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サウスロンドン発、Dub Step

 

2000年、英国のアンダーグラウンドミュージックシーンでは、一体、何が起きていたか?

 

ダブステップは、九十年代後半にサウスロンドンのクラブミュージックとして誕生し、今日まで根強い人気を誇る音楽ジャンルだ。現在では、英国だけではなく、米国でも人気のあるジャンルといえる。

 

元、この音楽は、UKグライム、2ステップ、というサンプリングを多用したジャンルの流れを引き継いでいる。ダブステップのBPM(テンポ)は、基本的に140前後といわれ、ジャングル、あるいは、ブレイクビーツをはじめとするシンコペーションを多用した複雑で不規則なリズム性を持っている。ときに、そのリズム性が希薄となり、アンビエント・ドローン寄りのアプローチに踏み入れていく場合もある。一般的には、ダブステップという音楽の発祥は、2 Steps recordsのコンピレーションのB面に収録されていたダブリミックスが元祖であると言われている。*1 

 

これも、コカ・コーラという飲料が、最初は、薬品開発をしていた際に誤ってその原型が偶然発明されたのと同じように、このダブステップという音楽も、アーティストがサンプリングやリミックスを行っていた際、誤って、グライム寄りの音楽が作られた、つまり、偶然の産物であるといえる。このエピソードは、ダブという音楽にも近い雰囲気があり、元々、このダブというのも、リントン・クェシ・ジョンソン、マッド・プロフェッサー、リー・”スクラッチ”・ペリーが、元あるサンプリングネタをダビングし、それをトラックとして繋ぎ合わせることにより、ジャマイカ発祥のレゲエ/スカの影響下にある独特なブレイクビーツに似たクラブミュージックを発明したのと同じようなもの。そして、これは概して、英国を中心にして発展していったジャンルで、アメリカのヒップホップとは異なるイギリス流のサンプリング音楽ともいえる。 

 

2000年代に入り、ロンドン南部のクロイドンにある、レコードショップ”Big Apple records”(Gary Hughes とSteve Robersonによって設立)を中心として、ダブステップのアンダーグラウンドシーンが徐々に形成されていく。*2   




                     

当初、このダブステップ音楽を、一般的に英国全土に普及させていったのは、海賊ラジオ局であるらしい。そのため、特異なデンジャラスな匂いを持った、英エレクトロ、クラブミュージック界隈で”最もコアな”クラブ音楽の一つになっていく。その後、UKの有名音楽雑誌「Wire」が2002年になって、このダブステップというジャンルを紙面で紹介したことにより、一般的な認知度はより高まる。それに引き続いて、BBCのラジオ番組でも、このダブステップを扱うスペシャルコーナーが設けられたことにより、俄然、この周辺の音楽シーンは活気づいて来た。

 

2021年の現時点で、このダブステップは、かなり広範なジャンルの定義づけがなされるようになっている。

 

中には、オーバーグラウンドミュージック寄りの比較的ポピュラーなクラブミュージックもあり、その界隈のアーティストを紹介するサイトは多いものの、このダブステップというジャンルの本質は、サンプリングやヒップホップのターンテーブルのスクラッチに似た手法にあるともいえるが、あくまで私見として述べておきたいのは、往年のブリクストルのクラブシーンのサウンド、どことなく、ダークで、アングラであり、ロンドンの都会的な退廃の雰囲気を持ったマニアむけの音楽性こそ、この音楽のオリジナルのダブと異なる魅力といえるかもしれない。 

 

もちろん、ベースラインが、エレクトロよりも強調されたり、サンプリングをトラックに施したり、シンコペーションを多用し、リズムを徐々に後ろにずらしていくような特殊な技法も、この音楽の重要な要素といえるものの、やはり、マッシヴ・アタックや、トリッキー、ポーティス・ヘッドに代表されるロンドン、ブリストル界隈のクラブでしか聴くことの出来ない、ダークで、アンニュイ、そしてまた、危なげなアトモスフェールに満ち、不気味な前衛性が、このダブステップという音楽には不可欠である。つまり、近年のオーバーグラウンドのロックミュージックに失われた要素が、このダブステップという地下音楽の骨格を作った。

 

もちろん、このダブステップの音楽性というのは、お世辞にも、メジャーな音楽でないかもしれない。それは例えば、食通の、珍味好き、というように喩えられるかもしれないが、少なくとも、上記に列挙したような要素に乏しいアーティストは、ダブステップの本流には当たらない。一応、念のため、言い添えておくと、それは、この”Dub Step”という、インディーズ・ジャンルが、正規のラジオ局でなく、海賊ラジオ局を介して、2000年前後に浸透していった、つまり、正真正銘の「アンダーグラウンドの音楽」として普及していった経緯を持つからなのである。

 

今回は、この英国だけでなく、米国でも根強い人気を誇る”ダブステップ”というジャンルをよく知るためのアーティスト、そして、現在も活躍中のアーティストの名盤を探っていこうと思います。                

 


ダブステップを知るための名盤6選


1.Burial 「Burial」 2006

   

 

最初のダブステップブームの立役者ともいえるBurial。ロンドン出身のウィリアム・ヴィアンのソロ・プロジェクト。Burialは、その後、ダブステップのアーティストを数多く輩出するようになる”Hyperdub”からこのレコードをリリースしている。発表当初から評価が高く、ガーディアン紙のレビューで満点を獲得している。

 

今作、ブリアルのデビュー作「Burial」は、2006年のリリースではあるものの、今でも全く色褪せない英エレクトロの名作であることに変わりない。楽曲のサンプリングとして、コナミの”メタルギアソリッド”のサウンドが取り入れられている。ここには、ダブステップらしいリズム、ロンドンの夜を思いこさせるような空気もあり、さらに、蠱惑的な怪しげな雰囲気に充ちている。

 

名曲「Distant Lights」「Southern Comfort」に代表されるような裏拍の強いブレイクビーツの前のめりなリズム、低音がばきばき出まくるベースライン、ブリアルにしか出し得ない独自の都会的なクールさ。それがダウナーというべきか、冷ややかなストイックさによってアルバム全体が彩られている。

 

この何故か、ぞくっとするような奇妙な格好良さがブリアルのダブステップの特長である。明らかにクラブフロアで鳴らされることを想定した低音の出の強いサウンドで、大音量のスピーカーで鳴らしてこそ真価を発揮する音楽といえる。

 

「Forgive」では、逆再生のリミックス処理を施すことにより、アンビエントドローンの領域に当時としては一番のりで到達している。

 

「Southern Comfort」に象徴される野性味もある反面、「Forgive」のような知性も持ち合わせているのが、英国の音楽雑誌ガーディアン誌から大きな賞賛を受けた主な理由のように思われる。   

 

ブリアルのサウンドの特異な点として挙げられるのは、ハイハットのナイフがかち合うような、「カチャカチャ、シャリシャリ」とした鋭利なサウンド処理であり、これも、当時としてかなり革新的だったように思える。無論、現在でも、このように、極めてドープなリミックス処理をトラックに施すアーティストを探すのは、世界のダンスフロアを見渡しても、そう容易いことではない。

 

ブリアルは、往年のロンドンやブリストルのエレクトロアーティスト、マッシブ・アタックやポーティスヘッドの音楽性の流れを受け継ぎ、また、そこには、これらのアーティストと同じように、英国の夜の雰囲気、どんよりして、雨がしとしとと降り注ぐような、異質なほど暗鬱なアトモスフェールに彩られている。

 

後には、レディオ・ヘッドのトム・ヨーク、フォー・テットと2020年にコラボレートしたシングル「Her Revolution/His rope」をリリース、最早すでに英エレクトロ界の大御所といっても差し支えないアーティスト。ダブステップの入門編、いや、登竜門として、まず熱烈に推薦しておきたいところです。

  

 

2.Andy Stott 「We Stay Together」 2011


  

アンディ・ストットは、マンチェスターを拠点に活動するアーティストで、良質なダブステップアーティストを数多く輩出してきている”Modern Love”から全ての作品をリリースしている。 

 

ストットは2006年の「Merciless」のデビューから非常に幅広い音楽性を展開してきており、ひとつのジャンルに収まりきらないアーティストといえる。これまでの十六年のキャリアにおいて、主体的な方向性のひとつのダブステップだけにとどまらず、テクノ、ハウス、エレクトロ、エクスペリメンタル、あるいは、アンビエント、というように多角的なサウンドアプローチを選んでいる。この間口の広さは、多くの電子音楽に精通しているアーティストならではといえ、現代音楽、実験音楽家としてのサウンドプログラマー的な表情をも併せ持つアーティストである。

 

ストットは、活動最初期は、テクノ、グリッチ寄りのアプローチを選んでいたが、徐々に方向転換を図り、低音がバシバシ出るようなり、緻密なダビング技法を施し、複雑なリズム性を孕む音楽性へと舵を切る。

 

2011年リリースの「Passed Me By」から、いよいよ実験音楽色が強まり、強烈なダブステップの低音の強いパワフルなエレクトロの領域に進んでいく。

 

そのキャリアの途上、大御所、トリッキーとの共作「Valentine」2013をリリースし、着実に英エレクトロ界で知名度を高めていった。さらに、近年では、女性ボーカルのサンプリングを活かした独特なダブサウンドを体現し、"ストット・ワールド”を全面展開している。ボーカル曲としての真骨頂は、スタジオ・アルバム、「Numb」「Faith In Strangers」において結実を見た。

 

その後、順調に、2016年、「Too Many Voices」、2021年の最新作「Never The Right Time」とリリースを重ね、数々のエクスペリメンタル、エレクトロ界にその名を轟かせている。

 

アンディ・ストットの推薦盤として、「Faith in Strangers」、「Numb」、最新作「Never The Right Time」 といった完成度の高い作品を挙げておきたいところではあるものの、これらの作品は、ストレートなダブステップ作品として見ると、少しだけ亜流といえるため、ここでは、「We Stay Together」2011をお勧めしておきたい。

 

今作は、前のリリース「Passed Me By」での大胆な方向転換の流れを引き継いだダブステップの極北ともいえるサウンドを展開、ダブサウンドも極北まで行き着いたという印象を受ける。トラック全体は、一貫してゆったりしたBPMの楽曲で占められ、曲調も、他のストットのアルバム作品に比べ、バリエーションに富んでいるわけでないけれども、この泥臭いともいうべき、徹底して抑制の聴いたフィルター処理を効かせたダブサウンドの旨みが凝縮された作品である。表向きには地味な印象を受けるが、聴き込んでいくたび、リズムの深みというのが味わえる通好みの快作。

 

この一旦終結したかに思えたストットの作品の方向性は、後年「It Should Be Us」になって、さらに究極の形で推し進められていった。実験音楽寄りの作品であるものの、ダブステップをさらに進化させたポストダブステップを堪能することが出来るはず。この作品でダブステップとしての完成形を提示したストットが、ボーカルトラックとしてのダブサウンドを追究していったのも宜なるかなという気がします。 

 

 

3. Laurel Halo 「Dust」 2017

 


  

ローレル・ヘイローは、デビュー作「Quarantine」で、会田誠の極めて過激なセンシティヴな作品をアートワークに選んだことでも知られている。ここで、アルバムジャケットを掲載するのは遠慮しておきたいが、イラストにしても、相当エグい作品である。他にも、会田誠の作品は驚くような作品が多いものの、しかし、このアートワークは、見る人の内面にある悪辣さを直視させるような独特なアートワークである。会田誠の作品には、見る人の中に、ある真実を呼び覚ますような力が気がしてなりません。しかし、この作風を、単なる悪辣な趣味ととるべきなのか、前衛芸術としてとるべきなのかは微妙なところで、一概に決めつけられないところなのかもしれません。

 

そして、そういった表向きのセンセーション性だけにとどまらず、実際のデビュー作品としても多くの反響をもたらしたローラル・ヘイローは、ドイツ、ベルリンを拠点に活動する現在最も勢いのあるダブステップ・アーティストです。


彼女の作品の世界観には、 一見、悪趣味にも思える退廃性が潜んでいるという気がする。元々は、デビュー作において、タブーに挑むような感じがあり、そのあたりのコモンセンスをぶち破るような強い迫力が音に込められていた。しかし、それが妙な心地よさをもたらすのは理解しがたいように思える。これは、フランシス・ベーコンの作品を見た際に感じる奇異な安らぎともよく似ている。奇妙奇天烈でこそあるが、なぜか、そこには得難い癒やしが感じられる。

 

そして、ローレル・ヘイローの重要な作品としてお勧めなのは、「Raw Silk Uncut Wood」2018ではあるものの、ダブステップとしての名盤を選ぶなら「Dust」2017の方がより最適といえるかもしれません。

 

この作品「Dust」は、他の彼女の一般的な作風と比べ、メロディーよりもリズムに重点が置かれている。もっというならば、リズムの前衛性に挑戦した作品で、サンプリングを配し、リズムを少しずつダブらせ、強拍を後ろに徐々にずらしていく手法が駆使されている。表面的にはヒップホップに似た風味が醸し出されている。 

 

「Jelly」は打楽器ポンゴの音色を中心として、ローレル・ヘイローにしては珍しく、軽快なトロピカルなサウンドのニュアンスが込められている。また、「Nicht Ohne Risiko」では、木管楽器、マリンバの音を活かしたアシッド・ジャズの領域に踏み込んでいる辺りは、いかにもドイツの音楽家らしい前衛性。その中にもトラックの背後にリズムのダビングの技法が駆使されており、混沌とした雰囲気を醸し出している。

 

また、スタジオ・アルバム「Dust」の中では、「Do U Ever Happen」が最も傑出していて、表面的なヘイローのボーカルの快味もさることながら、リズム性においても、ダブステップを一歩先に推し進めたサウンドが展開されている。ダブステップとチルアウトを融合させた楽曲という印象を受けます。 

 


4.Demdike Stare「Symbiosis」2009


 

アンディ・ストットと同じく、”Modern Love”の代名詞ともいえるデムダイク・ステアは、シーン・キャンティとマイルズ・ウィッタカーで構成されるユニットで、マンチェスターを拠点に活動している。

 

彼等は、ダブステップという括りにとどまらず、アンビエントドローン寄りのアプローチも図るという面で、アンディ・ストットと同じように、音楽性の間口の広さがあると言って良いだろう。このスタジオアルバム「Symbosis」は、アートワークからして不気味でダークな感じが醸し出されているが、実際の音の印象も違わず、アングラで、ときに、ダークホラー的な音の雰囲気も感じさせる。

 

ダブステップの名盤として、ここで挙げておくのは、「Haxan Dub」の楽曲に象徴されるように、オリジナルダブサウンドの影響の色濃いサウンドへの回帰を果たしているから。ここでは、ジャマイカの音楽としてのダブの風味が感じられる。「Haxan」でも、ダブステップの見本のようなサウンドがエレクトロ寄りに迫力満載で展開される。この二曲は、近年の基本的な技法が満載で、教則本や制作映像を見るよりはるかに、実際のトラック制作を行う上で参考になるでしょう。

 

また、トラックを重層的に多重録音して、音楽自体に複雑性をもたらすというのは、近年の他の電子音楽家と同様だけれども、特に、デムダイク・ステアの個別トラックの、LRのPANの振り分けというのは職人芸。このあたりも聞き逃す事ができない。これらの楽曲は、往年のダブサウンドを通過したからこそ生み出し得る妙味。近年のダブステップに比べると、いささか地味に思えるかもしれないが、このあたりのリズムの渋さ、巧みさもデムダイク・ステアの音の醍醐味となっている。

 

特に、この作品が他のダブステップ界隈のアーティストと異なるのは、「Supicious Drone」「Exrwistle Hall」という二曲が収録されているから。「Suspicious Drone」は、ダークドローンの名曲のひとつに数えられる。この風の唸るような不気味さというのが感じられる秀逸なトラックです。

 

もう一曲の「Exrwistle Hall」は、ダークホラー思いこさせるような怖さのある楽曲であり、夏のうでるような暑気を完全に吹き飛ばす納涼の雰囲気に満ちている。リズムトラックとしては、四拍子を無理やり三拍子分割した特異な太いベースラインがクールな印象を醸し出している。そこに、明確な意図を持って、女の不気味な声、挙げ句には、薄気味悪い高笑いがアンビエンス、サンプリングとして取り入れられる、これは事前情報無しに聴くと、聞き手も同じような悲鳴を上げざるを得ないものの、その反面、色物好きにはたまらない名盤のひとつといえる。

 

このスタジオ・アルバム「Symbosis」は、夜中に聴くと、怖くて、「ギャー!!」と震え上がことは必須なので、細心の注意を払って聴く必要がある。しかし、昼間に聴くと、妙なおかしみがあるようにも思える。これは、怪談だとか、ホラー映画鑑賞に近い音の新体験である。つまり、今年の夏は、「テキサス・チェーンソー」「シャイニング」「リング」といった名ホラー映画を再チェックしておき、そして、さらに、デムダイク・ステアの「シンボシス」で、決まり!でしょう。

 

 

5.Actress「Karma & Desire」2020

   

  

最後に、ご紹介するアクトレスは、ウルヴァーハンプトンを拠点に活動するミュージシャン。

 

他の多くの電子音楽家、とりわけダブステップ勢がロンドンやマンチェスターといった大都市圏で活動しているのに対し、アクトレスだけは、都市部から離れた場所で音楽活動を行っている。

 

アクトレスは、上掲したアーティスト、アンディ・ストットと同じく、ダブステップの雰囲気もありながら、実験音楽性の強いアヴァンギャルド色の強い電子音楽家。エレクトロ、Idm、エクスペリメンタル、テクノ、 ダブステップと、多角的なアプローチをこれまでの作品において取り組んで来ており、電子音楽を新たな領域へ進めようと試みている前衛性の高いアーティストです。

 

このアルバム「Actress」は、 美麗さのあるピアノの印象が強い作風である。それは「Fire and Light」から顕著に現れており、ピアノ音楽の印象の強い電子音楽、アンビエントピアノとして聴く事も出来ると思う。他のダブステップ界隈のアーティストが都会的な音の質感を持つのに対し、ナチュラルな奥行きを感じさせるピアノ曲、ポスト・クラシカル寄りのアプローチも見受けられます。

 

これは、多分、あえて、大都市圏から離れた場所において、静かな制作環境を選び、トラック制作を行うからこそ生み出し得る落ち着いた音楽といえるかもしれない。「Reverend」や「Leaves Against the Sky」も、ピアノの主旋律を表向きの表情とし、ダブステップ、グリッチとしての技法も頻繁に見いだされる秀逸な楽曲。そして、この楽曲を見ると、上品さがそこはかとなく漂う作風となっています。

 

ここで、アクトレスは、個別のリズムトラック、タム、ハイハット、シンバルにはダビング技法を駆使せず、どちらかというなら、ピアノの音色に対して、深いリバーブ処理、DJのスクラッチ的手法を施している。確定的なことは遠慮したいものの、これが、昨今の英国のクラブミュージックの音のトレンドといえるのかも。無論、これは、すでに、ヒップホップで親しまれた技法ではあるものの、アクトレスはさらに前衛的なアプローチを図り、新たな領域に音楽を推し進めている。

 

また、「Public Life 」では、ポスト。クラシカル寄りの楽曲に果敢に挑戦しているのも聞き所である。

 

スタジオ・アルバム全体としては、エレクトロや、ダブステップ、それから、テクノ、ポスト・クラシカルといった近年流行の音楽をごった煮にしたかのような印象。このあたりが、英国の電子音楽家という感じがして、一つのジャンルに拘らず、柔軟性を持って、様々なジャンルに挑戦する素晴らしさがある。嵩じたフロア向けのクラブミュージックとしてでなく、落ち着いたIDMとして、家の中で聴くのに適した美しさのある音楽として、この作品を最後に挙げておきたいと思います。

    

 

 

参考サイト 

 

*1. Vevelarge .com {Dubsteo} 奥が深い ダブステップの起源と歴史{徹底解説}

 https://vevelarge.com/what-is-dubstep/

  

*2. tokyodj.jp 90年代後半 ダブステップの始まりは? 

https://tokyodj.jp/archives/1870

Andy Stott  「Luxury Problems」2012

 
 
アンディ・ストットを最初に聞いたとき、音のニュアンスが”Burial”に近いのかなとも思いましたが、よく聴くと全然違うようです。確かにダブステップのニュアンスもありますが、その実、似て非なる存在かもしれません。
 
上記の二人は、古いダブといわれるスタイルの代表格、同じ英国のリントン・クウェシ・ジョンソンあたりの古典的なアーティストと比べると、現代のイギリスのダブ・ステップというのは、レゲエ、スカ色は薄まり、ダビング的な玄人好みの複雑で立体的なリズム性だけが引き継がれています。
 
とりわけ、このアンディ・ストットを唯一無二の存在たらしめているのは、インダストリアルの硬質な香りでしょうか。都会で鳴り響くような洗練された雰囲気、それがとてもクールに表現されています。そして、彼の音楽性には、必ずしもフロアで鳴らされるだめだけに作られたものではないところが興味深いです。ボノボあたりのひとりで家のなかで聴くような、鑑賞するための絵画的な音楽としても楽しめるでしょう。
 
アンディ・ストットはデビュー時からマンチェスターの「Modern Love」からリリースを続けていて、今でこそかなりアクのある重低音ブレイクビーツ感の強いアーティストといえますが、活動初期においての音楽性は、どちらかといえば、そこまでリズムの低音域が強調されていませんでした。淡々とした、むしろその音の古臭いようなチープさが癖になるようなアナログ風のテクノ音楽という感じで、そこまで深いドラマティック性というのもなかったように思えていました。
 
ところが、2011年リリースの「Passed Me By」あたりから、独自の趣向をガンガン押し進めていき、ダブステップ要素のある実験的な手法を取り入れはじめ、そして、複雑なリズムとグルーブを生み出していき、それまで抑えられている印象のあった低音域が出てくるようになりました。 
 
そして、 さらにダブステップ界隈のデムダイク・ステアーなどに比べ、彼の長所であるメロディーセンスを、この「Luxury Problems」から惜しみなく見せていきます。彼のメロディーセンスというのは、あまり他の音楽のジャンルでは聴いたことのない独特な個性に溢れ、女性ボーカルの艶のある声のサンプリングが巧みに生かされ、実に怪しげな耽美的音響世界が展開されていきます。
 
  
 
ストットの基本的な作曲技法としては、ミニマルな音形をループさせ、そこに、対旋律的に美しいメロディーをちりばめていくことにより、徐々にリズム自体を複雑化、抽象的にさせ、聞き手の感覚を、徐々に、麻痺、惑乱させていくところが面白い特徴。本来ならリズムトラックとして使われない音源をリズム的に使用しているのが、たとえば、ボーカルのサンプリングをハイハットのように使ったりするのが、ストットの凄いところでしょう。そして、コレは、ボーカルを旋律を紡ぎ出すものというにとどまらず、ヴォイスを”器楽的”に捉えているからこそ生み出し得る音楽といえるでしょう。
 
この観点からいうと、Andy Stottの音楽というのはよくエレクトロの風味に近いといわれますが、ドローン、もしくは現代的なアンビエントに近い風味のある、抽象的なエクスペリメンタルエレクトロ/テクノとも呼べなくもないかもしれません。
 
ストットの音楽性について特筆すべきなのは、アーキテクチャーの土台となる礎石を積み上げていくかのように、音が複雑に構築されていって、曲が展開されていくにつれ、イントロで明瞭としなかった要素、ドラマ、ストーリの性質が徐々に引き出され、ドラマティックな雰囲気が形作られるという点、他の多くのクラブミュージック界隈のアーティストと一線を画しています。

 
今回、紹介する「Luxury Problems」は、彼の他のアルバムに比べて、女性ボーカルのサンプリングが醸し出す妖しげな色気に満ちていて、それはインスト曲においても余韻のように染み渡り、彼独自の一貫した奇怪な世界観を形成しています。つまり、今作はコンセプト色の強いアルバムとみなすことができるはず。
 
アルバムに収録されている中では、「Numb」「Luxury Problems」「Leaving」このあたりがボーカルの旨味が感じられて、いくらか突っつきやすい歌曲としても存分に楽しめるはずです。
 
また、他の収録曲には、彼独自の油断のならなさのような滲み出ていて、それこそがこのアルバムの聴き応えを十分にしています。
 
ここでは、アンディ・ストットの才覚がいかんなく発揮されており、尚且、”ポピュラー性”と”インダストリアル性”という正反対にある要素が、上手く融合されることにより、アルバム全体が引き締まった均勢の取れた聴き応えのある楽曲群になっています。
 
総じて、ストットのめくるめくようなリズムの展開力。そして、夜の都市に満ちあふれる街のインダストリアル的な冷ややかな香り。そして、そういった生の気配から遠ざかった無機質な雰囲気。
 
それらがダブ・ステップという形式によりあざやかに表現され、さらに、そこに女性ボーカルのの艷やかなブレス、アンニュイな歌声の息吹がミューズのごとく麗しく添えられることにより、このアルバム「Luxury Problems」をクラブ・ミュージックの極北たらしめているという気がします。

 


James Brake



ジェイムス・ブレイクは、既にボン・アイヴァー等とならんで、イギリスではスターミュージシャンの一人と言っても差し支えないでしょう。

 

近年のイギリスの最もクラブシーンを盛り上げているブレイクは、インフィールド・ロンドン特別区出身のミュージシャン。ロンドンのクラブシーンに色濃く影響を受け、また、アメリカのオーティス・レディングのようなモータウンレコードを聴き込んだ後に生み出されたディープ・ソウルの味わいは、このジェイムス・ブレイクの音楽の重要な骨格を形作っているといえるはず。


また自営業を営んでいた家で生まれ育ったからか、独立心に富んだ活動を行っており、また、幼少期からクラシック音楽を学び、その音楽に慣れ親しんだことにより、和音感覚に優れたミュージシャンとも言えるでしょう。これまでの共同制作者として並ぶ名も豪華で、ブライアン・イーノをはじめ、ボン・アイヴァー、マウント・キンビー、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、と、電子音楽、 とりわけ、ダブステップ界隈のミュージシャン、そしてアンビエントミュージシャンの音楽とも親和性が高いようです。

 

ジェイムス・ブレイクがミュージシャンとして目覚める契機となった体験は、ロンドンのクラブでの迫力あるクラブサウンドでした。グライムやガラージといったダブステップの元祖ともいえるサウンドを、ブレイクはサウスロンドンで体験し、その音楽に強い影響を受け、大学生の時代にトラックメイキングをはじめました。音楽家としての恵まれた環境がすでに用意されていたため、つまり、父親の所有するスタジオで、彼は楽曲制作にのめりこむようになっていきます。 


そして、2011年にデビュー作「James Blake」をリリース。この作品はマーキュリー賞にノミネートされ、大きな話題を呼んだだけでなく、UKのクラブミュージックの潮流を一瞬にして変えてしまった伝説的な作品です。このクラブミュージックとディープソウルを融合したサウンドは、イギリスの他のクラブ界隈のミュージシャンにも大きな影響を及ぼしています。ジェイムス・ブレイクは、自身の音楽について、このように語っています。

 

 "「ソウル・レコードのように、人が感情移入できるダンス・ミュージックを作りたい。フォーク・レコードのように、聴いた人に人間らしくオーガニックに語りかける音楽を作りたい。僕が求めているのは人間味なんだ。"

 

 Last.fm James Blake Biographyより引用

 

 

既に、リリースから十年余りが経過しているものの、あらためて、このイギリスクラブシーンの屈指の名作についてご紹介しておこうと思います。

 

 

 

「James Blake」2011

 




 

TrackListing 


1.Unluck
2.The Wilheim Scream
3.I Never Learn to Share
4.LIndasframeⅠ
5.LIndasframe Ⅱ
6.Limit To Your Love
7.Give Me My Mouth
8.To Care(Like You)
9.Why Don't You Cal Me?
10.I MInd
11Meaturements
12.Tep and the Logic


 

言わずとしれたジェイムス・ブレイクの名を、イギリスのクラブシーンに轟かせた鮮烈的なデビューアルバム「James Blake」。後には、二枚組のNew Versionもリリースされていますのでファンとしては要チェックです!!

 

全体としては、彼自身が語るように、モータウンレコード時代のソウルミュージックをいかに電子音楽としてクールに魅せられるかを追求し尽くし、そして、トラック制作の上で、異様なほどの前衛性が感じられる作品。

 

それは、多重録音、度重なるオーバーダビングによってソウルが新たなダブステップとしての音楽に様変わりしているのが、この作品の凄さといえるでしょう。他のダブステップ界隈のアーティストのように、リズム性をアンビエンスによって強調したり、それとは正反対に、希薄にしてみたりと、緩急のあるディープ・ソウルがここで味わうことが出来ます。

 

そして、クラシックピアノを学んでいたという経験は、キーボード上での演奏に生演奏のソウルのようなリアルな質感を与える。IDMだからと言っても、ブレイクのトラック自体は機械的ではなく、人肌のような温かみに満ちています。そして、その巧緻なトラックメイキング、あるいはブレイクビーツ風のサウンドの向こうに広がっているのは、ただひたすら穏やかでソウルフルな心地よい雰囲気。

 

今日日、刺々しいクラブ・ミュージックが多い中で、ブレイクの楽曲はチルアウト寄りの感触もあり、聴いていて心地よく、ソフトで落ち着いた気持ちになれるような気がします。それほどアンビエント寄りの音楽ではないのに、癒やしのディープ・ソウルが展開される。この辺りが、ブライアン・イーノやワンオートリックス・ポイント・ネヴァーといったアンビエントミュージシャンとの親和性も感じられます。

 

 特に、ジェイムス・ブレイクのヴォーカルというのは、白人らしからぬといっては何でしょうが、どことなくブラック・ミュージックの往年の名ヴォーカリストのような厚み、そして深みを感じさせます。彼の音楽についての言葉通り、ひたすら温かみがあり、どことなく胸がじんわりと熱くなるような、情感に訴えてくるような説得力あふれる知的さの漂うディープソウルと言い得るでしょう。


特に、このスタジオ・アルバムの中では「I Never Learn To Share」が白眉の出来栄えです。ハウス、テクノを通過したアナログシンセの巧みさ、そして、モータウンのソウルを通過した深い渋み、さらに、ダブステップのシークエンスのダビングとしての要素が、がっちりと組み合った作品です。そして、面白いのが「Limit To Your Love」では、実際の巧緻なピアノの演奏により、1960年代のアメリカのソウルを現代的に復刻している楽曲です。いかにソウル音楽というのが長い時代、多くの音楽フリークから支持を受け続けているか、そして時代に古びない普遍的な魅力を擁しているのが痛感できる名トラック。もちろん、若いクラブ・ミュージックファンにとどまらず、往年のソウルファンにも是非おすすめしておきたい一枚。

 

ジェイムス・ブレイクは、このデビューアルバムによって、一瞬でイギリスのクラブミュージックシーンを塗り替えてしまいました。なんですが、これはソウル音楽に対するブレイクの深い愛情が満ちているからこそ体現された名作。そのあたりの魅力は「Give Me My Mouth」といったソウルバラードの楽曲に現れています。あらためて、電子音楽は冷たい印象ばかりではなくて、温かみのある音楽もあるのだということがよくわかります。トラックの作り込みがほんとに素晴らしいし、深みのある渋い作品だなあと思うし、やはり十年経っても未だに燦然とした輝きを放つ傑作です。

 

 Dub Musicの系譜  レゲエから始まったダビング録音

Dub Tech

 

ダブ・ミュージックは、当初は、レゲエの派生ジャンルとして始まった。そして、現在、ドキュメンタリー映画の上映で話題になっているボブ・マーリー(&ウェイラーズ)も実は、このダブ(ダビング)という手法に注目していたというのである。

 

そして、このダブにおける音楽制作のプロセスは、エレクトロニックのグリッチノイズと類似していて、音をダビングすることにより、本来の意図した出力とは相異なる偶発的な音響効果が得られることを最初のダブのクリエイターらは発見したのである。他にも、例えば、昔のアナログビデオテープ、音楽のテープのように、再生を重ねたリールは擦り切れると、映像や音が正常に再生されなくなり、''セクションの映像や録音が飛ぶ''というエラーによる現象が発生することがある。これは映像や音が瞬間移動するような奇妙な感覚があったことを思い出させる。

 

ダブ・ミュージックの特徴はこれによく似ている。音を正常に再生するのではなく、”音が正常に発生しない”ことに重点を置く。音の誤った出力・・・、それは制作者が意図した音とは異なる音が現象学として発生することである。予期したものが得られない、その偶然性から発生するサプライズに音楽制作の醍醐味が求められるのではないか? つまり、ダブ・ミュージックは、ギターにしろ、アナログシンセにしろ、リズムトラックにしろ、アナログ録音やテープのリールを巻き付けて重ねていくうち、サウンドのエラーが生じたことから始まった偶然性の音楽ーーチャンス・オペレーションーーの系譜にある実験音楽として始まったと言えるのである。

 

全般的には、キング・タビー、リントン・クウェシ・ジョンソン、リー・スクラッチ・ペリー、マッド・プロフェッサー等が、ダブの先駆的なプロデューサーと見なされている。そして、これらのプロデューサーの多くは、アナログの録音のプロセスを経るうち、ターンテーブルの音飛び、スクラッチに拠る”キュルキュル”というノイズーーブレイクビーツのような効果が得ることを面白がり、ダブという不可解な未知の音楽的な手法を探求していったのかもしれない。また、ポスト・パンク/ニューウェイブの先駆的な存在であるキリング・ジョークがかつて語ったように、イギリスには、スカを除けば、当初、固有のリズムや音楽性が求められなったため、編集的な録音やミックス技術を用い、英国の独自のビートを求めたとも言えようか。つまり、以後のGang Of Fourのアンディ・ギルのギターに見出せるように、リズム性の工夫に加え、''古典的なリズムからの脱却''というのが、イギリスの音楽の長きにわたる重要なテーマでもあったのだ。

 

今や電子音楽やラップ、ロックでも、このダブ音楽の手法が取り入れられることもあるのは知られているところであると思う。分けても、2000年代に顕著だったのは、スネアやハイハットに強烈なディレイ/リバーブをかけることで、アコースティック楽器の音飛びのような効果を引き出すことが多かった。このジャンルは、生楽器で使用されるにとどまらず、打ち込みのドラムに複数のプラグインを挿入し、トラックメイクのリズムの全体をコントロールする場合もある。

 

ダビング録音は、最終的に、2000年代以降のエレクトロニックやクラブミュージックで頻繁に使用されるようになり、ロンドンのベースラインやドラムンベースの変則的なリズムと掛け合わされて、”ダブステップ”というジャンルに至ると、シンセの音色やボーカルの録音をリズム的に解釈する、という形式まで登場した。

 

それ以降、レゲエやロック・ステディの性質は薄まり、ロンドンのダンス・ミュージックやドイツのECMのニュージャズ/フューチャージャズと結びつき、特異なサウンドが生み出されるよになった。今や、レゲエの系譜にある古典的なダブの音楽性を選ぶケースは、比較的減少したという印象を受ける。他方、ジャマイカのロックや民族音楽の性質が弱まったとは言え、スカやレゲエのリズムの主な特徴である、2拍目や4拍目にアクセントを置くという、いわゆる裏拍重視のビートは、依然としてダブやそれ以降の系譜の音楽ジャンルの顕著な特徴となっている。

 

 

 

・ダブの出発点 1960's  レゲエ/ロック・ステディの後に始まった島国ジャマイカの音楽

 

1960年代のジャマイカのキングストンの町並み カラー加工が施されている

1960年代のジャマイカの首都キングストンでは、社会的な文化背景を持つ音楽として隆盛をきわめており、スカとロック・ステディのリズムは裏拍の強調を基本としていた。つまりロック・ステディのゆったりしたリズムが、ダブの基礎を形成したというのである。ジャマイカでは大型のPAシステムを導入し、地元のコミュニティやイベントでこれらの音楽がプレイされる事が多かった。

 

こういった背景のなかで、PAという音響エンジニアの職にある人物が最初のダブの礎を築き上げた。サウンドシステムのオペレーターで、エレクトロニックエンジニアであったオズボーン”キングダビー”ラドックは、ジャマイカ音楽に革新をもたらした。ダビーの専門的な知識は、彼の芸術的な感性と掛け合わされ、従来になかった方法でトラックを操作し、ミキシングデスクをアコースティック楽器のように操作することを可能にした。彼のリミックスのアプローチは革新的であり、ベースやドラムのリズムセクションに焦点を絞った。これは「リディム」と後に呼ばれるに至る。彼はボーカルとホーンをサンプリングとして抽出し、それにエフェクトを掛け、独特な音響効果をもたらした。 その後、キングタビーはリバーブとエコーをトラックに掛け、これまでには考えられなかったような斬新な音響効果を追求するようになった。

 

もうひとりの立役者がプロデューサーを当時務めていた、バニー・リーだった。リーはダンスのムーブメントを介して、インストゥルメンタルの箇所で観客の良い反応が得られたことにヒントを得た。リーはキング・ダビーと共同制作を行い、ポピュラーヒット曲のリミックスを手掛けるようになる。このコラボレーションはリミックスの意義を広げたにとどまらず、既存曲からは想像も出来ぬようなエキセントリックなリミックスを作り出す手段を生み出したのだった。

 

 

これらのレコーディングの過程で必要不可欠となったのが、ダビーがスタジオで使用した4トラックのミキサー。この機材によってダビーは、音楽の多彩な可能性を追求し、録音したものを繋ぎ合わせて新しいサウンドスケープを作り出すようになった。エコー、ディレイ、リバーブなど、現在のダブミュージックにも通じるエフェクトはダビーが好んで使用していた。この最初のダブのシーンからリー・スクラッチ・ペリーも登場する。彼はスタジオバンドアップセッターズと協力し、ダブミュージックの先駆的な存在として活躍する。この60年代の十年間は続く世代へのバトンタッチや橋渡しのような意味が求められる。少なくとも、上記のプロデューサーたちは自由闊達に面白いサウンドを作り、音楽の未知の可能性を追い求めたのだった。

 

 

・ダブの黄金時代の到来 1970's  プロデューサーの遊び心がもたらした偶然の結果

 

リー・スクラッチ・ペリーとブラック・アーク・スタジオ

1970年代は一般的に旧来のレゲエからダブが分離し、独自の音楽として確立された時代とされている。60年代のキングダビーの録音技術は次世代に受け継がれ、とんでもないモンスターを生み出した。リー・スクラッチ・ペリー、そして、オーガスタス・パブロの二人のミュージシャンである。さらにスクラッチ・ペリーが1973年に設立した”ブラック・アーク・スタジオ”はダブ音楽のメッカとなった。ペリーの天才性は、高度な録音技術に加えて、彼自身の独創的なクリエイティビティを組み合わせるという点にある。渦巻くようなディレイ、創造的なリバーブ、具象的なサウンドスタイルによって特徴づけられるペリーの音楽は、ダブというジャンルを象徴づけるようになった。とくに1976年の「スーパーエイプ」はペリーの革新的な製作技術とワイアードな音楽のヴィジョンが特徴で、このジャンルの金字塔ともなったのである。

 

 

一方のオーガスタス・パブロは、どちらかと言えば、楽器の音響効果やその使用法にイノベーションをもたらした。特に、その時代真新しい楽器と捉えられていたメロディカを使用し、ダブ音楽にちょっとしたチープさとユニークな印象を付け加えた。 シリアスと対極に位置する遊びゴコロのようなものは、ダブミュージックの制作を行う際に必要不可欠なものになった。パブロの代表的な作品には、1974年の「キング・ダビー・ミーツ・ロッカーズ・アップタウン」が挙げられる。これも画期的なレコードで、キング・ダビーのミキシングの技術とパブロのメロディカの演奏がフィーチャーされた。このアルバムはダブの未知の可能性を示唆した傑作である。

 

それまで、ダブはジャマイカ発祥の音楽だったが、1970年代以降になると、海外にもこのジャンルは波及するに至った。


とくに、最初にこの音楽が最初に輸入されたのが英国だった。移民などを中心とする多国籍のディアスポラ・コミュニティが他国よりも発展していたイギリスでダブが隆盛をきわめたことは当然の成り行きだったと言える。ポスト・パンクやニューウェイブに属する新しいものに目がなく、流行に目ざとい(今も)ミュージシャンがこぞってダビングの技法を取り入れ始めた。


ダブをパーティーサウンドとして解釈したThe Slits、英国独自のリズムを徹底して追い求めようとしたKilling Joke、ジョン・ライドン擁するPIL、The Clash、The Members等のパンクバンドを中心にダブ音楽は歓迎を受けた。また、Gang Of Fourは、ファンクの要素と併せてダブサウンドを取り入れていた。もちろん、この流れはオーバグラウンドのミュージックにも影響を与え、POLICEのようなバンドがレゲエと合わせてロックミュージックの中にセンスよく取り入れてみせた。

 

そしてダブ・ミュージックを一般的に普及させる役目を担ったのが、「Yard Party」と呼ばれるストリートパーティーのため設置されたモバイル型のディスコだった。セレクターが運営したこれらのジャマイカ仕込みのサウンドシステムは、しばしばオリジナルの歌詞をフィーチャーしたトラックやダブプレートという形になった。ダブ・プレートは、サウンドシステムの構築には必須の要素となり、イギリスでのダブの普及に多大なる貢献を果たした。この1970年を通じて、一部の好事家のプロディーサーだけの専売特許であったダブがいよいよ世界的なジャンルと目されるようになり、それと同時に一般的なポピュラー音楽と見なされるようになった。


 

・アナログの時代からデジタルの時代  1980's  イノベーションを取るか、ドグマを活かすか?  

 

 

Sly & Lobbie

続く、1980年代は、ダブ音楽がより洗練されていった時代であり、サイエンティスト、 キング・ジャミー、スライ&ロビーという代表的なミュージシャンを輩出した。この時代、ドラムマシンやシンセサイザーが録音機材として使用され始めると、旧来のアナログのサウンドからデジタルのサウンドへと切り替わっていくことになった。

 

たとえば、キング・ダビーの薫陶を受けたキング・ジャミーは1985年のアルバム「Steng Teng」は、デジタルへの転換点を迎えたと言われている。このアルバムは、レゲエ音楽が最初にコンピューター化されたリディム(Riddim: 厳格に言えば、レゲエのリズムの一形態を意味する)として見なされる場合もある。また、リズムセクションを主体とするプロデューサーのデュオ、スライ&ロビー(Sly & Lobbie)も、この年代のアナログからデジタルへの移行をすんなり受け入れた。ドラムマシンと電子楽器を併用し、彼らはジャンルに新しい意義を与えたのである。1980年代を通じての彼らの仕事は、その時代の実験性の精神をありありと示している。

 

 しかし、このデジタルサウンドへの移行は、ダブ音楽がマスタテープ等のリールを編集したり、アナログのエフェクトを中心に構成されることを考えると、旧来のアナログ派にとっては受け入れがたいものであった。デジタルのダブの出現は、むしろアナログ原理主義者の反感を買い、これらの旧来のサウンドの支持者は、かえってアナログ派としての主張性を強める結果となった。この年代には、アナログ派とデジタル派の間での分離も起きた。しかし、結果的にデジタルへの移行は良い側面ももたらしたことは併記すべきか。ヘヴィーで温かい雰囲気を持つベースライン、そして、ライブ録音のアコースティックドラムは、このジャンルを次の段階に進める契機を形作った。同時に、デジタルサウンド特有のシャープなサウンドも作り出された。

 

その後もマーク・スチュアートはこのレーベルと関わりを持ち続けた
この技術的な核心は、新しいプロデューサーを輩出する糸口となる。この年代の第一人者であるマッド・プロフェッサー(Mad Professor)が、ダブの最重要人物として台頭させる。彼は、ロンドンのダブミュージックのレーベル ”On U Sound Records"の創設者でもあった。

 

このレーベルのリリースには、タックヘッド、ダブシンジゲート、アフリカンリトルチャージ、リトルアニー、マーク・スチュワート(ポップ・グループ)、ゲイリー・クレイル等といった錚々たるアーティスト名がクレジットされた。

 

1980年代は前の年代よりもダブが国際的な音楽として認識された。このジャンルは英国にとどまらず、アメリカ、日本など世界の音楽シーンにも浸透していくようになる。とりわけ、日本では英国と同じようにパンクシーンに属するミュージシャンが、これらのダブをパンクサウンドの中に組み込んだ。これら当然イギリスのニューウェイブからの影響もあったと推測される。

 

 

 

・エレクトロニックとの融合の成果   1990's  ポピュラーミュージックへの一般的な浸透

 

Massive Attack


2000年代以降、イギリスでは、”ダブステップ”という、このジャンルの次世代のスタイルが登場し、Burial、James Blakeの一派によって推進されると、 古典的な意味合いを持つダブミュージックの意義は徐々に薄れる。2010年代以降、ロンドンやマンチェスターのコアなベースメントのプロデューサーを中心に、リズム自体も複雑化してゆく。しかし、その後のダブをクラブミュージック等のジャンルと融合させるという形式は、すでに1990年代に始まっていた。


1990年代の世界のミュージック・シーンの至る場所で見いだせる”クロスオーバー”という考えは、ジャマイカ生まれの音楽にも無関係ではありえなかった。ダブは、アンビエント、ドラムンベース、トリップ・ホップ、そして、その後のダブステップという複合的なジャンルに枝分かれしていく。この年代は、古典的なダブと異なり、ベースとリズムの低音域を徹底して強調し、リズムの要素を付け加え、重層的なビートを構築する形式が主流になる。この過程で原初的なシンプルなレゲエのリズムや、カッティングギターの性質は薄れていくことになるが、依然としてマンチェスターのAndy StottやスウェーデンのCalmen Villan等の才気煥発なプロデューサーの作り出すダブは一貫して、裏拍に強調が置かれている。もちろん、シンコペーション(強拍の引き伸ばし)の技法を用いることにより、よりカオスなリズムを作り出すようになった。

 

 

1990年代は、2000年代にラップトップでの音楽制作が一般的になっていくため、デジタルレコーディングのオリジナルダブの最後の世代に位置付けられる。これは、以降、自宅のような場所でもレコーディングシステムを構築することが可能になったためだ。1990年代のダンスミュージックとダブを結びつける試みは、イギリスで始まった。ジャマイカからのPAシステムの導入は、ジャングル、ドラムンベース等のジャンルに導入されていた。この時代は、ハウスミュージックは、シンプルな4つ打ちのビートから、より複雑なリズムを持つ構造性に変化していったが、言うまでもなくダブもその影響を免れるというわけにはいかなかった。

 

この動向は、Massive Attackに象徴づけられるイギリスのクラブミュージックの余波を受けたブリストルのグループにより”トリップ・ホップ”というジャンルに繋がっていく。Portisheadにせよ、Trickyにせよ、Massive Attackにせよ、ヒップホップからの引用もあるが、同時に彼らは遅めのBPMを好んで使用する傾向にあった。これは、このジャンルが比較的ゆったりとしたテンポで構成されるダンスフロアのクールダウンのような要素を持ち合わせていたことを象徴付ける。また、テクノとダブを結びつける動きもあり、ダブテクノというジャンルへと分岐していく。

 

この時期、ポピュラーミュージックを得意とするプロデューサーがダブのレコーディング技術を取り入れる場合もあった。マスタリング時に低音域の波形を徹底して持ち上げ、リズムを徹底して強調し、波形に特殊な音響効果を与えることで、渦巻くようなサイケデリックな音響を作り出すという手法は、ダブの制作における遊びの延長線上にあると言えるか。勿論、ジャマイカで始まったフィーチャーやリミックスという概念は現代の音楽業界の常識ともなっている。

 

1990年代には日本にもダブ音楽が輸入されるようになり、Dry& Heavy、Audio Activeというように、個性派のエレクトロニックアーティストを輩出する。彼らはミックスという観点からこれらの音楽にユニークな要素を及ぼし、日本のベースメントのクラブ音楽に良い刺激をもたらしている。

 

ミレニアム以降の年代は、WindowsやMacなどの一般家庭への普及もあってか、PC(ラップトップ)での個人的な音楽制作が一般的となったため、レコーディングシステムを所有していなくとも、ダブの制作のハードルはグッと下がった。


そして、これらの音楽は、よりワールドワイドな意味を持つに至り、イギリス以外のヨーロッパ各国でも親しまれる。しかし、アウトプットの手段が黄金期の1970年代から大きく変わったとはいえ、ダブの制作の醍醐味は現在でもそれほど大きく変わっていないようだ。ダブミュージックの面白さとは、”予期したものとは異なるフィードバックが得られる時”にある。換言すれば、制作者やプロデューサーが予め想像もしなかった奇異なサウンドが得られるとき快感がもたらされる。その意外性は制作者だけにかぎらず、リスナーにも少なからず驚きをもたらす。

 

ダブ音楽の本質にあるものとは何なのか。それは、1970年代以降、キング・ダビーとスクラッチ・ペリーが試行錯誤のプロセスで見出したように、遊び心満載で、サプライズに充ちた音楽性にあり、なおかつアートのイノベーションの瞬間に偶然立ち会える僥倖を意味しているのである。

 

 

 

英、ダブステップ界の重鎮、Burialは、毎年末になると、自身の所属するレーベル「Hyper Dub」から発表を行い、数多くの音楽ファンを楽しませてくれています。

 

昨年にも、Burialは年末に、「Chemz」「Dolphinz」の二作の作品発表を行い、サプライズリリースに至りました。もちろん、ブラックダウンとのコラボレート作「Shock Of Power Of Love」もその中に含まれるでしょう。

 

そして、今年もまた、Burialの恒例行事の新作発表が年末に行われました。今回、詳細プロフィールを明かさないことでも知られる、謎めいたプロデューサーBurialは、十五年ぶりとなる長編作品の制作に取り組み、この度、EP形式ではありながら、44分にも及ぶ大ボリュームの「Antidawn EP」のリリースを公式に発表いたしました。

 

「Antidawan EP」は本日の公現祭(Three Kings Day)に合わせてリリースされています。1月6日からデジタル配信にて視聴可能、1月28日には、CD,LPの二形式が発売予定となります。

 


Burialの最新作は、既存のレパートリーの中でも最も魅力的な作風の一つとなることを約束致します。独特なアンビエントを思わせるクールなアプローチ、ブリストルサウンドを彷彿とさせる暗鬱さ、そしてダブステップの複雑なサンプリングを凝縮した蠱惑的な一枚。Burialの新たな代名詞とも呼ぶべき一枚がここに誕生。誇張抜きに滅茶苦茶カッコ良いダブステップの良盤です。

 

 

Burial 「Antidawan EP」の楽曲のご視聴は、下記、Hyper Dub公式リンクにてお願い致します。


 https://smarturl.it/ANTIDAWN

 

 


 Marmo  「Deaf Ears Are Sleeping」EP

 

Label: area127

Release: 2024年8月28日

 

Review    ◾️ロンドンのダンスユニットの新作 リズムの組み替えからもたらされる新しいEDM


ロンドンの二人組、marco、dukaによるエレクトロニック・プロジェクト、MARMO(マルモ)は当初、メタルバンドのギタリストとボーカルによって結成された。おそらく両者とも、覆面アーティストであり、Burialのポスト世代のダンスユニットに位置付けられるが、まだまだ謎の多い存在である。


昨年、マルモはアンビエントとSEの効果音を融合させた近未来的なエレクトロニックアルバム『Epistolae』を発表し、ベースメントであるものの、ロンドンに新しいダンスミュージックが台頭したことを示唆していた。

 

『Deaf Ears Are Sleeping  EP』も新しいタイプのダンスミュージックで、聞き手に強いインパクトを及ぼすのは間違いない。三曲収録のEPで、逆向きに収録されたリミックスが並べられている。オリジナル曲との違いは、リミックスバージョンの方がよりディープ・ハウスに近いダンサンブルなナンバーとなっている。

 

当初、メタルバンドとして出発したこともあってか、Marmoの音楽はサブベースが強く、徹底して重低音が強調されている。それはヘヴィメタルから、ドラムンベースやフューチャーベース、ダブステップ等の現地のベースメントの音楽にアウトプット方法が変遷していったに過ぎないのかも知れない。しかし、ロンドンのダンスミュージックらしいエグさ、ドイツを始めとするヨーロッパのEDMを結びつけるという狙いは、前作よりもこの最新作の方が伝わりやすい。

 

「Inner System」は、ドイツのNils Frahm(ニルス・フラーム)の「All Armed」のベースラインの手法を、モジュラーシンセ等を用い、ダブステップのリズムと結びつけて、斬新なEDMを作り上げている。特に、Squarepusherの最初期からの影響があるのは歴然としており、それは、Aphex Twinのような細分化したハイハットやドリル、SE的なアンビエント風のシークエンスという形に反映されている。まさにロンドンのダンスミュージック文化の威信をかけて制作されたオープナーである。実際的に、ローエンドの強いバスドラム(キック)とMARMOの近未来的な音楽性が結び付けられるとき、ダンスミュージックの新奇な表現が産声を上げるというわけなのだ。

 

二曲目「Deaf Ears Are Sleeping」は、例えば1990年代のCLARKの『Turning Dragon』など、ドイツのゴアトランスに触発された癖の強いダンスミュージックだが、オープナーと同じようにSEの効果音を用いながら、オリジナリティ溢れる音楽を追求している。部分的には、最近のオンラインゲームのサウンドトラックのようなコンセプチュアルな音楽が、ダブステップのようなリズムと結び付けられ、近未来的なEDMが構築されている。


「Deaf Ears Are Sleeping」に発見できるのは、バーチャル(仮想空間)の時代の新しい形式のダンスミュージックであり、それらが一貫して重低音の強いベースやバスドラム、Spuarepusher(スクエアプッシャー)のようなアクの強いリズムと結び付けられている。さらに、モジュラー・シンセなのか、サンプラーで出力しているのかまでは判別出来ないが、ドローン風の効果音もトラック全体に独特なドライブ感と、映像的な音楽性を付け加えていることも付記すべきだろう。

 

3つのリミックスは、オリジナル曲をアシッドハウス、ゴアトランス寄りのミックスとして再構成されたものなので、説明は割愛したい。しかし、「Aztec Euphoria」は、ドラムンベースやフューチャーベースの次の新しいジャンルが誕生した、もしくは、その芽吹きが見えはじめたといっても差し支えないかも知れない。リズムが複合的で面白く、アンディ・ストットのようなリズムの重層的な構築に重点を置いたトラックとして楽しめる。また、ブラジルのSeputula(セパルトゥラ)が、民族音楽をヘヴィメタルに置き換えてみせたように、マルモは民族音楽のリズムを彼らの得意とするダンスミュージックの領域に持ち込んだと解釈することができる。


近年、どれもこれも似たり寄ったりなので、EDMは飽和状態に陥っているとばかり思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。解決の糸口は思いもよらない別のジャンルにあるのかも知れない。少なくとも、アフリカの打楽器のような音をサンプラーとして処理し、ドラムンベース、ダブステップ、フューチャーベースとして解釈するというマルモの手法は、まったく未曾有のもので、ロンドンのアンダーグラウンドから興味深い音楽が台頭したことの証ともなりえる。

 

例えば、Killing Jokeは、かつてイギリスに固有の音楽が存在しないことを悩んでいたが、彼らの場合は、すでに存在するリズムを複雑に組み替えることで、新しいイギリスの音楽(複合的なリズム)の形式を確立させた。これは、Gang Of Fourはもちろん、Slitsのようなグループを見ても同様だ。新しい音楽が出来ないと嘆くことはなく、すでにあるものに小さな改良を加えたり、工夫をほどこすだけで、従来に存在しなかったものが生み出される場合がある。Killing Jokeのようなポスト・パンクの代名詞的なグループは、歴史的にこのことを立派に実証している。ロンドンのMarmoもまたこれらの系譜に属する先鋭的かつ前衛的なダンスユニットなのである。
 



85/100

  


Overmono  『Good Lies』 

 

 

Label : XL Recordings

Release: 2023/5/12


Review


ダンスミュージックとしては先週の最大の話題作。Overmonoの最新作でデビュー作でもある『Good Lies』は、これから暑い季節になってくると聞きたくアルバムなのではないか。このアルバムでデュオが生み出すビート、そして仄かなメロディーラインは今夏の清涼剤として活躍しそうだ。

 

トム、エド・ラッセル兄弟は現在はロンドンを拠点に活動しているが、元々はウェールズの出身。若い時代からダンス/エレクトロミュージックの制作に勤しんできただけあってか、このアルバムには彼らのクラブミュージックへの愛情、そして情熱が余すことなく注がれているように思える。またデュオは今作を通じて、車の中で楽しめるダンスミュージックを制作しようと試みた。

 

その結果がこのデビュー作に表れている。国内のダブステップやブレイクビーツシーンのDJとして鳴らしてきたデュオは、キャッチーなサウンド、わかりやすいサウンド、そして乗りやすいサウンドをこの1stアルバムを通じて提示している。


一曲目はどうやらあまり評判が良くないらしいが、それでも二曲目の「Arla Fearn」では、彼らが実際のフロアでどのようなサウンドを鳴らしてきたのかが目に浮かぶようである。ブレイクビーツを基調にして、ベースラインやダブステップの要素を交えたコアなダンスミュージックは、一定の熱狂性に溢れ、そして涼し気な効果を与えてくれる。


これらのコアなグルーブ感の他に、デュオはサイモン・グリーンと同じように、僅かなメロディー性をリズムのなかに散りばめている。それがわかりやすい形で体現されたのがアルバムのハイライトのタイトル曲「Good Lies」で、ボーカルのメロディーラインと合わさり、軽快なダンスミュージックが提示されている。そして彼らが述べているように、車のなかでBGMとして流すナンバーとしては最適のトラックといえるのではないだろうか。

 

全般的にはボーカルを交えたキャッチーなトラックが目立ち、それが彼等の名刺がわりともなっている。だが彼らの魅力はそれだけに留まらない。


その他にも二つ目のハイライト「Is U」では、ダブステップの要素を交えたグルーブ感満載のトラックを提示している。同レーベルから作品をリリースしているBurialが好きなリスナーはこの曲に惹かれるものがあると思われる。そして、それは彼らのもうひとつのルーツであるテクノという形へと発展する。この曲の展開力を通じ、ループの要素とは別にデュオの確かな創造性を感じ取ることができるはずである。

 

更にユーロビートやレイヴの多幸感を重視したクローズ曲「Calling Out」では、Overmonが一定のスタイルにとらわれていないことや、シンプルな構成を交えてどのようにフロアや観客に熱狂性を与えるのか、制作を通じて試行錯誤した跡が残されている。これらのリアルなダンスミュージックは、デュオのクラブフロアへの一方ならぬ愛着が感じられもし、それが今作の魅力になっているように思える。

 

 

75/100

 

 

 James Blake 『Playing Robots Into Heaven』

 


Label: UMG/ Polydor

Release: 2023/9/8



Review


2011年の『James Blake』にて一躍、UKのネオソウル界の寵児として注目を浴びるようになり、『Overgrown』では、ブライアン・イーノ、RZAが参加。自身も、ビヨンセの作品に関わるなど、大物ミュージシャンとの共同制作の経験の豊富な経験を持つジェイムス・ブレイクの最新アルバムをご紹介します。このアルバムで、ブレイクは、制作のルーツであるクラブ・ミュージックに根ざした音楽に取り組もうとしたということである。ヒップホップやポップ、ハウス、ネオ・ソウルを絡め、UKポップの進化系を顕示した『Friends That Break Your Heart』の頃に比べると、音楽性が大きく変化したことは、耳のさといリスナーであればお気づきになられるだろう。

 

ただ、その手法論は、デビュー当時と大きく異なるとは言え、かつてブレイクが語っていた「ソウル・レコードの温かみ」を、デジタルの指向性が強いレコーディング制作のプロセスを介して体現させるという面では、従来のジェイムス・ブレイクの考えに変更は見られない。考え方によっては、『Friends That Break Your Heart』で、行き詰まりをみせたポップス/ヒップホップの側面を、アシッド・ハウスの側面から見直した、あるいは捉え直したような作風である。

 

オープナー「Asking To Break」では、その考えの一端を掴むことが出来る。ピッチシフターでボーカルのトーンを変え、アシッド・ハウスの最深部に降りていくジェイムス・ブレイクではあるが、彼が幼少期から学んでいるピアノや、落ち着いたビート、そしてネオソウルの影響を留めた、しっとりとしたボーカルのフレーズ、こういったミニマルな要素を融合させることで、それらの化学反応として、ソウルミュージックの温かみを引き出そうとしている。音の耳障りはソフトだが、彼はそのなかに古典的なR&Bに見受けられる深みをもたらそうと試みている。

 

#2「Loading」では、彼のUKのクラブ・ミュージックの原点へと回帰を果たしている。若い時代に、ブレイクはロンドンのベースメントのフロアの音楽に親しみ、その中でUKガラージ、ベースライン、ダブステップを始め様々なクラブ音楽に触れたというが、そのリアルなフロアの音をこのトラックで再現しようとしている。これは、パンデミック時代を過ぎて、リアルな空間で真価を発揮する音楽を制作しておきたかったという制作者の意図を読み解くことが出来る。しかし、ベースラインやビートは、ハウスの基本的なスタイルを踏襲しているが、それと対比的に導入される中盤部のボーカル部分は、やはり、近年のアヴァン・ポップやネオ・ソウルの音楽性に根ざしている。そして、この曲では実験的な作風に取り組み、エレクトロニックの要素、インダストリアル・ノイズ等の音楽性を積極的に付加している点に驚きを覚える。ジェイムス・ブレイクは、自らの作風が固定化し、陳腐になることを忌避し、『Friends That Break Your Heart』で定まったポップスのスタイルを自己破壊し、新しい音楽として再構築しようとしている。


#3「Tell Me」でも、ジェイムス・ブレイクのエレクトロニックへの偏愛が余すところなく表現されている。アナログのモデリング・シンセをフル活用し、UKのベースメント・フロアの熱狂性を呼び覚まそうとしている。ノイズに関しては耳障りが良いとは言えないが、近年ブレイクが遠ざけていた印象もあるロックに接近していることに気がつく。元来、制作者は、シンセの演奏家として活躍してきた経緯があるが、実際、ブレイクのシンセの演奏に対する熱狂を読み取ることが出来る。しかし、曲の序盤のハウスに近い音楽性は2分半頃、いきなり途切れ、ダウン・テンポ風の静謐なサウンド・スケープに様変わりする。この意外な展開力は、UKのベースメントのフロアの熱狂から、それとは真逆の静寂に移行する瞬間を留めている。しかし、その後も展開は定まらず、疾走感のあるハウスが続き、ブレイクのボーカルが加わる。このトラックは、音源として終始する音楽ではなく、ライブ空間で映えるアグレッシヴなクラブ音楽を志向し、さらにライブ・ステージで披露することを前提として制作されたと推測出来る。後半では、アシッド・ハウス的な怪しげな雰囲気を帯び、リスナーを熱狂の中に呼び込もうとする。

 

#4「Fall Back」では、Burialのデビュー・アルバムのダブ・ステップからの影響を交え、ミニマルなダンス・ミュージックへと挑戦している。リズムこそダブ・ステップに属するが、一方のシンセは、WARPのIDMに近いスペーシーな音色が選ばれている。これは、旧来まで厳密に分別されたきた印象もあるIDM/EDMを合一させる画期的な試みである。90年代から長らくクラブ・ミュージックに親しんできたリスナーにとっては、衝撃的な意味合いを持つと思われる。イントロからアウトロまで一貫して続くミニマルな構成に、ピッチシフターとボーカルのディレイを巧みにミックスさせ、リスナーを幻惑と陶酔のさなかに呼び込もうとしている。もちろん、それらの反復的なビートとボーカルの兼ね合いは、アシッド・ハウスに近いデモーニッシュな雰囲気を生み出す。ダンス・ミュージックの最もコアな部分が抽出されたトラックといえる。

 

 

続く#5「He's Been Wonderful」、#6「Big Hammer」では、近年のラッパーとのコラボの経験を活かし、前衛的なトラックとして昇華している。前者では、グリッチ/ノイズの要素をシンプルに取り入れ、アヴァン・ポップとしてアウトプットしている。他方、後者ではタイトルからも分かる通り、ギャングスタ・ラップをエレクトロニック側から解釈しようとしている。ただ、この2つのトラックは前衛的な響きがありすぎ、一般受けするような音楽ではない。しかし、反面、ライブ・ステージで聞くと、その印象もまた異なり、バンガー的な曲に変貌すると思われる。ただ、この中盤の収録曲はやや冗長で、マニアックすぎる印象を与えるという難点もある。

 

 

その後、再びエレクトロニックへと回帰する。#7「I Want To Know」では、Bonobo風のダウンテンポ/ハウスへと移行している。ビート自体の心地よさもさることながら、近年、ブレイクが書いてきた曲の中では珍しく涼し気な印象を持つ。 しなるような反復的なアシッド・ハウスのビートの没入の後に、中盤部では、ブレイクのネオ・ソウル風のボーカルラインが加わる。そしてアルバムの序盤の収録曲と同じように、ピッチシフターをボーカル/シンセにかけ、幻惑的な雰囲気を巻き起こそうとしてはいるが、このスタイルは、アルバムを通して聴いたときに既視感を覚えさせる。そして、ボーカルラインに関しても、いまいち熱狂性を呼び起こすまでにはいたっていないのが惜しい。アウトロにかけてのピッチシフターのエフェクトも、サイケデリックな音作りを志向したということはよく分かるけれど、少しマニアックなきらいがある。

 

 

アルバムの終盤では、よりアヴァンギャルドな音楽性へと突き進み、これまでのブレイクの表向きのイメージを払拭しようとしている。「Night Sky」はアシッド・ハウスにサイケとアヴァン・ポップの要素をかけあわせたきわめて難解なトラックだ。「Fire The Editor」では、ネオソウルの進化系を生み出そうとしていて、そこにはソウル特有の甘美的な雰囲気を感じられる。アルバムの終盤の収録曲で、目が覚めるような気がしたのが、「If You Can Hear Me」である。ここでは、ジャズとエレクトロを融合させ、ポップ・バラードふうのトラックとして昇華している。これは、アルバムの序盤や中盤にかけて呼び覚まされた熱狂性をクールダウンする効果を備えている。ネオソウルとチルウェイヴを掛け合せたチル・ソウルに近い作風である。また、曲の終盤にかけてのエレクトリック・ピアノも甘美的な雰囲気を生み出している。

 

アルバム全編の音楽の流動性は、クローズでも受け継がれている。タイトル曲では、シンセの演奏でパイプ・オルガンの神妙な音響性を生み出し、BBC Jazz Awardを受賞したKit Downsの「The Gift」に触発されたクラシカルな作風に挑んでいる。序盤のダークでデモーニッシュなイメージが、アルバムの終盤にかけてエンジェリックに転化する瞬間に、最大の聞きどころがある。ぜひ、アーティストにも実際そうなって欲しいと思う。2011年のデビュー以降、いまだに音楽性を定義づけることが難しいジェイムス・ブレイク。その音楽の探索の旅は終わることがない。



72/100

 





 Jockstrapは、Georgia Ellery(Black Country, New Roadのメンバーでもある)がGuildhall School Of Music & DramaでTaylor Skyeと出会い、それぞれジャズと電子音楽作曲を学んでいたことから2017年に結成された。


一般的に彼らの音楽スタイルは、オルト・ポップで、音楽における革新性と再構築に焦点が当てられている。


時には既存のスタイルを嬉々としてバラバラにし、それを巧みに組み直すだけのポップ・ミュージックを、時には全く新しいジャンルを作り変え、空間的・時間的に激しく混乱した形で制作する。デュオとしたのかつての役割分担は、ジョージアが作曲、作詞、歌唱を担当し、テイラーがプロデュースするというシンプルな役割分担だったというが、今ではその境界線があいまいになりつつある。


二人ともクラシック音楽を演奏しながら育ち、大学でジャズに目覚めたという。初期のアニー・マックのコンピレーションCDやミカ・リーヴァイ、テイラーはボブ・ディラン、ジョージアはジョニ・ミッチェルに傾倒するなど、共通の趣味を持っている。彼らは過去5年間にシングル、EP、ミックステープをリリースしており、すでにプレスの間で話題になっている。ジョージアはロックンロール以前のクラシックなオーケストララウンジポップを歌い、テイラーはそれを古いものと新しいものを混ぜ合わせたポストダブステップのミキサーで無理やり演奏する。


ロンドンを拠点に活動するデュオ、jockstrapは、自分たちの名前がかなり偏ったものであることを認めている。プロデューサー兼キーボードプレイヤーのTaylor Skyeは、「この名前は完璧だと言う人もいる」と語る。プロデューサー兼キーボードプレイヤーのTaylor Skyeは言う。「ひどい名前だと言う人もいる。もともと反抗的な名前だったから、僕らにとっては刺激的だったんだ」


その反抗は、2016年に2人が出会ったギルドホール音楽演劇学校でスカイとシンガー/ヴァイオリニストのジョージア・エラリーに植え付けられたアカデミックな音楽的価値観を一部拒否することが含まれていた。前者は電子作曲を、後者はジャズを学んでおり、彼らがJockstrapとして作り始めたスタイル的に落ち着きのない音楽--伝統的なシンガーソングライティングのアプローチとダブステップに影響を受けたカットアップの間を激しく行き来する--は、一部の講師にとっては冗談にしか見えなかったという。


このプロジェクト名を聞いた時、その反体制的な意図はなかなか伝わらなかった。アカデミックに音楽媒体を学ぶ人たちにとっては、そういった主流に対する反駁を唱えることは理解できるが、それは体型的な音楽教育を指導する人々には受け入れ難いものだったのだ。「私の先生たちは鼻を高くしてせせら笑っていた」とエラリーは言う。彼女はブラックカントリー、ニューロードでも演奏していることでも知られていますが、「音楽学校に行って、勉強している楽器のためにすべての時間を捧げるという考え方があるんです。でも、私はそうしたくはなかった。だから、そこが彼らを怒らせてしまったのかもしれない」と回想するのだ。


2人のデビューLP『I Love You Jennifer B』(MOJOの2022年のベストアルバムで36位)には2人のそういった反体制的な意図がたしかに汲み取ることができる、しかし、そこには体型的な音楽教育を受けた作り手にしか生み出し得ないものもある。ジョックストラップのデビュー作は、確かにエキセントリックなユーモアと意図的にクランチしたギアシフトに満ちているが、同時に彼らの正式な音楽教育は、綿密なストリングスのアレンジとクラシックな曲作りという手法にも表れている。これは、Elleryにとって音楽理論は、「ハーモニー的に次にどこへ行くかを考えるためのツール」であり続けていることの表れでもある。


Jockstrapのサウンドに直接影響を与えたものを特定するのは難しいが、幼少期のSkyeがStevie WonderとSkrillexに夢中になっていたことがひとつの手がかりとなるはずた。一方、Elleryは5歳でヴァイオリンを習い始め、7歳までに助産師兼音楽セラピストの母親とバンドを組み、故郷ペンザンスの「異教徒の祭り」をGolowanで演奏し、母親と一緒にWOMADにも出演していた。また、エルトン・ジョンやポール・サイモン、スコット・ウォーカー(アルバムのスペクタルなバラード「Lancaster Court」はスコット3世の影響を受けている)、初期のジョニ・ミッチェル(もし彼女がジェームズ・ブレイクのプロデュースを受けていたら)、6分ほどの「Concrete Over Water」にインスピレーションを受けたと語っている。


このデュオの手法では、Elleryが曲を書いて録音し、それをSkyeに渡して補強し、音的に磨きをかけたり、こねたりしてもらう、リミックスの過程がある。例えば、ハープを使った浮遊感のある「Angst」は、突然、Skyeが10代の頃に好きだったダブステップのリミキサー(NeroやFlux Pavilion)のスタイルで不規則に刻まれたシンガーのアカペラボーカルにスナップエッジされている。「彼らは、リミックスという形で完全にオリジナルでエモーショナルな音楽を作ることができるということに気づかせてくれたんだ」とTaylor Skyeは言う。


ビジュアル面でもJockstrapは印象的だ。彼らのビデオ(Elleryが編集)は、80年代初期のKate BushのプロモーションビデオのようなConcrete Over Waterの奇妙なハーレクインのおふざけから、漫画風の顔の毛ととがった耳をつけたSkyeが登場するGlasgowの歩き回るシーンまで、そのユニークさは多岐にわたっている。エラリーは、「本当にいいリリースになった」と言う。「曲の制作に一生懸命になり、非常にマクロな作業をした後、逆にストレッチしているような感じです。僕たちはビデオ制作の訓練を受けていないから、何でもありなんだ」


ロンドンのJockstrapはまだ今年デビューを果たしたばかりの新進エレクトロ・デュオ。しかし、その前衛的なアプローチには瞠目すべき点がある。これからどのような活躍をしていくのか、また、斬新な音楽を生み出してくれるのか目が離せないところである。

 The Smile  『Wall Of Eyes』

 


 

Label: XL Recordings

Release: 2024/01/26



Review 


終わりなきスマイルの音楽の旅


パンデミックのロックダウンの時期に結成されたトム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるThe Smileは、デビュー作『A Light For Attracting Attenstion』で多くのメディアから称賛を得た。

 

レディオヘッドの主要な二人のメンバーに加え、サンズ・オブ・ケメットのメンバーとして、ジャズドラムのテクニックを研鑽してきたスキナーは、バンドに新鮮な気風をもたらした。1stアルバムでは、現在のイギリスのロックシーンで隆盛をきわめるポストパンク・サウンドを基調とし、トム・ヨークの『OK Computer』や『Kid A』の時期から受け継がれる蠱惑的なソングライティングや特異なスケールが重要なポイントを形成していた。いわば、レディオヘッドとしては、限界に達しつつあったアンサンブルとしての熱狂を呼び戻そうというのが最初のアルバムの狙いでもあった。

 

続くセカンド・アルバムは、表向きには、1stアルバムの延長線上にあるサウンドである。しかし、さらにダイナミックなロックを追い求めようとしている。オックスフォードとアビーロード・スタジオで録音がなされ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラをレコーディングに招聘した。


オーケストラの参加の影響は、ビートルズの「I Am The Walrus」に代表されるフィル・スペクターによるバロックポップの前衛性、ラナ・デル・レイが最新アルバム『Did You Know〜?』で示した映画音楽とポップネスのドラマティックな融合、そして、変拍子を多用したスキナーのジャズドラム、ヨークが持つ特異なソングライティング、グリーンウッドの繊細さとダイナミックス性を併せ持つギターの化学反応という、3つの点に集約されている。全8曲というきわめてコンパクトな構成ではありながら、多角的な視点から彼らの理想とするロックサウンドが追求されていることが分かる。

 

このアルバムを解題する上で、XL Recordingsのレーベルの沿革というのが影響を及ぼしていることは付記しておくべきだろう。このレーベルはレディオヘッドの最盛期を支えたことはファンであればご存知のことかもしれない。しかし、当初は、ロンドンの”Ninja Tune”のように、ダンス・ミュージックを主体とするレーベルとして発足し、90年代頃からロック・ミュージックも手掛けるようになった経緯がある。

 

最近、Burialの7インチのリリースを予定しているが、当初はダンスミュージックのコアなリリースを専門とするレーベルだった。そのことが何らかの影響を及ぼしたのか、『Wall Of Eyes』は、全体的にダブの編集プロダクションが敷かれている。リー・スクラッチ・ペリーのようなサイケデリックなダブなのか、リントン・クウェシ・ジョンソンのような英国の古典的なダブの影響なのか、それとも、傍流的なクラウト・ロックのCANや、ホルガー・シューカイの影響があるのかまでは明言出来ない。


しかし、アルバムのレコーディングの編集には、ダブのリバーブとディレイの超強力なエフェクトが施されている。実際、それは、トム・ヨークの複雑なボーカル・ループという形で複数の収録曲や、シンガーのソングライティングの重要なポイントを形成し、サイケデリックな雰囲気を生み出す。


タイトル曲では、ダブやトリップ・ホップのアンニュイな雰囲気を受け継いで、アコースティックギターの裏拍を強調したワールド・ミュージックの影響を交え、ザ・スマイルの新しいサウンドを提示している。移調を織り交ぜながらスケールの基音を絶えず入れ替え、お馴染みのヨークの亡霊的な雰囲気を持つボーカルが空間を抽象的に揺れ動く。これは、アコースティックギターとオーケストラのティンパニーの響きを意識したドラムの組わせによる、「オックスフォード・サウンド」とも称すべき未知のワールドミュージックと言えそうだ。

 

それはまた、トム・ヨークの繊細な感覚の揺れ動きを的確に表しており、不安な領域にあるかと思えば、その次には安らいだ領域を彷徨う。これらの色彩的なスケールの進行に気品とダイナミックスを添えているのが、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラによるゴージャスなストリングスだ。そのなかにダブステップの影響を織り交ぜ、「面妖」とも称すべき空気感を作り出している。アウトロには、Battlesの前身であるピッツバーグのポスト・ロックバンド、Don Caballeroの「The Peter Chris Jazz」のアナログ・ディレイを配した前衛的なサウンドプロダクションの影響が伺えるが、このタイトル曲では、比較的マイルドな音楽的な手法が選ばれている。無明の意識の大海の上を揺らめき、あてどなく漂流していくかのような神秘的なオープニングだ。

 

 

『KID A』で、レディオヘッドはおろか、彼らの無数のファンの時計の針は止まったままであったように思える。しかし、ヨークはおそらく、「Teleharmonic」を通じて「Idioteque」の時代で止まっていたエレクトロニックとロックの融合というモチーフを次の時代に進めることを決断したのだろう。


この曲を発表したことにより、以前の時代の作品の評価が相対的に下がる可能性もある。しかし、過去を脱却し、未来の音楽へと、彼らは歩みを進めようとしている。このことは再三再四言っているが、長い時を経て同じようなことをしたとしても、それはまったく同じ内容にはなりえない。そのことを理解した上で、James Blakeの初期から現在に掛けてのネオソウルやエレクトロニック、Burialのグライム、ダブステップの変則的なリズムやビートの影響、ワールド・ミュージックの個性的なパーカッションの要素を取り入れ、静かであるが、聴き応えのある楽曲を提供している。一度聴いただけではその内奥を捉えることが叶わない、無限の螺旋階段を最下部にむかって歩いていくかのような一曲。その先に何があるのか、それは誰にもわからない。


『Wall Of Eyes』は、ポストロックの影響が他の音楽の要素とせめぎ合うようにして混在している。3曲目「Read The Room」のイントロでは、グリーンウッドのギターが個性的な印象を擁する。

 

バロック音楽とエジプト音楽のスケールを組みわせ、Blonde Redheadの「Misery Is A Butterfly」の時期の作風を思わせる古典音楽とロックの融合に挑む。しかし、最初のモチーフに続いて、「OK Computer」の収録曲に象徴される内省的なサウンドが続くと、その印象がガラリと変化する。スキナーの卓越したドラムプレイが曲の中盤にスリリングな影響を及ぼす。そして終盤でも、ポスト・ロックに対するオマージュが示される。Slintの「Spiderland」に見受けられる荒削りな音作りが、移調を散りばめた進行と合致し、魅力的な展開を作り上げている。


それに加えて、再度、ドン・キャバレロやバトルズのミニマリズムを基調としたマス・ロックが目眩く様に展開される。これらの音楽は、同じ場所をぐるぐる回っているようなシュールな錯覚を覚えさせる。それと同様に、ポスト・ロック/マス・ロックの影響を交えた曲が後に続き、「Under Our Pillows」でも、ブロンド・レッドヘッドの「Futurism vs. Passeism Pt.2」に見受けられるように、バロック音楽のスケールをペンタトニックに織り交ぜようとしている。

 

上記の2曲はロックバンドとしての音楽的な蓄積が現れたと言えるが、少し模倣的であると共に凝りすぎているという難点があるかもしれない。もう少しだけ明快でシンプルなサウンド、ライブセッションの楽しみを追求しても面白かったのではないだろうか。

 

ただ、「Friend Of A Friend」に関しては、ポップ/ロックの歴史的な名曲であり、ザ・スマイルの代名詞的なトラックとなる可能性が高い。トム・クルーズ主演の映画「Mission Impossible」のテーマ曲と同様に、5/8(3/8 + 2/8)という複合的なリズムを主体とし、The Driftersの「Stand By Me」を思わせる、リラックスした感じのウッドベース風のベースラインが曲のモチーフとなっている。

 

5/8のイントロダクションの4拍目からボーカルがスムーズに入り、その後、楽節の繰り返しの繋ぎ目とサビの前で、ワルツのような三拍子が二回続き、これがサビの導入部のような役割を果たす。そして、6/8(3/8+3/8)というリズムで構成されるサビの終わりの部分でも、リズムにおいて仕掛けが凝らされ、最初のイントロに、なぜ3拍の休符が設けられていたのか、その理由が明らかとなる。

 

その中で、さまざまな表現方法が織り交ぜられている。旧来のレディオヘッド時代から引き継がれるトム・ヨークの本心をぼかしたような詩の面白さ、ボーカルの微細なニュアンスの変容がディレイやダビングと結びつき、また、スポークンワードのサンプリングとの掛け合い、オーケストラの演奏をフィーチャーしたフィル・スペクター風のチェンバーポップが結び付けられ、最終的には、ビートルズの「I Am The Walrus」の影響下にある、蠱惑的なロックサウンドが組み上げられていく。分けても、終盤に収録されている「Bending Hectic」と同様に、ロンドンコンテンポラリーオーケストラの演奏の素晴らしさが際立っている。アウトロでは、トム・ヨーク流のシュールな歌詞がストリングスの和音のカデンツァに溶け込んでいくかのようである。

 

 

「Friend Of A Friend」 

 

 

「I Quit」でも、「Kid A」のIDMとロックの融合に焦点が絞られているらしく、二曲目のダンスミュージックと前曲のリズム的な面白さをかけあわせている。本作の中では最もインスト曲の性質が強く、主要なミニマル・ミュージックの要素は、デビュー作の内省的なサウンド、ストリングスの美麗さと合わさり、ダイナミックな変遷を辿る。表向きにはオーケストラの印象が際立つが、グリーンウッドのギターサウンドの革新性が、実は重要なポイント。従来から実験的なサウンドを追求してきたジョニー・グリーンウッドの真骨頂となるプロダクションである。そして、控えめなインスト寄りの音楽性が、本作のもう一つのハイライトの伏線となっている。

 

「Bending Hectic」は、モントリオール・ジャズ・フェスティバルで最初に演奏された曲で、アルバムのハイライトである。英国のメディア、NMEの言葉を借りるなら、「ロックの進化が示された」といえる。

 

それと同時にロックミュージックのセンセーショナルな一側面を示している。繊細なアルペジオを基調としたポスト・ロックの静謐なサウンドが続き、その後、「Friend Of A Firend」と同じようにスペクターが得意としていたストリングスのトーンの変容を織り交ぜた前衛的なサウンドへと変遷を辿る。曲の終盤では、70年代のジミ・ヘンドリックスのハードロックサウンドに立ち返り、ヨークの狂気すれすれのボーカルのループ・エフェクトを通じて、ダイナミックなクライマックスを迎える。しかし、曲の最後がトニカ(終止形)で終了していないことからも分かる通り、アルバムには、クラシック音楽のコーダのような役割を持つトラックが追加収録されている。

 

1stアルバム『A Light For Attraction』で示唆されたヨークの新しい形のバラード「You Know Me?」は、ジェイムス・ブレイクの楽曲のようにセンシティヴだ。飛行機を乗るのはもちろん、自動車に乗るのも厭わしく考えていた90年代から00年代のトム・ヨークの音楽観の重要な核心を形成する閉塞的な雰囲気も醸し出される。しかしそのメロディーには美的な感覚が潜んでいる。

 

クローズ曲では、「Fake Plastic Tree」、「Black Star」に象徴されるヨークのソングライティングの特色である「繊細なプリズムのような輝き」が微かに甦っている。それはいわば、暗鬱さや閉塞感という表向きの印象の先にある、ソングライターとしての最も美しい純粋な感覚の結晶である。最後に本曲が収録されていることは、旧来のファンにとどまらず、ザ・スマイルの音楽を新しく知ろうとするリスナーにとっても、ささやかな楽しみのひとつになるに違いない。

 


86/100




Featured Track「Bending Hectic」







トム・ヨークがイタリアの映画監督ダニエレ・ルケッティによる新作『CONFIDENZA(コンフィデンツァ)』の音楽を担当

Lex Amor. 『forward ever.』 

 

Label: Modern Oak

Release: 2024年10月4日



Review


Lex Amor(レックス・アモール)は、ノース・ロンドンを拠点に活動するラッパー/DJである。詳しいリスナーならば、Wu-Luの「South」にコラボレーターとして参加し、曲の最後でラップしているのをご存知かも知れない。レックス・アモールは端的には言えば、Little Simzの次世代のラッパーである。アモールのニュアンス、ラップ自体は繊細で、ナイーヴな感覚を持ち合わせている。

 

レックス・アモールのラップは、トラックメイクの前面に出てくるというより、背景となるエレクトロニック・サウンドにじんわりと馴染むといった感じである。最近のロンドンでは、トラップ/サザンヒップホップの「エレクトロニックとヒップホップの融合」という手法を受け継いで、イギリスのダンスミュージックと結びつけている。レックス・アモールのヒップホップもまた、ダブステップやドラムンベース、UKガラージといったベースメントのEDMと密接な関係を持つ。ジョーダン・ラケイの系譜にあるEDMに加わるセンス抜群のラップは、次世代のヒップホップの象徴とも言える。また、実際的に、ギターやベースの生演奏が加わるという点では、Ninja Tuneのサウンドの系譜に位置づけられる。様々な観点から楽しめるヒップホップだ。

 

『forard ever.』に関してはどうだろうか。大掛かりな枠組みを設けず、さりとて分かりやすいサビを作るわけでもなく、淡々とラップを続けてグルーヴを作り上げ、音楽をマイスターのように組み上げてゆく。全体的には、エレクトロニックのトラックにラップするというシンプルな内容である。しかし、トラック制作に関して非凡なセンスがあり、メロウでダークな質感を持つラップ、細かなビートの組み合わせ、 それからレゲエ/レゲトンの系譜にあるフロウが際立っている。さらに、ボーカルやホーンをサンプリングし、組みわせて、心地よいビートを生み出す。

 

実際的に近年のヒップホップアーティストは、エレクトロニックのプロデューサーとしても優れている場合が多い。レックス・アモールも同様である。オープニング「SUN4RAIN」を聞けば、いかに彼女がプロデューサーとして傑出しているか、お気づきになられるだろう。そして、レックス・アモールのヒップホップは、ECMのニュージャズのように、エレクトロジャズの影響も含まれている。これが、全般的な音楽として、ネオソウルのようなメロウさと甘美的な感覚を作り出し、切なさを漂わせるラップと重なりあう。「SHINE IN」は、ワールドミュージックやニューエイジのイントロを起点にして、グリッチ・サウンドをベースにしたUKドリルを展開させていく。しかし、しっとりとした感覚を持つネオソウルの系譜にあるアモールのリリック捌きが独特なアトモスフィアを作り上げる。その雰囲気を一層メロウにしているのが、ダブステップ/フューチャーベースの系譜にあるビートやホーンのコラージュ、コーラスの配置である。これらの多角的なヒップホップは、アシッド・ジャズのような瞑想的な雰囲気を呼び覚ます。決してヒップホップが軽薄な音楽ではないよとレックス・アモールは示唆するわけだ。


このアルバムを聴くと、インストゥルメンタルのEDMは今後、大きな革新性や工夫を凝らさないと、時代遅れになりそうな予感もある。なぜなら、リトル・シムズを筆頭に、ヒップホップ界隈のアーティストのほとんどは、平均的な水準以上のプロデューサーとしての実力を兼ね備えているからである。これは、はっきり言うと、インストゥルメンタルを専門とするエレクトロニック・プロデューサーにとっては、かなり脅威なのではないかと思われる。特に、ハードコアやガラージ、ドラムンベースをヒップホップと掛け合わせることは、ロンドンのラップミュージシャンとしては、ほとんど日常的になっていることが分かる。それらのダンスミュージックの知識とセンスの良さがNY/ブロンクスの古典的なDJのように試されるといった感じである。

 

「BEG」は、EDMとしてそれほど新しくはなく、古典的なドラムンベースを踏襲しているが、やはりというべきか、レックス・アモールのラップが入ると、それらの古典的なダンスミュージックは新鮮なエモーションを帯びる。そして、アモールのラップに関して言及すると、現代的なレゲエ/レゲトン等を吸収した歌唱法を披露していることに注目である。そして、リリックを曲の中に能うかぎり詰め込むというよりも、歌わない箇所をうまく活かし、いわば乗せる部分と聞かせる部分を選り分けているように感じられる。これは、ダンスミュージックのインストゥルメンタルの箇所の魅力を知っているから出来ることだろう。

 

続く「GRIP」も同じくダンスミュージックを主体とする楽曲だが、レックス・アモールのラップは、ほとんど囁きやウィスパーに近い。これはオーバーグラウンドのヒップホップとは対象的に、もの憂げな側面を押し出した、大胆なラップのスタイルである。従来までは、アグレッシヴな側面ばかりが取りざたされることもあったが、どのようなアーティストもナイーヴな側面を持っている。それをストレートに伝えることもまたヒップホップの隠れた魅力の一面なのかも知れない。そして、リズムの複雑化というのが、近年のロンドン界隈のヒップホップの主題である。続く「A7X」は、Stormzyの系譜にあるシンプルで聴きやすいUKドリルの楽曲であるが、リズムの構成が緻密に作り込まれているし、なおかつフューチャーソウルの音楽性がSF的な雰囲気を帯びる。音楽的な世界観としてはSZAに近いが、それほど過剰な音楽性になることはない。ストリートの空気を吸い込んだシンプルなヒップホップのスタイルが貫かれている。

 

「SUMMER RAIN」は、ギターのアップストロークの演奏をコラージュしたEDM。この曲もジョーダン・ラケイの系譜にあるスタイリッシュなヒップホップである。そして、他の収録曲とは少し異なり、ポピュラーの歌唱が織り交ぜられていることが、楽曲そのものの楽しみや面白さを倍増させている。つまり、これはラップの進化のプロセスを示していて、今後のヒップホップは、曲の中でポピュラーのボーカルを部分的に披露するというスタイルが台頭してくるような気配もある。(もちろん、ポピュラーのコラボレーターを参加させるというのも奥の手になるだろうか)これは、例えば、ポピュラーアーティストがスポークンワードを曲で披露するのとは真逆の手法であり、ポピュラー音楽に対するラッパーからの回答とも言うべきだろう。


もうひとつ、このアルバムの最大の魅力は、全体のアンビエンスを形作るオーガニックな感覚にある。「1000 Tears」は、ゆったりとしたBPMのダブステップの系譜にあるヒップホップだ。もちろん、現代的なネオソウルの影響も含まれるとは言え、ボーカルアートのような要素がひときわアーティスティックな印象を帯びる。ヒップホップやラップはおそらく、その表現性を極限まで研ぎ澄ましていくと、ボーカル・アートに近くなるのかもしれない。この曲では、ELIZAのボーカルの協力を得て、「ラップのコラージュアート」という未知の領域へと差し掛かる。ボーカルのサンプリングを活かして、それらをトラックの随所に散りばめるという手法は、ラップにおけるアクション・ペインティングの要素を思わせる場合がある。これはまた、バスキアの事例を見ても分かる通り、ヒップホップというジャンルがストリートで発生し、そしてアートと足並みを揃えて成長してきた系譜をはっきりと捉えることが出来るだろう。


現在、多数のプロデューサーが取り組んでいる「ジャズとヒップホップのクロスオーバー」という主題は、すでにシカゴ等の地域で盛んであったが、ロンドンでも今後の主流となっていきそうな気配がある。「AGAIN」では、ジャズの抽象的なニュアンスを捉え、グルーヴ感のあるEDMにテイストとしてまぶすという手法が見出される。そして、これらは現代的なロンドンのダンスミュージックと結びつくと、アーバンでスタイリッシュ、洗練された印象を帯びるのである。この曲は、ヒップホップがジャズに最接近した瞬間で、それらの表現法はニュージャズに属する。今後、こういった手法がどのように変化したり、成長していくのかを楽しみにしたい。

 

レックス・アモールの音楽性がすべてが完成したといえば誇張表現になるだろう。もちろん、その中には発展途上の曲もある。しかし、現代の女性ラッパーとしては、抜群のセンスが感じられる。全般的には、アンニュイとも言うべきヒップホップに終始しているが、クローズ「SUPER BLESSED」だけはその限りではない。アンダーグラウンドのダンスミュージックとヒップホップを結びつけ、本作のクライマックスで強烈な爪痕を残す。レックス・アモールはフューチャーベースを主体としたヒップホップにより、ロンドンのラップの現在地を示している。

 

 

 

82/100


 

 

 F.S  Blumm  「Kiss Dance Kiss」

 

 

Label: blummrec

Release: 2022年9月16日

 

Listen/Stream

 

 

Review 

 

ドイツ国内のダンスミュージックシーンで異彩を放つF.S Blummは、Nils Frahmとともにベルリンの芸術集団に属していることでも知られる。


F.S.ブラームは、この最新作「Kiss Dance Kiss」で、ダブ、レゲエ、エレクトロと多彩な音楽性に挑戦を試みています。2000年代、元来、王道のエレクトロニカに近い作風のアルバムを制作していましたが、2021年のニルスフラームとのコラボレーションアルバム「2×1=4」のリリースを契機にレゲエ/ダブへ傾倒を見せるようになっていった。このアルバムが何らかの触発、インスピレーションをこのアーティストに与えたことはさほど想像に難くはない。

 

F.S.ブラームのDUBのアプローチは、アンディ・ストット、ダムダイク・ステアといった、現代のマンチェスターのダブステップ勢とは明らかに趣を異にしており、リー・スクラッチ・ペリーの古典的なレゲエの要素を多分に包含している。その点は、この最新作「Kiss Dance Kiss」でも変わらず、ドラムのスネア/ハイハットにディープなディレイ・エフェクトを加え、その素材をループさせることにより、サンプリング的な手法で重層的なグルーブを生み出していく。

 

つまり、上記したようなF.S.ブラームのダブの手法は、本人は意図していないかもしれないが、どちらかといえば、ヒップホップの最初期のDJのサンプリングに近い技法となっている。一見、それは古びているように思えるかもしれないが、このアーティストは、ラップに近い手法に、ラテン、カリブ音楽に近い性格を卒なく込めているため、そのアプローチは、かなり先鋭的な気風が漂う。ブラームは、トラックメイク/マスタリングにおいて、ディレイを駆使し、前衛的なリズム/グルーブを生み出している。本作は、レゲエ・ファン/ダブ・ファンを納得させる作品となるに違いない。

 

最新アルバム 「Kiss Dance Kiss」は、レゲエ、ダブ、スカ、ダンス・ミュージックの本来の楽しさを多角的に追究している。前作EP『Christoper Robin』において、リゾート感を演出した、というF.S.ブラームの言葉は今作のテーマにも引き継がれている。ここでも、彼が言ったように、リゾート地の温かなビーチの夕暮れどき、海の彼方を帆船が往航する様子を眺めるような、何とも優雅な雰囲気が醸し出されているのだ。

 

オープニング・トラック「Kauz」は、近年のマンチェスターのエレクトロに近いアプローチが取り入れられている。名プロデューサー、リー・スクラッチ・ペリーのダビングの手法を最大限にリスペクトした上で、クラウト・ロック、インダストリアルの雰囲気を加味し、スカに近い裏拍を生かしたエレクトロ・トラックを生み出している。


古典的なジャマイカのレゲエサウンドに依拠した2ndトラック「Ginth」は、近年のブラームの作風に実験性が加味され、ほかにも、ギターロックの影響がほのかに垣間見える。「Zinc」は、ジャムセッションの形をとったフリースタイルの楽曲で、オルガン、ギター、ドラムのアンサンブルを介してモダン・ジャズ的な方向性を探究している。

 

「Mage」において、F.S.ブラームは、トーキング・ヘッズの傑作「Remain In Light」で見られたようなイーノのミニマルミュージックの手法を取り入れ、ダンサンブルなロックに挑む。「Nimbb」は、現代的なエレクトロニカの雰囲気を演出しており、ここで、ブラームは、Native Insturument社のReaktorに近いモジュラーシンセを取り入れつつ、実験的なエレクトロを生み出している。


「Mioa」は、「Zinc」に近い、ジャズセッションの形を取ったトラックで、Tortoiseのように巧みなアンサンブルを披露している。反復フレーズを駆使したギター、しなるようなベース、シンプルなドラムとの絶妙な兼ね合いから生み出される心地よいグルーブ感を心ゆくまで堪能することが出来る。

  

「Nout Vision」ー「Nout」は、前作のEPの続編のような意義を持つ楽曲で、一対のヴァリエーショントラックとなっている。ジミー・クリフの精神性を彷彿とさせる古典的なレゲエ・サウンドを、モダン・エレクトロの側面から再解釈しようとしている。ここでは感覚の鋭いダブサウンドとトロピカルな雰囲気が絶妙に融合されている。


さらに、フィナーレを飾る最後の収録曲「My Idea Of Anarchy」ではシカゴのSea And Cakeを彷彿とさせる「Nout Vision」のボーカルバージョンが収録されている。おしゃれで、くつろいだ簡素なジャズ・ロックは、上記のインスト曲と聴き比べても楽しい。


最近、F.S.ブラームはインスト曲にこだわらず、ボーカルトラックにも挑戦するようになっていますが、ボーカルは適度に力が抜けており、心地良さが感じられる。このラスト・トラックを聴き終えた後には、リゾート地に観光した時のように、おだやかで、まったりとした余韻に浸れるはずです。



84/100

 

 

 

Featured Track  「KAUZ」

 

 サウスロンドンのヒップホップシーン

 

サウスロンドンは、既に、前にも記事で取り上げたが、ダブステップの発祥の地であり、またこのクラブミュージックが盛んな地域として知られているようです。

 

現在、サウスロンドンは、ヒップホップシーンが盛んな印象を受けます。元々、ロンドンのクラブシーンといえば、イーストロンドンが多くのアーティストが在住し、活動を行っている印象がありましたが、近年、このサウスロンドンにコアでホットなアーティストが数多く見られています。それほどヒップホップシーンには詳しくないけれども、サンファ、ストームジーらの台頭を見ても、サウスロンドンには魅力的なトラックメイカーが数多く存在します。

 

そして、現在においてもこれらのヒップホップアーティストは、ジャズ、ディープソウル、R&B,そして、サウスロンドンの地域的な音楽といえるダブステップを雰囲気を見事にラップの中に浸透させ、新たな潮流を形作るような音楽性が育まれているように思える。これからのヒップホップシーンの課題としては、こういった以前、ロックシーンが行ったようなミクスチャーという概念により、どこまでその音楽性に奥行きをもたせられるか。

 

もちろん、これらのアーティストは、エド・シーランやカニエ・ウェストといったビックアーティストのステージングのサポート・アクトを務めたり、と少なからず関係を持っているが、その音楽性については似て非なるものがある。特に、これらのサウスロンドンのアーティストは、ヒップホップという音楽にジャズ、ディープソウル的な洗練性を加えて、比較的落ち着いた雰囲気のトラック制作を行っている。そこにはIDMといった電子音楽の要素も少なからず込められているような雰囲気もあって面白い。つまり、無節操というわけではないが、近年のサウスロンドンのヒップホップは様々な他のジャンルを取り入れるのがごくごく自然なことになっているように思えます。

 

これは、これらのヒップホップアーティストの音楽が付け焼き刃なものでなく、なんとなく、このサウスロンドンに当たり前のように満ちている音楽がこういったトラックメイカーの素地を形作っている様子が伺えます。また、サンファのように、ポスト・クラシカルのピアノ曲を取り入れていたりするのもかなり興味深い特徴。直近では、アメリカでは、カニエ・ウェストや、ドレイク(Jay-Zをゲストヴォーカルに迎えた)と、ビックアーティストの新譜も続々リリースされていて目が離せないラップというカテゴリ。そして、アメリカのヒップホップと並んで、イギリスのサウスロンドンは、特にクラブシーンが熱い地域で、ヒップホップフリークとしても要チェックでしょう。



Loyle Carner

 

 

そして、 サンファ、ストームジーに続くサウスロンドンの期待のトラックメイカーが、ロイル・カーナー。まだ二十代半ばにも関わらず、大人の雰囲気を持った、また精神的に進んだ人格を感じさせる秀逸なヒップホップアーティストです。特に、世界的に見て、最も有望株のヒップホップシンガーと言っても差し支えないはず。 

 

Loyle Carner 1"Loyle Carner 1" by Stéphane GUEGUEN - Capo @ HiU is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

 ロイル・カーナーは、幼少期からADHDとディスクレシアといった症状を克服しようとたえず格闘してきた人物。そのため、中々、子供の時代から学校の勉強に適応しづらかったようではあるが、後には、アデルやワインハウスを輩出したブリットスクールで音楽を学んでいます。

 

2013年に、Rejjie SnowのEP作品「Rejovich」収録のトラック「1992」に共同制作者として名を連ねたところから始まる。この作品で一躍、ロイル・カーナーの名はラップシーンの間にまたたく間に浸透して行きます。

 

また、翌年、ロイル・カーナー、ソロ名義の作品として、シングル「A Little Late」を自身のウェブサイトで発表し、大きな話題を呼びました。また、同年には、ケイト・テンペストとの共同制作、7inch「Guts」をリリース。続いて、マーベリック・セイバー、トム・ミッシュとコラボレートした作品を発表して、徐々に、英国のヒップホップシーンにおいて知名度を高めていくようになります。


英国国内でのツアーを成功させた後は、コンスタントにシングル作をリリースしていき、2017年にはスタジオ・アルバム「Yesterdays Gone」を発表。この作品は、2017年度のマーキュリー賞にノミネートされています。次いで、2019年には「Not Waving,But Drowing」をリリースして大きな注目を集めました。これまでのキャリアにおいて、ブリット・アワーズにもノミネートされている英国のクラブシーンで最も旬なアーティストと言えそうだ。さて、今回は、サウスロンドンの期待の新星、ロイル・カーナーのこれまでのスタジオ・アルバム二作の魅力について触れておきましょう。

 

 

Yesterday's Gone 

 


 
 

TrackListing 

 

1.The Isle Of Arran

2.Mean It In the Morning

3.+44

4.Damselfly

5.Ain't Nothing Changed

6.Swear

7.Florence

8.The Seamstress

9.Stars&Shards

10.No Worries

11.Rebel 101

12.NO CD

13.Mrs C

14.Sun Of Jean

15. Yesterday's Gone


 

 

 

一躍、ロイル・カーナーの名を、英国のヒップホップシーンに知らしめた鮮烈的デビュー作。「Yesterday’s Gone」は、古典的なイギリスのヒップホップの旨味を引き継いだ作品といえる。

 

リードトラックの「The Isle Of Arran」は、普遍的な輝きを持ったヒップホップの名曲と言っても誇張にはならないはず。

 

ここで、展開される軽快なライムの爽快感、そして、そこにディープ・ソウルの音楽性が見事な融合を果たしている。この辺りは、ワインハウスを輩出したブリットスクール出身のアーティストらしい感性の鋭さ。しかも、自分のライムが首座にあるというより、彼自身は引き立て役に回り、英国発祥のディープ・ソウルをトラックメイクの主役に持ってきている辺りが秀逸。ディープ・ソウルに対するリスペクトが込められている。

 

興味深いのは、「Ain't Nothing Changed」では、ジャズとヒップホップを巧緻に融合させた見事なトラックメイキングが行われている。普遍的なヒップホップの軽快なライムに加え、サックスの芳醇な響きがサンプリングとして配置される。その合間に繰り広げられるカーナーの生み出す言葉のリズム感には独特の哀愁が漂っている。そして、トラックの最終盤では、ジャズに対し、主役の座を譲るあたりもトラック全体に奥行きをもたらす。平面的なヒップホップでなく、立体的な音の質感とアンビエンスを演出することに成功している。


特に、このデビュー作「Yesterday's Gone 」の中で全体な印象に最もクールな質感をもたしているのが、「The Seamstress(Tooting Masala」。ここで、ロイル・カーナーは、クラブシーンのコアな音楽性の領域に挑戦している、アシッドハウス、チルアウトに近い雰囲気を持ったトラック。ヒップホップバラードと呼べるような、独特な哀愁が漂っており、これまでありそうでなかった清新な雰囲気が滲んでいる。

 

カーナーのスポークン・ワードというのは、一貫して落ち着いており、気分が抑制されており、徹底してひたひたと同じ音程の間を漂っている。

 

どのトラックの場面においても、彼は、このスタイルをストイックに貫いている。それは独特な、波間を穏やかにたゆたうかのような情感をもたらす。ロイル・カーナーのライムの独特な雰囲気に滲んでいるのは、ヒップホップ音楽としての深い抒情性、ただならぬエモーションである。

 

また、その一種の冷徹さの中に、キラリと光る原石のような質感が込められていると思えてならない。特に、カーナー独特なライムとしてのリズムの刻み、Aha、といった間投詞が特に他のラッパーと異なるダウナーな印象を与え、語法にクールさをもたらしている。

 

このカーナー独自の要素、あるいは、スポークンワードとしての語法は、二作目のライムにもしっかりと引き継がれている。つまり、カーナーという人物、ひいては彼の音楽性の中核を形作っている。純粋に、フレーズの合間に出来た空白の中に、頷き一つをそつなく込めるだけで、トラックに、グルーブ感とタイトさをもたらし、アンニュイな抒情性を与えもし、さらに、それを徐々に渦巻くように拡張していく。しかし、それは徹底して内省的、つまり内向きなエナジーに満ちている事が理解出来る。カーナーは、このデビュー作においてこれまでありそうでなかったラップスタイルを生み出した。このロイル・カーナー特有の語法はほとんどお見事としか言うよりほかない。

 

 

 

「Not Waving,But Drowing」

 



 

TrackListing

 

1.Dear Jean

2.Angel

3.Ice Water

4.Ottolenghi

5.You Don't Know

6.Still

7.It's Coming Home

8.Desoleil(Brilliant Coners) 

9.Loose Ends

10.Not Waving,But Drowing

11.Krispy

12.Sail Away Freestyle

13.Looking Back

14.Carluccio

15.Dear Ben 



 

そして、ロイル・カーナーの完全なる進化、トラックメイカーとしてただならぬ才覚の迸りを感じさせるのが二作目のスタジオ・アルバム「Not Waving,But Drowing」。UKのアルバムチャートでは最高3位を、そして、R&Bチャートでは堂々1位を獲得している。

 

リードトラック「Dear Jean」は前作の流れを受け継いだ作品で、彼特有のスポークン・ワードのリズムがクールに紡がれている。どことなくジェイムス・ブレイクの音楽性に対する憧憬のも滲んでいるように思える。また、そして、前作よりも落ち着いた哀愁が漂う。


今作の中で最も聞きやすいと思われるトラックは「Ottolenghi」。ここではエレクトリック・ピアノをフーチャーしたR&B寄りのバラードが軽快に展開される。しかも前作よりもカーナーのスポークンワードはパワーアップし、よりラッパーとしてのハリと艶気が漂う。

 

特にこのアルバムで個人的に最も気に入っているトラックは、Samphaとの共同作品なっている「Dersoleli(Blilliant Corners) 」。

 

このトラックでは、サウスロンドンらしいダブステップの雰囲気とディープ・ソウルが見事な融合を果たしている。どことなく、憂鬱さを漂わせるピアノのアレンジメント、そして、この作品に参加している二人のラッパーの声質も絶妙にマッチしている。全体的に カーナーのスポークンワードは切れ味が鋭さを持つが、やはり、一作目のように徹底に抑制が取れたクールな雰囲気が漂う。そして、痛烈なエモーションな質感によって彩られている。この切なさは何だろうか? いかにもサウスロンドンという感じで、アンニュイな夜の空気感にトラックは彩られていて、異質なほどの艶気を漂わせている。リズムトラックも低音のバス、高音域のタムの抜けのバランスが心地よい。アウトロの爽やかに鼻で笑い飛ばす感じも、クールとしか言いようがない。 

 

また「Krispy」は、ミニマリストとしてのサンプリングが際立つ爽やかな楽曲、終盤にかけてはジャズとヒップホップの融合に挑戦している。トランペットのジャズ的なフレージングも豪奢な感じに満ちている。特にアウトロにかけての独特な雰囲気はほのかな陶酔感によって彩られる。

 

全体的な作風としては、前作よりも落ち着いたディープ・ソウル寄りの渋めのヒップホップ。そして、なんと言っても、このスタジオアルバムが素晴らしいと思うのは、新たなヒップホップの可能性というのが示されていることだろう。ここではロンドン発祥のディープ・ソウル、ダブステップ、ジャズを見事にかけ合わせ、それを絶妙にブレンドしてみせ、更にこのジャンルの未来型を見事に示してみせた痛快な作品である。

 

特に、ラストトラックは、次の作品への序章のようなニュアンスを感じさせ、何かしら未来への希望に満ち溢れている。

 

つまり、まだ、この素晴らしいヒップホップアーティスト、ロイル・カーナーの壮大な物語は始まりを告げたばかりであることを示しているように思える。イギリスの音楽メディアが彼を「ヒップホップ界のホープ」と呼びならわすのには大きな理由があり、彼のスポークンワード、トラックメイク自体がそのことを、なめらかに物語っている。