという弊害もあるのです。

 

 私自身は、音楽を、消費のための手段とは考えておらず、その音楽を通し、ひとつの何かの大きな世界の扉を開く手がかりとなればいい、その契機を提供したいというふうに考えているのです。それは、人間関係かも知れず、また、自分自身の製作かもしれず、その他、なんらかの知への興味の入り口となる。音楽は人類の作り出した大いなる知の遺産であり、これまでそうであったように、それまで知らなかった何かを知るための大きな手助けのような働き、以前とは異なる視点を持つためのきっかけを授けてくれるのです。音楽は、仮想的な空間を通して実社会へとつながっていく、その人にとっての小さな世界を大きな世界へとシフトチェンジする重要な契機ともなりえるわけです。もちろん、他の芸術形態、文学や絵画、映画がそうであるように。

 

 他のレビューコーナーで扱いきれない中にも数えきれない魅力的な作品があります。紹介しきれないほどの多種多様な音楽がこの世には存在している。それは寧ろレビューを重ねるごとに、対比的に大きくなっていく感慨です。ここでシングル盤を網羅的に紹介していきたいと考えてますが、紹介の方法が正しいのかどうかについてはやはり自信がないです。なぜ、アルバムではなくて、シングルを率先して聴くべきなのかというと、シングル作というのは、ミュージシャンたちの試作の完成前の実験的な段階であり、このリリースを通して、アルバム製作の足がかりにしていく段階にあり、それは多くのファンにとって、ミュージシャンの実在に最も近づける瞬間でもあるからです。

 

 名作が誕生する前には、必ず、その萌芽というべきものが見られます。そして、私はかつて音楽制作に親しんだ人間としてその過程がどれほど重要なのか考えせられる部分があるのです。結果として出たものではなく、その過程にこそ最も素晴らしいドラマが存在するんだとも考えています。なぜなら、作品というのは聴くのは一瞬ですが、作るためには相当な時間を必要とし、その中には様々な人との関わりがあり、そして作り手の労苦が込められているのを実体験として知っているからです。

 

 アルバムという結果以前の過程を楽しむ、それこそがデジタル配信が主流になった時代でもシングルという形態が廃れない理由であり、そのアーティストのファンとして、シングルを聴きながら、「次はどんなアルバム作品がリリースされるのか!?」とワクワクした思いを馳せる、まるでレコードショップでレコードやCDを買って、家に帰るまでに、音を想像する際のあのワクワク感、ドキドキ感。それがシングル作を聴く際の音楽ファンとしての楽しみ方のひとつであるかなあと思うのです。

 



 

Green Day


オレンジ・カウンティのポップパンクシーンを牽引し、現在も世界を股にかけて大活躍を続けるセレブリティ、グリーン・デイという以外の紹介の仕方は難しいです。


さて、本作「Hithin' a Ride」は「BBC Live Session」の生演奏の模様を収めたシングル。これまでのグリーンデイの打ち立てててきたポップパンクの伝説というのは、過去の虚栄とはならず、現在も相変わらずのフックの聴いたリフを聴かせてくれています。

 

 いつまでも古びないド直球ロックンロールを奏でるのがグリーン・デイの魅力。それがBBCラジオのハイクオリティなPA機材によりさらに音の精細感がグレードアップ。ビリー・ジョーのカバーアルバム「No Fun Mondays」も傑作だったので、バンドとしての今後の活躍に期待していきましょう。 

 

 

 



 

Pinegrove 「Alaska」

 

 

 ニュージャージー州モントクレアで、エヴァン・ステファンズを中心に結成されたインディー・ロックバンド、パイングローヴ。

 

 エモというジャンルで語られる場合もありますが、その他にもアメリカンルーツ音楽からの影響が強く、懐深さの感じられるバンドです。今回、パイングローヴが11月にリリースした2曲収録の「Alaska」も、これまでの音楽性の延長線上にあり、アメリカの大自然を思わせるようなエモーションあふれる作品です。

 

 パイングローヴは、今まさに、正統派のアメリカン・ロックバンドとしての歩みを進めつつあるように思え、新作の二曲収録のシングルでは、爽やかで、青春味あふれるロックを楽しむことが出来ます。これまでのアメリカン・ロックの系譜を正当的に受け継いだ良質なロックバンド、2022年の1月28日にラフ・トレードから、六作目のアルバム作品「11:28 and more」のリリースが予定されていますのでファンは即予約!

 

 


 

 

 

 

Nils Frahm 「All Numbers End」

 

 

 

 ドイツ、ネオクラシカル界の至宝、ニルス・フラームの新作「Late」は「All Numbers End」に続いてリリースされた作品です

 

  2021年9月にF.S Blummとのコラボレーション作品「2×1=4」をドイツのLeitterからリリースした際のインタビューでは、これまでの自身のピアノ曲の作風について、「少々、ドイツ的でした」と揶揄的に語っていたニルス・フラーム。しかし、今作において伺えるのは、やはり、ニルス・フラームはこれまでの音楽性を変更する予定はないようです。

 

 ドイツのロマン派とジャズの中間性を保持した流麗なサウンドは、この二作でも健在です。バッハ、シューベルトといった、ドイツの古典派、ロマン派に属する音楽性を受け継いだ作品です、じっくりと噛みしめるように紡がれるピアノ曲は、およそなんらかの評言を付け加えること自体が無粋でしょう。


 日本の小瀬村晶、アイスランドのオーラヴル・アルノルズと共に、世界のネオクラシカルの最前線を行くニルス・フラームは、この最新の二作においてもずば抜けた才覚を見せています。 

 

 


 

 

 

Library Tapes 「Lullaby」

 

  

 ライブラリー・テープスはスウェーデン出身の電子音楽家、デイヴィット・ウェイグレンによるソロプロジェクト。ドイツを始め、ヨーロッパを活動拠点にしています。アンビエントやネオクラシカルに属するアーティストで、イギリスのチェロ奏者、ダニー・ノーバリーとの共作もリリースしています。

 

 透明感のある穏やかなピアノ音楽を数多くこれまで生み出してきている音楽家です。デイヴィット・ウェイグレンの音楽性は、日本の小瀬村晶にも似た上品な作風であるため、それほどこういったジャンルに馴染みが無い方でも安心して聴いていただける上、クラシックへの入り口ともなりえるでしょう。

 

 先月のシングル盤「Fall」に続いて、今月19日にリリースされた「Lullaby」 もこれまでのLibrary Tapesの音楽性を踏襲した作品で、落ち着いて繊細なピアノ曲といえます。それほどひねりの効いた音楽性ではありませんけれども、その奇をてらわない素直さがこのアーティストの魅力。シングル作「Lullaby」はオルゴールの音にも似たノスタルジアを感じさせてくれる一曲です。 

 

 

 

 


 

 

Caloline

 

 

 Carolineは、2020年にラフ・トレードとの契約に新たにサインしたロンドンを拠点の活動する8人組の再注目のロックバンド。

 

 これまで三作のシングル「IWR」「Dark Blue」「Skydiving onto the library loof」をラフ・トレードからリリースし、来年の2月25日、デビューアルバム「caroline」の発売が既にラフ・トレードから告知されています。キャロラインは、アメリカの山岳地方のフォーク音楽、アパラチア・フォークを基調とし、ギターアンビエントに比する奥行きのある心地よい重厚な音響空間を生み出しています。

 

 これまでにリリースされたシングル盤のアートワークに象徴されるように、大自然を思わせるような穏やかで、清涼感に満ち溢れた音楽。そして、実験性の高い作風を引っさげて、ロンドンのシーンに華々しく台頭しています。ラフ・トレードが大きな期待をもって送り出したキャロライン。

 

 今、まさしくロンドンのインディー・ミュージックシーンで再注目の8人組といっても過言ではありませんよ。

 

 

 

 

 

 


 

 

Sea Oleena 「Untethering」

 

 

 Sea Oleenaはカナダ、モントリオールを拠点に活動するシャーロット・オリーナとルーク・ロセスの兄妹プロジェクト。活動初期は、Bandcampを中心に活動しており、インディースタイルを貫きとおしているアーティスト。

 

 アンビエントやポストフォークに位置づけられる音楽で、どことなくメランコリアを感じさせる音楽性でありつつ、透明感の溢れる叙情的な傑作スタジオ・アルバムをこれまでに多く生み出しています。


 11月3日にCascineからリリースされた「Unthering」は、グルーパーにも喩えられるようなフォークとアンビエントを融合したSea Oleenaらしい作風。シンガーとしての存在感は凄まじく、浮遊感のある天使のような美しいシャーロット・オリーナの歌声が楽しめる一曲です。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Black Country New Road 「Bread Song」


 

 ブラック・カントリー・ニューロードは、英、ロンドンで結成された七人組のポスト・ロックバンド。ブラックミディと共に今最も国内で注目されている若きホープで、既に今年にリリースした「For the First Time」が大きな反響を呼んだことはコアなロックファンにとっては記憶に新しいことでしょう。

 

  今月2日発表された2曲入りのシングル「Bread Song」もこれまでと同様、Ninja Tuneからのリリース。これまでオーボエを始めとする木管楽器をバンドサウンドの中に緻密に取り入れ、多重的な構造を持つことから、スティーブ・ライヒの音楽がよく引き合いにだされているという印象。

 

 今シングル作において、ブラック・カントリー・ニューロードは、ポスト・ロックというよりもポストフォーク、さらにいうならポストトラディショナルとも称するべきアプローチを採っている。曲のテクニカルさではなく良さというのに重点を置いたオーケストラ音楽に近い独特な音楽性で、これからも既成のロック音楽に驚きをもたらすニューミュージックを生み出してくれそうな予感あり。 

 

 

 

 

 

 


 

Yumi Zouma 「Mona lisa」

 

 

 ユミ・ゾウマはNZ,クライストチャーチ出身の四人組シンセ・ポップバンド。これまで「In Camera」や「Persephone」といったおしゃれでスタイリッシュなポップサウンドを展開してきたバンドです。

 

今作は、ユミ・ゾウマのおしゃれなサウンドは維持しつつ、これまでのような弾けるようなポップ性ではなく、落ち着いてしっとりとしたシンセポップを展開。バンドの中心人物、クリスティーナ・シンプソンの生み出すセンス溢れるメロディセンス、軽やかなソングライティングの才覚はやはり「Mona lisa」でも健在。これからの注目したいNZの再注目の四人組ポップバンド。  

 


 

 

 

細野晴臣 「Sayonara America,Sayonara Nippon」


  

 今年のはじめにはNYのGramarcy Theater、LAのMayan Thaterのライブの模様を録音した「あめりか/Hosono Haruomi Live in us Tour」をリリースした細野晴臣さん。

 

 アメリカのインディー・ロック好きで知らぬ人はいないマック・デ・マルコとの共演を果たした「Honey Moon」では、日米の素敵なデュエットを披露し、ハルオミホソノ人気がこれからアメリカで急上昇しそうな予感。


 今作シングル「Sayonara America,Sayonara Nippon」は、ピアノ、マレットとアコースティックギターをはじめ、独特なパーカッシヴなアプローチを図ったこれまでの細野さんの音楽キャリア集大成ともいえる名作。

 

 シングル曲にもかかわらず、長い旅路をワイルドに歩くかのような物語性を感じさせる名ポップス。細野晴臣のこれまでの最高に美しい一曲として挙げておきたい。

 


 


 

 

 ベレー帽は、古今東西、様々な政治家、画家、もしくは、漫画家が好んで着用してきたファッションアイテムでもあります。

 

 このベレー帽を19世紀から工業的に行ってきたのが、スペインのバスク、それから、ピレネー山脈を跨いだ所にあるフランスのバスク地方です。

 

 

Lulhereの本社があるOloron-Saint-Marie

 

 

 フランスで最も古い歴史を持つLaulhereは、1840年に創業し、王室や世界各国の軍にメリノウールを使用したベレー帽を支給しています。これらのメーカーは19世紀頃から羊やアンゴラの毛を使用し、自社工場において、ベレー帽のハンドクラフト生産を行ってきた経緯があります。 

 

 

 このロレールというメーカーは、この地域で最も古い歴史をもち、フランスベレーという名称を一般に浸透させたメーカーでもあります。現在もベレー帽製作の一部は人の手で行われています。ファッションとしての高級感やクラシカルな雰囲気をもちながら、価格の相場は一万円前後から二万円ほどで、他の高級ブランドの帽子に比べると、お手軽にクラシカルファッションを現代的なシルエットの中に取り入れることが出来ます。かぶり方についても、他の帽子よりも遥かに豊富なバリエーションがあって、ファッションとしての自由性が極めて高い帽子に挙げられます。

 

 もちろん、性別を選ばず、カジュアル、フォーマル双方のファッションの中に取り入れると、華やかな印象を与えるのがこのベレー帽というアイテム。現代では、一般的なレディスファッション、あるいは、メンズファッションの一貫として取り入れられるようになったベレー帽。実は、この帽子はフランスに起源を持ち、非常に古い歴史を持つファッションアイテムでもあるのです。

 

 

 

ベレー帽の起源

 

 

 服飾の文化史としては、15世紀から16世紀にかけて、キリスト教の聖職者が身につけていた上に飾りのついた角帽、カトリックの司祭がかぶるビレッタという帽子がベレーの発祥とされています。しかし、実はそれよりも古い旧約聖書、ノアの方舟の章を描いた絵画の中にこのベレー帽が登場しています。世界の洪水から動物たちを救い出す際、ベレー帽のような帽子をかぶっているノアの姿が見いだされるのです。また、芸術絵画や彫刻にもこのベレーの原型であるビレッタは数多く描かれています。

 

Imposition of the bonete on a new doctor. Anonymous copy of a 17th century original.
University of Alcalá. Quote:https://www.liturgicalartsjournal.com/2020/10/saint-teresa-of-avilas-biretta-brief.html

 

 

 

 ベレー帽が服飾の最初の資料的証拠として登場するのが、聖書時代よりもさらに古い、青銅器時代にさかのぼります。

 

 西ヨーロッパ、とくに、イタリア、および、デンマークに現存する彫刻、絵画中に、ベレー帽が描かれているのが見いだされます。

 

 少なくとも、この西ヨーロッパという土地は、イタリアのサン・ジョルジョ・マジョーレ、サンタ・クローチェをはじめとする修道院建築、キリスト教文化が非常に盛んな土地であり、聖職者がこのベレー帽に似た帽子を服飾として取り入れていたかもしません。

 

 そして、これら紀元前に生み出された芸術彫刻や絵画の一群には、様々なベレーのヴァリエーションが見みだされるのだという。科学者が、この考古学的な証拠から算出した結果、ベレー帽の原型というのは、少なくとも紀元前400年頃の西ヨーロッパには存在しており、その後、13世紀にかけて様々な形に枝分かれしていったのです。

 

 この青銅器時代の絵画彫刻に歴史資料として登場する最初期のベレー帽は現在のような羊毛ではなく、フェルトが素材として使用されていました。




 ベレー帽の意義の拡張

 

 

 およそ16世紀から17世紀の間に、ベレー帽の原型であるフェルト帽は、聖職者から一般市民へファッションアイテムとして浸透していきます。このアイテムを最初に浸透させたのが芸術家たちでした。

 

 農民の芸術家をはじめとするどちらかといえば、バスク地方の貧困層の画家たちが、このフェルト帽を好んで着用していたようです。

 

 つまり、後に、ピカソがスペインのエロセギ社の生産するベレー帽を好んで被り、自らのファッションアイコンに見立てたのは、これら最初期の農村風景を描く画家たちへの深い敬愛がこめられれいたともいえるのです。

 

 


 

 当初、これらのバスクの画家たちの時代には、ベレーは工業生産されていませんでしたが、ごく一部のクラフトマンが手作業でベレー帽を製造していたものと思われます。

 

 この前の年代の14世紀から15世紀においてのバスク地方で、農村の風景をカンバスに描く画家たちがこのフェルト帽を愛用したのは、髪をまとめやすいという利点に加え、機能的にもすぐれ、悪天候の中でも耐久性があったからでしょう。ピレネー山脈地方の農村画家は、地形的に天候不順に見舞われやすい地域であり、ベレーの原型であるフェルト帽を雨風を凌ぐために着用していたともいえるわけです。この後、レンブラントがこのフェルト帽を愛用していたのは多くの人がご存じかと思われます。

 

 

Detail of Self-portrait at 34, with modified background to make rectangular. Oil on canvas, 1020 x 800mm (40 1/8 x 31 1/2"). Signed and dated bottom right: Rembrandt f. 1640; inscribed: Conterfeycel [Portrait]. The National Gallery, London. London only.


 

 画家に始まり、音楽家にも独特なファッションアイテムとして親しまれるようになったフェルト帽。

 

 芸術家たちのファッションアイテムとしての地位を獲得した後、フェルト帽にいくらかの権威性が付加されるようになったのは19世紀初頭頃です。

 

 特に、赤いフェルト帽は、赤という色彩における心理学、アジテーションやパッションを見る人の印象に与えるという一般的なイメージを想定してか、スペインの政治家、カルロス主義者の主導者、トーマス・ズマラカレグが政治家として最初に赤いフェルト帽をファッションの中に取り入れています。

 

 この年代から、フェルトーベレー帽は、画家や音楽家といった芸術家たちのファッションアイコンとしてのイメージから切り離されていき、それとは全く対極にある「政治における革命の象徴」であったり、「軍隊における権威性、統率性の象徴」としての異なる意味合いを持つようになっていきます。

 

 特に、その「扇動性」という意義を持ち、これらのイメージを定着させる役割を担ったのが上記の赤いフェルト帽でした。

 

 この後の年代において、各国の軍用のファッション、軍用の制服として取り入れられたり、キューバの革命家チェ・ゲバラがベレーを着用してみたことでも分かる通り、

 

アメリカの爆撃で沈没した貨物船「ラ・クブル号」の犠牲者追悼行進に参加するカストロ(左端)とゲバラ(右から2人目、背広服の人物の向かって右側)

 

 フェルト・ベレー、また、フラットハットというアイテムに、これまでには見受けられなかった概念が加えられ、「ベレー=権威性、革命性」というイメージが徐々に定着していくようになるのです。この過程において、それまでのフェルト帽やフラットハットと呼ばれるものから、「ベレー帽」と名付けられたのは1835年のこと。その後、スペインのエロセギ、フランスのロレールとベレー帽の製造を専門とするメーカーが誕生し、ペレーの工業生産の歴史が始まり、ピレネー山脈を跨いでのバスクベレーは、スペイン、フランスの両地域の名産品として認知されていくようになります。



ファッションとしての確立

 

 

  レンブラントをはじめとする芸術家の権威性、チェ・ゲバラといった政治家の革命性、それから軍隊の統率性というそれぞれ異なるイメージを引き立てるために数多くの人々に愛用されたベレー帽。

 

 いよいよ、20世紀に入ると、ファッション性の意味合いが強まり、一般の人々のファッションにも取りいれられるようになりました。

 

 1920年、バスク原産のベレーはフランスのパリのファッション界を席巻し、パリの人々の象徴的な服装として組み込まれていった後は、絵画的なイメージを与えるファッションとして様々な分野でこの帽子が取り入れられ、ファッション界にとどまらず、映画界にもこのベレー帽が印象的なシーンで数多く使用されていくようになります。

 

とりわけ、1950年代のフランス映画「禁じられた遊び」において、神父がバスクベレーを着用し、この映画の象徴的なイメージを形作っています。さらには、1960年代のフランス映画界でニューウェイブが誕生した際、このベレー帽は映画そのものと分かちがたく結びついていて、ムービースター、カトリーヌ・ドヌーヴが愛用し、パリの街なかの人々がこれらの銀幕スターに憧れ、市井の人々がこぞってベレーを着用するようになったのは想像には難くないといえます。

 

 また、後にはファッションデザイナー、ココ・シャネルがフランスのロレールを好んで愛用していたのは有名な話です。

 

 



 

 特に、シャネルの生み出した概念、女性的なファッションの最高峰=ベレー帽というスタイルは、富裕層ではなく、一般的な人々に対するファッションの重要性を常に訴え続けてきたココ・シャネルらしいスタンスといえ、富裕層だけではなく一般的な人々にこの帽子をかぶる門戸を開いてみせたといえます。少なくとも、ココ・シャネルがベレー帽に対して、それまでより強いファッションという概念を与えたことについては疑いはないはずです。

 

 かつてジェームス・ディーンが映画「理由なき反抗」でTシャツを着、アメリカの市民に一般的にカットソーを普及させたのと同様、フランスの映画界のスター、ファッションスターがバスクベレーを服飾中に魅力的に取り入れたことにより、一部の限られた人々だけにとどまらず一般的な人々にベレー帽の見かけの素晴らしさを普及させることに成功し、中でも女性に対して、ベレー帽というアイテムをファッションにおける「憧れ」というイメージを定着させたといっても過言ではないのです。創業当初からのハンドクラフトのベレー製作専門ブランドとしての誇り、それは現在も、ロレールという老舗ブランドの重要なブランドカラーとして継承されています。

 

 

 Lulhere Offical HP


 https://www.laulhere-france.com/fr/

 

 

 

 

 




 

Lightning Bug

 

Lightning Bug

ライトニング・バグは、Audrey Kang、Kevin Copeland,Logan Mmiley、Ddane Hhagen、Vincent Pueloによって、NYで結成されたインディー・ロックバンドです。

 

結成当初は3ピース形態でバンド活動を行っていましたが、Ddane Hhagen、Vincent Puelo、が加入し、現在は五人編成となっています。

 

2015年、自主製作盤の「Floaters」を発表した後、これまでDinosaur.Jrや坂本慎太郎といったオルタナの大御所の作品リリースを行っているミシガンのインディー・レーベル"Fat Possum Records"と契約し、実質上のデビュー・アルバム「October Song」を発表。2021年には、同レーベルから二作目「A Color of the Sky」をリリースしています。

 

ライトニング・バグの陶酔感に満ち溢れた耳触りのよい音楽性を形作しているのは、フロントマンを努めるAudrey Kangの清涼感のあるボーカル、そして、温かく包み込むような質感を持ったポップセンスに尽きるでしょう。バンドサウンドの風味は、シューゲイザー、ドリーム・ポップの中間点に位置し、不可思議な幻想性がほのかに漂う。

 

特に、2015年に発表された自主製作「Floaters」は、2010年代のインディー・ロックの隠れた名盤の1つとして挙げておきたい作品です。

 

ライトニング・バグの主要な音響世界を構築するAudrei Kangは、既にリリースされた三作のスタジオアルバムにおいて独特な世界観を構築しており、同郷NYの日本人ボーカル"ユキ"の在籍するAsobi Seksuに近い、幻想的な質感をもったドリーム・ポップ・ワールドが展開され、そのサウンドの美しさというのは、バンド名に象徴されるように、宵闇のかなたに幻想的に漂う、夏のホタルの淡い瞬きにもたとえられます。

 

今後、アメリカのインディー・ロックシーンで脚光を浴びそうなキラリと光るセンスを持ったバンドです。

 

 

 

・「Floaters」 2015 1070382 Records DK2


Tracklist:

 

1.Lullaby No.2

2.Bobby

3.11 but not any more

4.Garden Path Song

5.Gaslit

6.The Sparrow

7.A Sunlit Room

8.Labyrinth Song

9.Luminous Veil

10.Real Love

 

 

 

ライトニング・バグの自主製作アルバムとなる「Floaters」。  この作品では荒削りながらもこのバンドの後の才覚の萌芽が見いだされます。後二作のアルバムと比べると、ドリーム・ポップというより、シューゲイザーの雰囲気が強く、Ride、苛烈なディストーションサウンドが鮮烈な印象を放っています。

 

しかし、 近年のこれらのジャンルに属するバンドと明確な違いが見いだされ、その独自性がこのバンドの印象を強固にしている。この作品で提示されるインディー・ロックサウンドは、刺々しいシューゲイザーサウンドでなく、温かく包み込むような労りをもったいわば癒やしのロックサウンド。1990年代に活躍した、アメリカの幻の伝説的ドリーム・ポップバンド、Alison's Haloに比する奇妙な温みを漂わせるものがあります。

 

もちろん、この作品「Floaters」の魅力はそういったシューゲイズサウンドにとどまらず、「The Sparrow」に代表されるクラシックピアノを使用した古典音楽、ロマン派の音楽への憧憬。「A Sunlit Room」に見受けられる電子音楽のアプローチを交えた新世代サウンドの追究性にあり。時代性を失ったようなサウンドの雰囲気は、聞き手にノスタルジアを与えてくれるはずです。 

 

 

 


・「October Song」2019 Fat Possum Records 


 

Tracklist:

 

1.(intro)

2.The Lotus Eaters

3.Vision Steps

4.The Luminous Plane

5.The Roundness of Days

6.The Root

7.I Looked Too long

8.September songs

9.Octorber Songs Pert.Ⅱ

 

 

 

ファット・ポッサム・レコードとの契約した後に発表されたデビュー作。前作に引き続きライトニングバグの主要な音楽的な骨格ともいえる、インディー・フォーク、シューゲイザー、テクノポップの3つの要素がより、強い色彩となって表れ出たかのような雰囲気も見受けられます。

 

今作において、Audrey Kangは、前作の音楽的な情景をなぞらえたわけでなく、ここで新たな情景をときには真実味を持って、ときには幻想性を携えて音楽という空白のキャンバスに異なるシーンを描き出しています。

 

その「音の絵」とも呼ぶべきニュアンスは、ポートランドを拠点に活動していたGrouperのインディーフォーク性に近い、暗鬱なアトモスフェールによって彩られている。それはリズ・ハリスの描き出すようなアンビエントドローンのもつアヴァンギャルド性に接近していく場合もある。

 

けれども、ライトニンバグは、今作品において、危うい寸前で踵を返すと称するべき絶妙なサウンドアプローチを図っていることに注目したい。グルーパーのような、完全なダークさにまみれることを自身の生み出す音楽性に許容するのかといえば誇張になってしまう。


この作品において、ライトニング・バグが描き出す音響世界は、徹底して幻想的な世界観でありながら、最初期の作品「Floaters」で、Audrey Kangが構築した陶酔的な恍惚、美麗な叙情性に彩られています。

 

その質感は、グルーパーのリズ・ハリスの描き出す情景とは全く対極に位置する。五、六曲目で、アンビエントドローンに近い曲調が一旦最高の盛り上がりを迎えた後、八曲目の「September Rain」では、嵩じた曲調に一種の鎮静が与えられ、アルバムの世界の持つ世界も密やかに幕を徐々に閉じていく。

 

今作品は、ギター・ロックの音響的な拡張性を試みた実験的作品ですが、そこまでの気難しさはなく、初めてこの作品に触れたとしても、何らかの親近感を見出してもらえるはずです。

 

 

・「A Color of the Sky」 2021 Fat Possum Records  

 

Tracklist:

1.The Return

2.The Right Thing Hard To Do

3.Spetember Song pt.Ⅱ

4.Wings Of Desire

5.The Chase

6.Songs Of The Bell

7.I Lie Awake

8.Reprise

9.A Color Of The Sky

10. The Flash

 

 

 現時点のライトニング・バグの最高傑作といえるのが、通算三作目となるアルバム「Color of the Sky」です。この作品も前作と同じくファットポッサムレコードから発表された作品です。

 

この作品は、アルバムアートワークに描かれた美しい青空に架かる虹が、実際の音のニュアンスの全てを言い表しているといえるかもしれません。前作の暗鬱さとは打って変わり、ぱっと雨模様の空が晴れわたったかのような清々しさに彩られ、何か、聴くだけで気持ちが晴れ渡るような楽曲が多く収録。また、音楽性の観点から言うなら、上記二作品に比べ、シューゲイザーサウンド、苛烈なギターロックサウンドの雰囲気は薄れそれとは正反対の流麗なドリーム・ポップサウンドをこの作品において、ライトニング・バグは完全に確立しています。


注目したいのが、Audrey Kangの歌唱法が美しくなったことです。Kangのヴォーカルは、大きく腕に包み込むかのような温かさが満ち溢れています。これを母性的な愛情と称するべきなのかは微妙なところですが、それに比する神々しい慈しみのような声質が上記二作に比べると、顕著に滲み出ている。


そこには、もちろん、ローファイ寄りのギターサウンド、まったりしたドラミングというこれまでのバンドサウンドが円熟味を醸し出したこと、それから、今作から、メロトロンやストリングスが導入された点が、ライトニング・バグの音楽に新鮮味を加え、さらに説得力あふれるものたらしめている主だった要因なのでしょう。

 

最初期からのインディー・ロックバンドとしての矜持を持ち合わせつつ、マニアックさという慰めに逃げ込まないのが見事です。ビートルズの後期のアートポップ性に近い質感をもった楽曲「The Return」、それから、何となく、穏やか〜な気持ちにさせてくれる「The Right Thing Is Hard To Do」といった楽曲は聞き逃がせませんよ。


また、表題曲「The Color of the Sky」において、既存の作品にはなかったストーリー性が加味されていることにも着目しておきたい。聴いていると、心がスッと澄み渡るような美しさに満ち溢れた作品。ドリーム・ポップやシューゲイズ、インディー・ロックファンは、是非とも聴いてもらいたい傑作の1つです。

 

 

 



・「Waterloo Sunset」 2020 Fat Possum Records


 

 

シングル盤についても、一作紹介しておきましょう。 2020年、ファット・ポッサムからリリースされた作品「Waterloo Sunset」は上記の最新作「A Color of the Sky」の呼び水となった楽曲で、美しい情景を目に思い浮かばさせるような傑作です。

 

昔の名歌謡を彷彿とさせるインディー・フォークの楽曲で、淡い哀愁やノスタルジアを感じさせてくれるでしょう。

 

ヒーリング・ミュージックではないのに、癒やし効果抜群。Audrey Kangの美しい包み込むような自然な歌声が魅力、悠久の時の果てに迷い込むかのような美しさに癒やされます。



  



 タイの首都、バンコクでは、近年、インディーズ音楽シーンがとても盛り上がりを見せているようです。

 

 バンコクの周辺にはPanda Redcordsを中心として数多くのレコードショップやインディーのラジオ局が散在し、街なかの、デパート、レストラン、バーといった場所では、ミュージシャンにイベントスペースを提供し、食事をしながら生演奏が楽しめるそうです。

 

 もちろん、これは、2019年までの話であると断っておかなくては。Covid-19が発生してからというもの、この音楽イベントに接するが少なくなってしまったようですが、アジア圏の中でも、再注目の音楽シーンが形成され、音楽文化が都市に浸透しつつあるのは事実のようです。

 

 特に、昨今のタイのインディーズシーンで盛んなのが、日本のシティ・ポップに影響を受けたおしゃれなシンセ・ポップです。以前の日本の音楽は、アメリカのLAだけでなく、タイでもホットな音楽として親しまれていることを誇りに思います。

 

 これらのバンコクのインディー・ロックバンドは、世界の音楽として通用しそうなものも数多く見受けられます。また、その他にも、ドリームポップ、シューゲイズバンドもいくつか台頭してきているようですよ。


 今回は、タイのバンコクを中心とするミュージックシーンから魅力的なグループを幾つか取り上げていきます。

 

 これらのタイのバンドの歌詞は、母国語のタイ語で歌われているもの、英語で歌われているものと様々。とにかく、タイでは今、日本の平成時代初期のムーブメントのような雰囲気を持った音楽が盛り上がりを見せています。以下のグループの音楽には多彩な音楽性を発見でき、タイらしい、まったりとした、そして、とってもおしゃれな雰囲気を楽しんでいただけるはずです。





1.Inspirative

 

 

タイの伝説的な後人組のポスト・ロックバンド。2006年にNoppanan Panicharoen を中心に結成され、2008年に現メンバー構成となる。2007年に、Fina Kid Groupと契約を結び、二曲入りのシングル「The Lost Moment」をリリースしてデビュー。 2019年、来日ツアーを行っています。

 

緻密な曲構成、静寂と轟音、そして、エモーショナルなロックサウンドは、モグワイ、GY!BE, MONOのような大御所の風格が漂う。重厚感のあるギターサウンドは圧巻で、ギター音楽としての壮大なハーモニー、ストーリを形成している。タイのインディーシーンを代表するポスト・ロックの重鎮です。 

 

 

 



2.temp.

 

temp.もまた2019年に日本来日ツアーを行っている男性四人組のグループ。アイドルグループのような方向性を擁したトロピカルポップサウンド。ライブでは女性ヴォーカリストを招いて、おしゃれなポップバンドに様変わりを果たす。

 

このポップスグループの音楽は、まさに平成時代の渋谷系ポップスを継承した、おしゃれでリズミカルな雰囲気によってカラフルさにより彩られています。

 

ライブ演奏においては、ホーンセクションを交え、ダンス要素の強いノリノリの音楽性が生み出されてます。ライブ演奏はメンバーが心のそこから音楽を楽しんでいます。こちらもその楽しさに魅了されてしまうバンドです。 

 

 





3.Beagle Hug

 

こちらもタイ、バンコクで結成された四人組のエクスペリメンタルポップバンド。AOR,シティポップを始め、R&Bを交えた実験的な音楽性を、これまでの作品で生み出しています。国内では「โชคดีーチョークディ」という作品でブレイクを果たしたバンド。知的なサウンドアプローチの感じられるポップスで、タイ語という一般的には聞き慣れない言語に親しみをおぼえさせてくれるサウンドです。

 

 

 

 

 

4.Yokee Playboy

 

あまり情報がないバンドですが、タイ、バンコクで結成された四人組グループ。 映像を見る限りでは、非常にバンコクで凄まじい人気を博すバンドのようです。

 

Yokee Playboyは、ポップ、ファンク、R&Bを融合させたサウンドで、ピチカート・ファイヴ直系のおしゃれで洗練された音楽性です。口当たりの良いシャンパンを口にするような甘酸っぱいサウンドで、なんとなく、平成時代のポップスの影響性を感じさせ、そこにタイ語という面白い響きのある言語をうまく融和させたといえるでしょう。聴いているとうっとりするようなサウンドで、全く馴染みのない言語であるにもかかわらず、ノスタルジアを感じさせてくれます。


 

 

 

 

 

5.Plastic Plastic 

 

 

Pokpong Jitdee、Tongta Jitdeeという実の兄妹によって結成された宅録サンシャインポップデュオ。

 

サンシャイン・ポップという名に違わず、明るくフレッシュで親しみやすい音楽性が魅力です。それほど肩肘をはらない、まったりとした音楽という点では、他のバンコクのバンドと同じ特徴を持っています。 

 

これまでタイ国内の「Believe Records」に所属していましたが、現在は自主レーベルから作品リリースを行っています。She Is Sumerの楽曲の編曲を担当していて日本との音楽シーンとも少なからずの関わりを持っています。 実際のサウンドは聴いてわかるとおり、ものすごーくおしゃれです。



 

Photo:エミリー・ラムハーター
 

イギリスの電子音楽、アンビエントを専門にリリースする"Erased Tapes"はTwitter公式アカウント上で、RoedeliusとTim Storyの新しいアルバム作品「4 Hands」の発表を11月17日にアナウンスしました。

 

ドイツ、ベルリンを活動拠点を置き、「kosimiche」と称される、クラスター、ハーモニアグループの創始者でもあるハンス・ヨアキム・ロエデリウス。そして、アメリカのピアノ、シンセサイザー、テープループを使用し、前衛的な電子音楽を生み出しているティム・ストーリーという秀逸な現代音楽家の二人が今回初めて、ピアノ音楽の共作アルバムの製作に取りかかりました。

 

今回、ドイツ、グラムフォンを中心に作品リリースを行ってきたロエデリウスが、今回、新たにティム・ストーリーとの共同制作「4 Hands」 の製作に際して、新たにErased Tapesとの契約に署名を行いました。アルバムの先行リリースとしてシングル作品「Spirit Clock」が発表されております。

 

この作品「Spirit Clock」は、ロエデリウスがアメリカのティム・ストーリーの自宅を訪れ、ティム・ストーリーが録音した短い練習曲、エチュードを聴き、それをロエデリウスが実際に演奏することで曲が組み立てられていきました。ティム・ストーリーは、ロエデリウスのピアノ演奏に構造性を与え、彼の演奏に異なる時間性、異なる空間性を徐々に追加していきました。

 

 レコーディング・エンジニアは、Erased Tapesの創始者であるRobert Rathが直々に務めており、このシングル曲「Spirit Clock」について、以下のように話しています。

 

ハンスとティムが共に音楽を作る際には、いつでも、強いエネルギーが生じる。異なる時間に同じマシンを介して4つの手が交差し、形而上学の交差点が生じる。この作品は、非常に技術的でありながら、また、精神的なものでもあり、私を魅了してやまない。



 ここで、ドイツとアメリカの気鋭の現代音楽家は、二人のプレーヤーが2つのピアノを介して異なる時間において音楽における対話を繰り広げ、ひとつの答えのようなものが綿密に導かれているようにも思えます。

 

 それぞれ、国籍の異なる二人の電子音楽家は、自らの話す言語、ドイツ語、英語ではなく、ピアノという88もの多才な声、ひとつの高らかな言語を通じて、美しい言語を新たに紡ぎ出していると結論づけられるかもしれません。

 

 アンビエントシーンで著名な音楽家、ハンス・ヨアキム・ロエデリウス、ティム・ストーリーの新作アルバム「4 Hands」は、2022年の1月29日にLP,CD,デジタルの3形式で発売予定となります。



 

Beach Fossils

 

 

ビーチ・フォッシルズは、ダスティン・ペイザーを中心に2009年にニューヨークのブルックリンで結成。

 

2010年代からブルックリンを中心に発生したインディー・ロックリバイバルムーブメントをCaptured Tracksに所属する、Wild Nothing、DIIV,Mac De Marcoと牽引してきたニューヨークの最重要バンドです。

 

元々、このバンドの発起人、ダスティンペイザーはノースカロライナ州のコミュニティ・カレッジで短期間を過ごした後、ニューヨークに移住し、ソロ活動の延長線上でこのビーチ・フォッシルズを2009年に結成しています。

 

同年、ベーシストのジョン・ペーニャ、ギタリストのクリストファー・パーク、次いで、ドラムのザカリー・コール・スミス(後に脱退し、DIIVを結成)が加入し、はじめてバンドとしての体制が整います。


 同年、ニューヨークのインディーレーベル”Captured Tracks"と契約、シングル「Daydream/Desert Sand」、デビュー・アルバム「 Beach Fossils」をリリース。サーフロックをローファイの風味を交え再現させたようなサウンドでインディーシーンで若者を中心に好評を博し、Wild Nothingと共に、シューゲイズ・リバイバルバンドの旗手として、2010年代のニューヨークのインディーシーンの代名詞的存在となります。翌年、ミニアルバム形式の「What A Pleasure」を発表。今作品の多くの楽曲は、ダスティン・ペイザーの長年の盟友、Wild Nothingのジャック・テイタムとの深夜のセッションから生み出されています。


2010年から、ビーチ・フォッシルズは、ニューヨークでのライブ活動に加え、アメリカでのツアーを行うようになりますが、この時期、メンバーチェンジを頻繁に繰り返しており、12回のドラマーの変更、ギタリストも三度変更を繰り返し、バンドサウンドについて様々な試行錯誤を重ね、バンド活動としては流動的な時期を過ごしています。最終的には、トミー・デビッドソン、トミー・ガードナーがバンドに加わり、ビーチ・フォッシルズの大凡の体制が整うことになります。


2013年、ビーチ・フォッシルズは「Clash The Truth」をリリース。Wild Nothingのジャック・テイタムがレコーディングに参加したほか、ニューヨークのインディーシーンで著名なロックバンド、Blonde Redheadの牧野カズが「In Vertigo」でゲストヴォーカルをつとめたことでも大きな話題を呼び、パンク・ロックサウンドとドリーム・ポップサウンドを融合させたサウンドで、日本においても、このロックバンドの名がコアな音楽ファンの間で知られていくようになりました。

 

2015年、ビーチフォッシルズは、これまで全ての作品をリリースしてきた”Captured Tracks”を離れ、ダスティン・ペイザーの妻、ケイティ・ガルシアが新たに設立したインディーズレーベル”Bayonet  Records”に移籍しています。

 

Forbes誌のインタビューにおいて、どのようにダスティン・ペイザーと出会ったのか、及び、新しいレコード・レーベルの設立の経緯について尋ねられた”Bayonet  Records”のオーナー、ケイティ・ガルシアは、「キャプチャード・トラックスで自身がインターンに来てていたときに、ダスティン・ペイザーがビーチ・フォッシルズの7インチレコードを探しに来ていた際、社屋で出会ってから、数日後のデートで四年早送りして結婚したこと、また、その延長線上にインディーレーベルの設立があった」。


さらに、バヨネットレコードの掲げる理念については、「Stones Throw、ROUGH TRADEといった歴史のあるインディペンデント・レーベルの運営に触発されている」とインタビューで語っています。(後に、これまでのCaptured Trackesからリリースされたビーチ・フォッシルズのカタログのライセンスは、ケイティ・ガルシアの主宰するバヨネットレコードに移っている)

 

2016年、ビーチ・フォッシルズは、Fooxygenのフロントマン、ジョナサン・ラドをプロデューサーとして迎え入れ、作品「Somersault」のレコーディング作業に入りました。これまでのスタジオアルバムの楽曲を手掛けてきたダスティン・ペイザーは、このレコーディングに際し、初めて他のバンドメンバーにソングライティングを委ねています。主にベーシストのジャック・ドイルスミス、初期からのギタリストとして参加してきたトミー・デイビッドソンがアルバム製作に大きな影響を及ぼした作品。

 

表題曲「Somersault」を始め、これまでにはなかった、ピアノ、チェンバロ、フルート、サックスといった楽器が取り入れられ、クラブミュージック、ジャズ、クラシックをクロスオーバーした新境地を「Somersault」でビーチ・フォッシルズは開拓しています。

 

 

 

 

「The Other Side Of Life:Piano Ballad」 2021  Bayonet Records

 



 

 

 

 Tracklisting

 

1.This Year(Piano)

2.May 1st(Piano)

3.Sleep (Piano)

4.What a Plaesure(Piano)

5.Adversity(Piano)

6.Down The Line(Piano)

7.Youth(Piano)

8.That's All For Now(Piano)

 

 

 

「This Year」

Listen on:Youtube

 

 

https://youtu.be/od79W1xkNfE 




 

 

今週のおすすめの一枚として紹介させていただくのは、昨日、11月19日にリリースされたばかりの作品。ビーチ・フォッシルズのこれまでの楽曲のセルフアレンジカバー「The Other Side Of Life:Piano Ballad」となります。

 

これらのジャズアレンジカバーは、このバンドのフロントマン、ダスティン・ペイザーと元はドラマーとして、2011年から2016年にかけて、ビーチ・フォッシルズのバンドサウンドのダイナミクス性をもたらしていたトミー・ガードナー(現在は中国に移住)によって、二人三脚で真摯に取り組まれたジャズアレンジ作品です。

 

アルバムタイトルの「The Other Side Of Life」は、前作「Somersault」に収録されている名曲「This Year」に因んでいます。


この作品は、2020年のNYのロックダウンの最中にレコーディングが開始されました。フロントマンのダスティン・ペイザーがかつてのバンドメンバーのトミー・ガードナーに連絡を取り、ペイザーがガードナーの演奏を聴いたとき、彼はこの親友の持つジャズの類まれな才覚に驚き、すぐさま「What A Presure」「Clash The Truth」「Somersault」というこれまでのビーチ・フォッシルズのスタジオアルバムなから曲を選び、ジャズアレンジメントにとりかかることになりました。

 

この作品「The Other Side Of Life」が時代性とはまったく距離を置いており、マイルス、コルトレーンがコロンビアのレコーディングスタジオで伝説的な録音を行った時代に立ち返ったようなサウンドの雰囲気を感じるのは、他でもなく、ビーチ・フォッシルズの二人の盟友がNYという都市の持つ文化性に対する深い愛着をもち、その誇りを現代人として後に引き継ぐ考えがあったからと思われます。


また、この時代において時代性を感じさせない音楽が生まれていることについては、日常の異常な出来事の連続に対する戸惑い、また、次の作品が出せるかどうかもわからない状況において、こういった時間という概念を失ったかのような、例えるなら、時空をあてどなく彷徨うかのような雰囲気を持った独特な作品が生みだされた理由であるように思えます。

 

フロントマンのダスティン・ペイザーは、この作品をトミー・ガードナーと取り組むに当たって、旧友のジャズのアレンジメントを尊重しつつ「これまでのビーチ・フォッシルズのヴォーカリストとしての歌い方、音楽性のスタイルを変えるつもりはなかった」と語っています。


推測するに、ダスティン・ペイザーがこのようなことを語ったのは他でもなく、人生の異なる側面と題された作品を、旧時代に立ち返ったかのようなニューヨークジャズとして捉えつつ、そこに現代人としてのプライドのようなものを、前の時代のニューヨークの文化性に加えて伝えたかった。今、自分たちが現在に生きていることの証しを音楽という表現を介して伝えたかったのだろうと思われます。

 

もちろん、ひとつの作品として聴いた上では、ジャズとして極上の逸品がこの作品には幾つか見られます。トミー・ガードナーのジュリアード音楽院の卒業生というキャリアによる多才な才覚が遺憾なく発揮されており、ピアノ、サックス、ベースの美麗な演奏により、ダスティン・ペイザーのアンニュイなヴォーカルをこの上なくゴージャズに引き立て、既存の発表曲にジャズという新鮮な息吹を吹き込んでみせた傑作といえるでしょう。


勿論、そういった表面上におけるジャズの楽曲としての完成度の高さもさることながら、この作品を聴いて感じるのは、表向きの曲の印象を遥かに上回る二人の製作者の深い人間味あふれる高い感慨が込められていることもまた事実といえるでしょう。

 

それは、どんなものかを端的に述べるのはとても難しいようです。しかし、それは音楽という得難い表現芸術の一番の魅力でもあるはず。例えば、ドビュッシーは、「言葉が尽きたときに音楽がはじまる」という、エスプリの効いたおしゃれな名言を残していますが、その言葉はこの作品にも充分適用出来るはず。かつて、共に、ビーチ・フォッシルズのバンドメンバーとして活動してきた二人の温かな時空を越えた友情と喩えるべきもの。それが音楽という淡い感情表現として克明に描かれていることが、今作の素晴らしさといえそうです。


しかし、否定しておきたいのは、これは美談などではなく、時空を越えた、眼前の困難をもろともしない何かがこの世には実在するということ。それは、何らかの目に映る現象よりもはるかに美しくて、なおかつとても力強いものだということ、そのことを、ビーチ・フォッシルズの秀逸なジャズアレンジを聴くにつけはっきりと感じていただけるはずです。